性別変更訴訟(生殖腺除去要件違憲判決) | ||||
第一審審判 | ||||
岡山家庭裁判所 平成31年(家)第438号 令和2年5月22日 審判 ■ 主 文 ■ 理 由 ■ 参照条文 1 本件申立てを却下する。 2 手続費用は申立人の負担とする。 申立人の性別の取扱いを男から女に変更する。 [1] 本件は,生物学的には男性である申立人(■歳)が,性別適合手術を受けずに,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項に基づき,女性への性別の取扱いの変更を申し立てた事案である。 [2] 本件における事実の調査及び審問の結果によれば,以下の事実が認められる。 [3](1) 申立人は,■年■月■日生まれで,生物学的な性別は男性である。申立人は,幼少期から,性志向が男性に向いており,女児の服装に興味・憧れを抱いていた。■後,少しずつ女性装をするようになり,■平成21年3月に性同一性障害を疑い■病院を受診した。申立人は,■県内の■に進学して女子学生扱いを認められ,戸籍名についても,同年5月に「■」への変更が認められた。 [4](2) 申立人は,同年12月に性同一性障害の診断を受け,体型を女性化させるためのホルモン療法が承認されたが,■県内の病院でのホルモン注射は上腕への筋肉注射であったところ,帰途の自動車運転がままならないほどの激痛を伴ったこと,病院が遠方であったこと,1回2000円程度という費用も当時は負担感が大きかったことから,平成22年3月頃にホルモン療法を中断した。 [5](3) 申立人は,■を卒業して■となり,平成24年に■県で就職した後,個人輸入したホルモン薬を自己判断で服薬していたが,その後,副作用を指摘されて服薬を止めた。 [6] 申立人は,平成25年に■で月に2回程度非常勤として勤務するようになったことに伴い,同年8月(■歳)頃,■病院を再受診し,ホルモン療法を再開した。同年10月頃からは■県内の■病院でもホルモン注射を受けるようになったが,平成30年5月頃に■市内の実家に転居したことに伴い,■病院のみに通院するようになった。ホルモン注射の費用負担は変わらないが,就職後は経済的な負担感は大きくなく,■病院等の看護師は注射技術に慣れているため,注射に伴う疼痛も許容範囲内であった。申立人は,平成31年4月に■市内で就職したことに伴い,令和元年7月頃からは同市内の■病院でホルモン療法を受けている。 [7] 申立人は,ホルモン療法として,約2週間毎にホルモン注射(エストロゲン剤ほか)を受けており,通院の間隔が空いたときはホルモン錠剤(エストロゲン剤)を内服して補充している。申立人は,今後もホルモン療法を継続する意向である。 [8](4) 申立人は,平成30年11月■日,■病院等において,2名の精神科医師により,性同一性障害者であって,ホルモン療法の結果,他の性別としての身体的適合状況等が以下のとおりであると診断された。 (ア) 性別適合手術 性別適合手術は行われていないが長年のホルモン療法により生殖腺の機能は永続的に失われている。 (イ) 他の性別としての身体的適合状況 a 現在の身体的状況 ■。体型も外見的に女性型であると認められる。 b 現在の性器の状態 ■。 (ウ) 他の性別としての社会的適合状況 (省略)現在女性として満足のゆく社会生活を送っている。 [9](5) 申立人は,平成31年2月■日,当庁に本件性別の取扱いの変更を申し立て,上記(4)の診断に係る診断書を提出した。申立人には,婚姻歴はなく,子もいない。申立人は,心理的には女性であり,本来あるべき性別に変えたいとの気持ちから本件申立てをしたが,社会生活において、職場や医療機関等での事務手続上,戸籍上は男性であることを告げなければならない場合の説明やそれに対する相手の反応等が精神的負担であることも本件申立ての動機である。また,■。他方,通常の社会生活では,現在の身体状況で女性として生活することに支障がないにもかかわらず,性別適合手術には,手術による後遺症,激痛といったリスクが伴うのみならず,数百万円単位の多額の費用を要し,長期間仕事を休まざるを得ないという経済的,社会的デメリットも大きく,現時点で性別適合手術を受ける考えはない。 [10](6) 申立人は令和元年8月■日に精液検査を受けたところ,その結果によれば,申立人の精液1ml当たりの総精子数は約■個,全運動精子率は■%であり,妊娠する可能性に影響する総運動精子数(総精子数×運動率)は約■個であった。世界保健機構(WHO)ラボマニュアル(2010年刊行)では,自然妊娠に至った男性の精液の下限基準値は総運動精子数1560万個とされており,申立人の総運動精子数がこれを大きく下回っていることからすると,申立人については,体外受精などを施行しない限り,自然妊娠は非常に困難である。 [11] 性同一性障害者へのホルモン療法は,思春期から少なくとも老年期まで,あるいは一生にわたって,数十年間という長期間にわたり行われるものである。男性に対しエストロゲンによる女性ホルモン療法を行うと,精巣の容積が減少するとともに,男性ホルモンの分泌が抑制され,精子数や精子の運動率も低下する。今後,申立人がホルモン療法を継続すれば,現在の生殖腺機能の低下は維持されることが見込まれるが,ホルモン療法を中断又は中止した場合でも生殖腺機能の低下が不可逆的なものか否か,又は回復するか否かについては,事例報告が少なく,必ずしも明らかでない。 [12](7) また,申立人は,令和2年3月■日,性器の外観について,■病院において計測を伴う詳細な診察を受けたところ,■であった。 [13]2 以上に基づき,申立人が特例法3条1項の要件を充たすか否かについて検討する。 [14](1) まず,申立人は,性同一性障害者であることが認められる。また,申立人は20歳以上であり,婚姻をしておらず,未成年の子がいないことが認められるから,特例法3条1項1号ないし3号の要件は充たしている。 [15](2) 次に,申立人は,性別適合手術を受けておらず,■,生殖腺は失われていないから,特例法3条1項4号の「生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」に該当するかにつき,検討する。 [16] 令和元年8月■日の精液検査の結果によれば,申立人の精液1mlにつき,妊娠する可能性に影響する総運動精子数は約■個であり,世界保健機構(WHO)のラボマニュアルでの自然妊娠に至った男性の総運動精子数の下限基準値1560万個を大きく下回っており,自然妊娠は非常に困難であることが認められる。これによると,申立人は,6年以上にわたってホルモン療法を継続した結果として,生殖腺の機能が著しく低下していることが認められる。しかし,同条項4号の要件を充たすためには,生殖腺の機能全般が失われていることが必要であると解すべきところ,申立人については,なお精子が形成されており,しかも,妊娠する可能性に影響する総運動精子数も相当数あり,体外受精などにより妊娠に至る可能性も残されているのであるから,生殖腺の機能を欠く状態であるとは認めることができない。上記要件はあくまで客観的な生殖腺の機能について判断されるものであるから,申立人が女性との間に子をなす意思がなくとも,そのことは同判断を左右するものとはいえない。 [17] したがって,申立人については,生殖腺の機能を欠く状態であるとは認められないが,同条項4号の要件を充たすためには,生殖腺の機能を欠く状態が永続的である必要があるところ,上記のような申立人の生殖腺機能が低下した状態は,申立人がホルモン療法を継続していることによるものであり,ホルモン療法が中断又は中止された場合に現在の生殖腺機能の低下状態が永続的に維持されるか否かも明らかでないというほかない。ホルモン療法を受けるためには相当回数の通院と相応の費用負担が必要であり,今後の申立人の生活状況や経済状況次第ではホルモン療法が中断又は中止される可能性も客観的には存在するといわざるを得ない。申立人が現時点においてホルモン療法を継続する意向を有していることをもって,上記可能性を否定することはできない。 [18] 以上によれば,申立人は,特例法3条1項4号の要件に該当しない。 [19](3) 申立人については,■,性器の外観についても特例法3条1項5号の要件を充たすかは問題であるが,その点を措くとしても,上記(2)によれば,申立人については,同条項4号の要件を充たさないから,性別の取扱いの変更を認めることはできない。 [20]3 よって,主文のとおり審判する。 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号) (定義) 第2条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。 (性別の取扱いの変更の審判) 第3条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。 一 18歳以上であること。 二 現に婚姻をしていないこと。 三 現に未成年の子がいないこと。 四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。 五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。 2 前項の請求をするには、同項の性同一性障害者に係る前条の診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない。 |
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