個人タクシー事件
第一審判決

行政処分取消請求事件
東京地方裁判所 昭和36年(行)第26号
昭和38年9月18日 判決

【原告】川上忠弘
【被告】東京陸運局長

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 被告が原告に対し、昭和35年7月2日付でした原告の昭和34年8月6日付一般乗用旅客自動車運送事業の免許申請を却下した処分を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。

 主文同旨の判決を求める。
 「原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
[1] 被告はその管轄区域内のタクシーの営業免許について、運輸大臣から権限の委任を受けているものであるが、原告は昭和34年8月6日東京都知事を経て被告に対し、道路運送法第3条第2項第3号の一般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制の個人タクシー事業)の免許の申請をしたところ、被告はこれを同月8日受理し、同月27日申請事案を公示し、昭和35年2月12日聴聞を実施した上、同年7月2日付で原告の申請を却下した。これに対し、原告は同年8月29日運輸大臣に訴願したが以来3箇月以上を経過した現在においても、まだ訴願の裁決が行われていない。
[2] 被告が原告の申請を却下した理由は、右申請が同法第6条第1項第3号の「当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること」、第4号の「当該事業を自ら適格に遂行するに足る能力を有するものであること」、及び第5号の「その他当該事業の開始が公益上必要であり、且つ、適切なものであること」の各条項に適合しないということにある。
[3] しかしながら、個人タクシー事業の免許手続は、憲法の保障する基本的人権の一つである職業選択の自由の規制に関するものであるから、公正な、事実の認定につき独断を疑われることのないようなものでなければならず、免許の許否は、かような手続で認定された誤りのない事実に基づいて決定されなければならない。もつとも、免許の要件を定めた道路運送法第6条の規定の表現は極めて抽象的なものであるが、このことは、免許の要件事実の存否を判定する手続としていかなる方法、手続を採用するかについて行政庁に自由裁量を認める趣旨と解すべきではなく、かえつて、免許の許否を決定する手続の基本的性格が前述のようなものであることと、それが多数の申請人のうちから一定の適格者を選定する手続であることにかんがみれば、この手続においては、何より公正の原則と事実認定の面における独断の排除ということが重視さるべきものであり、行政庁は、免許の要件事実の存否の判定について、不公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがもつともと認められるような手続を選ぶ裁量の自由は有しないものと解すべきである。そして、公正な、事実の認定につき独断を疑われることのない手続というためには、審査手続開始前にあらかじめ、法の趣旨を具体化した具体的審査基準を確立した上、その内容を申請人に告知し、基準該当事実の存否につきその主張と証拠を提出する機会を与えるとともに、これを一般に公表することによつて手続の公明を担保するようなものでなければならないところ、本件においては、審査開始前に確立された基準が存在していたとは信ぜられず、原告は、手続の全過程を通じて、いかなる審査基準により判定を受けるかを知らされたことはなく、従つて基準該当事実の存否につき自己の主張と証拠を提出する機会を与えられることがなかつたのみならず、基準が公開された事実もなかつた。被告のこのようなやり方が公正な、事実の認定につき独断を疑われることのない手続といい得ないことは明らかである。従つて、被告の却下処分は公正な、事実の認定につき独断を疑われることのない手続により判定を受くべき原告の法的利益を害した点で、違法のかどがある。そればかりでなく、仮りに具体的基準なるものが存在していたとしても、基準に該当するかどうかの判断に当つて被告の行つた事実認定は重大な誤認と独断を含むものであり、そのため、結果において、被告は基準の適用を誤り、公正な基準の適用により判定を受くべき原告の法的利益を害したこととなり、この点においても、被告の却下処分には違法のかどがある。よつて、その取消しを求める。
[4] 原告主張事実のうち、被告が原告主張のとおりの権限の委任を受けていること、原告主張のような免許申請があり、被告がその主張のような経過と理由で原告の免許申請を却下したこと、原告の提起した訴願に対し3箇月以上を経過した現在なお裁決が行われていないこと、及び被告が具体的審査基準を原告を含む免許申請人に告知せず、これを一般に公表しなかつたことは認めるがその余の事実は争う。免許の許否を決定するについて具体的基準を定めるかどうか、及びこれを申請人に告知し若しくは公開するかどうかは、行政事務処理上の便宜の問題であつて、これらのことを実行しないからといつて、ただちに違法の問題を惹起することはない。ただ、実際には、被告は、次に述べるような経過で、法の趣旨を具体化した審査基準を定め、聴聞手続を実施した結果、原告の申請が右基準に適合しないことが判明したので、これを却下したものであつて、被告の却下処分になんら違法のかどはない。
[5] すなわち、被告は昭和34年3月6日東京陸運局自動車運送協議会に対し、道路運送法第103条第2項第1号の「一定の区域における適正な供給輸送力の策定その他輸送の需要と供給との調整」に関し諮問したところ、同年7月10日同協議会から、当面、2,800輌の増車が必要である旨の答申があつたので、これを尊重し同法第6条第1項第1、第2号及び第5号の趣旨を配慮の上、被告庁の裁量によつて増強輸送力を2,800輌と決定し、あらかじめ、これを公表した上で免許申請を受理することとなつた。そして、増強輸送力の配分については、新規免許を重視する趣旨からその3分の2をこれに当てることとし、残余の3分の1を既存業者の増車分に当てることとしたが、既存業者に対する認可を行う場合においては、事業者の規模に応じて基本割り当てを定め、それに監査の結果による成績、監督上の行政処分を受けた事実の有無、交通事故の発生状況などを勘案して配分数を決定したため、843輌を認可することとなつた。従つて、新規免許は結果的にその残余1957輌について行うことになり、これを新規法人及び個人タクシーに等分に割り当てた結果、新規法人929輌、個人タクシー983輌を免許することとなつた。ところで、増強輸送力の車輌数の決定に当り、前述のとおりすでに道路運送法第6条第1項第1、第2号及び第5号の趣旨を勘案しているので、免許の許否を最終的に決定するについては、もつぱら、同条同項第3号及び第4号の要件について免許申請者個人の具体的事情を審査することとした。この場合申請件数がぼう大なものであつた関係から、同項第3号及び第4号の要件を充たすかどうかを判断するために、当時被告が設定した行政事務処理上の内部的、具体的基準は別表記載のとおり17項目であつて、その各項目ごとに第1次審査としての細目基準を設け、この基準のどの一つにでも該当しないときはその申請を却下し、第1次基準のすべてに適合したものについては、さらにA、B、Cの3つのランクを附した第2次審査基準を適用して審査した。

[6] 右審査基準は、被告が、被告に任された専門技術的裁量の範囲内において道路運送法第6条第1項第3号及び第4号の趣旨を具体化したものとして、それぞれ合理的意味をもつものであるが、本件で問題となつた項目六と七と(原告の申請はこれらの基準に適合しないものとして却下されたものであることは後に述べるとおりである。)についてその合理性を説明すれば、次のとおりである。
[7] すなわち、項目六についていえば、(イ)個人タクシーの特殊性から単身者より同居家族のあることによつて精神的な安定、運転の慎重さが倍加すること、また家族でできる範囲内の車輌、車庫の清掃、簡単な帳簿の記帳、その他整備に要する部品、器具類の購入などの事務処理面においても協力できることなどから、本人の疲労を軽減する点でもプラスとなること、(ロ)他面本人が他業を自営し転業が困難である場合には、個人タクシーの事業に専念できないこととなり、個人タクシーを専業とする場合に比して適格性が劣ること、以上のような点を考慮して項目六の基準を設けた。
[8] 項目七についていえば、元来、個人タクシーの免許は、長年自動車の運転に従事して来た運転者に希望を与える趣旨から出たもので、運転者が同時に経営者を兼ねることの利点が考慮されたことによるものであるから、この趣旨からすれば、相当の年令のもの(項目四)であるとともに運転歴が長く運転経験の豊富であることが望ましいわけであり、当初の予定では運転歴がおおむね10年以上の者を対象として免許する方針であつたが、結局、第1次審査においては一応運転歴7年以上のものをとり、第2次審査における他項目が優秀である場合には、7年乃至9年のものについても免許する途を残すこととした。

[9] 以上のとおりであるが、原告は右第1次審査基準のうち、項目六の「本人が他業を自営している場合には転業困難なものでないこと」及び項目七の「運転歴7年以上の者」に該当しないと認められた。すなわち、(一)原告は昭和27年以来洋品店を自ら経営しており、今後原告の妻がある程度それを手伝うとしても、2歳から12歳までの3人の子女をかゝえ、原告に代わつて専門に洋品店の経営を行うことは無理であるから、今後においてもやはり原告が自らその経営をしなければならないと認められる。そして、原告が聴聞の際に述べたところによると、昭和34年度の税金の確定申告(青色申告)においては、洋品店の年間売上げは309万4,140円であり、年間益金は82万1,445円であつて、これからすると洋品店の経営は個人タクシー事業よりむしろ優位に立つと認められ、また洋品店の経営には専門的な知識に基づく仕入れ、販売、経理、決算等相当の作業量が伴うものと考えられるので、かれこれ勘案すれば、タクシー事業は原告が洋品店の片手間、すなわち、余暇を利用して行うことになるものと推測され、そうだとすればタクシー事業を適確に遂行することはできないものと認められる。(二)原告は自動車運転の実務年数が前後通算して6年しかないばかりでなく、右に述べたように昭和27年以来洋品店を自ら経営しており、運転実務から遠ざかつていたので、実務的経験が少なく、タクシー事業の健全な経営が期待できないものと認められた。以上のとおり、原告は、第1基準の六、七項に該当せず、この点から、結局、道路運送法第6条第1項第3、第4、第5号の要件を充たしていないと認められたので、その申請を却下したものであつて、被告の処分になんら違法な点はない。
[10] 被告主張の事実のうち、被告が東京都の特別区内における一般乗用旅客自動車運送事業の需給関係の調整のため、東京陸運局自動車運送協議会の答申を経てタクシーの増車数2,800輌のわくを決定したこと、この増車数の配分に当り既存業者と新規免許とにそれぞれ被告主張のとおり割り当てることを決め、かつ、新規免許のわく内で個人営業分と法人営業分とを被告主張のとおり配分したこと、及び以上の措置が被告に委ねられた裁量の範囲内で、運輸の需給事情をも考慮した適法なものであることは争わない。被告が別表のような審査基準を設定していたことは、前述のとおり原告の争うところであるが、仮りに、被告主張のような審査基準が審査手続開始前に確立されていたものとすれば、右基準の内容が、被告に任された専門技術的裁量の範囲内で道路運送法第6条第1項第3、第4の趣旨を具体化したものとして合理的なものであることについては、原告は強いて争わない。
[11] しかしながら、仮りに、被告主張のような具体的審査基準が存在していたものとしても、被告は、この基準を適用するについて重大な事実誤認をおかしていることは、次に述べるとおりである。(一)まず審査基準六項に関する事実についていえば、被告が原告の洋品店経営による昭和34年度の年間益金として指摘する金82万1,445円なる金額は、原告の納税申告書に記載された、必要経費を控除する前の売買差益にほかならず、被告はこれを純益と誤認したものであるが、実は、右金額から諸経費を控除した同年分の純益すなわち所得額は金39万9,514円に過ぎず、この金額が、原告の本来の職種を生かした個人タクシーの営業により予定される年間所得額金42万円を下廻ることは明らかである。そればかりでなく、洋品店の純益は、原告、原告の妻及び雇人の総労働による、早朝から夜遅くまでの長時間労働の結果であり、タクシーの営業所得が原告1人の定時間労働によるのとはまつたく異なるものであり、単に両方の所得の数額のみを対比して、原告が洋品店経営になお強い執着を有するものの如く推測することは理由のない邪推といわねばならない。しかも、原告の洋品店は立地条件も悪いのでこの点からも個人タクシーの営業さえできれば洋品店は廃業するつもりであつた。これらの事実は基準六項に適合するかどうかの判断に当つては当然しんしやくさるべきことがらであるが、被告はこれらの事実をなんらしんしやくしなかつた。(二)次に基準七項についていえば、被告は原告の自動車運転の実務年数が前後通算して6年しかなく、昭和27年以来の洋品店の経営により運転実務から遠ざかつていたので、実務経験が少なく、タクシー事業の健全な経営ができないというが、原告は昭和12年1月自動車運転免許を取得し、「アサヒ自動車」に属して自己所有のタクシー運転に従事していたが、昭和13年10月頃から昭和16年5月頃まで約2年半の間中支派遣軍第22師団歩兵第84連隊の自動車要員として服務し、ついで、昭和16年12月から昭和18年11月頃まで約2年間北支派遣軍第2野戦鉄道司令部済南支部在隊の自動車要員として服務し、さらに、昭和18年12月頃から昭和20年8月まで北支派遣軍第12軍司令部所属済南偕行社、鄭州偕行社に自動車要員として服務し、終戦後昭和21年から昭和26年10月まで駐留軍自動車要員として勤務した。これを通算すると、原告は12年を超えて自動車運転の実務についていたもので、昭和27年以来、一時運転実務を離れていたとしても、身についた技術はいささかも減麾することはなかつた。しかるに、被告は、原告の軍隊における運転経験を見落すことにより、運転歴の点について重大な事実誤認を犯した。
[12] 以上のとおりであるから、被告は基準六、七項の適用につき事実を誤認し若しくは事実を見落すことにより、結果において基準の適用を誤り、基準の適用によつて公正な判定を受くべき原告の法的利益を害したこととなり、この点で、仮りに被告主張のような基準が存在していたとしても、被告の却下処分は、なお違法のかどがある。
[13] 仮りに、基準六項に適合するかどうかの判断に当つて、被告が売買差益を純益と誤認したとしても、原告主張の個人タクシー事業の年間所得予算金42万円と洋品店経営による純益金39万9,314円との差額は、わずか金2万円に過ぎず、単にそれだけの所得増加があるということだけで、原告が多年経営していた洋品店を廃業するということは常識上考えられないところである。従つて、原告主張のような事実誤認があつたからといつて、それだけでただちに、原告の転業の意思の有無の判定につき影響を来たすことはあり得ない。そればかりでなく、原告が洋品店を廃業して個人タクシーの事業に専念する意思があることや、軍隊における運転経験については、原告提出の申請書の内容においてもなんら触れられておらず、聴聞に際してもなんら述べられなかつたところであるから、基準六、七項に適合するかどうかの判定に際し、被告がこれらの事実を考慮に入れなかつたことはなんら違法ではない。

[1] 本件の第一の争点は、免許の要件を定めた道路運送法第6条の下で、行政庁が具体的に免許申請の許否を決定するについて、具体的審査基準を定めてこれを申請人に知らせ若しくは一般に公表することが単なる行政事務処理上の便宜の問題であるか、それとも、これらのことを実行しないことが、ただちに違法の問題を惹起するかということであるが、この点についての当裁判所の見解は、次のとおりである。
[2] 道路運送法は、免許申請の許否を決定する手続については、特定の場合に聴聞手続を実施すべきことを要求している(第122条の2)ほかは、なんらの定めをしていないので、右特定の場合以外は、いかなる手続を採用するかを一応行政庁の裁量に任せているものと解さざるを得ない。しかし、このことは、いかなる方法、手続をとるかについての行政庁の裁量権になんらの限界ないし制限がないことを意味するものではない。かえつて、極めて抽象的な表現により免許の要件を定めた同法第6条の下で、具体的、個別的事実認定に基づき特定の免許適格者を選定するについては、行政庁は、不公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような手続を採用する裁量の自由を有するものではなく、その手続は、公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがいわれがないと認められるようなものでなければならないと解すべきである。けだし、個人タクシーの免許の性質をいわゆる公企業の特許に当るものと解するか、営業の自由に対する一般的禁止の解除(いわゆる警察許可)に当るものと解するかは一の問題であるが、そのいずれに解するにしても、本件の場合のように、多数の申請人のうちから具体的事実の認定に基づき少数適格者、しかも、事実上重要な生活手段ないし財産的利益を得る機会を保障される特定の者(タクシーの免許が少なからざる財産的利益をもたらすものであることは、証人大滝正義同小泉政美の各証言によりこれを認めることができる。)を選定する手続であることに変わりはないわけであるから、その手続が、すべての申請人に一律、公平に適用される公正なものでなければならないことは、法の下の平等の原則を定めた憲法第14条の趣旨からいつても当然である。しかも、国民の権利、自由の保障は、これを主張し擁護する手続の保障と相いまつて初めて完全、実質的なものとなり得るのであつて、憲法第13条、第31条は、国民の権利、自由が実体的のみならず手続的にも尊重さるべきことを要請する趣旨を含むものと解すべきであるのみならず、そもそも、行政の作用は、国民の政府に対する信託によるものであつて(憲法前文参照)、行政の掌にあたる公務員は、全体の奉仕者として誠実にその事務を処理すべき義務があること(憲法第15条)から考えても、多数の申請人のうちから具体的事実の認定に基づき特定の適格者を選定するについては、行政手続の性質上、司法手続と同様の厳格さ、鄭重さを要求すべきではないとしても、できるかぎり、事実の認定につき恣意、独断を疑われることのないよう配慮すべきことは当然であつて、行政庁は、何人も事実の認定につき行政庁の恣意、独断を疑うことがもつともと認められるような手続による判定の結果を裁量権の行使の名の下に国民に強いる裁量の自由を有すると解すべきなんらの根拠はない。従つて、方法、手続につきなんらの定めがない場合においても、免許申請者は、公正な、事実の認定につき独断を疑うことがいわれがないと認められるような手続によつて判定を受くべき法的利益の保障を享有するものと認めねばならない。
[3] ただ、いかなる手続が公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがいわれがないと認められるような手続に当るかは、当該行政行為の目的、性質、これにより規制を受くべき権利、自由の性質その他一切の具体的事情をしんしやくして、各個の場合につきこれを決定するほかはないが、一般的にいえば、多数の者のうちから少数特定の者を選定するについては、単なる抽せんによる場合は格別、具体的、個別的事実の認定に基づき選定を実施しようとするかぎり、具体的基準の設定なくしては公正な取り扱いをすることは不可能であるから、かような場合に、具体的基準を設けることなしになされた処分は、それだけで、不公正な手続によりなされた処分として違法性を帯びるものと解さざるを得ない。
[4] そして、設定された基準の内容が比較的簡明な、形式的審査に適するようなものであつて、基準該当の有無を認定するについて、基準の内容を利害関係人に知らせ、この点につき主張と証拠を提出する機会を与えることが、事実認定の独断を避ける上から必ずしも必要でないと認められるようなものである場合には、基準の内容を利害関係人に告知しなかつたということだけで、その手続が、ただちに、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがもつともと認められる手続となるものということはできないが、設定された基準の内容が、微妙かつ高度の認定を要するようなもので、その内容を利害関係人に告知し、この点についての主張と証拠を提出する機会を与えるのでなければ、事実認定の独断を避けることが因難と認められるようなものである場合には、もはや、行政庁は、利害関係人に基準の内容を告知し、これにつき主張と証拠を提出する機会を与えることなしに手続を進める裁量の自由を有せず、この場合においては、右の機会を与えることなしに行われた認定手続は、とりもなおさず、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められる手続にあたることとなるものと解すべきである。
[5] なお、原告は基準の内容を一般に公表することが公正な手続というための要件であるかの如く主張するが、基準の内容を公開して世上の批判にさらすことが行政手続の公明を期する上から望ましいものがあることは否定し得ないところであるとしても、特定の利害関係人の権利を擁護するためには、基準の内容を右利害関係人に直接告知し主張立証の機会を与えることがいつそう適切有効な方法であることは明らかで、その上さらに基準を公開することが右利害関係人の権利の保護に直接役立つとは考えられないので、基準を一般に公表することは、右述の意味における公正な手続というための不可欠の要件と解するにはあたらないものというべきである。

[6] そこで、本件における結局の問題は、被告が原告の免許申請の許否を決定するについて採用した手続が、右述のような意味において、公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがいわれがないと認められるようなものであるかということにあることとなるが、本件において当事者間に争いのない事実、成立に争いのない乙第2、同第6号証に証人荻原治、同小泉政美の各証言及び原告本人尋問の結果、並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被告が原告の免許申請の許否を決定するについて実際にとつた手続は、おおよそ次のとおりであつたと認められる。
[7] すなわち、被告は、自動車運送協議会の答申を経て当面の輸送需要を充たすための増車数として2,800輌を決定し、その旨を公示し、このうちで個人タクシーのための割り当て数を983輌と定め、この割り当て数に対するものとして昭和34年9月10日までに個人タクシーの免許申請6,630件を受理したが、受理後被告庁においては、右申請について自動車部旅客課第2課において聴聞を開始することになり、その調査事項を、ほぼ、本判決末尾添附別表「調査事項」の「項目」及び「内容」欄に掲げた事項(こまかくいえば、同表の一七項目に「申請事由」、「事業種別」の2項目が加えられていたこと、及び項目六が「家族扶養関係及びその職業」とあり同項目の内容欄に「他業関係」が掲げられていなかつたことを除いては、表現において多少の相違はあるとしても、大体において別表「調査事項」欄に掲げられた事項と同趣旨と解される事項)と定め当時増強されていた旅客課第2課員のうち約20名が個人タクシーの免許申請につき事実の審査を担当することになつた。そして担当員は第2課長から右調査事項について調査内容の説明を受けて聴聞を実施したが、この聴聞手続と併行して、さしせまつた年末の輸送事情を緩和するため、個人タクシーの免許申請のうち、免許を与えることにまつたく問題がないと思われる者からまず免許する方針の下に、「優マーク、経験年数10年以上、年齢40歳以上」の基準で、昭和34年12月2日第1次分として173名につき免許を行なつた。この頃旅客第2課においては、課長はじめ、10名前後の係長が協議をして聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決定するための具体的基準として別表審査基準欄記載のような基準事項を右10名前後の者の間で内部的に申し合せて、これにより免許の許否を決定することとなつたが、この具体的基準なるものは、これらの者の間で心覚えとして了解されていたというにとどまり、特にこれを文書とすることもなく、また上司である自動車部長或いは局長の正式の決裁を得た事実もなく、たかだか局長、部長らにおおよその事項につき口頭で報告されていたに過ぎなかつた。そして実際に聴聞を担当した課員らにおいても、右基準の申し合せに関与した7、8名の係長を除いては右基準の内容を知らないままで聴聞を実施し、当然のことながら免許申請者は、聴聞に際し、基準の内容を知らされることはなく、これを知つた上での主張や証拠を提出する機会は終始与えられることはなかつた。そして、当時旅客課第2課の課員として原告の聴聞を担当した訴外荻原治においても、右基準の内容についてはなんら知らされていなかつたのみならず、聴聞開始前所属課長から調査項目及び内容につき説明を受けた際にも、本件免許申請却下の理由となつた「他業に従事している場合は転業が困難であるか」どうかの点については、これを調査するよう指示説明を受けたことはなく、その結果、原告が洋品店を廃業してタクシー業に専念する意思があるかどうか及び転業の客観的可能性の有無等の点を判断するに必要な事実については適切な聴聞は行われず、原告もまた、これらの点につき適切な主張と証拠を提出する機会がなかつた。以上のような状態で、原告は、昭和35年2月12日荻原治から聴聞を受けたのであるが、被告庁においては、聴聞手続を終了した後、前述の、具体的基準の申し合せに参画した約10名の者において、聴聞の結果に基づき、右基準を適用して(第1基準のどの1つにでも適合しないときは免許を拒否することとし、かようにして第1基準によりふるいにかけたものをさらに第2次基準により、ふるいにかけるというやり方で)免許の許否を決定し、昭和35年7月2日第2次免許として611人につき免許を行なつたが、その際、原告は、被告主張のような理由で別表第1基準六の「他業を自営している場合には転業困難なものでないこと」及び同基準七の「運転歴が7年以上の者であること」の2項目に該当せず、この点から、道路運送法第6条第1項第3、第4、第5の各号の要件を充たさないものと認められ、同日付でその申請を却下された、以上のような事実を認めることができる。証人小泉政美の証言及び原告本人尋問の結果中に一部右認定に反する部分があるが、この部分は、当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
[8] 被告が原告の免許申請の許否を決定するについて実際にとつた手続は以上のようなものであるが、この手続が、果して、具体的基準を適用して行つた公正な審査手続といい得るものであるかどうかを考察してみると、かくいうためには、最小限度、審査開始前に具体的基準が確立されており(必ずしも文書にする必要はないとしても、内容の確定したものとして存在していなければならない。)、かつ審査に当る係員がこれを知り基準に基づき事実を認定し、この認定事実に基づき最終決定が行われたということが必要であるといわねばならない。けだし、審査開始前に確立された基準が存在せず、審査の経過中にこれが作成されたというような場合には、審査の全過程を通じて一律、公正な基準の適用を確保することを期待し得ないことは当然であり、また、審査を担当した係員が基準の存在及びその内容を知らない場合には、基準適用の基礎となる事実が正確に把握されない結果、結局において基準が公正に適用されないこととなることは明らかであり、さらに、最後の判定が基準に基づき認定された事実を基礎として行われない場合には、基準を設けた意味がまつたく失われることとなることも見やすい道理である。ところが、以上の認定事実によれば、被告のいう具体的基準なるものは、審査手続開始前に確立されていたものではなく、かえつて、聴聞手続開始後に、係長級以上の小数の者の間で口頭による申し合せ事項として了解されていたという程度のものに過ぎず、しかも原告の聴聞を担当した係員を初め大多数の聴聞担当係員は基準の存在及びその内容を知らされていなかつたというのであるから、かような手続が具体的基準を適用して公正に行われた判定手続というにはほど遠いものであることは明らかである。
[9] さらに、基準の内容を、本件で問題となつた第1基準の七と六とについて検討してみると、証人小泉政美の証言によれば、基準七の適用については、この基準にいう運転歴のうちには原告主張のような軍隊における運転経験も含まれると解されていたものと認められるのであるが(原告がほぼその主張のような軍隊における運転歴を有することは原告本人尋問の結果及びこれにより原告の軍隊勤務中に撮影された写真であると認めることのできる甲第5号証によりこれを認めることができる。)、原告が、若し、第1次基準として、運転歴が6年では足りず7年以上でなければならないことを知らされ、かつ運転歴のうちに軍隊における経験が含まれることを知らされ機会さえ与えられていたとすれば、当然、この点につき主張と証拠を提出し得たはずであり、原告が基準の内容を知らされていることが事実認定の独断を排除する上において極めて重要な意義を有することは否定し得ないところである。ことに基準六にいたつては、転業の意思の有無及び転業の客観的可能性の有無というようなことがらは、厳格、慎重な司法手続による主張立証をまつても、これを判定することが必ずしも容易でないと認められる微妙かつ困難な判断事項であつて、この点につき、自分自身のことがらとしてもつとも事情をよく知つている原告に、基準の内容を知らせて十分の主張立証の機会を与えることなしに行われた判定手続は、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような手続というほかはない。
[10] 以上の理由により、被告が原告の免許申請の許否を決定した手続は、公正な、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことがいわれがないと認められるような手続には当らないものというべきであり右申請を却下した被告の処分は、かような手続により判定を受くべき原告の法的利益を害したという意味において違法原因があるものといわねばならない。

[11] 最後に、原告は、被告の処分は事実の誤認により基準の適用を誤つたという意味においても違法原因があると主張するのでこの点につき考察する。
[12] まず第1基準七の適用につき、原告の運転歴の点で被告が重大な事実誤認を犯していることは、さきに認定したとおりである。次に同基準六の適用についても、被告は、原告の昭和34年度における洋品店経営による年間益金(売上差益金から諸経費を控除した後の所得金額)が金39万9,514円であつて、この金額が原告の個人タクシー営業による年間所得予算金額をかなり下廻るものであつたにかかわらず、必要経費を控除する前の売買差益金に当る金82万1,445円を年間益金と誤認していたことは、成立に争いのない甲第4号証、乙第2号証、証人荻原治の証言及び原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる。(甲第1号証には個人タクシーの経営による年間純益の予想が金31万3,674円と記載されているが、証人小泉政美の証言及び原告本人尋問の結果によれば、実際の年間純益予想はこの金額をかなり上廻るものであつたと認められるので、甲第1号証は右認定の妨げとならない。)そればかりでなく原告本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告は、戦前からのその本来の職種はタクシー運転手であつて、タクシー勤務並びに軍隊及び駐留軍勤務における運転歴を通じ長年の運転経験があつたところから腕に自信を有し、個人タクシー営業に年来の希望をかけていたこと、洋品店経営は、店舗の立地条件がよくないため将来に希望を託し得ない事情もあつたこと、タクシー営業による所得が原告1人の限られた時間の労働により得られるものであるにひきかえ、洋品店経営による所得は、原告のみならずその家族、雇人らの総員による早朝から夜間にかけての長時間労働により得られるものであること、以上の諸点から、原告はタクシー営業さえ可能ならば、洋品店経営に必ずしも強い執着をもつていなかつたと認められるのであるが、すべて、これらの事実は、転業の意思の有無及び転業の客観的可能性の有無の判断にあたつて、当然しんしやくさるべき事実であることは明らかである。そして、若し、被告が原告の洋品店経営による年間収益につき誤認をせず、右述のような当然しんしやくすべき事実をしんしやくして第1基準六の適用の有無を判断したとすれば、被告が現に下している判断と異なる判定に到達する可能性もあつたことは否定し得ないところである。してみると、被告の却下処分は、基準の適用につき、事実を誤認し、若しくは当然しんしやくすべき事実をしんしやくしないことによつて、結局において、基準の適用を誤り、基準の適用により公正な判定を受くべき原告の法的利益を害したものとして、違法原因があるものといわねばならない。
[13] なお、被告はこの点につき、原告が聴聞の際に軍隊における運転経験等の真実についてなんら主張しなかつたことをもつて、違法のかどを免れる理由となるものの如く主張するが、原告が聴聞手続において基準の内容を知らされ、この点につき主張及び証拠を提出する十分の機会が与えられていた場合は格別、かような機会が与えられていなかつた本件においては、基準の適用上重要な事実につきなんらの主張をしなかつたことをもつて原告の責に帰することは相当でなく、被告の採用した手続がかようなものであるかぎり、客観的に事実の誤認を生じたこと自体が、結局において、基準の適用上原告を不公正に取り扱つたこととなるものと評価せざるを得ないので、この点に関する被告の主張は採用し得ない。
[14] 以上に判断したとおり、原告の免許申請を却下した被告の処分は、二重の違法原因により取消しを免れないものであるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第89条の規定を適用して主文のとおり判決する。

  (裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別表省略)

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