電話傍受合憲決定
上告審決定

覚せい剤取締法違反、詐欺、同未遂被告事件
最高裁判所 平成9年(あ)第636号
平成11年12月16日 第三小法廷 決定

上告申立人 被告人

被告人 C
弁護人 佐藤義雄 外3名

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官元原利文の反対意見


 本件上告を棄却する。
 当審における未決勾留日数中800日を第一審判決の懲役刑に算入する。

[1] 所論は、電話の通話内容を通話当事者双方の同意を得ずに傍受すること(以下「電話傍受」という。)は、本件当時、捜査の手段として法律に定められていない強制処分であるから、それを許可する令状の発付及びこれに基づく電話傍受は、刑訴法197条1項ただし書に規定する強制処分法定主義に反し違法であるのみならず、憲法31条、35条に違反し、ひいては、憲法13条、21条2項に違反すると主張する。

[2] 電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分であるが、一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではないと解すべきであって、このことは所論も認めるところである。そして、重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには,法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。

[3] そこで、本件当時、電話傍受が法律に定められた強制処分の令状により可能であったか否かについて検討すると、電話傍受を直接の目的とした令状は存していなかったけれども、次のような点にかんがみると、前記の一定の要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。
[4](一) 電話傍受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる。
[5](二) 裁判官は、捜査機関から提出される資料により、当該電話傍受が前記の要件を満たすか否かを事前に審査することが可能である。
[6](三) 検証許可状の「検証すべき場所若しくは物」(刑訴法219条1項)の記載に当たり、傍受すべき通話、傍受の対象となる電話回線、傍受実施の方法及び場所、傍受ができる期間をできる限り限定することにより、傍受対象の特定という要請を相当程度満たすことができる。
[7](四) 身体検査令状に関する同法218条5項は、その規定する条件の付加が強制処分の範囲、程度を減縮させる方向に作用する点において、身体検査令状以外の検証許可状にもその準用を肯定し得ると解されるから、裁判官は、電話傍受の実施に関し適当と認める条件、例えば、捜査機関以外の第三者を立ち会わせて、対象外と思料される通話内容の傍受を速やかに遮断する措置を採らせなければならない旨を検証の条件として付することができる。
[8](五) なお、捜査機関において、電話傍受の実施中、傍受すべき通話に該当するかどうかが明らかでない通話について、その判断に必要な限度で、当該通話の傍受をすることは、同法129条所定の「必要な処分」に含まれると解し得る。
[9] もっとも、検証許可状による場合、法律や規則上、通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、電話傍受は、これを行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に限り、かつ、前述のような手続に従うことによって初めて実施され得ることなどを考慮すると、右の点を理由に検証許可状による電話傍受が許されなかったとまで解するのは相当でない。

[10] これを本件についてみると、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、本件電話傍受の経緯は、次のとおりである。
[11](一) 北海道警察旭川方面本部の警察官は、旭川簡易裁判所の裁判官に対し、氏名不詳の被疑者らに対する覚せい剤取締法違反被疑事件について、電話傍受を検証として行うことを許可する旨の検証許可状を請求した。警察官の提出した資料によれば、以下の事情が明らかであった。すなわち、犯罪事実は、営利目的による覚せい剤の譲渡しであり、その嫌疑は明白であった。同犯罪は、暴力団による組織的、継続的な覚せい剤密売の一環として行われたものであって、密売の態様は、暴力団組事務所のあるマンションの居室に設置された電話で客から覚せい剤買受けの注文を受け、その客に一定の場所に赴くよう指示した上、右場所で覚せい剤の譲渡しに及ぶというものであったが、電話受付担当者と譲渡し担当者は別人であり、それらの担当者や両者の具体的連絡方法などを特定するに足りる証拠を収集することができなかった。右居室には2台の電話機が設置されており、1台は覚せい剤買受けの注文を受け付けるための専用電話である可能性が極めて高く、もう1台は受付担当者と譲渡し担当者との間の覚せい剤密売に関する連絡用電話である可能性があった。そのため、右2台に関する電話傍受により得られる証拠は、覚せい剤密売の実態を解明し被疑者らを特定するために重要かつ必要なものであり、他の手段を用いて右目的を達成することは著しく困難であった。
[12](二) 裁判官は、検証すべき場所及び物を
「日本電信電話株式会社旭川支店113サービス担当試験室及び同支店保守管理にかかる同室内の機器」、
検証すべき内容を
「(前記2台の電話)に発着信される通話内容及び同室内の機器の状況(ただし、覚せい剤取引に関する通話内容に限定する)」、
検証の期間を
「平成6年7月22日から同月23日までの間(ただし、各日とも午後5時00分から午後11時00分までの間に限る)」、
検証の方法を
「地方公務員2名を立ち会わせて通話内容を分配器のスピーカーで拡声して聴取するとともに録音する。その際、対象外と思料される通話内容については、スピーカーの音声遮断及び録音中止のため、立会人をして直ちに分配器の電源スイッチを切断させる。」
と記載した検証許可状を発付した。
[13](三) 警察官は、右検証許可状に基づき、右記載の各制限を遵守して、電話傍受を実施した。
[14] 右の経緯に照らすと、本件電話傍受は、前記の一定の要件を満たす場合において、対象をできる限り限定し、かつ、適切な条件を付した検証許可状により行われたものと認めることができる。

[15] 以上のとおり、電話傍受は本件当時捜査の手段として法律上認められていなかったということはできず、また、本件検証許可状による電話傍受は法律の定める手続に従って行われたものと認められる。所論は、右と異なる解釈の下に違憲をいうものであって、その前提を欠くものといわなければならない。

[16] 弁護人佐藤義雄外3名の上告趣意のうち、その余の点は、単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

[17] よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、主文のとおり決定する。この決定は、裁判官元原利文の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。


 裁判官元原利文の反対意見は、次のとおりである。

[1] 私は、電話傍受が本件当時捜査の手段として法律上認められていなかった強制処分であり、本件電話傍受により得られた証拠の証拠能力は否定されるべきであるから、これを肯定した原判決は破棄すべきものと考える。以下にその理由を述べる。

[2] 電話傍受は、憲法21条2項が保障する通信の秘密や、憲法13条に由来するプライバシーの権利に対する重大な制約となる行為であるから、よしんばこれを行うとしても、憲法35条が定める令状主義の規制に服するとともに、憲法31条が求める適正な手続が保障されなければならない。電話傍受は、多数意見のいうとおり、検証としての性質をも有することは否めないところであるが、傍受の対象に犯罪と無関係な通話が混入する可能性は、程度の差はあっても否定することができず、傍受の実施中、傍受すべき通話に該当するか否かを判断するために選別的な聴取を行うことは避けられないものである。多数意見は、そのような選別的な聴取は、刑訴法129条所定の「必要な処分」に含まれると解し得るというが、犯罪に関係のある通話についてのみ検証が許されるとしながら、前段階の付随的な処分にすぎない「必要な処分」に無関係通話の傍受を含めることは、不合理というべきである。電話傍受に不可避的に伴う選別的な聴取は、検証のための「必要な処分」の範囲を超えるものであり、この点で、電話傍受を刑訴法上の検証として行うことには無理があるといわなければならない。

[3] 電話傍受にあっては、その性質上令状の事前呈示の要件(刑訴法222条1項、110条)を満たすことができないのはやむを得ないところであるが、適正手続の保障の見地から、少なくとも傍受終了後合理的な期間内に処分対象者に対し処分の内容について告知をすることが必要であるというべきである。また、電話傍受は、情報の押収という側面を有するから、違法な傍受が行われたときは、処分対象者に対し原状回復のための不服申立ての途が保障されていなければならない。ところが、検証については、郵便物等の押収に関する処分対象者への事後通知(同法100条3項)のような規定はなく、また、「押収に関する裁判又は処分」として準抗告の対象とすること(同法429条1項、430条1項、2項)も認められていない。このように事後の告知及び不服申立ての各規定を欠く点で、電話傍受を刑訴法上の検証として行うことは、許されないというべきである。多数意見は、右の点を理由に検証許可状により電話傍受を行うことが許されなかったとまで解するのは相当でないというが、適正手続の保障への配慮が不十分であり、賛同することができない。

[4] 以上の2点において、電話傍受を刑訴法上の検証として行うことはできないと解され、他に本件当時電話傍受を捜査の手段として許容する法律上の根拠が存したと認めることもできない。そうすると、電話傍受は本件当時捜査の手段として法律上認められていなかったものであり、検証許可状により行われた本件電話傍受は違法であるといわざるを得ない。そして、右違法は、法律上許容されない令状に基づき強制処分を行ったという点において、令状主義の精神を没却するような重大な違法に当たることが明らかであるから、本件電話傍受により得られた検証調書等の証拠能力は否定されるべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。よって、右証拠の証拠能力を肯定した原判決は法令に違反し、その違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

(裁判長裁判官 金谷利廣  裁判官 千種秀夫  裁判官 元原利文  裁判官 奥田昌道)

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