マクリーン事件
控訴審判決

在留期間更新不許可処分取消請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和48年(行コ)第25号
昭和50年9月25日 判決

控訴人(被告)  法務大臣
被控訴人(原告) ロナルド・アラン・マクリーン

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由

■ 控訴代理人の主張
■ 被控訴代理人の主張


 原判決を取消す。
 被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。


 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張および証拠関係は左に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
別紙昭和48年7月26日付 準備書面(一)
  同年9月17日付   同   (二)
  昭和49年10月17日付 同   (三)
  同年12月10日付   同   (四)
のとおりである。
別紙昭和49年10月17日付 準備書面第二、第三項
のとおりである。
[1] 被控訴人がアメリカ合衆国国籍を有する外国人で、昭和34年ハワイ大学(教育学等専攻)を卒業し、ハワイ州立学校の教師、米国船舶局職員をした後、昭和41年米国平和奉仕団の一員として韓国に渡り、英語教育に従事したが、昭和44年4月21日その所持する旅券に在韓国日本大使館発行の査証をうけたうえで、本邦に入国し、同年5月10日下関入国管理事務所入国審査官により、出入国管理令(以下たんに令という)4条1項16号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令1項3号に該当する者としての在留資格をもつて、在留期間を1年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸したこと、被控訴人は入国後東京都内に居住し当初はベルリツツ語学学校(以下ベルリツツという)に、その後は財団法人英語教育協議会(以下エレツクという)に英語教師として勤務して生計をたてるかたわら、琵琶を日本琵琶協会理事錦琵琶宗家水藤五郎に師事して週2回、琴を三上良子に師事して週1回それぞれ習い、その研究を続け、ゆくゆくはアメリカのアジア音楽部門を有する大学で琵琶、琴などの教授をしたいと志していたこと、そこで被控訴人が昭和45年5月2日さらに日本での英語教育及び琵琶、琴などの研究を継続する必要があるとして控訴人に対し、右を理由として1年間の在留期間の更新を申請したところ、控訴人は同年8月10日「出国準備期間として同年5月10日から同年9月7日まで120日間の在留期間更新を許可する。」との処分(本件(一)処分)をしたこと、そこで被控訴人はさらに同年8月27日控訴人に対し、同年9月8日から1年間の在留期間の再更新を申請したところ、控訴人は同年9月5日付で、被控訴人に対し右更新を許可しないとの処分(本件(二)処分)をしたこと、以上の事実はすべて原判決の理由に示すとおりにこれを認めることができるので、原判決の右部分を引用する(原判決21枚目表3行目から裏10行目まで)。
[2] 被控訴人は控訴人のした本件(二)処分は違法であるとしてその取消を求めるものである。よつて以下これについて判断する。

[3](一) およそ本邦(以下わが国または日本ともいう)に在留する外国人の地位は、日本国民が本邦において生来固有する法的地位と全く同一のものでありえないことは勿論である。自国内に外国人を受け入れるか否かは基本的にはその国の自由であり、国は自国および自国民の利益をまもるため、これに支障があると思料する外国人の受入れを拒否しうべく、そのための基準を定めることもまた自由である。今日国際社会において国際協調、文化交流、平和共存の傾向が強まり、外国人受入れの規制は逐次緩和されているとはいえ、その基本は変ることはなくわが国についても同様である。すなわち本邦に入国、上陸、在留しようとする外国人は権利として右のごとき入国等を要求しうるものではなく、国はその自ら定める基準である出入国管理令所定の各規定に照らし当該外国人の資格審査をし、その結果に基づき特定の資格により一定の期間を限つて(外交関係及び永住許可の場合を除く)、入国、上陸、在留を許可するのである。もつとも、いつたん適法に在留を許可された外国人は、その在留期間内は令24条に定める退去強制事由に該当しない限り、その活動は原則として自由であり、人権、人種、信条、性別によつて差別されることはなく、思想、信教、表現の自由等基本的人権の享受においても、おおむね日本国民に準じて劣るところはない。さらに仮りにその言動がわが国、その友好国ないし当該外国人の母国の政策を批判し、その動向に影響を及ぼす等いわゆる政治的活動であつても、それが本来外国人としての礼譲にかなうかどうかの批判はありえても、それ自体が退去強制事由に該当しない以上、その在留期間中は、法律上とくだんの不利益を受けることはないのである。しかしひとたびこの外国人に在留期間の更新を許すべきかどうかとなれば、問題はおのずから別である。すなわち、適法に在留する外国人はその定められた在留期間内に在留目的を達成して自ら国外に退去するのがたてまえであり、国は自ら在留を許した外国人には、その在留期間内に限つて活動を保証すれば足りるのである。たまたま在留外国人が期間内にその目的を達成しがたい等によつて在留期間の延長の必要が生じたときは、当該外国人は令21条によつて期間の更新を受けることができるとしているが、その更新の申請に対しては、法務大臣は更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができるのであつて、その相当の理由の有無については法務大臣の自由な裁量による判断に任されているものというべく、このことは外国人の受入れが基本的には、受入国の自由であることに由来する。法務大臣は許否の決定に当つては申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留期間中の行状、国内の政治、経済、労働、治安などの諸事情及び当面の国際情勢、外交関係、国際礼譲など一切の事情をしんしやくし、窮極には高度の政治的配慮のもとにこれを行なうべきこととなる。したがつて法務大臣が在留期間更新の申請を拒否するには令5条1項11号ないし14号の上陸拒否事由、あるいは令24条の退去強制事由に準ずる事由がなければならないと論ずることは妥当ではない。
[4] しかしこの法務大臣の処分といえども、それが処分の理由とされた事実に誤認があり、または事実に対する評価が何人の目からみても妥当でないことが明らかである等裁量権の範囲を逸脱し権利の濫用である場合にはその処分は違法となること一般の行政処分と異なるものではなく、ただ事実上法務大臣の判断が第一次的に高度に尊重されなければならないというだけである。そして在留期間の更新申請を違法に却下された外国人は、当該処分の名宛人であり、法律上保護される利益を害された者としてその取消を裁判所に求めうべきものと解するのが相当である。

[5](二) そこで本件の場合について按ずるに、この点について控訴人が本件(一)処分をし、次いで本件(二)処分をし、結局被控訴人の在留期間更新の申請について、被控訴人の申請事由はともかく、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるものとせず、これを許可しなかつたのは、被控訴人の在留期間中の無届転職と、いわゆる政治的活動の故であることは、控訴人の自ら主張するところである。しかしその無届転職すなわち被控訴人がベルリツツからエレツクに勤務を変更したことのみをもつて右不許可の理由としたものとすればその間の事情に即していささか問題であろう(その消息については原判決23枚目表10行目から25枚目裏3行目まで)。しかし本件処分理由はこれのみでないこと前記のとおりであるから、ここで右転職のみを理由としてその適否を決することは相当でない。よつてさらに控訴人のいういわゆる政治活動の点について検討する。
[6] まず、控訴人が本件訴訟においてはじめて右のごとき処分理由を追加して主張することの差支えないことの判断および被控訴人がしたいわゆる政治的活動の目的、態容についての当裁判所の認定は、原判決のそれと同一であるから、原判決28枚目表3行目から29枚目裏5行目までを引用する。
[7] 右に引用した原判決判示の認定事実によれば、被控訴人は外国人ベ平連(昭和44年6月在日外国人数人によつてアメリカのベトナム戦争介入反対、日米安保条約によるアメリカの極東政策への加担反対、在日外国人の政治活動を抑圧する出入国管理法案反対の3つの目的のために結成された団体であるが、いわゆるベ平連からは独立しており、また、会員制度をとつていない)に所属し、昭和44年6月から12月までの間、9回にわたりその定例集会に参加し、7月10日左派華僑青年等が同月2日より13日まで国鉄新宿駅西口付近において行なつた出入国管理法案粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、9月6日と10月4日ベ平連定例集会に参加し、同月15、16日ベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議に赴き、12月7日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、翌45年2月15日朝霞市における反戦放送集会に参加し、3月1日同市の米軍基地キヤンプドレイク付近における反戦示威行進に参加し、同月15日ベ平連とともに同市における「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、5月15日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のため赴き、同月16日、5・16ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加してカンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、6月14日代々木公園で行なわれた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し、7月4日清水谷公園で行なわれた東京動員委員会主催の米日人民連帯、米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同月7日には羽田空港においてロジヤース国務長官来日反対運動を行なうなどの政治的活動を行なつたものである。
[8] 右のごとき一連の政治活動も、これが在留米国人によつてその在留期間内になされたのであれば、さきにみたように外国人にも許される表現の自由の範囲内にあるものとして格別不利益を強制されるものではなく、また、それ自体で退去強制事由を構成するものとするのも困難であろう。しかし外国人の在留期間がその所定期間の経過によりもはや本邦に在留しえなくなるにさいしなされる在留期間更新の申請に対し、法務大臣が更新を認めるに足りる相当の理由があると判断すべきか否かの問題となれば、その評価はおのずから異なるべきことは、前記のとおりである。従つて、右のごとき被控訴人の一連の行動に対し法務大臣がこれを前記のような高度の政治的配慮のものに判断をするに当り、これを消極的資料としてとりあげたとしても、やむをえないものといわなければならないのであつて、たんに在留期間中は適法になしえたというだけで、右のごとき法務大臣の評価を非難することはできない。
[9] とくに憲法上外国人は参政権を認められず、わが国の政治、外交など日本国民が自主的に主権の行使として決定すべき事項に関し、純粋な学問上の見地からする批評や在留外国人が国際的礼譲の立場から許容される論評行為であればともかく、その域を越えて、これに干渉的言動を弄するがごときは、なんぴとの目にも本来望ましい事柄と見えるものとは必らずしもいいえないであろう。被控訴人の右の行動のうち、昭和44年7月10日と12月7日の行動はわが国の出入国管理政策に対する非難行動であり、その他のものはアメリカの極東政策―ベトナム戦争反対、カンボジア侵入反対―ひいて日米安保条約に対する抗議行動であつて、その主張の趣旨の是非は別として、わが国の外交政策を非難し、また、わが国と友好関係にあるアメリカ合衆国が国策としているところを非難するものであり、日米間の国際友好関係に影響なしとしえないものに属する。
[10] これらの行動が被控訴人によつて現実に行なわれた以上、既述のごとき高度の政治的判断のもとに出入国管理行政を行なうべきものとされている法務大臣が、これをもつて日本国及び国民のために望ましいものとせず、その在留期間更新の許否を決するにつき消極の事情と判断したとしても、それはその時点におけるその権限の行使として、まかされた裁量の範囲におけるものというべく、これをもつて違法とすることはできないといわなければならない。これら個々の行動が、具体的にわが国の国益をそこなうような実害を発生せしめるものではないとか、また、そのようなおそれがないからといつてすでに法務大臣がその高度の政治的判断によりわが国及び国民の利益に適しないとする以上、それがなんぴとの目からも妥当としえないことが明白であるとすべき事情のない本件では、右裁量を非難するのは相当でない。
[11] その他に本件(二)処分が違法であることについてはこれを認めるに足る資料はない。 [12] しからば、控訴人のした本件(二)処分が違法であることを前提としてその取消を求める被控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないものというべく、これと異なる原判決はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法95条、89条を適用して主文のとおり判決する。

  (裁判官 浅沼武 加藤宏 園部逸夫)

[1] 本件は、「法務大臣が特に在留を認める者」(出入国管理令4条1項16号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令1項3号)として在留期間1年の制限で上陸許可を受けたロナルド・アラン・マクリーン(アメリカ国籍)が、法務大臣のなした昭和45年9月5日付期間更新不許可処分の取消しを求めた訴訟であり、原審は、法務大臣のなした右不許可処分を自由裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとして、これを取消すべき旨の判決を言渡した。

[2] しかし、右判決には法令の解釈を誤つた違法がある。
[3] 元来、外国人は、日本国民と同様に本邦に上陸し、滞在する権利を当然に有するものではない。外国人に対し上陸を許可し、一定の期間在留を許可するかどうかは、法令によつて適当に定めうる事項であり、在留期間の更新についても、まつたく同様である。
[4] 出入国管理令21条1、2項によれば、本邦に在留する外国人は、法務大臣に申請して在留期間の更新を受けることができるが、当然に更新を受ける権利を有するものではなく、同条3項は、「法務大臣は、当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足る相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」ものと規定し、更新の許否の判断について、法務大臣に広範な自由裁量権を与えている。
[5] しかるに、原判決は、在留期間の更新の許否が法務大臣の自由裁量に属する事項であることを肯定しながら、他方において、被控訴人の転職及び政治活動を理由としてなされた更新不許可の処分を違法とし、殊に後者の点については、出入国管理令5条1項11号ないし14号所定の上陸拒否事由に準ずる事由がない限り更新を許可しなければならないと判断している。
[6] しかし、在留期間の更新を認めるかどうかの判断に際し、法務大臣に要求されている法令上の要件は、前述したように、これを認めるに足りる「相当の理由」の存否であつて、この判断は、違法性の判断と異なり、法務大臣に広範な自由裁量権が留保されていることは、明白である。しかるに、原判決は、この自由裁量権に上陸拒否事由に準ずる事由がないかぎり更新を許可すべしという法文に存在しない枠をはめ込むものであつて、同令21条3項の解釈に誤りを犯したものといわなければならない。
[1] 被控訴人は、アメリカ合衆国に国籍を有する外国人で昭和42年6月7日駐韓国日本大使館より48ケ月有効の数次観光査証を与えられ、以後次に記載のとおり、いずれも出入国管理令(以下、令という。)4条1項4号該当者(観光客)としての在留資格により本邦に出入国していたものである。
(イ) 昭和42年8月1日小倉港より入国、同年9月1日小倉港より出国、
(ロ) 同43年1月6日下関港より入国、同年1月23日下関港より出国、
(ハ) 同43年8月28日神戸港より入国、同年8月30日神戸港より出国、
(ニ) 同44年1月15日下関港より入国し、同年3月18日在留期間更新許可(下関第252号)を受け、同日下関港より出国した。
[2] 被控訴人は、右(ニ)記載の入国後間もなく、昭和44年1月末頃東京都千代田区有楽町1丁目所在の株式会社ベルリツツスクール(以下「ベルリツツ社」という。)に英語教師として雇用されることとなり、同年3月18日の出国に至るまでの約1ケ月半にわたりベルリツツ社の教育方法について給与を受けて種々の訓練を受けていた。
[3] しかし、当時被控訴人が有していた在留資格は令4条1項4号該当(観光客)であつたので、引続き本邦に在留する限り、在留資格の変更は法律上不可能であつたため、一旦出国し改めてベルリツツ社の社員としての在留資格を得るべく、ベルリツツ社より雇用証明書、保証書及び被控訴人の本邦入国に関するベルリツツ社の上申書を得て昭和44年3月18日下関港より出国したものである。
[4] 昭和44年3月20日、被控訴人は駐韓国日本大使館に対し日本への入国(査証)申請を行ない、ベルリツツ社よりの前記各書類を提出して本邦へ入国後はベルリツツ社に就職して在留活動に従事するための入国査証を交付されたい旨申し出た。
[5] その申請に対し、駐韓国日本大使館は外務大臣に経何し、外務大臣は法務大臣と協議の結果、昭和44年4月21日被控訴人の申請を認める特定査証を交付した。
[6] 被控訴人に交付された特定査証は、被控訴人が本邦に上陸許可される際には、被控訴人の申請どおりベルリツツ社の社員としての活動を認めるため、令4条1項16号「特定の在留資格及び在留期間を定める省令1項3号に該当する者としての在留資格」(以下「在留資格4−1−16−3」という。)を与うるものであつて、その在留資格により許される活動はベルリツツ社社員としての活動のみであり、またその在留期間は1年と定められていた。
[7] 被控訴人は、昭和44年5月10日下関港入国審査官より上陸を許可され、前記特定査証に基づき在留資格4−1−16−3、在留期間1年を付与され、ベルリツツ社に就職した。
[8] 被控訴人は、昭和45年5月1日東京入国管理事務所に出頭して、法務大臣に対し、英会話教授と伝統的な日本の音楽勉強のためとして令21条2項に基づく在留期間の更新を申請した。
[9] 右申請につき東京入国管理事務所において調査したところ、被控訴人は昭和44年5月10日ベルリツツ社に就職するために入国を許可された者であるにもかかわらず、入国後僅か17日間在職したのみでベルリツツ社を退職し、同月28日頃からは、東京都千代田区神保町3ノ8所在の財団法人英語教育協議会(以下、「エレツク」という。)に英語教師として勤務しているのみならず、被控訴人がいわゆる外国人べ平連に所属し、安保粉砕統一集会をはじめ政治活動を目的とする集会及び集団示威運動に参加している事実が判明した。
[10] 控訴人は、被控訴人がその申請にかかる在留資格で認められた活動以外の活動に従事しているのみならず、右のような政治活動等に参加していることに徴し、審査の結果、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」(令21条3項)が認められないとしたが、特に被控訴人の出国準備に要する期間を考慮して、昭和45年7月29日「出国準備期間として」120日に限り在留期間の更新を許可することとし、東京入国管理事務所にその旨を通知した。
[11] 同所入国審査官は、同年8月10日同所に出頭した被控訴人に対し、その所持する旅券に在留資格4−1−16−3在留期間120日の許可証印をなし、同時に右許可は「出国準備期間」としてなされたことを口頭で通知し、旅券にも前記証印の下に「出国準備期間として」と記載した。
[12] しかるに被控訴人は、同年8月27日法務大臣に対しさらに琵琶と琴を習うため及び前記エレツクで英語を教えるためとして在留期間の更新を申請した。
[13] しかし、本件在留期間更新申請についても前記6記載の事情は依然として存続しており、また出国のための準備期間はすでに前回の手続において許可されており、さらに在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないので、同年9月5日これを不許可としたものである。
一 在留期間更新許可制度の趣旨及び性格
[1] およそ外国人は、他国に入国し滞在する権利を何ら有するものではないというのが、国際慣習法上確立した原則である。たとえば、1965年施行のドイツ連邦共和国(西ドイツ)外国人法は、外国人の基本権尊重を明定し(6条1項)、亡命者庇護制度を整備する(第4章)など、諸外国の外国人関係立法中もつとも充実したもののひとつであるが、同法も外国人の入国・滞在に関する右の原則に基づいて制定されている(W. Kanein, Das Ausländergesetz, 1966, §2, A.1, S.40)。すなわち、同法によれば、外国人が同法施行区域内に入国し滞在しようとするときは、外国人行政庁の滞在許可を受けなければならない。そして、滞在を許可するか否か、許可するにしてもこれを場所的に制限したり、或いは又、期限付、条件付又は一種の負担付で許可することが認められており、これらは完全な自由裁量とされているのである(2条、7条参照)。しかも、この自由裁量は、滞在延長許否の場合を含めて極めて広く認められ、その広範さは帰化の許否についての裁量とまつたく同等のものであるとされている(G. Weissmann, Ausländergesetz, 1966, §2, Anm.7b, S.47, Anm.10a, S.54)そして、この場合の自由裁量に対する制限は、外国人の滞在がドイツ連邦共和国の利益を何らかの意味で害する場合には、滞在許可を絶対に与えてはならないという、いわば消極的な方向においてのみ存在するにすぎない。フランスにおいても、外国人はフランスに上陸し、滞在する権利を当然に有するものとはされていない。「外国人のフランスにおける入国及び在留の条件を定め、国家入国管理事務所を創設する1945年11月2日条令45−2、658号」5条によれば、外国人にすべて、フランスに入国するに際し、国際条約及び現行規定により要求される文書及び査証を具備することを要し、また有給の職業に従事するためにフランスに来る場合には右の文書のみならず、同条令7条に基づき労働関係大臣により規定どおり署名された労働契約書又は労働関係大臣より本人に交付された許可書を呈示しなければならない。そして、被控訴人のような臨時労働者は、一時在留外国人として一時在留カードを所持することを要し(同条令10条)このカードの有効期間は1年であるから、その期間を更新するか、又は一般在留者(フランスにおいて住居を設けようとする外国人)若しくは特恵在留者のカードの交付を受けるのでなければ、フランスを離国しなければならない(同条令11条)。同様に、スイスにおいても、外国人はスイスに上陸し、滞在する権利を当然には有していない。スイスに滞在しようとする外国人は、滞在許可を必要とし(外国人の滞在及び定住に関する連邦法律1条)、滞在を許可するか否かは、各州がその自由裁量において決定するものとされ(同法律18条2項)、しかもこの許可は有限で、最初は原則として1年間を超えてはならないし、またこれに条件を付することができる(同法律5条1項)。オランダ、スエーデン、イギリス、アメリカなどの諸外国も、外国人の出入国及び在留の許否は、もつぱら当該国家の自由裁量により決しうるものとしており、特別の条約等がない限り各国は外国人の入国及び在留を許可すべき義務を負わないのである。
[2] わが出入国管理令も、この国際慣習法上一致した見解に基づき、かつ憲法の定める国際協調主義に従つて、在留外国人管理の具体的方針を定めたものであり、令21条3項が在留期間更新の許否を法務大臣の自由裁量によることとしているのは、この国際慣習法上当然の事理を定めたにすぎない。
[3] このように、外国人は自己の在留を他の国家に対して要求する権利を有するものではないから、令21条が、外国人は在留期間の更新を申請することができる旨規定していても、それは外国人に在留期間の更新を権利として保障することを意味するものではなく、単に期間更新についての申請権を付与したにすぎないものと解すべきである。そして、右更新申請の許否は、法務大臣の極めて広範な自由裁量により決定されるのであつて、右裁量にあたり考慮の対象となる事項については何らの制限も存しない。もつとも、令21条3項は、「当該外国人が提出した文書により」在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、法務大臣は更新を許可すべき旨規定しているが、この規定は、更新の許否の判断事項を右文書に限定する趣旨でないことはいうまでもない。法務大臣は、右文書に記載された事項について裏付調査をすることができることはもちろん、更新の許否を判断する時点において判明した一切の事項をしんしやくし、その自由なる裁量により更新の許否を決するのであつて、しかも、在留期間の更新の許可は、いわば恩恵の付与であり、当該外国人は単に更新申請が許可されることがありうるという事実上の期待をもつにすぎないのである(大阪高等裁判所第2刑事部昭和43年4月9日判決、昭和42年(う)第727号事件参照)。
[4] ただ、入管行政のように、申請者側から提出される資料を基礎に行なわれる行政においては、その提出書類の信憑性に依存する割合が極めて大きいことは、事実である。けだし、入管当局が現実に調査しうる能力には限界があるのみならず、数十万人にのぼる在留外国人のすべてについて、その毎日の在留活動を入管当局が追跡し点検すべきものでないからである。
[5] それ故、基本的には、法令の建前どおり、申請者の申立及び提出資料を信頼して処分が行なわれることとなる。
[6] このことは、他面入国査証の付与ないし上陸許可等のごとき出入国管理上の処分が、およそ当該処分時には確定的には知りえない申請者の将来にわたる在留活動の許否にかかわるものであること、このような処分の性質上、申請者の申立及びその提出資料等処分時に判明している事実により当該申請人の将来にわたる在留活動を合理的に予測しこれに基づいて処分を行なうほかないものであることに徴して、まことにやむをえないところである。
[7] このように、出入国管理行政は、その処分の性質、人権尊重の要請及び現実的制約等種々の理由から、行政庁と申請者との信頼関係に依存する部分が大きいのであつて、外国人との信頼関係を基礎にして行政が行なわれている面を見逃してはならないのである。
[8] したがつて、外国人の申請時の申立や提出資料に基づき決定された在留資格とその現実の在留活動が相違する場合には、それが入国後の事情変更等悪意による場合でなくても資格外活動として退去強制事由(令24条4号イ)に該当し、罰条(令70条4号、73条)に触れるほか、在留期間更新の許否に当たつても、その言行不一致は、否定的要素と評価されるのである。すなわち、このような申立や提出資料と現実の在留活動の不一致を黙認し、そのまま在留期間の更新を許可するならば、結局、申請者の申立聴取や資料提出は、それ自体全く無意味となり、外国人の在留活動の合理的予測はおろか出入国管理行政の基本的秩序が破壊されるに至るのである。
[9] 提出資料と現実の在留活動の不一致は、このように出入国管理当局と外国人との間の信頼関係を破壊し行政の基本的秩序を乱すものであるから、在留期間更新許否の裁量に当たつて否定的要素となるのは極めて当然のことである。
[10] 在留期間更新許可は、令21条3項の規定から明らかなように、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、法務大臣においてこれを許可することができるのであり、かかる理由が存しないときは、むしろ許可してはならないものというべきである。この点は、前述した西ドイツの場合と同様、法務大臣の自由裁量に対する、いわゆる消極的な方向における制限であるということができる。
[11] したがつて、原審において被控訴人が主張したごとく、不許可処分は期間更新を拒否すべき特段の事情がない限り行なうべきではないとか、退去強制事由、或は、それに準ずる事由が存在しない限り、原則として期間更新は許可すべきであるというような見解は在留期間更新許可制度の本質を誤解したものと評するほかはないのである。
[12] たしかに、資格外活動乃至退去強制事由等積極的欠格事由は存しないが、さりとて特段の「更新を適当と認めるに足りる相当の理由」も存しないという場合も実際上ありうるであろう。
[13] しかし、この場合においても、それは結局、「更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない」ということにほかならず、法務大臣は在留期間の更新を許可してはならない。
[14] 在留期間更新許否に当たつては、すでに述べたとおり、考慮の対象とされるべき事項について特段の制限は存しないのであるが、期間更新は、資格変更(令20条)と異なり、端的に言つて在留活動の延長の許否を決するものであるから、その中心的要素は在留目的の継続性、一貫性である。
[15] したがつて、期間更新においては、申請者の当初の入国目的が一貫して追求されているか否かが中心的要素として評価され、その一貫性が認められず当初の目的を変更している場合には、期間更新許可によることはできず、かりに新らたな目的のため在留しようとするときには、資格変更手続によるか、又は、一旦出国し、改めて適正査証を取得したうえ入国するのが、現行法令上の建前である。
[16] 在留期間更新不許可処分は、申請者に重ねて新たな利益を付与することはしないとするに止まる処分であつて、積極的、剥奪的に外国人の既得の法益を否定するものではない。
[17] すなわち、かりに不許可とされても、すでに与えられている在留資格、在留期間に影響を及ぼすことはないのであるから、期間内に出国すれば、何ら退去強制事由(24条4号ロ)にも、罰条(令70条5号)にも該当せず、また、改めて入国手続を行なうに当つて何ら法定の拒否事由(令5条)に該当するものでもないのである。この意味において、期間更新不許可処分は、いわゆる不利益処分ではない。

二 査証発給と上陸許可の経緯
1 事前審査制度
[18] 査証に関する事務は、外務大臣の権限に属するが(外務省設置法4条1項20号)、在留資格4−1−16−3は、もつぱら法務大臣の裁量により与えられるものであるため、在留資格4−1−16−3を与えることとなる外国人から入国(査証)申請があつたときは、在外公館は、あらかじめその発給の可否について、法務大臣と協議することとなつている。
[19] また、上陸港において、令及び出入国管理令施行規則(以下、「規則」という。)の定める立証を申請者に規定どおり求めることは種々の困難をともなうのが実情であるので、出入国事務の合理化と外国人の便宜のため、当該外国人が在外日本公館で入国(査証)申請を行なう際に、右申請に併せてあらかじめ令及び規則で定められている立証を行なわせることとし、そのために、令及び規則が要求する各種資料の提出、呈示を求めている。そして、法務大臣に対する協議の過程において必要な場合には、申立の真否を確認するために裏付調査を行なうこともある。このような手続を経て発給された入国査証にはいわゆるクリアランス番号が付され、かかる査証を所持して上陸申請を行なつた外国人に対しては、在留資格上の立証はすでに行なわれているため、慣行上、上陸港においての審査に当たり令及び規則が定める立証資料の提出は求めていない。
[20] 被控訴人の場合についていえば、在韓国日本大使館は、被控訴人の申請にかかる在留資格が4−1−16−3であり、本邦で特定の事業主に雇用される者であることから、査証申請に必要な諸資料のほか、規則4条ノ2第3号に定める「特定事業主による原告の本邦における生活費、雇用が常勤であること、及び帰国旅費等についての書面による保証」の提出を求めて、申請にかかる在留資格が虚偽のものでないことをあらかじめ立証させ、法務大臣との協議を経て被控訴人に査証を発給したのである。
[21] かかる経緯から被控訴人が所持する査証には、いわゆるクリアランス番号(B69−1693)が付され、上6陸港においては、被控訴人が駐韓国日本大使館で申請したのと同一の目的で上陸しようとするものであることを確認し、在留資格4−1−16−3を付与し、上陸を許可したものである。
2 査証上の表示
[22] 被控訴人が所持する査証上の入国目的は、for employment と記載されているが、これは「雇用されるため」ということであつて、被控訴人の場合、ベルリツツ社の社員として雇用されることを指している。およそ、雇用されるという以上、雇用主が特定していなければならないことは、いうまでもないところであつて、現に被控訴人が記入した査証申請書の入国目的欄には「To take employment with Berlitz schools, Tokyo」(「東京のベルリツツ・スクールに就職のため」)、申請者が所属する企業名欄には「Berlitz Schools of Languages of East Asia Inc. Yuraku-cho Bldg. 7th floor No.5. 1-chome Yuraku-cho Chiyoda-ku Tokyo Japan」(「ベルリツツ・スクールズ・オブ・ランゲージ・オブ・イースト・アジア社、日本国東京都千代田区有楽町1丁目5番地、有楽町ビル7階」)と記載されているのである。これによつても明らかであるように、被控訴人自身、旅券に発給された査証がベルリツツ社に雇用される目的に限り有効であることは、充分に了知しているものである。ちなみに、査証上その有効性については、次のように記載されている。
[23]「Good for single journey to Japan for employment Within six months of date hereof if passport remains Valid」(「旅券が有効である限り、6ケ月以内に雇用されるため日本に渡航する場合、1回限り有効」)また、被控訴人とは異なり、大学以上の機関で教育に従事する在留資格4−1−7を与えられる者の査証における目的の記載は「for teaching」(「教育のため」)とされるのであるから、これと対比しても、被控訴人の査証上の記載 for employmentが「雇用されるため」であることは、明らかである。
[24] さらに、さきにも述べたとおり、在留資格4−1−16−3に該当し、特定の事業主に雇用される者は、「申請にかかる在留資格」が虚偽のものでないことを立証するに当たり、当該特定の事業主による雇用が常勤であること等の書面による保証が必要とされていること(規則4条ノ2、3号)よりしても、被控訴人の査証上 for employment と記載されている入国目的の意味は、ベルリツツ社に雇用されることである。もとより、同社社員としての被控訴人の職務は英語教師であるが、在留資格上の観点から被控訴人に許される在留活動はあくまでもベルリツツ社の社員としての活動であつて、同社との雇用関係外における英語教師活動までも含むものではない。
3 上陸審査と在留資格
[25] 本邦に上陸しようとする外国人は、上陸港において上陸申請をなし、かつ上陸のための条件に適合していることをみずから立証しなければならない(令7条2項)。そして、その場合の在留資格についていえば、「申請にかかる在留資格が虚偽のものでなく、かつ、第4条第1項各号(在留資格)の一に該当すること」(令7条1項2号)を立証しなければならない。立証すべき具体的内容は規則4条ノ2に定められているが、被控訴人の場合、ベルリツツ社の社員として活動するための在留資格を申請し、「申請にかかる在留資格が虚偽のものでないこと」の立証として、被控訴人は在留資格4−1−16−3に該当し、特定の事業主に雇用される者であるから、規則4条ノ2第3号に定めるとおり、在留中の生活費、雇用が常勤であることと、及び帰国旅費について保証のあることを特定事業主であるベルリツツ社の書面により立証しなければならないのである。この立証をしなければ上陸条件には適合し得ず、上陸は許可されないのである。
[26] このようにして、特定の事業主に雇用されるため入国し、在留資格4−1−16−3を与えられる者の在留活動は、申請にかかる在留資格及びそれが虚偽でないことの立証の結果、特定の事業主に常勤で雇用されて活動することであることに明確に特定され、そのようなものとして特定の在留資格4−1−16−3が付与されるのである(特定の在留資格及びその在留期間を定める省令)。このことは申請者自身において当初より熟知の事柄である。

三 被控訴人の転職及び政治活動について
[27] 前記査証発給の経緯及び上陸許可の経緯に徴し、被控訴人の申請にかかる在留資格、したがつてその付与された在留資格がベルリツツ社の社員としての活動に限定されていることは明らかである。したがつて、被控訴人が入国後17日にしてベルリツツ社を退職し、以後在留期間1年のほとんどすべてともいえる11ケ月余にわたりエレツクに勤務して在留活動をしたことは、法務大臣が特に在留を認めることとした事由以外の活動のために在留期間のすべてを費やしたものというべきである。のみならず、被控訴人は本邦在留中に原判決の認定するようにわが入管行政に批判的な言動を弄し、かつ、日米安保条約反対を目的とする集会に参加するなどの政治活動をしており、これが期間更新の判断に当つて否定的要素をなしたことはいうまでもないところである。
[28] 原判決は、被控訴人がベトナム反戦とともに日米安全保障条約反対を目的とする集会及びデモに参加したことについて、正当にも「日本国の安全保障の方策はもつぱら日本国民が選択決定すべき政治問題であつて外国人の干渉すべき事柄でなく、日本国憲法がこのような問題についての在留外国人の集会や集団示威運動等の自由を日本国民に対すると同等に保障しているものとみることはできない。」、「このような集会に参加したこと自体思慮を欠くものがあつた」と判示している。しかしながら、他方被控訴人が「日本の政治問題は日本国民みずからが決定すべきであるという考えを持つており」「原告が前記の集会に参加した意図はもつぱらベトナム反戦を訴える点にあつたこと」を理由として、結局、被控訴人のこれらの活動は不許可理由とならないと判示している。しかし、集会やデモへの参加等の政治活動は主としてその外形的影響いかんにより客観的に評価すべきであつて、その活動を行なつた者が内心に有していた「考え」・「意図」あるいは「目的」等という主観面を重視するのは不当である。原判決が被控訴人の政治活動は「日本国民および日本国の利益を害するおそれがあるとはとうてい考えられない」と判示しているのは理解しがたいところである。
[29] 法務大臣は、本件在留期間の更新申請の許否を決するに際し、右のような転職の事情及び政治活動を期間更新についての否定的要素とし、その広範な自由裁量権に基づき「更新を適当と認めるに足りる相当の理由」がないと判断したのであるが、特に被控訴人の過去1年にわたる在留中に生じた生活関係について考慮を払い、昭和45年8月10日被控訴人に対し出国準備のために要する期間として120日間の在留期間更新を許可したのである。しかるに、被控訴人は、右出国準備期間に出国せず、引続きエレツクにおける勤務のため、及び入国、上陸の各手続においては全く申し立てられていなかつた琵琶及び琴の習得のため、重ねて在留期間の更新を申請したものである。
[30] 以上の経緯から、法務大臣としては、前記事情が持続しており、かつ被控訴人の事実上の生活関係の整理についての配慮もすでに前回の更新許可により十分に払つたにもかかわらず、被控訴人が出国しなかつた経緯を総合して、「更新を適当と認めるに足りる相当の理由」がないと判断し、昭和45年9月5日本件不許可処分をしたのである。

四 結論
[31] 以上のしだいで、法務大臣がなした本件不許可処分は理由があり、適法であるから原判決を取消し被控訴人の本訴請求を失当として棄却するのが正当であると信ずる。
一 入管業務における法務大臣の自由裁量権について
[1](1) 外国人の出入国および在留の許否に関し、国家が広範な自由裁量権を有することは、確立した国際慣行であつて、各国の法制に照らしても疑いのないところである(控訴人準備書面(一)二項、同(二)第二参照)。わが国の出入国管理令(以下単に令という。)においても在留期間の更新については法務大臣に大巾な裁量権が認められているのであつて、そのことは、原判決もその判断の前提として、これを肯定しているのである(原判決理由二1)。
[2](2) しかるに、原判決が、令21条3項に基づく本件在留期間更新不許可の処分にあたり、法務大臣が「原告(被控訴人)の行なつた本件転職およびいわゆる政治活動の実体がなんら在留期間の更新を拒否すべき事由に当らないのに、著しくこの点の評価を誤つたもので、日本国憲法の国際協調主義および基本的人権保障の理念にかんがみ、令21条により被告(控訴人)に与えられた裁量の範囲を逸脱する違法な処分である。」としていることは、憲法の適用の場を誤るものであるのみならず、前記法務大臣の自由裁量の本質を誤解し、前掲の前提とも矛盾するものと評さなければならない。
[3](3) 原審が「在留期間の更新を拒否すべき事由」として、具体的にいかなる内容の事柄を想定しているかは必ずしも明らかではないが(原判決理由9丁目裏の記載によれば、令5条1項11ないし14号に準ずる事由を想定しているようである。)、それはさておき、既に控訴人において主張したとおり(準備書面(二)第二、一、2および3)、在留期間の更新は、法務大臣が「適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限り、これを許可することができる」(令21条3項)のであつて、当然に期間が更新され、法務大臣が何らかの事由がある場合にその更新を拒否するという建て前にはなつていない。
[4](4) 在留期間の更新に関する令の右建て前は、同令の全体の構成からも、また、出入国管理行政の責任が最終的に法務大臣に帰属しているという行政の建て前からも容易に理解しうるところである。すなわち、同令は、4条1項において外国人のうち一定の在留資格を有する者にのみ本邦への上陸を許可するものとし、同条2項において、その在留期間は前項1、2、14号の場合を除き、3年をこえない範囲内で法務省令で定めるものとしている。元来、外国人の出入国の管理は、治安の維持、労働市場の安定等、国益の保持のために行なわれるものであるが、同令は、このような出入国管理の目的に鑑み、外国人の入国資格および在留期間に右のような枠をはめているのであつて、この建て前からみても、在留期間が当然更新され、特別の事情のある場合にのみ法務大臣が更新を拒否しうるというような解釈の成立する余地はないのである。また、この管理行政が法務大臣の所管事項とされている(法務省設置法2条1項7号)ことは、外国人の出入国管理行政における前記のような国益保護については、法務大臣が最終的責任を負うことを意味し、法律に定められた枠の範囲内では、その国益保護の判断、すなわち、外国人の在留許否に関する裁量は、自己の責任においてこれをしなければならず、したがつて、またもつぱら自己の判断でこれをなしうるものと解されるのである。ことに、このような判断には、国内はもとより、国際的な広範囲な情報を必要とし、かつ、高度に政治的な判断が要求されることもありうるのであるから、その点に必ずしも通じていないものが独自の判断を強制することは、法務大臣に自己の判断に基づかない責任を負わせることになり、行政の建て前にも反するものである。在留期間の更新に関する法務大臣の自由裁量権の本質もまたここに存するのであつて、被控訴人(原告)の行動が、日本国民の政治的選択に不当な影響力を行使し、あるいは、国の政策遂行に支障を与えるようなものがあつたとは認められないなどとすることは、法務大臣に裁量権を与えた前記の趣旨に反し、司法審査の限界をこえるものである。

二 憲法の理念と出入国管理
[5](1) 憲法の保障する自由権に関する規定は、在留を前提として、国内の外国人にも適用する余地はあるが憲法は外国人の入国および在留を何ら保障するものではない。
[6] この理は外国人の入国に関して憲法22条が適用にならないとした最高裁昭和29年(あ)第3594号、昭和32年6月19日大法廷判決(刑集11巻6号1663頁)の趣旨に照らして明らかである(その批評、覚道豊治、民商38巻6号145頁、伊藤正己・日本国憲法大系7巻231頁等参照)。もし、これが保障されているとするならば、外国人の入国資格に関する令の規定の存在自体が違憲となるであろう。その基本的人権保障の理念も、特別在留許可(令50条)の如く、例外的な問題としてはこれを考慮する余地があるが、令自体の解釈適用にあたり、在留することを基本的人権に擬して論ずることは的をえない議論である。
[7](2) 憲法の掲げる国際協調主義も、また、これを無制約に拡張すべきものではない。国際交流を盛んにし、国際間の友好を深め、相互の文化の向上発展に資すべきことは、わが憲法の理念に止まらず、今日の国際社会の理想であるが、このことから、直ちに外国人の在留期間の更新をゆるやかにすべきであるとの結論を導くのは早計である。今日、国際間、とりわけ文化的、または地理的親密度の高い諸国間において、文化交流を目的とする条約が締結され、この目的のためにする外国人の出入国について便宜を与えていることは顕著な事実であるが(たとえば、わが国と西欧諸国間の査証相互免除協定)、これらは各条約に明記せられた交流の目的を基盤とし、あるいは両国間の地理的あるいは歴史的親密性を基盤とするものであつて、現実の出入国管理行政を世界国家の理想をもつて律しようとするものではないのである。現にこうした条約の締結にもかかわらず、各国とも外国人の在留期間を制限していることに変りはなく、(たとえば前記協定によれば、相手国により多少の差異はあるが、相互の国民は生業に従事しないことを要し、在留期間は90日から180日に限られている。)ことに永住許可については、極めて厳しい態度で臨んでいるのが現実である(控訴人準備書面(二)第二、一、1参照)。これは、外国人の長期滞在が国内の人口問題、労働市場、治安風紀問題等に影響するところ大であり、これを許すには厳格な審査を要するからである。すなわち、交流を容易にするには審査を簡易化する反面、在留期間を限定して、万一の悪影響を排除するよりほかはない。わが国においても、それらを考慮し、令41条14号の永住のための入国許可は容易に付与しえない取り扱いとされている。また、外国人である以上は、それぞれの人種、風俗、政治意識等の相違から治安風俗問題等に及ぼす影響の無視しえないものがあり、そのような観点から好ましくないと思料される外国人が在留期間更新の名目のもとに、あたかも永住者の如く長期滞在することは出入国管理行政のうえから許容さるべきものとはいえない。このように、在留期間の更新を当然視することは、一方における永住許可あるいは帰化に対する制限とは均衡からいつても許されないものであり、そのような見解は、憲法の定める国際協調主義とは縁なきものといわなければならない。

三 アメリカ合衆国(以下米国という。)と日本における入管行政の比較
[8](1) 以上は、外国人の在留期間とその更新に関する制度の基本的構造を述べたものであるが、本件の具体的判断にあたつては、米国の日本人を含む外国人に対する入管行政の実際をも無視することはできない。
[9](2) 一般に、外国人の権利保護に関しては、国際間に相互主義の原則が支配しており、令5条2項が上陸拒否に関して相互主義を謳つているのもその一つの顕れである。今日、国情を異にする日米両国間において、両国人の相互入国に関し、厳密な相互主義を主張することは問題であろうが、その実務の運用方法には共通のものがあり、また、米国人の在留期間の更新に関し、米国の取り扱いにも増して、わが国が特に寛容な態度をとるべき合理的な理由を見出しえない。
[10](3) 米国における外国人の入国制限が他国に比して厳格であり、短期入国者に対してさえ厳格な許可要件の充足を要求していることは、既に公知の事実である(ウオルター・ゲルホン・基本的人権〔昭和34年有斐閣〕第8章第2節「合衆国への入国の自由」205頁参照)。
[11](4) すなわち、外国人が労働に従事するために米国に入国するには、
(イ) 合衆国との通商航海条約によつて(a)主として合衆国とその相手国間の実質的貿易に従事し、(b)又は相当の資本金を投資している企業或は投資しつつある企業の運営を専ら進捗させ且つ指導するため、合衆国へ入国する資格のあるその国の外国人及び随伴又は呼寄せの配偶者及び子供(移民および国籍法101条a(15)(E))
(ロ) 外国に住所を有していて、それを放棄する意思がなく、(a)顕著な功績及び才能を必要とする例外的性質の一時的業務を遂行するために一時合衆国へ来る外国人、又は(b)その他の臨時的業務又は労働を遂行するために一時合衆国へ来る外国人であつて、そのような業務又は労働を遂行することができる失業者が一時合衆国では見出されない場合、又は(c)工場訓練者として一時合衆国へ来る外国人(同条項(H))
のいずれかの要件を充足しなければならないが、前者すなわち(E)項のビザは通称「条約商人」といわれる企業の主要なポストを占める者にしか付与されることはなく、一般人については、後者すなわち(H)項のビザが付与されるに過ぎない。しかし、後者の場合も、右にみるとおり、原則として米国内の労働者をもつて代え難い場合に限られるのであつて、その申請にあたつては、雇傭主において、雇傭期間を含む労働条件を詳細に明示することを要求され(その場合の在留期間は、たとえば、H-2【臨時労働者】ビザ入国する場合は原則として、雇傭期間と同一、但し、1年間が最高、入国時から3年を越えない範囲内で期間更新可能。連邦規則法典214・2h(3))、虚偽の申告には罰則が用意されている。すなわち、この場合の入国許可は、ここに明示された雇用契約のために与えられるのであつて、それ以外の労働は許されていないのである。したがつて、この雇傭契約の終了は、即ち在留資格の喪失を意味する。
[12] また、在留期間の決定、更新については係り官に強い裁量権が与えられており、これを争うことはほとんど不可能に近い。
[13] わが国においては、目下のところ、米国におけるような移民に対する警戒心はなく、米国人による労働市場への影響も未だ一般的とはいえないけれども、人口問題、治安風紀問題等の観点から外国人の入国が重大な関心事であることに変りはなく、英語教師とても、この観点からわが国への影響は無視しえない。
[14](5) そもそも、令4条1項は、外国人がわが国に入国しようとする場合の在留資格を詳細に定めているのであつて、わが国に入国しようとする外国人は、本来、右各号に定める在留資格を取得して入国するのが原則なのである。もし、雇傭されることが目的であるならば、その内容、条件等を明示して許可を受くべきは当然であり、単に、一般に労働に従事すること、あるいは漠然と英語教師になることを目的としては入国を許可される筋ではない。令4条1項16号は、1ないし15号の在留資格の厳格性を緩和する必要の存する場合があるのに備えて法務大臣の裁量により、それ以外にも在留資格を与える道を開いているが(「特定の在留資格及びその在留期間を定める省令」1項3号)これとしてもその趣旨に変りはなく、不特定の機関で英語教師をやりたいというような漠然とした目的では到底入国も許可されないし、法務大臣も在留資格を与えることはできない。本件においては、在留期間中の資格外活動が当面の問題ではないが、このような建て前からすれば、本件のような転職が期間更新にあたり消極的資料とされることは至極当然であつて、一度雇傭されることを目的として入国を許された以上、いつまでも更新を重ねわが国に留まりうるとする考え方はとりえないものである。

四 結論
[15] 一において述べたとおり、在留期間の更新は、法律の建て前上、更新を適当とする事由が存するときにのみ認めうるものでありり、当然に更新されるべきものではない。その認定判断は、入管行政の責任者である法務大臣に委ねられており、その判断の当否については、他の国家機関が介入すべきではなく、司法権によつてもこれは尊重さるべきである。本件において、被控訴人の入国直後の転職および政治活動が在留期間の更新にあたり消極的理由とされたことは、前述の事情をも考え合わせれば、誠に相当であつて、これを不当とする理由は存しない。
[1] 被控訴人は、昭和49年10月17日付準備書面第二・一・(一)において、控訴人が諸外国の法制を曲解しているとし、その例として、同48年9月17日付控訴人準備書面第二・一・1において、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)外国人法第2条第1項(後段)は、「国益を害する場合には滞在許可を絶対に与えてはならないとするのである」としているのは誤りであつて、同条項は「……滞在許可は付与されねばならない」ことを規定しているものである旨主張される。そして、その根拠として、当審証人宮崎繁樹の編著にかかる「亡命と入管法」253頁の記載を引用される。右引用にかかる記載部分において同条項が「付与されねばならない」と邦訳されているのは事実であるが、右の邦訳は同条項の原文におけるdarf(原型 dürfen)の誤解に基づく明白な誤訳であつた、正しくは、「付与することが許される」すなわち「付与することができる」と邦訳すべきものである。そもそもドイツ文法上 dürfen という話法の助動詞が nicht, Kein 等の否定語を伴うことなく動詞の不定法と関係させられる場合には、(1)許可・許容・権利等(「………してさしつかえない」)を示すか、もしくは(2)「………すべき理由がある」ことを示すか、稀に(3)可能・蓋然性を示す場合があるけれども、右の引用部分のように他者からの命令ないし義務づけ(「しなければならない」)を示すために用いられることはないのである(桜井和市著・改訂ドイツ広文典289頁、山口一雄著・改訂新版ドイツ文章論145頁参照)。また、ドイツ法一般における法文上の用語例としても、 dürfen が nicht を伴わずに用いられたときは、ある行為が法律上許容されること(rechtliche Zulässigkeit des Tuns)を意味するに限られる(三潴信三著・独逸法律類語異同弁160頁参照)。
[2] のみならず、前記控訴人準備書面においても引用した G. Weissmann著の西ドイツ外国人法コンメンタールは、その40頁から42頁にかけて右条項について注釈しているのであるから、前記「亡命と入管法」の引用部分が誤訳を犯しており、控訴人の主張が正しいことには疑念の余地がない。

[3] なお、控訴人準備書面(三)一(3)に援用した判決(御庁昭和48年(行コ)第10号同49年3月27日判決)は、昭和49年11月14日上告棄却によつて確定した。

一、同第一項(在留期間更新制度の趣旨及び性格)について
[1](一) 控訴人は、西ドイツ、フランス、スイスなどの制度を云々するが(同項1)、右のいずれの制度も、外国人は当然には入国及び在留を認められず、入国及び在留には、一定の手続及び要件のもとに行なわれる許可等を必要とし、許否は一定のわく内で当該国家機関の自由裁量によるとしているのみであり、当該国家機関が裁量権を濫用し、裁量の範囲を逸脱した場合に処分が違法とされることはいずれの国においても当然のこととされている。
[2] よつて「外国人は他国に入国し滞在する権利を何ら有しない」との命題は、右に述べたように「当然には有しない」というのみであり、各国とも国内法において外国人の入国及び滞在の許否の要件を定めており、国家機関の処分の違法性、適法性はいずれも司法審査の対象とされているのである。したがつて右意味において外国人は当該国家に対して入国あるいは滞在の権利を有するのである。
[3] なお控訴人は諸外国の法制を曲解しており、たとえば控訴人が引用する西ドイツの「外国人法」は、西ドイツに入国しまたは滞在しようとする外国人は原則として滞在許可を受けなければならないが、外国人の居住が「ドイツ連邦共和国の利益を害さない場合」には、滞在許可は付与されねばならないと明記しており(2条1項)(宮崎繁樹編著「亡命と入管法」1253頁)、同条は国益を害する場合には滞在許可を絶対に与えてはならないとする消極的方法での自由裁量の制限にすぎないという控訴人の主張は誤りである。
[4](二) 控訴人は、わが国の出入国管理令21条3項に定める在留期間更新についても、更新の許可は恩恵の付与であり、外国人に更新の権利はないと主張する(同項2)。
[5] しかし、右処分について法務大臣に裁量権があるとしてもこの裁量権も憲法その他の法令、在留期間更新制度の意義、在留期間更新の実態、申請者の在留目的・在留状況・在留の必要性等個別事情に照らして一定の制限があることは当然であり、裁量の範囲を逸脱した場合には許否の処分は違法無効となるのであるから、その意味において、外国人には在留更新許可を受ける権利があるもので、これは単なる事実上の期待権ではない。
[6] また控訴人は、申請にあたつて提出された資料と現実の在留活動に一致がある場合には、出入国管理行政の基本的秩序が破壊されるに至るからこのような言行不一致は在留期間更新の許否について否定的要素となると主張する。しかし、右のような不一致が否定的要素になることがあるとしても、控訴人の言うように出入国管理行政の基本秩序を破壊するような重大な事由である場合にはじめて更新不許可の要素となるというべきである。本件転職は原判決認定のとおりやむを得ない正当な事由にもとづくものである。被控訴人の英語教師としての在留状況に基本的な変動はなく、また被控訴人は更新申請に際して転職先を明らかにし、転職先であるエレツクの保証書を提出しているので、控訴人との間の信頼関係が破壊されたものとは言えないし、ましてこれによつて出入国管理行政の基本秩序が破壊されたとはとうてい言えない。なお外国人は入国に際して、勤務先を無断で変更した場合には在留更新を認めないとか、勤務先を変更した場合には直ちに届け出るようにとの注意は全く与えられていないし、入管法制上勤務先変更制度は定められていない。よつて本件のような場合にいきなり勤務先変更を理由とし更新を不許可にした控訴人こそ外国人の信頼を自ら破壊するものである(黒田衛の証言によると控訴人は被控訴人が勤務先を変更した直後にその事実を知つたというのであるから信頼関係を重視するのであれば右時点で警告等何らかの措置をすべきであつた)。

二、同第2項(査証発給と上陸許可の経緯)について
[7] 本件査証が、ベルリツツ社に雇用される目的に限り有効であること及び被控訴人が査証の効力を右のように了知していたとの控訴人の主張は否認する。出入国管理令上の在留資格と査証申請に際して提出される事業主の「雇用証明書」等との関係については昭和46年3月16日付被控訴人(原告)準備書面の第一の第一項乃至第三項記載のとおりであり、被控訴人の在留資格及び在留目的はベルリツツ社の社員として雇用されることに限定されたものとはいえない。
一、同第一項(入管業務における法務大臣の自由裁量権について)について
[8] 控訴人は、在留期間更新は、法務大臣が「適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限りこれを許可することができる。」(令21条3項)とされているように、法務大臣に自由裁量権があるから、原審判決のように裁判所が、被控訴人の行動が日本国民の政治的選択に不当な影響力を行使し、あるいは国の政策遂行に支障を与えるようなものがあつたとは認められないなどとすることは、法務大臣の裁量権を侵害し、司法審査の限界を越えるものであると主張する。しかし、行政庁の自由裁量事項とされる行政処分であつても、それが裁量の範囲を逸脱し、濫用にわたるときは違法となり、裁判所の審査の対象となることは、確定した判例である。また憲法81条は行政庁の一切の処分につき裁判所に司法審査権を付与しているものである、
[9] 控訴人の主張は、裁判所の行政庁の処分に対する司法審査権を否認するもので、憲法81条の趣旨に照らしてとうてい取りえない暴論である。
[10] 控訴人は昭和48年7月26日付控訴人準備書面第二項においても主張するように、出入国管理令に定める上陸拒否事由に準ずる事由がない限り政治活動を理由として在留期間更新を拒否してはならないとすることは、前記令21条3項の解釈を誤り、法務大臣の自由裁量権を侵害すると主張するもののようである。しかし、外国人に対して思想表現の自由、集会示威運動の自由等広義の意味での政治活動の自由(市民としての自由権)が保障されるべきことは、日本国憲法の定める国際協調主義(前文)基本的人権保障主義(第3章)や、「世界人権宣言」「ヨーロツパ人権条約」「市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際連合)」などの国際的規約、あるいは諸外国における外国人の市民的・政治的権利保障の実情などに照らして当然のことであるから、外国人が政治的活動を行なつたことを理由として不利益処分を課することは憲法の定める国際協調主義の原則、基本的人権の保障条項(16条、19条、21条など)に違反し、違法となる。したがつて、政治活動を理由として在留期間更新を不許可にすることは原則としてできないと言わねばならず、原審判決が不許可にできる場合を出入国管理令の定める上陸拒否事由に準ずる事由のある場合に限局したことは当然であり、むしろ原判決の定める基準は、前記憲法の趣旨に照らし広すぎるくらいである。

二、同第二項(憲法の理念と出入国管理)について
[11] 控訴人引用の最高裁昭和32年6月19日判決(刑集11巻6号1663頁)は、密入国した外国人に対する外国人登録令違反事件であり、憲法22条は外国人に対し入国の権利を認めたものでないから同令は違憲でないとしたものにすぎず(但し、少数意見は憲法22条は外国人にも入国の自由を保障するものとした)、在日外国人の在留の権利を否定したものではない。

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