• 非平衡物理学

     学部で勉強する熱力学や統計力学は主に物質の平衡状態を扱います。 ところが、自然の中の物質は時間的に変化したり、空間的に非一様で流れが生じたりと、平衡状態ではなく非平衡状態であることがほとんどです。 これら物質の非平衡状態を扱うのが非平衡物理学であり、その対象は広範で、当研究室の大きなテーマになります。
     非平衡物理学の対象は多岐にわたりますが、当研究室では特に古典的な粒子系を扱います。 例えば、泡、エマルジョン、粉体など、個々の粒子がエネルギーを保存しない「散逸粒子系」のモデルについて詳しく調べており、理論と数値計算の両面から研究に取り組んでいます。 散逸粒子系は巨視的な粒子の集まりなので、温度の影響を受けず、粘性力や摩擦力によってエネルギーを散逸するという特徴があります。 従って、外力が無ければ静止状態に陥りますが、外力を加え続けると、外部からのエネルギー注入と内部のエネルギー散逸がバランスした非平衡定常状態に陥ります。 また、密度に応じて気相、液相、固相に区別され、特に液相からアモルファス固体への変化はジャミング転移と呼ばれ、重要な研究テーマの一つです。 その他、散逸粒子系の輸送現象やメソスケールの物理といったテーマもあり、最近は個々の粒子がエネルギーを生成するアクティブマターなど、新しい研究テーマにも挑戦しています。

  • ジャミング転移

     空間に占める粒子の割合(充填率)を大きくすると、散逸粒子系はあるとき固まった状態になります。 この固まった状態への変化はジャミング転移と呼ばれ、粒子の配位数や系の剛性によって特徴づけられます。 ジャミング転移は散逸粒子系が液相から固相に変化する相転移の一種と考えられますが、興味深いことに、ジャミング転移点の近傍では様々な物理量が臨界的に振る舞うことが知られています。 また、ジャミング転移した散逸粒子系は粒子配置がランダムなアモルファス状態であり、結晶とは異なる特異な固有振動を見ることもできます。
     当研究室では、散逸粒子系のジャミング転移と「レオロジー」の関係に注目し、様々な性質をもつ粒子の線型弾性、線型粘弾性、さらに塑性の解明に取り組んでいます。 ここで重要なのは、系全体の微小変形に対する剛性率や動的剛性率は、変形前の固有振動数と固有モードで完全に記述されることです。 分子動力学法でランダムな粒子配置を生成し、固有振動数などを数値計算で求めれば、粒子の性質に応じた(動的)剛性率の違いや、ジャミング転移の影響などを、固有振動の観点から理解することができます。 また、比較的大きな変形による力のネットワーク組み換えを遷移率で定量化し、散逸粒子系の塑性を確率論的な手法で理解する試みも行っています。

    (研究成果: 31 » 26 » 16 »

  • 散逸粒子系の輸送現象

     散逸粒子系を外力や境界条件によって変形し続けると、様々な物理量がそれ以上変化しない(平均値の周りで揺らぐ)定常状態に達します。 これは外力によるエネルギー注入と、粒子に働く粘性力や摩擦力によるエネルギー散逸がバランスした非平衡定常状態であり、レオロジーの観点から、応力やマクロな摩擦係数(せん断応力と圧力の比)の平均的な振る舞いなどが詳しく調べられてきました。 また、非平衡定常状態におけるジャミング転移の役割も重要で、ジャミング転移点近傍での粘性発散や降伏応力の発生は臨界スケーリングで説明することができます。
     当研究室では、散逸粒子系の非平衡定常状態における「輸送現象」に注目し、主にせん断変形による粘性率や粒子の拡散係数、粒子構造の変化について研究を行っています。 ここで重要なのは、ジャミング転移に伴って輸送係数が劇的に変化する際、粒子の協同運動が顕著に現れることです。 例えば、ジャミング転移点近傍での拡散係数の充填率依存性とせん断率依存性は臨界スケーリングで説明できますが、その背後には、粒子間の強い空間相関とジャミング転移の関係が潜んでいます。 また、粗視化した粒子速度の空間構造を乱流解析で使われる様々な相関関数で定量化し、流体力学モードを用いた理論解析によって数値計算の結果を説明することもできます。 さらに、応力降下の統計則など、物理量の揺らぎに注目した研究にも取り組んでいます。

    (研究成果: 36 » 32 » 24 » 22 » 20 »

  • メソスケールの物理

     メソスケールとは、ミクロとマクロの両極限に挟まれた中間的な長さスケールを表します。 時間スケールについても同様に考えることができて、フーリエ変換すれば、有限の波数領域と振動数領域がメソスケールに対応します。 ミクロとマクロのどちらの極限も取れないため、メソスケールは物理で扱いにくい反面、複雑で豊かな物理現象を見ることができます。 例えば、粘性率や剛性率が波数や振動数に依存する場合、応力の構成則は空間的にも時間的にも非局所的となり、系の空間相関や記憶効果を表すようになります。
     当研究室では、散逸粒子系のメソスケールにおける物理現象に注目し、非局所的レオロジーや音波物性の解明に取り組んでいます。 まず、非局所的レオロジーの枠組みでは、応力は空間内のいかなる点の変形に対しても応答するよう再定義され、粘性率あるいは剛性率は異なる点を繋ぐ伝搬関数(グリーン関数)の役割を果たします。 散逸粒子系で空間的な非局所性が顕著に現れるのは、例えばシェアバンドを伴う非一様な流れです。 シェアバンドを挟んで、ジャミング転移した領域とそうでない領域が共存すると、局所的な構成則で流れのプロファイルを説明することはできず、伝搬関数の導入が必要になります。 また、散逸粒子系の音波物性は有限の波数(振動数)領域で特異的であることが多く、粒子間の粘性力や摩擦力の影響などについて詳しく調べています。

    (研究成果: 34 » 28 » 25 »

  • 粉体ガスの運動論

     粒子の充填率がジャミング転移点より遥かに低いとき、散逸粒子系は気体状態とみなせます。 例えば、粉体の気体状態(粉体ガス)については、非弾性衝突を加味したボルツマン方程式による運動論が確立しており、粘性率、熱伝導率、およびエネルギー散逸率など、輸送係数はすべて微視的な表式で与えられます。 これにより、個々の粉体を粗視化した粉体ガスの流体力学的記述も可能になります。
     当研究室では、散逸粒子系の気体状態における「様々な流れ」に注目し、分子動力学法による流体力学的記述の検証や、流れの線型安定性解析に取り組んでいます。 また、流れの中立安定点の近傍で弱非線型解析を行い、不安定化する流れの分岐構造の解明にも取り組んでいます。 ここで重要なのは、散逸粒子系の流れの多くが負の圧縮率によって不安定化することです。 これにより、粒子の充填率や跳ね返り係数など、様々なパラメータに対して安定領域と不安定領域を予測することができます。 さらに、粘着性のある粉体の引力効果を加味した新しい運動論や、応力の構成則に拡散界面モデルを用いた流体力学的記述など、従来の粉体ガスの運動論を拡張する試みも行っています。

    (研究成果: 18 » 12 » 11 » 7 »

  • 非弾性相互作用の起源

     散逸粒子系のマクロな物性は粒子間に働くミクロな力の性質に大きく左右されます。 例えば、粒子間の摩擦力や引力などは、系の力学応答、レオロジー、音波物性、および流れの様相を劇的に変化させます。 通常の分子動力学法では、粒子間の力を簡単なモデルで置き換えますが、粒子間の力そのものを精密に調べるには、個々の散逸粒子を原子レベルで再現する必要があります。
     当研究室では、粒子間の力を原子レベルで精密に調べるため、ナノクラスターに注目した研究に取り組んでいます。 まず、分子動力学法で表面を水素コーティングしたシリコンナノクラスターを再現し、これらを様々な角度で衝突させて跳ね返り係数を測定します。 その結果、ナノクラスター同士の引力効果により、ある衝突角度では跳ね返り係数が負になることを発見しました。 さらに、分子動力学法では経験的な多体ポテンシャルを採用しているため、ナノクラスター以外にも、グラフェンの運動やナノ粒子スパッタリングに関する研究成果もあります。

    (研究成果: 10 » 9 » 8 »