岩沼市議会出席停止事件
第一審判決

出席停止処分取消等請求事件
仙台地方裁判所 平成28年(行ウ)第33号
平成30年3月8日 第3民事部 判決

口頭弁論終結日 平成30年1月15日

原告 大友健
同訴訟代理人弁護士 十河弘 畠山裕太 渡部雄介 下大澤優

被告 岩沼市
(出席停止処分取消しの訴えにつき)
  被告代表者 岩沼市議会議長 B
  処分行政庁 岩沼市議会
(議員報酬等の支払を求める訴えにつき)
  被告代表者 市長 C
被告訴訟代理人弁護士 阿部長 佐藤裕一 伊藤敬文 三橋要一郎 赤石圭裕

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件各訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

1 岩沼市議会が原告に対して平成28年9月6日付けでした出席停止処分(第4回定例会会期中。同日から同月28日までの23日間)を取り消す。
2 被告は,原告に対し,27万8300円及びこれに対する平成28年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
[1] 本件は,地方公共団体である宮城県岩沼市の市議会議員である原告が,議会運営委員会における発言を理由として,岩沼市議会から23日間の出席停止処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,本件処分が違憲,違法であるとして,被告に対し,その取消しを求めるとともに,地方自治法203条並びに岩沼市における議会議員の議員報酬,費用弁償及び期末手当に関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき,本件処分によって減額された議員報酬27万8300円及びこれに対する支払期限の日の翌日である平成28年9月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
[2](1) 原告は,平成27年12月20日に実施された岩沼市議会議員選挙で当選した岩沼市議会議員であり,須藤功同市議会議員,植田美枝子同市議会議員(以下「植田議員」という。)とともに,岩沼市議会において,「いわぬまアシスト」という会派を構成している。(甲1,弁論の全趣旨)

(2) 本件処分に至る経緯
[3] 植田議員は,海外渡航のため,平成28年4月25日に行われた岩沼市議会の教育民生常任委員会を欠席した。(甲2【5ないし7頁】)
[4] 岩沼市議会は,平成28年6月14日,岩沼市議会定例会において,植田議員に対し,上記アの教育民生常任委員会の欠席について議決により陳謝の懲罰処分をし,植田議員は,懲罰特別委員会が作成した陳謝文を読み上げた。(甲2【14,15,20頁】)
[5] 原告は,平成28年6月21日,議会運営委員会において,上記イの植田議員が陳謝文を読み上げた行為に関し,「読み上げたのは,事実です。しかし,読み上げられた中身に書いてあることは,事実とは限りません。」「仮に読み上げなければ,次の懲罰があります。こういうのを,政治的妥協といいます。」との発言(以下「本件発言」という。)をした。(甲3【12頁】)
[6] 岩沼市議会は,平成28年9月6日,岩沼市議会定例会において,原告に対し,本件発言について議決により23日間(同日から同月28日まで)の出席停止処分をした(本件処分)。(甲5【12,13頁】,6,7)

[7](3) 被告は,本件処分によって原告の議会への出席が停止されたことを受け,本件条例6条の2,3条3項に基づき,平成28年9月21日,原告に対し,同月6日から同月28日までに相当する議員報酬27万8300円を差引き,住民税を控除した上で,議員報酬として7万1900円を支払った。(甲10の4)

[8](4) 原告は,平成28年12月12日,本件各訴えを提起した。(裁判所に顕著な事実)
ア 原告の主張
[9] 地方公共団体の議会(以下「地方議会」という。)における議員に対する懲罰処分は,議員に対して権利制限や名誉毀損等の不利益をもたらすものであり,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当たる。
[10] また,地方議会における議員に対する出席停止処分について,議員報酬の削減によって議員の生活上の不利益が生じている場合,差別的な目的や取扱いにより処分がなされたような懲罰権の悪用がある場合,懲罰理由がないことが明らかであるにもかかわらず処分が下されたような懲罰権の濫用がある場合には,地方議会の自律権を尊重する必要がないから,本件処分の取消しを求める訴えは司法審査の対象となる。
[11] これに対し,被告は,最高裁昭和35年10月19日大法廷判決に基づき,地方議会の議員に対する出席停止処分について,地方議会の自律的な法規範により地方議会が自ら解決すべきものであり,司法審査の対象とはならないと主張する。
[12] しかしながら,地方議会は,地方自治法によって設置された公的機関にすぎず,国会と異なり,憲法上自律権が保障されていないから,地方議会に一定の自律権が認められるとしても,それは司法審査を排除する根拠とはならない。
[13] また,地方議会の懲罰処分は強力な規制措置であるにもかかわらず,それが地方議会の多数派によって濫用的に使用されることもあり得ること,多数派による懲罰処分については選挙を通じた住民による監視及び是正が実際上不可能であることからすれば,地方議会における議員に対する懲罰処分についても司法審査の対象とすべきである。
[14] 加えて,戦後,地方議会を含めた地方自治制度が確立していない時期には,地方議会による決定の経験が乏しかったため,地方議会内で激しい意見の対立が生じ,政治対立の結果として懲罰処分が多くなされてきた。これに対して現在は,地方自治の制度が確立し,地方議会における大きな党派対立は少なくなっており,地方議会における懲罰処分は,市町村の統合によって新たに議会に参加することとなった議員と以前から議会に在籍していた議員との間の軋轢が生じたことにより,多数派による懲罰権の過剰行使として行われるものに変化しており,地方議会に関する政治,社会状況は,上記最高裁判決の当時と大きく変化している。
[15] したがって,本件各訴えはいずれも司法審査の対象となる。

イ 被告の主張
(ア) 本件処分の取消しを求める訴えについて
[16] 上記最高裁判決によれば,地方議会における議員に対する出席停止処分は,議員の権利行使の一時的制限にすぎない事項であって,地方議会の自律的な法規範に基づき,地方議会が自ら解決すべきものであるから,司法審査の対象とならない。
[17] したがって,本件処分の取消しを求める訴えは,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当たらない。
(イ) 議員報酬等の支払を求める訴えについて
[18] 原告の議員報酬等の支払を求める訴えについて,その当否を判断するためには,その前提として本件処分の違法性を判断することが必要不可欠であるところ,本件処分が司法審査の対象とならないことは上記(ア)のとおりであるから,上記の訴えも裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当たらない。
[19](ウ) したがって,本件各訴えはいずれも不適法であり,却下されるべきである。
ア 原告の主張
[20] 本件処分は,原告の表現の自由(憲法21条1項),報酬請求権(憲法29条1項)等の憲法上の権利を制限し,また,議会における多数派が少数派の言論を法や条例に反する形で不当に封殺し,地方自治制度(憲法93条)を侵害するものであって,違憲である。
[21] また,本件発言は植田議員が陳謝の懲罰処分を受け入れた事実に対する評価として何ら不適切なものではないから,本件処分は懲罰事由を欠く。
[22] さらに,本件処分は,少数会派の所属議員の言論を封殺するという違法な目的で,不平等に行われたものであり,本件処分に至る手続についても懲罰特別委員会で動議提出者の説明が省略されたなどの瑕疵があった。
[23] したがって,本件処分は岩沼市議会に与えられた裁量権を濫用するものである上,重大な手続違反があるから,違法である。

イ 被告の主張
[24] 争う。
[25](1) 裁判所は,憲法に特別の定めがある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するが(裁判所法3条1項),自律的な法規範をもつ社会ないし団体において,当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せるのが相当である場合には,法律上の争訟に当たらず,司法審査の対象とはならないものと解される。
[26] そして,地方議会は,その設置が憲法によって定められ(憲法93条),会議規則制定権(地方自治法120条),議員への懲罰権(同法134条1項,135条1項)等が法律で定められている自律的な法規範をもつ団体である上,懲罰処分のうち出席停止処分は,議員の権利行使を一時的に制限するものにすぎないから,懲罰事由該当性及び処分の適否については,地方議会の内部的規律の問題としてその自治的措置に任せるのが相当であって,法律上の争訟に当たらず,司法審査の対象とはならない(最高裁昭和34年(オ)第10号昭和35年10月19日大法廷判決・民集14巻12号2633頁)。
[27] したがって,本件処分の取消しを求める訴えは,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」には当たらない事項について司法審査を求めるものであるから,不適法である。

[28](2) 次に,原告の議員報酬等の支払を求める訴えについてみると,上記前提事実(3)によれば,原告の議員報酬が本件処分の存在を前提として本件条例に基づき減額されたことが認められるが,上記訴えの当否を判断するためには本件処分の適否について判断することが必要不可欠であるところ、上記(1)で説示したとおり,本件処分の適否は司法審査の対象とならないことに照らせば,上記訴えも,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」に当たらない事項について司法審査を求めるものであるから,不適法である。

[29](3) これに対し,原告は,地方議会の出席停止処分について,議員報酬の削減によって議員の生活上の不利益が生じている場合,差別的な目的や取扱いにより処分がなされたような懲罰権の悪用がある場合,懲罰理由がないことが明らかであるにもかかわらず処分が下されたような懲罰権の濫用がある場合には,地方議会の自律権を尊重する必要がないから,司法審査の対象となると主張する。
[30] しかしながら,地方議会の出席停止処分についての懲罰事由該当性及び処分の適否の判断については自律的法規範をもつ地方議会の内部的規律の問題として自治的措置に委ねられていることは上記(1)で説示したとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。
[31] また,原告は,地方議会は憲法上自律権が保障されていないことを指摘するが,上記(1)で説示したとおり,地方議会は自律的な法規範をもつ団体と認められ,地方議会の自律権に関する定めが憲法上存在するか否かは判断を左右するものではない。
[32] さらに,原告は,地方議会による議員に対する懲罰処分が,以前は地方議会内での激しい意見の対立が生じ,政治対立の結果として生じていたのに対し,現在は,新たに議会に参加することとなった議員と以前から議会に在籍していた議員との間の軋轢が生じ,多数派による懲罰権の過剰行使として行われるものに変化していると主張するが,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠がない上に,仮にそのような変化が認められるとしても,地方議会の出席停止処分が内部的規律の問題であることに変わりはないから,本件処分の適否は司法審査の対象とはならない。
[33] したがって,原告の上記主張は採用することができない。
[34] 以上によれば,本件各訴えはいずれも不適法であるから,これらを却下することとし,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 大嶋洋志  裁判官 北嶋典子  裁判官 木村洋一

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧