研究目的(当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義)

3.当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

本研究の意義は次の3 点と考えている。

① 一次史料に基づいた初めての本格的なオランダ東インド会社の会計史的研究であること。これまで,わが国においても株式会社の発生のメカニズムに焦点を当てた研究は数多く存在し,中でも大塚久雄『株式会社発生史論』が大きな影響力をもってきたことは良く知られている。大塚は膨大な二次資料を渉猟し,近代経済の発展と株式会社の発生の意義について論じた。その中で大塚は,同社の会計システムを「終わりにいたるまで秘密の中に閉込められ,乱脈を極めたオランダ東インド会社の簿記」と酷評した。同社の衰退の要因もここに求めたのである。しかしながらこの説明では,同社が繁栄と会計システムの関係や,それが重大な欠点を有しながら200 年間にもわたって存続しえた原因はなんら説明できない。それは,同書が会計史料を直接的な題材としたものではないからである。会計帳簿は,企業分析のもっとも重要かつ基礎的資料である。これを分析しうるのは経済史よりも会計史を専攻するものが適しており,ここに同社を会計史的に研究する意義が存在するのである。もちろんこれまでにも会計史の側からの研究は行われてきた。例えば,茂木虎雄『近代会計成立史論』では,当座性企業より永続的企業[継続的]企業へと展開する過程として連合東インド会社明確に捉え,その会計システムにも言及しているが,二次史料を基にしての検討であった。一次史料に基づく会計史からのアプローチが求められている。


② オランダ東インド会社全体の会計システムの解明が期待できること。オランダ東インド会社の会計帳簿については,アジアにおける資料は現存するものの,オランダ本国アムステルダム本店の資料はあらかた散逸してしまっているといわれている。このことは,オランダ東インド会社の本社機能と会計システムの関係を解明する上で長年の大きな障害となってきた。しかしながら,比較的近年の,J. P. de Korte(1984)において,同社の会計史料が断片的にではあるが存在することが証明され,研究の可能性が広まってきている。また,長崎商館など支店の帳簿については,平戸支店のものの一部が行武和博によって翻訳され,また同氏によって研究がすめられているが(たとえば,行武和博(1992)),あくまでも貿易史の観点からであり,会計システム全体を検討したものではないことなどから,本研究が会計研究に貢献できる余地は大いにあると考える。


③ 株式会社の現代的意義を会計学の側から解明できる可能性がある株式会社制度が成立して400 年以上になるが,カネボウやオリンパスの例を見るまでもなく,いまだ株式会社を取り巻く会計不正問題は後を絶たない。このことはわが国にとどまらず,世界各国でも共通の問題となっている。この根幹には,株式会社制度がもつ根本的欠陥が存在するように思われる。すなわち内部統制と外部報告会計の不完全な結合である。この問題を解決するためには,株式会社の嚆矢たるオランダ東インド会社の成立過程と同社の会計システムについて検討を加えることが不可欠である。統制型・非民主的株式会社といわれた同
社は果してその本社においてどのような会計システムを構築し,またどのように運用されていたのかを知ることが,株式会社の本質を知る上で必要だからである。会計研究者にしかできないオリジナリティのある研究になるものと考えている。