議員定数不均衡訴訟 衆議院小選挙区違憲状態判決(平成25年)
上告審判決

選挙無効請求事件
最高裁判所 平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号
平成25年11月20日 大法廷 判決

第209号上告人・第210号被上告人 原告 山口邦明 ほか5名
第209号上告人・第211号被上告人 原告 中久木邦宏
               代理人 森徹 ほか
第209号被上告人・第210号上告人 被告 東京都選挙管理委員会
第209号被上告人・第211号上告人 被告 神奈川県選挙管理委員会
               代理人 都築政則 ほか

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官鬼丸かおるの意見
■ 裁判官大谷剛彦の反対意見
■ 裁判官大橋正春の反対意見
■ 裁判官木内道祥の反対意見


1 原審被告らの各上告に基づき,原判決を次のとおり変更する。
  原審原告らの請求をいずれも棄却する。
2 原審原告らの上告を棄却する。
3 訴訟の総費用は原審原告らの負担とする。

[1] 本件は,平成24年12月16日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区及び同第18区並びに神奈川県第15区の選挙人である原審原告らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割り及び選挙運動に関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。

[2] 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 昭和25年に制定された公職選挙法は,衆議院議員の選挙制度につき,中選挙区単記投票制を採用していたが,平成6年1月に公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号によりその一部が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度は,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた(以下,上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。
[4] 本件選挙施行当時の本件選挙制度によれば,衆議院議員の定数は480人とされ,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(平成24年法律第95号による改正前の公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出するものとされ(同法13条1項,別表第1。以下,後記の改正の前後を通じてこれらの規定を併せて「区割規定」という。),比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条2項,別表第2)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。

[5](2) 平成6年1月に上記の公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下,後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。平成24年法律第95号による改正前の区画審設置法3条(以下「旧区画審設置法3条」という。)は,上記の選挙区の区割りの基準(以下,後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)につき,(a)1項において,上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定めるとともに,(b)2項において,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当することとし(以下,このことを「1人別枠方式」という。)、この1に,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下,この区割基準を「本件旧区割基準」といい,この規定を「本件旧区割基準規定」ともいう。)。
[6] 本件選挙制度の導入の際に上記の1人別枠方式を設けることについて,同法の法案の国会での審議においては,法案提出者である政府側から,各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分については,投票価値の平等の確保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させるために,定数配分上配慮して,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数を人口比例で配分することとした旨の説明がされていた。
[7] 選挙区の改定に関する区画審の勧告は,統計法5条2項本文(平成19年法律第53号による改正前は4条2項本文)の規定により10年ごとに行われる国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,勧告を行うことができるものとされている(同条2項)。

[8](3) 区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,旧区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,同14年7月,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)の小選挙区選挙は,同法により改定された選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)の下で施行されたものである(以下,平成21年選挙に係る衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定めた上記改正後(平成24年法律第95号による改正前)の公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」という。)。

[9](4) 平成14年の上記改正の基礎とされた平成12年国勢調査の結果による人口を基に,本件区割規定の下における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第1区と人口が最も多い兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。また,平成21年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。
[10] このような状況の下で本件選挙区割りに基づいて施行された平成21年選挙について,最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は,選挙区の改定案の作成に当たり,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきものとする旧区画審設置法3条1項の定めは,投票価値の平等の要請に配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方,平成21年選挙時において,選挙区間の投票価値の較差が上記のとおり拡大していたのは,各都道府県にあらかじめ1の選挙区数を割り当てる同条2項の1人別枠方式がその主要な要因となっていたことが明らかであり,かつ,人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから,本件旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び同区割基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判示した。そして,同判決は,これらの状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件旧区割基準規定及び本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に上記の状態を解消するために,できるだけ速やかに本件旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。

[11](5) その後,平成23年大法廷判決を受けて,是正の方策について,各政党による検討を経た上で,平成23年10月以降,衆議院選挙制度に関する各党協議会の会合が十数回開催されて政党間の協議が行われた。その間,投票価値の較差の是正のほか,議員の定数の削減や選挙制度の抜本的改革の問題をめぐって検討が重ねられたが,いずれについても成案を得られないまま,平成22年10月に実施された国勢調査(以下「平成22年国勢調査」という。)の結果に基づく区画審による選挙区割りの改定案の勧告の期限である平成24年2月25日を経過した。
[12] その後は区画審が選挙区割りの改定案の検討に着手するための所要の法改正の作業が優先され,同年6月及び7月に複数の政党の提案に係る改正法案がそれぞれ第180回国会に提出された。これらの改正法案は,(a)1人別枠方式の廃止(旧区画審設置法3条2項の削除)及びいわゆる0増5減(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減ずることをいう。以下同じ。)の点で内容を同じくし,(b)比例代表選挙の総定数の削減及び小選挙区選挙との連用制の採否の点で内容を異にするものであったが,上記(b)をめぐる政党間の意見対立のため同国会の会期中にはいずれも成立に至らず,同年10月に召集された第181回国会において,継続審議とされていた上記(a)のみを内容とする改正法案が,同年11月15日に衆議院で可決され,翌16日の衆議院解散の当日に参議院で可決されて平成24年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)として成立した。
[13] 1人別枠方式の廃止を含む制度の是正のためには,区画審の審議を挟んで区割基準に係る区画審設置法の改正と選挙区割りに係る公職選挙法の改正という二段階の法改正を要することから,平成24年改正法は,附則において,旧区画審設置法3条2項を削除する改正規定は公布日から施行するものとする一方で,各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする改正後の公職選挙法の規定は次回の総選挙から適用する(公職選挙法の改正規定は別に法律で定める日から施行する)ものとし,上記0増5減を前提に,区画審が選挙区間の人口較差が2倍未満となるように選挙区割りを改める改定案の勧告を公布日から6月以内に行い,政府がその勧告に基づいて速やかに法制上の措置を講ずべき旨を定めた。上記の改正により,旧区画審設置法3条1項が同改正後の区画審設置法3条(以下「新区画審設置法3条」という。)となり,同条においては前記(2)(a)の基準のみが区割基準として定められている(以下,この区割基準を「本件新区割基準」という。)。
[14] 平成24年改正法の成立と同日に衆議院が解散され,その1か月後の平成24年12月16日に本件選挙が施行されたが,上記のとおり,平成24年改正法の改正内容に沿った選挙区割りの改定には新たな区画審の勧告及びこれに基づく別途の法律の制定を要し,本件選挙までに新たな選挙区割りを定めることは時間的に不可能であったため,本件選挙は前回の平成21年選挙と同様に本件区割規定及びこれに基づく本件選挙区割りの下で施行されることとなった。

[15](6) 本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差を見ると,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は72選挙区であった。
[16] このような状況において本件選挙区割りの下で施行された本件選挙について,本件区割規定が憲法に違反するとして各選挙区における選挙を無効とすることを求める選挙無効訴訟が8高等裁判所及び6高等裁判所支部に提起され,平成25年3月6日から同年4月11日までの間に,本件の原判決を含む17件の判決が言い渡された。そのうち,2件の判決においては,平成23年大法廷判決において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとされた本件選挙区割りにつき,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っているとはいえないとされ,その余の判決においては,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして,本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っているなどとされた。

[17](7) 本件選挙後の事情についてみると,平成24年改正法の成立後,同改正法の附則の規定に従って区画審による審議が行われ,平成25年3月28日,区画審は,内閣総理大臣に対し,選挙区割りの改定案の勧告を行った。この改定案は,平成24年改正法の附則の規定に基づき,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とするものであった。
[18] 上記勧告を受けて,同年4月12日,内閣は,平成24年改正法に基づき,同改正法のうち上記0増5減を内容とする公職選挙法の改正規定の施行期日を定めるとともに,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正事項(本件区割規定の改正規定及びその施行期日)を定める法制上の措置として,平成24年改正法の一部を改正する法律案を第183回国会に提出した。この改正法案は,同月23日に衆議院で可決されたが,参議院では同日の送付から60日の経過後も議決に至らなかったため,同年6月24日,衆議院において,参議院で否決されたものとみなした上で出席議員の3分の2以上の多数により再可決され(憲法59条2項,4項),平成25年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)として成立した。平成25年改正法は同月28日に公布されて施行され,同改正法による改正後の平成24年改正法中の上記0増5減及びこれを踏まえた区画審の上記改定案に基づく選挙区割りの改定を内容とする公職選挙法の改正規定はその1か月後の同年7月28日から施行されており,これにより,各都道府県の選挙区数の0増5減とともに上記改定案のとおりの選挙区割りの改定が行われ,平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大較差は1.998倍に縮小されている。
[19] なお,平成25年改正法の成立の前後を通じて,国会においては,今後の人口異動によっても憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とならないようにするための制度の見直しについて,総定数の削減の要否等を含め,引き続き検討が続けられている。

[20]3(1) 憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,47条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。
[21] 衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに際して,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているというべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されているものと解されるのであって,具体的な選挙区を定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として,地域の面積,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況などの諸要素を考慮しつつ,国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。したがって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されることになり,国会がかかる選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような憲法上の要請に反するため,上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである。
[22] 以上は,衆議院議員の選挙に関する最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁以降の累次の大法廷判決の趣旨とするところであって(上掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁及び平成23年大法廷判決参照),これを変更する必要は認められない。

[23](2) 平成23年大法廷判決は,上記の基本的な判断枠組みに立った上で,本件旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,前記のとおり平成6年の選挙制度改革の実現のための人口比例の配分により定数の急激かつ大幅な減少を受ける人口の少ない県への配慮という経緯に由来するもので,その合理性には時間的な限界があったところ,本件選挙制度がその導入から10年以上を経過して定着し安定した運用がされていた平成21年選挙時には,その不合理性が投票価値の較差としても現れ,その立法時の合理性が失われていたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,上記の状態にあった同方式を含む本件旧区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りも,前記2(4)のような平成21年選挙時における選挙区間の較差の状況の下において,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旨判示したものである。
[24] 本件選挙は,このように平成21年選挙時に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた本件選挙区割りの下で再び施行されたものであること,前記2(6)のとおり選挙区間の較差は平成21年選挙時よりも更に拡大して最大較差が2.425倍に達していたこと等に照らせば,本件選挙時において,前回の平成21年選挙時と同様に,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ない。

[25](3)ア 衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題について,当裁判所大法廷は,これまで,(a)定数配分又は選挙区割りが前記のような諸事情を総合的に考慮した上で投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か,(b)上記の状態に至っている場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か,(c)当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に,選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かといった判断の枠組みに従って審査を行ってきた。こうした段階を経て判断を行う方法が採られてきたのは,単に事柄の重要性に鑑み慎重な手順を踏むというよりは,憲法の予定している司法権と立法権との関係に由来するものと考えられる。すなわち,裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても,自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく,その是正は国会の立法によって行われることになるものであり,是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有しており,上記の判断枠組みのいずれの段階においても,国会において自ら制度の見直しを行うことが想定されているものと解される。換言すれば,裁判所が選挙制度の憲法適合性について上記の判断枠組みの各段階において一定の判断を示すことにより,国会がこれを踏まえて所要の適切な是正の措置を講ずることが,憲法の趣旨に沿うものというべきである。このような憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,上記(a)の段階において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている旨の司法の判断がされれば国会はこれを受けて是正を行う責務を負うものであるところ,上記(b)の段階において憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものと解される。
[26] そこで,本件において,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かについて検討する。
[27] 本件旧区割基準中の1人別枠方式に係る部分及び同方式を含む同区割基準に基づいて定められた選挙区割りについては,前掲最高裁平成19年6月13日大法廷判決までは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていないとする当審の判断が続けられており,これらが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとする当裁判所大法廷の判断が示されたのは,平成23年3月23日であり,国会においてこれらが上記の状態にあると認識し得たのはこの時点からであったというべきである。
[28] これらの憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を解消するためには,旧区画審設置法3条2項の定める1人別枠方式を廃止し,同条1項の趣旨に沿って平成22年国勢調査の結果を基に各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分を見直し,それを前提として多数の選挙区の区割りを改定することが求められていたところである。その一連の過程を実現していくことは,多くの議員の身分にも直接関わる事柄であり,平成6年の公職選挙法の改正の際に人口の少ない県における定数の急激かつ大幅な減少への配慮等の視点から設けられた1人別枠方式によりそれらの県に割り当てられた定数を削減した上でその再配分を行うもので,制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要するものということができ,立法の経緯等にも鑑み,国会における合意の形成が容易な事柄ではないといわざるを得ない。また,このような定数配分の見直しの際に,議員の定数の削減や選挙制度の抜本的改革といった基本的な政策課題が併せて議論の対象とされたことも,この問題の解決に向けての議論を収れんさせることを困難にする要因となったことも否定し難い。そうした中で,平成22年国勢調査の結果に基づく区画審による選挙区割りの改定案の勧告の期限を経過した後,まず憲法の投票価値の平等の要求に反する状態の是正が最も優先されるべき課題であるとの認識の下に法改正の作業が進められ,1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項の規定の削除と選挙区間の人口較差を2倍未満に抑えるための前記0増5減による定数配分の見直しが行われたものといえる。
[29] このような上記0増5減による定数配分の見直しの内容を現に実施し得るものとするためには,1人別枠方式の廃止及び定数配分と区割り改定の枠組みを定める法改正の後,新たな区割基準に従い区画審が選挙区割りの改定案の勧告を行い,これに基づいて新たな選挙区割りを定める法改正を行うという二段階の法改正を含む作業を経る必要があったところ,前者の改正を内容とする平成24年改正法が成立した時点で衆議院が解散されたため,平成23年大法廷判決の言渡しから約1年9か月後に施行された本件選挙は従前の定数と選挙区割りの下において施行せざるを得なかったことは前記のとおりであるが,本件選挙前に成立した平成24年改正法の定めた枠組みに基づき,本来の任期満了時までに,区画審の改定案の勧告を経て平成25年改正法が成立し,定数配分の上記0増5減の措置が行われ,平成22年国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口較差を2倍未満に抑える選挙区割りの改定が実現されたところである。このように,平成21年選挙に関する平成23年大法廷判決を受けて,立法府における是正のための取組が行われ,本件選挙前の時点において是正の実現に向けた一定の前進と評価し得る法改正が成立に至っていたものということができる。
[30] もとより,上記0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,本件旧区割基準に基づいて配分された定数がそのまま維持されており,平成22年国勢調査の結果を基に1人別枠方式の廃止後の本件新区割基準に基づく定数の再配分が行われているわけではなく,全体として新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が十分に実現されているとはいえず,そのため,今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されているとはいえない。しかしながら,この問題への対応や合意の形成に前述の様々な困難が伴うことを踏まえ,新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として許容されているところと解される。また,今後の国勢調査の結果に従って同条に基づく各都道府県への定数の再配分とこれを踏まえた選挙区割りの改定を行うべき時期が到来することも避けられないところである。
[31] 以上に鑑みると,本件選挙自体は,衆議院解散に伴い前回の平成21年選挙と同様の選挙区割りの下で行われ,平成21年選挙より最大較差も拡大していたところではあるが,本件選挙までに,1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項の規定が削除され,かつ,全国の選挙区間の人口較差を2倍未満に収めることを可能とする定数配分と区割り改定の枠組みが定められており,前記アにおいて述べた司法権と立法権との関係を踏まえ,前記のような考慮すべき諸事情に照らすと,国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず,本件において憲法上要求される合理的期間を徒過したものと断ずることはできない。

[32](4) 以上のとおりであって,本件選挙時において,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,前回の平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものではあるが,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない。
[33] 投票価値の平等は憲法上の要請であり,1人別枠方式の構造的な問題は最終的に解決されているとはいえないことは前記のとおりであって、国会においては,今後も,新区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があるというべきである。

[34] 小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定については,これが憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえないことは,前掲最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決,前掲平成19年6月13日大法廷判決及び平成23年大法廷判決の判示するところであって,これを変更する必要は認められない。

[35] 原判決は,本件区割規定が本件選挙当時憲法に違反するものであったとしつつ,行政事件訴訟法31条1項に示された一般的な法の基本原則に従い,原審原告らの請求をいずれも棄却した上で,当該選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言したものであるが,原判決は,前記判示と抵触する限度において変更を免れないというべきであり,原審被告らの論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。他方,本件区割規定が本件選挙当時憲法に違反するものであり,また,小選挙区選挙の選挙運動に関する公職選挙法の規定が憲法に違反するものであるとした上で本件選挙を無効とすべき旨をいう原審原告らの論旨は,前記判示に照らし,いずれも採用することができない。

[36] 以上の次第で,原審被告らの各上告に基づき,原判決を変更して,原審原告らの請求をいずれも棄却するとともに,原審原告らの上告を棄却することとする。
[37] よって,判示3について裁判官大谷剛彦,同大橋正春,同木内道祥の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,判示3について裁判官鬼丸かおるの意見がある。


 裁判官鬼丸かおるの意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見の結論に賛同するものであるが,投票価値の平等及び国会の立法裁量に関する考え方につき,多数意見と異にする部分があるので,以下に私見を述べる。
[2] 私は,衆議院議員の選挙における国民の投票価値につき,憲法は,できる限り1対1に近い平等を基本的に保障しているものと考えるものである。

[3] その理由は,日本国憲法の前文冒頭において,国会は主権者たる国民から負託を受けて国民を代表して民主主義による国政を行うものであって,代表者は正当に選挙されることが要請されていること,そして憲法13条,14条1項,15条1項,44条ただし書により,国民が両議院議員の選挙において,人種,信条,性別,社会的身分若しくは門地,教育,財産又は収入によって差別されることがないことが明記されているというところに存する。これらの憲法の規定から,両議院議員の選挙において国民の投票価値は平等であることが基本原則であると解されるのである。
[4] 特に衆議院議員の選出に当たっては,衆議院議員の権能,任期,特に解散制度の存在に鑑み,選挙の施行ごとに,当該選挙の時点における的確な国民の意思を反映することが求められていると解されるところ,衆議院議員を選出する権利は,選挙人が当該選挙施行時における国政に関する自己の意見を主張するほぼ唯一の機会であって,国民主権を実現するための国民の最も重要な権利であるが,投票価値に不平等が存在すると認識されるときは選挙結果が国民の意見を適正に反映しているとの評価が困難になるのであって,衆議院議員が国民を代表して国政を行い民主主義を実現するとはいい難くなるものである。以上の理由により,憲法は,衆議院議員の選挙について,国民の投票価値をできる限り1対1に近い平等なものとすることを基本的に保障しているものというべきである。
[5] ところで,憲法は,両議院議員の定数,両議院議員の選挙人の資格,選挙区や投票の方法その他両議院議員の選挙に関する事項を法律で定めると規定している(43条2項,44条,47条)。

[6] これらの憲法の規定により,国会は,両議院議員の定数の定め及び選挙の仕組みを決定するに当たり,選挙制度を比例代表制にするか選挙区制にするか,選挙区制と比例代表制の両者を組み合わせるか,その方法をどのようなものにするか,大中小等いずれの選挙区制を選択するか,選挙区をどのように区割りするかなどの事項について,立法裁量権を有するのであるが,私は,これらの内容を国会が具体的に決定するに当たっては,投票価値の平等を最大限尊重し,その較差の最小化を図ることが憲法上要請されていると考えるものである。
[7] 他方,上記要請を前提にして国会が配慮を尽くしても,人口異動による選挙人の基礎人口の変化,あるいは選挙区の単位となる行政区画の規模の大小や行政区画の変更といった,社会的な事情及びその変動に伴ういわば技術的に不可避ともいうべき較差は生ずるのであって,このような較差は許容せざるを得ないものである。以上のことから,投票価値の較差については,それが生ずる理由を明らかにした上で,当該理由を投票価値の平等と比較衡量してその適否を検証すべきものであると考えるものである。
[8] そこで,本件選挙実施時に国会が採用した選挙制度等が,国会の立法裁量権の範囲内のものであったか否かについて検討する。
[9] 平成6年1月に公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後平成6年法律第10号及び第104号によりその一部が改正され,衆議院議員の選挙制度が小選挙区比例代表並立制に改められたが,このような選挙制度を選択することは,憲法47条が国会に与えた権限に基づくものであり,国会の裁量権内の事項であることは改めて指摘するまでもないところである。
[10] 上記選挙制度のうち,小選挙区制が本件訴訟において問題となっているところ,憲法が認める立法府の裁量権の範囲内において選択された小選挙区制を具体的に実施するに当たっては,私は,前述したとおり,投票価値の平等という憲法上の要請を満たすことにつき最大限の尊重が払われることが要求されると解するものである。
[11] 小選挙区選挙の実施に当たっては,全国を300の小選挙区に区割りすることとされ,区割りについては,平成13年に衆議院議員選挙区画定審議会が区割りの改定案の作成方針を策定している。多数意見は,平成6年の制度改正後の選挙制度の下での区割りにおいて,投票価値の最大較差が2倍以上とならないようにすることを基本としていることに合理性を認めているが,私は既述のとおり,できる限り投票価値を1対1に近づけるべきであると考えるものであり,当初からこれを目指したものとはいえない上記作成方針は憲法上の要請に合致するものとはいえないと解するものである。
[12] 平成13年策定の上記作成方針に基づいて選挙区割りを定めて選挙を実施すれば,憲法の投票価値の平等の要求に反する事態を招来することは避けられないというべきであったところ,加えて,多数意見も合理性を失ったとする1人別枠方式を含む区割基準に基づいて選挙区割りが定められたことによって,投票価値の最大較差が,前回の平成21年選挙時には2.304倍になり,本件選挙時には更に拡大して2.425倍にまで至ったものであるから,本件選挙時の選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態であったものというほかはない。

[13] しかし,私が憲法上の要請であると考えるところの水準にかなう投票価値の平等を保障する選挙制度を実現するためには,単に1人別枠方式を廃止するにとどまらず,都道府県への選挙区数の配分,各都道府県における選挙区割りの見直し,その結果についての全選挙区の選挙人数を比較対照した上での再度の選挙区割りの見直しといった相当に膨大かつ複雑な作業を必要とすることになる。しかも,こうした投票価値の平等を保障した選挙制度を実現するには,候補者間の公平や地勢,選挙事務を担う地方自治体の関わり方等の諸々の要素を総合考慮しながら,上記のような定数配分や区割りの検討を行う必要が存し,選挙区割りを決定するには,区割り案の当否につき国会内で論議を尽くし,各関係行政機関で協力体制を確保した上で,法令等を整備する必要があるのであるから,これらの作業には相当程度の長期間を要するものといわざるを得ない。
[14] 一方,国会は,平成23年3月23日に当審の大法廷判決が言い渡される前には,平成14年改正後の公職選挙法13条1項及び別表の定める選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたとの認識を有することは困難であったと解されるところ,国会が上記判決から本件選挙施行までの約1年9か月の間に,多数意見において必要とされる内容の改正のみならず,私が憲法上の要請と考えるところのできる限り1対1に近い投票価値の平等を実現するために上記のような選挙区割りの是正作業を行うことは相当に困難であったと認められる。したがって,憲法上要求される合理的な期間内における是正がなされなかったものとすることはできないと考えるものである。

[15] 以上の次第で,多数意見と結論を同じくするものである。


 裁判官大谷剛彦の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件選挙は,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたとされた前回の選挙と同じ本件区割規定により実施されたもので,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったというべきであり,また,多数意見と異なり,本件選挙時まで区割規定の是正が実施されなかったことは,憲法上要求される合理的な期間内における是正がなされなかったとして,本件区割規定が憲法の規定に違反するに至っていたといわざるを得ず,したがって本件選挙は違法であるが,いわゆる事情判決の法理により,違法を宣言するにとどめ,本件選挙を無効としないこととするのが相当と考えるものである。以下,その理由を述べる。

[2] 選挙区間の投票価値の較差を問題とする選挙無効訴訟における憲法上の違法,無効の審査は,累次の大法廷判決で示されてきた多数意見3(3)アの(a)から(c)までの段階を経た判断枠組みに従って行われてきており,このような判断枠組みは,本件選挙制度においても,基本的に維持されるべきものと考える。
[3] まず,第1段階の定数配分又は選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(以下「違憲状態」という。)にあったか否かの点については,多数意見が3(2)で述べるところと全く同様,本件選挙区割りは違憲状態にあったといわざるを得ない。

[4] そこで,第2段階の,本件選挙時の区割規定について,憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかったとして,憲法の規定に違反するに至っていたか否かについて検討する。
[5] この合理的期間内の是正の法理とその適用の在り方はこれまで累次の大法廷判決において形成されてきたものであるが,従前の判例法理についての私の理解するところは,次のとおりである。すなわち,従前の判例においては,一般に制定当時憲法に適合していた法律がその後の事情の変化により合憲性の要件を欠くに至ったときは,原則として憲法違反の瑕疵を帯びることになるが,投票価値の平等の較差により違憲状態が生ずるような場合は,そもそも違憲状態の生じた時期が明瞭ではなく,人口異動により較差は絶えず変動する一方で是正に要する立法の作業や手続には多くの時間や負担を伴うので,直ちにまた頻繁に是正の措置を求めることは必ずしも実際的でも相当でもないことから,違憲状態が生じたとしても,事柄の性質上必要とされる合理的期間については直ちに定数配分規定又は区割規定を違憲と断ずることなく,時間的な猶予が置かれてきたものと解される。そして,従来の判例は,この趣旨から,憲法上要求される合理的期間について,基本的には,投票価値の較差が違憲状態に陥ってからこれが継続している期間(国会として是正が求められている期間)の長さに重きを置き,その間の較差の変動やその間にとられた是正措置の有無なども踏まえながら,求められる是正内容に要するであろう立法の作業や手続の時間を,是正内容の事柄の性質上必要とされる合理的期間として考慮し,これらの点を客観的に評価して判断を行ってきているものと解される。このように,合理的是正期間の法理においては,立法の憲法適合性の審査としての客観的な合理性に基づく判断が求められているのであって,こうした点からも従前の判例の評価,判断の在り方は首肯できるように思われる。
[6] 上記の判例法理を前提に検討すると,国会は,投票価値の不平等の是正方法について,その時期,範囲(総定数の見直しとの関係など),手法(漸次的,段階的,計画的是正など)等について広範な立法裁量権を有しているが,立法機関として自ら速やかに是正をして既に生じている違憲状態を解消させる責務を負うのであって,この裁量権を考慮するにしても,時期的,時間的な裁量の範囲にはおのずと制約があると考えられる。人口異動による選挙区間の投票価値の較差の是正についていえば,前の選挙時においてその較差が違憲状態に至っていたとすれば,人口異動に関する国勢調査の結果やその時期も踏まえ,(衆議院では解散のあり得ることも想定の上)次回の選挙時までには何らかの是正が求められ,次回の選挙時において区割規定に実効的な是正が施されていなかったとすればそのことに正当な理由が求められることになろう。
[7] 平成21年に実施された前回の選挙に関する平成23年大法廷判決の判示は多数意見2(4),3(2)のとおりであるところ,同判決は,遅くとも前回の選挙時には本件旧区割基準及び本件選挙区割りは違憲状態に至っていたとし,合理的是正期間の法理を適用して違憲の判断を控えた上で,是正方策の照準も示して違憲状態の速やかな解消を求めている。そして,平成22年10月に実施された国勢調査の結果は,いずれも投票価値の較差の拡大を示しており,また,区画審としては国勢調査に基づく選挙区の改定に関する勧告の期限を平成24年2月に迎えたが,各都道府県への定数配分の枠組みも定まらないため,勧告がないまま期限を経過し,事態は多数意見2(5)のとおり推移した。この時点までに,1人別枠方式を廃し,旧区画審設置法3条1項による定数配分の枠組みが定められ,選挙区の改定の勧告に至っていれば,漸次的な改定であるにせよ平成25年改正後の新区割規定のような改定は,事柄の性質上必要な作業的,手続的な期間を考慮してもなお実施が可能であったと考えられる。
[8] 本件において求められた是正は,投票価値の平等の観点から選挙区間の較差を是正することであるが,今回は1人別枠方式という区割基準を廃止した上,人口比例に基づく区割基準により都道府県への定数の配分及び区割りの改定を行うことが求められ,これまでの人口異動による較差の是正と比べ,改定のための立法の作業や手続にそれに応じた時間を要することは容易に理解される。しかし,区割基準の改廃といっても,新たな基準を検討するものではなく,旧区画審設置法3条2項の特例を廃止して,同条1項の原則的な人口比例を基本とする基準で定数配分を見直す作業であり,これに基づく区割規定の見直しは,人口異動による見直しと本質的には大きく異なるものではないといえよう。区割規定の改正には区画審の勧告手続が必要とされ,手続に時間を要する上,議員の利害等が関係し,合意形成や議院の審議に相当な時間を要すること,衆議院では解散があり得ることなどは,これを見込んで実施可能な工程が考えられるべきであり,このような工程に基づけば,本件選挙時までに,少なくとも漸次的な是正策である上記の新区割規定への改正を了することは可能であったと考えられる。
[9] もとより国会は是正の方法について広範な立法裁量権を有しており,また,本件において,国会が是正の必要性を認識して意識的に是正に取り組んだことは評価されるべきものである。これに対し,様々な政治的要請や優先課題が存在したことなど,国会情勢や政治情勢上速やかに合意を形成することが容易ではない事情があったことも認められるが,これらの諸事情は,事柄の性質に照らして通常必要とされる合理的期間を超えて区割規定の是正を行わなかったことを許容する正当な理由となり得るとはいい難いと思われる。
[10] 以上のとおり,従来の判例法理の趣旨及びその評価の観点からすると,本件においては,憲法上要求される合理的期間内の是正は可能であったのに,これを行わなかったものと評価せざるを得ず,今回の選挙時における本件区割規定は,憲法の規定に違反するに至っていたと考える。

[11] そこで,第3段階として,区割規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に,選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かについて,判例が認めてきているいわゆる事情判決の法理の適用の問題を検討する。
[12] いわゆる事情判決の法理も,累次の最高裁の大法廷判決において形成されてきており,確立した判例法理ということができる。そして,この判例法理は,是正についての国会の広い裁量権の尊重がその背景にあり,国会が自ら制度の見直しを行い得る事情が認められる以上,選挙が無効とされることによる正常ではない議会の状況や再選挙による多大な負担といった不都合な事態を回避しようとするものである。この判例法理の適用基準としては,区割規定が憲法に適合していない場合,本来的には選挙の効力は否定されるべきであるから,この法理の適用は慎重であるべきであるが,選挙を無効としない結果,違憲の区割規定等により選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益,他方で選挙を無効とする結果,区割規定の改正を選挙区から選出された議員が存在しない状態で行わざるを得ないといった憲法の予定しない事態等が現出されることによってもたらされる不都合,更にその他諸般の事情を総合考慮して,無効を宣することの適否を判断するものとされている。
[13] 前者の不利益については,国会が,合理的期間内において是正を行うには至らなかったにしても,是正に向けて意識的な取組を行い,多数意見2(5)のように平成24年改正法の附則に区割り改定の方向と道筋を示し,選挙後ではあるがその方向と道筋に沿って区割規定の改正を実現していることは,選挙人の選挙権の制約という不利益を軽減ないし解消させる事情として十分に評価できるのであり,この点からも,本件においては,いわゆる事情判決の法理の適用が相当であって,選挙の無効を宣するまでの要はないと考える。


 裁判官大橋正春の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,多数意見と異なり,平成23年大法廷判決において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているとされた本件選挙区割りについて,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものであり,本件区割規定は憲法の規定に違反するに至っていると考えるものであるが,本件においては選挙の違法を宣言するにとどめるべきものと考える。その理由は以下のとおりである。

[2] 憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至った議員定数配分の根拠規定についてもそれにつき合理的期間内における是正がされなかった場合に初めて違憲の判断を下すべきであるとするのは多数意見の引用する最高裁昭和51年4月14日大法廷判決(以下「昭和51年大法廷判決」という。)以来の中選挙区制下の当審の判例とするところであるが,その理由とするところは,人口の異動がその性質上可変性を有し,上記違憲状態そのものについても更に変化が予想されること,上記の人口の異動に応じてその都度定数配分等の手直しをすることが政治の安定性の要請の面からみて必ずしも望ましくないということにあり,これらの点を考慮して改正の要否及び時期を決定するについても立法府が一定程度の裁量権を有することや事柄の性質上かかる改正の実現にはある程度の期間が必要とされること等をしんしゃくして,是正措置が講ぜられてしかるべき時期を経過するまでは当審として違憲判断を下すことは相当でないとするものである。これは,私の理解するところによれば,立法府の不作為責任それ自体,ひいてはこれとの関連における立法府の故意又は過失の有無を問題とするものではなく,したがって,議員定数配分が違憲状態にあることに対して十分な認識を有しなかったことにつき国家に咎められるべき点があったかどうかは本来上記判断とは直接の関係がないものと解される(多数意見の引用する最高裁昭和58年11月7日大法廷判決における裁判官中村治朗の反対意見参照)。なお,本件は中選挙区制下の議員定数配分規定ではなく小選挙区制下の区割規定の憲法適合性が問題となっている事案であるが,上に述べたところは小選挙区制下の区割規定についても同様に適用されるべきものと解される。
[3] 合理的期間の性質が上記のものであると解される以上は,その起算点は,本来は違憲状態が生じた時とすべきものであり,立法府の認識の有無は原則として無関係となるものと考えられる。しかし,本件のように,当審が合憲の判断を下していた選挙区割りについてその後の事情の変更を踏まえて違憲状態に至ったとの判断をする場合には別異に解し,当審の違憲状態の判断を立法府が知り又は知り得た時から起算するのが相当である。当審が合憲とした選挙区割りにつき,当審の違憲状態との判断がなされていない段階において立法府が是正作業を開始すべきことを前提として合理的期間の経過の有無を判断するとすれば,当審として矛盾した態度を示すことになり,当審の判断に対する信頼性の維持の観点からも許されるものではない。
[4] また,上記合理的期間は機械的・一律に判断されるものではなく,具体的事情の下で個別的に判断されるべきものである。例えば,当該選挙区割りについて違憲状態にあるとの当審の判断に先立って当審判決の少数意見としてこれを違憲状態にあるとの見解が表明されている場合には,立法府にはあらかじめ検討する機会が与えられていると考えられるので,合理的期間の始期は違憲状態の判断がなされた時となるとしても,合理的期間を短く判断する方向に働く一要素となり得るものと考える。そして,当該選挙区割りが違憲状態にあるとの当審の判断がなされている場合には,憲法尊重擁護義務を負う国会議員(憲法99条)から構成される立法府が,法令等の憲法適合性について決定する権限を有する終審裁判所(憲法81条)の判断を尊重し,区割規定を速やかに憲法の投票価値の平等の要求に適合する状態に是正する義務を負うことは当然であり,この意味で立法府の選挙制度の仕組みの具体的決定についての裁量権は大きく限定され,これらは合理的期間の判断において重要な判断要素となる。さらに,合理的期間は,立法府が問題の根本的解決のために真摯な努力を行っていることを前提として判断されるべきものである。

[5] 多数意見の引用する最高裁平成19年6月13日大法廷判決(以下「平成19年大法廷判決」という。)は,平成17年9月11日実施の総選挙の時点では,なお1人別枠方式を維持することにある程度の合理性があると判示しており,平成23年大法廷判決が初めて1人別枠方式及びこれに基づく選挙区割りは憲法の投票価値の平等に反するに至ったものと判示したのであるから,合理的期間の始期は平成23年大法廷判決が言い渡された時,すなわち平成23年3月23日ということになる。
[6] なお,1人別枠方式については,多数意見の引用する最高裁平成11年11月10日各大法廷判決において既にこれを違憲とする5名の裁判官の反対意見が付され,その後も平成13年(行ツ)第223号同年12月18日第三小法廷判決・民集55巻7号1647頁では1名の裁判官の反対意見,平成19年大法廷判決では憲法の趣旨に沿うとはいい難いとする4名の裁判官の見解,違憲とする2名の裁判官の反対意見が付されている。

[7] 平成23年3月23日の平成23年大法廷判決から平成24年12月16日の本件選挙まで約1年9か月(634日)が経過しているが、この間に,平成23年大法廷判決で違憲状態にあるとされた本件選挙区割りについて,その前提となる1人別枠方式に基づいて定められた本件区割規定の改正による改定はなされることなく,本件選挙は違憲状態にあるとされた選挙区割りによって実施された。この間の立法府による本件選挙区割りの違憲状態解消のための取組の概要は,多数意見2項(5)から(7)までの記載のとおりである。

[8] 前回の平成21年選挙当時,1人別枠方式及びこれに基づく本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたことは,平成23年大法廷判決が説示するとおりであり,その旨を判示した同判決が言い渡された以上,立法府としては可及的速やかにその是正を図ることが求められるものであり,また,1人別枠方式については前記2のとおり平成19年大法廷判決等のこれを合憲とする判決においてもその違憲性を指摘する反対意見が付されているとの事実は,本件における合理的期間の判断に際し考慮されるべき一要素となり得るものと考える。
[9] 本件では,1人別枠方式を廃止する法改正が成立したのは平成24年11月16日(各都道府県の小選挙区数の0増5減も同時に成立)であり,平成23年大法廷判決から約1年8か月が経過している。そして,同改正に基づく区割り改定案を区画審が勧告したのはその約4か月後の平成25年3月28日であり,同勧告に基づく区割規定の改正がされたのはその3か月後の6月24日である。すなわち,1人別枠方式の廃止から約7か月で区割規定の改正が行われており,1人別枠方式を廃止する法改正作業が平成23年大法廷判決言渡し直後から真摯に行われていたとするならば,本件選挙までの約1年9か月の間に区割規定の改正は十分に可能であったものと考えられ,この間に違憲状態を是正しなかったことについて合理的期間を経過していると評価することが,選挙制度の改正を含めてその仕組みの具体的決定についての立法府の裁量権を侵害するものということはできない。平成23年大法廷判決言渡し時点では,既に平成22年国勢調査の結果による人口が官報で公示されており,区画審は旧区画審設置法4条1項により平成24年2月25日までに区割り改定案を勧告すべきものとされていたが,1人別枠方式の廃止がない以上は平成23年大法廷判決の指摘する憲法の投票価値の平等の要求に反することのない区割り改定案の策定は不可能であったのであるから,立法府としては喫緊の課題として1人別枠方式の廃止を優先的に実行する憲法上の義務を国民に負うことになったということができる。しかるに,平成23年大法廷判決言渡し後約7か月後の平成23年10月19日になってようやく各党協議会での議論が開始され,その約1年1か月後の平成24年11月16日になって1人別枠方式を廃止する改正法が成立したのであり,この間の立法府の活動を見ても,憲法適合性回復のための立法作業の遅れを正当化する事情を認めることはできない。
[10] また,本件選挙の直前である平成24年11月16日に1人別枠方式の廃止及び各都道府県の選挙区数の0増5減を内容とする改正法が成立し,平成25年6月24日に区割規定の改正法が成立したことは,本件選挙までの間に合理的期間が経過したとの認定の妨げとなるものではない。1人別枠方式の廃止は,立法府が優先的に実行すべき課題で,他の選挙制度の改革とは別個に取り組むべきものであり,選挙制度の抜本的改革を理由にその実現を遅らせることは許されるものではない。仮に,1人別枠方式の廃止についても他の選挙制度の抜本的改革と同時に行うことが立法府の裁量の範囲にあるとすることができるとしても,本件選挙当時までに憲法に適合する区割規定を含む抜本的改革案についての具体的な審議が進展し,遠くない時期までに改革法案が成立していることが条件となる。これを本件についてみると,平成25年6月24日に成立した改正法は,区割規定の改正にとどまるものであり,その内容は平成22年国勢調査人口による較差は1.998倍と2倍を僅かに下回るものとなっているものの,選挙区割りは平成23年大法廷判決により投票価値の平等に関する憲法上の要請に反するとされた区割りを基礎に微調整をしたものと評さざるを得ないもので,抜本的改革には程遠いものであり,同改正法の成立を理由に合理的期間が経過していないということはできない。
[11] 以上述べたとおり,立法府は,合理的期間内に本件選挙区割りの違憲状態を是正しなかったものであるから,本件選挙当時,本件区割規定は憲法14条1項等の憲法の規定に違反していたものといわざるを得ない。

[12] 本件選挙区割りの違憲状態が合理的期間内に是正されなかったとして本件区割規定が違憲であるとする場合でも,これに基づく選挙を常に無効とすべきものではなく,諸般の事情を考慮し,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎にあるものと解すべき一般的な法の基本原則に従い,選挙を無効とまではせず,選挙が違法である旨を主文において宣言するにとどめることが相当とする場合のあることは当審がこれまでに判示してきたところである(昭和51年大法廷判決,多数意見の引用する最高裁昭和60年7月17日大法廷判決(以下「昭和60年大法廷判決」という。)参照)。
[13] 選挙を無効とすることの主な弊害として,違憲とされた区割規定の改正の審議について選挙を無効とされた選挙区から選出された議員が存在しない状態でなされることが挙げられる。しかし,この点については,選挙無効の効果を直ちに生じさせるのではなく,無効の効果は区割規定の改正等に必要と見込まれる一定期間の経過後に始めて発生するという内容の将来効判決をすることによって解消が可能である(昭和60年大法廷判決における裁判官寺田治郎,同木下忠良,同伊藤正己,同矢口洪一の補足意見参照)。また,本件では既に平成25年6月24日に新たな区割規定を含む改正法が成立しており,その内容は平成23年大法廷判決の要請に十分応えているとはいえないとの批判があるものの,平成22年国勢調査人口による較差は1.998倍と僅かでも2倍を下回るものとなっており,当審が本件区割規定の違憲を理由として選挙を無効とした場合の補充選挙は,後述の小選挙区制における個別的な支障の問題を捨象して考えれば,当該選挙区の選挙についての過渡的措置としてこれによること(選挙を無効とされた特定の選挙区について同規定による補充選挙を行う旨の立法措置が必要と考えられる)が可能であると考える。この場合には,選挙無効とされた選挙区については新しい区割規定により補充選挙が行われたとしても,選挙無効判決がされていない選挙区については従来の区割規定により行われた選挙で選出された議員がそのまま残ることになり,選挙を無効とされていない選挙区との間及びこれらの選挙区同士の較差は解消されないのであるから,新区割規定により補充選挙が行われたとしても全体として憲法違反を免れないのではないかとの疑問が生じる。しかし,この点については,選挙を無効とされた選挙区については新区割規定により実際に補充選挙が行われ,他方,旧区割規定により行われた選挙によって選出された議員についても新区割規定により行われた選挙によって選出されたものとみなされるという理解によって憲法適合性を理由付けることが可能であろう。
[14] 上記によれば,本件において選挙を無効とすることによる弊害は大きなものではなく,他方で選挙人の基本的人権である選挙権の制約及びそれに伴って生じている民主的政治過程のゆがみは重大といわざるを得ず,また,立法府による憲法尊重擁護義務の不履行や違憲立法審査権の軽視も著しいものであることに鑑みれば,本件は上記の弊害の観点を理由としていわゆる事情判決の法理を適用すべき事案とはいえない。
[15] ただし,以上に述べたところは一般的な選挙区の定数に係る選挙無効訴訟についてのものであり,小選挙区制が対象となる本件では,較差の是正は選挙区の分割,選挙区の統合あるいは選挙区の組替えによって行われるため,更に別の配慮が必要となる。新区割規定の内容を今回選挙無効訴訟が提起されている選挙区についてみると,東京都第5区及び第6区については旧第6区の一部が新第5区に組み入れられ,残りの旧第6区が新第6区とされている。また,福井県第3区については旧第1区と旧第2区・旧第3区の一部を併せて新第1区とされ旧第2区・旧第3区の残りを併せて新第2区とされた。平成24年実施の衆議院議員総選挙について,仮に東京都第5区及び第6区の選挙が無効とされた場合には,個々の選挙区の範囲は異なるものの新第5区と新第6区の補充選挙を同時に実施することで旧第5区・旧第6区の選挙民が選出した議員がいないという事態はなくなる。このように,訴訟の対象とされた全ての選挙区を合わせた区域の範囲が選挙区割りの改定により全体として変動しない場合には,新区割規定に基づいて補充選挙を実施することに特に問題はない。
[16] 問題となるのは福井県第3区の場合である。新区割規定では福井県第3区は存在しないのであるから,福井県第3区について補充選挙を実施することは不可能である。また,旧第3区の一部が含まれている新第1区及び新第2区で補充選挙を実施するとした場合には,旧第2区,旧第3区の議員と重複するだけでなく,旧第1区及び旧第2区の選挙民は二重に選挙権を行使することが認められることになり,これ自体が憲法違反となる可能性は大きい。
[17] この問題は,選挙区が廃止された場合に限って生じる問題ではなく,上記の東京都第5区についてのみ選挙無効の判決が確定したと仮定した場合,新第5区で補充選挙を実施した場合には,選挙民の一部は旧第6区での選挙と新第5区での選挙とで二重に投票権を行使することが許されることになり,これもまた憲法違反の疑いが強い。仮に全選挙区において選挙無効判決が確定した場合であればこうした事態は避けることが可能であるが,本件における訴訟の提起は一部の選挙区にとどまっている。
[18] このような困難な事態が生じるのは,当審が,議員定数訴訟の判断枠組みとして,(a)公職選挙法204条の訴訟の形態を用いた上で,(b)議員定数配分規定の憲法適合性は選挙区ごとにではなく規定全体として判断すべきとの判断枠組みを採用し,小選挙区制下での区割規定についても同様の判断枠組みを採用していることが主な原因となっているものといえる。上記判断枠組みは昭和51年大法廷判決以来当審の判例とするところであるが,昭和51年大法廷判決には,(b)について議員定数配分規定を可分のものとし,その憲法適合性は個々の選挙区ごとに判断し,一部の選挙区について投票価値不平等の違憲の瑕疵があるとしても,その瑕疵が必然的に他の選挙区全部について違憲の瑕疵を来すものと考えないとする裁判官岡原昌男,同下田武三,同江里口清雄,同大塚喜一郎,同吉田豊の反対意見が付されており,裁判官岸盛一の反対意見も可分とする点では上記反対意見と同旨といえる。
[19] 小選挙区制が導入されたこと及び当審の度々の警告にもかかわらず立法府が是正措置をとらずに違憲状態が継続するという現状を考えた場合,今後,当審としては,飽くまで従来の判断枠組みを維持しつつ,具体的事案については是正の実現が事実上不可能であるとしていわゆる事情判決の法理の適用を続けるか,判断枠組みを変え,選挙無効判決に基づく是正の実現を実際上も可能とするのかを選択を迫られる状況に至っているものといえる。私としては,判断枠組みを変えて選挙無効判決の是正の実現の可能性を回復する方向が望ましく,今後の検討課題と考えるものであるが,他方,当審が上記判断枠組みを維持してきたことには十分な合理性があり,また,法的安定性の見地からも軽々しく判断枠組みの変更は行うべきものではないので,現時点ではこれを前提として検討するものである。
[20] 事案の性質上,一部の選挙区についてのみいわゆる事情判決の法理を適用するのは適当ではないので,さきに述べた理由によれば本件に上記の法理を適用するのは適当でないと考えられるものの,選挙無効判決が確定した場合の補充選挙の実施は事実上不可能と考えられるのであり,こうした見地から上記の法理を適用し,本件においては,主文において選挙の違法を宣言するにとどめ,これを無効としないこととするのが相当である。


 裁判官木内道祥の反対意見は,次のとおりである。

[1] 私は,本件選挙は前回の平成21年選挙時に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた本件選挙区割りの下で再び施行されたものであること,選挙区間の較差は平成21年選挙よりも更に拡大して最大較差が2.425倍に達していたこと等に照らせば,本件選挙時において,平成21年選挙と同様に,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったと解するものであり,この点については,多数意見に異論はない。
[2] しかし,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かについては,私は,多数意見と異なり,その期間内における是正がされておらず,本件区割規定は違憲であると考える。そして,違憲とされた区割規定のもとで行われた本件選挙の効力については,憲法によって司法に委ねられた範囲内において裁判所がこれを定めることができるものであり,今回については,違法である旨を宣言するが選挙は無効としないこととするのが相当であると解する。
[3] 以下,その理由を述べる。
[4] 国会議員の選挙における投票価値は選挙を行う国民の権利の内容をなすものであるから,それが平等であることは,国権の最高機関である国会を全国民の代表である議員により構成するための基本原理として憲法の要求するところであり,選挙制度の決定にあたって考慮されるべき最も重要かつ基本的な基準である。
[5] 選挙制度の決定にあたって,投票価値の平等は,それが唯一絶対の基準ではないことは当然であるが,このような憲法上の価値を内容とするものである以上,非人口的要素によって投票価値の平等に譲歩を求めるについては,その理由が憲法上の価値や技術的な制約等による合理的なものでなければならない。投票価値に一定の較差を生じさせる選挙制度が国会の正当に考慮できる目的との関連において投票価値の平等の要請と調和的に実現されたか否かの判定を内容とする選挙制度の憲法適合性の審査は,そのような較差を生じさせる事由について,上記の観点からの合理性の検証を要するものというべきである。
[6] 衆議院議員の選挙における投票価値の平等の問題についてのこれまでの当裁判所大法廷が,(a)定数配分規定又は区割規定が投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至っているか否か,(b)その状態に至っている場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か,(c)当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に,選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かという段階を経た判断枠組みを採用してきたことは,多数意見3(3)ア前段の指摘するとおりであり,私も,上記の判断枠組みには賛同するが,多数意見とは,上記(b)の段階の審査において意見を異にするものである。
[7] 衆議院議員の選挙制度が違憲であるとして選挙の効力を争う訴訟において,上記の判断枠組みによる合憲性審査を行い,合理的期間内における是正がされなかったとしたのは多数意見の引用する最高裁昭和51年4月14日大法廷判決を嚆矢とする。
[8] その後,多数意見の引用する最高裁昭和58年11月7日大法廷判決,最高裁昭和60年7月17日大法廷判決(以下「昭和60年大法廷判決」という。)及び最高裁平成5年1月20日大法廷判決(以下「平成5年大法廷判決」という。)が合理的期間内における是正がなされたか否かについて判断を示しているが,そこでは
「人口の異動は絶えず生ずるものである上,人口の異動の結果,右較差が拡大する場合も縮小する場合もありうるのに対し,国会が議員定数配分規定を頻繁に改正することは,政治における安定の要請から考えて,実際的でも相当でもない」(平成5年大法廷判決)
ことをもって,投票価値の不平等が違憲状態であっても,是正のための合理的期間が経過していなければ違憲とはいえないとする理由としている。
[9] どの程度の期間をもって合理的期間とみるかについては,これらの大法廷判決は,前回の改正からの期間,あるいは国政調査等によって投票価値の較差が判明してからの期間を目安としているが,平成23年大法廷判決は,区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているが,多数意見の引用する最高裁平成19年6月13日大法廷判決が,平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む区割基準及び選挙区割りについて憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていない旨の判断を示していたことを考慮して,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったものということはできないとした。すなわち,ここでは,単に,投票価値の較差を問題とするにとどまらず,1人別枠方式という区割りの方式自体について遅くとも前回選挙(平成21年8月30日施行)までには違憲状態となっていたことが示されたのであり,それが合理的期間内に是正がされたか否かについては,司法による確定判断が示された時点からの期間が具体的な基準となると解される。さらに,平成23年大法廷判決は,立法府がなすべきことは,是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正する(旧区画審設置法3条1項が選挙区間の人口の最大較差が2倍未満としていることについては,平成23年大法廷判決は投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものとしている。)など,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずることが必要であるとして,行われるべき改正の方向についても指し示しているのである。
[10] 選挙制度の改正について国会には広範な裁量権があるが,現在問題となっている投票価値の不平等については,前記のように既に平成23年大法廷判決において,その主要な原因である1人別枠方式の廃止と新基準による選挙区割規定の改正という,行うべき改正の方向が示されており,改正の内容についての裁量権はこの範囲に限定されている。また,改正の時期についても,できるだけ速やかに行われるべきは当然である。すなわち,1人別枠方式を廃止し旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するについて複数の案を採りうるとして,そのいずれを選ぶかについては国会の裁量に委ねられているが,その改正をいつまでに行うかについては,通常は,次回選挙に間に合うように改正を行う必要があり,次回選挙の時期が迫っていて作業が技術的に間に合わないという特段の事情があれば,次々回の選挙までに改正を行うべきである。しかるに,本件において,前回選挙から本件選挙までの間に,上記の特段の事情があったとはうかがわれない。
[11] 国会が憲法上要求される合理的期間内における是正を行ったか否かの判定は,国会が立法府として合理的に行動することを前提として行われるべきである。本件選挙の実施までには平成23年大法廷判決から1年9か月の期間があり,この期間は,区割基準の改正を経て具体的な選挙区割りの決定に至るまでには二段階の法改正が必要であることを考慮しても,国会が立法府として合理的に行動する限り,前記のとおり同判決において方向を指し示された改正の作業を行うための期間として不足するものとはいえない。
[12] 以上によれば,本件選挙の時点において,その選挙の施行の根拠とされた本件区割規定は,合理的期間内に是正がされなかったものであり,違憲であるというべきである。
[13] 多数意見3(3)アは,衆議院議員の選挙における投票価値の較差の合憲性の審査が段階を経て行われてきており,その根拠が憲法の予定している司法権と立法権との関係にあるとし,その判断枠組みのうちの(b)の段階である合理的期間内における是正の有無についても,司法権と立法権の関係から評価すべきであるとする。
[14] しかし,憲法の予定している司法権と立法権との関係は,上記の判断枠組みによる審査についていえば,選挙の効力についての判断という(c)の段階について主に発現するものであると考えられ,是正に要する合理的期間という(b)の段階については,従来の大法廷判決でも,判決の理由としては明示されてこなかったところである。裁判所が選挙制度を違憲と判断したとしても自らこれに代わる制度を定め得るものではなく国会の立法によって行うほかないことは,選挙制度だけでなく,法制度の多くについてあてはまることであり、政治の安定性という要素も,平成5年大法廷判決が「国会が議員定数配分規定を頻繁に改正することは,政治における安定の要請から考えて,実際的でも相当でもない」としたように,改正が人口異動に伴って頻繁に行われるとすれば,という一般論としていわれたことであって,議員定数の削減や選挙制度の抜本的改革などの実際の政策的課題との関係においていわれたものではない。
[15] 合理的期間内における是正の有無という前記(b)の段階の審査は,当該区割りによる本件選挙の施行の根拠とされた区割規定が合憲か否かの審査であるから,合理的期間内における是正がされたか否かを判定する対象は,当該選挙時における区割りそのものの内容であり,当該選挙後にその区割りを改める改正がされたからといって,そのことによって当該選挙時における区割規定の合憲性の判断が左右されるものではない。
[16] 行政事件訴訟法の事情判決の規定は,公職選挙法の選挙の効力に関する訴訟について準用を排除されており,通常の選挙無効訴訟では,選挙無効の原因がある限り判決は選挙を無効とするものとなり,違法であるが無効とはしないという判決はありえない。しかし,投票価値の平等の侵害を理由とする選挙無効訴訟は,公職選挙法所定の選挙無効訴訟の形式を借りて提起することを認めるものとされているものであり,従来の大法廷判決が採用してきたいわゆる事情判決の法理も,行政事件訴訟法の規定そのものの適用によるものではなく,その基礎に存する一般的な法の基本原則を適用するものであって,公職選挙法に事情判決の規定を準用しないとの規定があることが上記の法の基本原則を適用することの妨げとはならないのである。そもそも,投票価値の平等の侵害を理由とする選挙無効訴訟の判決の内容は,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において,この訴訟を認めた目的と必要に応じて,裁判所がこれを定めることができると考えられるのであり(昭和60年大法廷判決における裁判官寺田治郎,同木下忠良,同伊藤正己,同矢口洪一の補足意見参照),上記のいわゆる事情判決の法理も,この考え方に沿うものといえよう。そして,上記の考え方によれば,判決確定により当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないときは,選挙を無効とせず違法宣言のみにとどめる,あるいは,選挙を無効とするがその効果は一定期間経過後に初めて発生するという判決をすることも可能であると解される(昭和60年大法廷判決における上記4裁判官の補足意見参照)。
[17] 本件選挙を無効としないことは,本件選挙の時点における投票価値の平等の侵害をこの判決において直ちに是正しないことにはなるが,いわゆる事情判決の法理によって従来示された,選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を得ることができないままの衆議院が公職選挙法の改正を含む立法活動を行うという憲法の所期するところに反する事態を回避する必要性を考慮し,かつ,本件選挙を行うこととなった衆議院解散の日(平成24年11月16日)に1人別枠方式の廃止と小選挙区数の0増5減を内容とする平成24年改正法が成立し,その後,それに基づいて区割りを改正する法改正が成立したこと(平成25年6月24日)にみられるように,次回の選挙を合憲状態で行うための改正が実現の途についたという国会の状況を考慮すると,今回の本件選挙については,それが違法であることを宣言するにとどめ無効とはしないこととするのが相当である。
[18] ただ,前記の平成24年改正及び同25年改正による改正後の区割規定は,上記0増5減による定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,1人別枠方式によって配分された定数が維持されており,平成23年大法廷判決が違憲であるとした1人別枠方式の実質的な廃止が実現したとは必ずしもいえないことなど,今後の是正による次回選挙までの違憲状態の解消の実現が確実であるというには心もとない事情があり,今後の国会の動向いかんによっては,選挙を無効とすることがありえないではない。一般に,どの範囲で選挙を無効とするかは,前述のように,憲法によって司法権に委ねられた範囲内において裁判所が定めることができると考えられるのであるから,従来の判例に従って,区割規定が違憲とされるのは選挙区ごとではなく全体についてであると解しても,裁判所が選挙を無効とするか否かの判断をその侵害の程度やその回復の必要性等に応じた裁量的なものと捉えれば,訴訟の対象とされたすべての選挙区の選挙を無効とするのではなく,裁判所が選挙を無効とする選挙区をその中で投票価値平等の侵害のごく著しいものに限定し,衆議院としての機能が不全となる事態を回避することは可能であると解すべきである。
[19] 区割規定が違憲であることが司法判断によって確定しながら国会による改正が行われないまま選挙が繰り返し行われ,その結果として,選挙が無効とされるような事態が杞憂に終わることを切に期待するものである。

(裁判長裁判官 竹崎博允  裁判官 櫻井龍子  裁判官 金築誠志  裁判官 千葉勝美  裁判官 横田尤孝  裁判官 白木勇  裁判官 岡部喜代子  裁判官 大谷剛彦  裁判官 寺田逸郎  裁判官 大橋正春  裁判官 山浦善樹  裁判官 小貫芳信  裁判官 鬼丸かおる  裁判官 木内道祥)

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