GPS捜査違憲判決
上告審判決

窃盗,建造物侵入,傷害被告事件
最高裁判所 平成28年(あ)第442号
平成29年3月15日 大法廷 判決

上告申立人 被告人

被告人 甲野太郎(仮名)
弁護人 亀石倫子 ほか

検察官 榊原一夫 宇川春彦

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦,同池上政幸の補足意見


 本件上告を棄却する。


[1] 弁護人亀石倫子ほかの上告趣意のうち,憲法35条違反をいう点は,後記のとおり,原判決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであり,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
[2] 以下,所論に鑑み,車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する刑事手続上の捜査(以下「GPS捜査」という。)の適法性等に関する原判決の判断の当否について,判断を示す。
[3] 原判決及び第1審裁判所の平成27年6月5日付け決定によれば,本件においては,被告人が複数の共犯者と共に犯したと疑われていた窃盗事件に関し,組織性の有無,程度や組織内における被告人の役割を含む犯行の全容を解明するための捜査の一環として,平成25年5月23日頃から同年12月4日頃までの約6か月半の間,被告人,共犯者のほか,被告人の知人女性も使用する蓋然性があった自動車等合計19台に,同人らの承諾なく、かつ,令状を取得することなく,GPS端末を取り付けた上,その所在を検索して移動状況を把握するという方法によりGPS捜査が実施された(以下,この捜査を「本件GPS捜査」という。)。
[4](1) 第1審裁判所は,本件GPS捜査は検証の性質を有する強制の処分(刑訴法197条1項ただし書)に当たり,検証許可状を取得することなく行われた本件GPS捜査には重大な違法がある旨の判断を示した上,本件GPS捜査により直接得られた証拠及びこれに密接に関連する証拠の証拠能力を否定したが,その余の証拠に基づき被告人を有罪と認定した。
[5](2) これに対し,原判決は,本件GPS捜査により取得可能な情報はGPS端末を取り付けた車両の所在位置に限られるなどプライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったというべき事情があること,被告人らの行動確認を行っていく上で,尾行や張り込みと併せて本件GPS捜査を実施する必要性が認められる状況にあったこと,本件GPS捜査が強制の処分に当たり,無令状でこれを行った点において違法と解する余地がないわけではないとしても,令状発付の実体的要件は満たしていたと考え得ること,本件GPS捜査が行われていた頃までに,これを強制の処分と解する司法判断が示されたり,定着したりしていたわけではなく,その実施に当たり,警察官らにおいて令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとまでは認め難いこと,また,GPS捜査が強制処分法定主義に反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できないことなどを理由に,本件GPS捜査に重大な違法があったとはいえないと説示して,第1審判決が証拠能力を否定しなかったその余の証拠についてその証拠能力を否定せず,被告人の控訴を棄却した。
[6] そこで検討すると,原判決の前記2(2)の説示に係る判断は是認できない。その理由は,次のとおりである。
[7](1) GPS捜査は,対象車両の時々刻々の位置情報を検索し,把握すべく行われるものであるが,その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。
[8](2) 憲法35条は,「住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ,この規定の保障対象には,「住居,書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると,前記のとおり,個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに,一般的には,現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから,令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。
[9](3) 原判決は,GPS捜査について,令状発付の可能性に触れつつ,強制処分法定主義に反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できないと説示しているところ,捜査及び令状発付の実務への影響に鑑み,この点についても検討する。
[10] GPS捜査は,情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の「検証」と同様の性質を有するものの,対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において,「検証」では捉えきれない性質を有することも否定し難い。仮に,検証許可状の発付を受け,あるいはそれと併せて捜索許可状の発付を受けて行うとしても,GPS捜査は,GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を通じて対象車両の使用者の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うものであって,GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず,裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。さらに,GPS捜査は,被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく,事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については,手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項,110条),他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても,これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは,適正手続の保障という観点から問題が残る。
[11] これらの問題を解消するための手段として,一般的には,実施可能期間の限定,第三者の立会い,事後の通知等様々なものが考えられるところ,捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは,刑訴法197条1項ただし書の趣旨に照らし,第一次的には立法府に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば,以上のような問題を解消するため,裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが,事案ごとに,令状請求の審査を担当する裁判官の判断により,多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは,「強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。
[12] 以上のとおり,GPS捜査について,刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
[13](4) 以上と異なる前記2(2)の説示に係る原判断は,憲法及び刑訴法の解釈適用を誤っており,是認できない。

[14] しかしながら,本件GPS捜査によって直接得られた証拠及びこれと密接な関連性を有する証拠の証拠能力を否定する一方で,その余の証拠につき,同捜査に密接に関連するとまでは認められないとして証拠能力を肯定し,これに基づき被告人を有罪と認定した第1審判決は正当であり,第1審判決を維持した原判決の結論に誤りはないから,原判決の前記法令の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすものではないことが明らかである。

[15] よって,刑訴法410条1項ただし書,414条,396条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦,同池上政幸の補足意見がある。


 裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦,同池上政幸の補足意見は,次のとおりである。

[1] 私たちは,GPS捜査の特質に着目した立法的な措置が講じられることがあるべき姿であるとの法廷意見に示された立場に賛同するものであるが,今後立法が具体的に検討されることになったとしても,法制化されるまでには一定の時間を要することもあると推察されるところ,それまでの間,裁判官の審査を受けてGPS捜査を実施することが全く否定されるべきものではないと考える。
[2] もとより,これを認めるとしても,本来的に求められるべきところとは異なった令状によるものとなる以上,刑訴法1条の精神を踏まえたすぐれて高度の司法判断として是認できるような場合に限定されよう。したがって,ごく限られた極めて重大な犯罪の捜査のため,対象車両の使用者の行動の継続的,網羅的な把握が不可欠であるとの意味で,高度の必要性が要求される。さらに,この場合においても,令状の請求及び発付は,法廷意見に判示された各点について十分配慮した上で行われなければならないことはいうまでもない。このように,上記のような令状の発付が認められる余地があるとしても,そのためには,ごく限られた特別の事情の下での極めて慎重な判断が求められるといえよう。

(裁判長裁判官 寺田逸郎  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 大橋正春  裁判官 小貫芳信  裁判官 鬼丸かおる  裁判官 木内道祥  裁判官 山本庸幸  裁判官 山崎敏充  裁判官 池上政幸  裁判官 大谷直人  裁判官 小池裕  裁判官 木澤克之  裁判官 菅野博之  裁判官 山口厚)

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧