研究内容

概要

タンパク質への糖鎖の付加は,主要な翻訳後修飾反応の一つであり,付加された糖鎖は細胞間の接着や認識などに重要な働きをします.糖鎖の構造は,糖とタンパク質の結合様式によっていくつかのタイプに分類されますが,私たちははN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)やマンノース(Man)とGalNAc-Tの触媒作用タンパク質中のセリン,トレオニン残基のヒドロキシル基との間に形成されるO−グリコシド型結合(GalNAcα1→Ser/Thr, Manα1→Ser/Thr)に注目して,それらの主に脳における機能を解析しています.GalNAcα1→Ser/Thrの構造を有する糖鎖は,消化器官,呼吸器官等の上皮細胞が分泌する粘性タンパク質であるムチンに多く見られることから,ムチン型糖鎖とも呼ばれます.この構造の糖鎖はムチン分子のみならず,他の多くの細胞表面や分泌糖タンパク質中にも存在して,粘膜の保護だけでなく,リンパ球と血管内皮細胞の相互作用,微生物や毒素の認識などの生物現象に関与することが知られています.一方,ほ乳類におけるManα1→Ser/Thrの構造を有するO-Man型糖鎖は,筋肉や神経系などの限定されたタンパク質にのみ存在していて,その合成異常は筋ジストロフィーなどの疾病と関係しています.

複雑な細胞間ネットワークを形成する神経系の細胞では,複合糖質の糖鎖が重要な役割を果たしていて,プロテオグリカンやN−グリコシド型糖鎖(GlcNAcβ1→Asn)が,シナプスの形態変化や神経回路の形成に関わるなどの報告がなされてきました.しかし,O-グリコシド型糖鎖の神経系におけるはたらきについては,ほとんど解析されていません.このような背景を踏まえて,私たちの研究室では, O-グリコシド型糖鎖,およびそれに関連した分子の脳における機能解析を研究の目的として,次のような研究を行っています.

■神経特異的なムチン型糖鎖の合成反応と,糖鎖の機能解析

Knockdown of GalNAc-T

ムチン型糖鎖の生合成の開始反応は,UDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase (以後GalNAc-T と略する) が触媒します.この酵素はタンパク質中のムチン型糖鎖の数と位置を決定する重要な酵素です.近年私たちは,神経特異的に発現するGalNAc-T9,およびGalNAc-Tと高い相同性を持つ分子をクローニングしました.後者の分子は精神遅滞を伴う遺伝病であるWilliams-Beuren症候群(WBS)の欠失領域(WBS critical region)に含まれるWBSCR17遺伝子としても知られています.GalNAc-T9,WBSCR17ともin vitroの酵素活性,およびその分子の機能は全く理解されていません.私たちは脳におけるムチン型糖鎖の働きを調べるために,これらの分子の生化学的な特徴,さらに脳の発生・分化における役割を,培養細胞やゼブラフィッシュを用いて解析してきました.これまで,ゼブラフィッシュを用いた実験系では,脳特異的なGalNAc-T9, GalNAc-T13,およびWBSCR17に対するアンチセンスモルホリノオリゴを用いて,それぞれの分子の発現を抑制し,発生に与える影響を調べ,WBSCR17の発現抑制胚で最も顕著に後脳領域において発生異常が起こることを報告してきました.

■α-dystroglycanのムチン型,およびO−Man型糖鎖に関する研究

Dystroglycanopathy

α-dystroglycan(以降αDG)は,O-Man型糖鎖とムチン型糖鎖を持っています.ある種の先天性筋ジストロフィーでは筋肉の症状とともに,特徴的に知的発達遅滞やてんかんなど中枢神経症状を呈しますが,その原因としてαDGのO-Man型糖鎖に合成不全が起こり,αDGのリガンドへの結合能が低下することが考えられています.今日ではαDGの糖鎖修飾異常により引き起こされる疾患はα-dystroglycanopathyと呼ばれていますが,その一方でαDGのムチン型糖鎖の機能についてはほとんど調べられていません.本研究では,ゼブラフィッシュを用いてαDGの翻訳後修飾,特にムチン型糖鎖の修飾とαDGの機能の関係を明らかにすることを目的としています.