大阪市ヘイトスピーチ条例事件
控訴審判決

公金支出無効確認等請求控訴事件
大阪高等裁判所 令和2年(行コ)第18号
令和2年11月26日 第3民事部 判決

口頭弁論終結日 令和2年10月22日

控訴人 (原告) A    ほか6名
上記7名訴訟代理人弁護士   徳永信一 岩原義則 上原千可子

被控訴人(被告) 大阪市長 松井一郎
同訴訟代理人弁護士     夏住要一郎 中村隆次 高坂佳郁子 増田拓也

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,吉村洋文に対し,115万2480円及びこれに対する平成30年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
3 被控訴人は,吉村洋文に対し,1272円及びこれに対する平成30年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
[1] 本件は,大阪市の住民である控訴人らが,大阪市の執行機関である被控訴人に対し,大阪市市民局総務課長が大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(本件条例)で定められた措置等を実施するためにした各支出命令のうち,①大阪市ヘイトスピーチ審査会(審査会)の委員に対する報酬として合計115万2480円を支出すべきものとした部分(本件報酬各支出命令)及び②本件条例に基づく調査等に要する郵便料金として合計1272円を支出すべきものとした部分(本件郵便料金各支出命令)について,
(ア)本件条例は,憲法13条,21条1項,31条,94条等に違反し無効であるから,本件各支出命令は法令上の根拠を欠いて違法である,
(イ)「ダイナモ」というハンドルネームを有する者がインターネット上に動画(本件動画)を投稿し,不特定多数の者による視聴ができる状態に置いていた行為(本件表現活動)が条例ヘイトスピーチに該当する旨及び前記ハンドルネームを本件条例に基づき公表したことは,憲法21条1項に違反するから,当該公表に至る過程の本件郵便料金各支出命令のうち郵便料金880円を支出すべきものとした部分(本件郵便料金支出命令1)は違法である
旨主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件各支出命令を行う権限を法令上本来的に有するとされている者である大阪市長の地位にあった吉村に対し,不法行為による損害賠償請求に基づき,本件報酬各支出命令に係る支出額である115万2480円及び本件郵便料金各支出命令に係る支出額である1272円並びにこれらに対する訴状送達の日である平成30年1月31日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求をするよう求める事案である。
[2] 原判決は,本件各規定が憲法の上記各条項等に違反して無効であるということはできない,本件郵便料金支出命令1に財務会計法規上の義務違反はないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
[3] このため,控訴人らは,原判決を不服として本件各控訴を提起した。

[4] 関係法令の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,次の3において当審における控訴人らの主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の1から4までに記載のとおりであるから,これを引用する。
[5](1) 本件条例による表現の自由の制約は表現内容そのものに着目したものであること,条例ヘイトスピーチには政治的表現活動が包含され得るものであること,認識等公表措置は匿名表現の自由を直接的に侵害するものであることを考慮すると,本件条例による表現の自由の制約に係る合憲性の審査に当たっては,利益衡量論によるべきではなく,厳格な審査基準によるべきである。
[6] また,本件各規定による表現の自由の制限が容認され得るかどうかが利益衡量によって決せられるとしても,その判断に当たっては,本件条例が,条例ヘイトスピーチの解消という目的を達成する上で,表現の自由を制限する場合に要請される「明白かつ現在の危険の基準」を充たすものかどうか,「やむにやまれぬ必要性」ないし「対抗言論等の他の方法に頼れない緊急性」があるかどうかといった観点から十分に検討されるべきである。原判決の認定事実からは,ヘイトスピーチの規制の必要性はうかがえても,その緊急性まではうかがえない。
[7] さらに,国が,人種差別撤廃条約の締結に当たり,第4条(a)及び(b)に関し,日本国憲法の下における権利の保障と抵触しない限度において,義務を履行する,と留保を付していることに照らしても,条例ヘイトスピーチの抑制が,直ちに表現の自由を制約する公共の福祉となり得るとは解し難い。法律の定める範囲内で表現の自由が保障されてきたドイツやフランスと異なり,表現の自由に法律の留保がない日本国憲法の下においては,広範なヘイトスピーチ規制はできないものと考えられる。

[8](2) 条例ヘイトスピーチに該当するか否かが,表現内容の文言のみならず,その目的,態様,場所・方法を考慮して判断されるものであるとすれば,同一の表現内容のものであっても,具体的状況次第で,条例ヘイトスピーチに該当したり,しなかったりすることがあり得ることとなり,通常の能力を有する一般人を基準として,当該表現活動が条例ヘイトスピーチとして規制の対象となるかどうかが,一義的に明確になっているとはいえない。また,インターネット上の表現活動について,その目的,態様,場所・方法を問うことはナンセンスであり,ホームページないし投稿された表現の内容から,一義的に明確な基準が読みとれるものでなければならない。本件条例における拡散防止措置の対象となる条例ヘイトスピーチは,その定義が曖昧かつ漠然としているといわざるを得ず,本件各規定を含む本件条例は,文面上違憲無効である。

[9](3) 政治的言論と条例ヘイトスピーチは,明確に区別できなければならず,特にインターネット表現は,その目的,態様,場所・方法に関する資料が極めて限定されているから,表現内容から規制対象に当たるか否かが判断できなければならない。政治的主張を含む言論が,その目的,態様,場所・方法によって規制対象になり得るというのであれば,その規制は過度に広汎なものとなる。また,インターネット表現は,全て本件条例5条1項2号イの要件を充足するから,本件条例は,明らかに過度に広汎な規制を行うものであって,文面上違憲無効である。

[10](4) 差別的言動解消推進法は,差別的言動の禁止・制裁・罰則に関する規定をあえて置かず,相談体制の整備,教育の充実,啓発活動等といった禁止・制裁・罰則以外の方法をもって,差別的言動を解消しようというものである。同法は,各地方公共団体が当該地域の実情に応じて啓発・教育という非規制的方法により様々な施策を講ずることを容認するものであるが,禁止・制裁・罰則という直接的な規制を容認するものとはいえない。したがって,本件条例は,差別的言動解消推進法に矛盾抵触するものであって違憲無効である。
[11] また,インターネット表現は,そこでの電子的な情報が境界性を持たないボーダーレス性を特徴としており,現実界における街頭演説等の表現活動と異なって,地域的な関係は圧倒的に薄い。インターネット表現の内容に大阪市内の建造物や大阪市民が含まれていたとしても,そこで対象となっているのは建造物や市民そのものの存在ではなく,その情報なのであり,大阪市との地域的な関係は圧倒的に薄いのである。本件条例は,このようなインターネット表現についても拡散防止措置等の対象としており,条例の制定範囲を逸脱するものであって,地方自治法14条1項に違反し無効である。

[12](5) 本件条例6条1項本文で定められている市長の認定(5条1項各号に掲げる表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあるというもの)自体,憲法21条1項に違反して許されないものである。そうとすれば,市長が本件表現活動について上記認定をした段階で,支出が予想される本件郵便料金支出命令1は,憲法違反により無効な原因行為の履行としてなされる公金支出であり,違法なものと評価される。
[13] また,そもそも本件デモ活動は,その象徴を侮辱された日本人の怒りを伴う政治的な抗議活動であって,差別的表現ではない。本件デモ活動の動画撮影は,当時の韓国の無礼に対して怒れる日本人の姿を映した記録画像としての側面を有しており,かかるデモに協賛して賛同することをもって,差別意識をあおる目的を有していたと認定することは,飛躍であり短絡である。本件関係人のデモ行進開始前の集会における発言は,組織的な妨害者に対して向けられたものであって,本件表現活動に差別目的は認められない。したがって,本件表現活動は,条例ヘイトスピーチには該当せず,市長が,本件表現行為について条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあると認定したことは違法である。
[14] そして,原因行為が違法ではあるが無効ではない場合においても,財務会計上の行為を行う長又は職員が,原因行為の取消権等の是正権限を有しているときは,その権限を行使することなく原因行為に基づく財務会計上の行為を行うことは違法となる。本件において,市長は,本件表現活動について条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあると認定した後も,ドワンゴに対する通知の発出を日本郵便に依頼するまで,いつでも上記認定を取り消すことができたから,上記認定を取り消すことなく行われた本件郵便料金支払命令1は違法である。
[15] 当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次の2において原判決を補正し,3において当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3の1から6までに記載のとおりであるから,これを引用する。
[16](1) 33頁12行目の冒頭から13行目の末尾までを次のとおり改める。
「以上のとおり,本件各規定の目的は,合理的であり正当なものということができる。そして,前記のとおり,日本政府は,平成26年9月,人種差別撤廃委員会から,憎悪及び人種差別の表明,デモ・集会における人種差別的暴力及び憎悪の扇動に確実に対処すること,インターネットを含むメディアにおいて,ヘイトスピーチに対処する適切な措置を採ること等の勧告を受け,国会は,平成28年,本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み,その取組について,基本理念を定め,及び国等の責務を明らかにするとともに,基本的施策を定め,これを推進することを目的として,差別的言動解消推進法を制定し施行したこと,このような中で,大阪市については,平成24年4月~平成27年9月の間に全国で行われた特定の民族等に属する集団を一律に排斥し,又は特定の民族等に属する集団の生命,身体等に危害を加える旨の内容を伴うデモ・街宣活動のうち,大阪府で行われた件数は164件に及び,これは全国で行われた件数の14.2%にも上っていたこと,大阪市内には在日韓国・朝鮮人をはじめ多くの外国人が居住しているところ,同市内で現実に行われた特定集団を侮蔑し又は誹謗中傷する表現活動の内容は,「殺せ」とのシュプレヒコールを上げるなどの激烈なものであり,各種団体から上記状況の是正を求める意見や要望が出されていたことなどの事情があり,これに加えて,特定の人種や特定の民族等に属する集団を侮蔑し,誹謗中傷する表現活動が反復継続された場合には,当該人種又は当該民族に対する偏見,差別意識,憎悪等の感情が温存,醸成,助長,増幅され,さらには,これらの感情が,当該人種又は当該民族に属する個人(特定人)に対する当該人種又は当該民族に関する侮蔑又は誹謗中傷や暴力行為へと進展することも容易に想定されることを踏まえると,大阪市においては,ヘイトスピーチ(憎悪表現)を伴う表現活動について,これを速やかに規制する必要があり,かつ,その程度も極めて高いというべきである。」
[17](2) 33頁15行目の「具体的制限の態様及び程度等についてみると,」の次に以下のとおり加える。
「本件各規定は,[B](a)特定人等を相当程度侮蔑し若しくは誹謗中傷するものである,又は,(b)特定人に脅威を感じさせ,若しくは,表現等の対象が特定集団であるときは,当該特定集団に属する個人(特定人)の相当数に脅威を感じさせる内容又は態様の表現活動(2条1項2号)のうち,[A](a)特定人等を社会から排除すること,(b)特定人等の権利又は自由を制限すること,又は,(c)特定人等に対する憎悪若しくは差別の意識又は暴力をあおることを目的として行われ(ただし,(c)については,当該目的が明らかに認められる場合に限る。同1号),かつ,[C]不特定多数の者が表現内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われたもの(同3号)に限って,これを条例ヘイトスピーチとして規制しており,本件条例の目的に照らし,規制の対象を必要最小限の範囲に限定しているといえる。そして,」
[18](3) 34頁9行目の「制限は,」の次に「本件条例の目的に照らし,規制の対象を必要最小限の範囲に限定している上,その規制の態様・程度も,」を加える。

[19](4) 35頁10行目の「曖昧であり,」の次に「大阪市の区域外でされた条例ヘイトスピーチの一部も規制対象とする点で,その内容が漠然としており,」を加える。

[20](5) 37頁9行目の冒頭から38頁3行目の末尾までを次のとおり改める。
[21]エ これに対し,控訴人らは,①「核ミサイルを玩具にする金正恩を神格化している朝鮮総連を日本から追い払え。」,②「大阪市は在日外国人に対する生活保護の支給を直ちに廃止すべきである。」,③「出入国管理及び難民認定法等にみられる在日特権を直ちに廃止すべきである。」,④「在日韓国人は,強制連行の嘘を掲げて日本に賠償をたかる文大統領に抗議すべきである。」といった言論が,条例ヘイトスピーチに該当するか否かが明確でない旨主張する。
[22] 前記ウで説示したとおり,本件条例において,条例ヘイトスピーチの要件は具体的に規定されているが,当該表現活動が,条例ヘイトスピーチに該当するためには,その表現の内容又は表現活動の態様が2条1項2号のいずれかに該当するだけでなく,特定人等の社会からの排除等所定の目的をもって(2条1項1号),不特定多数の者が表現内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で(同3号)行われたものでなければならないから,表現内容の文言のみが記されている上記①~④の表現活動については,その目的や場所・方法が明らかでない以上,それが条例ヘイトスピーチに該当するか否かを直ちに判断することができないことは当然である。」
[23](6) 38頁8行目の冒頭から24行目の末尾までを次のとおり改める。
[24]ア 控訴人らは,前記(3)エ①~④の表現活動は,いずれも合理的な根拠を有する政治的主張を含む言論であるところ,このような政治的言論を他者の感情的反発を招くという理由で規制することは許されず,前記表現行為が条例ヘイトスピーチに該当し,拡散防止措置等による制裁から除外されないのであれば,本件各規定は過度に広汎であり,過度の広汎性ゆえに無効の法理により,文面上違憲無効である旨主張する。
[25]イ しかしながら,政治的主張を含む言論であることを理由として,表現活動が無制限に保障されるものではない。政治的主張を含む言論であっても,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり,本件各規定による制限が,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度のものであることは,前記(2)のとおりである。
[26]ウ また,前記(3)エにおいて説示したとおり,当該表現活動が,条例ヘイトスピーチに該当するためには,表現の内容又は表現活動の態様が本件条例2条1項2号のいずれかに該当するだけでなく,特定人等の社会からの排除等所定の目的をもって(2条1項1号),不特定多数の者が表現内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で(同3号)行われたものでなければならないから,表現内容の文言のみが記されている上記①~④の表現活動については,その目的や場所・方法が明らかでない以上,それが条例ヘイトスピーチに該当するか否かを直ちに判断することはできず,そのことをもって,本件各規定が過度に広汎であるということはできない。」
[27](7) 46頁18行目の「差部的」を「差別的」に改める。

[28](8) 47頁8行目の「定めている。」の次に
「さらに,差別的言動解消推進法案については,これに対する附帯決議として,インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し,又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施することについて特段の配慮をすべきことが決議されている(乙43,44)。」
を加える。

[29](9) 47頁25行目の「これに対し」を「他方,本件条例についてみるに」に改める。

[30](10) 48頁7行目の「ものである。」の次に以下のとおり加える。
「そして,本件条例が定める拡散防止措置は,看板や掲示物の撤去要請やインターネット上の表現活動については削除要請等を行うものである一方,要請に応じなかった場合に制裁を課すものではないし,認識等公表は,市長が表現活動を行った者の氏名を把握している場合にその公表ができるにとどまり,当該表現活動を行った者の氏名を把握しているウェブサイトのプロバイダ等に対して当該氏名の開示を義務付ける規定は存しない。また,大阪市については,平成24年4月~平成27年9月の間に全国で行われた特定の民族等に属する集団を一律に排斥し,又は特定の民族等に属する集団の生命、身体等に危害を加える旨の内容を伴うデモ・街宣活動のうち,大阪府で行われた件数は164件に及び,全国で行われた件数の14.2%にも上っていたこと,大阪市内には在日韓国・朝鮮人をはじめ多くの外国人が居住しているところ,同市内で現実に行われた特定集団を侮蔑し又は誹謗中傷する表現活動の内容は激烈なものであり,各種団体から上記状況の是正を求める意見や要望が出されていたことなどの事情がある。」
[31](11) 48頁13行目の「容認していること」の次に
「,本件条例が定める拡散防止措置等は,要請に応じなかった場合に制裁を課すものではなく,義務付けができるものでもないこと,大阪市においては,在日韓国・朝鮮人をはじめ多くの外国人が居住しており,本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するために,ヘイトスピーチ(憎悪表現)を伴う表現活動について,これを速やかに規制する必要があり,かつ,その程度も極めて高いこと」
を加える。

[32](12) 55頁5行目から6行目にかけて及び21行目の各「劣悪な存在であるとして」をいずれも削除する。
(1) 控訴人らの主張(1)について
[33] 表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり,その制限が合理的で必要やむを得ない限度のものとして容認されるかどうかは,制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられること,大阪市においては,条例ヘイトスピーチを伴う表現活動について,これを速やかに規制する必要があり,かつ,その程度も極めて高い一方,本件条例において規制の対象となる表現活動は,その目的,内容及び態様,場所・方法によって必要最小限の範囲に限定されており,規制の方法も事後的で強制を伴わないものであることに鑑み,本件条例による表現活動の制限が合理的で必要やむを得ない程度の制限として容認されることは,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の2(2))である。このことは,規制の対象が表現内容に関わるものであることや,それに政治的表現が包含され得ることによって,左右されるものではない。
[34] 人種差別撤廃条約第4条(a)及び(b)は,人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布や人種差別の扇動等を処罰することを締約国に求めているところ,それら全てについて現行法制を越える刑罰法規をもって規制することは,表現の自由その他憲法の規定する保障と抵触するおそれがあるので,国は,憲法の保障と抵触しない限度において,人種差別撤廃条約第4条に規定する義務を履行するとして留保を付している(甲53,乙21)。本件条例は,条例ヘイトスピーチに該当する表現活動を規制するものではあるが,処罰規定はなく,これに違反しても刑罰を科されるものではないから,国が上記留保を付して人種差別撤廃条約を締結していることと抵触するものではない。また,本件条例は,規制の対象とされる条例ヘイトスピーチを必要最小限の範囲に限定しており,表現の自由に法律の留保がない日本国憲法の下においても,合理的で必要やむを得ない程度の制限として容認されることは,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の2(2))である。
[35] 控訴人らの上記主張は採用することができない。

(2) 控訴人らの主張(2)について
[36] 本件条例2条1項は,条例ヘイトスピーチに該当する表現活動について,その要件を具体的に定めており,通常の能力を有する一般人は,当該表現活動の目的,内容及び態様,場所・方法が本件条例2条1項各号に該当するかどうかを検討することにより,当該表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するか否かを判断することができるから,本件条例2条1項が,曖昧かつ漠然としているとはいえない(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の2(3))。また,表現活動の目的,内容及び態様,場所・方法は,条例ヘイトスピーチ該当性を判断する上での別々の要件であるから,同様な表現内容のものであっても,表現活動の具体的状況次第で,条例ヘイトスピーチに該当したりしなかったりすることはあり得るが,そのことから直ちに,本件条例2条1項が曖昧かつ漠然であるとはいえない。そして,インターネット上の表現活動についても,その目的,内容及び態様,場所・方法を特定することができ,当該インターネット上の表現活動について,一般人が本件条例2条1項各号に定める要件に該当するか否かを判断することは,格別困難であるとはいえない。
[37] 控訴人らの上記主張は採用することができない。

(3) 控訴人らの主張(3)について
[38] 政治的主張を含む言論であることを理由として,表現活動が無制限に保障されるものではなく,本件条例による制限が必要やむを得ない限度のものであることは,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の2(4))である。
[39] インターネット上の表現活動についても,一般人において,本件条例2条1項各号に定める要件に該当するか否かを判断することが格別困難であるとはいえないことは,前記(2)のとおりである。また,本件条例5条1項2号イは,大阪市の区域内で行われた条例ヘイトスピーチの内容を拡散する表現を拡散防止措置等の対象とするもので,規制の対象を大阪市と合理的関連性を有する範囲に限定しているから,本件各規定が過度に広汎であるとはいえない。
[40] 控訴人らの上記主張は採用することができない。

(4) 控訴人らの主張(4)について
[41] 差別的言動解消推進法の趣旨・目的は,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の5(3)ア)であり,同法は,地方公共団体が,憲法と抵触しない範囲内において,当該地域の実情に応じ,相談体制の整備,教育の充実,啓発活動等に加え,本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための施策を講ずることを容認しているものというべきである。本件条例が定める拡散防止措置は,看板や掲示物の撤去要請やインターネット上の表現活動については削除要請等を行うものである一方,要請に応じなかった場合に制裁を課すものではないし,認識等公表は,市長が表現活動を行った者の氏名を把握している場合にその公表ができるにとどまり,当該表現活動を行った者の氏名を把握しているウェブサイトのプロバイダ等に対して当該氏名の開示を義務付ける規定は存しない。そして,本件条例は,条例ヘイトスピーチを禁止したり,条例ヘイトスピーチに対して制裁や刑罰を加えたりするものではなく,差別的言動の禁止・制裁・罰則に関する規定を置かない差別的言動解消推進法と矛盾抵触するものとはいえない。
[42] インターネットを通じて行われる表現活動についても,その表現の目的,内容及び態様,場所・方法を特定することができることは,前記(2)のとおりであるところ,本件条例は,条例ヘイトスピーチの要件として,大阪市の区域内で行われた表現活動(5条1項1号),表現内容が市民等に関するものであると明らかに認められる表現活動(同2号ア),大阪市の区域内で行われた条例ヘイトスピーチの内容を大阪市の区域内に拡散するもの(同号イ)と定めて,規制の対象を大阪市と合理的関連性が認められるものに限定している。インターネット上の表現活動は,その発信が容易である一方,地域,国を超えて広く伝播するもので,その影響力は小さくないところ,差別的言動解消推進法案に対する附帯決議において,インターネットを通じて行われる差別的表現活動解消に向けた施策を実施することについて特段の配慮をすることが決議されていることに鑑みると,インターネットによる表現活動を本件条例による規制の対象としていることを含め,本件条例は,条例の制定範囲を逸脱するものとはいえない。
[43] 控訴人らの上記主張は採用することはできない。

(5) 控訴人らの主張(5)について
[44] 本件条例6条1項本文で定められている市長の認定(5条1項各号に掲げる表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあるというもの)は,拡散防止措置等をする際の一連の手続の端緒にすぎず,上記認定は,それ自体で表現活動を制限するものではないから,憲法21条1項に違反するものとはいえない。
[45] また,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の6(2)ウ),本件デモ活動は,政治的表現の側面をおよそ有しないとまではいえないが,それが行われた場所,デモ行進中に掲げられたのぼりの内容,繰り返し行われた発言の内容に照らせば,朝鮮民族に対する差別の意識をあおるとともに,朝鮮民族との共存をおよそ否定し,社会から排除することを目的として,朝鮮民族を相当程度侮蔑し又は誹謗中傷する内容のものであることが明らかである。そして,本件関係人は,本件デモ活動につき,あらかじめウェブサイトにおいて協賛団体の代表者として協賛の意を表明し,デモ行進を開始する前の集会に参加して,「こっちの思いのたけを吐き出して,奴らをたたきのめしましょう。」(この発言が,控訴人らの主張する「組織的な妨害者」に向けられたものであることをうかがわせる事情は見当たらない。)等と発言した上で,上記のような本件デモ活動に参加し,これを撮影した本件動画を不特定多数の者による視聴ができる状態に置いたものであるから,本件表現活動も,本件デモ活動と同様の目的を有していたものと認められる。
[46] したがって、本件表現活動は,原判決を補正の上引用して説示したとおり(補正後の原判決「事実及び理由」の第3の6(2)ウ),条例ヘイトスピーチに該当するものと認められ,本件郵便料金支出命令1に先立って,市長が本件表現活動について条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあると認定したことが,違法であるとはいえない。
[47] 控訴人らの上記主張は採用することはできない。
[48] 以上の次第で,控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 石原稚也  裁判官 大場めぐみ  裁判官 荒井章光

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