ヒッグス・アラン事件
第一審判決

損害賠償請求事件
大阪地方裁判所 平成元年(ワ)第9401号
平成3年3月29日 判決

原告 ヒッグス・アラン

被告 国
代理人 源孝治 鈴井洋 ほか2名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。


1 被告は原告に対し、金100万円及びこれに対する平成元年7月23日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
 主文同旨 1 原告の経歴
[1] 原告は、イギリス国籍を有する外国人で、昭和56年10月23日、日本国籍を有する小林雅貴と婚姻し、同人との間に日本国籍を有する2人の子供がいる。
[2] その後昭和57年3月29日来日し、同62年5月22日、出入国管理及び難民認定法第2条の2、別表第2に定める永住者としての在留資格(以下「永住許可」という。)を取得した。
2 投票の拒否
[3] 原告は平成元年7月23日施行の参議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)に投票するため、原告の住所地を管理する大阪府池田市選挙管理委員会に同月22日訪れたところ、同選挙管理委員会から、原告は日本国籍を有しないので公職選挙法9条及び21条により、本件選挙の投票を行うことができない旨告げられ、結局本件選挙において投票をすることができなかった。
3 公職選挙法の違憲性
[4](一) 被告の立法府である国会は、昭和25年5月1日公職選挙法を施行したが、同法9条1項は、参議院議員等の選挙権を有する者を日本国民、即ち日本国籍を有する者に限り、日本国籍を有しない者には選挙権を認めない。
[5](二) しかしながら
[6](1) 憲法15条1項により「国民」固有の権利として保障されている選挙権は、国民主権のあらわれであり、民主主義の実現に不可欠の基本的人権であるが、その実質は、社会の構成員(国籍保持者としての国民だけではない。)が主権者としてその意思を反映させるための、すなわちその社会生活を円滑にすすめ、生活の安定と向上を図る最善、不可欠な手段である。社会構成員が代表民主制を通じてその政治的決定に従い、納税等の義務も負わざるを得ない以上政治的決定に参加できることが民主主義の基礎である。とすれば選挙権の根拠は国家の構成員すなわち国籍保持者であるからではなく、社会の構成員であるからというべきである。
[7] また、前記の「国民」は、法律上の用法においても必ずしも国籍保持者のみを指すとは限らない(例、行政不服審査法1条)。
[8] そこで、憲法15条1項にいう「国民」とは、国籍保持者のみのことではなく、社会の構成員として日本の政治社会における政治決定に従わざるを得ない者をいうと解すべきである。
[9](2) ところで原告は、永住権を有する外国人であり、永住意思をもって長年にわたって日本に在留している結果、恒久的な生活の本拠が日本に築かれているのであり、実体的には帰化した人と同様である。特に永住許可の審査は、永住を希望する外国人について素行や独立した生計経済能力など人格や生活関係に踏み込んだ事項に及んで審査を行い、審査の対象とされる事項や内容は、実質上帰化の場合に準ずるものである。また原告は、日本社会の一員として、納税義務も負担させられている。
[10] 以上によれば、原告は日本社会の構成員としてその政治決定に従わざるを得ない者にあたるというべきであり、憲法15条1項にいう国民に該当する。
[11](3) したがって、原告に選挙権を認めていない右公職選挙法9条1項は、合理的な理由がない限り選挙権の行使を妨げることを禁止した日本国憲法15条に違反する。
[12](三) また
[13](1) 原告は、前述のとおり、実質上帰化者に準じた地位にあり、納税義務も負担しているから、原告と帰化者とを参政権の享有に関して区別する合理的な理由が存しないことは明白である。
[14](2) したがって、右規定は原則的にすべての人間に対して法の下の平等を保障し、差別することを禁止する日本国憲法14条にも違反する。
4 国会議員の責任
[15](一) 国会議員は、憲法に違反する法律(前記の公職選挙法9条1項)が存在し、現にこれに基づき差別取扱がなされている場合には、違憲の同法を改廃し、違憲状態の解消に努めるべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。国会議員のこの不作為は、国会議員としての違法な職務行為を構成し、かつ、同不作為につき、故意又は重大な過失が存する。
[16](二) なお国家賠償法1条1項の「公務員の故意又は過失」とは、合議制機関である国会の行為の場合、個々の国会議員の故意過失を問題にする必要はなく、国会議員の統一的意思活動である国会自体の故意過失を論ずれば足りると解すべきである。
5 内閣総理大臣、国務大臣の責任
[17] 歴代の内閣総理大臣及び国務大臣は、前記の如く違憲の法律(公職選挙法9条1項)が存在する場合には、これを改廃して違憲状態の解消に努めるべき義務を負っていたにもかかわらず、何らの法律案の発案もしなかった。
[18] 内閣総理大臣及び国務大臣の右不作為は、違法の職務行為に該当するうえ、これにつき故意又は重大な過失が存在する。
6 損害
[19] 原告は、前記投票ができなかったことにより、多大な精神的苦痛を受けたが、これを金銭に換算すると金100万円が相当である。
7 結論
[20] よって、原告は被告に対し、国家賠償法による損害賠償請求権に基づき、損害金100万円及びこれに対する損害発生の日である平成元年7月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
[21] 請求原因1、同2の事実は認める。
[22] 同3の事実中、(一)は認め、その余は争う。
[23] 参政権(憲法15条1項)は、国民主権主義(憲法前文)から導かれる当該国の主権者である「国民」の基本的人権であり、外国人には認められない。
[24] また、このように解しても外国人は自国における参政権は保障されているのであって、わが国においてこれを保障しなくても平等原則に違反することもない。
[25] したがって、公職選挙法9条1項は憲法15条1項、同14条に違反しない。
[26] 同4の事実は争う。
[27] 国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであって、その性質上原則として国民全体に対する関係で政治責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係では、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというがごとき容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、違法の評価は受けないものと解すべきである。しかるに、本件は右の例外的場合にあたらないことが明白であるから、国会議員の立法の不作為に違法性は存しない。
[28] 同5の事実は争う。
[29] 内閣は行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うが(憲法66条3項)、内閣又はこれを構成する内閣総理大臣及び国務大臣が、個別の国民に対する関係で職務上の具体的な義務を負うことはあり得ない、したがって内閣総理大臣及び国務大臣が仮に前記法律の改廃を怠ったとしても国家賠償法1条1項該当の違法の職務行為にはならないから、原告の主張はそれ自体失当である。
[30] 同6の事実は争う。

 請求原因1、2の事実及び同3(一)の事実は当事者間に争いがない。
1 憲法15条1項違反(請求原因3(二))について
[1](一) 憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国在留の日本国籍を有しない者(以下「外国人」という。)に対しても等しく及ぶものである(最高裁判所昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223号参照)。
[2](二) そこで、憲法15条1項の規定する公務員の選定罷免権がその性質上外国人にも及ぶかについて考えるに、右権利が国民の最も重要な基本的権利の一つであることは論をもたないが、それは人たるものが当然に有するという意味での人権(前国家的権利)ではなく、国家の存在を前提として初めて成立する国民の権利である。したがって、右権利の内容は国家のあり方を定めた憲法によって規定されるものと解するところ、憲法前文及び1条は主権が日本国民に存することを宣言し、それを受けて憲法15条は「公務員を選定し、罷免することは国民固有の権利である」と規定している。これによれば公務員の選定罷免権は、よって立つ国民主権原理に照らし、その権利の性質上日本国民のみをその対象としていることは明らかであるから、右の権利の保障は外国人には及ばないものと解する。
[3] この点、原告は右憲法15条にいう「国民」とは主権者たる「国民」と同義であって、主権者たる国民は必ずしも国籍保持者としての国民の意味に限定する必要はなく、日本の社会を構成する者を指すというべきであると主張する。
[4] しかし、右主張に賛成し得ないことは前述のとおりであるが、仮に憲法15条にいう「国民」に、外国人が含まれる余地があるとの原告の主張に立ったとしても、主権者イコール公務員の選定罷免権者でないことは明らかであって、この点に関し、憲法44条は国会議員の選挙については、選挙権を行使しうる者の資格を、法律(公職選挙法)に委任しており、公職選挙法はそれを受けて選挙人の資格を日本国民(日本国籍を有する者)に限定している。そしてこの限定は、外国人が帰化の要件を充たさず、あるいは充たしても帰化を望まず他国に国籍を有しその国の対人高権に服している以上、不合理な区別とはいえないから、右法律が憲法15条に違反しているとはいえない。したがって、いずれみち原告の主張は採用しがたい。

2 憲法14条1項違反(同3(三))について
[5](一) まず、憲法14条1項が規定する平等原則(権)は、人である以上平等に扱われねばならないという個人の尊厳に基づくものであるから、外国人にもその保障が及ぶものである。
[6](二) もっとも、合理的根拠のある区別(合理的差別)は右平等原則に反しないところ、公職選挙法が日本国籍の有無により国会議員に対する選挙権の行使の可否を区別している点は、前述のとおり選挙権の保障が外国人には及ばない以上、未だ合理的な区別であるから、同条同項違反にはならない。

[7] したがって、原告の請求原因3(二)(三)の主張はそれ自体失当であり、もはやその余の請求原因事実について判断するまでもなく、原告の被告に対する国家賠償法に基づく損害賠償請求権はこれを認めることができない。
[8] よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法89条を適用して主文のとおり判決する。

  (裁判官 笠井達也 金光健二 中垣内健治)

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧に戻る