日蓮正宗管長事件
控訴審判決

代表役員等地位不存在確認請求事件
東京高等裁判所 昭和58年(ネ)第1091号
昭和60年11月21日 第8民事部 判決

控訴人(原告)  岩瀬正山  外173名
    代理人  中安正   外13名
被控訴人(被告) 日蓮正宗  外1名
    代理人  色川幸太郎 外15名
■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 本件控訴をいずれも棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。

 控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。本件を静岡地方裁判所に差し戻す。」との判決を、被控訴人ら代理人は主文第一項同旨の判決をそれぞれ求めた。
 当事者双方の主張は次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
 原判決2枚目表7行目の「日蓮正宗宗制及び宗規」を「日蓮正宗宗制(以下『宗制』という。)及び日蓮正宗宗規(以下『宗規』という。)」と改める。
 同3枚目表末行の「能化」の次に「(僧階が権僧正以上の者)」を加え、同裏2行目の「ここで」から3行目の「称する。」までを削除する。
 同4枚目表3行目の「総監、重役」の次に「(総監、重役は法人事務の決定機関である責任役員会の構成員である〔宗制6条2項〕。)」を加え、5行目の「(同条3項)。ここで総監及び重役とは、」から7行目末尾までを「(宗規14条3項)。」と、同裏8、9行目の「日蓮正宗宗規」を「宗制、宗規」とそれぞれ改める。
 同5枚目裏4行目の「日達上人遷化後に」の次に「法主選定のための」を加える。
 同7枚目裏6行目の「教義」の次に「上」を加え、8行目の「ここで」を削除し、10行目の「書き写すことである。」を「書き写すことであるが、」と、末行から8枚目1行目の「法主が書写したもの(曼茶羅と呼ばれる。)は」を「法主が書き写したものは曼茶羅と呼ばれ、これが」とそれぞれ改める。
 同10枚目裏5行目の「血脈相承は」から9行目末尾までを「法主はその後継者としてふさわしい僧侶ただ1人を選んで血脈相承を行うものとされている(このような血脈相承方法を『唯授一人』という。)。」と、末行の「『口伝相承』により」から同11枚目表2行目末尾までを「口頭で行われ、仏法における重要な相承方法とされ、口伝と呼ばれている。」とそれぞれ改める。
 同11枚目表4、5行目の「秘伝とされる。その意味は、血脈相承の」を「、その」と、5、6行目の「秘密とされるということである。」を「秘密とされ(秘伝)、」とそれぞれ改める。
 同13枚目表10行目の「確然と」を「画然と」と改め、裏7行目の「日蓮正宗」を削除する。
 同14枚目表3行目の冒頭に「同条は」を加え、同じ行の「規定」から4行目の「同条は、」までを「規定であり、」と、同裏末行の「表明したものである。」を「表明したもので、」とそれぞれ改める。
一〇 同16枚目表1行目の「その者を」を「右方法によつて定められた次期法主の候補者を」と改め、同裏5行目の冒頭に「法主の就任時期については宗規中に明文の規定はないが、被控訴人日蓮正宗の不文の準則によつて『当代法主の退位又は遷化のとき』と定まつている。従つて、」を加える。
一一 同17枚目表10行目の「原告らにおいても」をから同裏1行目の「確定した。」までを「控訴人らは控訴人らが主体となつて昭和54年8月25日に開いた第3回壇徒大会において、被控訴人阿部を第67世法主と仰ぎ信伏随従するとの信仰を積極的に表明し、その後も約1年半にわたり被控訴人阿部を法主・管長として仰いでいた。」と改める。
一二 同18枚目表4行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「しかし、日達上人から血脈相承を受けた者は被控訴人阿部以外には存在しないから、被控訴人阿部の血脈相承を否定することは、日蓮正宗の正統教義によれば、同宗における『宗祖の血脈』が断絶することを意味し、同宗は存続し得ないことになる。そこで、正信会の代表者らは被控訴人阿部の血脈相承を否定するにあたつて、宗祖の血脈は法主から法主へのみ秘伝されるものではなく、正しい大衆に相承されるという、いわゆる『血脈二管論』を骨子とし、結論として正信会にこそ正しく宗祖の血脈が受け継がれているとの、血脈相承に関する日蓮正宗の根本教義に真つ向から違背する内容の異端教義を創唱するに至つた。」
一三 同21枚目表5行目の「関与しない者」を「関与し得ない者」と改める。
一四 同22枚目表2行目の冒頭に
「憲法は国民が公共の利益に反しない限り自由なる信仰をなすことを保証するとともに、信仰に対する国家的保護を禁止しているところ、本来権利能力なき社団である宗教団体に法人格を付与するために宗教法人法が制定された(同法1条1項)。そして、宗教団体に法人格を付与するについては、法人の機関、権限等について明確に規定させて宗教団体の世俗的側面については国法の関与するところとし、反面、宗教的側面については、国家機関の関与することを禁止した。しかして、同法85条によつて宗教団体に対する国家機関による干渉が禁止されているのは、あくまで『信仰、規律、慣習等宗教上の事項』について調停、干渉すること、及び『宗教上の役職員の任免進退』に関し勧告、誘導、干渉することであつて、法人組織上の機関に関する争いについては、むしろ国法が関与することを明定しているものと解すべきである。従つて、ある者が」
を、3行目の「被告として」の次に「右」を、7行目の「そして、」の次に「本件のように」を、同じ行の「宗教活動上の」の次に「主宰者たる」をそれぞれ加え、9行目の「場合において、裁判所が」を「場合には、宗教上の地位の承継に関する選任準則は裁判所が認識しうる法規範としての選任準則でなければならないし、かかる選任準則は選任の効果が一定の客観的事実に係わるものとして裁判所において選任行為の存否の認定判断ができるものでなければならない。従つて、裁判所は」と改め、末行の「宗教活動上の」の次に「主宰者たる」を加え、裏3行目の「本件は」を「本件においては」と改め、5行目の「適法に法主に就任し」から末行の「本件では、」までを削除する。
一五 同23枚目表2行目の「とされている。したがつて、本件においては」を「かどうかが争われているのであるから」と、6、7行目の「争点となる。」を「について審理、判断されるべきである。」とそれぞれ改める。
一六 同25枚目表9行目の「選定を受けた者が」の次に「他に任命、認証、承認等の手続を経ることなく」を、同裏5行目の「同様選定により」の次に「直ちに」をそれぞれ加える。
一七 同28枚目表2行目の「として述べるところは、」を
「、信仰上の信念と深くかかわると主張する血脈相承は種々の意義で用いられているが、少なくとも法主選任準則との関係においては、宗祖の悟りの承継者もしくは教団の統率者としての権威付けの儀式という面と、宗規14条2項の『選定』の意思表示たる面を有し、前者の面においてはこれを宗内に周知させる必要があり、血脈相承が行われたときには宗内に公示されるから、右公示がなされたことは、法主選任準則の要件事実を推認させる間接事実となり、その存否は裁判所において認定することができ、また後者の面においては法主選任という組織法的効果をもたらす意思表示の存否を問題とすれば足り、右意思表示そのものは何ら教義的色彩を帯びるものではないから,これについても裁判所による認定は可能である。従つて、被控訴人らの主張は、」
と改める。
[1] 控訴人らは、いずれも自らが被控訴人日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶で、同被控訴人に包括される各末寺の住職、主管又は在勤教師であり、かつ、住職又は主管たる控訴人らは同時に各末寺の代表役員又は責任役員たる地位にあると主張する者であるところ、控訴人らの本件訴えは、被控訴人阿部の法主への選任手続が違法もしくは不存在であるにもかかわらず、同被控訴人において被控訴人日蓮正宗の法主に選任され、その結果として代表役員及び管長の地位にあると自称しているとして、被控訴人日蓮正宗及び被控訴人阿部に対して同被控訴人が被控訴人日蓮正宗の代表役員及び管長の地位を有しないことの確認を求めるものである。

[2] そこで先ず、本件訴えについて控訴人らが原告適格及び訴えの利益を有するか否かについて判断する。

[3] 成立に争いのない甲第1号証、第10ないし第12号証、第45号証、乙第5号証の1ないし7、第6号証の1、2、第8号証、第9号証、第11号証、第22、第23号証、第33ないし第35号証、第37号証、第39ないし第53号証、第56、第57号証、原本の存在・成立につき争いのない甲第29号証、第30号証、乙第30号証の1ないし8、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第25号証、第29号証の1ないし5及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
[4](一) 被控訴人日蓮正宗は、明治9年2月19日に大石寺、北山本門寺、京都要法寺、富士妙蓮寺、小泉久遠寺、西山本門寺、伊豆実成寺が日蓮宗興門派として勝劣派から分離し、さらに、明治33年9月18日に大石寺が日蓮宗富士派として右興門派から分離独立し、明治45年6月7日に日蓮正宗と公称するようになり、昭和26年に宗教法人法が施行されてからは同法に基づく宗教法人組織となり、現在の被控訴人日蓮正宗に至つている宗教団体であつて、宗祖日蓮が、建長5年(西暦1253年)に立宗を宣したのを起源とし、弘安2年(西暦1279年)日蓮が本門戒壇の本尊を建立したことによつて宗体の確立を見たものとされている。
[5](二) 被控訴人日蓮正宗においては、その宗教上の最高権威者は法主と呼称されるが、法主は宗祖日蓮からその仏法の一切を承継した代々の承継者として位置付けられており、その承継もしくは承継行為は「血脈相承」と呼ばれ、あたかも父から子へと血統が受け継がれていくのと同様に、宗祖の遺した仏法の一切が、中断することなく、また、いささかも変えられることなく、そのまま代々の法主によつて承継されるものであるとされている。
[6](三) そして、被控訴人日蓮正宗の昭和53年10月7日改正の宗制、宗規(以下「現行の宗制、宗規」という。)においても、被控訴人たる宗教団体は、「宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安2年の戒壇の本尊を信仰の主体とし、法華経及び宗祖遺文を所依の教典として、宗祖より付法所伝の教義をひろめ、儀式を行」うこと等をその目的とし(宗制3条)、「外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が、建長5年に立宗を宣したのを起源とし、弘安2年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安5年9月及10月総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至る」ことをその伝統とする(宗規2条)と規定し、法主の地位については、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承」する者である(宗規14条1項)と定め、その権限としては「本尊を書写し、日号、上人号、阿闍梨号を授与する」こと(同条同項)、次期法主を選定すること(同条2項)、前法主に本尊の書写、日号の授与を委嘱すること(同条6項)が認められている。そして、被控訴人日蓮正宗が明治33年に興門派から分離独立した直後に制定された日蓮宗富士派宗制寺法(右宗制寺法は数次の改正を経た後、その名称を宗制、宗規と変更して現行の宗制、宗規に至つている。)以来今日に至るまで同趣旨の規定が宗制、宗規におかれていた(もつとも、右宗制寺法以後、少なくとも昭和39年10月15日改正の宗制、宗規までの間は、「管長は宗祖以来唯授一人の法脈を相承して法主と称する」旨定められていたが、その趣旨は現行宗制、宗規と同一である。)。
[7](四) 一方被控訴人日蓮正宗においては、管長は一宗を総理し、法主の職にある者をもつて充てる(宗規13条)とされ、代表役員の就任の前提となる法主については、法主が次期法主を選定し、法主がやむを得ない事由により次期法主を選定することができないときは、総監(代表役員によつて任命される代表役員の補佐者で、宗務院の最高責任者として宗務を執行し、代表役員、重役とともに責任役員となる〔宗制6条2項、16条ないし18条〕。)、重役(宗会で選定され、3名の責任役員の1人となる者〔宗制6条2項〕。)及び能化(権僧正の僧階の者〔宗規191条2項〕。)が協議して、次期法主を選定するとされており(同14条2、3項)、管長の具体的権限としては被控訴人日蓮正宗の責任役員会の議決に基づいて、 宗制の制定、改廃及び公布、 宗会の招集、停会及び解散、 訓諭、令達の公布、 宗務、布教、教育、その他の職制並びに役職員の認証、任免、 住職、主管の任免及び僧階の昇級、並びに寺院教会の等級の認証、 僧侶、檀徒、信徒に対する褒賞及び懲戒並びに懲戒の減免、復級、復権、又は僧籍の復帰、 被控訴人日蓮正宗並びに寺院及び教会の財産の監督、 宗費の賦課徴収、義納金の徴収等の外に、教義に関して正否を裁定する権限を有しており(宗規15条)、法主及び法主の地位を前提とする管長を解任する手続については現行の宗制、宗規上なんら規定がなく、法主が退任又は遷化しないかぎりは、法主及び法主の地位を前提とする管長が代わることはない。
[8](五) また、被控訴人の日蓮正宗の代表役員は、3名の責任役員のうちの1名であつて(宗制5条)、管長の職にある者をもつて充て(同6条1項)、同被控訴人を代表し、その事務を総理する(同8条)ものであつて、その権限としては、 宗会の招集(同24条1項)、 宗会において選出された宗会議長、副議長の認証(同25条1項)、 参議会を構成する半数の参議の任命(同29条2項)、 寺院又は教会の設立等に対する承認(同40条)、 寺院又は教会が不動産等の処分等をする場合の承認(同41条)等であるが、代表役員を解任する手続については現行の宗制、宗規上には規定がなく、その地位の前提たる法主、管長の地位に変動が生じないかぎり代表役員の地位も変動することがない。
[9] 以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
[11] 以上認定の事実によれば、被控訴人日蓮正宗の管長の権限のうち、教義に関して正否を裁定する以外の権限は、おおむね管長の宗教上の地位に基づく固有の権限というよりは、一宗を総理する管長としての団体法上の地位から派生する権限であるということができるが、少なくとも教義に関して正否を裁定する権限は、管長の宗教上の地位から派生する権限であると解され、そうすると管長は団体法上の地位と宗教上の地位とを併有するものということができ、また、代表役員は宗教法人法に基づき被控訴人日蓮正宗を代表する地位を有するものということができる。

[12] 控訴人らの本件訴えは、被控訴人阿部が同日蓮正宗の管長又は代表役員の地位にあることによつて、控訴人らの具体的権利が害され、又は控訴人らと同日蓮正宗との法律関係に影響が生ずることを前提として、その具体的権利又は法律関係の確認を求めるものではなく、もつぱら一般的に被控訴人阿部が同日蓮正宗の管長及び代表役員の地位を有しないことの確認を求めるものであり、しかも、同被控訴人の管長及び代表役員の地位、権限が前記認定のとおりであることからすれば、被控訴人阿部がその地位にあることから直ちに控訴人らの具体的権利又は法律関係に何らかの影響があるとも解されない。
[13] ところで、被控訴人日蓮正宗において管長及び代表役員の地位が団体としての活動上(管長については信仰上も)極めて重要なものであることは前記のとおりであるから、特定の個人がこの地位を有するかどうかが末寺所属の僧侶にとつて重大な関心事であり、殊に信仰上の問題については直接の影響を及ぼしうるものであることは明らかであるし、特定の個人が右地位を有するかどうかによつて被控訴人日蓮正宗の活動や団体内部の諸関係が大きな影響を受ける可能性があることも否定できないところである。しかし、右のような信仰上の影響は、その性質からいつて、それ自体について法的救済を求めることができるようなものとはいい難い。また、信仰活動以外の面での影響に関して法的救済の適否を考えると、一般に社団的な性格を有する団体において通常見られるように、その構成員が団体の理事者等の役員の任免に関与しうるものとされている場合には、構成員たる地位は役員の任免に関する団体法上の権利を包含するものであり、特定の者が当該役員たる地位を有するかどうかは右団体法上の権利に直接関わる問題であるということができるから、構成員は原則としてその特定の者につき役員たる地位の存否を争う適格と法律上の利益を有するものと解すべきであるが、これに対し構成員が右のような権利を有しない場合においては、その構成員は、自己の権利義務又は直接自己に関わる具体的法律関係の存否の問題を離れて、いわば一般的に、特定の者についてその役員たる地位の存否を争う適格及び法律上の利益を当然には有しないものと解すべきである。もとより、このような訴訟を許すことには、それによつて団体内部の紛争を対世的効力ある判決により解決することができる(最高裁判所昭和44年7月10日第1小法廷判決・民集23巻8号1423頁参照)という利点が存するが、他方において、単に団体の構成員であることによつて当然にこの種の訴訟を提起する適格を有するものと解することは、個々の場合において当該団体の具体的性格に即して定まるべき構成員の法的地位を画一的に取扱い、当該団体の準則上役員の任免に容喙しえない者にも右のような訴訟上の請求の形でその選任に異議を唱えることも広く許すことを意味し、その結果として団体の自律性を害し、いたずらにその内部関係の紛糾を招くことにもなりかねないのであり、前記のようにこのような訴訟の実体判決が対世的効力を有することも、むしろそのような強力な効果を有する訴訟を提起しうる適格を広く認めることの妥当性を疑わしめるものである。これらの点を考慮すると、上記のようにこの種訴訟の原告適格を緩やかに解する見解は採りえないものといわなければならない。そこで本件の被控訴人日蓮正宗の場合についてみると、前記のように、その管長、代表役員の地位の前提となる法主たる地位は歴代の法主の間の血脈相承に基づいて取得されるところ、前掲甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、右血脈相承は、宗教上の秘儀としてその内容の全体を客観的に把握することのできない性質のものであるが、現法主(ときによつては前法主。宗規14条5項)が特定の者を次期法主とする意思をもつてこの者に対する口伝によつて行う一定内容の行為であることが認められるから、その存否が専ら信仰上の価値判断にかかつているような事柄とは異なつて一個の客観的な社会的事実としての側面を有するものであることは否定できないのであり、したがつて、これを全面的に司法的判断の対象外にあるものと断ずることができるかどうかには若干問題がないわけではない。しかしながら、前記のとおり、宗規によれば法主による次期法主の選定が行われない場合には総監、重役及び能化の協議によつて次期法主が選定されるものとされ、一般の末寺の僧侶は法主の任免に関与する機会を有しないところからすれば、管長及び代表役員たる地位の存否を争う適格及び法律上の利益を有する者は、被控訴人日蓮正宗及び当該役員たることを主張する者自身のほか、右総監、重役、能化に限られ、末寺の代表役員等である控訴人らはこれを有しないものというべきである(もつとも、後述のとおり教師たる資格を有する僧侶は宗会の議員の選挙権を有するところ、既に述べたように重役は宗会によつて選定されるのであるから、その限りで控訴人らも法主の選定に関与しているといえなくもないが、その関係は間接的であつて、右原告適格及び法律上の利益を根拠づけるに足りない。)。従つて、控訴人らの本件訴えは、控訴人らの原告適格及び訴えの利益の点において不適法というべきである。

[14] 右の点につき控訴人らは、被控訴人日蓮正宗の管長は宗務全般、殊に控訴人ら僧侶や控訴人らの所属する末寺について絶大な権限を有し、人事、財務に関する管長の権限の行使によつて控訴人らは、経済上、法律上の利害を直接左右される立場にあるから、控訴人らには被控訴人阿部が同日蓮正宗の管長の地位を有しないことの確認を求める利益があると主張する。なるほど、被控訴人日蓮正宗の管長は前記認定のような権限を有し、その権限の行使方法如何によつては、控訴人らの利益を害する場合もあることは想像されなくはないが、仮にそのような事態が生じた場合には、その段階において、控訴人らが被る具体的な不利益の除去を求めることができるのであるから、控訴人らの右主張は採用することができない。

[15] さらに控訴人らは、控訴人らが被控訴人日蓮正宗の各種機関の構成員の選挙権、被選挙権を有する外、その経費を負担し、しかも、同被控訴人は控訴人ら僧侶に対する人事権、懲戒権を有しているから、控訴人らと同被控訴人とは法律上、財産上の利害関係があるとして、控訴人らには被控訴人阿部が同日蓮正宗の代表役員の地位を有しないことの確認を求めるについての原告適格があると主張する。そして、前掲甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、現行の宗制、宗規上、控訴人らはいずれも被控訴人日蓮正宗の教師たる資格を有する者として(住職、主管が教師の中から任命されることは宗規172条によつて明らかである。)宗会議員、監正員等の選挙権を有し(宗制23条、33条、59条、宗規24条、96条、141条、日蓮正宗寺族同心会規約4条、6条)、被控訴人日蓮正宗の宗費を負担する(宗規270条)ことが認められ、また、同被控訴人が控訴人ら僧侶に対する人事権、懲戒権を有していることは管長の権限に関して前述したとおりであるが、このことから直ちに被控訴人日蓮正宗の代表役員が誰であるかが控訴人らの具体的権利関係に影響を及ぼすものであるとは到底いい難く、被控訴人日蓮正宗が控訴人らに対して何らかの懲戒権を行使する等、控訴人らに何らかの具体的な不利益処分、取扱いがなされた場合には、その具体的不利益処分等の無効確認を求める等の訴えを提起することが可能なのであるから、控訴人らの主張を採用することはできない。

[16] 以上のとおりであるから、控訴人らの本件訴えはいずれも不適法であり、これを却下した原判決は結論において相当である。よつて本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法95条、89条、93条1項を適用し、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 鈴木重信  裁判官 加茂紀久男  裁判官 片桐春一)

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