塩見訴訟
第一審判決

国民年金裁定却下処分取消請求事件
大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)第87号
昭和55年10月29日 判決

原告 塩見日出
被告 大阪府知事

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

 被告が原告に対し昭和47年8月21日付でした国民年金障害福祉年金裁定請求却下処分を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
 主文と同旨の判決。 [1](一) 原告は、被告に対し、原告が国民年金法(以下単に法という)81条に基づく障害年金の受給資格者であるとして、国民年金障害福祉年金裁定請求をしたところ、被告は、昭和47年8月21日付で右請求を却下する処分をした(以下本件処分という)。
[2] 原告は、本件処分を不服として、大阪府社会保険審査官に対して審査請求をしたところ、同審査官は、同年11月30日、右審査請求を棄却した。
[3] 原告は、更に、社会保険審査会に対して再審査請求をしたところ、同審査会は、昭和48年7月31日付で右再審査請求を棄却し、右裁決書は、同年8月17日、原告に送達された。

[4](二) しかし、本件処分は、内容的に違法であるから、原告は、本件処分の取消しを求める。
[5] 請求原因(一)の事実は認める。ただし、社会保険審査会の裁決書が、昭和48年8月17日、原告に送達されたことは不知。
[6] 同(二)の主張は争う。
[7](一) 原告は、昭和9年6月25日、大阪府で朝鮮人として出生したが、幼少のとき罹患したハシカによつて失明し、廃疾認定日(法施行日)である昭和34年11月1日当時、全盲であり、法の別表一級に該当する程度の廃疾の状態にあつた。
[8] 原告は、右廃疾認定日当時日本国籍がなかつたが、その後日本人の夫と婚姻し、昭和45年12月16日、帰化によつて日本国籍を取得した。

[9](二) 法81条1項の規定に該当する者であつても、法56条1項ただし書の規定に該当する場合は、法による障害福祉年金が支給されない(なお、単に法56条1項ただし書という場合、昭和34年11月1日において原告に受給権が生じない点との関係では、昭和41年法律第92号による改正前のものを意味し、原告帰化後もなお原告に受給権が生じない点との関係では、右改正後のものを意味する。以下同じ)。
[10] したがつて、原告に法81条に基づく障害福祉年金を支給しない旨の本件処分は適法である。

[11](三) 法81条1項の障害規定としての法56条1項ただし書は、憲法13条、14条1項、25条2項に違反しない。
1 障害福祉年金の趣旨と性格
[12] 障害福祉年金は、社会保障体系における一施策であるが、国民年金制度の一部をなす社会保険の性格をもつものであり、防貧的制度の一つである。その理由は、次のとおりである。
(1) 身体障害者に対する社会保障施策
[13] いわゆる社会保障制度とは、
「疾病、負傷、分娩、廃疾、老齢、失業、多子、その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保護の途を講じ、生活困窮に陥つた者に対しては、国家扶助によつて最低限度の生活を保障するとともに公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もつてすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにする」(社会保障制度審議会「社会保障制度に関する勧告」・昭和25年)
制度であつて、社会保険、国家扶助、公衆衛生・医療、社会福祉の4部門からなるものであり、身体障害者に対する社会保障施策も、援助を必要とする者のための更正援護などの社会福祉施策、稼得能力の低下に対する年金制度等による所得保障施策、病気、けがに対する医療保険制度による医療の給付のほか、なお生活困窮に陥つた者に対する生活保護の制度がある。そして、これらの施策は互いに有機的に補足し合つて制度全体を効果的なものとする仕組になつており、法の位置づけもこのような仕組の中で検討する必要がある。
(2) 国民年金制度
 発足に至るいきさつ
[14] 公的年金制度は、老齢、障害、死亡など国民が個々人では事前に十分な備えをしておくことが困難な事故によつて生活の安定が損なわれるのを社会連帯の考え方に立つて公的に防止し、国民生活の安定を図ろうとする社会保険制度である。
[15] 年金制度の普及状況やその仕組は、各国の経済社会の発展段階や国民の意識などと密接なかかわり合いをもつており、各国ともその時代や経済事情に応じた年金制度がくふうされているのが実情である。現在、わが国の公的年金制度は、国民年金及び厚生年金保険の2大制度のほか、船員保険、国家公務員共済組合、私立学校教職員共済組合、農林漁業団体職員共済組合、公共企業体職員等共済組合、地方公務員等共済組合の8制度に分かれている。
[16] 国民年金制度は、船員保険制度など、それ以前にあつた年金制度が、いずれも被用者を対象とするものであり、農民等の自営業者や零細企業被用者などは、依然として制度の外に取り残されてきたのに対し、社会情勢の変化に伴う家族制度の崩壊、人口の老齢化、社会保障意識の高揚、戦後の急速な経済復興その他もろもろの社会的要因を背景として、これら既設の制度から取り残された者をすべて年金制度の網の目に包み込むという構想の下に、昭和34年に法制定によつて発足した。この制度の発足によつて、わが国の年金制度においてもようやく国民皆年金の体制が整備された。
[17] このように、法は、国民皆年金の理念に基づき、これまでの被用者を対象としていた公的年金制度による保護の及ばなかつた農林漁業者、自営商工業者、自由業者等を適用対象として制定されたものである。
 制度の基本的な構想
[18] 国民年金制度は、憲法25条2項に規定する理念に基づき、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて未然に防止し、健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり、その目的を達成するため、国民の老齢、廃疾又は死亡に関して、老齢年金、障害年金又は母子年金等の必要な給付を行うものである。
[19] ところで、わが国の年金制度は、これまで、一部国庫負担を加味したうえで、保険料拠出を基本とする拠出制を原則としていたので、国民年金制度もこれにならい、拠出対給付という対応関係を基本とし、社会保険方式により老齢、障害、死亡などの保険事故に際して被保険者又はその遺族に保険給付を行い、その稼働能力の喪失又は減少に対し必要な填補を行おうとするものである。しかしながら、拠出制一本で貫くと、制度実施の時点において既に老齢、障害又は母子の状態にある者及び将来保険事故が生じても保険料納付期間が所定の期間に達しないため拠出制の受給権に結びつかない者に対しては、国民年金制度の保障する利益を及ぼすことができず、国民皆年金の理想が全うされない結果となる。そこで、国民年金制度では、拠出制の欠陥を補うための経過的、補完的な制度として、保険料拠出を要しない無拠出の年金制度たる福祉年金制度を設けた。
 拠出制年金と福祉年金
[20] 国民年金制度は、先ず年齢、国籍、他の公的年金制度の加入の有無やその他の要件を標準として、一定範囲の集団を保険の構成員(被保険者)とし、これらの者を強制加入させ、一定の保険事故(老齢、廃疾、死亡)が生じた場合に一定の条件のもとに特定の年金給付を支給することを基本的な機能として制定されており、その財源を、被保険者から徴収する保険料と社会保障の観点から拠出する国庫金とにより賄うこととしている。このように拠出制を基本とした理由は、老齢というように国民だれもが予測できる事態はもちろん、身体障害あるいは死亡という事故に対しても自らの力である程度準備しておくことは生活態度として自然であり、こうした自己責任の原則を基に共同連帯によつて生活安定がそこなわれることを防止することが望ましいこと、わが国の老齢人口は、将来急激に増加することが明らかであり、全額国庫負担による無拠出制を基本とすると将来の国民に過重な税負担を強いることになること、年金制度は、長期にわたる安定性と確実性を備えることが必要であり、国の財政事情により左右されることなく、国家財政からある程度独立した財源をもち、制度の一貫性を保つ必要があること、また、わが国の他の公的年金制度においても拠出制を採用していること、などである。他方、拠出制年金は、保険料納付から年金受給までには相当長期間の保険料納付要件を満たさなければならないので、将来の老齢、廃疾又は死亡に対する保障はできても、国民年金制度が発足したときにすでに高齢、廃疾又は夫の死亡という所得喪失事故が発生していた者については、被保険者となつてもこれら既発の事故に対し拠出制年金が支給されないことになる。しかし、これらの者は、国民年金制度がもつと早く設けられておれば拠出制年金が受けられたであろう者であるので、国民皆年金体制の早期実現のため年金(甲)による社会保障を行き渡らせる必要がある。また、国民年金は、国民皆年金の思想から保険料拠出能力の低い者は無い者をも加入対象としており、これらの者について保険料の免除という制度を設けている。そこで、国民年金の被保険者となつた者であつても、低所得等であるため保険料拠出が不十分である者の存在を意識し、これに着目して拠出制年金を補完する年金(乙)が必要である。更に、国民年金の被保険者で保険料の滞納はしていないが、拠出制年金の受給に必要な保険料納付要件を満たす前に廃疾又は夫の死亡による母子世帯になつたときも一定の条件のもとに拠出制年金を補完する年金(乙)が必要である。そこで、無拠出制の年金として福祉年金制度が設けられたのである。そして、(甲)の福祉年金は、制度発足時の経過措置によるものであるので、経過的福祉年金と、(乙)の福祉年金は、恒常的に拠出制年金を補うものであるので、補完的福祉年金と、それぞれ称されている。
[21] 福祉年金は、右に述べたとおり、拠出制年金の仕組から生じる間隙を埋めるための制度として設けられたものであり、拠出制年金と一体不可分となつて社会保険制度を構成しているのである。
(3) 社会保険と公的扶助
[22] 社会保険も公的扶助もいずれも所得の喪失を補う社会保障制度であるが、社会保険と公的扶助には次のような性格の相違がある。すなわち、公的扶助制度の典型的なものである生活保護は、現在の所得の喪失によつて生活に困窮し、他にこれを脱する方法を持たない者に対し、人間らしい生活の最低限度を保障するため、個別的に事情を調査し、最低限度の生活をするために必要なもの全部を給付する救貧的な制度であるので、すべての国民を対象とし、貧困の原因を一切問わないが、個々人の稼得状況によつて給付を異にしている。
[23] 他方、社会保険制による年金制度は、将来所得の喪失によつて生活の安定がそこなわれることを自己責任と共同連帯によつて防止し、安定した生活を保障しようとする防貧的な制度であり、一定範囲の者を対象とし、所得喪失の原因を老齢、障害等ごく代表的な事故に限定し、一定の条件を満たしておれば死亡まで画一的、定期的に年金を支給する。
[24] 無拠出制の年金制度も、右の社会保険の性格を失うものではない。つまり、無拠出制の年金制度では、給付財源の一切を国庫に依存しているという財政的な理由もあつて所得について一定の要件を判断したうえで年金給付を行つてはいるが、定型化された事故が発生さえすれば本人、配偶者及び現に生計を維持している扶養義務者に一定以上の所得があるかどうかを調査するのみであつて、財産等の活用の有無等は問題とはならないこと、給付額についても、生活設計の一つの支柱となる所得保障を行うことを目途として定型化された給付がなされるのであり、年金のほか、個人の貯蓄、社会状勢に即応する程度の親族の扶養があるかどうかなど個人の具体的な事情は全く考慮されていないことにかんがみると、やはり、無拠出制年金も、公的扶助のような救貧的制度でなく、拠出制年金と同じ防貧的制度というべきである。したがつて、障害福祉年金は、社会保険としての防貧的制度として把握されなければならない。
2 障害福祉年金の憲法的意味
[25](1) 憲法25条の生存権の保障といつてもそのための諸施策がどのように司法審査の対象となるかという観点からその内容を分析すれば、2つに分けて考えることが可能である。
[26] 憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し、すべての国民に生存権を保障しているのであるが、ここで看過してはならないことは、すべての国民に保障されなければならない生存権の程度についても定め、その下限を健康で文化的な最低限度の生活としていることである。すなわち、
[27] 同項の規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を付与したものではないにしても、国の最小限度の政治的責務として、すべての国民が少なくとも健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように努力しなければならないことを明らかにしているのである。
[28] 右憲法の規定を受けて、生活保護における保護基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならないと定めている(生活保護法3条、8条)。したがつて、この保護基準、すなわち何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、厚生大臣の合目的な裁量に任されているとはいつても、現在の一般の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法及び生活保護法の趣旨、目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界を超えた場合又は裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬがれないのである。したがつて、救貧的制度である公的扶助(生活保護)については、国のなすべき程度について、憲法の要請に基づく絶対的基準があることを否定することができない。
[29] これに対し、憲法25条2項の規定は、「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とするにとどまり、その水準を示していない。したがつて、国民の生活水準を前記最低限度以上にどの程度向上させるかすなわち防貧策については、専ら政治的責務の範ちゆうに属する事柄であり、全面的に立法政策にゆだねられた問題といわなければならない。
[30] 要するに、憲法25条が定める生存権のうちにも、少くとも健康で文化的な最低限度の生活を維持しなければならないという救貧的要請と、その生活水準を更に向上、増進させなければならないという防貧的要請とが含まれているのである。前者は、国民の生存権を確保するための義務の履行であるのに対し、後者は、政治的な責務に由来する国政の基本方針の実施であり、これを実施するための諸制度の内容をどのように定めるかについては、憲法上の基準がない。いいかえれば、社会保険や公衆衛生の問題は憲法25条2項の問題であつてこれらに対しては25条1項の規定は、単なる立法指針的意味をもつているにすぎない。
[31](2) そこで、社会保険制度の一角をなし、防貧的制度の一つである障害福祉年金の支給要件をどのように定めるかは、立法政策の問題であり、憲法にはその基準がまつたくないといわなければならない。もとより障害福祉年金の支給要件の定め方も恣意的なものであつてはならないことは当然であつて、憲法14条の定める法の下の平等の原則に従わなければならないが、生活保護における保護基準の場合と比較して、裁量権を委ねられたものが行政庁でなくして立法府であること、また生活保護基準の場合のような最低限度の生活を維持しなければならないとする絶対的要請がないことからして、当然その裁量の幅が異なるのみならず、その裁量には質的な差異があるというべきである。
[32] 結局、障害福祉年金の支給要件をどのように定めても、憲法25条及び13条に違反するかどうかの問題は生じないし、右に述べた裁量の質にてらし、なお恣意的不合理な差別であるといえない限り、憲法14条1項に違反するということもできないのである。
3 障害福祉年金支給における国籍要件の合理性
(1) 国民年金制度と国籍要件
[33] 国民年金の被保険者資格を日本の国籍がある者に限定することには合理性がある。
[34] まず、防貧的社会保障施策としての年金制度は必ずしも無差別なものでなく、社会保険方式をとるうえで事故を定型化するに際し、立法政策上の判断によつて、国籍、年齢等に一定の制限を設けてもそれがただちに立法府の裁量の合理性を損なうものではない。
[35] そして、一国の国民の福祉を図ることは本来その国の政府の責務であつて他国の政府の責務ではないとする思想は、基本的には現在においても世界各国に普遍的な思想である。
[36] ILO102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)68条が、
1 国民でない住民も、国民たる住民と同一の権利を有する。
 ただし、公の基金から全面的に又は主として支払われる給付又は給付の一部及び、暫定的制度については、国民でない者及び当該加盟国の領域外で生まれた国民に関する特別規定を設けることができる。
2 被用者を保護する拠出制の社会保障制度においては、この条約の関係部の義務を受諾した他の加盟国の国民である被保護者は、その部について、関係加盟国の国民と同一の権利を有するものとする。
 ただし、本項の適用については、相互主義を定める二国間又は多国間の存在を条件とすることができる。
と定めているのも、右の思想のあらわれである。したがつて,右の思想に基づき、拠出制の年金の対象者を自国民に限ることには、合理性があるといえる。諸外国の例をみても、全居住者を対象とする年金制度において、相互条約が適用されないかぎりにおいて国籍要件を設けているのはデンマーク、アイスランド等にみられるところである。
[37] また、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との協定4条において、日本国政府が妥当な考慮を払う事項として、1条の規定に従い日本国で永住することを許可されている大韓民国国民に対する日本国における教育、生活保護及び国民健康保険に関する事項があげられ、国民年金に関する事項はのぞかれているのも、外国在住の国民に対する生活擁護の責任は元来その本国政府が担うべきものである、日本国政府の外国人に対する処分は人道的な見地から行えば充分であることを意味する。
(2) 障害福祉年金と国籍要件
[38] このように拠出制年金においても国籍を資格要件としている以上、福祉年金の支給が拠出制年金の仕組から生ずる間隙を埋めるために必要な限度でおこなわれる経過的、補完的な制度であることや、無拠出かつ全額国庫負担であることなどを考慮すれば、福祉年金に国籍要件が設けられることは、合理的である。
[39] これを、障害福祉年金についてみると、国民年金の被保険者は、日本国内に居住する20歳以上60歳未満の日本国民と法定されていることから、一定期間以上の保険料納付等を必要としている拠出制障害年金においては、被保険者資格においてすでに国籍要件が問われているのであり、これに対し、保険料の拠出を全く、あるいはほとんど必要としない障害福祉年金では支給事由が生じた時点において国籍要件を問うこととしていることは何ら不合理ではない。
[40] そこで、国民年金の被保険者資格及び被保険者期間を必要とする補完的障害福祉年金は、いずれも廃疾認定日又は20歳に達した日において国籍要件を問うこととし、他方、経過的障害福祉年金(法81条1項)は、法56条1項本文に規定する支給要件にかかわらず、法56条1項による障害福祉年金を支給するという制度の趣旨から、法81条1項の規定により障害福祉年金を支給する場合にも、法56条1項ただし書の国籍要件を問うこととしているのである。
[41] 仮に、法81条1項による経過的障害福祉年金についてのみ国籍要件を問わないとすると、昭和34年11月1日において20歳を超え、すでに廃疾の状態にある者は、日本国籍を有していなくても同条の障害福祉年金が支給されることになるが、他方、同日において20歳に達していない外国籍の者が同日後20歳に達した場合、すでに廃疾の状態にあつても法57条の規定の国籍要件を満たし得ないため、法57条の補完的障害福祉年金が支給されないことになつて著しく不合理である、かえつて法の下における平等に反する結果を招く。
(3) 障害福祉年金の受給資格としての国籍を、支給事由が生じた日において必要とする理由
[42] 障害年金の受給権は、支給すべき事由が生じた日、すなわち廃疾認定日(法30条1項)において、一定の廃疾状態にあり、一定の保険料納付要件を満たしている場合に生じることを基本としている。
[43] 法57条又は法81条の規定による障害福祉年金は、この保険料納付要件を全く有していない者に支給するものであるので、20歳に達した日又は法施行日を支給事由が生じた日とし、同日において日本国籍を有しているか否かを問うこととしている。
[44] 障害年金の支給事由が生じた日において受給資格要件を満たしていない者がその後にその要件を満たした場合、例えば、保険料納付要件を満たしていないため拠出制障害年金の受給権を取得できなかつた者が、その後保険料をまとめて納付してその要件を満たしたとしても、もはや拠出制の障害年金の受給権を取得できるものではない。
[45] これと同様に、支給事由が生じた時点において日本国民でない者が、その後日本国籍を取得したとしても障害福祉年金の受給権を取得できるものではない。
[46] 社会保険の方式によつて構成されている国民年金制度の一部としての障害福祉年金制度において、以上のとおり、国籍要件を一定の時点で問い、その後にそれを満たしたとしても、もはや権利の発生を認められないとする制度は、何ら不合理ではない。その理由は次のとおりである。
[47] 福祉年金は、拠出制国民年金と不可分でありその構成は拠出制国民年金に対応していることは、既に述べたとおりである。拠出制の年金制度は、さまざまな生活上の事故による所得喪失に対し、所得保障を行うものであるところ、わが国はそれを社会保険の方式に基づいて行つているため次の特徴がある。
(ア) 社会保険による年金制度は、相互連帯の精神のもとに、保険に加入する構成員が将来生ずるであろう所得喪失の事故に対して、あらかじめ拠出を行なうことによつて備えるという防貧的社会保障制度である。
(イ) 保険により保護される者(被保険者)は、あらかじめ法律により定型的に特定される。例えば、厚生年金保険は、雇用されていることに着目して被用者を適用の対象とし、国民年金は、日本に居住する日本国民で被用者年金の被保険者でない者を適用対象としている。
(ウ) 保険給付は、生活上のさまざまな事故すべてにわたつて対応するのではなく、一般に所得を喪失することとなる老齢、障害等を保険事故として定型化し、それに対して給付が行なわれる。
(エ) 保険給付を受けるためには、保険事故が生じるまでにあらかじめ一定の拠出を行なつていることを必要とする。
[48] 以上のような特徴を有する社会保険方式によつて年金給付を行なうには、所定の保険事故発生時という一時点をとらえて、その者がその時点において保険によつて保護されるグループに属しており、かつ、所定の拠出要件を満たしていたことに着目して行なう以外に方法がない。すなわち、
[49] 保険事故発生時には、保険によつて保護されるグループに属していなかつた者が事故発生後に加入して当該制度から保険給付を受けることや、その時点に拠出要件を満たしていなかつた者が後から拠出することにより保険給付を受けることを認めるとすれば、保険事故が発生するまでは保険制度に加入せず、拠出も行わずに、事故が発生してから保険に加入して拠出し、保険給付を受けるという事態を生じせしめることになる。それでは、あらかじめ保険制度に加入し、保険料を拠出する者がいなくなり、社会保険方式をとる年金制度そのものが成り立ち得ないことになる。そのため保険事故発生時という一時点をとらえて給付を行なうこととしているのであり、その後に要件を満たしたものについてまで給付を行なうことはできない。
[50] 障害年金も右に述べた原則に従つて障害という保険事故が発生した時点において所定の要件が満たされているときに支給される仕組になつている。
[51] 障害福祉年金の廃疾認定日における国籍要件は、前記のとおり障害福祉年金が拠出制国民年金と不可分のものとして構成されていることから、拠出制障害年金と同様に保険事故発生時に要件を問うという考え方に基づいて設けられているものであり、廃疾認定日という一時点において、国籍要件を問うことは、何ら不合理なものでない。したがつて、後から国籍要件を満たしたとしても保険給付を行なうことはできない。
[52] 経過的障害福祉年金(法81条1項)でも、右の理に変わりはない。したがつて、右の経過的障害福祉年金でも、廃疾認定日(法施行日)である昭和34年11月1日において、国籍の有無を問うこととしているのである。
4 結論
[53] 法81条1項に定める障害福祉年金の受給者資格に法56条1項ただし書のとおり国籍を要求することには合理性があり、右条項が憲法13条、14条、25条に違反し無効であることはない。したがつて、本件処分は適法である。
[54] (一)の事実は認めるが、(二)、(三)の主張は争う。 [55] 法81条1項の適用が法56条1項ただし書の規定によつて否定されるとしても、法56条1項ただし書は、憲法13条、14条1項、25条に違反し無効である。

(一) 憲法25条と社会保障法の理念
[56] 20世紀の国家が直面した最も基本的な課題は、いかにして人間に価する生活を保障するかということであつた。そして、この問題意識が生み出したのが生存権の理念であり、生存権は、現代の法及び政治の現実的な指導理念とされている。社会保障制度は、この生存権保障の重要な実現手段として、今日、世界的規模で展開されつつあり、日本国憲法は、25条に生存権の規定をおき、人間に価する生活を保障することを宣言している。
[57] ところで、同条1項はいわゆる生存権の保障を明示した根本規定であり、同条2項はそれに基づいて国が努力すべき施策のうち重要な事項を具体的に列挙したものであつて、両者が一体不可分の関係に立つことはいうまでもない。すなわち、1項は、国民が、必ずしも具体的権利といえないにしても、健康で文化的な最低限度の生活を営むために、立法その他国政の上で必要な措置を講ずることを国に対して要求する権利を有することを規定し、2項は、これに対応する国家の当然の義務として、いわゆる社会立法等によつて国民の文化的生存を保障すべきであることを規定するのである。
[58] これを具体的にいえば、国民年金や生活保護の制度ないし立法が、憲法25条2項にいう社会福祉、社会保障、公衆衛生などのどれに属するにせよ、その趣旨および内容は同条1項の趣旨をふまえ、健康で文化的な生活を保障するに足りるものでなければならないということである。すなわち、憲法は、国家に対して各種の社会保障、社会福祉制度等を設けることを要請し、これらの諸制度が総体として国民に適用されることにより、国民の生活全般にわたり1項の趣旨である健康で文化的な生活が達成されることを予定しているのである。

(二) 社会保障法としての障害福祉年金
1 国民年金制度と福祉年金
[59] 公的年金制度とは、ふつう、老齢、障害、死亡等の事故により個々の生活が破壊されるのを、公的に所得保障をすることによつて防止し、もつて国民に健康で文化的な生活を保障しようとする制度である。
[60] わが国では、欧米先進国と比べるときわめて立ち遅れたものではあつたが、公務員や各種民間労働者を対象とする公的年金制度が設けられていた。しかしながら、これらの年金制度はいずれも被用者を対象とするものであり、農民、商店主等の自営業者、未組織労働者などは依然として制度の外に取り残されてきた。このような既設の制度より取り残された者を、国民皆年金の下に、年金制度に包み込むべく、昭和34年に制定されたのが法である。
[61] この法は、いわゆる社会保障方式に従い、拠出対給付という対応関係を一応の基本としている。拠出制を基本としてのは、被告の主張のとおり、老齢等予測しえる事故には予め拠出を行うのが望ましいこと、また拠出基金の果実により給付を高水準にし得ること等の理由に基づくものであり、ただ、この拠出制を貫くと、制度発足時に、既に事故の発生している者には年金の保障が及ばず、これらの者の健康で文化的な生活を保障することができなくなるために、無拠出制の年金を平行して採用するになつた(ただし、右は立法時における考えであつて、拠出制を基本としたことの是非、及び右理由の是非は別論である)。この福祉年金として、現在、法で、老齢、障害、母子、準母子の4種類が定められている。
2 障害福祉年金の趣旨、性格
[62](1) 福祉年金は、法の別表の障害の程度に示されているように(ア)いわゆる身体障害者、(イ)重症の病人、(ウ)いわゆる精神障害者、(エ)以上の重複した者、に対して支給される無拠出制の年金である。
[63] さて、身体に障害のある者に対して年金が支給されるのは、当該障害が、その者の稼得能力に影響を及ぼすという理由のみによるものではない。
[64] 障害福祉年金は、憲法25条を具体化したものである。そして、障害者、病人にとつて、同条にいう健康で文化的な生活とは、単に金銭的収入の問題だけに帰するものではないこと明らかである。
[65] 障害者問題は、何よりもまず一つの社会問題であり、差別、不平等の問題である。たとえば、視力障害者や肢体障害者は事実上街の中を自由に通行することができない。道路に点字ブロツク等の盲人用設備があまりなされておらず、信号機には盲人用の音響式措置併設のものがほとんどなく、道路には段差があつて車イスによる通行は事実上不可能であり、ほとんどすべての交通機関は盲導犬や車イスを認めたがらない等、障害者に対する配慮がほとんどなされていない。この配慮は、かつては、理解という名の下に、権利の問題とは別の次元のものとしてとらえられていたし、今もその傾向は根強く残つている。
[66] しかし、これは、まさに権利の問題なのであり、この配慮がきわめて不十分にしかなされていないという社会的事実はこれを差別、不平等と考えるべき問題なのである。たとえば、盲人は、通常の紙に、通常の筆記用具で字を書くことができない。特別な紙に特別な機具で点字を打つ必要がある。この場合、議員の選挙にあたつて、投票者が盲人であるときは点字による投票を認めるという配慮がもしなされなかつたら盲人の投票権は保障されないことになる。差別であり、不平等であることになる。そしてこの理は、街の中を通行するという場合についても全く同様なのである。
[67] このような形式的、抽象的な平等だけあつて実質的権利が保障されていない場合、その権利を実質的、具体的に保障しようとするのは、福祉の領域の問題である。しかし、現実には、これらの問題は、法制度だけでは解決できず、国民の間の権利意識の成長、すなわち自らの権利のみならず、障害者の権利をも尊重し、保障しようとする意識の成長が不可欠である。そこで、これは福祉の領域の問題ではあるが、早急な抜本的解決が期待できないため、これをいわば金銭的補償という方法で一定の解決に寄与しようと考えられたのである。これが年金のひとつの意味である。次に、障害者は、生活的、文化的な面で享有できない分野が存在する。たとえば、盲人には、絵画等の視覚的な文化を享有することはできない。したがつて、健康で文化的な生活といつても、その具体的内容は自ずから障害のない者の場合と異つた様相を呈することになり、享有できない分野におけるマイナスを、享有できる他の分野で補完することが不可欠になる。障害福祉年金は、この他の分野での補完について経済的側面からするよりどころを与えようとするものなのである。
[68] 以上を要するに、障害福祉年金には、主として、
ア 稼得能力の制約又は喪失に対する補償、補完的意義(いわゆる公的扶助のひとつの場合としての意義)
イ 現実の差別、不平等の存在に対する経済的側面からする補償的意義(「福祉」の具体的内容のひとつとしての意義)
ウ 生活的、文化的な面で享有できない分野について、そのマイナス分を別の分野で補完しようとすることについての経済的補償というべき意義
という3つの側面が考えられることになるのである。
[69](2) 被告は、障害福祉年金のもつ右のような意義を無視し、障害福祉年金は、国民年金制度の拠出制年金に対する経過的、補完的施策をなすものであると主張する。
[70] しかし、第一に、法が憲法25条にその基盤を置く以上、制度発足時にすでに事故が生じている者に対して年金の保障を及ぼそうとすることは、制度の趣旨の本質的なことである。すなわち、法は、すべての国民に対し健康で文化的な生活を公的年金制度という施策で保障せんとするものであり、その一部をなす福祉年金も、その生存権的側面からすれば、決して補完的とはいえないのである。しかも、通常の年金も、その保険料の納付は、無職業者、心身障害者、低所得者等保険料の拠出が困難な者で一定の要件を満たす場合は、保険料の納付を免除しており、この限度で、拠出対給付の原則は破れているといえる。そして、憲法25条は、このような低所得者に対しても、というより、まさにこのような者に対してこそ健康で文化的な生活を保障することを国家に要求しているのである。この観点からすると、無拠出制年金制度は、現在の日本では、決して経過的、補完的な制度ではなく、すべての国民に生存権を保障する上で本質的な制度なのである。これを本件障害福祉年金についていうと、国民年金の被保険者期間を満たさなかつた者のうち、とりわけ重度の障害をもつ身体障害者に対して、障害者が社会的、経済的に極めて困難な状態に追いこまれている実状にかんがみ、それを放置しておくことは、憲法25条の趣旨からみて、とうてい許されないとして、無拠出で年金を支給することとされているのである。
[71] 第二に、老齢年金なら、あるいは経過的という観念を導入できるかもしれない。すなわち、老齢年金の場合は、制度発足時にすでに受給年令に至つている国民の存在が当然予定される一方、それは制度発足から時日を経ると共に解消する問題であり、制度発足時にすでに受給年令に至つている国民に対する給付は、まさしく経過的なものであり、経過年金というべきだからである。経過的とか補完的とかいう観念は、最終的には国民皆保険という状態を予定し得る老齢年金についてだけいえることなのである。
[72] ところが、障害年金の場合は、制度が発足して何年、何十年たとうと、国民のすべてが拠出制年金の被保険者となり、受給原因発生により年金給付を受けるという状況が予定できない。出生したその瞬間において受給原因たる障害が発生している場合もあるし、幼少時に、すなわち拠出制年金の被保険者たる資格を取得する以前に、障害者となる場合もある。
[73] したがつて、障害福祉年金は、法81条の拠出制年金の経過的特例でも経過的措置でもなく、法57条による独立した年金の延長上にあるとするほかはない。
[74](3) 無拠出支給制度としての障害福祉年金は、社会保険に基流として残つている収支相当の原則などの保険原理とは無縁であり、強いてこれを社会保険の範ちゆうに含めることは、こじつけである。そして、これは、公的扶助と同様全く拠出を要しないが、定型化された事故が発生さえすれば、給付がなされるという点で、公的扶助にも属さないものである。すなわち、社会手当、社会援護、社会扶助等どのような呼び方をするにせよ、従来の社会保障制度を体系づけていた、公的扶助、社会保険の二大部門のいずれにも属さない、社会保障の第3の類型といえるのである。

(三) 障害福祉年金と憲法13条、14条1項、25条
[75] 右に述べた障害福祉年金の趣旨、性格からすると、法の別表廃疾の状態にある身体障害者にその支給をしないことは、憲法13条、25条に違反するというべきであり、一般の日本国民にこれを支給しながら、外国人にこれを支給しないこと、原告のように少くとも日本に帰化した者に帰化した後もこれを支給しないこと、又はいわゆる在日朝鮮人にこれを支給しないことは、憲法14条1項に違反する。
[76] 先ず、被告が、生活保護など公的扶助を救貧的制度、無拠出制の年金を含めた公的年金制度を防貧的制度として峻別し、前者を憲法25条1項の一定の基準の下に置くのに対し、後者につき同条2項の下で何らの憲法的基準が無いものとみるのは誤りであることは明らかである。
[77] 第一に、憲法25条は、各種社会立法が総体として適用されることにより健康で文化的な生活を実現せんとするものであつて、ここから、防貧的、救貧という分類が出て来る余地はない。もし、被告の主張が、25条1項は最低生活の保障として公的扶助を予想し、同条2項はそれ以上の生活を国民に享受させるための諸制度を設ける政治的責務を宣言したにすぎないという立場から、救貧と防貧とに分類しようとするにあるのなら、これは憲法25条の文理、構造や立法経過に照らして、まさに論外というほかはない。
[78] 防貧、救貧という分類が、法解釈の基準にならないことは明らかである。福祉年金を例にとると、老齢、障害等の事故の発生によりその生活が破壊される具体的危険に直面している場合に、まさにその危険に対処するためのものとして年金がある。そして、その年金額は、本来、本人や家族の基本的必要を満たすに足りるものでなければならないことは多言を要しない。防貧なるが故に、立法政策次第であり、自由な裁量が可能であるとするならば、それは、年金制度の根本的な意味を全く忘れ去つたものといわざるを得ないのである。
[79] 次に、無拠出制の障害福祉年金は、公的扶助とも社会保険とも異る、いわば社会扶助ともいうべき性格のものであつて、一般の公的年金制度と趣旨が異るものである。したがつて、障害福祉年金の支給要件が全く立法的裁量の下にあるとはいえない。
[80] 次に、日本国籍のない者に対し、支給をしないという差別的取扱について、何らの合理的根拠がない。すなわち、前記(二)2(1)で述べた障害福祉年金の性格の3つの側面のいずれをとりあげてみても、国籍とのかかわりあいを発見することが困難である。これらの要素は、国籍とは全く無関係である。
[81] 過去の国籍とこれらの要素とには何らの関係がないが、被告は、社会保険方式としての国民年金制度の一部をなす以上、障害福祉年金の支給でも、国籍要件を保険事故発生時である廃疾認定時で問うことは、やむをえない旨主張する。
[82] しかし、未成年者の場合、加入義務はなく、したがつて拠出義務がないにもかかわらず、右加入義務、拠出義務がない期間において障害者となつた(すなわち保険事故が発生した)ときでも、成年に達することにより障害福祉年金が受給できるのである。なるほど、未成年者の問題と外国人の問題とは必ずしも同一ではないであろう。未成年者の場合の加入義務なしというのは、いつてみれば期限付であつて、満20歳に達すると同時に一律に加入義務が発生するに対し、外国人の場合はいわば条件付であり、本人が帰化を申請し、かつ、日本国が右申請を許可しないかぎり、加入義務は発生しない。しかし、現に日本国民である者の受給権の問題であり、かつ受給の理由である障害が国民年金制度に加入する資格がなかつた時点で生じたものである、という点では両者同一である。そして外国人か未成年者かということは、被告のいう拠出制の大原則にとつて根本的な問題ではない。右原則にてらして問題になるとすれば、それは拠出義務のないときに生じた障害をどうするかということであり、拠出義務のないことの具体的事由は二次的な問題であるはずである。
[83] また、仮に、帰化した者に対し、帰化した以前の障害を理由として障害福祉年金を支給することによつて、他の者との間に別の差別が生じることがあるとしても、そのことをもつて、帰化した者に対する差別を正当化することはできない。したがつて、日本に帰化した外国人に対し、帰化した後もなお差別的取扱をする合理的な理由はない。
[84] 原告は、昭和9年、大阪市で、朝鮮人の両親の間に出生したものである。原告の両親は、かつて朝鮮半島に居住していたところ、明治43年の日韓併合により祖国を奪われ、生活のため、日本に渡航し日本国に居住することを余儀なくされたものである。原告は、出生後も日本に居住し、日本で学校教育をうけ、労働し、日本語しか理解せず、国籍以外に朝鮮とのかかわりはない。そして、第二次大戦の敗戦までは、大日本国臣民として扱われてきた。
[86] このような立場にある、いわゆる在日朝鮮人に対しては、社会保障等においても、日本国民と等しく取り扱うべきで、差別的取扱を行うべき合理的理由はない。
[87] 原告の主張はすべて争う。
[1] 被告が、本件処分をしたこと、原告が、これを不服として大阪府社会保険審査官に対し審査請求をしたところ、同審査官が、同請求を棄却したこと、原告が、社会保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会が、同請求を棄却したこと、原告は、昭和9年6月25日,大阪市で朝鮮人として出生したが、幼少のとき罹患したハシカによつて失明し、廃疾認定日(法施行日)である昭和34年11月1日当時、全盲であり、法の別表一級に該当する程度の廃疾の状態にあつたこと、原告は、右廃疾認定当時、日本国籍がなかつたが、その後日本人の夫と婚姻し、昭和45年12月16日、帰化によつて日本国籍を取得したこと、以上のことは当事者間に争いがない。
(一) 国民年金制度の沿革と仕組
[2] 成立に争いがない甲第7号証の1、2、証人小川政亮、同佐々木喜之及び同阿藤正男の各証言並びに弁論の全趣旨によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠がない。
[3] 公的年金制度は、老齢、障害、死亡など国民が個々人では事前に十分な備えをしておくことが容易ではない事故によつて生活の安定が損われるのを、社会連帯の考えに基づき公的に救済を与え、もつて国民生活の安定を図ろうとする制度であるが、制度の有無、基本的構成、質的内容は、それぞれの国の経済や社会の状況及び国民の意識によつて一様ではない。
[4] わが国の公的年金制度は、明治初年の軍人恩給的制度にはじまり、次いで、発足した文官に対する恩給制度とともに、大正12年、これらが恩給法に統一され、公務員及びこれに準ずる者に対する恩給制度が確立された。また、いわゆる現業官庁に勤務する者に対しては、大正8年ころから恩給法にならつた年金制度が実施されていたが、その後、これが旧国家公務員共済組合制度に承認され、更に、これが前記恩給法と合体して国家公務員共済組合法等による各種の共済組合制度となつた。他方、民間の被用者の年金制度も、昭和14年の船員保険法に基づく海上労働者に対する年金制度を端緒とし、昭和16年の鉱工業等の一般労働者を対象とする労働者年金保険法及びこの対象者を事務職員等を含めた被用者一般に拡大することによつて発展的に改組した厚生年金保険法による年金制度の成立に至り、ようやく一定の段階に達した。
[5] しかし、これらの年金制度は、いずれも一定の要件を具備した被用者を対象とするもので、農、漁業及び商工業を営む自営業者並びに零細企業被用者等多数の国民は、なお、制度の適用からとり残された。そこで、第二次大戦後の家族制度の崩壊、人口の老齢化、社会保険意識の高揚、経済的発展といつた諸々の社会的要因を背景として、既存の制度からとり残されていた者にも年金の保護を及ぼそうとする国民皆年金の理念に基づき、国民年金制度創設への気運が高まつた結果、昭和34年、国民年金法(昭和34年法律第141号・以下法という)が制定施行された。
[6] ところで、法は、拠出制年金制度を基本原則とし、これに無拠出制年金制度を経過的、補完的に併用するという構成をとつた。拠出制年金を基本原則としたのは、(1)従来の各種被用者年金制が、すべて拠出制を採用していたことのほか、(2)老齢のような誰もが将来起こることが予測できる事態はもちろん、身体障害や死亡という予測し難い事態についても、予め自らの力でできるだけの備えをすることが望ましいこと、(3)無拠出制を基本とすると、老齢人口の増加等によつて財政支出の急激な膨脹が避けられず、将来の国民に過重な税負担を強いる結果となること、(4)拠出による積立金を運用することによつて、国家財政から独立した制度の運用が可能となること、などの理由による。しかし、この拠出制だけを貫くと、制度発足当時既に老齢、廃疾又は死亡といつた事故が発生している者には拠出の機会がなかつたため年金の保護が及ばないし、貧困のため拠出の資力に不足する者など支給要件を充たさない者に対しては、何らの給付が行われず、これらの者は、支給要件を充たした者が給付として得る国庫負担分を結果的に受けられなくなる。これらの事態は、制度創設の理念や公平感からみて不都合であると考えられた結果、無拠出制年金制度が設けられた。すなわち、(1)経過的福祉年金は、制度が発足した昭和34年11月1日当時、既に老齢、廃疾等の事故が発生してしまつているため法の拠出制によつては給付を受けられない者及び拠出制年金が発足(保険料の納付が開始)した昭和36年4月1日当時50歳を超え、拠出制年金に加入することができない者を対象とし、(2)補完的福祉年金は、拠出制年金の対象者でありながら、事故発生時に拠出要件を充たしていないため、年金給付を受けられない者を対象とする。

(二) 障害福祉年金の仕組
[7] ところで、法によると、国民年金制度の基本原則とされる拠出制年金は、他の公的年金制度によつて保護されない20歳以上60歳未満の日本国民を被保険者としている(法7条)。もつとも、拠出制年金が発足した昭和36年4月1日当時50歳を超える者は対象外であり(法74条)、そのうち、同日当時55歳未満の者だけが、申出によつて被保険者となることができた(法75条)。被保険者は、一定の場合を除き(法89条、90条)、保険料を納付しなければならず(法88条1項)、被保険者期間等につき所定の要件を充たした者に対し保険事故が生じた場合、年金が支給される仕組になつている。
[8] 障害年金は、老齢年金、母子年金などとならぶ年金給付の一つであり、疾病にかかり、又は負傷した者が、当該傷病についての廃疾認定日において、その傷病により一定の廃疾の状態にあることを支給要件の柱とし、そのほかに一定の保険料納付済期間(5条3項参照)等のあることを支給要件として付加している(法30条1項)。その支給年金額は、原則として右の保険料納付済期間等の支給要件の充足の仕方によつて異る(法33条、27条)。
[9] これに対し、障害年金を補完する制度としての障害福祉年金は、(1)傷病の初診日において拠出制年金の対象者で、右と同様廃疾認定日において、その傷病により一定の廃疾の状態にありながら、保険料納付済期間等の要件を充足していない者に対し、より緩やかな保険料納付済期間等の要件を課したうえで年金を支給する場合(法56条)と(2)傷病の初診日において20歳未満であつたため拠出制年金の対象者になり得なかつたものが、その傷病により一定の廃疾の状態となり、かつ、20歳に達したため年金を支給する場合(法57条)とがあるが、いずれも、廃疾認定日において日本国籍があることが要件となつている(法56条1項ただし書)。支給年金額は、事故ごとに一律一定である(法56条)。
[10] 本件で問題になる経過的福祉年金としての障害福祉年金は、(1)国民年金制度が発足した昭和34年11月1日当時、20歳を超えている者が、すでに一定の廃疾の状態にあるとき(法81条1項)と(2)拠出制年金が発足した昭和36年4月1日当時50歳を超え、拠出制年金に加入することができなかつた者が、その後、一定の廃疾の状態になつたとき(法81条4項)、いずれも、56条1項本文の規定にかかわらず、支給される年金であり、支給年金額は、事故ごとに一律一定である。そして、この障害福祉年金の給付に要する費用は、全部国庫が負担する(法85条2項)。
[11] さて、以上の国民年金制度の沿革と構造及び法81条1項に定める障害福祉年金のその中での位置と性格にかんがみ、法81条1項の支給要件に該当する場合であつても、法56条1項ただし書の定める廃疾認定日(法施行日)当時日本国籍がない者には、障害福祉年金は支給されないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

[12](一) 法56条1項ただし書の定めるいわゆる国籍要件は、国民年金制度の基本原則である拠出制年金の対象者が日本国籍のある者に限られるところから、この補完的制度としての障害福祉年金の支給に際してもこの要件が課せられているものであり、このことは、経過的制度としての障害福祉年金でも同様に解せられるべきである。

[13](二) 法81条1項は、「56条1項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する。」としているから、56条1項が障害福祉年金の原則的規定であり、法81条は、56条1項本文の要件を欠く場合にも同条の定める障害福祉年金を特別に支給する場合を定めるという規定の仕方をし、56条1項ただし書にふれていないことは、右に述べた解釈を正当づけるものである。
[14] そうすると、原告は、廃疾認定日(法施行日)当時日本国籍がなかつたから、法81条1項によつて障害福祉年金を受給することはできないとしなければならない。
[15] そうして、このことは、帰化の本質や効果が、帰化した者に、生来の市民と同じ特権を与え、日本国民と全く区別されないことにあつても、変らない。
[16] したがつて、このことを理由とする本件処分は、正当である。
[17] 原告は、法81条1項の規定に対する障害規定としての法56条1項ただし書は、身体障害者の生存権を不当に侵害する結果を招くから、憲法25条に違反し無効であると主張しているので、判断する。

(一) 憲法25条と社会保障
[18] 憲法25条1項は、すべての国民に対して、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、すなわち、いわゆる生存権を保障し、同条2項は、社会的施策の実施拡充によつて、国民の社会生活水準の確保向上を図るために国が実施すべき施策のうち重要なものを列挙して、国がこれらの施策を実施するような努力する責務を負うことを明らかにしたものである。したがつて、国は、右条項により、国民一般に対して概括的責務を負担するものであるが、個々の国民は、右規定によつて、直接、国に対して具体的、現実的な請求権があるわけではなく、右規定の理念を実現するために制定される個別立法によつて、はじめて、具体的請求権が与えられるのである。もつとも、このことは、憲法25条が、単に国家の政治的責務や立法指針の宣言にすぎず、裁判規範として機能しないということを意味するものではなく、右規定の趣旨にあえて反する立法がなされた場合、当該立法と憲法25条との関係が問題とされなければならないことは勿論である。
[19] ところで、国が、憲法25条2項に基づいて行う施策が、結果的には国民の健康で文化的な最低限度の生活保障に役立つているとしても、その施策の一つが、すべての国民の生存権の確保を直接の目的とし、国民の最低限度の生活の保障を実現するに足りるものでなければならないことまで憲法上要求されているものではなく、国の行う社会福祉、社会保障などのあらゆる施策が総合されたとき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるような仕組になることを求めているというべきである。そうすると、国が、同条2項に基づいて行う個々の施策には、絶対的な基準がなく、それぞれが、どのような要件のもとに、どのような内容をもつて行われるかは、国民経済の状況、国家の財政状態、国民感情等の諸事情や施策体系全体の調和を勘案したうえで判断されなければならない立法政策の問題であり、立法府の裁量に委ねられているというべきである。そして、一旦、国民に具体的権利が与えられると、当該権利の由来するところである憲法25条2項は、これに基づく施策を絶えず充実拡充していくことを要求しているから、当該権利を立法によつて奪うことは、他に合理的な理由がない限り許されず、しかも、その合理性は、かなり厳格に検討されなければならない。
[20] 他方、右のような場合ではなく、当初から、一定の要件に該当する者に一定の権利を与える旨を定める立法をする場合には、立法府がその与えられた裁量権によつて、右要件に該当する者のみを対象とする施策を実施するよう定めたというにすぎないから、立法府の右判断が、恣意的なものであつて、明らかに合理性を欠き、立法府が与えられた裁量権を著しく濫用したと認められる場合は格別、そうでないときは、当該立法が憲法25条2項に違反して無効となる理はない。ただし、同条1項との関係で、次のことに留意する必要がある。すなわち、
[21] 国が憲法25条2項に基づいていわば防貧的諸施策を行つたにもかかわらず、国民になお最低限度の生活を維持し得ない者が出る場合には、国は、これらの者に対し、健康で文化的な最低限度の生活を確保することを直接の目的とした救貧的施策を行わなければならないのであつて、憲法25条1項は、このことを要求しているといえる。そうはいつても、右の最低限度の生活が抽象的、相対的概念であつて、その具体的内容は、社会の進展に伴い変化すべきものであることは否定できないが、右の概念が、一つの絶対性のある基準であることも否定できない。したがつて国の防貧的施策に関する、立法府の裁量の当否も、このような救貧的施策と関連づけて立法されている場合、その限度では、より厳格に審査されなければならない。

(二) 法81条1項の障害福祉年金の性格
[22] 前掲各証拠によると、国が既に述べたとおりの憲法25条の趣旨を具体化するため実施している社会保障制度には、(ア)現に生活の困窮に陥つた者に対し、国が直接公的な負担において最低限度の生活を保障する、いわゆる救貧的施策としての生活保障と、(イ)主として、疾病、負傷、死亡、老齢、失業その他生活困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公的な負担において所得するいわゆる防貧的施策としての経済保障のほか、(ウ)公衆衛生及び医療と、(エ)社会福祉の4部門のあることが認められ、この認定に反する証拠がない。
[23] 右のうち(ア)については、生活保護法による生活保護の制度がある。同法1条、3条は、生活保護の制度が、憲法25条1項の定める生存権保障の趣旨を直接具体的に実現する目的をもつて設けられた救貧的施策であることを明らかにしている。したがつて、生活保護は、生活困窮のため最低限度の生活を維持できない者であれば、その原因のいかんや身分的要素にかかわりなく保護を与えるものであり(同法2条)、他方、国の保護を受けるにあたつては、その前提として個人として可能な手段及び他の法律による可能な救済手段をつくしたことが要求される(同法4条)とともに、保護として与えられるところも、具体的事情に応じ必要最少限にとどめられている(同法8条、9条)。このように、生活保護法に基づく生活保護制度は、現に困窮している者に対し、その現在の生活需要に着目し、あらかじめ定められた最低限度の生活の基準に達するまで、生活困窮の程度、態様に応じた、具体的、個別的な給付を行うものである。したがつて、これを実施するにあたつては、保護の要否、種類、程度及び方法を決定するため、要保護者等の資産、収入状況等の調査を行うことにしている(同法24条、28条、29条)。
[24] そこで、前記二で検討したところを右と対比しつつ法81条1項の経過的障害福祉年金の基本的性格について検討すると、経過的障害福祉年金は、その給付財源を専ら国庫の負担に求めるもので、この点で純粋の社会保険とは異る。しかし、既に述べたとおり、経過的障害福祉年金は、拠出制年金制度を原則とする国民年金制度(その趣旨は法1条にも明らかである)の一部として、拠出制年金の不都合を補うものとしての経過的制度であるうえ、生活保護に典型的にみられる個別具体的な事情調査に基づき応じた給付を実現せしめるべき何らの規定がなく、受給資格及び給付内容は定型化されており、単に所得の一部を保障するに過ぎない。そこで、これらのことや既に述べた立法の沿革にかんがみ、法81条1項の障害福祉年金は、基本的には、前記社会保障制度の(イ)にあたる防貧的施策であることは明らかである(証人小川政亮の証言中これに反する部分は採用しない)。

(三) 法81条1項の障害福祉年金と憲法25条
[25] 法81条1項の障害福祉年金給付に対する障害要件としての法56条1項ただし書は、憲法25条1項に違反しないと解するのが相当である。そのわけは、障害福祉年金は、防貧的施策であつて、同項の健康で文化的な最低限度の生活の保障とは直接関係がないからである。
[26] また、法56条1項ただし書による制限は、法の制定当初から設けられていたものであり、日本国籍のない者に法81条1項の障害福祉年金を支給したり、法施行後に帰化した者に対し、その者が日本国籍がなかつた間に廃疾となつたことを理由に右障害福祉年金を、帰化した後に支給した行政措置はないし、この点に関する法改正がなかつた(このことは、前掲各証拠によつて認める)。したがつて、前記四(一)で述べたところにより、防貧的施策である法81条1項の障害福祉年金の支給対象者を日本国籍がある者に限るかどうかは、純粋に立法政策の問題であり、立法府は広い裁量権が与えられているのであつて、立法府の判断が、恣意的なものであつて、明らかに合理性を欠き、立法府が与えられた裁量権を著しく濫用したと認められない限り、これが憲法25条2項に違反することはないといわなければならない。
[27] ところで、前掲各証拠及び成立に争いがない乙第2ないし第5号証によると、法81条1項の障害福祉年金の支給を制限するものとして法56条1項ただし書の規定を設けるにあたり、次の考慮が払われたことが認められ、この認定に反する証拠がない。
[28](1) 先ず、国民の福祉を図ることは、本来その国の政府の責務であつて、他国の政府の責務ではないとする思想は、今日なお世界各国において有力な思想であり、全居住者を対象とする公的年金制度の対象者を自国民に限るのは、デンマーク、アイスランド等にみられるところであるから、国民年金制度の被保険者を日本国籍がある者に限ることは、合理的である。
[29](2) 障害福祉年金は、拠出制年金の仕組から生ずる不都合を補うために必要な限度で設けられる経過的、補完的なものであり、費用は全額国庫負担であるから、右年金の対象者を、日本国籍のある者に限られるべきである。補完的福祉年金と経過的福祉年金とで、この点の取扱に差を設けるべき合理的理由がないから、両者ともに国籍要件をおくのが妥当である。
[30](3) 国民年金制度は、社会保険制度を基本としているから、その支給要件は、保険事故発生時点で問うことが合理的であり、経過的福祉年金も国民年金制度の一部を構成している以上、右制約を免れることはできない。経過的障害福祉年金において日本国籍を必要とする時点を、廃疾認定日に定めたのは、この意味で不合理ではない。仮に、廃疾認定日後に国籍を取得した者に、障害福祉年金を支給するとすると、廃疾認定日が20歳の前後いずれであつても、取扱いを異にすべき合理的な理由がないから、いずれの場合にも支給することになる。したがつて、20歳以後に廃疾認定日があり、その後帰化により国籍を取得した者には福祉年金が支給されるのに対し、20歳以後に廃疾認定日がある日本国籍のある者は、拠出制年金によらなければ何らの年金給付が受けられない不都合が生じる。この不都合は、拠出制年金制度の根幹をゆるがすものである。
[31] このようにみてくると、立法府が、法81条1項の障害福祉年金の支給を制限するものとして法56条1項ただし書の規定を設けたことには、首肯するに足りる合理的理由があるから、立法府が、恣意的な判断をしたり、裁量権を著しく濫用したとすることは到底できない。
[32] したがつて、法56条1項ただし書の規定は、憲法25条2項に違反しない。
[33] 原告は、法81条1項の規定に対する障害規定としての法56条1項ただし書は、日本国籍がない者を不当に差別的に取り扱うものであるから、憲法14条1項に違反する。仮にそうでないとしても、日本に帰化した者を以前日本国籍がなかつたことによつて不当に差別的に取り扱うものであるから同項に違反する。仮にそうでないとしても、原告のようないわゆる在日朝鮮人を不当に差別的に取り扱うものであるから同項に違反すると主張しているので判断する。

[34](一) 憲法14条1項は、法の下の平等の規定であるが、この平等原則に従えば、国の社会保障上の施策でも、平等的な取扱がなされなければならない。しかし、右憲法の条項は、国民に対し絶対的な平等的取扱を保障したものではなく、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、何ら右条項の否定するところではないと解するのが相当である。

[35](二) ところで、法81条1項の障害福祉年金の支給において、法56条1項ただし書の規定により、原告のいう在日朝鮮人を含め、日本国籍がない者が差別的取扱を受け、また帰化した者が日本国籍がなかつたことによつて帰化前の廃疾については帰化してもなお差別的取扱を受ける仕組になつていることは、既に述べたところから明らかである。
[36] しかし、右の差別的取扱は、不合理なものではなく、その合理性の根拠としては、前記三(三)3の(1)ないし(3)の判断を、そのまま挙げることができる。
[37] ただし、右(3)に述べた不都合(廃疾認定日という基準日に日本国籍を必要とする仕組を改め帰化人に帰化後について福祉年金を支給するとした場合に生ずる不都合)が、立法者が考えたように拠出制年制度の根幹をゆるがす不都合であると断言できるかは、疑問である。すなわち、
[38] 拠出制年金対象者の受給する年金額は、福祉年金対象者の受給する無拠出の年金額と比べて、高額であるうえ、国籍がなかつたものは、もともと拠出制年金の対象者となり得なかつたのであるから、もともと日本国民であつた者と帰化人の立場とを同一に論じることはできないのであつて、20歳以後に帰化した者には福祉年金を支給し、20歳以後に廃疾認定日のある日本国民には拠出しない限り一切の年金を支給しないとすることも立法政策としてあり得ないわけではない。しかし、いずれにせよ、20歳以後に帰化した者に福祉年金を支給しながら、20歳以後に廃疾認定日のある日本国民には、拠出しない限り何らの年金の支給が受けられないことが不都合であるとすることの合理性を否定できるわけではない。
[39] なお、障害福祉年金の受給権の発生につき、元来日本国籍がある者と帰化した者との者で差異が生じるのは、基準日に国籍要件が必要である結果によるものであつて、右基準日に関係なく、過去に外国人であつた者には常に受給資格を付与しないとする扱いをしているものではないから、同じ日本国籍がある者を帰化人という社会的身分自体によつて差別するものでないことはいうまでもない。

[40](三) もつとも、右のことから先に述べた差別的取扱が不合理なものでないと断じるため、次のことを検討しておく。
[41] 第一に、福祉年金に国籍要件を定めたことが、拠出制年金の対象者でない20歳未満の者が、廃疾となつた場合、20歳に達した後、福祉年金が支給されることと不均衡ではないか、という点がある。
[42] しかし、原告も自認するとおり、20歳未満の者は、将来当然に20歳を超え、拠出制年金の対象者となることが予想されるのであり、20歳未満の時点においては拠出能力を定型的に欠いているため、拠出制年金の対象者となし得なかつたもので,ここに、補完的制度の一つとしての法57条の福祉年金が設けられた意義があるのに対し、外国人には、右のような事情がない。そして、前者に対する右のような政策的判断に合理性がないとはいえないから、国籍と年齢との取扱の差をもつて、法56条1項ただし書が不合理な結果をもたらすということはできない。
[43] 第二に、右と似た不均衡は、国籍と住所との間にもある。すなわち、拠出制年金の対象者は、日本国内に住所がある者に限られているが、昭和41年法律第92号による改正前の法56条1項ただし書では、日本国内に住所を有しないことが障害福祉年金支給の障害事由となつていた。しかし、右改正によつて住所要件が削除され、以後福祉年金支給の障害事由ではなくなつた(もつとも、国籍と住所とは異つた取扱がなされることがあるといつても、長年外国で生活していた日本国民が外国で疾病にかかり、又は負傷した後帰国したような場合には、補完的障害福祉年金の受給資格はないのであつて(法56条1項)、この点で日本に住所がない日本国民が帰国しても福祉年金の支給が受けられない場合が依然として存続している)。
[44] 証人佐々木善之の証言によると、右改正の直接の契機となつたのは、当時沖縄が日本国内として扱われていなかつたため、沖縄に居住していた者は、その後、当時の日本国内に住所を移動しても、福祉年金の支給が受けられず(改正前の法56条1項)、また、福祉年金の受給権が発生しても、その後沖縄に住所を移動した場合、福祉年金の受給権が消滅する(改正前の法59条)という不都合があつた点にあることが認められ、この認定に反する証拠はない。
[45] 住所は個人の意思によつて容易に移転しうるものであるから、日本国民であれば、国内外に住所を移転することによつて、拠出制年金の対象となつたり、そうでなくなつたりすることは、しばしばおこりうる。そこで、日本国民でありながら日本国内に居住しないものを、潜在的被保険者としてとらえ、たまたま、これらの者が日本国内に居住しない時点で保険事故が生じた場合、これを全く国民年金の対象外に置くのではなく、一定の要件さえ充たせば、なお年金給付の保護を与えるという法改正は、政策的判断として不合理であるということができない。これに対し、国籍については、右のような事情にない。したがつて、この点で国籍と住所との取扱に差があるからといつて、法56条1項ただし書が平等原則に反することにはならない。
[46] 第三に、成立に争いがない甲第5号証、第8号証の1、2、第25号証及び証人小川政亮の証言によると、ILO181号「社会保障における内国民及び非内国民の均衡待遇に関する条約」(1962年)等にみられるように、近時、公的扶助であると社会保険であるとを問わず、社会保障について、国籍による差別的取扱の撤廃をめざす傾向がみられることが認められ、この認定に反する証拠はない。
[47] しかし、国籍による差別的取扱を不合理とするまでに右の国際的傾向が普遍化していることが認められる証拠がないから、右国際的傾向から、直ちに、わが国の障害福祉年金制度が、国籍の有無によつて理由のない差別をしているとまで断定することはできない。
[48] 第四に、法56条1項ただし書で、外国人を除外しながら、アメリカ国民については、日米友好通商航海条約に従つて、法の適用があるとしていることは、アメリカ国民とその他の外国人とに差別を設けたことにならないかということがある。
[49] しかし、法制定前に同条約がある(証人佐々木善之の証言による)以上、アメリカ国民が他の外国人とは異つた取扱いを受けることは、条約の当然の効果として是認するほかない。そして、それは、理由のない差別をしたことにはならないのである。
[50] 以上のとおりであつて、法56条1項ただし書のもたらす国籍による差別的取扱を不合理とすることはできないから、法81条1項の障害福祉年金の支給の障害要件である法56条1項ただし書の規定が憲法14条に違反し無効であるということはできない。
[51] なお、第二次大戦前、大日本帝国臣民として遇せられた今日の在日朝鮮人に対する補償が必要であるとしてもこれをいかなる程度、どのような方法で行うかは、純然たる立法政策の問題であるから、在日朝鮮人を、国民年金制度において日本国民と同列に扱わず、外国人として扱うことが、憲法14条1項に反するということはできない。
[52] もつとも、生活保護法1条、2条の規定にかかわらず、行政措置として在日朝鮮人に対し、生活保護を与えている(成立に争いがない甲第19号証によつて認める)が、生活保護制度は救貧的施策に属するものであり、これに対して、障害福祉年金が、防貧的施策であることに着目したとき、行政措置としてでも、在日朝鮮人に対し同年金を与えなければ、平等原則に反するとは、到底いえない筋合である。
[53] 原告は、法81条1項の規定に対する障害規定としての法56条1項が、憲法13条に違反し無効であると主張しているので判断する。
[54] 憲法13条は、前段で、個人の尊重を、後段で、幸福追求の権利等の尊重を定めるものであるが、既に述べたとおり、右障害規定は、合理性を欠くといえない以上、同条の個人の尊重、あるいは幸福追求の権利等の尊重と抵触するものでない。したがつて、原告の主張は、採用できない。
[55] 以上の次第で、法81条1項の規定に対する障害規定としての法56条1項ただし書の規定は、憲法13条、14条1項、25条に違反しないから、本件処分は適法である。
[56] そうすると、原告の本件請求は、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法7条、民訴法89条に従い、主文のとおり判決する。

  裁判官 古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎

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