北海タイムス事件
抗告審決定

法廷等の秩序維持に関する法律による制裁事件の決定に対する抗告事件
札幌高等裁判所 昭和28年(秩ほ)第1号
昭和29年2月15日 第3部 決定

■ 主 文
■ 理 由


 本件抗告を棄却する。


[1] 本件抗告申立の理由は、原決定は事実に誤認があり、延いて法律の適用を誤つたものである。即ち、原決定は抗告人は人定質問のため被告人Aが証言台に立つや、右壇上に至る階段を駈け上らんとして裁判長から「写真は駄目です」と制止されたのにこれに従わず、壇上に上り被告人に向つて写真機を構え同人の写真一枚を撮影したものであると認定しているが、抗告人は壇上に至る階段を駈け上つたのではなく、足音を殺して静かに上つたものであり、またフラツシユの閃光により瞬間的に「写真は駄目だ」と制止されたが既に撮影を終つていたのであつて、制止後に撮影したのではない。
[2] 被告人は原裁判所の小田井書記官を通じ「審理の始まる前にとるように」といわれていたので、その指示通り人定質問の始まる直前に撮影したものであるから、右の行為は「裁判所が執つた措置に従わ」なかつたものということはできないし、また使用したフラツシユは閃光電球であつて、その光線音響はなんら裁判に支障を与えておらず、況や抗告人は暴言、喧そう、その他不穏当な言動等によつて裁判所の威信を著しく害したのでもない。そもそも法廷等の秩序維持に関する法律制定の趣旨たるや、法廷の秩序を紊乱する行為を防止せんとするのにあるのであつて、社会の公器たる新聞の報道の自由まで制限せんとするものではない。もし原裁判所の執つたごとき措置が許されんか、ついには新聞の報道の自由は著しく害される虞があり、原決定は違法である、というのである。

[3] よつて按ずるに、原決定に対しては法廷等の秩序維持に関する法律第5条第1項に定められているとおりその裁判が法令に違反することを理由としてのみ抗告を申立てることができるのであるから、事実の誤認は適法なる抗告の理由とすることはできない。
[4] よつて抗告人の所論中原決定が事実の認定を誤つているとの主張は判断の限りではない。

[5] 原決定の認定した事実は、抗告人は北海タイムス釧路支社報道部写真班員であり、原決定の判示日時頃原裁判所において開廷された被告人Aに対する強盗殺人事件の取材のため法廷内の新聞記者席に居合せたものであるが、同事件の公判開廷に先ち原裁判所書記官小田井寿之を通じ同日の公判に関する公判廷における写真は審理の都合上裁判官が入廷し公判が開始された以後は許さないから公判開始前に撮影されたいとの写真撮影制限に関する措置を告知され、十分これを了解していたのに拘らず、裁判官が入廷し、右被告事件の公判が開始せられ人定質問のため被告人が証言台に立つや勝手に記者席を離れて法廷内の一段高い裁判官席の設けられてある壇上に上るべく写真機を携帯して傍聴席から向つて右側の右壇上に至る階段を駈け上らんとし、裁判長から、「写真は駄目です」と制止されたのにこれに従わずそのまま右壇上に上り同所において被告人に向つて写真機を構え同人の写真1枚を撮影したものであるというのであつて、抗告人の所為は原裁判所が法廷内における秩序維持のため執つた措置に従わなかつたことに外ならず、法廷等の秩序維持に関する法律第2条に該当し、同条所定の制裁を免れない。
[6] 抗告人は,原裁判所の措置は新聞紙の報道の自由を制限する違法のものであると主張する。いわゆる報道の自由とは憲法第21条に規定されている表現の自由の一種に外ならないが、本件における写真の撮影は取材行為というべく、報道のための準備的行為であつて、報道行為そのものではない。また写真を撮影しなければ裁判の報道ができないわけではないから写真の撮影を制限或は禁止することは憲法の規定に違反するものとはいえない。そうして刑事訴訟規則第215条には公判廷における写真の撮影は裁判所の許可を得なければこれをすることができない旨の規定があるのであるから、原裁判所の執つた措置はなんら違法のものではなく、論旨は理由がない。

[7] よつて本件抗告を棄却すべきものとし、法廷等の秩序維持に関する規則第18条第1項に則り主文のとおり決定する。

  裁判長判事 熊谷直之助  判事 成智寿朗  判事 笠井寅雄

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