全逓東京中郵事件
第一審判決

郵便法違反教唆事件
東京地方裁判所 昭和33年(特わ)第604号
昭和37年5月30日 刑事第2部 判決

被告人 外山彦一 外7名

■ 主 文
■ 理 由


 被告人等はいずれも無罪。

 本件公訴事実は
「被告人外山彦一、同永島金八郎はそれぞれ郵政従業員をもつて組織する全逓信労働組合中央執行委員、被告人大沢三郎は同組合関東地方本部書記長、被告人佐々木勇は同組合東京地区執行委員、被告人菊地重悦は同組合東京地区青年部長、被告人井上章、同松本弘、同高沢健司はそれぞれ同組合東京中央郵便局支部執行委員であるが、他の組合役員十数名と共謀の上、同組合が昭和33年1月下旬頃より実施しているいわゆる春季闘争に際して同闘争を有利に展開せんがために東京都千代田区丸の内2丁目3番地所在東京中央郵便局に勤務し郵便物を取扱中の従業員等をして所属上司の許可なく当該職場から離脱させて郵便物の取扱いをさせないようにしようと企て、同年3月10日頃より旬日に亘り同郵便局普通郵便課、集配課その他数ケ所の事務室、休憩室等において別紙一覧表記載の甲野一郎(仮名)等38名を含む多数の郵便物取扱従業員等に対し、3月20日の勤務時間内喰い込み職場大会には全員統一行動をとり必ず参加するよう説得を続けた上同月20日午前2時頃に至るや前記各事務室において現に郵便物の区分、取揃え、その他郵便物取扱中の右石崎等に対し前記職場大会参加のため直ちに仕事をやめ同郵便局外に退出して国鉄東京駅降車口附近に集合するよう説得して職場離脱による郵便物不取扱を教唆し、もつて右教唆により現に郵便業務に従事している別紙一覧表記載の甲野一郎等38名をして同日午前2時30分頃よりその職場を離脱させて、別紙一覧表中の郵便物不取扱時間欄記載の時間(同人等が職場を離脱していた間における各人の勤務時間――休憩時間はこれに含まれない――から、休憩時間を差し引いたものである。)中において甲種郵便物約15,700通、乙種郵便物約49,000通、普通郵便物約138,000通、普通速達郵便物953通、書留通常速達郵便物609通、普通書留郵便物3,583通の取扱いをなさしめなかつたものである。」
というものである。
 そして検察官は、右甲野等38名が郵便物の取扱をしなかつた点は郵便法79条第1項前段の「郵便の業務に従事する者がことさらに郵便の取扱をしない」罪を構成し、被告人等は自ら郵便業務に従事すべき義務を有する者ではないが、右石崎等の不取扱を教唆したのであるから刑法第65条第1項第61条第1項により、右郵便物不取扱罪の教唆犯の罪責を負担すべきものであると主張するのである。
[1] 右公訴事実において郵便物不取扱罪の正犯とされている甲野一郎等38名の職場離脱の事実、即ち、昭和33年3月20日午前2時30分頃、東京中央郵便局普通郵便課伝送掛、集配課配達内務掛及び同配達外務掛において現に宿直勤務中もしくは休憩・仮眠中の甲野一郎等別紙一覧表記載の従業員38名が、同人等の加入している全逓信労働組合東京中央郵便局支部の開催する勤務時間内職場大会に参加するため所属上司の許可なく職場を離れて庁舎外に退出し、右38名の内○○○○、○○○○、○○○○の3名は同日午前8時50分頃まで、その余の者等は同人等の勤務時間の終了する同日午前9時ないし10時を過ぎた後まで職場に復帰せず、別紙一覧表中の郵便物不取扱時間欄記載の時間(右職場離脱時間中の各人の勤務時間――休憩時間はこれに含まれない――より、更に、現実に郵便物を取扱うべき職務上の義務を課せられていない休憩時間を控除したものであつて、換言すれば同人等が現実に郵便物を取扱うべき義務を有する時間である。)中において、当時職場内に存在し各掛毎に共同して取扱うべきであつた郵便物――普通郵便課伝送掛においては甲種郵便物約15,700通、乙種郵便物約49,000通、集配課配達内務外務両掛においては合計普通郵便約13,800通普通速達郵便物953通、書留通常速達郵便物609通、普通書留郵便物3,583通の――取扱をしなかつたという事実は、諸般の証拠により明らかにこれを認めることができる。
[2] ところで、証拠によれば、右石崎等の職場離脱による郵便物不取扱は、同人等が加入している全逓信労働組合(以下全逓と略称する)の争議行為としてなされたものであることが明らかであつて、その経緯は大略次のとおりである。
[3] 全逓は [4] 右に認定したところによれば、右石崎等の職場大会参加のための職場離脱及びこれに伴う郵便物不取扱は、全逓の正規の機関の決定、指令に基き、賃金値上げ等労働条件改善要求を実現する手段として行われたものであり、ここにいう勤務時間内の職場大会なるものは、それに参加することがとりも直さずその間勤務に服さないことを意味するというにとどまらず、むしろ、まさに勤務に服さないというそのことを目的としてなされたものと認められるから、公労法第17条第1項にいう業務の正常な運営を阻害する争議行為であつて、これを実質的にみれば同盟罷業にほかならないものと認められる。
(一)争議行為と郵便法第79条との関係
[5] 被告人弁護人等は、郵便法は本来事業法たる性格を有し、労働関係を規律することを目的としていないばかりでなく、同法制定当時は郵便職員に対しては争議権が認められていたのである。してみれば、同法第79条第1項はもともと同盟罷業、怠業等の争議行為には適用されないというのがその法意であると解すべきであり、当時の国会における同法審議の際政府委員も同旨の答弁をしている。同条の「ことさらに」なる文言は、単なる故意と同義ではなく、特定の郵便物に対する悪意をもつてする個々の事犯のみを対象とする反面、労働争議を処罰の対象から除外する趣旨を明らかにしたものである。故に争議行為としてなされた石崎等の本件郵便物不取扱は同条第1項に該当せず罪とならないと主張する。
[6] なるほど石崎等の郵便物不取扱が争議行為としてなされたものであることは既に認定したとおりである。しかし、事業法の罰則といえども、争議行為に対して全く適用がないと一般的に断定することはできない。本来争議行為は使用者側にある程度の圧力を加え損害を与えることにより争議の目的を貫徹しようとするのが本質であつて、それによつて業務の執行、運営が現実に阻害され或いは阻害されるおそれを生じることあるは言うを俟たないところであるから、争議行為が単純な同盟罷業等国家法秩序や社会通念によつて是認される正当なものである限り、これにより業務の運営等を阻害したりそのおそれを生じた点が一応罰則の構成要件に該当しても労働組合法(以下労組法と略称する。)第1条第2項、刑法第35条の法理に従つて違法性が阻却されるけれども、争議行為がこの正当性の限界を逸脱し、かつ事業法本来の目的とする保護法益を侵害する場合においては事業法の罰則により処罰されることがあるのは当然である。郵便法が、事業法と呼ばれる範疇に属する法律であることは弁護人等の言うとおりであるが、およそ事業法たる以上は当該事業の円滑な運営を確保することを主要な目的の1つとするものであることは言うまでもなく、郵便職員が郵便の取扱をしないことは、それが争議行為としてなされたものであると否とに拘りなく、郵便業務の運行を阻害するのであるから、本件における石崎等の所為は、郵便法第79条第1項前段の「郵便の業務に従事する者が……郵便の取扱をせず」という要件に該当するものと言わざるを得ない。
[7] 次に現行郵便法制定当時郵便職員が争議権を有していたことも、その故をもつて当然に、公労法第17条により争議権をなくしている現在においても労働争議に対する郵便法の適用を全面的に排除する理由とはならない。前述したように、正当性の限界を逸脱した争議行為は同法その他事業法によつて処罰されることもあり得るのである。
[8] また「ことさらに」という文言の文理から、弁護人等の主張するように、郵便法第79条が労働争議をその適用範囲から除外していると解することも到底無理というほかはない。「ことさらに」というのは「故意に」というのと同義であつて過失を除くという以上に格別の意義を認め得ない無用の文言であるか、仮にそれ以上の意義を有するにしても、せいぜい未必的故意を除外する趣旨でもあろうかと思われるくらいのものである。
[9] 要するに争議行為が処罰されるか否かは専ら該行為が正当なものと認められるか否かによつて決せられるのであつて、ただ本件で問題になつている郵便法第79条第1項前段の罪についていえば、郵便職員が争議権を有していた当時にあつては単純な同盟罷業は原則的には正当な争議行為であつて、郵便職員が同盟罷業を行い郵便の取扱をしなくても概ね違法性を欠き処罰されないため、結果において、同盟罷業は同条に該当しないかの如き観を呈していたに過ぎないのである。然るに現在郵便職員は公労法第17条により争議行為を禁止されているので、同条との関係で同盟罷業の正当性が問題となるのであるが、本件同盟罷業の正当性に関しては後に項を改めて詳述することとする。
[10] 次に弁護人等は、本件における石崎等は全逓の職場大会に参加するため組合本部の指令ないしこれに基く組合役員の指示に従つて行動し職場を離れたため結果において郵便物を取扱うことができなかつたに過ぎず、郵便物を取扱わないこと自体を積極的に意慾して行動したのではないから「ことさらに」なる要件に該らないと主張する。
[11] しかし、勤務時間中の職場大会なるものは前述のとおり、その間における不勤務|本件においては郵便物不取扱|を目的としているのであるから、石崎等が自己の意思により右職場大会に参加しようとして職場を離れるにおいては(同人等が他より強制され、自己の意に反して職場から連れ去られたものと認むべき証拠はない。)郵便物不取扱の故意、更には不取扱に対する意慾を認めるに充分であり、不取扱罪の構成要件に欠けるところはないと言わねばならない。
(二)省略
[12] 郵政職員たる石崎等の前に述べた職場離脱行為が争議行為としてなされたものであつて公労法第17条第1項前段にあたるものであることは既に認定したとおりである、そこで以下この法条に関する本件当事者双方の主張について判断を加えることとする。
(一)公労法第17条の合憲性の有無及び同条違反行為と労組法第1条第2項適用の有無。
[13] 同法第17条は違憲無効である旨主張するけれども、同条が憲法に違反しないことは既に最高裁判所の判例の示すところである。そこで検察官は公労法の禁止に違反する争議行為はもとより正当なものということができないから、それが本件における郵便法第79条のような公労法以外の刑罰法規に触れる場合においては労組法第1条第2項による違法性阻却を論ずる余地はなく、到底処罰を免れないとの見解のもとに本件公訴を提起していることが明瞭である。(中略)。
[14] しかしながら、公労法第17条は違憲でないと言つても、憲法上保障された勤労者の権利に対し、公共の福祉を維持するために加えられるやむを得ない制限なのであるから、同条違反の効果としてどのような制裁が課せられるかは同法の明文に従つて慎重に制限的に解釈すべきものであつて、明文を離れてみだりに拡張的に解釈するようなことは厳に慎しまなければならないと考えられる。今このような見地に立つて公労法の内容を仔細に検討して見ると、前述のように第17条は、一切の争議行為並びにその共謀等を禁止し、第18条は右禁止に違反した職員は、解雇されるものとすると規定しているけれども、第17条違反に対しては処罰規定が存在せず、又第3条はいわゆる争議行為の民事免責に関する労組法第8条の適用除外を明記しながら刑事免責に関する同法第1条第2項の適用の有無については何等言及していないのである。そこで第17条違反の争議行為は正当でないから刑事上の免責を受けないのは特に規定するまでもなく、当然のことであるというなら、民事免責を受けないことも亦当然というべきではなかろうか。
[15] 次に公共企業体等の職員について争議行為を禁止しながら処罰規定を置かなかつたのは、主として一般行政事務にたずさわる国家公務員や地方公務員についての国家公務員法第110条第1項第17号、地方公務員法第61条第4号の罰則規定、一般私企業における特殊な分野における争議について争議権を奪わないで一定の手段方法を禁止又は制限している規定と著しく趣きを異にしている。惟うに、これは公共企業体等に属する職員は身分上は公務員とされている者もあるが一般行政事務に従事する公務員とその職務の性質内容が全く異なり、むしろ、労働関係調整法による規整は受けることがあつてもいわゆる労働三権を享受している私企業における一般勤労者とその職務の性質内容が殆んど同じであるという点と、一般公務員について争議行為は職員全般について禁止しながら(国家公務員法第98条第5項、地方公務員法第37条第1項)、その処罰については違法な争議行為の遂行を共謀し、そゝのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者に限られている(国家公務員法第110条第1項第17号地方公務員法第61条第4号)という点とを勘案するときは、公労法第17条は、以上の各勤労者と段階的差別をつけ、争議行為そのものは、事業の公共的性格並びに、身分が公務員ないしはこれに準ずるものであるの故をもつて、これを禁止するも、その制裁としては刑事処罰にまで及ぼさないとする均衡的な意図が示されていると解される。
[16] 次に又公労法により規律される職員は、超憲法的法規である昭和23年政令第201号が制定されるまではいわゆる労働3権を享受していた者であるが、昭和23年7月22日付連合国最高司令官の書簡に基く臨時措置として右政令が発布され他の公務員とともに争議行為が禁止されその違反者に対しては刑罰が課せられることとなつた。そしてこの政令が廃止されるに当つてこれに代るものとして公労法が制定され第17条において争議行為は依然禁止されたまゝであつたが、この違反に対する罰則は存置されず何らの規定も置かれていないこととなつた。これらの事実ないしはこの間の変遷もこれを見落してはならない注目すべき事柄である。
[17] 以上の諸点を考之勘案すると公労法第17条違反に対する制裁としては第18条による解雇と民事免責の剥奪があるのみ(第17条違反を理由に懲戒をなし得るか否かの点はここでは別論とする。)であつて、違反者を公労法自体が処罰しないのはもとより、右第17条なかりせば本来は正当なものと認められる範囲内の争議行為、換言すれば、いわゆる単純な同盟罷業等、争議行為を禁止されていない一般私企業の勤労者が行う場合は正当なものとされるような行為は、それが形式的には他の刑罰法規に触れる場合においてもなお労組法第1条第2項、刑法第35条の適用があり違法性を阻却する結果処罰することができないものと解するのが相当である。
[18] 一説によれば、公労法が罰則を設けなかつたのは第17条違反の争議行為に対しては他の法律の罰則を適用すれば充分だからであり、又労組法第1条第2項の適用を排除しなかつたのは公共企業体等の職員にも団体交渉権が認められているので、その限度では刑事免責の適用があるからであつて、第17条違反の争議行為についてまでも刑事免責の適用を認める趣旨ではないという。右反対説の採るべからざるゆえんは、既に論じたところから自ら明らかであると信ずるが、なお試みに右の説に従つた場合どのような結果になるかを、本件事案に即し、最も基本的典型的な争議行為である同盟罷業を例にとつて考えて見よう。同盟罷業即ち単なる(暴力の行使等を伴わない)労務不提供それ自体が処罰の対象となる可能性があるものとしては、先づ刑法第234条の威力業務妨害罪があるが、もし公共企業体等の職員の同盟罷業が威力業務妨害罪として処罰されるとすれば、争議に参加した者はすべて処罰の対象となり得ることとなる。ところが公労法の適用を受けず公務員法の全面的適用を受ける公務員の同盟罷業は、いわゆる「公務」が特殊な非権力的性格のものを除き刑法第234条にいう「業務」にあたらない故に、威力業務妨害を構成せず、その処罰は公務員法の罰則によるほかないわけであるが、公務員法が処罰するのは前述のとおり同盟罷業等争議行為の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」に限られ単に争議に参加し実行したに過ぎない者は処罰されない(わざわざ「遂行した者」を落しているところから見ても、ここにいう「共謀」とは事前の共同謀議のみを意味し、実行の際の単なる意思の連絡は含まないと解すべきである。労働争議は労働組合という団体の行動である以上、争議参加者相互間に何等の意思の連絡もない場合はあり得ないのであるからそう解しなければ争議参加者のすべてを「共謀」で処罰できることになるが、それでは何故すなおに右罰条に争議行為を「遂行した者」を加えなかつたのかが説明できないであろう。)のである。
[19] かくては、公務員法に比して労働基本権に対する制限を緩和することを目的として制定された公労法の根本的立法趣旨に全く相反する結果となることが明らかである。
[20] 更には右に考察した刑法上の業務妨害罪のほかに、公共企業体等の職員の単純な同盟罷業を処罰の対象となし得ると考えられる法律としては本件における郵便法第79条のほか、公衆電気通信法第110条があるのみであつて、鉄道営業法第25条は「旅客若ハ公衆ニ危害ヲ醸スノ虞アル」同盟罷業に限つて適用されるが、その他専売、林野、造弊、印刷等の事業に従事する職員については、単純な職務不履行を処罰する規定は見当らない。
[21] 従つて、郵便、電気通信の事業に従事する職員は如何に短時間、小規模の罷業を行つても処罰されることがあり得るのに対して、国鉄職員の罷業は旅客公衆に危険を及ぼすおそれのある場合に限り(そのような危険性を伴う争議行為はもともと正当とされないことが多いであろう。)処罰されるだけであり、その他の公共企業体等職員は如何に長時間大規模な罷業を行つても処罰されることはないことになる。郵便、電気通信事業における争議は、専売林野等他の公共企業体等の事業における争議に比べて社会的影響が大きいということは一応言い得るにしても、それなら国鉄についても同様のことが云い得るのみならずこれらの企業間に、国家経済並びに公共の福祉に及ぼす影響につき、本質的差異を見出すことは困難であつて、それだけの根拠からかかる不公平を是認することは到底できない。このような不公平を招来するような解釈はとるべきではない。又本来正当な団体交渉権の行使が脅迫罪等の構成要件に該当する場合は殆んど想定できないのみならず、仮に公労法第3条の趣旨が論者の説くように団体交渉についてのみ労組法第1条第2項の適用を認め、争議行為についてはその適用を排するというのであれば、無用の疑問を生ずることのないよう、その旨を明確に規定すべきが立法技術上当然であろう。右のようなわけであるから、前記反対説には賛同することができない。
(二)違法な争議行為と可罰性
[22] そもそも争議行為を制限ないし禁止することと、禁止に反して争議行為をした者に対して刑罰を課することは決して同列には論じられないのであつて、前者が合憲であるからといつて当然に後者も合憲であるということにはならないのである。労働者の争議権が社会的に承認されるに至つた歴史的過程を見ても、労働争議は先づ刑罰から解放され、次いで民事上の損害賠償責任を免ぜられ、更には不当労働行為制度の確立により、労働契約上の不利益な取扱からも救済されるようになつたのである。そしてわが憲法は原則として勤労者の争議権を保障しているのみでなく、何人も意に反する苦役に服させられることがない旨を宣言している。もとより国民のこれらの権利は無制限のものではなく、公共の福祉のために制限され得るものであるし、勤労者はその職を退かない限り使用者に対し労務を提供すべき労働契約上の債務を負つているのであるから、争議を禁止することが直ちに意に反する苦役を課することにはならないであろうけれども、憲法が右のような規定を設けている趣旨に徴すると、単純な同盟罷業即ち労働契約上の債務の集団的不履行に対し、刑罰をもつてのぞむことが許されるのは、単なる禁止や民事上の制裁に比べてより一層高度の、真にやむを得ない公益上の必要性が認められる場合に限られると解すべきものである。公務員や公共企業体等の職員の同盟罷業を処罰することにつき右のような高度の必要性が認められるか否かは甚だしく疑問であつて、さればこそ公労法は第17条違反に対する罰則を設けず、公務員法も、単に争議に参加しこれを実行したに過ぎないものは処罰しないことにしているものと思われる。公労法第17条が争議行為に対する刑事免責を剥奪しこれに違反する争議行為は単純な労務不提供であつても他の刑罰法規に該当する場合はこれによつて処罰する趣旨であると解するならば、かかる解釈は憲法の精神に違反する疑なしとしないのである。
[23] 次に公労法の禁止に違反する争議は、公労法上は違法であること論をまたない。しかし刑罰法はあらゆる違法行為をすべて処罰するものではなく、刑罰をもつてのぞむべき特別の公益上の必要性ある違法行為のみを処罰するのである。犯罪構成要件は右のような意味における可罰的違法性を類刑化したものであるが、逆に右類型に該当する行為のすべてが可罰的違法性を帯びるわけではなく、一応類型にあたる行為であつても、更に具体的事情の如何によつては正当な業務行為、正当防衛行為、緊急避難行為等として違法性なしとされる場合もあるのである。従つて非刑罰法規上違法とされる行為も、その故に直ちに可罰的違法性を帯有すると即断することができないのはもとより、右行為が何等かの犯罪構成要件に形式上該当する場合においても、なお刑事上の違法性を欠くこともあり得ることは何等異とするに足りないのである。例えば民法上の緊急避難と刑法上の緊急避難とは要件を異にする結果、刑法上は違法性を欠く行為も、民法上は不法行為として損害賠償義務の発生原因となる場合があることを考えれば、このことはよく了解されるであろう。
(三)本件同盟罷業の不可罰性
[24] 本件公訴事実において正犯とされている石崎等は何等暴力等を用いることなく多数が共同してその職場を放棄して立ち去りその結果郵便物の取扱をしなかつたものであつて、その行為は実質においてまさに同盟罷業それ自体にほかならないこと、右同盟罷業は公労法第17条に違反するものであること、並びに公労法第17条に違反するものであること、並びに公労法第17条はこれに違反する争議行為に対し刑事上の違法性を附与するものではないことは前に述べたところである。それでは、右公労法違反の点のほかに本件同盟罷業を違法としこれに可罰性を附与するような事由、換言すれば本件同盟罷業が一般企業において行われた場合においてもこれを刑罰法上違法とするような事由が存在するであろうか。この点について考えてみるに、暴力行使等を伴わない単純な同盟罷業それ自体が違法とされることは原則としてはあり得ないのであるが当初午前8時30分から2時間と予定されていた職場大会に参加するため、深夜の午前2時30分頃から突如として職場を離れたという前認定のような事情は或いは若干注目を惹くものであるかもしれない。しかしながら勤務時間内の職場大会に参加すること自体その実質は前述のとおり同盟罷業にほかならない(既に認定したように本件における石崎等38名の中には勤務時間が3月20日午前8時30分以前に終了する者は1人もない)のであつて、右参加のために職場を離れた時期が午前8時30分であろうと午前2時30分であろうと、右職場離脱が単純な同盟罷業であることにいささかも変りないことはいうまでもない。従つて右の点は、罷業開始の時期が当局側に対する予告なしに早められ、かつ時間が延長されたというだけのことに過ぎないのである。単純な同盟罷業であつても、不法な目的をもつてなされる場合、目的は正当であつても手段としての罷業の規模態様が目的に比して著しく均衡を失するような場合等においては正当性を否定される場合もあり得るとも考えられるけれども、右のような程度に達しない単なる時間の長短によつてその正当性が左右されることはないと解すべきところ、本件における同盟罷業の時間の長さは、右のような観点から見て不当に長いとは到底言い得ないのみならず、午前8時30分から開始される職場大会に参加するため午前2時30分頃突如職場を離脱するに至つたのは前に認定したように当局側から午前1時過頃、それまで全逓中郵支部が使用を許されていた事務室を午前1時30分までに明渡し部外者は退去するよう通告されたことに起因しこれに対抗するために臨闘における被告人外山の派遣中闘として付与された権限に基く決定に起因するものであり又本部の旅館に多数組合員が一時休憩したことが予め計画的になされたのではないかとの疑いが生ずるかも知れないが、これは臨闘において偶々当日の職場大会に関し応援に来る部外者の休憩宿泊用に準備しておいた前記旅館を転用し組合員の休息の用に供したに過ぎないこと証拠上明らかであり、右認定に反し右石崎等38名を含めて組合側が計画的にこの時刻に職場を離脱することを強行した事実が窺うべき証拠は存在しない。従つてこれらの事実からこの時間からの職場離脱が必要以上の過度な不当性を帯びる離脱とは解されない。それ故本件石崎等の所為は労組法第1条第2項により正当性を与えられる範囲を逸脱していない単純な同盟罷業であつて、不可罰的性格を有するほかないものである。
[25] 以上のような次第で本件における石崎等の郵便物不取扱の所為は公労法第17条第1項に違反するものであるが、結局争議行為として労組法第1条第2項の正当性を有するものであり刑事上の違法性を欠き、郵便法第79条違反の罪は成立しないと断ぜざるを得ない。従つて右石崎等の所為に被告人等が教唆その他如何様の形態において加功したとしても、それは前記公労法第17条第1項違反になり得ても、それだけに止まり、郵便法第79条違反とされる本犯が犯罪を構成しない以上、被告人等についてその教唆等の罪を構成するに由なく、その教唆等の有無について審究するまでもなく罪とならないことが明らかである。
[26] よつて刑事訴訟法第336条前段に則り、被告人全員に対し無罪の言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 江碕太郎 播本格一 藤井登葵夫)
(別紙略)

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