個人タクシー事件
上告審判決

行政処分取消請求事件
最高裁判所 昭和40年(行ツ)第101号
昭和46年10月28日 第一小法廷 判決

【上告人】 控訴人  被告  東京陸運局長
           代理人 木村博典 外5名
【被上告人】被控訴人 原告  川上忠弘
           代理人 森長英三郎

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告人指定代理人鰍沢健三、同上野国夫、同藤井康夫、同田中志満夫、同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。


[1] 所論は、要するに、原判決は、道路運送法に基づく自動車運送事業および聴聞の各性質について、同法の解釈、適用を誤り、また、本件において実施された聴聞手続を不公正とした判断および右不公正が本件処分の違法事由となるとした判断において、それぞれ理由そごの違法を犯している、というのである。

[2] 原審の適法に確定した事実は、おおむね、つぎのとおりである。
[3](1) 上告人は道路運送法3条2項3号に定める一般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制の個人タクシー事業)の免許に関する権限を有するところ、昭和34年8月11日、当面の輸送需要をみたすため一般乗用自動車の増車を決定、そのうち、個人タクシーのための増車数を983輌と定め、これに対応するものとして、同年9月10日までに6630件の個人タクシー事業の免許申請を受理し、被上告人は同年8月6日免許を申請して受理された。
[4](2) 上告人は、聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決するため、担当課長はじめ約10名の係長の協議により、道路運送法3条1項各号の趣旨を具体化した審査基準として、第一審判決別表のとおり、17の項目および内容につき、審査基準欄記載のような基準事項(第1次と第2次の審査基準があり、前者をみたした者について後者を適用する)を設定し、一方、右基準事項に基づいて聴聞概要書調査書と題する書面(以下聴聞書という。)を作成し、その項目および聴聞内容の各欄には、右第一審判決別表の調査事項の項目および内容の各欄に掲げた事項とほぼ同一のもの(ただし、右別表6の内容欄に記載してある他業関係は掲げられていない)を記載して、聴聞担当官約20名が各申請人について右聴聞書の各項目ごとに聴聞を行つてその結果を記入することとし、昭和34年9月中旬から同35年3月までの間聴聞を実施し、被上告人に対しては、昭和35年2月11日に聴聞を行つた。
[5](3) 上告人は、右聴聞手続と並行して、差し迫つた年末の輸送事情緩和のため、昭和34年12月2日、前記基準中、優マーク、経験年数10年以上、年令40才以上の基準に該当する者のうち、免許することに全く問題がないと思われるもの173名を第1次分として免許し、ついで、前記聴聞の結果につき基準を適用して審査した末、昭和35年7月2日第2次分として611名を免許したが、被上告人については、前記第一審判決別表の第1次審査基準のうち、6の「本人が他業を自営している場合には転業が困難なものでないこと」および7の「運転歴7年以上のもの」に該当しないとして、そのことから道路運送法3条1項3号ないし5号の要件をみたさないものと認め、右7月2日付で申請を却下した。
[6](4) 聴聞担当官のうち前記基準の協議に関与した7、8名の係長以外のものは、被上告人の担当官をも含め、前記第一審判決別表の基準事項の存在すら知らず、聴聞開始前に上司から聴聞書の項目および聴聞内容について説明をうけただけで、右基準事項については何らこれを知らされることなく、被上告人の聴聞担当官にあつても、被上告人の申請の却下事由となつた他業関係(転業の難易)および運転歴(軍隊における運転経験をも含む)に関しても格別の指示はなされず、したがつて、右担当官は、被上告人が洋品店を廃業してタクシー事業に専念する意思があるかどうか、軍隊における運転経験があるかどうか等の点について思いいたらず、これらの点を判断するについて必要な事実については何ら聴聞が行われなかつた、というのである。

[7] おもうに、道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する手続について、同法122条の2の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、方法等に関する明文規定は存しない。しかし、同法による個人タクシー事業の免許の許否は個人の職業選択の自由にかかわりを有するものであり、このことと同法6条および前記122条の2の規定等とを併せ考えれば、本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる。すなわち、右6条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである。
[8] 原審の確定した事実に徴すれば、被上告人の免許申請の却下事由となつた他業関係および運転歴に関する具体的審査基準は、免許の許否を決するにつき重要であるか、または微妙な認定を要するものであるのみならず、申請人である被上告人自身について存する事情、その財産等に直接関係のあるものであるから、とくに申請の却下処分をする場合には、右基準の適用上必要とされる事項については、聴聞その他適切な方法によつて、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければならないものと認むべきところ、被上告人に対する聴聞担当官は、被上告人の転業の意思その他転業を困難ならしめるような事情および運転歴中に含まるべき軍隊における運転経歴に関しては被上告人に聴聞しなかつたというのであり、これらの点に関する事実を聴聞し、被上告人にこれに対する主張と証拠の提出の機会を与えその結果をしんしやくしたとすれば、上告人がさきにした判断と異なる判断に到達する可能性がなかつたとはいえないであろうから、右のような審査手続は、前記説示に照らせば、かしあるものというべく、したがつて、この手続によつてされた本件却下処分は違法たるを免れない。
[9] 以上説示するところによれば、本件処分を取り消すべきものとした原判決の判断は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう、以上の判示と異つた見解に立脚して原判決を攻撃するものというべきである。所論はすべて理由がなく、採用することができない。

[10] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田誠  裁判官 大隅健一郎  裁判官 藤林益三  裁判官 下田武三  裁判官 岸盛一)
■ 上告人指定代理人鰍沢健三、同上野国夫、同藤井康夫、同田中志満夫、同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由
[1] 原判決は
「自動車運送事業の免許申請の許否を決定する審査手続について一応行政庁の裁量に任せられているが、このことは行政庁の裁量権に何等の限界ないし制限がないことを意味するものではなく、行政庁が不公正な、事実の認定につきその独断を疑うことが客観的にもつともであると認められるような手続をとる自由を有しないことは云うまでもない」
として審査手続(聴聞)のかしが行政処分の内容如何にかかわらずこれを違法ならしめるかしとなりうることを肯定した上で、このような処分の違法をもたらす手続のかしといいうるためには、(イ)審査手続が不公正であること、(ロ)審査手続が不公正であるがために、行政庁のなした事実の認定に独断があると疑うことが客観的にもつともであると認められること、即ち審査手続の不公正と事実認定の独断の疑との間に因果関係があることの2要件が存することを要するとし、次いで審査手続が公正であるためには行政庁に如何なることが要求されるかというと
「(行政庁)が予め審査基準を設けていたということの外に、聴聞担当官がその聴聞を実施するに当り、右審査基準の内容並びにその基準を適用するについて必要となされる事項がどのようなものであるかを十分理解していることを要する」
とし、ひるがえつて本件聴聞手続をみるに聴聞担当官において審査基準の存在すら知らず、従つてその基準を適用するために当然必要とされる事項について聴聞が行われなかつたという不公正があつたがために、被上告人の運転経歴や転業の難易について誤つた判断をするに至つたのではないかとの疑を禁じえないとして審査手続の不公正と事実認定の独断の疑との間に因果関係が存するとしているのである。
[2] しかし原判決の右判示は以下に述べるような諸点において法令の解釈の誤りないしは理由齟齬の違法あるもので破棄せられるべきものと信ずる。
[3] まず、審査手聞(聴聞)のかしが行政処分の内容如何にかかわらずこれを違法ならしめるかしとなりうるという前提に問題がある。
[4] 聴聞が申請者の利益のために行われる手続であれば、聴聞手続のかしは申請者の利益を侵すものとして処分の内容如何をとわず、これを違法ならしめるといいえようが、聴聞手続が行政庁の公益判断のための資料をうる一方法としてなされる場合にあつては、右手続のかしは直ちに行政処分のかしを招来するものではなく、当該処分が違法とせられるためには、当該処分の内容自体にかしあることを要するものと解すべきである。
[5] 然らば本件自動車運送事業の免許申請の許否を決定するにあたつて行われる聴聞は果して申請者の利益のために行われる手続と解すべきものであろうか。原判決が
「個人タクシー事業の免許の許否は、憲法の保障する基本的人権の一である職業選択の自由の規制に関するものであるから、多数の申請人の中から少数特定の者を選択してその許否を決定すべき衝にあたる行政庁としては、手続の公正を期し事実認定の面における独断を排除せんとするためには、その許否を決定する前提となる聴聞、審査を実施するにあたつて、最少限予め(道路運送)法第6条第1項各号の趣旨を具体化した審査基準をもうけ、聴聞を担当する係官が右基準の内容並びに右基準を適用する上で必要とされる事項を十分理解した上で聴聞を行ない、事実を認定することを要請されるものというべきである。」
といつているところからみると、原判決は自動車運送事業をいわゆる警察許可事業の性質を有するものとし、その許否を決定するための聴聞は申請者の利益のために行われる手続とみているらしい。しかしながら自動車運送事業は警察許可事業ではなく、公益的事業としてその免許はいわゆる特許に属するものであるから、その許否を決定するために行われる聴聞は行政庁の公益判断のための資料を取集する一方法に止るものと解すべきである。
[6] 上告人が自動車運送事業を警察許可事業ではなく、公益的事業であると解する所以は次のとおりである。
[7] およそ警察許可事業というときは、この種事業を自由に放任して経営させると公共の秩序に障害を与えるおそれがあるために、一般的にはその自由なる経営を禁止するが、右規制も警察障害を予防排除するという見地から必要最少限度にとどまり、料金を認可し、事業計画を定めさせるなど積極的に事業の経営内容に立ち入ることなく、許可をうけるべき者の数に制限もない等その事業の経営に特別の保護も加えず、また事業の廃止による役務提供の杜絶に対しても国は何らの関心をもつものではないのに対し、自動車運送事業にあつては、これが免許をうけなければ営むことができない(法第4条)点においては警察許可の場合と同様であるが、この免許は事業経営能力(運転技術や資力等)があるからといつて無制限に与えられるものではなく、自動車運送事業が開始されることによつて当該事業区域に係る供給輸送力が輸送需要量に対して不均衡とならない範囲においてのみ与えられるのであつて(法第6条第1項第2号)、かくて免許をうけた者は指定された期日または期間内に運輸を開始する義務を負い(法第7条)、事業の全部または一部を休止しまたは廃止しようとする場合は許可をうけることとして、みだりに事業を休止または廃止することを禁ぜられる(法第41条、42条)とともに、正当なる事由のないかぎり輸送の引受を拒絶することをえず(法第15条)、また運送の引受に関する約款並びに運賃については監督官庁の認可を要する(法第12条、第8条)等事業経営のあらゆる面にわたつて規制をうけているものであつて、前記警察許可事業の場合と甚だ異なるのである。このように道路運送法が自動車運送事業の経営について種々規制するのも、自動車運送事業が公益的事業であるがためであつて、この事業を行なう者には大衆の利益のために適切なる運送約款のもとに妥当なる運賃で役務の提供を継続すべき義務を課し、他方かかる事業が無制限に行われるときは過当な競争を引きおこし、事業自体が破たんに陥るおそれもあるがために、輸送需要量に応じた数しか免許しないこととして事業の安定性を保護していることを知りうるのである。
[8] 右述の如く自動車運送事業が公益的事業として、その免許はいわゆる特許にあたるものであるならば、右免許の許否を決定するための聴聞は、行政庁の公益判断のための資料をうるための手続であるから、行政庁の必要と思料する程度に申請者等の陳述を促しまたその立証を促せば足るものであつて、たとえその手続に十分ならざるものとの非難をうける点があつても、それが処分自体を違法ならしめるかしとはなりえないのである。原判決は自動車運送事業の性格を警察許可事業であると解したため、その許否を決定するための聴聞を申請者の利益のためになされる手続と解し、右聴聞手続のかしは直ちに行政処分の違法につながるとした点に道路運送法の解釈適用を誤つた違法がある。
[9] 次に自動車運送事業の免許の許否を決定するための聴聞が公正に行われなければならないことは当然として、聴聞が公正なものであるといいうるためには、行政庁が予め審査基準を設けていたということの外に、聴聞担当官がその聴聞を実施するにあたり右審査基準の内容並びにその基準を適用するについて必要とされる事項がどのようなものであるかを十分理解した上で、これら基準を適用するために必要とされる事項についての聴聞を行わねばならぬとし、そうでない場合は直ちに右聴聞が不公正なものであると断ずる点に問題がある。即ち原判決は審査基準を適用するために必要とされる事項については聴聞担当官において進んで釈明する義務があるとするのであるが、聴聞担当官において申請者の主張しない事実についてまで種々憶測して質問し、また証拠の有無を確かめなければならないとする義務があるかどうかが問題とされねばならぬ。

[10]一、およそ聴聞手続が設けられた目的に2通りあることは前項において、述べた。本来自由になしうる行為が警察目的のために禁止されている場合に、右禁止を解除するいわゆる警察許可の場合にその許否を決定するために行われる聴聞は、申請者の利益のために行われる手続であるから、右聴聞においては禁止解除事由の存在しないことについては――拒否処分をするためには――聴聞担当官において逐一申請者に釈明し、これについての意見陳述の機会を与えるとともに、その証拠を提出する機会を与えることを要するといえようが、本来自由になしえない行為を公益の見地から特定の者にだけその行為をなしうる権利を付与するところの公益的事業の特許の許否を決定するために行われる聴聞は、行政庁の便宜のために行われるものであるから、特許事由の存在することについて聴聞担当官が逐一申請者に釈明し、これについての意見陳述の機会を与え、その証拠の提出を促すべき責務を有するものではない。聴聞担当官が必要と考えた事項について質問し、申請者の意見をきき、必要と考えた事項について申請者に証拠提出の機会を与えれば足りる。そして、たとえ右聴聞担当官の釈明が不充分であつたとしてもその手続は不当であるに止つて、不公正(違法)をもつて目せられるべき性質のものではない(申請者は聴聞担当官の釈明に応じて意見を述べ、証拠を提出することができるだけではなく、自ら進んで新たなる事実を主張し、新たなる証拠を提出できることはもちろんである。聴聞担当官としては申請者に対し新たなる事実の主張がないかどうかを質問し、また新たなる証拠の提出を促すまでの義務はないと主張するものである。そして聴聞担当官に対し申請者にどのような免許事由――公益目的に適合する事由――があるかを探索することを求めることは実際上も不能を強うるものである。)。
[11] 然らば、原判決が聴聞担当官が審査基準を知らず、従つてこれらの基準を適用するために必要とされる事項について適確なる質問をしなかつたとして、かかる聴聞は不公正な手続であると断じたことは、聴聞の性質を誤解した違法があるといわなければならない。

[12]二、自動車運送事業が特殊事業に属するかそれとも警察許可事業に属するかの点はしばらくおくとして、自動車運送事業の免許申請の許否を決定するために行われる聴聞は、もともと補充的なものである。行政庁(陸運局長)は申請者から提出された申請書にもとずいて書面審査で許否を決定するのを原則とし(法第5条、施行規則第4条参照)、聴聞を行うかどうかは行政庁の裁量に任されている(法第122条の2第1項)。従つて行政庁としては聴聞の段階において如何なる事項を質問するかもその裁量にまかされているところであつて、審査基準のすべての事項にわたつて申請者に意見を述べる機会を与え、その立証を促さなければならぬものではない。行政庁としては既に申請者から提出された書類を審査した結果にもとずいて必要と思料した事項について聴聞すれば足りるのである。
[13] 然るに原判決は聴聞担当官において審査基準の内容およびこれら基準を適用するについて必要とされる事項を理解していることを要するものとし、聴聞担当官において基準適用上必要とされる事項を聴かなかつたことを非難するのであるが、かかる論理は、聴聞担当官が行政庁である陸運局長の補助機関であること、従つて聴聞担当官としては陸運局長から指示された事項について聴聞すれば足り、聴聞担当官の独自の見解のもとに聴聞を行えないものであることを忘れたものとのそしりを免れない(もつとも聴聞の機会において申請者から新たなる意見の陳述があり、または新たなる証拠の提出があつたために、それに関連して聴聞担当官が基準適用上必要とされる事項について適宜の質問を行わなければならないものであることまで否定するものではない。ところが本件の場合においては後述するように、聴聞担当官において適宜の発問をしなければならないような新たなる意見の陳述も、又新たなる証拠の提出もなかつたものであるから、聴聞担当官に原判決説示の如き質問をなすべきことを求めることはできないのである)。要は行政庁たる陸運局長が聴聞担当官に指示した聴聞事項が適切妥当であつたかの問題に帰着するのであつて、この点に関する判断をなすことなく本件聴聞手続を不公正なものと断定した原判決は理由齟齬の違法がある。

[14]三、自動車運送事業の免許申請の許否を決定するにあたつて、聴聞を担当する者としては審査基準の内容並びにその基準を適用するにあたつて必要とされる事項を十分理解した上、これらの事項について聴聞を行わなければならない義務あることを肯認するとしても、本件聴聞の場合に原判決説示のような軍隊における運転経験の有無なり転業の可能性について聴聞すべきであつたとすることは問題である。
[15](イ) まず、運転経験についてみよう。運転経験が長ければ長い程免許に関して優位にあるものであることは免許申請者全員の熟知していたところである。従つて、聴聞担当官としては申請者に対し運転業務に従事した期間を確め、その述べるところにしたがつてその真偽をたしかめるための証拠の提出を求めれば足りる訳であつて、申請者が運転業務に従事していたと述べなかつた期間についてまでその間はどんな業務に従事していたかを質問する責務はない。それに運転の経験を有するものが陸軍に入隊したからといつて常に運転に関係ある勤務に配属されるとは限つていないのであるから、申請者において運転に従事していると述べなかつた期間が陸軍に入隊している期間と一致したからといつて軍隊における運転経験の有無を聴聞しなかつたことを不当とすることはできない。要するに、ある事項を質問すべきであるか否かは、その時その時の応答内容によつて決せられるべきであつて、原判決のいうように軍隊に入隊していた者については一律に軍隊における運転経験の有無を質問すべきであるとするのは誤りである。
[16] これを本件についてみると、原判決も認定しているように被上告人は職歴記入書(乙第3号証)に軍隊における運転経験については何等の記載をしなかつたばかりでなく、聴聞担当官にも軍隊における運転経験を説明しておらないのである(乙第2号証)。そうしてみると聴聞担当官に申請者たる被上告人に対し軍隊における運転経験を質問しなかつたことについて何らの義務違背の違法はないから、その聴聞手続が不公正であるとされるいわれはない。
[17](ロ) 次に転業の難易についてみてみよう。自動車運送事業を適確に営むには他業に従事していないのがよいことは自明のことであるから、行政庁が申請者に対して現在如何なる職業に従事し、幾何の収入をえているかを尋ねる目的も右の判断の資料をうるためである。そして申請者がその質問に応じて任意に答えた収入金額が過大または過少でないかぎり重ねて質問することはむしろ無用のことというべきである。それに行政庁としては自動車運送事業を営む者はそれを専業とすることが望ましいと考えていても、現在従事している職業をやめるよう慫慂するが如き発問(転業の意見を確めること)は事柄の性質上つつしむべきことでもある。これを要するに、原判決が申請者が他業に従事しているときは転業の意思を確めるべきだとすることは聴聞担当官に違法ではないとしても不当を強うるものとの非難を免れない。
[18] これを本件についてみると、原判決は聴聞担当官が申請者たる被上告人に年間金821,445円の益金があると認定したのは、本人の口述に基いたもので、右益金が売買差益金であつて、これら必要経費を控除すると純益は金376,069円(税務署の査定では金399,514円)となるということは本人から発言がなかつたことを認定しているのである。そうすると聴聞担当官が、これ以上に何を質問せよというのであろうか。そこには何らの質問をなすべき義務あるを見出しえないのである。
[19] 以上記述したように、原判決認定の事実に立脚して考察してみても、聴聞担当官に原判決認定の如き事項について聴聞すべき義務を肯定することはできないのである。原判決は聴聞担当官が審査基準の内容並びにその基準を適用するにあたつて必要とされる事項についての理解がなかつたことをせめるに急なるがため、聴聞担当官の無知(主観)を聴聞手続の不公正(客観)にすりかえた違法があるものといわなければならない。
[20] 最後に、原判決は聴聞手続の不公正が、行政処分を違法ならしめるかしとなるためには、右手続の不公正が因となり、行政庁の事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともであると認められる結果が生ずることを要するとしながら、この2つの要件の間の因果関係の説明が十分でない。
[21] 行政庁の事実認定が行政庁の独断であると疑うことが客観的にもつともであると認められるということは(疑の明白性)、手続の不公正の結果であるから、右手続の不公正についても、それが不公正であることについて疑うことが客観的にもつともであると認められるものであること(不公正の明白性)が前提とされなければならない理である。なんとなれば手続の不公正が明白でないならば、事実認定の独断であることの疑も明白であるということができないことになるからである。
[22] ところが原判決は、右手続の不公正については明白であるか否かについて何等の説明をなしていないのである。聴聞担当官としては審査基準の内容並びにその基準の適用について必要となる事項を十分理解すべきであり、かかる必要事項については申請者に対して聴聞すべき義務があるというのみであつて、何故に右義務の違背が直ちに手続の不公正であることを明白ならしめるのか理解し難いのである。
[23] むしろ、前項において述べたような原判決認定事実のもとにおいては、聴聞担当官に原判決説示のような釈明義務があるとしても、その義務違背をもつて明白であるとするに由ないものと評せざるをえない。そうすれば聴聞手続の不公正と行政庁の事実認定についての独断を疑うに足る客観性との間に因果関係は存しないことになるのであつて、この点原判決には理由齟齬の違法あるものといわねばならぬのである。
[24] 以上の諸理由により原判決の破棄を求める次第である。

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