一斉交通検問事件
第一審判決

道路交通法違反被告事件
宮崎地方裁判所 昭和52年(わ)261号
昭和53年3月17日 刑事部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 被告人を罰金2万円に処する。
 右罰金を完納することができないときは、金1,000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。

 被告人は、酒気を帯び、呼気1リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、昭和52年7月8日午前3時25分ころ、宮崎市太田1丁目橘橋南詰付近道路上において、普通貨物自動車を運転したものである。
罰  条  判示所為道路交通法119条1項7号の2、65条1項、同法施行令44条の3
刑種の選択 罰金刑を選択
労役場留置 刑法18条
訴訟費用  刑事訴訟法181条1項本文
[1] 被告人は、道路交通法(以下道交法という。)の酒気帯び運転の禁止・処罰の規定は、運転者に不当な制限、拘束を加えるものであつて、憲法14条、31条、18条、34条等に違反する旨主張する。
[2] そこで、この点について検討するに、酒類の摂取は、未成年は別として、その自体、法的には禁止されていないが、その摂取が、中枢神経に麻痺作用を及ぼし、その分量に応じて判断力行動抑制能力の低下を招き、危険な事態に対する対処措置を不安定にさせることは、公知の事実であり、また道徳的抑制も減退するため、信号無視、速度超過などの危険操縦を惹起する虞れなしとしないところであつて、自動車のように瞬時に情況の的確な認識とそれに対応した判断と操作、更には交通法規に則つた運行が要求される高速度交通機関の運転にとつては、右のような作用を有する酒類の摂取は、個人差やそのときの心身の状態によつてその作用の程度に差異があるとしても、その一般的危険性は否定できず、本来危険な行為でありながら、社会的な必要性ないし有用性から相応な危険回避措置を施すことを前提に社会的に許容される自動車運転に従事する者が、右のような酒類摂取による危険性を回避すべきことは当然で、酒気帯び運転を一般的に禁止した道交法65条1項には、合理性があり、また酒気帯び運転禁止違反の加罰の範囲を血液1ミリリツトルにつき0.5ミリグラム又は呼気1リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で自転車などの軽車両を除く車両等を運転した場合に限つた道交法119条1項7号の2、同法施行令44条の3もその規定分量以上の酒類を摂取して規定車両を運行した場合の一般的な社会的危険性からみて格別不合理な点はなく、右の酒気帯び運転禁止規定(道交法65条1項)ならびにその処罰規定(同法119条7号の2、同法施行令44条の3)が運転者に不当な制限や拘束・苦役を加えるものということはできず、被告人の主張する憲法各条に違反するとは認められない。

[3] 被告人および弁護人は、本件自動車検問は、何らの法的根拠もなくなされた違法なもので、本件証拠のうち、右の検問が端緒となつて収集された証拠は、証拠能力がない旨主張する。

[4] 一概に自動車検問といつても、主に交通取締を目的とする交通検問、一般犯罪の予防検挙を主な目的とする警戒検問、特定犯罪の犯人検挙等を目的とする緊急配備検問など種々の態様のものがあり、また検問の具体的方法によつても法的問題に相異があるので、まず、本件自動車検問がどのような実態のものであつたかその事実関係を検討する。

[5] この点について、証拠によれば、次のような事実が認められる。
[6](一) 外勤係の鹿島、原口両巡査は、昭和52年7月7日それぞれ当番勤務を終え、午後10時から翌朝午前7時までの拠点勤務につき、新町警察官派出所で豊丸巡査部長と合流し、同月8日午前2時30分ごろ、鹿島、原口両巡査が警邏に出て中村警察官派出所に赴き、同派出所内外を巡回した後午前2時45分ごろから問題の橘橋南詰で警邏の一環として飲酒運転など交通関係違反の取締を主な目的とする交通検問に従事した。
[7](二) 検問場所を橘橋南詰に決めたのは、時期的に飲酒運転が多く、飲食店の多い宮崎北警察署管内から鹿島、原口両巡査が所属している宮崎南警察署管内に帰る者が通常橘橋を通るところから、同所が検問に適していると判断したことによるもので、原口、鹿島両巡査は、橘橋南詰の道路端に立つて赤色燈を回しながら北方から橘橋を渡つて来る車両すべてに停止を求める方法で検問を実施した。
[8] 当時、同一方向に走行して来る車両は、5分に1台位の割合で、検問を終了した同日午前5時15分までに25、6台に停止を求め、その間、酒気帯び運転で5人検挙し、被告人もそのうちの1人であつた。
[9] 被告人車両は、その走行の外見的状況からは格別不審の点はなかつたが、道路端に立つて検問を実施していた鹿島巡査が被告人車両を認めて赤色燈を回わし、停止の合図をすると被告人の方で、車両を道路左端に寄せ、同巡査の前で停止したので同巡査は、被告人車両の前を通つて運転席のところに行き、運転席の窓を開けてもらい、窓越しに被告人に運転免許証の呈示を求めたところ、酒臭がするので、酒気帯び運転の疑いを持ち、降車を求めた。
[10](三) 被告人が、これに応じ格別拒否することもなく、素直に降車したので、それまで同車の後部付近で整備不良の有無の点検していた原口巡査に被告人の酒臭の有無を確認してもらつたところ、酒臭がするというので、被告人に中村警察官派出所までの同行を求めた。被告人はそれを承諾し、原口巡査が被告人の了解を得て被告人車を運転し、鹿島巡査が被告人と一諸に10ないし20メートル離れたところにある同派出所に赴き、同所において飲酒検知したところ、呼気1リツトルにつき、0.25ミリグラム以上のアルコールが検出されたため、被告人にもその旨確認させたうえ、原口巡査において鑑識カードを作成するとともにいわゆる交通切符を作成し、被告人の署名押印欄に署名を求め、被告人もこれに応じて署名押印した。
[11](四) その後、右の交通切符のうち、いわゆる赤切符を被告人に手渡し、車両を置いて後日取りに来るか車中で酔いを醒してから帰宅するよう伝えたところ、被告人は、車両を置いて徒歩で帰宅した。
[12](五) 両巡査の所属する南署では、月2回の例会で全署員に対し、交通検問の方法につき、(1)、歩車道の区別のある道路では、歩道上に立ち、区別のない道路では、道路端に立つて昼間は、手信号で、夜間は赤色燈等を回して停止の合図をし、(2)、通行車両の前にとび出して停止を求めたり、バリケードなど交通妨害になるようなものは使用しないこと、(3)、対象者に対する言葉遺いをていねいにし、必要なこと以外はいわないこと、(4)、停止時間についても最少限度にし、交通妨害にならないようにすること、(5)、停止の合図に応じない車両については、直ちに追跡するようなことをせず、車両の特徴や車両番号を確認して県警本部無線指令室に無線で報告することを指導し、(5)の場合には、検問担当者の報告に基づき、調査しその車両が盗難車などと思われるときには、パトカーで事後追跡することにしていること
が認められる。

[13] 右の事実関係からすると、鹿島、原口両巡査の行つた問題の自動車検問は、主に文通取締の目的で橘橋南詰の道路端に待機し、同所を北方から南方に通行する車両すべてに対し、走行の外観状況等から交通違反を犯している等の不審な点の有無にかかわらず停止を求める形で行われた無差別の交通検問と解されるが、このような無差別の交通検問でも対象車両の走行の外観状況等から交通違反を犯している等の不審な点が客観的に認められる場合には道交法67条1項、警察官職務執行法(以下警職法という。)2条1項等により停止等を求め得ることは明らかで、格別問題はないところである。

[14] ここでの問題は、右認定の被告人車両のように走行の外観状況等からは交通違反を犯している等の不審な点が客観的に認められない車両に停止等を求め得るか否かである。
[15] この点については、道交法に規定する各種の停止権や警職法2条1項の停止、質問権が、問題の交通検問の根拠となり得ないことはいずれも一定の要件のもとに認められていることから明らかであり、これを許容する法律の特別の根拠規定もないところであるが、社会生活において自動車が必要不可欠のものとなり、その普及も目ざましく、道路における危険防止、交通の安全と円滑の確保の重要さが増大している現時の交通状況からすると、交通の安全と交通秩序を維持するために本件のような交通検問の必要性は否定できないところであつて、警察法2条1項が交通取締を警察の責務として掲げ、交通の安全と交通秩序の維持をその職責と規定していることに鑑みると、同条項は、交通取締の一環として当然右のような交通検問の実施を警察官に許容しているものと解されるところである。この点で警察法は組織法であつて同法2条1項は、個々の警察官の権限を規定したものではなく、単に警察の所掌事務の範囲を定めたに過ぎないとする見解もあるが、同条項は、組織体としての警察の所掌事務の範囲を定めるとともに、警察がその所定の責務を遂行すべきことも規定したものであつて警察官にとつて権限行使の一般的な根拠となり得るものと解するを相当とする。ただこの場合、警察官がその職責を遂行するに当つて取り得る警察手段としては、法律の特別の根拠規定を要しない任意手段に限られるべきであつて、個人の意思を制圧して強制的に警察目的を実現する強制手段のように同条項とは別に法律の特別の根拠規定を必要とし、その根拠規定に基く限りにおいてのみ許容するを相当とするものは、権限行使の一般的根拠となり得るにとどまる同条項に基く職責遂行の手段としては是認できないところで問題の交通検問も右のような任意手段による場合に限り法的に許容されるというべきである。
[16] しかも、同条2項が、同条1項に定める警察責務の遂行に当つては憲法の保障する個人の権利および自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない旨定め、警察官の職務執行の一般法的性格を持つ警職法が、その2条1項において一定の要件の下に警察官に停止、質問権を認め、その1条2項において、同法に規定する手段は、同法1条1項所定の警察目的のため必要な最少の限度において用いるべきものと規定している趣旨に照らすと、右のような警察法2条1項に基く任意手段にとどまる場合においても、そのすべてが許容されるものではなく、警察官の権限行使の具体的な必要性と相手方の受ける不利益とを比較考慮しその権限行使が社会通念上是認できる必要最少限度のものに限り許容されるというべきで、走行の外観状況等からは交通違反を犯しているなどの不審の点が客観的に認められない車両に対し停止を求める問題の交通検問にあつては、それが相手方の完全な自由意思に基く任意の協力を求める形で行われ、その方法も強制にわたらないもので、検問を実施するについて相当の必要性があり、相手方に過重な負担をかけない場合に法的に是認されると解すべきである。

[17] これを本件についてみるに,本件自動車検問は、前記認定のとおり、橘橋南詰の道路端から赤色燈を回して合図し、被告人車両に停止を求める方法で行われ、これに応じて被告人が道路左端に停車し、警察官の質問に応じたもので、その間に強制的要素はなく、被告人の完全な自由意思に基く任意の協力を求める形で行われ、検問を実施した理由も時期的に飲酒運転の多い情況を踏えて飲酒運転等の検挙のために行つたもので、検問を行う相当の必要性もあり、また被告人に過重な負担をかけるものでなかつたと認められるところであるから、適法な検問であつたというべきである。

[18] のみならず、本件自動車検問を契機として収集された本件証拠のうち、司法巡査2名共同作成の捜査報告書、飲酒検知管1本および比色表1枚(飲酒検知管入れ(紙箱)に貼付してあるもの)は、第1ないし第2回公判期日において被告人側が証拠にすることに同意ないし異議ない旨陳述し、適法な証拠調を行つたものであり、不同意にした司法巡査作成の鑑識カード(撤回部分を除くことは勿論である)も、被告人の承諾のもとに作成されたもので、本件自動車検問は、そのための端緒となつたに過ぎず、本件審理において、右の鑑識カードの作成の真正についての立証を経て適式な証拠調がなされたものであるから、右の各証拠は、いずれも本件自動車検問が違法か否かにかかわらず証拠能力を有するものというべきであつて、被告人および弁護人の右主張は採用できないところである。

[19] よつて、主文のとおり判決する。

  裁判官 円井義弘

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