過料裁判手続合憲決定
即時抗告審決定

民法違反抗告事件
大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)第143号
昭和37年1月23日 第5民事部 決定

抗告人 福井秀一 外2名

■ 主 文
■ 理 由

■ 抗告申立の趣旨及び理由


 本件抗告を棄却する。


 本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであり、疏明方法の添付がある。
 憲法第31条にいわゆる刑罰は固有の刑罰のほか、強制的な財産罰である過料をも含むものと解すべきことは抗告人等の所論のとおりである。しかしながら、憲法第82条にいう裁判とは民事および刑事の訴訟手続をいうのであつて、本来の意味の民事及び刑事の訴訟手続以外の手続である非訟事件手続はこれに包含せられないと解すべきである。従つて過料の裁判を憲法第82条所定の公開法廷で対審及び判決によつて之を行うことを要するものではなく、要は過料の裁判が法律で定められた妥当な手続によつて行われることを以つて足るものであり、而して非訟事件手続法所定の裁判手続はこの意味において欠くるところはないと解すべきであると共に、抗告人所論の別訴の提起により更に過料の裁判を覆えすごときことは許すべきでない。詳細な所論を逐一検討するも到底採用することはできない。
 過料の裁判手続が対審公開の裁判手続と異なることを許されるのは右に説明したとおりであるから、之に付て訴なければ裁判なしとの原則の支配を受けるものではなく、裁判所が職権により之をなし得るものと解すべきである。
 原審における被審人4名のほかに尚、小山睦が理事であつたに拘らず、同人に対しては陳述書の提出も命ぜられず、且つ過料の裁判を受けていないことは抗告人所論のとおりであるが、このことは、抗告人等の責任の無いことの論拠とは認められない。
 非訟事件手続法第121条第1項所定の法人の登記事項の変更の登記は、理事の全員より之を申請することを要せず、理事が数人あるときはその中1人より之をなすことを得る趣旨であると解せられるが、之は単に理事の中の1人が登記義務を履行すれば他の理事も責任を免れる結果を生ずるにすぎないのであり、之が為各理事の登記義務並にその懈怠のときの制裁を理事中の1人に制限し得べき法意と見ることはできない。抗告人提出の疏明方法によれば、財団法人白楽天山保存会寄附行為中には、同法人の理事が互選で理事長1名を選任し、理事長がこの法人を代表する旨の規定があり、而して之に基いて昭和35年7月20日の理事会において理事桐山吾一が理事長に選任されたことは認められるが登記のごとき公法上の義務に関する行為については、かかる寄附行為の定めを以て法律の定めた各理事の義務を左右し得るものではない。抗告人援用の大審院判例には抗告人の主張に副うものがあるが、当裁判所は旧工業組合法第35条に付ての大審院決定(昭和10年7月12日、大審院民事判例集同年1379頁)の趣旨に従うものである。

 以上の次第であるから、抗告人の主張はすべて採用できないのであり、その他記録を精査するも原決定には違法の廉がないから、本件抗告を理由なきものとして棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

  裁判長裁判官 加納実  裁判官 沢井種雄  裁判官 加藤孝之
別紙 抗告申立の趣旨及び理由
一、原決定(京都地方裁判所昭和36年(ホ)第131号民法違反事件の昭和36年4月19日付決定)を取消す。
二、抗告費用及び原判決に関する費用は国庫の負担とする。
との御決定を求める。
[1]第一、本件原決定は非訟事件手続法第207条に定められた手続によつてなされたものであるが、本件処罰の手続を定めた右法規は憲法に違背するものであり、従つて原決定は効力を生ずるに由ない。右法規の憲法に違背するとする理由は次のとおりである。
[2](一) 憲法第31条は何人も法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない旨を定めている。この規定は法律に定められた手続によれば、その手続を定めた法律の条項が憲法に適合すると違反するとを問わず刑罰を科することができる旨を定めたものではなくその手続を定めた法律の条項が憲法に適合していることを要するや勿論である。本件処罰の過料は強制的な財産罰である。されば過料は行政罰であつて刑事罰ではないという理由だけでは憲法第29条第1項が財産権を侵してはならないことを規定していることを考えあわせてみても過料が憲法第31条にいうところの刑罰に当らないということは許されない。
[3](二) そこで非訟事件手続法第207条の規定が憲法に適合しているかどうかについて論究してみると、憲法第32条は何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと定めて、国民が裁判所に対して民事刑事の裁判を請求できる権利を保障し、第82条は裁判の対審及び判決は公開法廷でこれを行うことを定めて裁判の公正を担保しており、とりわけ憲法第3章で保障されている権利(憲法第29条、第31条の権利はその一である)が問題となつている事件の対審は絶対的に公開しなければならないこととなつている。本件登記に関する規定は非訟事件であつて裁判所が干与する行政事務であるとしても、本件過料処罰は決定を以つてなされているのであるから、このような決定も裁判所のなす裁判であるというに何の妨げもないことはいうまでもないところであり、その結果として発生する事態すなわち過料処罰は前記のように憲法第29条第1項に定められた国民の財産権を強制的に侵すものであるから、非訟事件手続によるからといつて或いは訴訟事件でないからという理由で憲法第32条、第82条の適用を免れ得るものと考えることはできない。原決定に対しては即時抗告、特別抗告の途が開かれているとはいえ、公開対審の裁判を求める途は全く閉されているのであるから、このような審問、非公開、書面審査のみを以つてする手続によつて強制的に財産罰を科するは違憲というのほかはない。
[4](三) 尤も原決定は既判力を有せず、又一の行政処分的性格を有するもので固有の意味の裁判ではないから別訴を提起して原決定の効力を争うことができるとする仮定の下に本件原決定を違憲ということはできないという論も提出されるかもしれないが、原決定が一の行政処分的性格を有するものなりとしても裁判官によつてなされた一の裁判であつて、行政官庁のなした行政処分ではないこと明瞭であり、裁判官は行政官のような広汎な裁量を以つて便宜主義的に事案を処理する権能を有するものではなく、厳正に法律を適用して判断しなければならない職責を有するものであるから三権分立制の本義に徴するも原決定を一の行政処分なりとすることはできないばかりでなく、別訴を提起して原決定の効力を争うことができるから原決定は違憲ではないという論は形式論理であるとするのほかはない。けだし新たに別訴を提起してこれが救済を求めるためには多大の費用と手数を要するという大きな犠牲を払わねばならないことに思いいたる時は、このような大きな犠牲は憲法の要求する公開対審の裁判を受ける権利の行使を拒否せられた結果として発生した不当な不利益であつて何人も之を甘受しなければならないいわれは存しない。又仮りに別訴を提起して原決定の効力を争うとしても、別訴の提起は直ちに且つ当然に原決定の執行力を排除もしくは停止するものではないから過料徴収の執行を受けるという損害を蒙ることとなり、このような損害も亦憲法の要請する対審公開の裁判の手続を拒否せられた結果にほかならず、殊に本件のように少額の過料に対して多大の費用を要する別訴を提起する愚を敢てするものはないこと必然であることを考えてみると別訴を提起して原決定の効力を争い得るからといつて原決定を違憲でないとは到底いうことができない。
[5](四) 以上のような理由で原決定は憲法第32条第82条に違反して非公開に終始する非訟事件手続によつて憲法第29条第1項の保障した財産権を強制的に侵害する処罰を裁判したものであつて憲法第31条に違反していること明らかであるから効力を生ずるによしなく取消しを免れない。

[6]第二、原決定の依拠した非訟事件手続法第207条の規定が憲法の条項に違反しないとしても、原決定は次のような違法がある。
[7](一) 原決定は京都地方法務局より原審裁判所に提出された通知書に基き、被審人に陳述書を提出させてなされたものである処、右京都地方法務局より提出された通知書はただ法定期間内に登記申請がなされなかつた事実を裁判に通知したに止まり、同通知書に記載された民法の条項を適用して過料処罰に付する裁判を求めた文言の記載はない。されば原決定は訴なければ裁判なしとの原則に反している。原決定は当事者の申立てない事項について裁判をなした違法がある。
[8] もし原決定が裁判所の職権を以つてなされたものなりと仮定して考えてみても、非訟事件手続法第207条第1、2項は法定期間内に登記申請を怠つたとき等に裁判所が過料の裁判をするには理由を附した決定を以つてなすべき旨を定めたに止まり、かかる裁判をなすは裁判所の職権を以つてなすべき旨を定めたものではないから、裁判所が登記申請の怠られた事実を知れば何らの申立なく過料に附する裁判をなすことのできるとする法律上の根拠にとぼしい。
[9](二) 仮りにそうでないとしても、民法第84条第1項の規定は法定期間内に登記申請を怠つた登記義務者に対しては必ず過料処罰をしなければならないとする法意ではなく、過料を科するや否やは裁判所は広汎な裁量権を有すると解するを相当と信ずる。本件においても財団法人白楽天山保存会は昭和35年7月20日より2週間の期間においては被審人4名の外、申立外小山睦も理事であつたが、同人は陳述書の提出も命ぜられていないし、且つ過料処罰もされていないのであるから、原審裁判所も同じ見解であることが容易に推認できる。果して然らば原審裁判所が前記法人の理事5名のうち被審人4名のみを主観的恣意的に選択して,登記申請の遅延したために何人にも実害を与えた事実がないにもかかわらず杓子定規に機械的に民法第84条第1号を適用したのは裁量権を濫用した違法あるを免れない。
[10](三) 仮りに百歩を譲り、右の主張も容れられないとしても、本件のような理事変更にかかる登記申請は本件法人のように理事が数名あるときは理事全員の申請によらなければならないものではなく、そのうちの1名が登記申請をすれば足りるのである。そしてそれは数名のうちの誰がしてもよいのであるが、第一次的に登記申請の義務ある者は法令もしくは定款によつてその法人を代表すると定められた理事である。財団法人白楽天山保存会にあつては理事の互選によつて理事長1名、常任理事1名を選出し、理事長が法人を代表することと定められているのである。昭和35年7月20日開かれた理事会において被審人桐山吾一が理事長に選出されたのであるから、裁判所が敢えて民法第84条の規定を以つて登記申請遅延の責を問わんとするならば同人のみを処罰すれば足るにもかかわらず、右法人において寄附行為中に法人を代表する理事の定めの有無、及びこれあるときは誰がその任にあつたかについて審問することなく、たやすく漫然と被審人4名を撫斬り的に処罰した原決定はもとより失当であつて取消を免れない。大審院明治35年(ク)第17号明治35年6月4日第二民事部決定参照。

[11]第三、右のように原決定は違憲なるか、違憲ならずとするも違法であるからこれが取消を求めるため本件抗告を申立てる次第である。

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