電話傍受合憲決定
第一審判決

覚せい剤取締法違反、詐欺、詐欺未遂被告事件
旭川地方裁判所 平成6年(わ)189号、同7年(わ)64号
平成7年6月12日 刑事部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 被告人Aを懲役3年に、被告人B及び被告人Cをいずれも懲役5年及び罰金20万円にそれぞれ処する。
 未決勾留日数中、被告人A及び被告人Bに対しいずれも160日を、被告人Cに対し100日を、それぞれ右懲役刑に算入する。
 被告人B及び被告人Cにおいて右罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
 被告人A及び被告人Bから金5万円をそれぞれ追徴する。
 被告人A及び被告人Cから金1万円をそれぞれ追徴する。
 訴訟費用のうち、証人に関する分はその3分の1ずつを各被告人の負担とし、国選弁護人に関する分は被告人Bの負担とする。

第一 被告人B及び被告人Aは、被告人Bが、旭川市《所在地略》甲野601号室に設置された○○局○○○○番の電話にかかってくる、覚せい剤の購入を希望する者からの注文を受け付けて、注文者に対し被告人Aとの待ち合わせ場所を指定するなどした上、注文を受けたビニール袋入り覚せい剤の個数、注文者が使用する自動車の登録番号の数字などを、右電話又は同所に設置された○○局○○○○番の電話から、被告人Aが携帯する○○局○○○○番のポケットベルに送信し、被告人Aが、注文者に覚せい剤を交付するという方法により覚せい剤を密売しようと企て、共謀の上、営利の目的で、
 平成6年7月22日午後6時40分ころ、同市《所在地略》先路上において、Dに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末約0.08グラムを、代金1万円でみだりに譲り渡し、
 前同日午後8時10分ころ、同市《所在地略》先路上において、Eに対し、前同様の覚せい剤の粉末約0.125グラムを、代金1万円でみだりに譲り渡し、
 前同日午後9時10分ころ、同市《所在地略》先路上において、Fに対し、前同様の覚せい剤の粉末約0.17グラムを、代金3万円でみだりに譲り渡した。

第二 被告人C及び被告人Aは、被告人Cが、前記被告人Bと同様の役割をとり、被告人Aが、前同様の役割をとって、前同様の方法により覚せい剤を密売しようと企て、共謀の上、営利の目的で、同月23日午後7時15分ころ、同市《所在地略》先路上において、Fに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの粉末約0.085グラムを、代金1万円でみだりに譲り渡した。

第三 被告人Cは、同年8月8日午後0時30分ころ、根室市《所在地略》株式会社乙山時計店において、同店従業員Gに対し、株式会社丙川の発行にかかるH名義の丙川カード一枚(VISAゴールド付)及びI名義の丙川カード1枚(VISA付)並びに株式会社丁原の発行にかかるJ名義の丁原JCBカード1枚について、右各カードを利用する正当な権限も、右各カードシステムが定める方法により取引代金を支払う意思もないのに,これがあるかのように装って、右各カードを呈示して腕時計1個(代金89万9825円相当)の買受けを申し込み、右Gをして、右各カードシステムが定める方法により取引代金が支払われるものと誤信させ、よって同人から右腕時計の交付を受けてこれを騙し取った。

第四 被告人Cは、前同日午後2時10分ころ、同市《所在地略》所在の甲田石油販売株式会社根室支店イーストポイントサービスステーションにおいて、同所長Kに対し、前同様に装って前記H及びI名義の丙川カード各1枚を呈示してアルミホイール2本(代金合計8万円相当)の買入れを申し込み、右Kをして前同様誤信させ、これを騙し取ろうとしたが、右商品の引渡前に無効カードと判明し、同人が警察に届け出たためにその目的を遂げなかった。

第五 被告人Cは、同月9日午前10時21分ころ、前記イーストポイントサービスステーションにおいて、同店従業員Lに対し、前同様に装って前記H及びI名義の丙川カード各1枚を呈示してアルミホイール2本(代金合計7万円相当)の買入れを申し込み、さらに、同店でした普通乗用車2台分のワックス洗車の代金合計7000円をカードによる支払とするよう申し入れ、右Lをして前同様誤信させ、よって、右ワックス洗車代金の即時の支払を免れて右代金相当額の財産上不法の利益を得、アルミホイールについては前同様の経緯で前記Kが警察に届け出たため、これを騙し取る目的を遂げなかった。

第六 被告人Cは、前同日午後9時30分ころ、同市《所在地略》丙谷ビル3階所在のパブパーティープラザ「乙野」において、ビール及びカラオケの代金1万200円を請求された際に、同店従業員Mに対し、前同様に装って前記H名義の丙川カードを呈示して右代金をカードによる支払とするよう申し入れ、右Mをして前同様誤信させ、よって、右代金の即時の支払を免れて右代金相当額の財産上不法の利益を得た。
一 弁護人らの主張
[1] 弁護人らは、北海道警察旭川方面本部警察官(以下「捜査官」という。)が、旭川簡易裁判所裁判官が発した検証許可状に基づいて、平成6年7月22日及び23日、日本電信電話株式会社旭川支店において実施した、○○局○○○○番及び○○局○○○○番の電話の通話内容を聴取し検証(以下「本件検証」という。)して得た証拠について、現行法上、両当事者に知られずに電話の通話内容を聴取すること(以下「電話傍受」という。)などの権限を捜査機関に認めた規定はないから、本件検証は、通信の秘密を定めた憲法21条2項、強制処分法定主義を定めた憲法31条、刑事訴訟法197条1項ただし書などに違反するとし、右証拠は違法収集証拠であって証拠能力がないと主張する。

二 当裁判所の判断
[2] 通信の秘密は、憲法21条2項により保障され、表現の自由及びプライバシーの保護にもかかわるものであるが、もとより絶対的な権利ではなく、正当な理由がある場合にこれを制約できることは他の基本的人権と同様である。電話傍受についてみると、電話が犯罪の手段として重要な役割を果たすなど、通話者が通信の秘密などを正当に主張しえない状況が認められる場合には、犯罪捜査のため、犯罪の重要性や、他の手段によることの困難性などを考慮した上、憲法35条、31条の法意に照らし、裁判官の発する令状に基づいて、捜査機関が電話傍受することも憲法上許されると解される。
[3] ところで刑事訴訟法は、過去に生起した犯罪事実の捜査のために、裁判官の令状発付を認めている。したがって、捜査機関が、将来行われるであろう犯罪の捜査のため、電話傍受をしようとすれば、裁判官は令状を発付することはできず、これを認めるためには新たな立法が必要である。その反面、過去の犯罪事実の捜査のため、現に行われている電話の傍受が必要なこともありうる。この場合には、現行法上、電話傍受それ自体を目的とした令状は規定されていないが、電話傍受の性質に応じ、刑事訴訟法に規定する令状を得て、捜査機関は電話傍受をすることができると解される。そして、電話傍受は、電話回線を流れる電気信号を、音声信号に変換した上で、これを認識し記録するものであるから、その性質は、有体物を前提とする捜索差押ではなく、人の五感によって対象の存在、内容、状態、性質等を認識する検証にあたると解されるから、右令状は、検証許可状によるのが相当である。
[4] 右令状の発付にあたっては、通信の秘密やプライバシーの権利に対する重大な制約になることに照らし、被疑事実となる犯罪事実の重大性、傍受対象となる通話の予測される内容、被疑事実の捜査のためにその通話を傍受する必要性、他のより制限的でない捜査方法によることの困難性など、電話傍受の必要性を慎重に検討すべきである。さらに、検証の実施にあたり、公正さを維持し、プライバシーの侵害を極力避けるために、立会人を設け、関連性のない会話を検証の対象から排除する措置を講ずるよう、相当性の観点から条件を付することが必要であると解される。
[5] 右で検討したところによれば、検証許可状により電話傍受を行うことが一般に違憲、違法であるということはできず、本件検証については、具体的な必要性及び相当性の観点からその適法性を判断すべきである。
[6](一) 関係証拠によれば、本件検証の経緯は、以下のとおりと認められる。
[7](1) 北海道警察旭川方面本部に、平成6年6月1日、丙山組覚せい剤密売撲滅プロジェクトチームが編成され、捜査の結果、過去3年間に丙山組から覚せい剤を買ったと供述した者25名のうち少なくとも14名が○○局○○○○番の電話(以下「本件第一電話」という。)に電話をして覚せい剤を購入していること、右電話は丙山組の事務所がある甲野601号室に設置されており、右601号室には、丙山組内の当番表に従い、同組の幹部組員が毎日午後5時過ぎころから午後11時ころまで当番についていること、右の時間以外に本件第一電話に電話をしても応答のないことや、丙山組事務所に電話をし、覚せい剤の注文をしようとすると、本件第一電話に電話し直すよう指示されることなどから、右電話は覚せい剤申込みの専用電話である可能性が極めて高いこと、覚せい剤密売に関する受付担当者と譲渡担当者との連絡には、右601号室にもう1つ設置された○○局○○○○番の電話(以下「本件第二電話」という。)が利用されている可能性のあることなどが判明していた。
[8] 同月7日、覚せい剤の自己使用の被疑事実によりNが逮捕され、同人の供述により、同人が使用した覚せい剤は、同月4日、本件第一電話に電話をして買受けたものであることが判明した。また、Nらの供述から、電話による覚せい剤密売は、本件第一電話に電話をして、特定の名を出すことで受付担当者に覚せい剤の購入希望者であることを示し、自動車の登録番号、覚せい剤及び注射器の個数を述べると、場所を変えた後に再び電話するよう指示され、注文者が再び本件第一電話に電話をした時点でようやく具体的な覚せい剤受渡場所の指示を受け、右の受渡場所において、丙山組関係者と思われる者と会って、現金と引換えに覚せい剤などを受け取るという方法をとるが、覚せい剤の受渡場所などは一定性のないことが判明していた。しかし、Nの場合はもとより、従前の覚せい剤の密売について、電話の受付担当者、譲渡担当者、両者の具体的連絡方法など組織内部の事項は解明されていなかった。
[9](2) そこで、捜査官は、通常の捜査方法によっては、右の未解明な諸点を捜査することは非常に困難であるとして、被疑者不詳によるNに対する覚せい剤の営利目的譲渡の事実を被疑事実として、同年7月20日、旭川簡易裁判所裁判官に対し、前記(1)の事実を疎明して、以下のような内容の検証許可状を請求し、同裁判官は、同日、請求どおりの条件を付した検証許可状を発した。
(a) 日本電信電話株式会社旭川支店113サービス担当試験室において、同支店保守管理に係る同室内の機器の状況並びに本件第一電話及び本件第二電話(以下「本件各電話」という。)に着発信される通話内容を検証する。ただし、覚せい剤取引に関する通話内容に限定すること。
(b) 検証の日時は、同月22日及び23日の2日間、いずれも午後5時から午後11時までとすること。
(c) 地方公務員2名を立ち会わせ、対象外と思料される通話については、立会人に直ちに電源スイッチを切断させ、音声を遮断し、録音を中止すること。
[10](3) 捜査官は、同月22日午後2時57分、前記旭川支店内において、同支店の総務担当課長ほか1名に対し検証許可状を呈示した後、旭川市消防本部の職員2名の立会いを得て、同日午後5時6分から同日午後10時50分までの間及び翌23日午後5時から同日午後9時37分までの間、本件検証を実施したが、その方法は、立会人が、計測器の表示により、本件各電話に着発信が認められた時点で電源スイッチを入れ、スピーカー付き増幅器及び録音機を作動させて通話内容の聴取及び録音を開始し、立会人が、覚せい剤取引に関する通話以外と思料すれば電源スイッチを切り、それによって聴取及び録音が中断されるというものであった。
[11](二) 右で認定したところによれば、本件検証許可状の発付は、(1) 暴力団による組織的、継続的な覚せい剤の密売の一端である、覚せい剤の営利目的譲渡という社会的に看過できない重大な犯罪を被疑事実としていること、(2) 傍受対象の電話は、覚せい剤購入申込みの専用電話及び覚せい剤密売に関する組員間の連絡用である可能性の高い電話であること、(3) 右電話の通話を解析することによって、覚せい剤密売の方法、電話の受付担当者及び譲渡担当者などが判明し、被疑事実の解明がなされる可能性があること、(4) 密売方法が巧妙で、通常の捜査手法によったのでは被疑事実の解明が困難であることの疎明がされた上で発付されたものと認められ、その必要性を肯認できる。
[12] また、(1) 本件検証の対象を覚せい剤取引に関する通話内容に限定すること、(2) 検証の時間を覚せい剤購入の申込みが受け付けられている時間に限定すること、(3) 立会人を設け、対象外の通話については検証から排除する措置をとることなど、通話当事者のプライバシーの侵害を最小限にとどめるよう条件が付されており、相当性の観点からも問題がない。
[13](三) 以上によれば、本件検証許可状の発付は適法であったと認めることができる。また、実際の検証も、付された条件に従って実施されており、結局、本件検証は適法になされたと認められる。その違法を前提とする弁護人らの主張は採用できない。
[14](四) なお、弁護人らは、被処分者に対する令状の呈示を問題にするが、電話傍受は通話当事者に知られずにその内容を聴取することに意味があり、もともと通話当事者に令状を呈示することは予定していない。本件で、被処分者は電話回線を管理する日本電信電話株式会社旭川支店であり、令状の呈示の点でも、本件検証は何ら瑕疵はない。
一 被告人Aについて
[15] 被告人Aは、当公判廷において、平成6年7月22日は、夕刻から午後8時半か9時ころまで、組事務所にいて夕食の準備や後片付けをした後、祭りへ遊びに行った、同月23日は、やはり午後8時ころまで組事務所にいた後、海に遊びに行った、本件ポケットベルは同年6月ころに紛失し、同年7月29日までの間、これを所持していなかったなどと述べて、判示第一の各事実及び第二の事実については、すべてこれを否認する供述をし、その弁護人もこれを支持しうると主張している。
[16] しかし、被告人Bは、捜査及び公判を通じて、7月22日午後6時ころの本件第二電話の通話は、甲野601号室にいた同被告人と被告人Aとの会話であることを認めており、録音テープ(甲5、6)に記録された会話者の音声と被告人B及び同Aの声とを対比しても、右供述は十分に信用できる。そして、右会話は、被告人Aが事務所外にいることを前提としており、この点からして既に、被告人Aの同日の行動についての供述は信用できない。また、被告人Bの警察官調書(乙5)によれば、同被告人は、同日、本件第一電話を受けて聞いた車の数字、個数、道具の数を被告人Aの○○局○○○○番のポケットベル(以下「本件ポケットベル」という。)に送信したことを認めており、ほかに本件ポケットベルを携帯する者がいることには触れていない。その上、証人Dは、7月22日に同人に覚せい剤を譲り渡した者は、赤いスターレット様の自動車を運転していた男で、黒っぽい野球帽をかぶり、黒縁の丸い眼鏡をかけており、被告人Aに良く似ていたと供述し、証人Eは、同日、同人に覚せい剤を譲り渡した者は、赤っぽいカローラかサニークラスの乗用車を運転していた男で、黒っぽいつばのある野球帽をかぶり、黒縁の眼鏡をかけ、右の腕に入れ墨があったと供述し、証人Oは、同日、同人に覚せい剤を譲り渡した者は、赤い自動車を運転し、黒っぽい野球帽様の帽子をかぶり、眼鏡をかけた被告人Aであり、同証人は、被告人Aから既に4、5回覚せい剤を買っており、本件第一電話に覚せい剤購入を申し込むときに「Pさんいますか。」と言うが、そのPさんが被告人Aだと思っており、22日に同被告人から覚せい剤を買ったことは間違いないと供述している。とりわけ証人Oの被告人Aの特定に関する供述は、具体的で信用性が高い上、各証人の供述する譲渡人の特徴は共通しており、被告人Aの両肩、両腕に入れ墨があることにも照らすと、被告人Aが、D、E、Oに覚せい剤を譲り渡したことは疑いない。Fは、22日の譲渡人についてあいまいな供述をしているが、関係証拠によれば、同人と右Oとが覚せい剤を譲り受けた場所及び時間が近接していること、譲渡の方法も同一であることが認められ、この点に照らすと、被告人Aが同日Fに覚せい剤を譲り渡したことを優に認定できる。
[17] なお、被告人Aが、本件ポケットベルに送信されたとおりに覚せい剤を売っていたこと、同月23日に甲野5階丙山組事務所から押収されたポケットベルの番号一覧表に「A○○―○○○○」と記載があることに照らすと、同被告人が、同日、本件ポケットベルを携帯していたことに疑いはなく、かつ、本件ポケットベルは、被告人Aの専用であったと認められる。
[18] 次に、7月23日についてみると、被告人Cは、捜査及び公判を通じて、同日午後7時38分ころからの本件第一電話の通話は、甲野601号室にいた同被告人と被告人Aとの会話であることを認めており、また、被告人Cの公判供述、同Bの警察官調書(乙7)によれば、同日午後8時7分ころからの本件第二電話の通話も被告人Cと同Aの会話であるとされているが、録音テープ(甲7、8)に記録された会話者の音声と被告人C及び同Aの声とを対比しても、右供述は十分に信用できる。右会話内容からは、被告人Aが、事務所外で客に物を渡していたことがうかがわれ、また、同被告人が、警察の自動車を警戒し、本件第一電話が盗聴されているようだと被告人Cに告げていることが認められる。右によれば、被告人Aの同日の行動についての弁解も信用できない。
[19] 証人Fは、公判では23日の覚せい剤の譲渡人についてあいまいな供述をしており、検察官調書ではこれを被告人Aと供述しているところ、後者の供述が具体的で信用できるというべきである。そして、被告人Cが、捜査段階で、被告人Aの物とは知らないとしながらも、本件ポケットベルに車の番号と数字を送信していたことを認めていること、被告人Aが前日に本件ポケットベルを携帯しており、本件ポケットベルが被告人Aの専用と認められること、同被告人の前記のような被告人Cとの通話内容をも総合すると、被告人Aが23日にもFに覚せい剤を譲り渡したものと認定すべきである。
[20] 結局、被告人Aの弁解はすべて信用できない。

二 被告人B及び同Cの覚せい剤譲渡について
[21] 被告人B及び同Cは、本件各電話の応対をした際に、覚せい剤譲渡に関する通話であるとは認識しておらず、意味も分からず本件ポケットベルに送信していた旨弁解する。
[22] しかし、被告人Bの本件各電話における通話内容等、関係証拠を検討すると、被告人Bは、覚せい剤を扱っていることを直接に示す言葉こそ用いていないものの、覚せい剤の購入を希望して電話をかけてきたDらに対し、全く用件を問うこともなく、手慣れた口調で、単に「車は」、「いくつ」などと問いかけて自動車の番号や覚せい剤の個数を聞き取るなどし、それをメモに書き取って被告人Aのポケットベルに送信したことが認められる。
[23] また、被告人Cの通話内容等を検討しても、電話をかけてきたFらに対し、被告人B同様手慣れた口調で、単に「何個ですか。」、「車のナンバーは」などと問いかけて覚せい剤の個数などを聞き取り、被告人Aのポケットベルに送信した上、被告人Aにおいて警察の追及を受けるおそれのある違法な物品を所持していることを当然の前提として、警察の捜査をやり過ごすよう同被告人に指示するなどしていることが認められる。
[24] 被告人B及び同Cの右の応対は、覚せい剤の取引に加わっていなければなしえないものと認められ、両被告人の弁解は余りに不合理というべきであり、信用することができない。

三 被告人Cの詐欺、詐欺未遂について
[25] 被告人Cは、平成6年8月4日前後ころ、丙山組の組員であるQの紹介でHと会い、Qを介してHに金40万円を貸し付け、その担保としてQが本件クレジットカード3枚を預かったが、その後、Hが、債務の弁済に代えてカードを利用することを承諾したので各カードを利用したに過ぎず、さらに、Qがカードを所持して、判示の時計及びアルミホイールを購入しようとし、判示「乙野」の代金をカードで支払おうとしたのであって、被告人Cは、Qに代わって交渉し、カードが有効であることなどを説明したに過ぎないと弁解している(公判供述、平成7年(わ)第64号事件における乙10、11)。
[26] しかし、Qは、捜査段階及び証人尋問を通じ、一貫してHという人物は知らず、同人を被告人Cに紹介したことはないと供述しており、カードの名義人であるHもこれを否定している。担保としてカードを預かったという被告人Cの弁解は信用できない。また、Qの検察官調書(前記事件の甲51)、カードの呈示を受けた店員等の検察官調書(同事件の甲2、18、19、39、41)によれば、Qは、カードの入った被告人Cの鞄を預かっていたに過ぎないこと、Qが乙山時計店において売上票に署名しているのは被告人Cの指示によるものであること、商品の選択、支払方法についての指示交渉やカードの説明などは、すべて被告人Cが行っていたことが認められる。
[27] Qの証人尋問調書には、時計等を自分が購入し、「乙野」の支払を自分がしたなど、被告人Cの供述に合致する部分も存するが、右の供述は、Q自身の捜査段階の供述とも矛盾するものであり、前記店員らの供述内容、Qが当時未成年であり、丙山組内において若者と呼ばれる地位にあったことなどに照らし不合理といわざるをえず、以上を総合すれば、被告人Cのこの点に関する弁解も信用できない。
[28] かえって、被告人Cは、金額が大きくなる場合には、複数のカードを使用して、カードの承認限度額である5万円以下の売上票になるよう店員等に指示していることが認められるから、同被告人は、何らかの方法で入手した本件各カードについて、正当な利用権限がなく、かつ、各カードシステムが定める方法に従い利用代金を支払う意思がないのに、これを利用したものと認定することができる。
一 事実
 平成元年12月19日旭川地方裁判所宣告
  窃盗罪及び覚せい剤取締法違反罪により懲役1年6か月
  平成3年8月2日刑の執行終了
 平成3年6月4日旭川地方裁判所宣告
  恐喝未遂罪及び傷害罪により懲役1年
  平成4年8月2日刑の執行終了

二 証拠《省略》
一 罰条
 被告人A及び被告人Bの判示第一の各所為並びに被告人A及び被告人Cの判示第二の所為はいずれも平成7年法律第91号による改正前の刑法(以下単に「刑法」という。)60条、覚せい剤取締法41条の2第2項、1項に、被告人Cの判示第三の所為は刑法246条1項に、第四の所為は同法250条、246条1項に、第五の所為は包括して同法246条に、第六の所為は同法246条2項にそれぞれ該当する。

二 刑種の選択
 被告人Bの判示第一の各罪及び被告人Cの判示第二の罪について、いずれも情状により懲役刑及び罰金刑を選択する。

三 累犯加重
 被告人Bには前記の各前科があるので、刑法56条1項、57条により、判示第一の各罪の懲役刑について、同法14条の制限内で再犯の加重をする。

四 併合罪加重
 被告人Aの判示第一の各罪及び判示第二の罪、被告人Bの判示第一の各罪、被告人Cの判示第二から第六までの各罪はいずれも刑法45条前段の併合罪であるから、被告人Aについては、同法47条本文、10条により犯情の最も重い判示第一の三の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役3年に処することとし、被告人Bについては、懲役刑について同法47条本文、10条により犯情の最も重い判示第一の三の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をし,罰金刑について同法48条2項により判示第一の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役5年及び罰金20万円に処することとし、被告人Cについては、懲役刑について同法47条本文、10条により最も重い判示第二の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をし、その刑期及び判示第二の罪所定の罰金額の範囲内で同被告人を懲役5年及び罰金20万円に処することとする。

五 未決勾留日数の算入
 刑法21条を適用して、未決勾留日数中、被告人A及び被告人Bに対しいずれも160日を、被告人Cに対し100日を、それぞれ右懲役刑に算入する。

六 労役場留置
 刑法18条により、被告人B及び被告人Cにおいて前記罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

七 追徴
 被告人A及び被告人Bが判示第一の各罪により得た覚せい剤の代金合計5万円並びに被告人A及び被告人Cが判示第二の罪により得た覚せい剤の代金1万円は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律14条1項1号に該当するが、没収することができないので、同法17条1項前段によりその価額をそれぞれの被告人から追徴する。

八 訴訟費用の負担
 刑事訴訟法181条1項本文により、訴訟費用のうち、証人に関する分はその3分の1ずつを各被告人の負担とし、国選弁護人に関する分は被告人Bの負担とする。
[29] 本件覚せい剤の営利目的譲渡の犯行は、暴力団が、電話やポケットベルを悪用して、組織的、反復的に行った覚せい剤密売の一部をなすものである。被告人らは、暴力団組織に身を置き、人の精神身体に重大な害悪を及ぼす覚せい剤を社会にまんえんさせて不法な利益を得るという悪質な行為に加担したもので、その刑事責任は重い。しかるに被告人らは、いずれも不合理な弁解を述べて犯行への関与を否認しており、反省の情は全く認められず、厳しい処罰に値する。
[30] 被告人Aについては、覚せい剤の交付という重要な役割を担っているが、被告人B及び同Cの指示を受ける立場にあったこと、右のような被告人Aの組織上の地位に照らすと罰金刑の併科には疑問が残ること、同被告人には前科、前歴がないことなどを考慮し、被告人B及び同Cについては、電話による密売システムの要ともいうべき役割を担い、被告人Aに指示を与える立場にあったこと、被告人Bについては覚せい剤事犯を含む累犯前科があること、被告人Cについては被害について弁償をしてはいるものの本件詐欺及び詐欺未遂の犯行があり、覚せい剤事犯による前科があることなどを考慮し、それぞれ主文の刑を定めた。
被告人A   懲役4年及び罰金20万円
被告人B   懲役5年及び罰金30万円
被告人C   懲役5年及び罰金20万円
被告人A及び被告人Bから 追徴5万円
被告人A及び被告人Cから 追徴1万円

  裁判長裁判官 八木正一  裁判官 増田稔 谷有恒

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