GPS捜査違憲判決
控訴審判決

窃盗,建造物侵入,傷害被告事件
大阪高等裁判所 平成27年(う)第966号
平成28年3月2日 第2刑事部 判決

被告人 甲野太郎(旧姓 乙山)(仮名)
弁護人 亀石倫子(主任) 我妻路人 舘康祐 小林賢介 小野俊介 西村啓

検察官 村中孝一

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。

1 弁護人の控訴理由
(1) 訴訟手続の法令違反
[1] 本件GPS捜査を含む一連の捜査には重大な違法があり,それを踏まえてなされた本件公訴提起は,公訴権を濫用し適正手続を著しく侵害するものであったのに,一審裁判所は,公訴を棄却せずに実体判決をした点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。また,一審裁判所は,本件捜査の違法性やそれらによって得られた証拠との関連性に関する判断を誤った結果,違法収集証拠であって証拠能力のない証拠を採用して有罪を認定したものであり,この点も,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たる。
(2) 量刑不当
[2] 被告人を懲役5年6か月に処した一審判決の量刑は,重すぎて不当である。

2 検察官の答弁
[3] 本件GPS捜査は,任意処分として実施可能な状況下で任意処分として行われたものであり,少なくとも重大な違法があったとはいえない。その他の捜査も適法に実施されており,訴訟手続の法令違反をいう弁護人の主張には理由がない。弁護人の量刑不当の主張も,本件捜査に重大な違法があったことを前提とするものであり,当たっていない。弁護人の控訴理由はいずれも理由がない。
1 本件捜査のうち,被告人らを逮捕せず相当期間行動確認を実施した点及び,関係先での被告人らの行動等を継続的に監視,撮影した点の違法性について
[4](1) 一審裁判所の判断(平成27年6月5日一審証拠決定)は,大要以下のとおりである。
[5] 捜査機関は,平成24年2月14日の窃盗(原判示第1。長崎事件)について逮捕状が発付されていた被告人を逮捕することは可能であり,また,警察官らが,平成25年8月7日の窃盗等(同第5ないし第7)を現認しており,それ以降逮捕状の発付を得て被告人や共犯者を逮捕することが不可能ではなかったとみられるのに,身柄を確保することなく捜査を継続し,同年12月4日まで被告人を逮捕しなかった。このような捜査(一審証拠決定がいう「本件泳がせ捜査」)について,捜査機関としての裁量を逸脱した著しく不合理な判断があったとはいえず,適法である。
[6] また,警察官らは,平成25年4月中旬頃以降数か月間にわたり,被告人らのアジトと目された門真ガレージや,被告人が寝泊まりをしていたマンション等複数の場所で張り込みや尾行を行い,その際ビデオカメラで被告人らの行動等を連続的に撮影,記録し,これによって被告人,共犯者のほか複数の第三者が撮影された。このような捜査(一審証拠決定がいう「本件追尾監視型捜査」)は,強制処分に当たらない上,捜査目的を達成するため,必要な範囲において,かつ相当な方法で行われたものといえるから,任意捜査として適法である。もっとも,共犯者(B)方の郵便受けの投函口のすき間から,内部の郵便物を撮影した点については,捜索又は検証としての性質を有する強制処分に該当し,無令状でこれを行ったのは違法である。
[7] 以上の一審裁判所の判断に誤りがあるとはいえず,一審証拠決定においてその理由を説示するところも,おおむね相当と認められる。
(2) 被告人らを逮捕せず相当期間行動確認を実施した点について
[8] 弁護人は,長崎事件の犯人の特定や被告人の立ち回り先,所在場所等に関する捜査の状況,被告人に対する逮捕状の発付・更新の状況などを挙げて,捜査機関は,平成25年8月7日以前の段階で,長崎事件について被告人及び共犯者らを全て逮捕することが可能であったのに,被告人らを逮捕せずに泳がせて行動確認を続けたことには重大な違法がある旨主張する。しかし,一連の窃盗(店舗荒らし等)事件の犯人グループは,盗難車のナンバープレートを付け替えるなどしながら,夜間に高速度で広域移動をし,各現場において複数名でごく短時間のうちに犯行に及んでおり,高い組織性が認められた上,摘発等に対する警戒の度合いを強めている様子もあったことなどからすると,捜査機関においては,何らかのきっかけから犯人が逃亡したり重要な証拠を隠滅したりすれば,事案の全容解明,犯人らの適正な処分や公判維持に支障を来すことから,十分な準備を遂げて逮捕に踏み切ろうと考えたとしてもやむを得ない状況にあったといえる。そうすると,弁護人が挙げる捜査の経過を前提にしても,同年8月7日以前に,長崎事件の嫌疑に基づいて被告人及び共犯者らの逮捕に踏み切らなかったことを含め,捜査機関が,身柄を確保せずに一定期間捜査を継続したことについては,これが違法の評価を受けるほど著しく不当なものであったとはいえない。
[9] なお,弁護人は,犯罪予防のための警察官の権限や職責に関する警察官職務執行法6条その他の法令の規定を挙げて,被告人らを逮捕せずに泳がせていた捜査は違法である旨主張する。しかし,身柄を確保せずに一定期間捜査を継続したことは,一連の窃盗事件の特質や捜査の経過等に照らしやむを得ない判断であったと認められ,そうであってみれば,弁護人が指摘する警察官の権限等に関する定めに照らしても,身柄拘束を行わない間に被告人らが更に窃盗等に及んだからといって,その捜査手法を著しく不当なものと評価すべきことにはならない。弁護人は,捜査機関は被告人らを漫然と泳がせていたと指摘するが,そのような評価は根拠に乏しいといわざるを得ない。弁護人は,捜査官は,市民の正当な法益が侵害されることなどがないよう,犯人の早期検挙に努める義務があるとして,この捜査は,必要性,緊急性及び相当性の要件を満たさず,任意処分の限界を超えているから違法であるなどとも主張するが,任意処分の限界の問題としてみるとしても,前同様の理由で,このような捜査手法が,弁護人のいうようにその限界を超えたものであったとは評価できない。
[10] 弁護人のその他の主張をふまえて検討しても,一審裁判所の判断に誤りがあるとは認められない。
(3) 関係先での被告人らの行動等を継続的に観察,撮影した点について
[11] 弁護人は,門真ガレージ等については,捜査員がいない場合も継続して隣家という私的空間から撮影され,玄関ドア付近の状況や第三者である知人女性も撮影されるなど,その捜査は,プライバシー保護の合理的期待に反しこれを大きく侵害するものであって,強制処分に当たり,また任意処分としても重大な違法がある旨主張する。
[12] 一審証拠によれば,警察官らは,平成25年4月中旬頃から被告人らの関係先の張り込みを行うとともに,ハンディビデオカメラでその動向を撮影し,同年5月初旬頃までに,協力を得て近隣の部屋等に固定カメラを設置し,門真ガレージやA’ことAの居室など関係先の出入口とその付近を常時撮影し,主に人の出入りを記録するなどしていたこと,同年6月初旬以降10月初旬頃までの間に,門真ガレージ隣のスーパーの駐車場にいると認められるAや,公道やマンション居室の玄関外の廊下にいると認められる被告人,Aや知人女性らの容ぼう等を撮影したことが認められる。
[13] 本件のビデオ撮影は,長期間,長時間にわたり,公道などとは異なって不特定の者が行き来することが想定されない特定の私人の部屋等から行われていたものもあった点で,プライバシー侵害の程度はやや大きかった面があるといえるが,居宅の中にいる被告人らの様子を撮影したなどというものではなく,近隣の者らから観察・視認が可能な公共の場所又は集合住宅の共用部分にいる被告人らの容ぼうや動向等が撮影の対象とされていたのであるから,警察官において必要のない画像データはその都度消去していたということをも併せ考えると,このような方法による本件のビデオ撮影も,重大なプライバシー侵害を伴うものであったとまではいえない。弁護人は,犯人以外の第三者(被告人の交際相手)の姿も撮影対象とされた点,拡大撮影がされた点などをも挙げるが,撮影された第三者は,被告人らの関係先に出入りし,又はそのほど近くで被告人らと行動をともにしていた人物であり,また,拡大して撮影がなされたのも,人物の同定に必要な程度に顔ぼう等を明らかにする限度で行われたものと認められ,やはり弁護人がいうほどまでに重大なプライバシー侵害を伴うものとはいえない。そうすると,本件で,警察官らが被告人らの行動等を観察,撮影した捜査は,強制処分に当たるものではないというべきである。
[14] そして,この間,被告人らには,組織的な関与が認められる連続窃盗事件についての相当程度の嫌疑があることを前提に,捜査機関は,被告人らの行動,共犯者や使用車両の特定,証拠物件の所在場所について把握しようとする過程で,その容ぼうや動向等を撮影その他の客観的な方法で証拠化しておく必要が高かったのであり,被告人らの関係先の出入りその他の行動について予測がつかない中で所要の証拠を保全するには,ある程度継続的に撮影を行う必要があったと認められる。犯人以外の第三者が撮影されていた点についても,関与者の範囲,所在等を解明する途上にあった当時の捜査状況等からすると,関与の疑いが否定できない者として,その特定を行う必要から,撮影の対象とされたとしてもやむを得ない状況にあったといえ,本件のビデオ撮影は,基本的に任意処分として許される限度を超えるものではなかったと認められる(この判断は,当審で取り調べた警察官撮影に係るその他の画像の存在(当審弁1)をふまえても,左右されるものではない。)。
[15] ただし,以上の捜査の一環として,警察官が,平成25年7月,捜索許可状又は検証許可状の発付を受けずに,マンションの共用部分に立入り,B方居室の集合ポストの中をかなり接近して撮影したことが認められ,この点は,任意処分としての限界を超えた措置として違法というべきである。もっとも,この種行為が繰り返されていたといった事情は認められず,その違法の程度は大きなものとはいえない。弁護人は,この集合ポスト内の近接撮影によって大きなプライバシー侵害が生じたとして,本件捜査が強制捜査に当たる旨をも主張するが,指摘の点から,被告人らの行動等を観察,撮影した上記捜査全体が強制処分に当たることになるわけではないから,その主張は採用できない。
[16] 弁護人のその他の主張をふまえて検討しても,一審裁判所の判断に誤りがあるとは認められない。

2 本件GPS捜査の違法性等について
[17](1) 一審証拠決定は,本件GPS捜査は検証としての性質を有し,検証許可状によらずに実施された点で違法であり,かつ,その違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものであると判断している。これに対し,弁護人は,本件GPS捜査は検証には当たらず,強制処分法定主義に違反する処分として,令状の有無を問わず適法に実施し得ないものであって,その違法の重大性は極限的境地に達しているのに,その旨評価しなかった一審証拠決定は不当である旨主張するので,以下検討する。
(2) 本件GPS捜査の経過等
[18] 一審記録によれば,本件GPS捜査は,一連の窃盗事件の捜査に当たっていた警察官らが,犯人らの行動確認等のために,平成25年5月23日頃から,被告人,共犯者(B,A及びC)並びに被告人の知人女性がそれぞれ移動のために使用する蓋然性があるものと認められた合計19台の自動車・バイク(うち7台は盗難車両)に対し,それらの承諾なく,順次GPS発信器を取り付け,同年12月4日頃までの間,発信器の時々の所在地をあらわす地図上の地点や住所,測位誤差等を携帯電話機の画面に表示させるという民間警備会社(F株式会社)の契約サービスを利用し,手元の従来型携帯電話機で多数回連続的に対象車両等の位置情報を取得したというものである。本件で用いられたGPSによる位置探索の精度は,周囲の状況によって,数百メートルあるいはそれ以上の大きな誤差が生じたり,位置探索が不能となったりすることがある一方,誤差が数十メートルの範囲にとどまるなどして,対象の位置情報をある程度正確に把握し得るものであった。警察官らは,被告人らが移動のために使用する蓋然性があることを把握した車両にGPS発信器を取り付け,車両が放置されるなどすると,これを取り外していたところ,主な経過をみると,同年8月7日未明の一連の窃盗事件(原判示第5の事実等)の発生を確認した後同月中旬頃に全ての発信器を取り外し,更なる行動確認のため,同年9月初旬頃から同月末頃までの間再びGPS捜査を実施したのを経て,同年11月29日頃,同年8月7日未明の窃盗事件の嫌疑に基づく被告人及び共犯者3名の逮捕に向け,各使用車両に発信器を取り付けて,それ以降所在捜査を行って被告人らを逮捕した後,同年12月6日頃までにこれらを全て取り外している(なお,発信器の取り付け,取り外しは,車両に損傷等を与えない方法で行われた。)。各車両にGPS発信器が取り付けられていた期間は,最短のもので半月程度であるが,最長のものは合計でおおむね3か月近くにわたったところ,警察官らは,尾行などの際のほか,頻繁に必要となるバッテリー交換等の際にも,その都度車両の位置情報を取得していたもので,中には,発信器が取り付けられていた間,極めて多数回位置情報が取得された車両もあった。本件捜査では合計16個のGPS発信器が利用されたところ,それによる位置情報の取得状況の主なところをみると,そのうち1個については,前後合計約3か月の間行われた検索回数が合計1200回を上回り,1000回以上位置情報が取得されており(検索不能分を除き,数百メートルないし千メートルの誤差が生じたものを含む。),また,6個については,数か月の間に約550回ないし約800回検索がなされ,約480回ないし約680回位置情報が取得されている。なお,警察官らは,発信器を取り付ける際などに,車両がとめられていた路上のほか,管理者等の承諾を得ることなくスーパーの駐車場,コインパーキングやラブホテルの駐車場に立ち入ったこともあった。
(3) 検討
[19] GPSの技術を用いた車両の位置探索捜査は,一般に,相手方の承諾なく車両やこれを使用する者の所在位置をある程度正確に把握することができ,GPS発信器が車両に装着されている限り,継続的な尾行・追跡が困難な場合,対象の所在位置の手がかりが全く存しなくなったような場合にも,ある程度即時にその位置情報が得られるものであって,実施方法等いかんによっては,対象者のプライバシー侵害につながる契機を含むものである。本件で実施されたGPS捜査は,一連の窃盗事件の犯人らが移動のために使用する蓋然性があるものと認められた車両を対象に発信器を取り付け,警察官らにおいて,多数回連続的に位置情報を取得したというものであって,これにより取得可能な情報は,尾行・張り込みなどによる場合とは異なり,対象車両の所在位置に限られ,そこでの車両使用者らの行動の状況などが明らかになるものではなく,また,警察官らが,相当期間(時間)にわたり機械的に各車両の位置情報を間断なく取得してこれを蓄積し,それにより過去の位置(移動)情報を網羅的に把握したという事実も認められないなど、プライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったというべき事情も存するところではあるが,この方法によると,警察官が対象から離れた場所にいても,相当容易にその位置情報を取得でき,本件では,車両によっては位置情報が取得された期間が比較的長期に及び,回数も甚だ多数に及んでおり,そのほか,F株式会社では,サービス利用者が事前に登録した時間帯における対象の位置情報及びサービス利用者が検索取得した対象の位置情報が,過去1か月分及び当月分に限られるものの保存されており,警察官らは,このような位置履歴ファイルをパソコンにダウンロードして,対象の過去の位置(移動)情報を把握することが特に妨げられない状況にあったと認められるところであり,このような点に着目して,一審証拠決定がその結論において言うように,このようなGPS捜査が,対象車両使用者のプライバシーを大きく侵害するものとして強制処分に当たり,無令状でこれを行った点において違法と解する余地がないわけではないとしても,少なくとも,本件GPS捜査に重大な違法があるとは解されず,弁護人が主張するように,これが強制処分法定主義に違反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できない。
[20] すなわち,被告人ら犯人グループは,一連の窃盗事件について相当程度の嫌疑が存した上,夜間に車で高速度で広域移動をし,ごく短時間のうちに犯行を遂げるということを繰り返しており,また,摘発等への警戒を強めている様子もあって,このような被告人らに対し所要の行動確認等を行っていく上では,尾行や張り込みだけではなく,それと併せて,GPSを用いた関係車両の位置探索を実施する必要性が認められる状況にあったといえる。また,警察官らは,犯人らが使用する蓋然性が高いと認められる車両を把握してGPS発信器を取り付け,各々の位置探索の必要がなくなると,これを取り外すようにしていたのであって,発信器が取り付けられていた期間が前後合計3か月近くに及んだ車両があったのも,一連の窃盗事件やその犯人グループの特性,それに応じて進められた捜査の経過等からしてやむを得ないところがあったといえるし,さらに,発信器を取り付けた車両の台数が多数に上った点も,被告人らがごく頻繁に複数の車両を乗り換えている状況が認められたことなど,相当の理由があったと認められる。結果として事件への関与が認められなかった被告人の交際女性の使用車両1台にも,発信器が取り付けられたことが認められるが,被告人らの逮捕に向けて所在把握の必要性が一段と高くなった時期に,数日間取り付けられたにとどまっており,やはり相応の理由があったといえる。このようなことからすると,本件GPS捜査の実施には令状が必要であったと解してみても,その発付の実体的要件は満たしていたと考え得るのであり(一審証拠決定も,本件GPS捜査は,相当程度の部分で検証許可状が発付された可能性が十分あったと思われる旨指摘している。),そのほか,本件GPS捜査が行われていた頃までに,これを強制処分と解する司法判断が示されたり,定着したりしていたわけではなかったことをも併せ考えると,その実施に当たり,警察官らにおいて令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとまでは認め難いというべきである。
[21] そして,警察官らは,車両へのGPS発信器の取り付け等のために管理権者の承諾や令状なくラブホテルの駐車場といった私有地に立ち入っていたことも認められ,この点は違法の疑いがあるが,その違法の程度は大きいものではないといえる。また,Bの一審公判供述によると,警察官らは,平成25年9月下旬頃の時期に,B使用の原付バイクに,その部品の一部(アンダーカウル)を外してGPS発信器を取り付けたことが認められるが,車体を傷つけたり壊したりしたわけではなく,程なくBがこれを発見して,他の見知らぬ車両に付け替えるなどしたことからすると,その違法の程度も大きいものではなく,これらの点をふまえても,本件GPS捜査に重大な違法があったとみることはできない。
[22] なお,一審証拠決定は,携帯電話機の基地局に係る将来の位置情報を取得する場合に,実務上検証許可状の発付が必要とされており,この手法が,プライバシーを侵害する方法であるという本質においてGPS捜査と共通していることなどを挙げ,本件で警察官らが検証許可状の請求を検討しなかったのは,令状主義軽視の姿勢の現れである旨指摘している。しかしながら,指摘されている捜査手法,つまり,電気通信事業者のシステム端末を操作することにより,将来の一定期間,携帯電話機の位置情報(携帯電話機の電波を受信した基地局の位置や電波の受信方向等のデータ)を取得するという捜査手法については,通信の秘密の保護や個人情報の適正な取扱いのために電気通信事業者が遵守すべき基本的事項を定めた総務省告示「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」の上で,事業者はそのような位置情報を含む発信者情報を他人に提供してはならないとする義務が規定され,事業者がその提供を行うには裁判官発付の令状が必要である旨定められていることがあって,そのような令状実務が定着しているとみられるのであり,本件のようなGPS捜査とは,理論的な性質,実務的な状況をやや異にするところがあるといえる。携帯電話機の位置探索捜査がそのように運用されていることを根拠の一つに挙げ,本件で警察官らが令状請求を行わなかったことをもって令状主義軽視の姿勢であるとまで評価するのは,やや無理があるように思われる。一審証拠決定が,そのような評価を経て,本件GPS捜査は令状主義の精神を没却するような重大な違法があるとするのは,必ずしも賛同できない。
[23] 本件の警察官らは,GPS発信器の車両への取り付けの際などに一再ならず違法の疑いのある行為に出ているほか,保秘を徹底するその一方で,組織内部で求められていたこの種捜査の適正確保のための決裁,報告等の諸手続(平成18年6月30日警察庁刑事局刑事企画課長「移動追跡装置運用要領」参照)ですら,十分には履践していなかった疑いがあり,その点は甚だ遺憾とせざるを得ない。しかしながら,本件で行われたGPS捜査についてみる限り重大な違法があったと解されないことは,すでに検討したとおりである。これが強制処分法定主義に違反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないとする立論を前提に,本件捜査に重大な違法があったとする弁護人の主張は,採用できない。

3 小括
[24] 弁護人は,本件捜査の過程に特に重大な違法があることを前提に,本件の公訴提起は公訴権を濫用し,適正手続を著しく侵害するものであるから,一審裁判所は公訴を棄却すべきであった旨主張し,また,一審証拠決定において証拠能力が否定された証拠のみならず,違法捜査により直接取得された証拠と関連性を有するものは全て証拠能力が否定されるべきである旨主張するが,本件捜査に重大な違法があるとするその前提において採用できず,いずれも理由がない。
[25] 本件は,共犯者らとの共謀による自動車窃盗2件,ナンバープレートの窃盗2件及び建造物侵入,窃盗(店舗荒らし)5件と,被告人が単独で犯した傷害1件からなる事案である。一審判決が「量刑の理由」として説示するところに不合理な点はなく,相当として是認できる。

[26] 窃盗等の各犯行では,自動車2台のほか,指輪やバッグなど多数の商品が窃取され,被害額の合計は約416万円に上っており,相当程度の被害品が還付されたものの,なお被害は大きい。そのうち各建造物侵入,窃盗は,実行,見張り,自動車の運転を3,4名で分担し,深夜に遠方に移動して貴金属類買取販売店や郵便局などに侵入の上,短時間のうちに盗みを遂げるという組織的かつ周到なものであり,また,自動車やナンバープレートの窃盗4件は,それらを使って更に侵入盗などに及ぶために行われたものであって,窃盗の常習性は顕著というほかない。被告人は,盗みに入る店舗等の目星を共犯者らにつけさせ,犯行時には,窃盗の実行や見張りを担うなどしていたのであって,関与の程度は大きい。
[27] 傷害の犯行は,被告人が,ささいなことで被害者といさかいになって,殴る蹴るの暴行をいくども加え,加療約2か月を要する傷害を負わせたというものである。いさかいの原因は,被害者の言動にもあったと認められるが,被告人が,このように重いけがを負わせる危険な暴力に出たことは,相当の非難を免れないというべきである。
[28] 加えて,被告人は,平成5年以降,窃盗を含む罪による服役前科3犯を有し,そのうち1犯は原判示第1,第2の罪の累犯前科に当たるものである。
[29] 以上によれば,被告人の刑事責任は重い。被告人が捜査段階から各犯行を認め,反省の態度を示していたこと,傷害の被害者に10万円の支払を申し出ていたことなど,一審判決がおおむね指摘するその言渡し時点で明らかとなっていた事情を考慮しても,被告人を懲役5年6か月に処した一審判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。

[30] なお,弁護人は,本件捜査に重大な違法がある点を被告人に有利に考慮すべきである旨主張するが,先に検討したとおり,その前提自体採用できない。また,弁護人は,少なくとも原判示第5の窃盗の後の各犯行は,警察官らが被告人を逮捕せずに行動確認を行っていた間に行われたものであり,この点を被告人に有利に考慮すべきである旨をも主張するが,その捜査に著しく不当な点があるとは認められないことも,すでにみたとおりである。被告人らは,弁護人がいう泳がせ捜査が行われる以前からすでに常習的に侵入盗などの犯行を繰り返していたのであって,警察官らが捜査の過程で,被告人らに新たに犯行を決意させるなどしたといった事情が認められるわけでもない。各犯行の被害は,被告人らがすすんでそれらの犯行に及んだことにより生じたものであることは動かないのであって、弁護人指摘の点を被告人に有利に考慮することはできない。

[31] そのほか,控訴審における事実取調べの結果,一審判決後,被告人が窃盗等の各被害者に対し30万円余りの弁償を行ったことなどが明らかとなっているが,なお相当多額の被害が填補されないままとなっているのであって,これを一審判決言渡し時点で明らかとなっていた前記事情と併せて勘案しても,なお一審判決の量刑を減じるべきものとはいえない。
 刑事訴訟法396条

  裁判官 坂田正史  裁判官 向井亜紀子
  裁判長裁判官横田信之は,退官のため署名押印することができない。
  裁判官 坂田正史

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