議員定数不均衡訴訟 参議院合憲判決(平成12年)
第一審判決

選挙無効請求事件
東京高等裁判所
平成11年6月29日 第19民事部 判決

原告  山口邦明 外5名
代理人 山口邦明 外10名

被告  東京都選挙管理委員会
代理人 山崎潮  外11名

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


 原告らの請求を棄却する。
 訴訟費用は、原告らの負担とする。

一 原告ら
1 平成10年7月12日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の東京都選挙区における選挙を無効とする。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二 被告
 主文と同旨
[1] 本件は、平成10年7月12日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙(以下「本件選挙」という。)の議員定数配分規定が憲法に違反するものであるとして、東京都選挙区の選挙人である原告が右選挙区における選挙の無効を求めた訴訟である。

[2] 本件選挙は、公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第47号。以下「平成6年改正法」という。)により改正された公職選挙法の参議院議員定数配分規定(同法14条、別表第3及び平成6年改正法附則。以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行されたものである。
[3] 本件議員定数配分規定は、投票価値の平等を要求している憲法14条1項等に違反するか。

[4] この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1 原告ら
[5] 憲法は、形式的に選挙人1人に1票を保障し、かつ、その選挙権の内容が等価値であることを要求している。したがって、複数の選挙区を有する選挙制度を採用する場合には、各選挙区から選出される議員の数は、人口分布に比例して配分しなければならない。しかるに、本件議員定数配分規定は、次のとおり、人口分布に比例した配分ではなく、合理的な根拠なく、選挙区のいかんにより選挙権の価値に不平等を生じさせている(別表参照)から、憲法前文、13条、14条1項、15条1項、44条ただし書及び47条に違反する。
[6](一) 全人口を議員定数で除した82万6120人(以下「基準人数」という。)は、議員1人が代表すべき人口を示す。東京都選挙区の場合、右基準人数に議員数8名を乗じた660万8960人が本来の適正な人口である。しかし、実際には、人口が1177万3605人であるため、516万4645人については、これらの者を代表する議員がいない状態である。これらの者を代表すべき議員を配分するとすれば、更に6名以上の議員を配分しなければならない。このように、東京都選挙区においては、代表の欠缺が顕著である。他方、鹿児島県選挙区の場合、基準人数に議員数4名を乗ずると、330万4480人であるが、実際の人口は179万4224人しかいないため、151万0256人もの架空の人口が過剰に代表された結果になっている。
[7](二) 三重県選挙区の人口は、鹿児島県選挙区より多い184万1358人である。しかし、議員数は、三重県選挙区が2名であるのに、これより人口の少ない鹿児島県選挙区が4名も配分されている。このように、本件議員定数配分規定には、いわゆる逆転現象が生じている。
[8](三) 各選挙区の議員1人当たりの人口を比較すると、東京都選挙区と鳥取県選挙区との間で,4.7866倍もの較差が生じている。議員数が4名以上の選挙区に限っても、東京都選挙区と鹿児島県選挙区との間で3.2810倍の較差がある。このように、本件議員定数配分規定には、投票価値の著しい不平等が存在している。

2 原告山口邦明
[9] 基準人数に議員1名を配分すべきである。そして、本件議員定数配分規定は、別表から明らかなとおり、20の選挙区で過不足議員数が1名分を超えている。これが民主主義及び憲法に違反していることは、明らかである。なお、各選挙区の議員1人当たりの人口の格差は、特定の選挙区の不利益、不平等を測定する基準であるが、全部の選挙区に平等に議員を配分することが重要であるから、基準人数に議員1名を配分するとの原則に照らして、判断すべきである。

3 原告森徹
[10] 本件議員定数配分規定は、別表から明らかなとおり、人口比例原則による配分結果から著しく乖離している。そして、投票価値の平等は、最も重要かつ基本的な権利であり、他の政策目的と並列的に論じられるべきものではない。参議院の独自性や都道府県の機能を過度に強調することは誤りであり、また、各選挙区に偶数の議員を配分することは憲法の要請ではない。したがって、人口比例原則による配分を修正する正当な理由はない。さらに、本件選挙は、平成6年改正法による前回の選挙(平成7年7月23日試行)から3年後に行われたものである。しかし、その間、国会において、投票価値の平等の実現に向けての真摯な努力はされていない。したがって、本件議員定数配分規定は、違憲と断ぜざるを得ない。

4 被告
[11] 最高裁判所昭和58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁(以下「昭和58年大法廷判決」という。)から最高裁判所平成10年9月2日大法廷判決(以下「平成10年大法廷判決」という。)に至る一連の最高裁判決に従い、次のとおり、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法14条1項等に違反するものではなかったというべきである。
[12](一) 公選法による参議院議員選挙制度の仕組みが憲法に違反するものでないことは、一連の最高裁判決が正当に判示するところである。
[13](二) そして、かかる選挙制度の下においては、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基準とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないものである。右選挙制度の下における選挙人間の投票価値の不平等が憲法の要求する投票価値の平等の要請を満たしているか否かは、投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせていたかどうかの判断基準によるのが相当である。右の点を判断するに当たっては、それが複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮すべきである。また、参議院(選挙区選出)議員の選挙制度の仕組みを維持する以上、投票価値の不平等を是正するには技術的限界があり、比例代表選出議員については、投票価値が平等であることも考慮すべきである。
[14](三) 昭和58年大法廷判決は、右の諸事情を考慮の上、議員1人当たりの人口の最大較差が5.26倍であり、一部の選挙区でいわゆる逆転現象もみられた昭和52年7月施行の参議院議員選挙について、いまだ許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りないと判示している。その後も、一連の最高裁判決は、最大較差5.37倍であった昭和55年6月施行の参議院議員選挙、最大較差5.56倍であった昭和58年6月施行の参議院議員選挙、最大較差5.85倍であった昭和61年7月施行の参議院議員選挙について、いずれも違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとは認めるに足りないと判示している。さらに、平成10年大法廷判決は、最大較差4.97倍であった平成7年7月施行の参議院議員選挙について、投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度に達しているとはいえないと判示している。
[15](四) 本件選挙の場合、平成7年国勢調査結果による議員1人当たりの人口の最大較差は4.79倍であり、平成10年6月2日現在の議員1人当たりの選挙人数の最大較差は4.99倍であった。したがって、一連の最高裁判決に照らせば、一部の選挙区でいわゆる逆転現象がみられたことを考慮しても、本件議員定数配分規定が、本件選挙当時、いまだ投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の著しい投票価値の不平等状態を生じさせていたということができないことは明らかである。
[16] 憲法が二院制を採用している趣旨を受けて、参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は、参議院議員250名を全国選出議員100名と地方選出議員(現在の選挙区選出議員)150名とに区分し、後者については、都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとし、各選挙区ごとの議員定数については、憲法が参議院議員は3年ごとにその半数を改選すべきものとしている(46条)ことに応じて、各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されるように配慮し、定数は偶数としてその最小限を2人とする方針の下に、昭和21年当時の各都道府県の人口に比例する形で2人ないし8人の偶数の議員数を配分した。昭和25年に制定された公職選挙法の議員定数配分規定は、これをそのまま引き継ぎ、その後、沖縄返還に伴い、沖縄県選挙区の議員定数2名が追加された。そして、平成6年改正法は、選挙区選出議員の定数152名を増減しないまま、7選挙区で改選議員定数を4増4減したが、選挙区選挙の制度の仕組み自体に変更はない。

[17] 証拠(乙2から4まで)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
[18] 参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)の制定後、人口の異動により選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差は徐々に増大し、平成4年7月26日施行の参議院議員選挙当時には、最大較差が6.59倍にまで拡大し、選挙人数の多い選挙区の議員数が選挙人数の少ない選挙区の議員数より少ないという、いわゆる逆転現象も増加していった。そこで、国会は、平成6年、選挙区間における議員定数の不均衡を是正するとともに、いわゆる逆転現象を解消するため、選挙制度の仕組みに変更を加えることなく、7選挙区で改選議員定数を4増4減する旨の平成6年改正法を成立させた。その結果、いわゆる逆転現象は解消し、平成7年10月実施の国勢調査結果によれば、人口を基準とする最大較差は4.79倍に縮小し、また、平成7年7月23日施行の参議院議員選挙当時における選挙人数を基準とする最大較差も4.97倍に縮小した。そして、本件選挙の場合、平成10年6月2日現在の選挙人数を基準とする最大較差は4.99倍(東京都と鳥取県)である。また、三重県と鹿児島県との間で、いわゆる逆転現象が生じている(三重県は、選挙人数145万0633人、議員数2名であるのに対し、鹿児島県は、選挙人数138万5317人、議員数4名となっている。)。
1 衆議院議員の選出方法における人口比例主義の意義
[19] 議員定数の配分において投票価値の平等が確保されていることは、代議制民主主義の下における国家意思形成の正当性を基礎づける中心的な要素をなすものである。これに対して、議員定数の配分において考慮される他の要素は、その性質上このような国家意思の正当性とは直接かかわりのない社会経済情勢や政治情勢によるのである。したがって、憲法上国家意思形成の中心機関とされる衆議院について、これを構成する衆議院議員の選挙の定数を配分するに当たっては、投票価値の平等は、他の考慮要素とは異なる本質的な重要性を有するのであって、衆議院議員の定数について、他の要素に重点をおいた配分を行い、投票価値の平等につき他の要素と同列または第二次的な考慮をしたにとどまるときは、その配分は、憲法14条の定める法の下の平等の原則に反するばかりでなく、憲法前文及び43条1項等の定める国家統治の基本にもとるものとして、違憲の評価を免れないものである。
[20] 当裁判所は、このような観点から、衆議院議員の定数を、人口以外の他の要素をも考慮して配分するとしても、選挙権として1人に2人分以上のものが与えられることがないという基本的な平等原則をできる限り遵守すべきものと考える(東京高等裁判所平成6年6月3日第2民事部判決・判例時報1496号34頁参照)。そして、平成6年に行われた衆議院議員選挙制度の抜本改正においては、定数配分についてこの人口比例の原則が明文をもって採用された。すなわち、衆議院議員選挙区画定審議会設置法3条1項は、衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案の作成は、「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし、(中略)合理的に行わなければならない。」と定めている。

2 参議院議員の選出方法に関する憲法の要請
[21] 国家意思形成の中心機関である衆議院について、人口比例主義を厳格に貫くことによって、国家統治の正当性が満足されていることを前提とすると、衆議院とは異なる独自の役割を担う参議院について、憲法は、それを構成する議員の選出方法について、人口比例主義とは異なる独自の方法を採用することを求めているものと解するのが相当である。すなわち、憲法改正案の可決に際しての附帯決議において、制憲議会は、
「参議院は衆議院と均しく国民を代表する選挙せられたる議員をもって組織すとの原則はこれを認むるも、これがために衆議院と重複する如き機関となり終わることは、その存在の意義を没却するものである。政府は須くこの点に留意し、参議院の構成については、努めて社会各部門各職域の知識経験ある者がその議員となるに容易なるよう考慮すべきである。」
と述べ、この趣旨を表している。

3 参議院議員選挙法及び公職選挙法の採用した方法
[22] このような憲法上の要請に応えるため、参議院議員については、総定数が衆議院議員の約2分の1(参議院の半数改選制のため1回の選挙における改選議席数では約4分の1)に押さえられ、更に衆議院に比べて地域的に広い大選挙区制(全都道府県の区域(元の全国区)及び都道府県単位の選挙区(元の地方区))が採用されている。これらは、選挙における競争の条件を、衆議院の場合と比較して厳しくして、優れた人物が議員に選ばれるよう配慮し、これによって参議院の存在意義を確保し、憲法の要請に応えようとしたものと考えられる。
[23] そして、諸外国の選挙制度をみても、二院制を採用している国においては、両院の議員の選挙制度が、我が国におけるよりも大きく異なっている。アメリカ合衆国等の連邦国家は当然であるが、我が国と同様の単一国家で二院制を採用している国についても、下院議員は、国民による直接選挙により選出されるが、上院議員は、地方議会等による間接選挙により選出されるとの仕組みを採用している国(オーストリア、フランス、オランダ等。なお、ベルギー及びスペインの上院議員は、一部が間接選挙)、あるいは上院議員の少なくとも一部は任命制を採用している国(イタリア、アイルランド等)などがみられる(読売新聞社編・憲法21世紀に向けて256頁参照)。選挙制度は、それぞれの国の歴史や政治、社会経済情勢によるところが大きいことはいうまでもないが、右にあげた諸国が我が国よりも民主主義の進展の度合が低いということはできない。それらの民主主義を基調とする有力諸国において、二院のうちの一院については、人口比例主義が採用されていないのは勿論、議員の直接選挙制さえも採用されていないのである。その理由は、人口比例主義や直接選挙制などの民主的な傾向のみを追求するだけでは、国民の利益に合致した経験豊富で有能な人材を国会に送り出す仕組みとして十分でないことによるものと考えられる。

4 都道府県の人口較差の拡大とその影響
[24] ところで、都道府県の人口の較差は、憲法制定時においても存在し、最大ほぼ7.5倍程度であった。そして、参議院議員選挙法は、都道府県を単位とする地方区定数の配分に人口の要素も考慮に入れる方法を採用している。その結果、参議院議員選挙法の制定当時、議員1人当たりの人口較差は2.6倍程度存在した。ところが、その後都道府県人口が大きく変化し、都道府県人口の較差は、憲法制定当時のほぼ3倍である20倍に及んでいる。その結果、都道府県を単位とする選挙区(元の地方区)定数の配分に人口の要素を取り入れようとしても、議員の総定数を大幅に増加させたり、選挙区の規模を根本的に変更するなどの大幅な改正をするのでない限り、議員1人当たりの人口較差は、4ないし5倍程度、あるいはそれ以上にならざるをえない状況にある。したがって、現在の参議院議員の選挙制度の仕組みを維持する限り、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数又は人口の較差を是正することには、技術的な限界がある(藤田博昭・日本の選挙区制204頁参照)。

5 人口比例主義か参議院の存在価値の維持か
[25] このようにみてくると、本件で問われているのは、結局、参議院(選挙区選出)議員選挙の方法について、人口比例主義を他の要素に優先して尊重すべきものとして、参議院を衆議院化させるのか、それとも、参議院の存在意義を確保するため、議員の総定数を限定したり、選挙区の規模を大きくするなど、人口比例主義とは別の政策を採るのかの選択の問題であるといえる。このような選択を含めて参議院議員の定数の決定は、憲法上、立法機関である国会がこれを行うものとされているのである(憲法43条2項)。立法機関である国会が、参議院の存在意義を確保することを優先する場合には、選挙人の投票価値には、右4のような大きな較差が存在する場合も生じうる。そして、議員1人当たりの人口較差が4ないし5倍に及ぶという状況を、人口に比例していると称することは困難である。しかし、これは、憲法の精神に従い参議院の制度趣旨を優先した結果によるのであり、これをもって違憲とするべき根拠はないものといわねばならない。

6 今後の問題
[26] 参議院議員の選挙の方法については、憲法制定以来様々な検討が加えられ、その一部は、比例区選挙などの立法として結実している。それはひとえに、参議院の存在価値を実現する方法を探求してきた結果によるものである(森田重郎・参議院――その存在意義と問題点――など参照)。今後もその探求が続けられ、国民に分かりやすい選挙制度により議員が選挙されることにより、参議院の存在価値が国民に理解されるようになれば、選挙制度に関する人口比例主義かその他の方法かの選択についても、より多くの国民の理解が得られるであろう。関係機関の努力を期待するものである。
[27] なお、議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟に関する一連の最高裁判所判決の考え方は、要旨、次のとおりである。

[28] 憲法14条1項の定める法の下の平等の原則は、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、単に選挙人の資格における差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものである。

[29] しかし、憲法は、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるものとし(43条、44条、47条)、どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるのかの決定を国会の広い裁量にゆだねている。したがって、投票価値の平等は、憲法上、唯一、絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

[30] 現行の参議院議員の選挙制度の仕組み(前記一1参照)は、衆議院議員のそれとは異ならせることによってその代表の実質的内容ないし機能に独自の要素を持たせようとの意図の下に、選挙区選出議員については、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し、政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものと解することができる。したがって、参議院議員の選挙制度の仕組みは、合理性を欠くものとはいえず、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものではない。

[31] したがって、その結果として各選挙区の議員定数と選挙人数又は人口との比率に較差が生じ、そのために選挙区間における選挙人の投票価値の平等がそれだけ損なわれることになったとしても、直ちに選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。
[32] 議員定数配分規定の制定又は改正の後、人口異動が生じた結果、各選挙区間における議員1人当たりの選挙人数又は人口の較差が拡大するなどして、当初の議員定数の配分の基準及び方法と現実の配分の状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに違憲の問題が生ずるものではなく、人口異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続しているのもかかわらず、これを是正する何らの措置も講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、その許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解される。

[33] 以上のような基本的な考え方に立って、昭和58年大法廷判決は、昭和52年7月10日施行の参議院議員選挙当時における選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差5.26倍について、いまだ許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨判示していた。さらに、最高裁判所昭和61年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事147号431頁は、昭和55年6月22日施行の参議院議員選挙当時の最大較差5.37倍について、最高裁判所昭和62年9月24日第一小法廷判決・裁判集民事151号711頁は、昭和58年6月26日施行の参議院議員選挙当時の最大較差5.56倍について、最高裁判所昭和63年10月21日第二小法廷判決・裁判集民事155号65頁は、昭和61年7月6日施行の参議院議員選挙当時の最大較差5.85倍について、いずれも、いまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするのは足りない旨判示していた(なお、以上の各選挙当時、いずれも、一部の選挙区において、いわゆる逆転現象が複数生じていた。)。しかし、最高裁判所平成8年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁は、平成4年7月26日施行の参議院議員選挙当時の最大較差6.59倍について、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていた旨判示するに至った。その後、平成6年改正法に基づいて平成7年7月23日に施行された参議院議員選挙に関する平成10年大法廷判決は、平成6年改正法が国会の立法裁量権の限界を超えるものとはいえず、また、右選挙当時における最大較差4.97倍について、憲法に違反するに至っていたものとすることはできない旨判示している。

[34] そうすると、右5の大法廷判決を含む一連の最高裁判所判決に示されたところに従っても、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時(最大較差が4.99倍であり、いわゆる逆転現象が1例生じていた。)において、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りないものといわざるを得ない。
[35] 以上のとおりであって、本件議員定数配分規定は憲法に違反するものということはできないから、本件議員定数配分規定に基づいて施行された本件選挙が違憲、無効であるとすることはできない。
[36] よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

  (口頭弁論終結の日 平成11年4月27日)

  裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一
  裁判官塚原朋一は、転補のため、署名押印することができない。
  裁判長裁判官 淺生重機

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