沖縄代理署名訴訟
第一審判決

地方自治法151条の2第3項に基づく職務執行命令裁判請求事件
福岡高等裁判所那覇支部 平成7年(行ケ)第3号
平成8年3月25日 民事部 判決

原告 内閣総理大臣 橋本龍太郎
   右指定代理人 川勝隆之 ほか34名

被告 沖縄県知事  大田昌秀
   右訴訟代理人弁護士 中野清光 ほか15名
   右指定代理人 高山朝光 ほか11名

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由

■ 参照条文


一 被告は、那覇防衛施設局長が、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法14条1項により適用される土地収用法36条の規定に基づき、別紙土地目録記載の各土地に係る土地調書及び物件調書を作成するにつき、左記により、同条5項に基づいて立会人を指名し、署名押印させよ。
          記
1 立会及び署名押印の期限
 被告がこの判決の正本の送達を受けた日の翌日から起算して3日以内。
 ただし、行政機関の休日に関する法律1条1項の規定による休日は、右の3日の期間から除く。
2 立会及び署名押印の時間
 右期間内の毎日午前8時30分から午後5時まで
3 立会及び署名押印の場所
 那覇防衛施設局 沖縄県那覇市久米1丁目5番16号

二 訴訟費用は被告の負担とする。

 主文と同旨。
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案についての答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
[1] 本件は、那覇防衛施設局長が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「安保条約」という。)第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「地位協定」という。)の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下「特措法」という。)14条1項により適用される土地収用法36条(以下、特措法14条1項により適用される土地収用法の規定については「特措収用法〇条」として摘記する。)の規定に基づき別紙土地目録記載の各土地(以下「本件各土地」といい、同目録記載の土地については目録に付されている番号により表示し、例えば同目録記載1の土地を「本件1土地」などという。)に係る土地調書及び物件調書(以下、両調書を併せて「本件調書」という。)を作成するにつき、被告が同条5項に基づいて立会人を指名し署名押印させる(以下、右行為を「本件署名等代行」といい、同条4項又は5項に定める市町村長又は都道府県知事の行為を「署名等代行」という。)という国の機関としての被告の権限に属する国の事務の執行を拒否したとして、原告が、主務大臣として、地方自治法151条の2第3項に基づき、被告に対し本件署名等代行をすべきことを命ずる旨の裁判を求めた職務執行命令訴訟である。
[2] 第二次世界大戦後、沖縄をその施政権下においたアメリカ合衆国(以下「米国」という。)は、極東における沖縄の軍事的、戦略的価値に着眼して沖縄に軍事基地を建設し、これを長期的に使用する意向を有していた。我が国政府は、昭和40年ころ、沖縄復帰の実現に向けて米国政府と交渉を開始したが、両国政府は、これに前向きで取り組む姿勢を示す一方、沖縄における米軍基地の存続が日本を含む極東における平和と安全のために重要であり、沖縄復帰の前提となることについて共通の認識を持つに至った。両国政府代表者は、昭和46年6月17日、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(以下「沖縄返還協定」という。)に署名したが、その3条1項では、日本国は安保条約及びこれに関連する取極に従い、この協定の効力発生の日に、米国に対し沖縄における施設及び区域の使用を許すことが定められた。また、同条の規定に関し両国政府間で行われた討議の結果を示すものとして同日交わされた了解覚書では、従前から存在した沖縄における米軍の施設及び区域の復帰後の在り方について、米軍の用地として提供するもの(同覚書A表)、自衛隊や運輸省に引き継がれるもの(同覚書B表)、沖縄復帰の際又はその前に全部又は一部の使用が解除されるもの(同覚書C表)に区分され、右A表に掲げる施設及び区域は、両国政府が別段の合意をしない限り、安保条約6条及び地位協定2条の規定により、沖縄の復帰の日から米軍の使用に供するものとして日米合同委員会において沖縄返還協定の効力発生の日に合意する用意があるとされた(本件各土地は右A表に掲げられた施設及び区域に含まれている。後記の使用認定に係る土地も同様である。)。沖縄返還協定は、昭和47年3月21日、公布され、同年5月15日、その効力を生じ、同日、日米合同委員会は、安保条約6条及び地位協定2条に基づき米軍が沖縄県においてその使用を許されている施設及び区域の提供等について合意した(以下「施設及び区域の提供等に関する協定」といい、右施設及び区域に係る土地を「米軍用地」という。)。右提供に係る米軍専用施設の名称及び面積は別表1記載のとおりであり、本件各土地はいずれも右提供に係る施設及び区域に含まれている(後記の使用認定に係る土地も同様である。)。

[3] 沖縄の復帰に際しての日米首脳会談において、佐藤内閣総理大臣は、沖縄の米軍施設及び区域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由を説明し、ニクソン米大統領は、双方が施設及び区域の調整を行うに当たってこれらの要素は十分に考慮に入れられる旨答えた。
[4] 我が国は、米軍の使用に供された施設及び区域の整理縮小のために、日米合同委員会及び日米安全保障協議委員会の場を通じて交渉を重ね、民公有地については、別表2に記載のとおり施設及び区域の返還がされてきた。平成8年1月1日現在の米軍専用施設の名称及び面積は別表3記載のとおりであり、右施設数及び面積は、復帰当時に比べ、45施設、約4328万平方メートル減少した。
[5] その間の米軍施設及び区域の整理、統合、縮小の状況及び今後の動向は次のとおりである。第14回(昭和48年1月)、第15回(昭和49年1月)及び第16回(昭和51年7月)の日米安全保障協議委員会で了承された整理統合計画は全体で63件(約4627万平方メートル)であるが、そのうち52件(約2906万平方メートル)は返還済みであり、1件(約1万平方メートル)は返還合意済みであり、4件(約352万平方メートル)はその取扱いについて合意済みであり、残り6件(約1368万平方メートル)については、平成7年11月に設置された新たな日米間の協議機関である「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会」(以下「特別行動委員会」という。)や同じころ閣議決定により設置された政府と沖縄県との間の協議機関である「沖縄米軍基地問題協議会」(以下「基地問題協議会」という。)等を通じて推進される予定である。
[6] 米軍施設及び区域の整理、統合、縮小のより一層の促進を図るため、昭和63年夏から、日本合同委員会において、それまでの未解決事案や追加要請事案を併せて検討した結果、平成2年6月、17施設23事案(約1000万平方メートル。前記整理統合計画に係るものと一部重複。)について、返還に向けて所要の調整や手続を進めることが確認された。そのうち11事案(約568万平方メートル)は返還済みであり、5事案(約54万平方メートル)は返還合意がされ又は所要の移設工事等の完了後に返還されることとされ、残りの7事案については返還に係る処理方針が合意された。
[7] 被告が、地域の産業振興及び県民生活の安定を図る上で重要な課題となっており、県民の要望も極めて強いとして、その問題解決を強く要望していたものとして、(a)那覇港湾施設の返還、(b)読谷補助飛行場における落下傘降下訓練の廃止及び同施設の返還並びに(c)県道104号線越え実弾射撃訓練の廃止のいわゆる3事案がある。(a)(b)については、平成7年5月の日米合同委員会において移設条件付きで返還することの基本方針が承認され、移設先との調整がされている。(c)については、同年10月の日米合同委員会において、技術的専門的に検討を行う「実弾射撃訓練の移転に関する特別作業班」を同委員会に設置することが承認され、右作業班において実弾射撃訓練の分散、実施について検討が進められている。
[8] 沖縄県、那覇防衛施設局及び在沖米軍との間の三者連絡協議会は、沖縄県に所在する施設及び区域を管理及び運用することから生ずる問題であって、三者のそれぞれ共通の関心を有することについて、それぞれが拘束されない自由な立場から協議することを目的として、昭和54年7月に設置され、これまで、基地から派生する問題を少しでも軽減するために、航空機騒音対策、航空機関連事故、綱紀粛正、演習場の安全対策及び松食虫対策等について協議し、例えば、航空機騒音対策として、米軍は、日曜祝日等の飛行の規制、夜間飛行の規制、エンジンテストの時間規制等の措置を講じ、那覇防衛施設局長は、嘉手納飛行場及び普天間飛行場に航空機用消音装置を設置するとともに、施設周辺の住宅、学校、病院等への防音工事の助成を推進してきた。

[9] 日米両国政府は、前記のとおり、沖縄の復帰の際、沖縄に一定の米軍施設及び区域を確保することが日本を含む極東の平和と安全のために重要であることについて、共通の認識を有していたが、現時点においてもその認識に変更はない。
[10] 基地問題協議会は、平成7年11月25日、外務大臣、内閣官房長官、防衛庁長官、被告が出席し、第1回の会合が開催されたが、同協議会等において、沖縄県の要望を踏まえつつ安保条約の目的達成との調和を図りながら、1年以内を目途に米軍施設及び区域の整理、統合、縮小に関する検討結果を取りまとめることとされている。
[11] 原告は、平成8年1月、第136回国会における施設方針演説の中で、沖縄の米軍施設及び区域の問題については、長年にわたる沖縄の方々の苦しみ、悲しみに最大限心を配った解決を得るためにも特別行動委員会等を通じ、安保条約の目的達成との調和を図りつつ、沖縄の米軍施設及び区域の整理、統合、縮小を推進するとともに、騒音、安全、訓練などの問題の実質的な改善が図られるよう、誠心誠意努力を行う決意である旨宣明している。

[12] 前記のとおり、日本国政府は、昭和47年5月15日、沖縄の復帰に伴い、安保条約6条、地位協定2条、施設及び区域の提供等に関する協定に基づき、米軍用地を米軍の使用に供することになり、その大部分については、所有者との間の賃貸借契約等の合意によりその使用権原を取得したが、合意の得られない一部の土地については、米軍用地の大部分の土地の位置境界が不明で特定できず、特措法の手続によることができなかったため、特別な経過措置として国等が権原を取得するまでの間暫定的に一定期間当該土地を使用することができるようにするために制定された「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(以下「公用地暫定使用法」という。)に基づいてその使用権原を取得した。そして、公用地暫定使用法1条2項の趣旨に従いその所有者との合意によりその使用権原を取得するよう努めてきたが、使用期間の満了する昭和57年5月14日(後記位置境界明確化法附則6項により期間延長されたもの)までに合意を得ることができなかった土地については、「沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特措法」(以下「位置境界明確化法」という。)に基づく明確化措置により各筆の土地の位置境界が逐次明確化され特措法の手続によることが可能となったので、引き続き駐留軍用地として提供する必要のあるものについては、特措法に基づきその使用権原を取得した。このように賃貸借契約又は特措法の手続による取得した土地でその使用期間満了後も引き続き駐留軍用地として提供する必要があるものについては、所有者との間で賃貸借契約等の合意を得るよう努力し、合意が得られないものについては、その都度特措法の手続によりその使用権原を取得した。後者の使用期間は平成9年5月14日をもって満了する。

[13] 本件2土地(松田正太郎の所有地を除く。)、本件4ないし6土地、本件7土地(金城昇、比嘉信子及び喜友名朝則の各所有地を除く。)及び本件8土地(徳里進ほか2名及び我那覇生吉ほか4名の各共有地を除く。)の各土地は、沖縄復帰時公用地暫定使用法の手続により、昭和57年5月15日からは2度(ただし、本件8土地については3度)にわたる特措法の手続により、また、本件1土地、本件2土地(ただし、松田正太郎の所有地)、本件7土地(ただし、金城昇、比嘉信子及び喜友名朝則の各所有地)及び本件8土地(ただし、徳里進ほか2名及び我那覇生吉ほか4名の各共有地)は、沖縄復帰時賃貸借契約により、右存続期間満了後の平成4年5月15日からは特措法の手続により、それぞれ国がその使用権原を取得してきたものであり、前記のとおりその使用期間はいずれも平成9年5月14日をもって満了する。
[14] 本件3土地は、沖縄復帰時公用地暫定使用法の手続により、昭和51年4月1日からは賃貸借契約により、国がその使用権原を取得してきたものであり、その使用期間は平成8年3月31日に満了する。

[15] なお、本件各土地の使用状況等は次のとおりである。
[16] 本件1土地(約1426平方メートル)は、瀬名波通信施設(沖縄復帰時の名称は「ボロー・ポイント射撃場)」(総面積約61万2000平方メートル)内に散在している。同施設は、現在、第18航空団第18施設技術群司令部の管理の下、空軍FBIS(海外放送情報サービス部隊)が事務所、通信用アンテナ等の敷地等として使用しており、本件1土地2筆のうち、1筆は事務所用地、他の1筆は電子・電気機器の効果的な運用を阻害する電磁干渉を遮断、低減させるため一定の制限がされている電磁障害除去地として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。後者の土地については、米軍がその目的に反しない範囲で土地所有者等による耕作等を黙認している(以下、このような土地を「黙認耕作地」という。)。
[17] 本件2及び5土地(約5469平方メートル)は、嘉手納弾薬庫地区(総面積約2883万5000平方メートル)内に散在している。同施設は、現在、第18航空団第18施設技術群司令部及び海兵隊キャンプ・バトラー基地司令部の管理の下、第18航空団第18兵站群第400弾薬整備中隊、海軍兵器部、米国陸軍第505燃料補給大隊等が司令部施設、管理事務所、弾薬貯蔵庫、弾薬補修工場等の敷地等として使用しており、本件2及び5土地は、いずれも弾薬庫等の安全確保の観点から確保されている地域である弾薬庫保安用地として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。これらの土地の一部は、黙認耕作地として使用されている。
[18] 本件3土地(約236平方メートル)は、楚辺通信所(総面積53万5000平方メートル)内にある。同施設は、現在、在沖米艦隊活動司令部の管理の下、ハンザ海軍保全群が中継所、支援施設、倉庫、警衛所、補給事務所等の敷地等として使用しており、本件3土地は、アンテナ敷地として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。
[19] 本件4土地(約983平方メートル)は、トリイ通信施設(総面積約197万900平方メートル)内に散在している。同施設は、現在、米国陸軍第10地域支援群司令部の管理の下、在沖米陸軍特殊部隊第1大隊、在沖米陸軍通信部隊等が通信室、司令部施設、隊舎、倉庫、予備発電所、通信用アンテナ等の敷地等として使用しており、本件4土地は、電磁障害除去地として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。これらの土地は、黙認耕作地として使用されている。
[20] 本件6土地(約1473平方メートル)は、キャンプ・シールズ(総面積70万1000平方メートル)内にある。同施設は、現在、在沖米海軍艦隊活動司令部及び第18航空団第18支援群の管理の下、海軍機動建設大隊等が管理事務所、機械工場、隊舎、家族住宅等の敷地等として使用しており、本件6土地は、倉庫及び駐車場敷地として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。
[21] 本件7土地(約9827平方メートル)は、嘉手納飛行場(総面積約1997万5000平方メートル)内に散在する。同施設は、現在、第18航空団の管理の下、第18運用群、第603軍事空輸支援中隊、在沖米艦隊活動司令部、第18施設技術群等が飛行場、隊舎、家族住宅、学校等の敷地等として使用しており、本件7土地13筆は、飛行場地区では、航空機の離着陸の安全を確保するために設けられた滑走路周辺にある保安緩衝地帯用地(3筆)、着陸帯敷地(1筆)、資材置場敷地(2筆)、航空機が離着陸する際に駐機場と滑走路との間を移動、停留するために使用するエプロン敷地(1筆)として、住宅地区では、学校用地(2筆)、家族住宅敷地及び場内管理道路敷(1筆)、隊舎敷地(1筆)、駐車場敷地(1筆)、家族住宅用地(1筆)として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。
[22] 本件8土地(約1万5800平方メートル)は、那覇港湾施設(総面積約56万8000平方メートル)内に散在する。同施設は、現在、米国陸軍第10地域支援群司令部の管理の下、米軍運輸管理部隊那覇港湾隊、米海兵隊第3役務支援群等が、船舶を横づけするコンクリートの岸壁であるバース、倉庫、管理事務所等の敷地等として使用しており、本件8土地23筆は、野積場敷地(9筆)、機械修理工場敷地(4筆)、一時的な荷物置場、埠頭内の道路及び荷捌き場等として使用される岸壁から上屋までの土地であるエプロン敷地(2筆)、道路及び機械修理工場敷地(2筆)、港湾管理事務所及び野積場敷地(1筆)、港湾管理事務所及び道路敷地(1筆)、駐車場敷地(1筆)、倉庫敷地(1筆)、道路敷(1筆)、野積場・倉庫敷地及び道路敷(1筆)として使用され、同施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している。

[23] 国は、平成9年5月14日に使用期間が満了する土地(本件3土地以外の本件各土地を含む。)及び本件3土地の計254筆(13施設、所有者2900名余(共有地主2800名余を含む。)、面積約37万1000平方メートル)については安保条約及び地位協定に基づき引き続き駐留軍の用に供することが必要であるにもかかわらず、所有者との合意により使用権原の取得が見込めない状況にあるとして、特措法による使用権原取得の手続を進めることにした。なお、沖縄県における平成7年5月9日現在の米軍施設及び区域中民公有地の総面積は約1億5823万平方メートルであり、そのうちの約99.77パーセントの土地については、その所有者との間で賃貸借契約が締結されているか、賃貸借の予約がされており、右254筆は残りの約0.23パーセントの土地であり、国有地を含めた沖縄県における米軍専用施設全体の約0.16パーセントに当たっている。

[24] 那覇防衛施設局長は、平成7年3月3日ころ、土地所有者及び関係人に対し、特措法4条に規定する意見書を同月24日までに提出するよう依頼し、同年4月6日及び同月17日、同条1項に基づき、意見書等を添付し、前記254筆について、使用認定申請書を防衛施設庁長官及び防衛庁長官を通じ、原告に提出した。
[25] 原告は、同年5月9日、右申請に係る土地の使用が特措法3条の要件に該当すると認め、同法5条に基づき土地の使用の認定(以下、そのうち本件各土地に係る使用認定を「本件使用認定」という。)をし、同法7条1項に基づき那覇防衛施設局長にその旨を通知するとともに、当該防衛施設局長の名称(那覇防衛施設局長)、使用すべき土地の所在並びに同条2項による土地の調書及び図面の縦覧場所を同日付けの官報で告示した。
[26] 那覇防衛施設局長は、同日、同項により、関係市町村内において当該市町村に関係がある土地の調書及び図面を公衆の縦覧に供し、同月10日ころ、土地所有者及び関係人に対し、使用認定があった旨並びに使用しようとする土地の所在,種類及び数量を通知するとともに、特措収用法28条の2による補償等についての「お知らせ」と題する書面を送付した。また、同局長は、同月11日、特措法7条2項により、右通知に係る内容を官報により公告した。
[27] 那覇防衛施設局長は、使用認定の告示があった後、本件各土地を含む252筆の土地(所有者2937名、面積約36万9000平方メートル。本件使用認定後に賃貸借契約の予約締結を承諾した土地所有者があること、共有者の持分の一部が移転されたこと等により筆数等が変わった。)について、沖縄県収用委員会に使用の裁決を申請するため、特措収用法36条1項による土地調書及び物件調書の作成に着手した。

[28] 那覇防衛施設局長は、右252筆の土地について特措収用法36条1項の土地調書及び物件調書となるべき図書を作成した(そのうち、本件調書の作成については後記のとおり)上、同月16日ころから同年6月中旬にかけて、右各土地の所有者のうちの住居所不明者3名を除く2934名(本件各土地の所有者合計35名を含む。)及び関係人16名(本件各土地の関係人合計10名を含む。)に対し、「立会要請について」と題する書面を郵送することにより、同条2項に基づく立会及び署名押印を求めた。
[29] しかし、右土地所有者のうち1959名(本件各土地の所有者35名のうち立会及び署名押印をした共有者1名を除く34名が含まれる。)は、右文書により指定された立会の日時及び場所に出頭せず、7名は出頭したものの署名押印をしなかった。また、関係人のうち12名(本件各土地の関係人10名のうち、立会及び署名押印をした3名を除く7名が含まれる。)は右立会の日時及び場所に出頭しなかった。

[30]10 そこで、那覇防衛施設局長は、同月6日ころ、伊江村長、恩納村長、読谷村長、沖縄市長、北谷町長、宜野湾市長、浦添市長及び那覇市長に対し、同月23日ころ、嘉手納町長に対し、それぞれ、特措収用法36条4項に基づいて「立会要請について」と題する文書により、当該市町村長又はその吏員の立会及び署名押印を求めたところ、恩納村長並びに伊江村、嘉手納町、北谷町、宜野湾市及び浦添市の各吏員による立会及び署名押印がされた。しかし、読谷村長は本件1ないし4土地について、沖縄市長は本件5ないし7土地について、那覇市長は本件8土地について、いずれも右の立会及び署名押印を拒否した。

[31]11 那覇防衛施設局長は、同年8月21日、被告に対し、特措収用法36条5項に基づき、「立会要請について」と題する文書により、立会日時を「平成7年8月28日午前10時から午後4時まで」、立会場所を「那覇防衛施設局」と定めて、本件調書を作成するにつき、沖縄県の吏員のうちから立会人を指名し、署名押印させること(本件署名等代行)を申請した。なお、右の日時場所の指定方法は、これまでの特措法に基づく使用権原の取得の手続において実施されてきた例に準拠したものである。
[32] 被告は、同年10月2日、「立会要請について(回答)」と題する文書により、本件署名等代行には応じられない旨の回答をした。

[33]12 そこで、原告は、主務大臣として、同年11月23日、文書により、本件署名等代行事務の拒否が国の機関としての被告の権原に属する国の事務の管理若しくは執行が法令の規定に違反するものであり、また、国の事務の管理若しくは執行を怠るものであること、被告が本件署名等代行事務を拒否した場合、他の機関がこれを代行する法令の規定はなく、地方自治法151条の2第1項から第8項までに規定する措置以外の方法によってその是正を図ることが困難であること及び本件署名等代行がされないと適式な土地調書及び物件調書が作成できず、特措収用法39条1項に基づく裁決の申請ができなくなり、その結果、駐留軍に対し施設及び区域を提供するという我が国の条約上の義務を履行するために必要な使用権原を現使用期間満了日までに取得することが不可能となり、これを放置することにより著しく公益を害することが明らかであることを指摘し、立会及び署名押印の期限を「本書面到着の日の翌日から起算して3日以内(ただし、行政機関の休日に関する法律1条1項の規定による休日を除く。)」立会及び署名押印の時間を「毎日午前8時30分から午後5時まで」、立会及び署名押印の場所を「那覇防衛施設局 沖縄県那覇市久米1丁目5番16号」と定めて、特措収用法36条5項に基づき立会人を指名し署名押印させるべきこと(本件署名等代行)を勧告した。
[34] 被告は、右勧告の期限までに勧告に係る事項を行わなかった。

[35]13 原告は、同月30日、文書により、立会及び署名押印の期限を「本書面到着の日の翌日から起算して3日以内(ただし、行政機関の休日に関する法律1条1項の規定による休日を除く。)」、立会及び署名押印の時間を「毎日午前8時30分から午後5時まで」、立会及び署名押印の場所を「那覇防衛施設局 沖縄県那覇市久米1丁目5番16号」と定めて、特措収用法36条5項に基づき立会人を指名し署名押印させるべきこと(本件署名等代行)を命令した(以下、この命令を「本件命令」という。)。
[36] 被告は、本件命令に係る期限を経過したが未だ本件署名等代行をしていない。
[37] 沖縄においては、第二次世界大戦の末期、沖縄本島の全域にわたって、50日間に及ぶ日米両軍による激しい地上戦が展開された。その結果、軍関係者ばかりでなく、一般住民もこれに巻き込まれ、16万人を超える人々が犠牲となった。戦後、沖縄は、米軍の支配下に置かれ、昭和26年9月8日のサンフランシスコ平和条約の締結により我が国が独立した際には本土から分離され、米国の施政権下に置かれた。沖縄が本土復帰を果たしたのはそれから21年後の昭和47年のことである。戦後、沖縄を占領した米軍は、旧日本軍の施設及び区域ばかりでなく、公有地や民有地をも強制的に接収して本島中部地区を中心に軍事基地を構築していった。これらの軍事基地は、前提事実のとおり、沖縄の本土復帰後日米安保体制下に組み込まれ、我が国が安保条約上の義務に基づき米軍の使用に供するという形で存続した。

2 米軍基地の概況
[38] 沖縄には、平成6年3月末現在、県下53三市町村のうち25市町村にわたって42施設、2億4526万平方メートルの米軍基地が存在し、その面積は全県土面積の約10.8パーセントを占めている。そこで、沖縄県は、かねてから日本国政府に対して米軍基地の整理縮小を要請してきたが、十分な成果を挙げるには至っていない。米軍専用施設の返還状況について本土と沖縄とを比較すると、本土においては、昭和47年3月末に約1億9699万平方メートルであったのが平成6年1月1日には約8060万平方メートルになり約59パーセント減少したのに対し、沖縄においては、昭和47年5月15日に約2億7850万平方メートルであったのが平成6年3月末には約2億3739万平方メートルになり約15パーセント減少しただけである。
[39] 平成6年3月末現在の沖縄の米軍基地面積は全国の米軍基地面積(本土については平成6年1月1日現在)の約24.9パーセントを占める。中でも米軍が常時使用できる専用施設に限ってみると全国のそれの約74.6パーセントが国土面積の約0.6パーセントを占める沖縄県に存在する。都道府県別に米軍基地の占める面積の割合をみると、沖縄県が約10.8パーセントであるのに対し、静岡県は約1.2パーセント、山梨県は約1.1パーセント、他の都道府県は1パーセント末満であり、国土面積に占める米軍基地の割合は約0.26パーセントである。また、米軍基地のうち米軍専用施設の占める割合をみると、沖縄県が約96.8パーセントであるのに対し、他の都道府県においては、約10.9パーセントである。
[40] 平成6年3月末現在における沖縄県の米軍基地の所有形態は、私有地が約32.7パーセント、市町村有地が約30.5パーセント、県有地が約3.6パーセントであり、国有地は約33.2パーセントである。本土の米軍基地の場合、民公有地が約13パーセント、国有地が約87パーセントである。これは、本土の米軍基地の大半が第二次大戦前の旧日本軍の基地をそのまま使用してきたのに対し沖縄県の米軍基地は旧日本軍の基地の使用に止まらず、米軍による民公有地の新規接収が各地で行われたことによる。
[41] 平成6年3月末現在の沖縄県の米軍基地の用途状況は次のとおりである。施設数が多く面積も大きいのは演習場であり、17施設、約1億6854万平方メートル(全基地面積の約68.7パーセント)に及ぶ。演習場施設には、県内の米軍基地で最大の面積を有する北部訓練場、実弾射撃訓練に使用されるキャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセン、パラシュート降下訓練が行われる読谷補助飛行場、部隊の上陸訓練が行われる金武ブルービーチ訓練場や金武レッドビーチ訓練場、南部地区や八重山地区の離島に存在する射爆撃場などがある。次に面積が大きいのは倉庫であり、3施設、約3280万平方メートル(全基地面積の約13.4パーセント)に及ぶ。この施設には、各軍が必要とする弾薬の総合貯蔵・補給施設として重要な役割を果たしている嘉手納弾薬庫地区や辺野古弾薬庫、在日米軍の中でも主要な兵站基地となっている牧港補給地区があり、嘉手納弾薬庫地区だけで倉庫施設の面積の約87.9パーセントを占めている。第三に面積が大きいのは飛行場施設であり、嘉手納飛行場と普天間飛行場の2施設、約2479万平方メートルに及ぶ。両施設は中部地区に存在し、それぞれ空軍及び海兵隊の中枢基地となっている。このほか、沖縄県の米軍基地には、キャンプ瑞慶覧やキャンプ・コートニー等の兵舎が5施設(約954万平方メートル)、軍事通信を傍受していると言われている楚辺通信所、陸軍特殊部隊(グリーンベレー)が配備されているトリイ通信施設等の通信施設が7施設(約447万平方メートル)存在する。また、第7艦隊の兵站支援港で原子力潜水艦の寄港地としても重要な役割を果たしているホワイト・ビーチ地区や湾岸戦争の際の軍事物資の積出港として使用された那覇港湾施設等の港湾施設が3施設(約218万平方メートル)、軍病院が置かれている医療施設が1施設(約108万平方メートル)、事務所(工兵隊事務所)が1施設(約4万平方メートル)、奥間レストセンターや陸軍貯油施設等のその他施設が3施設(約182万平方メートル)ある。
[42] 平成7年11月末現在、沖縄周辺には、米軍の訓練又は保安のための水域が29箇所、空域が15箇所設定されている。訓練水域では、常時立入禁止、使用期間中立入禁止、船舶の停泊、係留投錨、潜水及び網漁業並びにその他すべての継続的行為の禁止等の制限、禁止がされている。訓練空域については、那覇空港の場合、発着する航空機を管制するための空域が半径5陸マイル(約8キロメートル)、高度2000フィート(600メートル)未満に制限されているため、通常の空域より、半径で1キロメートル、高度で300メートルも狭められている。
[43] 海兵隊は、キャンプ・コートニーにある第3海兵機動展開部隊の下に、第3海兵師団がキャンプ・コートニーに、第1海兵航空団がキャンプ瑞慶覧に、第3海兵役務支援群が牧港補給地区にそれぞれ配置されている。空軍は、横田基地に司令部を置く第5空軍司令部の指揮監督下に、第18航空団が嘉手納飛行場に配置され、同航空団の指揮下に第18支援群等が配置されている。海軍は、嘉手納飛行場内に在沖縄艦隊活動司令部及び嘉手納海軍航空施設隊があり、その他沖縄航空哨戒群等が配置されている。陸軍は、トリイ通信施設に第10地域支援群を置くほか、第1特殊部隊(空挺)第1大隊等が配置されている。

3 米軍の演習、訓練、事件・事故について
[44] 米軍の演習、訓練は、水域、空域及び陸域において、恒常的に行われている。各水域においては、水対空、水対水、空対空各射撃訓練及び空対水射爆撃訓練、空対地模擬計器飛行訓練、船舶の係留その他一般演習等が行われている。陸域においては、キャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンで一般演習、小銃射撃、実弾射撃、廃弾処理、爆破訓練が、北部訓練場、金武レッドビーチ訓練場、金武ブルービーチ訓練場、ギンバル訓練場、読谷補助飛行場等で一般演習が恒常的に行われている。
[45] キャンプ・ハンセン演習場において第3海兵師団第12海兵連隊により県道104号線実弾砲撃演習が多数回実施されている。最近の演習においては、3日間で約600発の155ミリりゅう弾砲が発射された。
[46] 読谷補助飛行場においてパラシュート降下訓練が多数回実施され、これに関連して平成7年11月までに、29件の事故が発生しており、ほとんどが施設外降下によるものである。沖縄の復帰前には、昭和25年の燃料タンク落下による少女圧死事故、昭和40年のトレーラー落下による少女圧死事故等が発生し、その後も施設外の農耕地や民家等に落下する事故が起きている。
[47] 勝連半島の最先端に位置するホワイト・ビーチ地区には原子力軍艦が寄港したことがある。沖縄県における復帰後の原子力軍艦の寄港状況は、昭和51年6月、原潜フラッシャーの寄港以来平成7年11月末までの寄港回数は108回であり、とりわけ、平成5年及び6年の2年間で35回の寄港を数え、平成6年は過去最高の18回を記録した。
[48] 沖縄の復帰以後、米軍航空機事故が発生し、最近のものをみても平成6年4月4日のF-15機墜落炎上事故ほか5件の事故が発生している。
[49] 昭和47年5月から平成7年8月末までの米軍人軍属等による刑事事件の検挙件数は4716件で全刑法犯(件数)の約2パーセントを占め、また、犯罪検挙人数は4593人で全刑法犯(人数)の約6パーセントを占める。復帰後の米兵による民間人殺害事件は、平成7年11月末まで12件発生している。近年では、平成5年2月の海軍兵による強姦致傷事件、同年4月の金武町における海兵隊員による殺人事件、平成6年7月の海軍兵による強盗事件、平成7年5月の海兵隊員による日本人女性殺人事件、同年9月の米兵3人による少女拉致暴行事件などがある。

4 米軍基地が環境に与える影響について
[50] 嘉手納飛行場において昭和61年にPCB漏出事故が発生していたという報道が平成4年2月にされた。キャンプ・ハンセン内では、実弾演習の着弾地周辺に山肌をむき出した部分があり、射撃演習により原野火災が発生したことがある。また、同キャンプ内を流れる河川から赤土の流出が認められる。嘉手納飛行場及び普天間飛行場の周辺で航空機による騒音が発生し、付近住民の生活環境に影響を及ぼしている。このような現状にかんがみて、沖縄県は、関係市町村と協力して、両飛行場の周辺で騒音測定を行っており、沖縄県が発表した騒音測定結果の数値の中に環境基準を上回るものがあった。

5 米軍基地が沖縄県の振興開発に与える影響について
[51] 平成4年9月、国において策定された第3次沖縄振興開発計画では、沖縄の米軍施設及び区域について「そのほとんどが人口、産業が集積している沖縄本島に集中し、高密度な状況にあり、この広大な米軍施設及び区域は土地利用上大きな制約となっているほか、県民生活に様々な影響を及ぼしている。」という認識の下、「米軍施設及び区域の整理縮小と跡地の有効利用について、米軍施設及び区域をできるだけ早期に整理縮小する。」として県土利用の基本方向を明らかにし、さらに、「返還される米軍施設及び区域に関しては、地元の跡地利用に関する計画をも考慮しつつ、可能な限り速やかな返還に努める。」として、「返還跡地の利用に当たっては、生活環境や都市基盤の整備、産業の振興、自然環境の保全等に資するよう地元の跡地利用に関する計画を尊重しつつ、その有効利用を図るための諸施策を推進する。」としており、米軍基地は、地域の振興開発の制約要因となっている。那覇市、沖縄市、読谷村における米軍基地の概略は次のとおりである。
[52] 平成7年11月末現在、那覇市には、米陸軍の那覇港湾施設、米空軍の嘉手納飛行場施設の一部があり、同市の面積の約1.5パーセント(約58万平方メートル)を占めている。那覇港湾施設は、同市にある米軍基地の約99パーセントを占め、那覇空港、国道58号線、国道332号線と隣接し、県道7号線の起点ともなり、那覇市の都心部にも近い。
[53] 平成7年3月末現在、沖縄市には、米軍基地として、嘉手納飛行場、嘉手納弾薬庫地区、キャンプ・シールズ、泡瀬通信施設及び同提供水域、キャンプ瑞慶覧、陸軍貯油施設(パイプライン)、知花サイトの7施設があり、同市の面積の約37パーセント(約1801万平方メートル)を占めている。沖縄市は、沖縄本島中部に位置し、周辺を7市町村と隣接しているが、市域北部及び西部に、広大な嘉手納弾薬庫地区と嘉手納飛行場、南部にキャンプ瑞慶覧、中城湾に面する東部地域には泡瀬通信施設がある。同市の米軍基地の土地所有内訳は、私有地が約67.8パーセント、公有地が約27.8パーセント、国有地が約4.4パーセントである。
[54] 平成7年3月末現在、読谷村には、米軍基地として、嘉手納弾薬庫地区、読谷補助飛行場、トリイ通信施設、瀬名波通信施設及び楚辺通信所の5施設があり、同村の面積の約47パーセント(約1648万平方メートル)を占めている、国道58号線と並行して嘉手納町からの幹線道路として国道バイパスが計画されており、右国道バイパスと国道58号線を連結し、読谷村を東西に走る幹線道路の中央残波線の計画がされているが、米軍施設は右計画の推進の制約要因となっている。

6 行政事務の過重負担について
[55] 基地対策を担当する部署として、沖縄県には総務部知事公室基地対策室が置かれ、関係市町村にはそれぞれ主管の部署が置かれている。これらの部署には専任又は兼任の職員(沖縄県の場合、15人が専任)が配置され、事実調査、基地関係事務の処理、関係機関及び米軍当局への要請、抗議等の諸活動に当たっている。これらの行政事務は他の都道府県及び市町村には見られないものであり、沖縄県及び関係市町村の過重な負担となっている。

[56] 現沖縄県知事の大田昌秀は、平成6年12月に米軍基地の整理縮小を公約の一つに掲げて県知事選挙で2期目の当選を果たした。同知事は、米軍基地から、航空機の墜落等の事故、米軍人による刑事犯罪、飛行場周辺での昼夜の別のない騒音の発生、水質汚濁、土壌汚染、原野火災などの環境破壊等のいわゆる基地公害が発生し、関係住民に多大の精神的、肉体的損害を与え、沖縄県及び地元市町村にはその対策のための行政負担をかけ、また、米軍基地がこのように存在することが交通通信体系の整備や地域関係の妨げとなり、沖縄県全体の振興開発計画の推進を遅らせているとの認識を持っていた。また、米軍基地の大半が沖縄県に集中し、しかも、50年もの間存続しているため沖縄県民の米軍基地の整理縮小を求める願望が根強く、本土と比べての不平等感にも根深いものがある一方で、沖縄県が国に対しかねてから求めてきた米軍基地の整理縮小について顕著な成果を挙げるに至っていないとの思いを強くしていた。そこで、同知事は、平成7年8月、那覇防衛施設局長から本件署名等代行事務の執行を求められた際、これが米軍基地の存続、固定化に繋がることを懸念し、熟慮していたところ、同年9月、米軍人による少女拉致暴行事件が発生し、県民の反基地感情が爆発的に高まったことを契機に自ら本件署名等代行事務を執行することはできないと判断し、国に対し、対軍基地問題の目に見える形での解決を求める趣旨で本件署名等代行事務の拒否を宣言するに至ったものである。
[57] 被告は、本件署名等代行事務が国の機関としての被告の権限に属する国の事務であること及び本件署名等代行事務の主務大臣が原告であることを争い、本件訴えは不適法であると主張するので、以下、右の点について検討を加える。
[58] 本件署名等代行事務は、特措収用法36条5項により都道府県知事である被告に義務づけられた国の機関委任事務である(地方自治法148条2項、別表第3第1号(3の4)、(108)参照)。

[59] 国の機関委任事務は、国の事務の中で法律又はこれに基づく政令の定めるところにより、普通地方公共団体の長等が管理執行する事務であり、具体的な事務が機関委任事務に該当するか否かは、法律又はこれに基づく政令の定めによって決定されるものであるから、当該法令の趣旨、文言、当該事務の性質等を総合勘案して判断されるべきである。また、地方自治法148条2項に基づく別表第3は、事務処理の便宜に役立てるとともに行政の簡素化に備えてその現状を明らかにするために、都道府県知事が管理執行しなければならない機関委任事務を具体的に掲げたものであり、同表に当該事務に関連ないし類似する多くの事務が掲げられていることは、当該事務が国の機関委任事務と解する根拠の一つとなる。

[60] ところで、公共の利益を増進するために憲法上保障された財産権を収用する源は国の統治権にあるから、本来収用権は国家に専属する(憲法29条3項)。土地収用法はそのための要件、手続等について定めたものである。
[61] 同法により、土地を使用収用するには、起業者が建設大臣等による事業の認定を受けた上で、収用委員会に使用収用の裁決を申請し、権利取得及び明渡裁決を得ることが必要とされている。事業認定は、国又は都道府県が起業者である事業等の場合には建設大臣が行い、それ以外の事業については起業地を管轄する都道府県知事が行う(17条1項、2項)。事業認定手続は、憲法29条3項の趣旨に基づき設けられた制度であって、すべての国民に対し公平に、統一的、一元的に行われることが必要であり、都道府県に委任されることにより都道府県限りの責任においてその地方の実情に応じて決定されるべき事柄ではなく、地方自治法別表第3第1号(108)にも明示されており、国の機関委任事務であることは明らかである。都道府県知事が事業認定を拒否するか、一定期間内にこれに関する処分を行わない場合には、建設大臣が直接事業の認定をすることができ(27条)、都道府県知事の処分については建設大臣に審査請求をすることができる(130条1項、131条2項)が、これらは、都道府県知事の事業認定は国が収用権の主体であることを前提としているものである。
[62] 次に、裁決の最も重要な機能は正当な補償の決定であり、裁決手続は、憲法29条3項の趣旨に基づき設けられた制度であって、すべての国民に対し公平に、統一的、一元的に処理されなければならないこと、裁決に対し建設大臣に審査請求をすることができること(129条)等を総合すると、裁決事務もまた国の機関委任事務である。
[63] 事業認定以外の都道府県知事の収用事務は、いずれも事業認定及び裁決に付随する手続であり、最終的に土地収用を適正に実現するための一連の手続であるが、土地収用法及びこれに関連する法令の規定を通覧しても、国の事務からこれらの事務を切り離して都道府県の事務とする趣旨の規定を見出すことはできない。そして、地方自治法別表第3第1号(108)には「土地収用法……の定めるところにより、……代執行をする等の事務を行うこと」と定められており、そこに例示された事業の準備のための他人の土地への立入の許可等の事務と本件署名等代行事務とが実質的に異なるわけでもないから、本件署名等代行事務は右別表記載の「等」に含まれることは明らかである。したがって、土地収用法に掲げられた都道府県知事の事務はいずれも国の機関委任事務である。
[64] 特措法は土地収用法の特別法であり、右のことは特措法にも基本的に妥当する。すなわち、特措法は、安保条約6条に基づく地位協定を実施するため駐留軍の用に供する土地等の使用収用に関し規定することを目的とするものであり(1条),この目的を達成するために土地の使用権原を取得する事務は、国の安全保障、外交に係わる問題であるから、その一連の手続に係る事務はすべて本来的に国の事務ということができるのであり、その一連の手続に係る事務のうちに都道府県知事の処理する事務があったとしても、その事務は国の機関委任事務と解すべきであり、これを都道府県の事務とする趣旨の規定を見出すことはできない。そして、地方自治法別表第3第1号(3の4)には、特措法の「定めるところにより、……代執行をする等の事務を行うこと」と定められており、そこに例示された形質の変更の許可等の事務と本件署名等代行事務とが実質的に異なるわけでもないから、本件署名等代行事務は右の「等」に含まれることは明らかである。したがって、本件署名等代行事務は国の機関委任事務である。

[65] なお、地方自治法2条6項は、同条3項に例示されている同条2項の事務のうち、都道府県の広域的、統一的な事務処理機能等の特性に即して、都道府県の事務を更に例示的に規定しているところ、同条3項及び6項に掲げられた事務の中に機関委任事務が含まれることは同条3項但書から明らかである。したがって、同条6項に掲げられている事務が直ちに普通地方公共団体の事務であるということにはならない。
[66] 本件署名等代行事務は、国の事務ではなく都道府県の公共事務であり、仮に本来国の事務であるとしても法令により都道府県に委任された事務(団体委任事務)であって、いずれにしても、都道府県の事務である。その理由は必ずしも一義的に明確ではないがこれを善解すると概ね次のとおりである。

[67] 土地収用法は、収用高権の発動たる一連の収用手続を定めるものであり、起業者による裁決申請までの手続と申請後の裁決手続に区分し、前者については個別の条項によってそれぞれの手続の性質に即した権限者を規定し、後者については都道府県知事の所轄の下に設置される収用委員会に包括的に権限を付与している。
[68] 裁決事務は収用高権の発動としての性格を有するとしても、これを国が行う事務とするか収用委員会の事務とするかはそれが国民の財産権を侵害、規制するものであることから法律に基づき決定されることである。土地収用法は、裁決事務が土地等の収用事務であり、地域の事務という性格を有することから、これを都道府県知事の所轄の下に設置される収用委員会の事務としたものであり、これを都道府県の執行する事務としたものと解するのが自然である。裁決事務が国の事務だとすると中立的に行われなければならない裁決事務について国が指揮監督権を有することになり土地収用法が右事務を中立機関である収用委員会に配分した意義が失われる。また、裁決に対し建設大臣に審査請求できるが、行政不服審査法5条1項2号の規定に照らすと、そのことゆえに裁決事務が国の機関委任事務であると解することはできない。
[69] 裁決申請前の事務については個別の規定毎にその性格を具体的に検討し、国の機関委任事務であるか否かを決しなければならない。そして、財産権を侵害、規制する権能は法律に基づいて国又は普通地方公共団体に具体的に配分されるものであるから、土地収用法は、財産権侵害、規制の程度により、起業者による事業の準備のための他人の土地への立入等を許可する事務を都道府県の事務とし、起業者による障害物の伐除を許可する事務を市町村の事務としたものである。
[70] また、土地収用権は憲法により国に付与されたものであり、その収用権を誰が行使するのかは法律によって定まるところ、土地収用法17条1項、2項は、事業認定権限を建設大臣と都道府県知事に配分したものと解されるのであって、同法は、事業認定に関する事務については認定を受ける事業の性質に従いこれを国の事務と都道府県の事務とに分けたものと解するのが自然であり、都道府県知事に委ねられた事業認定に関する事務は、都道府県の事務と解すべきである。土地収用法20条は事業認定の要件を定めるが、同条2号ないし4号の要件についての判断は、事業認定権者に一定の裁量権が与えられ、都道府県知事は地方の立場に立って事業認定をすることが許されるのであり、事業認定が統一的、一元的に行われなければならない必要性はない。事業認定に関する事務は地方自治法別表第3第1号(108)に掲げられているが、都道府県知事は個別の法令に基づいて当該機関委任事務を処理する義務を負うのであり、当該事務が機関委任事務であるか否かは右別表の記載の有無だけによって判断されるべきものではないし、却って、同法2条6項2号は土地の収用に関する事務を地方公共団体の事務と定めているのである。土地収用法27条は一定の場合に事業認定権を建設大臣に付与することを定めたにすぎないものであり、都道府県知事の事業認定処分について建設大臣に審査請求できることも行政不服審査法5条1項2号の規定があることに照らすと、いずれもそのことゆえに事業認定に関する事務が国の事務であると解することはできない。
[71] 以上のとおりであるから、事業認定に関する事務及び裁決に関する事務が国の機関委任事務であるとする原告の主張は理由がない。

[72] そこで、次に署名等代行事務の性質等についてみるのに、土地収用法36条2項は、起業者が恣意的に土地・物件調書を作成することを防止し、土地所有者及び関係人(以下「土地所有者等」という。)の財産権や適正手続を保障するため、土地所有者等の意見聴取を起業者に義務づけ、同条3項は、起業者が土地所有者等の意見を十分に聴取して真実に合致した正確な調書を作成することを当然の前提にしている。そして普通地方公共団体が、地域住民の平和のうちに生きる権利を保障し、生活、人権、財産権を守り、福祉を増進させることを本来の責務とし、公共事務の中核に位置づけていることから、同条4項及び5項は、土地所有者等が署名押印することを拒み又は署名押印することができない場合に、まず、土地所有者等に一番身近で土地・物件についての情報を数多く保有し、かつ、第一次的に地域住民に対する生活、人権、財産権を守り、福祉を増進させる義務を負っている市町村長に対し、当該市町村の事務として、署名等代行事務を義務づけ、その市町村長がこれを拒否した場合に、第二次的に地域住民に対して責任を負う都道府県知事に対し、当該都道府県の事務として署名等代行事務を義務づけたものであり、右署名等代行により右調書に同法38条の効力が付与されることから、市町村長又は都道府県知事は、土地所有者等の財産権及び適正手続を保障するため、調書が正確に作成されるよう慎重に事実関係を調査する義務を負い、調書の内容に異議があるときには署名等代行を行わないことが許されるものである。また、地方自治法別表第3第1号(108)及び同第4第2号(43)には、土地収用法について都道府県知事及び市町村長の権限に属する機関委任事務が挙げられているが、同法36条4項及び5項の市町村長及び都道府県知事の署名等代行については記載されていない。さらに、同条4項が、市町村長は、当該市町村の吏員を立ち会わせ、署名押印させることができると定め、同条5項が、都道府県知事は、当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し、署名押印させなければならないと規定するのは、署名等代行が本来地方公共団体の事務であるためである。これに、地方自治法2条6項2号は土地の収用に関する事務を地方公共団体の事務と定めていることを総合考慮すると、署名等代行事務は都道府県の公共事務であり、仮にそうでないとしても都道府県に委任された事務(団体委任事務)と解すべきである。
[73] なお、事業認定以外の都道府県知事の収用事務は事業認定及び裁決に付随する手続とはいえないし、それと同じ法的性格を持つ手続ともいえない。また、署名等代行事務は事業の準備のための他人の土地への立入等の許可等の事務とは同種の事務とはいえないから、地方自治法別表第3第1号(108)の「代執行をする等の事務」に含めることはできない。

[74] 仮に、収用高権の発動たる事業認定や裁決に関する事務が国の事務であるとしても、土地収用の手続は、収用高権の行使の手続と被収用者の財産権を保障する手続からなり、収用高権の適正な発動と財産権保障のための適正手続の観点から、両者の手続についての事務を同一主体に帰属させることなく、前者の手続を国の事務とし、後者の手続を普通地方公共団体の事務としたものであって、前記のとおり土地収用法36条4項及び5項に定める市町村長及び都道府県知事の署名等代行事務は後者の事務として当該地方公共団体の事務とされたものと解される。

[75] 以上のとおり、土地収用法36条5項の署名等代行事務は、都道府県の公共事務であり、仮に国の事務の性質を有するとしても団体委任事務であって、都道府県の自治事務である。そして、そのことは特措収用法36条5項についても同様に当てはまるものである。地方自治法別表第3第1号(3の4)にも署名等代行事務は掲げられていない。
[76] 都道府県知事は、法律及びこれに基づく政令によりその権限に属する国の事務を管理し執行することとされている(地方自治法148条1項)。したがって、当該事務が都道府県知事の権限に属する国の事務であるかどうかは、当該事務を都道府県知事の権限に属せしめている法律等により定まるところであり、右の点について判断するには、右法律等の趣旨、文言、当該事務の性質等を検討する必要がある。また、同条2項は、都道府県知事の権限に属する国等の事務の中で法律等により都道府県知事が管理執行しなければならないものは別表第3のとおりである旨定めており、同条項及び別表第3は昭和27年法律第306号により追加されたものであるが、これは、都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国等の事務の現状を明らかにして将来における行政の簡素化と事務配分の合理化に役立てるなどのために、当時において都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国等の事務とされていたものを別表第3として掲げたものであり、その後においても右の事務で同表に掲げられていないものについては随時追加等がされてきたものであって、そのことは都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国等の事務で同表に掲げられていないものが存在することを物語っている。したがって、当該事務が別表第3に掲げられていること、又は、同表に具体的に掲げられていなくても同表に掲げられている事務に関連又は類似したものであることは、法が当該事務を都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国等の事務として規定したと解する有力な根拠になるといえる。さらに、地方自治法227条1項、2項、228条1項によれば、都道府県は、当該都道府県の事務で特定の者のためにするものについては条例により、当該都道府県の長又は委員会の権限に属する国等の事務で特定の者のためにするものについては法律若しくはこれに基づく政令又は規則によりそれぞれ手数料を徴収することができるとされているから、右の手数料に関する事項について条例で定められているか、法律、政令等で定められているかは、当該事務が都道府県知事の権限に属する国等の事務であるかどうかを判断する際に考慮すべき事項と解される。

[77] そこで、以上の判断基準に基づき本件署名等代行事務が国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務であるか否かについて判断するのに、本件署名等代行事務は特措法14条1項により適用される土地収用法36条5項の事務であり、特措法は土地収用法の規定の多くを適用しているので、まず、土地収用法の土地収用手続についてみることとする。
[78] 右土地収用手続は、建設大臣又は都道府県知事が起業者のために公用使用・収用権を設定する事業認定手続と、都道府県収用委員会が公用使用・収用権及び損失補償請求権の具体的内容を決定する裁決手続からなっている。憲法29条3項は、私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができると定め、国が私有財産を公共のために収用又は制限することができることを明らかにするとともに、その際には正当な補償を行うことが必要であるとしているが、土地収用法は、そのための手続を事業認定手続及び裁決手続として定めたものと解される。したがって、事業認定手続及び裁決手続に関する事務はその性質上本来的に国の事務というべきであり、普通地方公共団体の公共事務と解することはできない。
[79] また、事業の認定に際しては、(a)事業が土地収用法3条各号の一に掲げるものに関するものであること、(b)起業者が当該事業を遂行するのに充分な意思と能力を有する者であること、(c)事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること、(d)土地を使用収用する公益上の必要があるものであることの4つの要件について審査が必要とされ(土地収用法20条)、あるいは、権利取得裁決においては使用収用する土地の区域や使用の方法、期間、土地所有権等の権利に対する損失の補償などについて審査が必要とされている(同法48条)ところ、これらについての判断は、すべての国民に対し公平に、そして、全国的に統一して行われる必要があり、都道府県に委任されて当該都道府県限りの責任において当該都道府県独自の基準に基づいて決定される性質のものではない。
[80] さらに、事業認定申請及び収用等裁決申請の手数料に関する事項については土地収用法125条及び土地収用法施行令2条にその定めがある。
[81] これに加えて、事業認定手続については、地方自治法別表第3第1号(108)に事業認定に関する事務が掲げられているところ、右(108)は、前記昭和27年法律第306号により別表第3が追加された当時において、都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国等の事務であるとして別表第3に掲げられたものであり、また、都道府県知事が事業認定を拒否したときや一定の期間内に事業認定に関する処分を行わないときは、起業者は、建設大臣に対し、事業認定の申請ができるとされている(土地収用法27条)。
[82] 以上の点にかんがみると、事業認定や裁決に関する事務は都道府県に属する団体委任事務と解することはできず、事業認定に関する事務は都道府県知事の権限に属する国の事務であり、裁決に関する事務は都道府県収用委員会の権限に属する国の事務と解するのが相当である。
[83] また、被告は、地方自治法2条6項3号が、都道府県が処理すべき事務として土地の収用に関する事務を掲げているから、事業認定や裁決に関する事務は都道府県の自治事務であると主張するが、同条項は同条4項と相俟って、同条3項に例示されているような同条2項の事務、すなわち、普通地方公共団体の事務について都道府県と市町村の事務の配分の原則を示したものにすぎず、仮に同条6項に掲げられている事務でもそれが都道府県知事の権限に属する国の事務であれば当然都道府県の事務からは除かれるのであって、同条6項3号に土地の収用に関する事務が掲げられていることをもって、事業認定や解決に関する事務を都道府県の事務と解することはできない。

[84] 次に土地収用法36条の土地・物件調書の作成又は同条5項の都道府県知事による署名等代行の各手続の趣旨、性質等について検討する。
[85] 土地収用法は、起業者に対し、事業認定の告示後、土地・物件調書を作成し、その場合に土地所有者等を立ち会わせた上右調書に署名押印させること(36条1項、2項)、収用委員会に対し裁決を申請しようとするときは土地調書若しくは物件調書又はその写しを提出すること(40条1項3号、47条の3第1項2号)を義務づけている。これは、裁決申請後の収用委員会の審理において収用・使用に係る土地に関する事柄の真偽をめぐって起業者と土地所有者等との間で争いがあるときに、収用委員会が自ら現地調査や測量等を行って確認しなければならないとすると、裁決手続が長期化し望ましくないことから、起業者に対し、裁決申請の準備手続として、当該土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態についての土地調書又は物件調書を作成してこれを裁決申請の際に添付することを義務づけ、右調書作成の際には、土地所有者等にその記載内容を確認させて異議がなければそのまま署名押印させ、記載事項が真実でない旨の異議を有する者についてはその内容を当該調書に附記して署名押印することができることを認め、このようにして作成された土地・物件調書の記載事項については異議が附記された事項を除き一応真実であるとする推定力を与え、土地所有者等は、それが真実に反していることを立証しない限り、異議を述べることができないこととして収用委員会における審理を円滑かつ迅速に進行させようとしたものである。ところが、土地所有者等が土地・物件調書に署名押印しない場合、調書が作成されないことになり、裁決の申請に必要な書類の一つが整わず、起業者が裁決の申請をすることができなくなる。そこで、同法36条4項及び5項は、市町村長及び都道府県知事による署名等代行を認めたものであるが、右規定は、土地所有者等が立会及び署名押印並びに土地・物件調書に異議内容を附記してその点について推定力が付与されるのを排除する機会を与えられたにもかかわらず署名押印を拒み又は署名押印できない場合に、調書の作成が完了しないことによる弊害を避け、収用委員会における審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、市長村長又は都道府県知事が自ら立ち会って署名押印し又は吏員に立ち会わせて署名押印させることにより調書の作成を完了させて、裁決の申請に必要な書類の一つを整えさせるとともに、公的立会人をして土地・物件調書を確認させ、もって、調書の作成手続の適正を保障しようとしたものであり、同条6項が、署名等代行に際し、起業者と一定の関係にある者は立会人になることができないと規定していることもその趣旨の表れといえる。そうすると、右立会人は、土地所有者等の代理人として当該調書の記載事項の真実であることまで調査した上これを確認しなければ署名押印することができないというものではなく、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、署名押印しなければならないものと解するのが相当である。このように署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与された起業者が裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・物件調書の作成について、その手続の適正を保障しつつ、これを完成させて、裁決申請に必要な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行われる事務と解される。
[86] ところで、土地収用法36条5項の署名等代行事務は地方自治法別表第3には特に具体的に明示されていない。しかしながら、そのことにより、右事務が都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国の事務であることが否定されるわけでないことは前記のとおりである上、同表第3第1号(108)には「土地収用法の定めるところにより、……する等の事務を行うこと。」とあるのであって、具体的に列挙されていないことから直ちに右署名等代行事務が都道府県知事にその管理執行が義務づけられた国の事務でないと断定することはできない。そこで、右署名等代行事務と同表に列挙されている事務との類似性等について検討を加えるのに、同表第3第1号(108)には、前記事業認定に関する事務のほか、土地収用法による、事業の準備のため他人の土地への立入等を許可する事務、土地等の取得に関する関係当事者間の合意が成立するに至らなかった場合のあっせんに関する事務、起業者が収用・使用手続を保留した起業地についてその手続を開始する旨を告示する事務、義務者が土地等の引渡等の義務を履行しない場合に代執行をする事務が掲げられているところであるが、これらの事務はいずれも事業認定手続及び裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るものであり、それらの中には起業者を監督する観点から行われるものも含まれている。
[87] そうすると、都道府県知事による署名等代行事務は、地方自治法別表第3第1号(108)に掲げられている事務とその性質を異にするものとはいえないのであって、土地収用法が事業認定手続及び裁決手続並びにその他の右別表に掲げられている付随手続に関する事務を国の事務としながら、これと同じ性質を有し、しかも、事業認定と裁決申請を架橋する重要な機能を営む署名等代行事務のみを切り離してこれを都道府県限りの責任で処理することを許容したものとは到底考えられない。むしろ、土地収用法は、公的立会人として調書の作成手続の適正を担保できる上、地理的関係等からみてそれが容易かつ有効であるという行政事務上の便宜から、署名等代行事務を国の機関としての都道府県知事に委任してその管理執行を義務づけたものと解されるのであって、結局、署名等代行事務は、右(108)の「土地収用法の定めるところにより、……する等の事務を行うこと。」に含まれ、土地収用法36条5項により国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務に該当するものと解するのが相当である。
[88] なお、被告は、署名等代行事務が土地所有者等の財産権や適正手続を保障するものであることを挙げて右事務が普通地方公共団体の自治事務であると主張するが、国の事務においても土地所有者等の財産権や適正手続の保障に努める必要性があることはいうまでもないのであって、署名等代行事務が土地所有者等の財産権や適正手続を保障するものであることをもって直ちに本件署名等代行事務が自治事務であるということはできない。

[89] そして、特措法は、安保条約6条に基づく地位協定を実施するため駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とし(1条)、起業者を防衛施設局長とし、事業認定に相当する土地等の使用又は認定を内閣総理大臣が行うなどの特例措置が定められるほかは土地収用法の規定の多くを適用するものであり、土地収用法の特別法といえる上、特措法により土地等の使用権原を取得する事務が国の安全保障に係わるものであることを考慮すると、土地収用法について述べた趣旨は、より一層特措法にも妥当するものと解される。そうすると、特措収用法36条5項の都道府県知事の署名等代行事務は、土地収用法36条5項のそれと同様の趣旨及び目的から定められ、また、これと同じ性質を有し、地方自治法別表第3第1号(3の4)の「特措法の定めるところにより、……する等の事務を行うこと。」(実質的には昭和28年法律第212号により別表第3に追加されたもの)に含まれるものであり、特措収用法36条5項により国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務であると解するのが相当である。

[90] これに対し、被告は、収用高権の発動主体と財産権の保障主体が同一であることを回避するため、土地収用法は、収用高権の行使の手続を国の事務とし、被収用者の財産権保障の手続を地方公共団体の事務としており、裁決事務、起業者による事業準備のための他人の土地への立入等を許可する事務、都道府県知事による事業認定事務は後者の事務であり、署名等代行事務も被収用者の財産権を保障するための事務であって、地方公共団体の事務であると主張するが、前記のとおり、裁決事務、右立入等の許可事務、事業認定事務が国の事務であることは明らかである上、被告の主張によると、起業者が都道府県である場合に都道府県知事が署名等代行事務を行うことができることや都道府県知事が事業認定をした場合に都道府県知事が署名等代行事務を行うことができることの説明が困難であり、その他これまでの説示に照らしても,被告の主張は採用の限りではない。
[91] また、被告は、総務庁行政監察局作成に係る「国の関与現況表」によると、土地収用法16条の事業認定は「団体事務」(団体委任事務、公共事務、その他国の事務に属さない行政事務)に分類されており、国においても事業認定事務を地方公共団体の事務として取り扱っていると主張する。しかしながら、被告が指摘する「団体事務」は、国の行政機関が関与する地方公共団体の当該事務そのものの性格を示したものにすぎない、すなわち、国の機関としての建設大臣・都道府県知事が関与する、都道府県・市町村が起業者として土地を収用し又は使用する事務が当該地方公共団体の自治事務であることを示したにすぎないものであって、被告の主張は採用できない。
[92] さらに、被告は、後記のとおり、地方自治法148条2項は、同条1項の都道府県知事の権限に属せしめられた機関委任事務のうちの一部を同法別表第3に掲げてその管理執行を都道府県知事に義務づけ、同法150条により主務大臣の指揮監督に服することとしたものであるところ、特措収用法36条5項の署名等代行事務は右別表に掲げられていないから、都道府県知事は右署名等代行事務の管理執行を義務づけられることも、地方自治法150条により主務大臣の指揮監督に服することもなく、したがって、同法151条の2の手続がとられることもない旨主張するが、特措収用法36条5項の署名等代行事務は地方自治法別表第3第1号(3の4)の「特措法の定めるところにより、……する等の事務を行うこと。」に含まれることは前記のとおりであるから、被告の主張は前提を欠くものであって採用できない。

[93] 以上のとおりであるから、本件署名等代行事務は、特措収用法36条5項により都道府県知事である被告の権限に属する国の事務であり、地方自治法151条の2第1項の「国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務」に該当するものと解される。
[94] 防衛庁設置法によれば、防衛庁及び防衛施設庁の所掌事務として、駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関することが掲げられており(5条25号、6条14号、42条、43条)、防衛施設庁は防衛庁に置かれ(国家行政組織法3条3項但書、4項、別表第1備考、防衛庁設置法39条)、防衛庁は総理府の外局である(国家行政組織法3条2項、4項、別表第1、防衛庁設置法2条)から、防衛庁及び防衛施設庁の所掌事務は総理府に分配された所掌事務である。そして、原告は総理府の長であり、主任の大臣として総理府の行政事務を分担管理するものである(国家行政組織法5条1項)。そうすると、原告は、特措法に基づく土地の使用権原取得手続に係わる一連の事務全般を所掌するものと解されるところ、その一環をなす署名等代行事務のみが切り離されて建設大臣の所掌する事務となると解する余地はない。したがって、本件署名等代行事務についての主務大臣は原告である。
[95] 本件署名等代行事務は建設省の所掌する事務であり、総理府の所掌する事務ではないから、右事務についての主務大臣は建設大臣であり、原告ではない。その理由は次のとおりである。
[96] 特措法に基づく使用認定申請者の地位と同法に基づく使用認定権者としての地位を混同すべきではない。防衛施設局長が起業者として特措法に基づき使用権原取得のために行う事業の準備、使用認定申請、補償金支払等の事務は、防衛庁設置法5条25号、42条にいう駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に該当し、防衛庁及び防衛施設庁の所掌事務となるが、これは前者の地位に係るものであり、右規定の存在を理由に、後者の地位に係る使用認定に関する事務を総理府の所掌事務と解することはできないし、まして、特措収用法36条5項に基づく署名等代行事務を総理府の所掌事務と解することはできない。
[97] 特措法14条1項により適用される土地収用法の規定に定められている事務は、特措法に特別の定めがある場合を除いて、土地収用法の解釈に基づきその所掌が決められるべきである。そして、特措収用法36条は土地所有者等の財産権の確保及び適正手続の保障を目的とするものであり、収用高権の発動としての使用認定事務とはその性質を異にするものであるから、使用認定事務が原告の所掌事務とされていることを理由に署名等代行事務を原告又は総理府の所掌事務とするのは相当でなく、また、特措法には、都道府県知事による署名等代行についてこれを原告の所掌する事務と定める特別の規定はないから、土地収用法の規定に従い、署名等代行事務は、建設大臣又は建設省の所掌事務と解するのが、収用高権の発動主体と財産権の保障主体の同一帰属の回避という、署名等代行の制度を置いた法の趣旨に最も合致する。

[98] 防衛施設局長は、起業者として裁決申請のための調書作成作業をしているのであり、特措収用法36条5項は都道府県知事に対し起業者との関係で署名等代行を義務づけているのであるから、国において、被告の取扱いに不服があるのであれば、起業者たる那覇防衛施設局長に代表される事業主体として、被告に対し、抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起すべきである。
[99] 土地の使用収用に関する事務は建設省の所掌事務とされ(建設省設置法3条37号)、土地収用法が事業認定の権限を建設大臣に与えていること(20条)からすると、土地の使用収用に関する事務についての主務大臣は建設大臣であると解される。
[100] しかしながら、特措法は、安保条約6条に基づく地位協定を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の国による使用収用に関し規定するものであり(1条)、その手続をみると、まず、駐留軍用地の用に供するため土地等を使用収用しようとするときは、防衛施設局長において使用収用認定申請書を防衛施設庁長官及び防衛庁長官を通じ原告に提出することとし(4条1項)、原告は、右申請に係る土地等の使用収用が所定の要件に該当すると認めるときは、土地等の使用収用の認定をしなければならないとして(5条)、原告に対し、防衛施設局長の申請に係る土地等の使用収用の認定に関する権限を付与している。また、使用収用認定の告示後、土地等を使用収用する必要がなくなったときは、防衛施設局長は、遅滞なく、その旨を原告に報告しなければならず、原告はその報告を受けたときは、土地等の使用収用の認定が将来に向かってその効力を失う旨の告示をしなければならないとし(8条)、防衛施設局長が同法11条1項の規定により原状に回復しないで返還することなど同法12条所定の事項について不服のある者は、原告に対し異議を申し出ることができる旨定めている(12条)。
[101] 一方、駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関することは防衛庁及び防衛施設庁の所掌事務とされ(防衛庁設置法5条25号、42条)、駐留軍に対して施設及び区域を提供することは防衛庁及び防衛施設庁の権限とされている(同法6条14号、43条)。防衛施設局は防衛施設庁の地方支分部局として置かれ同庁の所掌事務を分掌し(同法52条、53条)、防衛施設庁は防衛庁に置かれ(国家行政組織法3条3項但書、4項、別表第1備考、防衛庁設置法39条)、防衛庁は総理府の外局である(国家行政組織法3条2項、4項、別表第1、防衛庁設置法2条)から、防衛庁ないし防衛施設庁の所掌事務は総理府に分配された所掌事務である。そして、総理府の長は原告であり、内閣法にいう主任の大臣として、総理府の行政事務を分担管理するものである(国家行政組織法5条1項)。
[102] そうすると、地位協定に基づき駐留軍の用に供する土地等の国による使用収用に関する事務は、駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関するものとして、防衛庁及び防衛施設庁の所掌事務であり、総理府に分配された所掌事務であって、現に、使用収用認定申請書等の様式は、総理府令である特措法施行規則により定められている。
[103] そして、特措法が原告に対し使用収用の認定に関する権限を付与したのは、後記のとおり、使用収用認定の要件の有無の審査には国の安全保障に係わる政策的かつ技術的な判断を要することから、その最終的な判断を内閣の首長である原告に委ねるのが相当とされたことによるものと解されるが、特措法が使用収用認定に関する事務のほか前記の事務についても原告に権限を付与していることを併せ考えると、原告が、総理府の長でもあり上級行政機関として防衛施設局長を監督する立場にあることから、これらの使用収用に関する事務について権限を付与されたものであることもまた否定することはできないのであって、少なくとも駐留軍の用に供する土地等の国による使用収用に関し防衛施設局長を監督する事務は原告の権限に属するものと解される。そうすると、前記のとおり、特措収用法36条5項の署名等代行事務は、防衛施設局長による土地・物件調書作成手続の適正を担保しつつその裁決申請に必要な書類の一つを整えさせるという趣旨で規定されたものであるから、駐留軍の用に供する土地等の国による使用収用に関し防衛施設局長を監督する事務として、原告の権限に属するものであり、したがって、本件署名等代行事務についての主務大臣は原告と解するのが相当である。

[104] 被告は、収用高権の発動主体と財産権の保障主体の同一帰属の回避という、署名等代行の制度を置いた法の趣旨から、土地収用法の規定に従い、本件署名等代行事務についての主務大臣は建設大臣であると主張する。しかしながら、被告の主張は、前記のとおり右署名等代行の制度の趣旨の主張自体到底採り得ない独自の解釈にすぎない上、土地収用法による使用収用において建設大臣が事業認定権者である場合の説明が困難であり、採用の限りではない。
[105] また、被告は、昭和30年に山形県知事が、改正前の特措法に基づき仙台調達局長が進めていた使用手続において、県知事指定の吏員による立会署名押印について照会したのに対し、建設省は、同年10月28日建設計形第95号「山形県知事あて計画局長回答」をもって回答をした行政実例が存するとして、本件署名等代行事務の主務大臣は建設大臣であると主張する。しかしながら、右実例は、山形県知事が建設省に対し土地収用法36条5項の解釈に関する照会をしたところ、建設省が、土地収用法に係る事務の所管庁として同法36条5項についての一般的解釈を示したにすぎないものであり、右実例をもって、本件署名等代行事務の所管庁が建設省であるということはできない。

[106] 本件署名等代行事務が被告の権限に属する国の事務であることは前記のとおりであるところ、被告は、起業者としての立場から被告に対し本件署名等代行を求める抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起する方法をとることができる旨主張する。しかしながら、被告は、国の機関としての立場から国の事務を管理執行するのであるから、被告の主張する方法によると、国が国の機関に対し、抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起することになるが、その訴訟は、国という法主体の内部の争いに係るものであって、裁判所法3条の法律上の争訟に当たらず、不適法を免れないのであって、被告の主張は採用できない。
[107] 都道府県知事は、法律に基づき委任された国の事務を処理する関係においては国の機関としての地位を有し、その事務処理については、主務大臣の指揮監督を受けるべきものである(国家行政組織法15条1項、地方自治法150条)が、右事務の管理執行に関する主務大臣の指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある国の本来の行政機構内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、都道府県知事本来の地位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の本旨にもとる結果となるおそれがある。そこで、地方自治法151条の2は、都道府県知事本来の地位の自主独立性の尊重と国の指揮監督権の実効性との間の調和を図る趣旨から、職務執行命令訴訟の制度を採用したものである。そして、右訴訟においては、裁判所は、主務大臣の都道府県知事に対する命令の内容の適否を実質的に審査し当該命令の適法性を是認できる場合には、当該都道府県知事に対し、当該事項を行うべきことを命ずる判決をすることになり(同条6項)、右判決には、都道府県知事が判決に定められた期限までに当該事項を行わないときは、主務大臣が代執行権を行使することができる旨の効果が付与されており(同条8項)、これによって、主務大臣の指揮監督権の実効性が確保されているのである(最高裁判所昭和35年6月17日第二小法廷判決・民集14巻8号1420頁参照)。
[108] したがって、当該国の事務の管理執行について主務大臣の判断と都道府県知事のそれが異なり両者が抵触する場合には、裁判所がそのいずれが正当であるかを審査判断すべきことになるのであって、裁判所は、主務大臣の判断のいかんにかかわらず、都道府県知事が法律上当該命令に係る事項をなすべき義務を負うか否かを審査判断して右命令の実質的適否を決すべきものと解される。
[109] 本件訴訟において、被告は、種々の理由を挙げて、本件命令が実質的に違法であり、被告は本件署名等代行事務を執行する義務を負わない旨主張するので、以下、順次検討を加える。
[110] 那覇防衛施設局長は、現地における測量、調査、その結果の整理、土地・物件調書への記載、実測平面図の添付という過程を経て、本件各土地について土地・物件調書となるべき図書を作成した。これに添付の実測平面図の作成手続は次のとおりである。
[111] 本件各土地のいずれについても、本件使用認定前からあった既存の資料である登記所備付けの地籍図(本件6土地については地籍図原図)と位置境界明確化作業において調査、測量された成果を利用して、実測平面図を作成した上、現地において測量し、対象土地の各筆界点を特定して、各筆界点に杭打ちないし鋲打ち等を行って現地で土地の位置境界を確認し、現地復元性があることを確認したものである。
[112] 本件1土地、本件2土地のうち松田正太郎所有地、本件7土地のうち金城昇、比嘉信子及び喜友名朝則各所有地並びに本件8土地(以下、これらの土地を「平成4年裁決土地」という。)以外の本件各土地についてはいずれも、本件使用認定の申請の前に測量作業を実施し、本件使用認定の後、那覇防衛施設局職員が、現地において、本件使用認定前に現地で測量した際に打った抗等の状況に変化がないことを計測等により確認し、右各土地に係る実測平面図が本件使用認定後の土地の現況を表すことを確認した上で、これを右各土地に係る土地調書に添付して、土地調書となるべき図書を作成した。
[113] 平成4年裁決土地については、いずれも平成4年2月に収用委員会の使用裁決を得ており、その裁決申請に当たり、現地で前記のような方法で杭打ち等の作業を行って、その実測平面図に現地復元性があることを確認している。そして、前記のとおり、本件使用認定申請前に各実測平面図を作成したが、平成4年裁決の申請時に現地で測量した際に打った杭等の状況に変化がなかったため測量作業を最初からやり直す必要を認めず、今回の特措法に基づく使用手続のために改めて現地で測量作業をしなかった。そこで、本件使用認定の後に、那覇防衛施設局職員が、現地において平成4年裁決土地に係る実測平面図の原案が本件使用認定後の土地の現況を表すことを確認した上で、これを平成4年裁決土地に係る土地調書に添付して、土地調書となるべき図書を作成した。

[114] 本件6土地はいわゆる地籍不明地であるが、次のとおり、現地において特定されているばかりでなく、その所有者が島袋善祐であることは明らかである。すなわち、位置境界明確化手続の中で、本件6土地を含む字等の区域(ブロック)と隣接ブロックとの境界は確定し、本件6土地を含むブロック(130筆、土地所有者65名)については、島袋善祐以外の土地所有者(129筆、土地所有者64名)は自己の所有する土地を現地において確認し、現地確認書に署名押印した。島袋善祐が現地確認書に署名押印しない理由はその所有する土地の位置境界に不服があるからではなく、もっぱら米軍基地の存在、駐留軍用地としての使用を前提とした那覇防衛施設局が行う駐留軍用地に係る位置境界明確化作業に反対していることにある。島袋善祐は、現地確認立会の後、度々、那覇防衛施設局に対し、本件6土地が所在するキャンプ・シールズの返還時期を明示すれば現地確認書に押印する旨述べている。
[115] そして、那覇防衛施設局では、島袋善祐が署名押印すればいつでも国土調査の成果としての認証の申請をすることができるように、地図及び簿冊の原案を作成し、保管している。そして、同局長は、前記のとおり、これらの原案に基づき、土地・物件調書となるべき図書及び添付すべき実測平面図を作成し、この結果を現地において復元して確認したものである。

[116] 特措収用法36条2項による土地所有者等の立会は、土地・物件調書の作成の過程が適式であるか否かを確認させる手続にすぎず、右調書の記載事項が現地と符合することを直接確認させる手続ではない。したがって、同条項にいう「立会」は、右調書のすべての作成過程における立会や現地における立会をいうのではなく、防衛施設局長は、最終的に土地・物件調書が作成された段階において、右調書の作成の場において、土地所有者等を立ち会わせ、その基礎となった資料を示す等して右調書の記載事項を説明することで足りる。

[117] 市町村長又は都道府県知事は、特措収用法36条4項、5項による署名等代行をするに際し、土地・物件調書の記載事項が真実か否かを確認してこれを執行するのではなく、右調書が測量、調査等に基づいて適式に作成されたことを確認すればこれを執行すべきであり、また、現地での立会も求められていない。
[118] 本件調書の作成手続及び内容については次のような瑕疵があるから、被告は本件署名等代行事務の執行を拒否することができるのであり、被告には、本件署名等代行事務を執行する義務は存しない。

[119] 沖縄県は、第二次世界大戦により公図、登記簿、権利証等が滅失し、戦後地籍の確定が行えなかったという特殊事情を有する地域であり、未だ地籍の確定していない地域が存する。このような地域において裁決申請のための土地・物件調書を作成する場合には、防衛施設局長は、地籍が確定しているか否かを土地調書に記載するか、それを明らかにする書類を添付して立会署名押印を申請すべきである。しかし、本件においてはこれが行われていないから、本件調書の作成手続には瑕疵がある。

[120] 地籍不明地は土地の位置境界や土地所有者が不明なものであり、本来土地調書が作成され得ない土地である。地籍不明地についての実測図面は土地の位置境界を特定するだけであり、地籍が明確化されない以上、依然として地番、所有者は不明のままであるから、地籍不明地の土地調書は地番及び所有者は不明とならなければならない。ところが、那覇防衛施設局長は地籍不明地である本件6土地についても土地調書を作成し、地番及び所有者が島袋善祐であることを特定しているのであって、右調書は作成手続のみならず内容にも瑕疵がある。

[121] 那覇防衛施設局長は、本件調書を作成するに当たり、平成4年裁決土地については実測平面図を新たに作成しておらず、平成4年の裁決申請の際に作成した実測平面図を再使用したものであり、右実測平面図は、平成4年の現地を反映するものであり、本件使用認定申請時の現地を反映するものではない。したがって、同局長が、平成4年裁決土地について、実測平面図を添付することなく平成4年の裁決申請の際作成した図面を添付して土地所有者等に対し立会及び土地・物件調書への署名押印を求めた手続には瑕疵がある。

[122] 本件調書は、裁決申請のためのものであり、本件調書に添付される図面は土地所有者と土地との関係を示す図面でなければならないから、土地家屋調査士により作成されたものでなければならない。特に、対象土地が本件各土地のように米軍基地内の土地、地籍不明地、位置境界明確化法により地籍が明確化された土地である場合にはその必要性は高い。ところが、本件調書に添付されている図面は測量士により作成されたものであるから、本件調書の作成手続には瑕疵がある。

[123] 那覇防衛施設局長は、土地・物件調書の作成に当たって土地所有者等を現地で立ち会わせその意見を聴かなければならない。これは、起業者の恣意的な土地・物件調書の作成を抑制し、土地所有者等の財産権や適正手続を保障するための不可欠な手続であり、特に本件各土地が戦後50年間も米軍基地として使用されており、土地所有者等は右基地内の本件各土地の現況を知り得ない状況にあることを考えると、極めて重要な手続である。本件各土地の所有者は、平成7年3月23日、5月19日、同月23日に本件各土地の概況を確認するため、那覇防衛施設局長に対し現地への立入調査を要求したが、同局長はこれを拒否した上、土地所有者等に対し現地以外の場所での立会及び土地・物件調書への署名押印を求める通知をし、右通知の日時場所に土地所有者等が現れなかったことから、これを拒否とみなして市町村長に署名等代行を求めたものである。しかし、本件各土地所有者等は立会署名押印を拒否したのではなく、現地での立会が保障されるまでその署名押印を留保しているにすぎないのであるから、同局長の右の措置は違法である。

[124] 特措収用法36条2項、4項、5項の「立会」とは、立会人には土地・物件調書の内容が真実であるか否かを確認し、調書作成手続の適正さを確認する機会が保障されていることから、いずれも当該土地等の所在する現地における立会を意味する。ところが、那覇防衛施設局長は、本件各土地の土地・物件調書について、同条2項に基づき土地所有者等に対し立会及び署名押印を、同条4項及び5項に基づき関係市町村長及び被告に対し署名等代行をそれぞれ求めるに当たり、本件各土地の現場におけるそれを求めていないから、いずれの手続も違法であり、結局、同局長の被告に対する署名等代行の申請は違法を免れない。

[125] 土地所有者等が立会署名押印をしていない土地については、都道府県知事が土地所有者等から土地・物件調書についての意見を聴取しなければならず、その意見聴取を終えるまでには土地・物件調書の内容の真偽の確認ができないため都道府県知事は署名等代行を行うことができない。土地所有者等が意見聴取に協力しない場合は、都道府県知事はできるだけ他の方法で土地・物件調書の内容の真偽を確認すべく最善の努力を尽くさなければならない。したがって、被告は、本件調書の内容について右の確認ができていない状況であるから、本件調書について署名等代行事務を執行することはできない。
[126] まず、国の委任事務である署名等代行事務を都道府県知事に課している特措収用法36条5項が、どのような要件の下に、都道府県知事に対し、署名等代行事務の執行を義務づけているかについて検討する。
[127] 前記のとおり、特措収用法36条は、使用認定の告示後に裁決申請の準備手続として行われる、防衛施設局長による土地・物件調書の作成手続を定めた規定であるが、防衛施設局長による右調書の作成は、収用委員会における審理の際に、事実の調査、確認をすることによる煩雑さを避け、審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態についての争いの有無を整理するために行われるものであり、土地所有者等は、土地・物件調書の記載事項が真実でない旨の異議があるときはその内容を調書に附記して署名押印することができ(同条3項)、防衛施設局長は、収用委員会に裁決申請をする際,右土地所有者等の異議を附記したまま同調書を提出することが認められ、その場合には、収用委員会の審理の段階において、右の異議が附記された調書の記載事項が真実であることを立証する必要がある。他方、右の異議を附記しなかった土地所有者等も、収用委員会の審理において、土地・物件調書の記載事項が真実に反していることを立証することは妨げられない(同法38条)。また、収用委員会は、十分に審理を尽くしても、土地所有者等の氏名等を確知することができないときはその旨の裁決をすることも許される(同法48条4項)。このような土地・物件調書の作成の趣旨及び収用委員会における同調書の記載事項についての審理の構造のほか、都道府県知事による署名等代行が、土地所有者等が立会及び土地・物件調書への署名押印並びに同調書の記載事項についての異議附記の機会を与えられたにもかかわらずこれを拒否した場合等に限って認められ、また、その方法も、当該都道府県知事が当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し、右立会人をして土地・物件調書に署名押印させることとされていることを併せ考えると、都道府県知事による署名等代行は、立会人において、右調書の記載事項が真実であることまで調査した上これを確認しなければ署名押印できないというものではなく、右調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、しなければならないものと解するのが相当である。
[128] 以上の説示及び特措収用法36条の規定に徴すると、都道府県知事は、(a)使用認定の告示があったこと、(b)防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により土地・物件調書を作成したこと、(c)防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒み又はこれをすることができなかったこと、(d)防衛施設局長が市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、市町村長がこれを拒んだこと、(e)防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと、以上の要件を充足した場合、署名等代行事務を執行する義務を負うものと解される。そこで、右の要件について、以下、順次検討を加える。

[129] 本件各土地について使用認定の告示があったことは前提事実のとおりである。

3 那覇防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により本件調書を作成したか否かについて
[130](一) 《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。
[131](1) 那覇防衛施設局長は、本件使用認定の告示後、土地・物件調書の作成に着手した。土地・物件調書に添付すべき実測平面図の作成は測量士に委託され、後記(4)及び(5)のとおり同調書及びこれに添付すべき実測平面図の原案が作成された。なお、本件各土地のうち本件6土地以外の土地(以下「本件6以外の土地」という。)については、位置境界明確化法が規定する位置境界の明確化作業により、当該土地に係る地図及び簿冊が作成され、これが認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定され、この地図が登記所備付けの地籍図となっている。
[132](2) ところで、位置境界明確化法は、太平洋戦争による破壊又は米軍の行為によって、土地の形質が変更され、又は土地登記簿及び地図が滅失したことにより、沖縄県の区域内において位置境界不明地域が広範かつ大規模に存在することとなり、関係所有者等の社会的経済的生活に著しい支障を及ぼしていることにかんがみ、その位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化のための措置等の緊急かつ計画的な実施を図り、もって沖縄県の住民の生活の安定と向上に資することを目的として制定され(同法1条、2条)、昭和52年5月18日公布された。同法による土地の位置境界の明確化手続の概要は次のとおりであり、基礎作業、地図編纂作業、復元作業、成果認証作業の四段階に分かれる。本件6以外の土地については概ねこのような位置境界明確化作業がされた。
[133] 基礎作業は、位置境界不明地域を指定し、右地域について市町村界、字界、物証等を記載した地図を作成する手続である。防衛施設庁長官は、昭和52年11月18日、位置境界不明地域を指定し、右指定に係る地域を告示(防衛施設庁告示第17号)するとともに、沖縄県知事及び関係市町村長に通知した(法2条、位置境界明確化法施行令(以下「令」という。)1条1項)。那覇防衛施設局長(法25条、令16条2項)は、位置境界不明地域について、市町村界にあっては沖縄県知事及び関係市町村長と、市町村の区域内の字界にあっては関係市町村長とそれぞれ協議するなどして、市町村界、字界及び道路等各筆の土地の位置境界を明らかにするため参考となる物の位置を記載した地図(現況照合図)を作成し(法5条)、現況照合図及びこれに関する写真、書面を那覇防衛施設局において一般の閲覧に供するとともにその旨を公告した(法7条)。当該位置境界不明地域内の土地所有者は、字等の区域(ブロック)ごとに代表者を定め、右代表者はその住所氏名等を那覇防衛施設局長に届け出(法8条)、同局長は、右代表者に対し現況照合図及びこれに関する写真、書面を交付し、その旨等を公告した(法9条)。なお、現況照合図作成の具体的手続は次のとおりである。まず、測量の基準点となる地籍図根三角点及び地籍図根多角点を設け、航空測量による現況地形図を作成する。右地籍図根点を基礎として、関係市町村、協力委員、古老、関係土地所有者等の協力を得て、位置境界不明地域内の道路、河川その他土地の位置境界を明らかにするため参考となる物証、実測可能地、市町村界、字界の測量をする。右測量の結果を平板原図及び総合原図に作成し、市町村界について沖縄県知事及び関係市町村長と、字界について関係市町村長とそれぞれ協議し、右市町村界、字界の確認を受け、現況地形図に市町村界及び字界を表示した現況照合図を作成するというものである。
[134] 地図編纂作業は、基礎作業における調査、測量の結果得られた成果、資料等を基に、字等ごとに関係所有者間の協議により、各筆の位置、境界、形状、面積等を地図上において確認する手続である。那覇防衛施設局長は、関係所有者に対し、全員の協議により、ブロック内の各筆の土地の位置境界を確認するよう求め、関係所有者は、全員の協議によりブロック内の各筆の土地の位置境界を確認し(法10条)、全員で同局長に対しその旨及び協議の内容を書面で通知した(法12条1項)。右編纂作業は土地所有者が自主的に行うものであるが、法11条に基づき、那覇防衛施設局長は次のとおり必要な援助を行った。すなわち、同局長は、ブロックごとに基礎作業で作成した平板原図を写したブロック編纂図を作成し、これを利用して、関係所有者が各筆の土地の位置境界を協議し、確認して、ブロック編纂図に各筆を表示した一筆地編纂図を作成した。次に、同局長は、一筆地編纂図に基づき各筆の土地の位置境界を現況地形図に表示して現況地籍照合図を作成し、右一筆地編纂図、現況地籍照合図、面積測定計算簿その他参考資料を関係所有者の閲覧に供し、関係所有者に各筆の土地の位置境界の確認を求め、関係所有者が右の確認をすると編纂地図確認書を作成して所有者の署名押印を求めたものである。
[135] 復元作業は、地図編纂作業により確認された各筆の土地の位置境界につき、現地においてその筆界点に表示杭を設置し、関係所有者がこれを確認する手続である。那覇防衛施設局長は、法12条1項の通知に係る土地所有者に対し、土地の位置境界を現地に即して確認するため立ち会うべき場所、期日等を通知し(法12条2項)、右通知を受けた者は、立ち会って土地の位置境界を現地に即して確認し(同条3項)、同局長は、その土地の位置境界を表示した図面及びその土地の地番、所有者等を記載した書面(現地確認書)を作成し、立会者に署名押印をさせた(同条4項)。
[136] 成果認証作業は、以上の手続により既に位置境界が確認された各筆の土地につき、その土地の正しい姿を登記簿に反映させるため、土地の所有者、地番及び地目の調査並びに境界及び地積に関する測量を行い、その結果を地図及び簿冊に作成し、国土調査の成果としての認証の申請に至る手続である。那覇防衛施設局長は、現地確認書によりブロック内の各筆の土地の全部又は一部の位置境界が明らかになったときは、所要の公示をした上、当該土地について、所有者、地番、地目の調査及び境界及び地積に関する測量を行い、その結果を地図及び簿冊に作成し(法14条、国土調査法7条)、その旨を公告し、関係市町村事務所等において右公告の日から20日間右地図及び簿冊を一般の閲覧に供した(法14条3項、国土調査法17条1項)。右地図及び簿冊に測量又は調査上の誤り等があると認める者は、右閲覧期間内に同局長に対しその旨申し出ることができ(法14条3項、国土調査法17条2項)、同局長は、右申出に係る事実があると認めるときは地図及び簿冊を修正した(法14条3項、国土調査法17条3項)。同局長は、右地図及び簿冊について国土調査法19条5項の国土調査の成果としての認証を申請し(法17条)、内閣総理大臣は、右地図及び簿冊を国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定した(国土調査法19条5項)。
[137] なお、内閣総理大臣は、当該調査に係る土地の登記の事務を掌る登記所に右地図及び簿冊を送付し(国土調査法20条1項)、これを受けた登記所は、右地図及び簿冊に基づいて、土地の表示に関する登記及び所有権の登記名義人の表示の変更の登記を行った(国土調査法20条2項)。
[138](3) ところで、本件6土地を含むキャンプ・シールズ内の各土地については、昭和50年12月に行政措置により地籍調査が開始され、各筆の土地の位置境界を確認するために参考となる資料の収集、作成等が行われ、位置境界明確化法の施行に伴い、同法に基づく位置境界明確化作業に引き継がれた。本件6土地を含むブロックである字知花曲茶原に隣接するブロックはすべて国土調査法上認証済みの地域であり、これらのブロックと字知花曲茶原との境界もこれら関係ブロックとの各代表者、関係地主、古老等の協力による現地調査と測量の結果明らかにされ、昭和53年6月21日、沖縄市長とこれらブロック間の境界の確認協議を行い、同意を得て確定した。一方、本件6土地を含むブロック内130筆(土地所有者65名)の位置境界明確化作業については、那覇防衛施設局長が、同ブロック内の関係権利者に対し、昭和53年2月に現況地籍照合図等を閲覧に供したところ、島袋善祐を含むすべての関係権利者が閲覧の上、編纂地図確認書への署名押印手続を済ませ、地図編纂作業の段階までは終了した。その後、復元作業の段階において、那覇防衛施設局長は、現地確認立会日を昭和53年5月17日と指定し、同ブロック内の関係権利者に通知した。島袋善祐以外の関係権利者64名はすべて現地確認書への署名押印手続をしたが、島袋善祐は同日立ち会ったものの現地確認書に署名押印をしなかった。したがって、右ブロックについては成果認証作業を進めることができない状況にある。
[139](4) 本件6以外の土地について、測量士は、本件使用認定申請前である平成6年6月ころから同年9月ころまでの間、登記所備付けの地籍図を転写し、この地籍図を基に、位置境界明確化作業において調査測量された成果を利用して、地籍図上に表示された図根点(細部図根点又は地籍図根三角点若しくは地籍図根多角点)を基点として、対象土地の筆界点(一筆の土地の境界が屈折する地点)のうちの任意の一点を方位角及び距離によって特定し、さらに右特定された点から各筆界点を順次同様の方法によって特定した上、一筆の土地ごとの実測平面図を作成した。そして、そのうち平成4年裁決土地以外の土地(以下「本件他の土地」という。)については、位置境界明確化作業において調査測量された成果を基に現地において測量して対象土地の各筆界点を特定し、各筆界点に杭打ちないし鋲打ち等を行って現地で土地の位置境界を確認し、右実測平面図に現地復元性があることを確認した。平成4年裁決土地については、平成4年2月に沖縄県収用委員会の使用裁決を取得しているが、右裁決申請に当たり、現地で右のような方法で杭打ち等の作業を行って土地の位置境界を確認し、当時作成した実測平面図に現地復元性があることを確認しており、本件使用認定の申請に当たり、那覇防衛施設局職員が現地を調査した結果、土地の客観的状況に何ら変化がなく、前回打った杭等の状況に変動がないことを計測等により確認したため、今回改めて測量することはしなかった。このようにして、那覇防衛施設局長は、本件6以外の土地について、本件使用認定の申請のために実測平面図を作成したが、本件使用認定後においても、格別土地の客観的状況に変化がなかったため、右実測平面図と同じ内容のものを作成し、これを土地・物件調査に添付すべき実測平面図とするとともに、土地建物登記簿謄本等の資料や現況の調査等に基づき、土地・物件調書となるべき図書を作成した。
[140](5) 本件6土地を含むブロックについては位置境界明確化作業が完了していないが、那覇防衛施設局では、島袋善祐が現地確認書への署名押印手続をすれば、いつでも国土調査の成果としての認証の申請ができるように、地図及び簿冊の作成作業を進め、地図及び簿冊の原案を作成しており、同局に保管している。測量士は、本件使用認定の申請前に、本件6土地について、右地図の原案(地籍図原図)を基にして、本件他の土地についてしたのと同様の方法で実測平面図を作成するとともに、現地において右実測平面図に現地復元性があることを確認した。このようにして、那覇防衛施設局長は、本件6土地について、本件使用認定の申請のために実測平面図を作成したが、本件使用認定後においても、格別土地の客観的状況に変化がなかったため、右実測平面図と同じ内容のものを作成し、これを土地・物件調書に添付すべき実測平面図とするとともに、右簿冊の原案等の資料や現況の調査等に基づき、土地・物件調書となるべき図書を作成した。
[141](6) 本件6土地については、昭和29年4月8日、島袋善祐名義で所有権保存登記がされ、昭和48年1月13日には、同人を債務者とする抵当権設定登記がされた。なお、使用しようとする本件6土地の実測面積は土地登記簿上の地積を多少上回っている。
[142](7) 本件6土地については、今回使用手続がされているのと同一の範囲で、これまで2回にわたり特措法による使用手続がされ、その中で島袋善祐は、本人又は代理人を介して、本件6土地の土地調書の記載事項について、地番、地目、位置、境界、地積等が真実と合致しない旨の異議を附記した上同土地調書に署名押印したが、いずれも使用裁決がされており、その裁決書では、本件6土地は、位置境界明確化手続により現地に即して精密に測量の上特定され、その地目・地積がその範囲において明確化されており、島袋善祐所有の土地であると認めるのが相当である旨の判断が示されている。
[143](8) 那覇防衛施設局長は、右使用裁決に基づく補償金(使用に係る実測面積を基準として算定されたもの)を島袋善祐の代理人である沖縄県軍用地等補償請求事務所安里秀雄に対し、昭和57年5月及び昭和62年3月にそれぞれ支払ったが、島袋善祐が右補償金について特段の不服を申し立てたことはない。
[144](二) 右認定事実に照らすと、本件他の土地についての土地・物件調書となるべき図書は、認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定された簿冊と同内容の登記簿謄本等の資料や現況等の調査に基づき作成され、実測平面図も、同様に指定された地図や位置境界明確化法による作業において調査測量された成果に基づいて作成され、現地測量による土地の位置境界の確認により右実測平面図が現地復元性を有することも確認されたものであり、本件調書は測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものと認めることができる。
[145] 次に、平成4年裁決土地についてみると、土地・物件調書となるべき図書の作成については、本件他の土地と同様格別の問題はない。これに対し、添付すべき実測平面図については、本件他の土地と同様の方法により作成されたものであるが、今回の使用手続に当たり現地測量による土地の位置境界の確認がされていない点が異なる。しかしながら、平成4年にされた使用裁決の申請に当たり、同様の方法により実測平面図が作成され、現地測量による土地の位置境界の確認により右実測平面図が現地復元性を有することが確認されており、今回の使用手続のために実測平面図を作成した時点において、平成4年裁決土地の客観的状況に変化がなく、前回打った杭等の位置についても変動がないことが確認されているのであるから、今回の使用手続のために作成された実測平面図は現地復元性を有すると認められるのであって、結局、本件調書は、測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものと認めることができる。(被告の主張)3は理由がない。
[146] 本件6土地は、位置境界明確化法による手続が完了しておらず、認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定された地図及び簿冊の存在しない土地である。しかしながら、前記認定のとおり、本件6土地を含むブロックとこれに隣接しているブロックとの境界は確定しており、本件6土地を含むブロック内において本件6土地とその隣接土地との境界を除きすべての土地の境界は関係土地所有者において確認済みであり、本件6土地とその隣接土地との境界についても隣接土地所有者は全員確認済みである。そして、本件6土地については、島袋善祐名義で所有権保存登記がされており、今回使用手続がされているのと同一の範囲で、これまで2回にわたり使用裁決がされ、右裁決では同土地の所有者は島袋善祐であると認定され、島袋善祐は、右裁決に係る補償金を受領し、格別補償金に関しては不服を申し立てたことはない。これらの事実にかんがみると、那覇防衛施設局長が、本件6土地と隣接土地との境界を同隣接土地所有者の同意に係る境界と認定して本件6土地の位置を特定し、その所有者を島袋善祐であると認定した上、前記のとおり地籍図原図を基にして実測平面図を作成し、その結果を現地において復元して確認するなどして土地・物件調書となるべき図書及びこれに添付すべき実測平面図を作成したことには、一応の合理性が認められるというべきである。
[147] 以上のとおりであるから、那覇防衛施設局長は、測量、調査その他の資料に基づき、一応の合理性が認められる方法により、本件各土地に関する土地・物件調書となるべき図書及びこれに添付すべき実測平面図を作成したものと認められる。
[148](三) 地籍が確定しているか否かは土地調書の格別必要的記載事項とはされていないし(特措収用法37条)、収用委員会における審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、当該土地について地籍が確定しているか否かについて争点を整理しておく必要性はない。当該土地所有者等としても防衛施設局長が作成した土地・物件調書の記載事項が真実であるかどうか判断できれば足り、また、自己の所有地の地籍の確定の有無は当然知っているはずのものであるから、当該土地について地籍が確定しているかどうかを知らせる必要性に欠ける。したがって、そのことについて土地調書に記載されておらず、また、それを明らかにする書類を添付して土地所有者等に立会署名押印を求めなかったとしても、その措置を違法ということはできず、(被告の主張)1は理由がない。
[149] 地籍が明確化されなくても、本件6土地のように、一応の合理性をもって、現地復元性を有する図面によって当該土地の位置境界を特定でき、さらに、土地所有者も特定できる場合には、防衛施設局長は、その旨の土地調書を作成できるのであって、地番及び所有者を不明としなければ違法となるものではない。土地所有者等としても、同調書の記載事項が真実に反すると考える場合にはその旨の異議を附記すれば、右記載事項についての推定力を排除できるのであるから、その保護に欠けるわけではない。現に、本件6土地の所有者とされている島袋善祐は、これまで2回にわたり行われた特措法の使用手続において、本人自ら又は代理人を介して、本件6土地の土地調書の記載事項について、地番、地目、位置、境界、地積等が真実と合致しない旨の異議を附記して同土地調書に署名押印しているのである。また、一応の合理性が認められる方法で土地・物件調書が作成された以上、仮にその記載事項が真実でなかったとしてもそのことにより右調書の作成が違法となるものではないことは前記のとおりであり、(被告の主張)2は理由がない。
[150] 土地・物件調書に添付される実測平面図の作成については、防衛施設局長が指定した土地について測量し、右土地の実測平面図を作成すればそれで足りるのであるから、土地家屋調査士によるものである必要はなく、(被告の主張)4は理由がない。

4 那覇防衛施設局長が本件各土地について土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒み又はこれをすることができなかった事実の有無について
[151](一) 《証拠略》並びに前提事実を総合すれば、次の事実が認められる。
[152](1) 那覇防衛施設局長は、特措収用法36条2項に基づき、本件各土地の土地所有者等に立会及び土地・物件調書への署名押印を求めるため、立会日までに3週間程度の期間をおいて、土地所有者等に対し、「立会要請について」と題する文書を郵便で送付した。立会場所は、特措法7条の土地等の調書を縦覧に供している場所、すなわち、本件1ないし4土地については読谷村内にある喜名公民館、本件5ないし7土地については沖縄市内にある沖縄市軍用土地等地主会館、本件8土地については那覇市内にある那覇防衛施設局を指定したが、それは右立会場所が一般に周知の場所であり、通常その近隣に居住している土地所有者等が多く前記縦覧場所でもあることから選定されたものである。立会日は、右立会要請文書の送付日から3週間程度の期間を置いた平成7年6月3日土曜日及び同月4日日曜日のそれぞれ午前10時から午後4時までと指定された。同文書には、留意事項として、当日土地・物件調書を作成するために署名押印をお願いするので印章を持参すること、本人に代わり代理人に立会させる場合は代理人に委任状を持参させること、指定日時に立会ができない場合には立会しなかったものとして事後の手続を進めること、立会の詳細についての問合せ先の電話番号などが記載されていた。
[153](2) 平成7年5月19日付け及び同月23日付けで権利と財産を守る軍用地主会に加入する地主77名(立会署名押印をしなかった本件各土地の所有者34名のうちの21名を含む。)及び一坪反戦地主会に加入する地主38名から「現地において土地の現状を確認した上で、土地・物件調書の作成に立会をしたいので、至急、現地立入調査ができるよう措置するよう申し出る。土地・物件調書への署名押印については、その現地立会調査後に応答を決める。よって、指定された日時には立会できない。」旨の文書が提出された。これに対し、那覇防衛施設局は、同月29日付けで、施設部長名で、「右申出にはその必要性が認められないので要望には応じられない。立会及び調書への署名押印の日時については立会要請書で要請したとおりであり、変更しない。」旨回答した。さらに、同年6月2日付けで、権利と財産を守る軍用地主会に加入する地主16名(前記同年5月19日付け文書を提出した本件各土地の所有者21名のうち5名を含む。)から委任を受けた代理人から、「指定された立会日時には立会できないので同年6月5日か同月6日の午後1時以降にしてほしい。」旨の文書が提出され,那覇防衛施設局は、同月5日、これを受領し、立会日を既に経過していたが、同日付けで、施設部長名をもって、立会期日の変更には応じられない旨回答した。
[154](3) 那覇防衛施設局は、同月3日及び同月4日、各立会場所において、土地・物件調書作成の説明資料として、土地登記簿謄本、登記所備付けの地籍図(公図)の写し、位置境界明確化法12条に基づく位置境界明確化作業において作成された現地確認書、同法10条に基づき作成された編纂地図確認書の写し、土地の現在の用途及び土地に所在する物件の状況を説明する資料として那覇防衛施設局職員が建物又は工作物等を調査した結果を記載した現地調査表と当該土地を撮影した現況写真(対象土地の位置境界を記入した図面に、撮影地点及び撮影方向を記載した上右撮影による写真を貼付したもの)、施設及び区域内における土地の位置、地勢、形状や当該土地とその周辺の使用状況を説明するための資料である現況地籍照合図を準備した上、当該業務に精通している那覇防衛施設局職員2名ずつを配置し、土地所有者等が出頭するのを待った。ただし、本件6土地については、認証された登記所備付けの地籍図がないので、これに代え、地籍図原図からの転写図を説明資料として準備した。しかしながら、本件各土地の所有者35名のうち立会及び署名押印をした1名を除く34名並びに本件各土地の関係人10名のうち立会及び署名押印をした3名を除く7名は指定された立会日時及び立会場所に出頭しなかった。
[155](二) ところで、特措収用法36条2項に定める立会の意味について、原告は、署名押印をするその場での立会を意味すると主張するのに対し、被告は、土地等が所在する現場での立会を意味すると主張するので、この点について判断を加える。
[156] 特措収用法36条2項は、防衛施設局長が土地・物件調書を作成する場合において、土地所有者等を立ち会わせた上、土地・物件調書に署名押印させなければならないと定めている。土地・物件調書を作成するには、土地等の測量調査、右結果の整理、調書への記載、実測平面図の作成等の行為が必要であるが、右規定は、その全過程での立会まで要求しているものとは到底解されず、調書が法的に成立する土地所有者等の署名押印の段階で、調書となるべきものとして作成された図書を用意し、これを対面で土地所有者等に示し、場合によっては右図書の作成の基礎となった資料や現場写真等をも利用して、右図書の記載内容を説明するために、土地所有者等を立ち会わせることを要求したものであり、したがって、立会の場所も署名押印を求める正にその場所であると解するのがその文理にも適い、相当である。
[157] 被告は、特措収用法36条2項は、防衛施設局長の恣意的な土地・物件調書の作成を抑制し、土地所有者等の財産権や適正手続を保障するための手続であり、土地所有者等が土地・物件調書の内容が真実であるか否かを確認するために現地での立会を要すると主張する。しかしながら、立会の場所を特に土地等の所在する現地とする旨の規定を欠く特措収用法36条2項の解釈としては文理上無理がある上、前説示のとおり、土地・物件調書の作成は、収用委員会における審理の際に、事実の調査、確認をすることによる煩雑さを避け、審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態についての争点を整理するために防衛施設局長により行われる裁決申請の準備手続であり、前記のとおり、法は、土地・物件調書の記載内容が客観的真実に合致していることまで要求しているものではなく、その作成手続が一応の合理性が認められる方法により適正に行われることを要求しているにすぎず、そのためには防衛施設局長(又は同施設局職員)が署名押印を求める際土地所有者等を立ち会わせて同人に調書の記載内容を説明して、同人に異議を附記するか否かを判断させて署名押印させることにより、十分その目的を達することができるのであって、土地所有者等としても署名押印の際に調書の記載内容について説明を受ければ右記載内容が真実であるか否かについて判断できるであろうし、真実であるとの確信を持てなければその旨の異議を附記しておけば特措収用法38条の推定的効力を排除できるのであるから、現地での立会を認める必要性に乏しく、(被告の主張)6のうちこの点の主張を採用することはできない。また、被告は、防衛施設局長が土地所有者等に対し土地・物件調書への立会署名押印を求めるに当たっては、現地確認の機会を与えなければならない旨をも主張しているが、右と同様の理由から、(被告の主張)5は採用することはできない。
[158](三) 前記認定事実をみると、那覇防衛施設局長が土地所有者等に対し立会を求めた日時及び場所の定め方については、土地所有者等に対し立会及び署名押印する機会を付与するに適切を欠くものとはいえず、右日時及び場所に出頭しなかった本件各土地の所有者34名及び関係人7名は、右立会及び署名押印を拒んだ者又は署名押印することができない者に該当するものと解される。前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、右の所有者34名は、那覇防衛施設局長に対し、現地での立会調査を求め、右立会調査後に土地・物件調書に署名押印するかどうかを決めようとしていたところ、右の要望が容れられなかったために、署名押印をしなかった(被告は、これを署名押印を留保したものと主張する。)ものと認められるが、特措収用法36条2項が、防衛施設局長に対し、土地所有者等の署名押印に際し、土地所有者等を現地で立ち会わせたり、事前に現地確認の機会を与えることまで義務づけたものでないことは前記のとおりであるから、那覇防衛施設局長が右の所有者34名の要望を容れず、指定された立会日時及び立会場所において立会及び署名押印を求めたことに違法はないのであって、その日時及び場所に出頭しなかった前記の者らが前記のとおり立会及び署名押印を拒否し、又はこれをすることができなかった者とされることに違法はないというべきである。また、右の所有者34名のうち5名が代理人を介して指定された立会日の前日になって立会日の変更を申請したのに対し、那覇防衛施設局長はこれに応じなかったが、同局が右申請書を受領したのが立会日後であったこと、立会日の前日における変更申請であることなどを考慮すると、同局長の右の措置に違法があったということはできない。

5 那覇防衛施設局長が関係市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、市町村長がこれを拒んだ事実の有無について
[159](一) 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
[160] 那覇防衛施設局長は、平成7年6月6日付け「立会要請について」と題する文書により、特措収用法36条4項に基づき、本件1ないし4土地の所在する読谷村長、本件5ないし7土地の所在する沖縄市長、本件8土地の所在する那覇市長に対し、当該市村長又は吏員による立会及び土地・物件調書への署名押印を求めた。立会場所は、読谷村長については前記喜名公民館、沖縄市長については前記沖縄市軍用土地等地主会館、那覇市長については那覇防衛施設局と指定され、立会日時は、読谷村長及び沖縄市長については同月14日、沖縄市長については同月19日のそれぞれ午前10時から午後4時までと指定された。沖縄におけるこれまで3回の特措法による使用手続において、これらの市村長に対し、立会日を1日とし、特措法7条による土地等の調書等の縦覧場所又はその近傍を立会場所として立会及び署名押印を求めているが、立会の日時及び場所について不服が述べられたことはないことから、右のような立会の日時及び場所が指定されたものである。那覇防衛施設局では、右3市村長又はその吏員の立会及び署名押印に備え、土地所有者等に立会及び署名押印を求めた際と同様の資料を準備し、調書の記載内容について立会人に説明できるようにしていた。
[161] 右の要請に対し、右3市村長は、前提事実のとおり、立会及び土地・物件調書への署名押印を拒否した。
[162](二) 特措収用法36条4項は、同条2項の場合において、土地所有者等のうちに同項の規定による署名押印を拒んだ者又は署名押印することができない者があるときは、防衛施設局長は、市町村長の立会及び署名押印を求めなければならないと定める。その趣旨は、公的立会人により、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づいて一応の合理性が認められる方法により適正に作成されたものであることを確認させ、もって、右調書の作成手続の適正を図ることにあり、そのためには調書に署名押印するその場での立会を認めれば十分であることは前記のとおりである上、立会人は、土地所有者等の代理人ではなく、土地等に関する事実及び権利について知る由もないのであるから、同条4項にいう立会とは、調書に署名押印をするその場での立会をいうものと解するのが、文理の上からも相当であり、(被告の主張)6のうちこの点に関する主張は理由がない。
[163] したがって、前記認定事実に照らすと、那覇防衛施設局長が前記3市村長に対し立会及び土地・物件調書への署名押印を求めた手続に何ら違法はないというべきである。

6 那覇防衛施設局長が被告に対し沖縄県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めた事実の有無について
[164] 特措収用法36条5項は、同条4項の場合において、市町村長が署名押印を拒んだときは、都道府県知事は、防衛施設局長の申請により、当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し、署名押印させなければならないと定める。右にいう立会人による立会が現地での立会を意味するものではなく、土地・物件調書に署名押印する正にその場での立会を意味するものであることは市町村長又はその吏員による立会の場合と同様であり、(被告の主張)6のうちこの点に関する主張は理由がない。また、都道府県知事は、前記1記載の(1)ないし(5)の要件が充足すれば、署名等代行事務を執行する義務を負うことは前記のとおりであり、(被告の主張)7は理由がない。
[165] そして、那覇防衛施設局長は、前提事実のとおり、同条5項に基づき、被告に対し、沖縄県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印をすることを求めたものであり、《証拠略》によれば、右のように立会の日時及び場所を定めたのは、那覇防衛施設局が沖縄県庁の側にあり沖縄県吏員も容易に出頭することができ、沖縄における過去3回の特措法による使用手続においても立会日を1日とし、立会場所を那覇防衛施設局と定めており、実際に行われた沖縄県吏員による立会及び署名押印に何ら支障がなかったことによること、那覇防衛施設局は、沖縄県吏員による立会及び署名押印に備え、土地所有者等及び関係市町村長に立会及び署名押印を求めたときと同様の資料を準備し、立会人に対し調書の記載内容を説明できるようにしていたことが認められるのであって、那覇防衛施設局長の右手続に何ら違法はないというべきである。

[166] 以上によれば、那覇防衛施設局長による本件各土地についての特措収用法36条の土地・物件調書の作成手続に何ら違法はなく、前記1記載の(a)ないし(e)の要件をいずれも充足しているから、ほかに本件命令を実質的に違法とする事由がない限り、被告は、これに従い、本件署名等代行事務を執行する義務を負うものというべきである。
[167] 被告に対し本件署名等代行義務を課している特措法は、次のとおり違憲無効の法律であるから、被告は本件署名等代行事務の執行を拒否することができるのであり、被告には本件署名等代行事務を執行する義務は存せず、特措法に基づき本件署名等代行を求める本件命令は違憲違法である。

1 憲法前文、9条、13条違反(平和的生存権の侵害)
[168](一) 平和的生存権は、憲法前文に理念的、文言的な基礎を置き、憲法9条によって制度的に保障され、直接的には憲法13条前段の個人の尊厳に不可欠の具体的な人権として保障されており、個々の国民が人間としての生存と尊厳を維持し、自由と幸福を求めて生命の危険に脅かされることなく平穏な社会生活を営むことを戦争行為(広く戦争類似行為、戦争準備行為、戦争訓練、基地の設置管理などを含む。)によって実質的に阻害されない権利であり、その権利主体は国民である。
[169] そして、平和的生存権は、次のような内容を有する。すなわち、第一に、公権力の軍事目的追求によって平和的経済関係が圧迫されたり、侵害されたりしないことであり、その例として、自己の土地、財産を軍事目的のために使用されない権利を挙げることができる。第二に、公権力による軍事的性質を持つ政治的、社会的関係の形成が許されないことであり、軍事施設を設けることにより、軍事的危害を誘発することや国民の健康又は生活環境に被害を及ぼすことは具体的な平和的生存権の侵害となる。第三に、公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行うことが許されないことである。
[170] また、平和的生存権は、単に消極的ないし受動的に戦争行為による人権侵害を排除し得る国からの自由という自由権的側面を有するに止まるものではなく、戦争行為に反対し、これを阻止、廃止し軍事力の削減撤廃をもたらすことや平和な世界を創造するために能動的に国政などに参加する参政権的側面や、積極的に国や地方公共団体等の公権力によってよりよい平和を確保拡充せしめることができる社会権(国務請求権)的側面をも有する権利である。
[171] 以上のように、平和的生存権は具体的な内容を有する権利である。
[172](二) 憲法9条は、自衛戦争をも放棄し、自衛戦力の保持を禁止することを国の義務として規定しているものであり、同条のこのような撤底した平和主義や国民の平和的生存権確保の趣旨からすると、憲法前文、9条及び13条は、安保条約及び地位協定によって、国が、国土の一部を米軍が軍用地として使用することを許すことができるとしても、国民の権利利益を犠牲にしてまで米軍に軍用地を提供することを容認するものではない。したがって、特措法は、国が駐留軍の用に供するという軍事目的を実現するために国民の私有財産を強制的に使用することを内容とするものであるから、平和主義、平和的生存権を侵害するものであり、憲法前文、9条及び13条に違反するものである。

2 憲法29条違反
[173](一) 安保条約が合憲であり、米軍の駐留が憲法上許容されるとしても、憲法で保障された人権の制約は、憲法上明文の根拠がある場合や憲法上保障されている他の人権との調整を要する場合にしか認められないのであり、憲法に、米軍の駐留目的実現のための国民の人権制約を認める条項が存在しない以上、右目的実現のために人権を制約することはできない。したがって、憲法上の根拠なくして国民の財産権を制約する特措法は、憲法29条に違反する。
[174](二) 安保条約6条1項は、米国は、米軍が日本国において施設及び区域を使用することを許されると規定し、地位協定2条1項は、米国は、安保条約6条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許されると規定するのみであり、国が、国民の所有地の使用権原を強制的に取得して米軍に使用させる義務については何ら定めがないのであるから、国はそのような義務を負担するものではなく、国の条約上の義務の内容は、せいぜい国民と賃貸借契約を締結し、任意に使用権を取得して米軍の用に供するという程度のものにすぎない。したがって、米軍に国内の施設及び区域を使用させるという目的はおよそ財産権を制約する正当な目的たりえないのであり、国民の所有地を右目的で使用する手続を定める特措法は、憲法29条に違反する。
[175](三) 平和的生存権は、戦争目的や軍事目的のために自由や人権を制限されない権利であり、自己の所有する土地その他の財産を軍事目的のために使用されない権利も当然にその内容に含まれる。そして、平和主義、平和的生存権は、憲法上の他の価値体系の基礎にあり、これに優越し、これを制約するような公共性は存在する余地がない。したがって、憲法の下において、駐留軍の用に供するという軍事目的の実現のために国民の所有する土地を強制的に使用することは、公共性を持ち得ず、憲法29条3項の公共のために用いることに該当しないのであり、特措法は同条項に違反するものである。
[176](四) 特措法は、安保条約6条及び地位協定2条に基づいて米軍に施設及び区域を提供することを目的とするものであるが、米軍に施設及び区域を提供する目的は日本や極東の安全に寄与することにある。しかし、今日の在日米軍は、日本の安全や防衛のためにあるのではなく、アジアにおける米国の韓国、台湾、フィリピンとの各軍事条約や東南アジア条約機構の義務を果たすため、すなわち、朝鮮半島から東南アジアにいたる西太平洋地域での米国の世界戦略を遂行し、米本土をはじめ米国の国益を守るために、日本にその軍事力を展開し、米国本土防衛の最前線基地の機能を果たしている。このような米軍基地の実態をみると、日本や極東の安全のために、国民の所有する土地を強制的に使用して、米軍に提供するという特措法を適用する前提事実を欠くというべきであり、特措法は、その適用を裏付ける事実が存しない上、国民の財産権を不必要に規制するものであり、憲法29条3項に違反する。

3 憲法31条違反
[177] 特措法は、次のとおり、土地収用法に比してその手続が著しく簡略化、形骸化されており、使用収用される土地所有者等の権利保護に欠けるから、適正手続を保障した憲法31条に違反する。
[178](一) 土地収用法においては、起業者が建設大臣又は都道府県知事に事業認定申請書を提出する際の添付書類として事業計画書の添付を義務づけている(18条2項)。この事業計画書には、事業計画の概要、事業の開始及び完成の時期、事業に要する経費及びその財源、事業の施行を必要とする公益上の理由、収用又は使用の別を明らかにした事業に必要な土地等の面積、数量等の概数並びにこれらを必要とする理由、起業地等を当該事業に用いることが相当であり、かつ、土地等の適正かつ合理的な利用に寄与することになる理由が記載されることになっている(同法施行規則3条)。事業認定機関は、この事業計画書に記載された事項を基にして、同法20条各号の要件に該当するか否かを判断するものである。ところが、特措法では、使用又は収用の認定の申請に、このような事業計画書又はこれに相当する使用収益の内容を具体的に説明した書類の添付は要求されておらず、認定申請に係る使用収用の内容が具体的に明らかにされていない。これは、土地を米軍の用に供することは当然に公益上の必要を生じさせるという考え方によるものであり、憲法31条に違反するものである。
[179](二) 土地収用法においては、建設大臣又は都道府県知事は、事業の認定に関する処分を行おうとするときは、起業地が所在する市町村の長に対して、事業認定申請書及びその添付書類のうち、当該市町村に関係のある部分の写しを送付しなければならず(24条1項)、右書類を受け取った市町村長は、2週間右書類を公衆の縦覧に供しなければならず(同条2項)、事業の認定について利害関係を有する者は、右縦覧期間内に、都道府県知事に意見書を提出することができる(25条1項)。これに対し、特措法においては、右事業認定申請書及びその添付書類に相当する書類の送付及び縦覧の手続はなく、利害関係人の意見書の提出についての定めもなく、国民の権利保護手続として十分ではない。特措法においても、土地所有者等は意見書の提出の機会が認められているが、事実上の利害関係を有するにすぎない者には右の機会は認められていない上、認定申請に係る使用の内容をほとんど知らされない状態で意見書を提出しなければならず、土地収用法に比し、著しく使用認定の事前手続における権利保護に欠けるものである。
[180](三) 土地収用法は、建設大臣又は都道府県知事は、事業の認定に関する処分を行おうとする場合において必要があると認めるときは、公聴会を開いて一般の意見を求めなければならないと規定している(23条)のに対し、特措法は、同条の適用を除外している。公聴会は、憲法31条の適正手続の保障の一環として、事業認定の公正、妥当さを保障するために法が認めている重要な制度であり、公聴会の制度が存しないことは、国民の権利保護に欠けるものである。
1 憲法前文、9条、13条違反(平和的生存権の侵害)の主張について
[181] 被告は、特措法が平和的生存権を侵害するものであり、憲法前文、9条及び13条に違反するとの主張に関して、平和的生存権は、憲法前文に理念的文言的基礎を置き、憲法9条によって制度的に保障され、直接的に憲法13条の個人の尊厳に不可欠の具体的な人権として保障されている、人間としての生存と尊厳を維持し、自由と幸福を求めて生命の危険に脅かされることなく平穏な社会生活を営むことを戦争行為によって実質的に阻害されないことを内容とする具体的な権利であると主張するので、この点について判断する。
[182] 憲法は前文で「日本国民は、…諸国民の協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、…この憲法を確定する。」「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と謳っており、ここでいう「平和のうちに生存する権利」がすべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる理念的、基底的な権利であることは明らかである。
[183] しかしながら、右前文は、平和主義の確立が憲法制定の動機の一つであることを宣言し、平和主義の理想や我が国の国際社会における在り方等憲法の理念を表明しているものである上、右「平和のうちに生存する権利」の実現には、右前文からも明らかなように、平和な国際秩序を維持するための各国の努力が必要であり、また、そのような国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う我が国も国際平和を維持するために憲法9条の枠の中で積極的な努力を要するのであって、その手段、方法は国際社会の実情に応じて多岐、多様であるといわなければならない。換言すれば、「平和のうちに生存する権利」の「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であって、右「平和のうちに生存する権利」は、憲法のもう一つの基本原理である国民主権の下に、国民の付託を受けた国会ないし内閣が、憲法前文ないし9条の理念を尊重し、その政治責任において行う諸政策によって具体的に実現されていくものであり、その抽象性を免れない。そのことは、右権利を憲法13条の生命、自由及び幸福追求に対する権利として理解する場合も同様であり、平和的生存権をもって、憲法上各個人に保障された具体的な権利ということはできない。さらに、被告の主張を前提とすると、国が主権国として持つ固有の自衛権に基づき自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置として他国に安全保障を求め、他国の軍隊に自国の施設及び区域を使用させるために私有財産である土地の使用権を取得する場合、これを軍事目的の使用権取得というのか、あるいは、よりよい平和を確保拡充せしめるための使用権取得というのか明らかではないが、前者であれば、当該土地所有者は平和的生存権を侵害されるがゆえにその自由権的側面として国に対しその排除を求めることができるということになるのに対し、後者であれば、国民は自らの平和的生存権を確保するためにその社会権(国務請求権)的側面として国に対し他人の私有財産である当該土地の使用権を取得するよう求めることができるということになり,そのいずれと解釈するかにより効果において大きな差異が生じるところ、「軍事目的」という概念が多義的又は抽象的であり、「平和」という概念が抽象的で、平和を確保拡充せしめる手段、方法が多岐、多様であるために、何が軍事目的に該当し同目的による人種の制限が許されなくなるのか、あるいは、何が「平和を確保拡充せしめるため」に該当しそのための措置を国に対し求めることができるのかについて一義的に明確であるということはできないのであって、被告の主張する平和的生存権が、憲法上具体的に保障された権利であるということとができないことはこのことからも明らかである。
[184] もっとも、被告は、以上のとおり特措法が平和的生存権を侵害する旨を主張するものではあるが、結局、憲法29条で保障された財産権が特措法により侵害されることをいうものであり、これを平和的生存権の侵害というか否か、その根拠として憲法前文、9条、13条を加えるか否かはともかく、右の限度では憲法上の具体的な権利についての侵害を主張するので、次に、憲法29条違反についての被告の主張と併せて判断する。

2 憲法29条違反等の主張について
[185] 安保条約6条1項は、日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、米国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許されると規定し、地位協定2条1項aは、米国は安保条約6条に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許されるとの同旨の規定を置いているところ、これを受けて、特措法は、安保条約6条に基づく地位協定を実施するために制定されたものである(特措法1条)。
[186] ところで、我が国は、主権国として持つ固有の自衛権に基づき自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうるものであり、このような措置として右の目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、他国に安全保障を求める等国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができるのであって、いかなる方式又は手段がこれに該当するかの判断は、主権国としての我が国の平和と安全、ひいては我が国存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものであり、その判断が違憲か否かの法的判断は、その条約を締結した内閣及びこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくない。それゆえ、安保条約6条が違憲か否かの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、したがって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであって、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣及びこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和34年12月16日大法廷判決・刑集13巻13号3225頁)。そして、安保条約6条及び地位協定2条1項をみると、日本国内の施設及び区域を使用する軍隊は米軍であって、我が国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は米国に存し、我が国が主体となってあたかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものではないことは安保条約及び地位協定から明らかであり、右軍隊が憲法9条2項でその保持を禁止した戦力には該当しない。また、安保条約は、同6条が示すように、日本国の安全に寄与し、日本国を含めた極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため、右軍隊に日本国において施設及び区域の使用を許し、これによって我が国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補おうとしたものであることにかんがみると、米軍に日本国において施設及び区域の使用を許すことは、憲法9条及び前文の趣旨に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは到底認められず、したがって、安保条約6条及び地位協定2条1項を違憲無効と判断することはできないというべきである。
[187] そうすると、米軍に日本国において施設及び区域の使用を許すこと、そのこと自体が憲法9条及び前文の趣旨に反し違憲であることを理由として、安保条約6条及び地位協定を実施するために制定された特措法が違憲であるということはできない。
[188] ところで、被告は、憲法には、駐留軍の用に供するという軍事目的を実現するための国民の人権制約を認める規定がない(主張(一))、国が国民の所有地の使用権原を強制的に取得して米軍に使用させる義務はない(主張(二))、駐留軍の用に供するという軍事目的の実現のために国民の所有する土地を強制的に使用することは、公共性を持ち得ず、公共のために用いる場合に当たらない(主張(三))と主張する。しかしながら、安保条約6条及び地位協定2条1項の定めるところにより、我が国が米国に対し、同国の陸軍、空軍及び海軍に日本国内の施設及び区域を使用させる義務を負うことは、その文言及び趣旨から明らかである。そして、日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守することを必要とするのであり(憲法98条2項)、前記のとおり安保条約6条及び地位協定2条1項が憲法9条及び前文の趣旨に反する違憲無効なものとはいえず、米軍に日本国の施設及び区域を使用させる目的は、日本国の安全並びに日本国を含む極東における国際の平和及び安全の維持(安保条約6条1項)という我が国存立の基礎に極めて重大な関係を有するものであるから、国は、日本国内において米軍の用に供するため任意に土地等又はその使用権を取得できない場合には、憲法29条3項により、公共のために用いる一場合として、土地等の公用使用又は公用収用をすることができるというべきである。
[189] そして、特措法は、右の場合の米軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とするものであり(1条)、土地等の使用収用を無条件に認めているものではなく、駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるときに限り、その使用収用を認めているのであり(3条)、その際正当な補償もされる(14条、土地収用法第6章)のであるから、憲法29条3項に違反するものではなく、また、右使用収用の目的及び要件並びに正当な補償がされることに照らすと、憲法9条、13条、前文の趣旨に反するということもできない。
[190] また、被告は、在日米軍は日本の安全や防衛のためにあるのではなく米国の世界戦略を遂行し米国の国益を守るためにあるのが実態であり、日本や極東の安全のために国民の所有する土地を強制的に使用して米軍に提供するという特措法を適用する前提事実を欠くから、特措法は国民の財産権を不必要に規制するものであり、憲法29条3項に違反すると主張する(主張(四))。しかしながら、前記のとおり、特措法は、日本国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持のために、米軍に日本国において施設及び区域を使用させるという安保条約6条等における義務を履行するため、米軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする法律である(1条参照)から、被告の主張する事柄は、特措法自体が憲法29条3項に違反するか否かの問題とはなり得ないのであって、被告の右主張は失当を免れない。

[191] 憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、手続保障の内容、程度も様々である。そこで、以上を前提として、特措法に定める手続が憲法31条に違反するか否かを判断する。
[192](一) 土地収用法18条2項は、事業認定申請書の提出の際に、同法施行規則3条1号所定の事項を記載した事業計画書の添付を要求しており、右の記載事項にかんがみると、事業認定機関において、当該申請に係る事業が土地収用法20条各号の要件に該当するか否かを判断する際に右事業計画書が重要な判断資料となることは否定できない。これに対し、特措法は、使用認定の申請の際にこれに相当する書面を要求していない。しかしながら、特措法は、種々の事業を対象とする土地収用法とは異なり、使用する者は国のみで、使用の目的も駐留軍の用に供することに限られており、そのことから、事業認定の要件は土地収用法20条1号ないし4号に定めるものであるのに対し、使用認定の要件は、同条4号に相当する駐留軍の用に供するため土地等を必要とすること及び同条3号に相当するその土地等を駐留軍の用に供することが適切かつ合理的であることとなっている(特措法5条、3条)。そして、使用認定に係る右の要件を充足する理由を明らかにさせるには事業計画書に相当する書面によらなければならない必要性はなく、使用認定申請書中の「使用の認定を申請する理由」欄(特措法施行規則1条)には、少なくとも駐留軍の用に供するため土地等を必要とすること及び当該土地等を駐留軍の用に供することが適切かつ合理的であることについて具体的な理由が記載され、それに伴い、認定申請に係る使用の内容が具体的に明らかにされるのであり、使用認定機関も右申請理由に対し、使用認定の要件を充足しているか否かについて判断するのである。したがって、特措法が使用認定を行うための資料として事業計画書に相当する書面の添付を要求していないことをもって、土地所有者等の権利保護に欠けるということはできない。
[193](二) 被告の主張するとおり、土地収用法においては、事業認定に関する処分が行われる前、事業認定申請書及びその添付書類が2週間公衆の縦覧に供され(24条)、事業の認定について利害関係を有する者は意見書を提出できる(25条)のに対し、特措法では、右の手続は行われない。しかしながら、特措法は、防衛施設局長が使用認定申請をする際には、最も利害関係を有する土地等の所有者等の意見書を添付することを義務づけ(4条1項)、もって、土地所有者等に対し事前の防御、弁解の機会を与えることとしたものであり、その際に、防衛施設局長が、土地所有者等に対し、当該土地の使用目的及び使用方法を告知することが当然に予定されているのである。加えて、特措法は、内閣総理大臣は、使用の認定に関する処分を行おうとする場合において、必要があると認めるときは、関係行政機関の長及び学識経験者の意見を求めることができ、関係行政機関の長は右の処分について内閣総理大臣に意見を述べることができる旨規定している(6条)。したがって、特措法は、土地所有者等に対し、認定申請に係る使用の内容を全く告知することなく意見書を提出させる手続を求めたものとはいえないから、この点において土地所有者等の権利保護に欠けるとはいえないし、また、土地収用法に比し、事前に意見を述べることができる者の範囲が限定され、事実上の利害関係を有する者が意見を述べることができないことをもって、土地所有者等の権利保護に欠けるということもできず、被告の主張は失当を免れない。
[194](三) 被告の主張するように、公聴会の制度は、土地収用法には設けられている(23条)が、特措法には存しない。しかしながら、土地収用法上の公聴会は事業認定権者が必要があると認めるときに開かれるものであるにすぎないし、前記のとおり、特措法は、土地所有者等に対し意見書を提出する機会を与えている上、使用認定権者は、使用の認定に関する処分を行おうとする場合において、必要があると認めるときは、関係行政機関の長及び学識経験者の意見を求めることができ、関係行政機関の長は右の処分について内閣総理大臣に意見を述べることができる旨規定している(6条)のであって、公聴会の制度が設けられていないことをもって、土地所有者等の権利保護に欠けるということはできない。
[195] 以上のとおりであるから、特措法自体が憲法31条に違反するものということはできない。
1 被告が本件署名等代行に先行する本件使用認定の違法又は無効を理由として本件命令を拒否できることについて
[196] 地方公共団体の長は、憲法により保障された直接公選制により選任され、かつ、憲法により保障された地方公共団体の執行機関として、本来国の行政機関に対しては自主独立した地位を有するものであるから、機関委任事務の執行を行う際に、それが法令に抵触しているのか否かを自主的に判断することができ、当該機関委任事務を執行することが法令に違反するものと判断した場合はこれを執行しないことができる。したがって、被告は、本件署名等代行事務についてもこれが法令に違反し違法なものとなると判断した場合には執行しないことができるのである。そして、右判断に当たっては、被告は本件署名等代行事務に先行する本件使用認定の適否を審査し、それが違法である場合には後行行為となる本件署名等代行事務の執行もその違法性を承継して違法となるからこれを執行しないことができ、仮にそのようなことがいえないとしても、本件使用認定に重大かつ明白な瑕疵があり同使用認定が無効となる場合には後行行為となる本件署名等代行事務の執行が違法となることは明らかであるからこれを執行しないことができる。
[197] 仮に、被告が本件署名等代行事務の執行に際し、その先行行為である本件使用認定の適否等を審査する権限を有しないとしても、次のとおり、被告は、本件訴訟において、本件使用認定の違法又は無効を理由として、本件命令が違法であることを主張することができるものである。すなわち、地方自治法151条の2は、都道府県知事に委任された国の機関委任事務の執行について主務大臣と都道府県知事との間に法令解釈等をめぐる対立がある場合に、都道府県知事本来の地位の自主独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和を図りつつその調整をする必要があることから、職務執行命令等訴訟の制度を採用し、裁判所を関与させて都道府県知事に対する国の当該指揮命令が実質的に適法であるか否かを審査させることにしたものである。そして、本件訴訟が実質的には権利主体である国と都道府県との間の争いであり、機関委任事務の処理について対等の関係にある主務大臣と都道府県知事との間に生じているものであることをも併せ考慮すると、裁判所が本件命令の実質的適否を判断するに当たり審査すべき事項は、本件訴訟が行政機構の内部的な行為である職務執行命令の適否を判断するものであることを理由として本件署名等代行事務の執行において被告が審査できる範囲内の事柄に限定するのは適当ではなく、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般に及ぶものと解すべきである。そして、本件命令の先行行為である本件使用認定が違法であれば本件命令もその違法性を承継して違法となり、仮にそのようなことがいえないとしても、本件使用認定に重大かつ明白な瑕疵があり同使用認定が無効となる場合には後行行為である本件命令が違法であることは明らかであるから、本件使用認定が違法か否か、あるいは、無効か否かは、本件訴訟において審査の対象となるものであり、被告は、本件使用認定が違法又は無効であることを理由として、本件命令の違法を主張することができると解される。

2 本件使用認定の違法又は無効
[198] 本件署名等代行の先行行為である本件使用認定は、次のとおり特措法所定の使用認定の要件を欠くものであり、重大かつ明白な瑕疵があって無効であるから本件署名等代行はその前提を欠き違法なものとなり、仮に本件使用認定が無効でないとしても違法であることは免れず本件署名等代行はその違法性を承継してそれ自体違法なものとなるから、これを命じる本件命令はいずれにしても違法である。
[199](一) 特措法3条の「駐留軍の用に供する」とは、駐留軍が安保条約6条の駐留目的を遂行するのに必要な場合に限定され、軍隊でない機関の用途や駐留目的を逸脱するような用途のための土地等の使用はこれに該当しないところ、本件各土地には、米軍人軍属の家族住宅用地や子供のための学校用地、核兵器関連施設及び部隊等が配備された施設、極東の範囲を越えて中東戦略の拠点として使用され、地球的規模の軍事行動の拠点として使用されようとしている施設等の中にあるものが存在するから、本件使用認定は、右の要件を欠いている。
[200] 本件各土地は、代替性の存する施設や遊休化した施設内にあるもの、黙認耕作地であるもの、施設フェンスの外部に所在するもの、右フェンスの内部にあるがそれに近接して所在するものなど、これが返還されても米軍基地機能には全く影響がなく、使用の客観的必要性がないものである上、米軍に土地を接収されて以来約50年間にわたり自己の意思に反して財産権が制限されているという土地所有者等の事情を考慮すると、本件使用認定は、特措法3条の「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする」という要件を欠いている。
[201] 特措法3条の「土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的である」という要件のうち、「適正」とは憲法、法律及び社会正義に合致することをいい、「合理的」とは土地等を使用することによって得られる利益とそれによって失われる利益とを比較衡量し、前者の利益が大きい場合をいい、本件の判断に際しては、本件各土地は戦争行為及び駐留軍施政権下の土地接収、復帰後の公用地暫定使用法によって軍用地としての現況が違法に形成、維持されてきたのであるから、かかる現況を前提に適正かつ合理的な土地利用の仕方が比較衡量されてはならず、右の違法な土地の接収等がなければ本件各土地は市街地や村落の中心地又はその一部として都市環境の中枢部に位置した土地であったり、村落周辺の豊かな田畑となっていたのであるから、そのようなものとして本件各土地の適正かつ合理的な利用が考慮されなければならないところ、前記前提事実及び背景事実に照らせば、本件使用認定は「適正かつ合理的」の要件を欠いている。
(二) 本件1土地(瀬名波通信施設内)における本件使用認定の違法性
[202] 本施設は東欧諸国の社会主義体制の崩壊、冷戦構造の終結により当初予定された役割を終えている上、トリイ通信施設だけでも通信基地としての役割、機能は十分果たせる上、本件1土地のうち新垣昇一所有のものは、事務所用地として使用されているというが、本施設のフェンスのすぐ内側にあり実際に事務所用地としては利用されていないのであって、本件1土地の使用認定は、「必要性」の要件を欠いている。
[203] 読谷村は、残波リゾートゾーン計画の策定、見直しを経て、現在、残波公園、パブリック・ビーチが整備され、リゾートホテルやスタジオパーク等が誘致されているが、本件1土地を含む本施設の存在が同村の効果的な土地利用計画の遂行を妨げている。また、本件1土地を剥奪された土地所有者の損失も大きい。したがって、本件1土地の使用認定は「適正かつ合理的」の要件を欠いている。
(三) 本件2及び5土地(嘉手納弾薬庫地区内)における本件使用認定の違法性
[204] 本件2及び5土地のうち、1筆はフェンス付近に存し、国道58号線に隣接し、弾薬庫からは1キロメートル以上離れ、また、1筆は、嘉手納ロータリーから沖縄市池武当に通ずる県道に接しており、弾薬庫からははるかに離れたところに位置し、本件2及び5土地の使用認定は「必要性」の要件を欠いている。
[205] 本件2及び5土地のうち大部分は読谷村に存在し、そのうちフェンス付近の土地については集団優良農用地地域として開発が予想されているが、弾薬庫保安用地として使用されているため、土地改良等の基盤整備事業ができず、土地の有効利用ができない状態にある。また、本件2及び5土地の中には、自然環境保全管理区域又は自然災害発生防止区域に指定されているものがあるが、弾薬庫地区であるためその保全管理ができず、土地利用計画の実施が困難となっている。関係各市町村は、本施設が返還された場合の具体的な跡地利用計画を有しており、例えば、沖縄市では、本施設一帯を市民の森として位置づけ、道路ネットワークの整備を前提として、キャンプ場、ハーブガーデンゾーン、林業・陶芸・施設園芸・エントランス修景の各ゾーン等として跡地利用することが具体的に構想されている。また、本件各土地を剥奪された土地所有者の損失も大きい。したがって、本件2及び5土地の使用認定は、「適正かつ合理的」の要件を欠いている。
(四) 本件3土地(楚辺通信所内)における本件使用認定の違法性
[206] 本施設は、戦闘機や艦船、原子力潜水艦等による通信についての傍受や暗号解読などを目的として軍事情報の分析センターであり、米国国家安全保障局と結び付くことによって世界中に張り巡されたいわゆる米国諜報組織の前線基地の役割を担い、我が国の平和の維持等の目的を越えた米国の世界的な諜報組織の一部に組み込まれてその機能を行使しているのであるから、「駐留軍の用に供する」の要件を欠いている。
[207] 米軍からは使用目的を詳らかにされてなく、飛行場などと比較すると外部からその機能を容易に知り得ず、右目的が明らかでないのであるから、本件3土地の使用認定に係る「必要性」の要件について判断し得るものではない。
[208] 本件3土地は、従前米軍基地提供のために国との間で賃貸借契約が締結されてきたが、その経過をみると、米軍による占領という既成事実を作り上げられ返還を求めるという選択ができない状態で、自由な意思に基づくことなく賃貸借契約の締結を余儀なくされたものであり、土地接収に当たっての適正手続の欠如の瑕疵が治癒されたとはいえない。したがって、この違法性を是正しないままされた本件3土地の使用認定は「適正」の要件を欠いている。
[209] 本施設について読谷村としての具体的な跡地利用計画は策定されていないが、同村の約47パーセントが米軍の用に供されており、米軍基地は同村による農業を中心とした産業振興の障害となっている。本施設のうち、アンテナなどに実際利用されている部分はごく一部であって任意に土地が提供されている部分に移設をすることが可能であり、これにより一層の土地の合理的利用を図ることができる。したがって、本件3土地の使用認定は「合理的」の要件を欠いている。
(五) 本件4土地(トリイ通信施設内)における本件使用認定の違法性
[210] 本施設は、米国の4軍により情報処理センターとして使用されているが、専ら旧ソ連、北朝鮮、中国、旧北ベトナム等の国々の放送、通信等を傍受して解読し、本施設で処理された情報は専ら米本国で集中管理され、我が国には通知されず、いわゆる諜報組織の前線基地の性格を有している。本施設が持つ機能、役割は専ら米国の世界戦略のための情報収集を行うものであり、また、東欧諸国の社会主義体制が崩壊し、東西の冷戦構造が終結した現在、右機能、役割を維持存続させておく必要性はない。したがって、本施設の使用目的、実態は、安保条約の駐留目的を逸脱するものである。
[211] 本施設は、4軍以外に、アメリカ合衆国軍隊ではない米中央情報局の機関の一つであるCSG(混成サービスグループ)、FBIS(海外情報放送サービス)等による使用も指摘されており、そうであれば本施設は「駐留軍の用に供する」との要件を欠いている。
[212] 国は契約により広大な土地を賃借しこれを米軍に提供しているのであるから右土地内に本施設を設置すれば足りるのであり、本件4土地の所有者の意思に反して本施設を存置させなければならないものではなく、本件4土地の使用認定は「必要性」の要件を欠いている。
[213] 本件4土地は、昭和27年から28年にかけて何らの法令の根拠なく米軍により使用されたものであり,復帰後は速やかに右違法状況を解消し地主に返還されるべきであったのに、公用地暫定使用法や特措法により継続使用されてきたものであり、これらの違法状態を何ら解消することなく特措法を適用することは憲法、法律に適合するものではなく、本件4土地の使用認定は「適正」の要件を欠いている。
[214] 本施設は、約47パーセントを米軍用地が占める読谷村にあり、周辺には本施設を取り囲むように市街地がいびつに形成されており、本件4土地の所有者のみならず、周辺地域住民にとっても本件4土地を使用する必要性は大きい。これに対し、本施設を読谷村に存置しなければならない必要性はなく、米軍は山岳部を含め本島西岸に多くの土地の提供を受けているのであるから同所に本施設を移転すれば足りる。したがって、本件4土地の使用認定は「合理的」の要件を欠いている。
[215] なお、本件4土地は電波障害除去地であり、平地に建てられているアンテナ施設を高層化する等の適当な措置をとれば、これを所有者に返還しその利用に供することが十分可能であるし、そもそもいずれもフェンス近くに所在し、これを返還しても本施設に格別の支障は生じないものである。
(六) 本件6土地(キャンプ・シールズ内)における本件使用認定の違法性
[216] 本施設は、クラブ、映画館、軍人・軍属・その家族らのための住宅などアメリカ合衆国軍隊の直接の利用に供するものとはいえない部分が相当の割合を占め、本件6土地も単なる駐車場と倉庫に利用されているものであり、「駐留軍の用に供する」との要件を欠いている。また、今日の在日米軍の活動の実態は安保条約6条の目的を逸脱している。
[217] 本施設のうち、現実に有効に使用されている土地は半分にも満たず遊休地がかなり存する。本件6土地も以前は資材置場として使用されていたが数年前から資材も撤去されて駐車場などとされ、現在は既に駐車場としても利用されず、また倉庫なるものも存在せず全く更地のまま遊休化している。そのため米軍が本件6土地を利用できないとしても移設の経費等は問題とならないし、仮に以後駐車場や倉庫用地が必要であるとしても本件6土地の近隣の遊休地にそれらを設ければよい。また、本施設は民間人の立入を禁止すべき性質のものではなく、現に本施設の指定された出入路は米軍の活動を妨げないことを条件に地元住民の通行が認められることが日米合同委員会で合意されており、本件6土地は右指定路まで約20メートルの位置に存する。同土地が返還されても本施設の機能に影響を及ぼすものではない。したがって、本件6土地の使用認定は「必要性」の要件を欠いている。
[218] 本施設は、昭和27年に強制的に接収されて以来今日まで土地所有者の意思に反して違法に使用されており、その違法性を是正しないまま更に継続して使用することは「適正」とはいえない。
[219] 本施設は、沖縄市にあり、大半が遊休地となって放置され、わずか50人程度の兵員が利用しているにすぎない。本件6土地を返還して駐車場等を移設するとしてもわずか数十メートル移動させればよい。また、本施設は、西部は嘉手納弾薬庫と、北西部は東南植物楽園とそれぞれ隣接し、本施設の東側には沖縄自動車道及び国道329号線を挟んで病院や集落が存し、北側には主に農地がある上、沖縄市は同市域の約37パーセントに米軍基地が存在し、残る約63パーセントの地域に約11万5000人が居住しているという人口過密な都市であり、本施設の返還に伴い、農業的利用をするとともに、沖縄市の近郊住宅地として利用開発する意義は極めて大きい。したがって、本件6土地の使用認定は「合理的」の要件を欠いている。
(七) 本件7土地(嘉手納飛行場内)における本件使用認定の違法性
[220] 在沖米海兵隊は、世界のどこへでもいつでも出撃できるよう再編強化され、湾岸戦争では8000人が、ソマリア上陸作戦では560人がそれぞれ派遣されたが、いずれも嘉手納飛行場等がその出撃基地として利用された。本施設は、中東紛争のための駐留軍の拠点となっており、安保条約6条の駐留目的を逸脱するものである。
[221] 本施設は、飛行場地区と居住地区からなるが、後者の地区には、未だ遊休地が多い上、広大なゴルフ場が存する。本件7土地のうち比嘉康雄所有地は学校用地として、金城昇所有地及び高宮城清所有地は家族住宅敷地としてそれぞれ使用されており、その継続のために本件使用認定がされたが、これらはいずれも軍隊でない機関の用途のためにされているのであるから「駐留軍の用に供する」との要件を欠いている。右の比嘉康雄所有地は嘉手納飛行場の外縁部に位置してフェンスの直近に所在し、喜友名朝則所有地は駐車場敷地として使用されているから、これらを返還したとしても基地機能の支障は生じないし、また、比嘉昭雄所有地は資材置場として使用されているが、本施設内には他にも資材置場は存しており、それに集約できるから、それらの使用認定は「必要性」の要件を欠いている。
[222] 本施設は、昭和20年の米軍の沖縄本島上陸に伴い直ちに占領され、以来米軍により使用され、土地所有者らの意思に反して違法にその所有権行使が制限されてきたものであり、これに対して更に使用認定をすることは所有権の機能回復の機会を剥奪するものであって、本件7土地の使用認定は「適正」の要件を欠いている。
[223] 本施設には、戦闘機、空中空輸機等80機が配備され、これら航空機による離発着、エンジン調整、タッチアンドゴー訓練のほか、米空母艦載機や国内外から飛来する米軍機の飛行活動は騒音発生源となっており、周辺住民は長期間にわたり騒音被害を受け、多大の犠牲を強いられてきた。平成6年度の騒音測定によると、本施設周辺で23ポイント中9ポイントが環境基準値を超えていた。うるささ指数は年平均77.8で受忍限度を超え、午後10時から翌朝午前7時までの夜間飛行は年60回を上回っている。また、本施設では、沖縄の復帰前から航空機の墜落事故が相次いで発生していたが、復帰後も18件の墜落事故が発生して、周辺住民に不安を与えたり、平成4年になってPCB漏出による土壌汚染が発覚する等の基地被害を発生させている。本施設は、嘉手納町域の59パーセント余、沖縄市域の15パーセント余、北谷町域の27パーセント余を占め、これら市町の平和で効率のよい地域振興開発の障害となっている。したがって、本件7土地の使用認定は「合理的」の要件を欠いている。
(八) 本件8土地(那覇港湾施設内)における本件使用認定の違法性
[224] 本施設は、昭和49年1月30日に開催された第15回日米安全保障協議委員会で移設条件付全面返還が合意されており、本施設の機能、役割は他の施設に集約することができるものである。現在、本施設の利用頻度は激減し入港数は月平均1隻強であり、明らかに施設全体として遊休化した状態となっている上、本施設内の港湾管理事務所、機械修理工場は12年前から完全に閉鎖されている。したがって、本件8土地の使用認定は「必要性」の要件を欠いている。
[225] 本施設は、昭和20年、米軍の占領と同時に接収され、以来米軍により使用され、土地所有者らの意思に反して違法にその所有権行使が制限されてきたものであり、その違法状態を解消することなく、所有権の機能回復の機会を剥奪する本件8土地の使用認定は「適正」の要件を欠いている。
[226] 沖縄本島と周辺離島からなる沖縄県の県民生活及び経済社会活動に必要な物資の移入、移出は、その大部分が海上交通に依存している。那覇埠頭区、泊埠頭区、那覇新港埠頭区、浦添埠頭区からなる那覇港は、背後に沖縄県の中心集積地である那覇、浦添両市を擁する交通の要衝に位置した沖縄県第一の商港である。従来より本土、外国及び先島を結び定期航路の拠点として貨客輸送における重要な役割を担ってきたが、経済社会活動の拡大発展に伴いその役割はますます重要視され、県内外及び国外からの港湾取扱貨物量は年々増大しているが、既存の係留施設及び港湾施設用地では対応できず、貨客の円滑な流通が阻害されている状況が顕著であり、那覇港の狭隘さを解消するために、本施設を商港として那覇市の使用に供することが県民福祉の向上に寄与し、合理的であることは明白である。那覇市は、本施設の返還に備えて跡地利用計画を昭和57年度より継続的に検討してきたが、平成2年度には那覇港湾施設跡地利用基本計画調査を実施しており、本施設の跡地を豊かなウォーターフロント交流ゾーンに形成することを計画している。一方、本施設は、国道331号線沿いにあり、近くには沖縄県の空の玄関である那覇空港をひかえ市街地内に位置しているが、本施設が軍港として駐留軍の用に供され弾薬の運搬にも利用されていることから爆発の危険性を常にはらんでおり、県民に与える不安は大きい。したがって、本件8土地の使用認定は「合理的」の要件を欠いている。
[227] 前記のとおり、地方自治法151条の2第3項の職務執行命令訴訟の制度は、都道府県知事の本来の地位の自主独立性を尊重する見地から、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務の執行について主務大臣の判断と都道府県知事の判断が異なり両者が抵触する場合に、直ちに主務大臣の判断に従うべきものとしないで、司法機関である裁判所にそのいずれが正当であるかを審査判断させることとし採用されたものであって、裁判所は、主務大臣の判断のいかんにかかわらず、都道府県知事が法律上主務大臣の命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを審査判断して当該命令の実質的適否を決すべきものと解される。そして、都道府県知事が右義務を負うか否かは、当該国の事務を都道府県知事の権限に属せしめている法令が行為規範として都道府県知事に対しどのような事項について審査させた上で右事務の執行をさせようとしているかに係わるものである。すなわち、都道府県知事は、右法令により付与された審査権の範囲内において、右国の事務の執行の要件を審査し、これが充足されていると認められるときは、当該国の事務を執行しなければならず、その場合に、審査権の付与されていない事項について考慮した上で右国の事務の執行を拒否することは許されない。したがって、裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して右義務の有無を論ずることはできないといわなければならない。これに対して、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。

[228] そこで、国の事務である署名等代行事務を都道府県知事に課している特措収用法36条5項が、都道府県知事に対し署名等代行事務の執行に際しいかなる審査権を付与しているかを検討するのに、少なくとも、(a)使用認定の告示があったこと、(b)防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により土地・物件調書を作成したこと、(c)防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒み又はこれをすることができなかったこと、(d)防衛施設局長が市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、市町村長がこれを拒んだこと、(e)防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと、以上の事柄が都道府県知事が署名等代行をするに当たり審査すべき事項であることは前記のとおりである。

[229] 右の事項のほか、特措収用法36条5項が、都道府県知事に対し、署名等代行事務の執行に際し本件署名等代行の先行行為である使用認定の適否又は効力の有無についても審査する権限を付与したものか否かについては、検討を加える。
[230] およそ法律が特定の行政機関に一定の権限を付与した場合には、原則としてその権限は当該機関に専属し、その上級行政機関がその指揮監督権をもってこれに介入する以外には、他の行政機関はその権限の行使に介入することができない。そして、右行政機関がその権限を行使するに当たって法律上一定の事項について判断することを要求されている場合には、その行政機関のみが当該事項についての判断権を有し、右行政機関が法律によって与えられた権限の行使として一定の判断の下に特定の行為をした場合において、他の行政機関は、右の判断を誤りであるとし、当該行為を法律に違反するものとすることはできない。そのことは、行政機関が自己に与えられた権限の行使として一定の行為をするについて、他の行政機関の行為を前提とする場合においても同様である。そうでないと、法律がそれぞれの行政機関に対して各別の権限を付与し、各行政機関をその権限が与えられた事項に関する限り唯一の責任ある決定機関とした趣旨は没却されるのであって、このような権限の相互的尊重は、権限の分属に伴う不可欠の要請である。もっとも、一般論としては、行政機関は、自己に与えられた権限の行使として一定の行為をするに当たり、その前提となる他の行政機関の権限に属する行為にこれを当然無効ならしめる程度の重大かつ明白な瑕疵がある場合には、右行為の有効な存在を否定し、そのような判断に基づいて自己の権限に属する行為をすべきか否かを決定することができるし、決定すべきものと考えることができる。しかしながら、前記のとおり、およそある行政機関が一定の行為をすべき義務を負担しているか否かは、法律が右行為についての権限を付与するに当たって、当該行政機関に対しいかなる事項について審査判断した上その権限を行使すべきことを要求しているかということと切り離して論ずることはできない。各行政機関の行為はその性質、内容、効果及び重要性において無限の多様性を持ち、法律はこのような多様性に応じてそれぞれの行為を各種の行政機関の権限に分属せしめるとともに、それらの機関がそれぞれの権限を行使するに当たって判断すべき事項の範囲についても広狭様々な限界を設けることができるのであり、これが画一的でなければならないわけではない。それゆえに、法律が後行行為をする行政機関に対し、他の行政機関のした先行行為の適否についても審査権を与えることが可能であるし、逆に先行行為の適否のみならずその有効無効についても審査権を与えることなく、形式上当該先行行為がこれにつき権限を有する行政機関によってされた以上当然に後行行為をすべきことを命ずることももとより可能であって、後者の場合においては、当該行政機関は先行行為にこれを当然無効ならしめる重大かつ明白な瑕疵があることを理由として後行行為を拒否することも許されないのである。そして、具体的な場合がそのいずれに当たるかは専ら当該行政機関に当該後行行為についての権限を付与した法律の規定の解釈により、当該行政機関のすべき行為の性質、それが右法律の定める行政作用全体の中において占める地位等に照らして法律の趣旨とするところを合理的に探求するなどして決すべきものである(東京地方裁判所昭和38年3月8日判決・行裁例集14巻3号562頁参照。)
[231] 右の観点から本件の場合をみるに、都道府県知事による署名等代行は特措法に基づく土地の使用手続の一環をなす行為であるが、特措法に基づく土地の使用手続は、原告による使用認定手続と収用委員会による裁決手続の2つの重要な手続に分かれており、土地・物件調書の作成は、その間にあって、防衛施設局長により使用裁決申請の準備手続として行われるもので、これを詳しくみると、前記のとおり、使用認定告示後における防衛施設局長による土地・物件調書となるべき図書の作成、防衛施設局長による土地所有者等に対する立会及び右調書となるべき図書への署名押印の要請、土地所有者等がこれを拒むなどした場合の防衛施設局長による市町村長に対する署名等代行の要請、市町村長がこれを拒んだ場合の防衛施設局長による都道府県知事に対する署名等代行の申請、都道府県知事による署名等代行という手続構造をとっているのであり、被告が求められている本件署名等代行は、土地使用手続の中でも、使用認定告示後防衛施設局長による使用裁決申請前に行われる土地・物件調書の作成手続の一環をなす行為であるということができる。
[232] ところで、原告は、防衛施設局長の申請に係る土地等が安保条約6条に基づく地位協定を実施するために駐留軍の用に供するものとして必要であるか、そして、右土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるかという特措法による使用手続において極めて重要な政策的かつ技術的事項について審査判断して、国の使用権を設定するという重大な効果をもたらす使用認定をすべきか否かを決すべき権限と職責を有し(特措法3条、5条)、収用委員会は、裁決の申請が適法であるか及び理由があるかを審査判断して、使用権及び損失補償請求権の具体的内容を決定するという重大な効果をもたらす使用裁決をすべきか否か、どのような内容の裁決をすべきかを決すべき権限と職責を有する(特措収用法47条、47条の2、48条等)。そして、特措法は、前者の事項についての審査判断はその性質上原告に委ねるのを適当と考え、後者の事項についての審査判断はその性質上収用委員会(その裁決に対する審査請求の審査庁を含む。)に委ねるのを適当と考えて、それぞれ右各機関に特措法による使用手続におけるこれらの重要な権限を分属させたものであると考えられるから、原告及び収用委員会は、それぞれの判断事項に関する限り、行政機関として唯一かつ最終的な責任者と認めるべきものであり、特に、国の行政組織における原告の地位にかんがみると、そのことは前者の事項についてより一層妥当する。
[233] これに対し、都道府県知事による署名等代行は、前記のとおり、使用認定の告示後に使用裁決申請の準備手続として行われる、防衛施設局長による土地・物件調書の作成手続の一環をなす行為であり、使用認定手続又は裁決手続に付随する手続にすぎない。また、防衛施設局長による右調書の作成は、前記のとおり、収用委員会における審理の際に、事実の調査、確認をすることによる煩雑さを避け、審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態について争いのない点と争いのある点を整理するために行われるものであり、都道府県知事による署名等代行の趣旨、目的は、防衛施設局長に義務づけられた土地・物件調書の作成について、公的立場からその手続の適正を保障しつつ、これを完成させて防衛施設局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせることであり、その署名等代行の方法も、土地所有者等や市町村長が立会及び調書への署名押印を拒否した場合に、当該都道府県の吏員に立ち会わせて、調書が測量、調査その他の資金に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認させて署名押印させれば足り、その署名等代行の効果も、土地・物件調書の記載事項について一応真実であるとする推定力が付与され、土地所有者等はそれが真実でないことを立証しない限り異議を述べることが許されないとされたにすぎず、土地所有者等が立ち会い異議を附記して署名押印しておけば右推定力は生じないものである。そして、前記のとおり、署名等代行事務についての主務大臣は原告であり、仮に特措法が国の事務である署名等代行事務を都道府県知事に委任していなければ、元来、右事務は、同法により使用認定に関する権限を付与され、防衛施設局長を監督する立場にある原告において管理執行すべきものであり、逆にいえば、本来原告において使用認定に関する事務とともに署名等代行事務をも管理執行すべきものであるところ、当該土地等の所在する都道府県の知事の指名に係る吏員を立会人として土地・物件調書に署名押印させることが、右調書の作成手続の適正を担保するという署名等代行の趣旨から適当である上、地理的関係等からも容易かつ有効であるという行政事務の便宜の考慮から、特措法は、都道府県知事に対し、従たる事務である署名等代行事務の管理執行を委任したものと解される。
[234] このように原告による使用認定と都道府県知事による署名等代行の両者を、特措法による使用手続における位置づけ、重要性、行為の効果の観点から対比し、さらに、右署名等代行の趣旨や署名等代行事務が都道府県知事に委任された趣旨を併せ考えると、特措収用法36条5項が、使用認定に関する事務など元来原告において管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等代行事務をこれらから切り離してその管理執行を都道府県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法か、あるいは、有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであって、都道府県知事は審査権を有しない先行する使用認定についての違法又は無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるを得ない。
[235] そうすると、被告は、本件署名等代行に先行する本件使用認定が違法又は無効であることを理由として本件署名等代行事務を拒否し、右事務の執行義務を免れることはできないから、結局、この点についての被告の主張は失当を免れない。
1 被告が本件使用認定が違憲無効であることを理由として本件命令を拒否できることについて
[236] 前記のとおり、被告は、本件署名等代行事務の執行が法令に違反し違法なものとなると判断した場合にはこれを執行しないことができ、右判断に当たっては、本件使用認定が違憲無効か否かを審査し、それが違憲無効となる場合には後行行為となる本件署名等代行事務の執行が違法となることは明らかであるからこれを執行しないことができる。
[237] 仮に、被告が本件署名等代行事務の執行に際し、その先行行為である本件使用認定が違憲無効か否かについて審査する権限を有しないとしても、前記のとおり、裁判所が本件命令の実質的適否を判断するに当たり審査すべき事項は、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般に及ぶものと解すべきである。そして、本件使用認定が違憲無効である場合には後行行為である本件命令が違法であることは明らかであるから、本件使用認定が違憲無効か否かは、本件訴訟において審査の対象となるものであり、被告は、本件使用認定が違憲無効であることを理由として、本件命令の違法を主張することができると解される。

2 本件使用認定の違憲性
[238] 仮に、特措法が合憲であるとしても、これを本件各土地に適用して使用認定をすることは、その適用において違憲無効であり、それに基づいてされた本件署名等代行を求める本件命令は前提を欠き違法である。
(一) 憲法前文、9条違反(安保条約6条の目的を逸脱した駐留軍の実態等)
[239] 在沖米軍基地の活動は、日本及び極東地域に限定されたものではなく、むしろ米国の世界戦略に従ってアジア太平洋地域全般の米国の国益を擁護することにその中心が存する。すなわち、ベトナム戦争において在沖米軍基地は後方支援基地として十分にその機能を発揮した。嘉手納飛行場からは北爆のためのB52が出動し、那覇軍港からは戦闘用車両等が積み出され、牧港補給地区では戦闘で破壊された戦車等の修理がされ戦死した兵員の遺体が運び込まれるなどした。平成3年の湾岸戦争では在沖米軍基地からは8000人以上が出動した。また、平成2年8月にイラクがクウェートを侵略するや、嘉手納基地や普天間基地から、武装兵を乗せたC130輸送機、空中早期警戒管制機、歩兵、砲兵、戦車、水陸両用車、後方支援部隊、攻撃・輸送ヘリ部隊、海軍工兵隊、空中給油、組織整備部隊、陸軍特殊部隊グリーンベレー等が次々と出動した。そのほか、昭和54年には米韓合同演習「チーム・スピリット」に参加するため嘉手納基地に飛来したE3Aが南北イエメンの武力紛争に関連してサウジアラビアに発進して偵察任務につき,さらに、昭和55年のイラン干渉の際に普天間基地の第36海兵航空群は緊急投入戦力としてペルシア湾に投入された。米国政府も、日本の防衛目的だけのために軍隊を日本に維持しているわけではないとの認識を有している。
[240] 現在、日米両国政府の間で冷戦後の日米安保体制の在り方を確認するいわゆる安保再定義の作業が進行している。平成7年11月発表される予定であった日米共同宣言案では、「米国は死活的な国益の存在する地域に前方展開するという世界戦略の一部として、東アジアにおける同盟関係を維持し、このためにこの地域に約10万人の兵力の前方展開を続ける計画をもっている。」とし、日米安保が米国にとって日本の安全をはるかに超える米国の国益のための世界戦略の一部と捉え、そのために戦力の削減をしないとする。他方、日本政府は、「日本が米国との協力の下、二国間、地域的及びグローバルな安全保障を維持、強化するため引き続き意義ある貢献を行うことを確認」するというのである。さらに、同宣言案は、「21世紀の安全保障計画の出発点として米国の『東アジア戦略報告』や日本の新『防衛計画の大綱』を念頭に置きつつ、一層効果的な将来の安全保障協力のために安全保障政策の整合性を図る努力を続ける」とされているところ、右「東アジア戦略報告」では「アジア太平洋地域における米国の軍事的前方プレゼンスは地域的安全保障と米国の地球的規模の軍事態勢の不可欠の要素である。」「アジア太平洋における米国の安全保障政策は、日本の基地の利用や米国の作戦に対する日本の支援に依拠している。」などとされており、これらは沖縄を含む在日米軍基地の機能強化と固定化を宣言するものにほかならない。このように、米国は、冷戦後の在日米軍を安保条約六条の目的を超えたグローバルな戦力展開の一部と捉え、「安保再定義」によってその意義を日本政府とともに確認することによって安保条約の実質的改変を進めようとしているのである。
[241] 以上のとおり、在沖米軍基地の活動の実態や今後予想される展開は日本及び極東地域の安全という安保条約の本来の目的を逸脱するものであり、そのような米軍の用に供するために本件各土地に特措法を適用することは憲法前文、9条に反する。
(二) 平和的生存権の侵害
[242] 第二次世界大戦後50年の間にも米国はアジア地域における戦争行為を繰り返してきており、その交戦国であった北朝鮮、ベトナム、イラクなどからの反撃として在沖米軍基地が攻撃される可能性のある状況に置かれ、沖縄県民は、直接の戦争行為によって生命、身体、財産に対する危険にさらされ、具体的な平和的生存権の侵害を受けてきた。米軍が交戦状態になれば、米軍基地が多数集中する沖縄本島地域は事実上優先的攻撃目標となるのみならず、その攻撃は法的にも肯定される可能性が高く、少なくとも沖縄本島地域居住の住民についてはその平和的生存権が現実的な脅威にさらされ侵害されているというべきである。
[243] また、戦争準備行為のための基地の設置と演習等は、嘉手納飛行場等での航空機離発着やキャンプ・ハンセン等での実弾演習による爆音被害、演習事故による人身被害、嘉手納飛行場でのPCB汚染物質の流出による健康被害の危険などさまざまな生活被害を及ぼし、それらによる平和的生存権の侵害も継続している。
[244] 以上のとおり、在沖米軍基地の存在と運用の結果、沖縄県民の平和的生存権が日常的に侵害されている状態が継続しているのだから、かかる基地を米軍に提供するために特措法を本件各土地に適用することは平和的生存権を侵害するものであり、違憲である。
(三) 憲法13条違反(嘉手納飛行場設置による人格権の侵害)
[245] 嘉手納飛行場周辺の住民は、その生活全般にわたり、すさまじい騒音にさらされ、そのため、日常生活の会話や安眠の妨害、疲労の加重、聴力の減退、学校での授業の中断、電話の中断、テレビ・ラジオの視聴困難その他の生活妨害、精神的・身体的被害を受けている。このように同飛行場における騒音は、周辺住民に甚大な被害を与え、日常生活に大きな障害となっているのであり、憲法13条により保障された人格権を侵害している。このような場合、被害住民が損害賠償請求権などの権利を有していることは明らかであるが、更に進んで、かかる飛行場の設置使用について著しく公益性が欠ける場合においては右設置行為も違憲とされるべきである。そして、嘉手納飛行場の場合、軍事的公共性が基本的人権制約の根拠とはなり得ないし、在沖米軍の活動が安保条約の目的を逸脱し違憲状態になっており、著しく公益性が欠けるものである。したがって、同施設の用に供するために特措法を本件各土地に適用することは、右人格権を侵害するものであり、違憲である。
(四) 憲法29条違反
[246] 次のとおり、本件各土地に特措法を適用して使用認定をすることは、その適用上憲法29条3項の「公共のために用いる」場合に当たらず、同条項に違反する。
[247] 安保条約の目的以外の目的による私有財産の使用は「公共のために用いる」とはいえないところ、今日における在沖米軍基地は安保条約6条の「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」という米軍駐留の目的以外の目的で使用されているから、本件各土地の特措法を適用することは「公共のために用いる」との要件を充足しない。
[248] 本件各土地の使用は、特定の国民に対してのみ、米軍による違法な接収以来50年もの長期間にわたり特別に過大な財産権の制約を違法な手続によって課してきたものであり、これに対して新たに特措法を適用して使用認定することは、財産権に対する最小限度の制約を超えるもので許されない。そして、対日平和条約3条に基づき国の意思で沖縄を米軍統治下に置いたこと、米軍統治下においても国の責任で米軍による違法な財産権侵害を是正すべき義務が存したこと、国が沖縄施政権返還時に右財産権侵害を除去する措置を何らとらなかったこと、その結果施政権返還後の米軍の基地利用が一部を除いては従前と全く同様にされ右基地利用の実質的継続性が存すること、公用地暫定使用法等による使用も適用法令の形式が異なるのみでその適用対象、適用効果及び現実の利用実態などすべての面において特措法を適用した場合と同一であることを考慮すれば、特措法による土地の使用が従前の米国統治下における基地の使用や公用地暫定使用法に基づく使用を継承するものではないということはできない。
[249] 使用の目的そのものが公共の利益のためであったとしても、財産権制約の必要かつ最小限度の法理からすれば、使用のために失われる公共の利益と使用によって得られる公共の利益との比較衡量を行い、前者が後者よりも大であれば、「公共のために用いる」との要件を充足しない。本件各土地の使用は、米軍基地による人身や財産に対する被害、地域振興に対する障害(健全な都市形成を図る上での制約、産業振興上の制約、交通通信体系上の制約等)など重大な公共の利益の侵害をもたらす。他方、軍事的公共性は憲法上認められないこと、冷戦後の今日において我が国を防衛する目的において安保条約の役割が低下していること、現在米軍基地が安保条約の目的を逸脱して運用されていること、今日地理的条件の下で沖縄に米軍基地を集中させる必要性がなくなったことを考えると、沖縄に従前どおりの米軍基地を駐留させる公益的必要性が失われてきていることが明らかである。そうすると、本件各土地を米軍の用に供するために特措法を適用することは「公共のために用いる」との要件を欠く。
[250] 本件8土地は、昭和49年の日米安全保障協議委員会で移設条件付返還が合意されたものであるが、返還が合意された時点で既に「公共のために用いる」との要件を欠くに至ったのであるから、右土地に対する特措法の適用は憲法29条に違反する。移設が必要であるとしても、より公益を侵害するおそれが少ない地域に移設するための努力を怠りながら長期間使用を継続することは、返還によって得られるより大きな公共の利益を侵害し続けるものであり、財産権保障の見地から許容されない。
[251] 本件各土地は、いずれも以前は個人の農地や宅地として使用されていたものであり、個人の自律的生存そのものに係わる生存的財貨であるからこれを政策的に使用することは許されず、米軍に使用させるために特措法を適用することは許されない。
(五) 憲法14条、92条、95条違反
[252] 憲法第3章に定める国民の権利及び義務の各条項は、性質上可能な限り、内国法人にも適用されるところ、普通地方公共団体は国との関係においては国とは別の法主体として国の不当な権力の行使を抑制しその濫用から住民を守るなど、憲法の人権規定の名宛人たる側面を有しているのであるから、普通地方公共団体である沖縄県には憲法14条に定める平等原則の適用があると解される。国は、沖縄県内の国有地又は任意に若しくは特措法により使用権原を取得した民公有地を米軍の用に供することにより、国土の約0.6パーセントの面積しかない沖縄県に全国の米軍専用施設の約75パーセントを存置せしめ、そのことにより沖縄県民は米軍基地から派生する様々な被害を被り、沖縄県自体も地域振興のための各種施策が立ち遅れ、住民の福利の増進を図る上で支障が生じるなど米軍基地による種々の弊害が生じている。国の右の行為は、明らかに沖縄県にのみ米軍基地の過重な負担を強いるものであり、このように沖縄県を他の都道府県と差別して不平等に取り扱う合理的な理由を見出すことはできず、明白に平等原則に違反するものである。
[253] 特措法はその形式上は我が国すべての地域に適用されることになっておりながら、実質的には施政権返還前に米軍が強制的に接収した民有地が集中する沖縄県に所在する土地についてのみ適用されているのであるから、その適用に当たり住民投票を実施しないことは、憲法92条、95条が保障している地方公共団体の平等取扱いの原則に違反するものである。
[254] したがって、任意に使用権原を取得して米軍に使用させている土地の面積だけをとっても他地域よりも過重な基地用地の提供を受忍させられている上に、本件各土地に対して特措法を適用して使用認定をすることは、沖縄県又は沖縄県住民を不合理に差別的に取り扱うものであり、憲法14条、92条、95条に違反するものである。
[255] 裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、法令が国の事務の管理執行を都道府県知事に委任するに当たりこれにその審査権を付与した事項以外の事項を審査して右義務の有無を論ずることはできないのであり、したがって、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張が失当であることは前記のとおりである。

[256] 被告は、都道府県知事は署名等代行事務を執行するに当たり、特措法を本件各土地に適用して使用認定をすることが違憲無効か否か、すなわち、本件使用認定が違憲無効であるか否かについて審査権を有すると主張するが、右の主張は、結局は、憲法違反を理由として署名等代行の先行行為に当たる使用認定の違法無効について都道府県知事が審査権を有するというものである。そして、特措収用法36条5項が、署名等代行事務の管理執行を都道府県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行う使用認定が有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されないことは前記のとおりであり、この理は右無効の原因が憲法違反である場合においても同様というべきであって、都道府県知事は審査権のない先行する使用認定の違憲無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるを得ない。
[257] そうすると、被告は、本件署名等代行に先行する本件使用認定が違憲無効であることを理由として本件署名等代行事務を拒否し、右事務の執行義務を免れることはできないから、結局、この点についての被告の主張もまた失当を免れない。
[258] 地方公共団体の長は、憲法上、自主独立した地位を保障され、憲法を遵守し、憲法を実現する義務を課せられているから、憲法上の人権が侵害され、あるいは、地方自治の本旨の実現が阻害されているなどの違憲状態がある場合これを維持継続する法的義務を負うものではないから、地方公共団体の長による当該機関委任事務の執行がこのような違憲状態を維持継続させる場合には、地方公共団体の長は当該機関委任事務を執行する義務を負うものではなく、これを執行しないことができる。
[259] ところで、沖縄県における米軍基地は、国有地又は任意に若しくは特措法により使用権原を取得した民公有地の提供行為により、初めて一団の基地として存在し、機能している。個々の提供行為それ自体としては直ちに違憲とはならないとしてもこれらの行為が広範かつ持続的に累積あるいは複合して存在することの結果としてこれを総体的に見ると、憲法の保障する平和的生存権を侵害し、県民の生活、人権を侵害するなど憲法上の人権を侵害し、地方住民の福祉の増進を阻害するなど地方自治の本旨の実現が阻害されている状態と評価し得る状態が存在する。
[260] したがって、本件署名等代行等事務の執行は右違憲状態を維持継続させるもので違法であるから、被告は本件署名等代行を執行する義務を負うものではない。
[261] 被告の主張は、要するに、本件に特措収用法36条5項を適用して被告に本件署名等代行事務の執行を義務づけることは、被告の主張に係る違憲状態を維持継続させるものであり違憲違法であること、すなわち、本件の場合に特措収用法36条5項を適用することが違憲であることをいうものと善解されるので、以下、この点について検討を加える。
[262] 前記のとおり、特措収用法36条5項の都道府県知事による署名等代行は、使用認定の告示後に使用裁決申請の準備手続として行われる、防衛施設局長による土地・物件調書の作成手続の一環をなす行為であり、公的立場からその手続の適正を保障しつつ、これを完成させて防衛施設局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせるものであって、使用認定手続又は裁決手続に付随する一つの手続段階にすぎない。その方法も、土地所有者等や市町村長が立会及び右調書への署名押印を拒否した場合に、当該都道府県の吏員に立ち会わせて、右調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認させて署名押印させれば足り、その効果も、土地・物件調書の記載事項について一応真実であるとする推定力が付与され、土地所有者等はそれが真実でないことを立証しない限り異議を述べることが許されないとされたにすぎず、土地所有者等が立ち会って異議を附記して署名押印しておけば本来右推定力は生じないものである。
[263] 以上のような都道府県知事の署名等代行の趣旨、方法、効果、使用手続に占める地位等を併せ考えると、特措収用法36条5項の都道府県知事の署名等代行事務を執行することは、公的立場から防衛施設局長による土地・物件調書の作成手続の適正を保障しつつ、これを完成させて防衛施設局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせ、右調書の記載事項が一応真実であるとの推定力を付与するにすぎないものであって、それ自体地方自治の本旨に反するものではなく、憲法に違反するものでもないというべきである。以上のとおりであるから、本件署名等代行事務の執行が違憲違法である又は本件における特措収用法36条5項の適用が違憲であるとの被告の主張は失当といわざるを得ない。
[264] 憲法は地方自治制度を保障しており、地方公共団体の長は自主独立した地位を有するものであるから、機関委任事務制度は、地方自治制度を侵害しない限度で、すなわち、地方公共団体の長の自主独立性を害しない限度で国の事務を地方公共団体の長に委任するという内在的制約を有するものであり、地方公共団体の長は、その自主独立性を害しない限度で、国の機関委任事務の配分を受けてその管理執行についての権限を付与され、その自主的判断権の下に国の事務を管理執行することを委ねられるのである。したがって、国の事務の執行の委任を受けた地方公共団体の長は、憲法により付託された本来の職責である地方自治行政事務の執行と、国から委任された事務の執行とを主体的に比較衡量し、後者が前者を害するときは後者を行わないことが制度上許されており、地方公共団体の長は、委任者たる国との関係において機関委任事務を行うか否かにつき自主的に判断する一定の裁量権を有するものである。そして、被告は、前記背景事実のとおり、本件署名等代行事務を執行することが地方自治の本旨に反すると判断してこれを行わなかったものであり、これは国の事務の管理執行を委任された被告に認められた自主的判断権の範囲内に属するものであるから、被告には、本件署名等代行事務の執行義務は存しない。
[265] なお、地方自治法148条1項と同条2項とを対比すると、1項は「法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する国…の事務」とし、法律、政令により国の事務が普通地方公共団体の長に属すると規定するのに対し、2項は「前項の規定により都道府県知事の権限に属する国…の事務の中で…しなければならないものは…」と定め、1項で普通地方公共団体の長に属する事務とされるもののうちの一部の事務について規定している。また、1項は「国…の事務を管理し及びこれを執行する」とし、権限帰属の規定となっているのに対し、2項は「国…の事務の中で…都道府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、この法律又はこれに基づく政令に規定のあるものの外、別表第3の通りである」と定め、管理執行義務を定める規定となっている。したがって、同条2項は、同条1項の都道府県知事の権限に属せしめられた機関委任事務のうちの一部を同法別表第3に掲げてその管理執行を都道府県知事に義務づけ、同法150条により主務大臣の指揮監督に服することとしたものであるところ、特措収用法36条5項の署名等代行事務は右別表に掲げられていないから、都道府県知事は右署名等代行事務の管理執行を義務づけられることも、地方自治法150条により主務大臣の指揮監督に服することもなく、したがって、同法151条の2の手続がとられることもない。仮に右事務が右別表第3に掲げられているとしても、同法150条の主務大臣による指揮監督は、機関委任事務の範囲及びその管理執行権の範囲、限度についての判断に限られ、都道府県知事の判断権の具体的な行使方法についてまでは及ばないし、及ぶとしても具体的な当該事務の執行が違法であることが一見して明白な場合に限られる。また、同条の指揮監督は都道府県知事が自主的判断でその指揮監督に服するという意味で一種の指導にすぎず、絶対的服従を要求するものではない。したがって、同法148条、150条は、機関委任事務を管理執行する都道府県知事の自主的判断権を否定するものではない。
[266] 憲法92条は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規定しており、法律に基づき国の事務の処理を都道府県知事に委任する場合にも地方自治の本旨に基づくことが要請されることは明らかである。したがって、都道府県知事は、法令に基づき委任された国の事務を執行することが当該法令により義務づけられている場合でも、これを執行することが地方自治の本旨に反するときには、右事務の執行を拒否することができると解するのが相当である。被告の主張する自主的判断権というものが何を意味するのか必ずしも明確ではないが、右のことをいう限度では正当というべきである。しかしながら、右の場合を除き、法令に基づき都道府県知事に対し国の事務の処理を委任するに当たり、当該都道府県知事に被告の主張する一定の裁量権ないし自主的判断権を付与するか否か、付与する場合にどの程度付与するかは、もっぱら立法政策に係る事柄であって、当不当の問題は生じても、地方自治の本旨に反し違憲か否かという問題は生じないのであり、当該法令に定めるほか都道府県知事に対し被告の主張する自主的判断権を認める余地はないといわざるを得ない。

[267] そこで、署名等代行事務の処理を都道府県知事に委任する特措収用法36条5項が、都道府県知事に対し土地・物件調書作成手続に係る事実である前記一(当裁判所の判断)1記載の(a)ないし(e)の各要件事実の有無についての審査権を付与しているのは前記のとおりであるが、右のほかに被告の主張するような一定の裁量権ないし自主的判断権を付与しているか否かについて検討する。
[268] まず、特措収用法36条5項には格別右自主的判断権についての定めはない。また、前記のとおり、同条項の都道府県知事による署名等代行は、使用認定の告示後に使用裁決申請の準備手続として行われる、防衛施設局長による土地・物件調書の作成手続の一環をなす行為であり、公的立場からその手続の適正を保障しつつ、これを完成させて防衛施設局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせるものである。その方法も、土地所有者等や市町村長が立会及び右調書への署名押印を拒否した場合に、当該都道府県の吏員に立ち会わせて、右調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認させて署名押印させれば足りるというものであって、同条項は、都道府県知事に対し、前記の土地・物件調書作成手続に係る事実の有無についての審査権を付与するほかに、格別一定の裁量権ないし自主的判断権を付与しようとしたものとは解されない。そして、都道府県知事による署名等代行の効果も、防衛施設局長が収用委員会に対し使用裁決の申請をする際に要する書類の一つが整ったこと及び土地・物件調書の記載事項について一応真実であるとする推定力が付与され、土地所有者等はそれが真実でないことを立証しない限り異議を述べることが許されないとされたことにすぎず、後者の効果も元々土地所有者等が立ち会い異議を附記して署名押印しておけば生じないものであることをも併せ考えると、特措収用法36条5項が前記の土地・物件調書作成手続に係る事実が認められる場合に都道府県知事に対し署名等代行事務の執行を義務づけたとしても、そのことをもって地方自治の本旨に反するということはできないのであって、都道府県知事は右署名等代行事務の執行を拒否することはできないというべきである。
[269] したがって、被告は、本件署名等代行を執行するに当たり、右執行が地方自治の本旨に反するとしてこれを拒否することはできず、また、被告主張に係る裁量権ないし自主的判断権があることを理由としてこれを拒否することも許されないのであって、被告の主張は失当を免れない。

[270] なお、特措収用法36条5項の都道府県知事による署名等代行事務は地方自治法別表第3第1号(3の4)の「特措法の定めるところにより、…する等の事務を行うこと。」に含まれることは前記のとおりであるから、仮に被告の主張によっても、右事務は、地方自治法148条2項にいう「都道府県知事が管理し及び執行しなければならないもの」に該当するから、これに該当しないことを前提とする被告の主張は理由がない。また、被告は、同法150条が普通地方公共団体の長が自主的判断で服するものという意味で行政指導と同種のものであるということを理由として被告には自主的判断権が存する旨主張するが、そもそも同法151条の2は、都道府県知事本来の地位の自主独立性の尊重と主務大臣の都道府県知事に対する指揮監督権の実効性との間の調和を図る趣旨から職務執行命令訴訟の制度を採用したものであり,同法150条の主務大臣の都道府県知事に対する指揮監督権に実効性を持たせることも右制度を採用した理由の一つであるから、同条の主務大臣の指揮監督権に実効性がないことをもって、被告に自主的判断権が存するということはできず、被告の主張は理由がない。

[271] ところで、被告が本件署名等代行事務の執行を拒否した背景には背景事実記載のような事実が存在しており、被告は、その本人尋問において、特に、沖縄の本土復帰後23年の間に米軍基地は本土では60パーセントも縮小しているのに沖縄県では15パーセントしか縮小していないこと、政府は、米軍による事件事故が発生した場合、本土においては素早い対応を見せるが、沖縄ではそうではないなど沖縄は本土に比し米軍基地について過重な負担を強いられていること、しかし、米軍に対する基地の提供が我が国の安全保障上欠かせないものであるというならば、全国民が平等にこれを負担すべきであることを強調する。そして、沖縄県民の命と暮らしを守ることを使命とする沖縄県における行政の首長としての立場からは現状のままでの米軍基地の維持存続につながりかねない署名等代行をすることはできないとしてその心情を吐露している。これらの事情にかんがみると、被告が沖縄における米軍基地の現状、これに係る県民感情、沖縄県の将来等を慮って本件署名等代行事務の執行を拒否したことは沖縄県における行政の最高責任者としてはやむを得ない選択であるとして理解できないことではない。
[272] しかしながら、これまで説示したとおり、特措収用法36条5項の法的解釈からは、右のような事情を理由として、署名等代行事務の執行を拒否することができるとの結論を引き出すことは困難である。沖縄における米軍基地の問題は、被告の供述にあるとおり、段階的にその整理、縮小を推進すること等によって解決されるべきものであり、前提事実及び背景事実に照らすと、この点についての国の責務は重いと思料される。
[273] 本件命令が適法であるためにはその前提となる勧告が地方自治法151条の2第1項に規定する各要件を具備していなければならない。そして、被告が本件署名等代行事務を執行しないことが同条項所定の「国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務の管理若しくは執行が法令の規定に違反するものがある場合又はその国の事務の管理若しくは執行を怠るものがある場合」に該当するものであることは、これまでの説示から明らかである。そこで、以下、同条項所定の他の要件である「地方自治法151条の2第1項から8項までに規定する措置以外の方法によって都道府県知事による国の事務の管理執行における法令違反又は怠りの是正を図ることが困難であること」及び「右事務の管理執行における法令違反又は怠りを放置することにより著しく公益を害することが明らかであること」(以下「公益侵害の要件」ともいう。)を充足するか否かについて検討する。
[274] 都道府県知事が署名等代行を拒否した場合、他の機関が直ちにこれを代行することができる旨の法令の規定はない上、国又は国の機関が国の機関としての被告に対し抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起することは不適法である。また、被告の本件署名等代行の拒否の意思は固く、平成7年11月4日に行われた原告と被告との直接の会談においても被告の本件署名等代行拒否の姿勢に変更はなかったから、地方自治法150条の主務大臣の指揮監督や同法246条の2の内閣総理大臣の措置要求の方法をとったとしても、被告がこれらに従う見込みはない。したがって、地方自治法151条の2第1項から第8項までに規定する措置以外の方法によって被告が本件署名等代行事務を執行しないことの是正を図ることは困難である。
[275] 被告は、原告に対し、本件署名等代行を行わないことを回答するに先立って、県民生活及び県政を圧迫している在沖米軍基地の実態とその問題点について明らかにし、基地の整理縮小について繰り返し要請してきた。原告は、安保条約及び地位協定を締結した内閣の首長として、地位協定2条2項の取極再検討、同条3項の施設及び区域の返還の規定に基づき、米国との協議により被告の要請に係る在沖米軍基地の整理縮小、返還を実現する等の方法や手段を尽くすことによって、被告による署名等代行の必要性をなくすことが十分に可能であったから、地方自治法151条の2第1項から8項までに規定する措置以外の方法によって、被告が本件署名等代行事務を執行しないことの是正を図ることが困難であったとはいえない。
[276] 起業者たる那覇防衛施設局長に代表される事業主体としての国は、起業者として被告に対し本件署名等代行を求めたのであるから、被告が本件署名等代行を行わないことが違法であるというのであれば、国は起業者としての立場で被告に対し抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起できるのであり、これにより、被告が本件署名等代行事務を執行しないことの是正を図ることが可能である。
[277] 《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。
[278] 前提事実のとおり、那覇防衛施設局長は、平成7年8月21日、被告に対し、特措収用法36条5項に基づき、立会日時を同月28日午前10時から午後4時まで、立会場所を那覇防衛施設局と定めて本件署名等代行を申請した。しかし、右の指定期日には被告による署名等代行はされなかった。
[279] そこで、那覇防衛施設局長は、被告に面談したい旨申入れたが、日程の調整がつかないとして、面談できないでいた。
[280] 被告は、同年9月28日の定例県議会において、本件署名等代行はできない旨の答弁をし、同月29日には沖縄県政策調整監が那覇防衛施設局を訪問し、本件署名等代行を拒否することにしたこと及びその理由について説明した。
[281] 前提事実のとおり、被告は、同年10月2日、那覇防衛施設局長に対し、文書により、本件署名等代行には応じられない旨回答した。
[282] 沖縄県副知事は、同月5日、防衛施設庁長官を訪ね、被告が本件署名等代行を拒否している経緯や理由を説明し、本件署名等代行はできないとする沖縄県の立場を伝えた。
[283] 同月31日、与党3党代表団と被告との会談が行われたが、その席上、被告は、本件署名等代行はできないとしてこれを拒否する姿勢を貫く考えを表明した。
[284] 同年11月4日、原告と被告との直接の会談が行われたが、その際、被告は、本件署名等代行に至らなかった事情、背景等について説明し、本件署名等代行はできない旨の話をした。
[285] 同月11日、防衛庁長官と被告との会談が行われたが、その際、被告は、本件署名等代行を拒否する考えを貫くとの意向を示唆した。

[286] そして、被告が、原告をはじめとする国側との会談の際にこのように本件署名等代行拒否の姿勢を示してきたのは背景事実又は前記第四の六4記載の理由によるものであることにかんがみると、被告の本件署名等代行の拒否の意思は固いというほかなく、地方自治法150条に基づく主務大臣である原告の被告に対する指揮監督や同法246条の2に基づく原告の被告に対する措置要求の方法によっても被告がこれらに従う見込みはないというべきであるから、地方自治法151条の2第1項から8項までに規定する措置以外の方法によって、被告が本件署名等代行を執行しないことの是正を図ることは困難といわざるを得ない。
[287] 被告は、国が米国との協議により米軍基地の整理縮小、返還を実現するという方法により、被告による本件署名等代行の必要性をなくすことが可能であったと主張する。その趣旨は必ずしも明確ではないが、仮に本件各土地の返還を受ければ、被告は本件署名等代行をする必要はなく、その拒否をすることもなかったという趣旨であるなら、被告の主張に係る右の方法は、被告が本件署名等代行事務の管理執行の義務を負うことを前提としてその法令違反又は怠りを是正すべき他の方法とはなり得ない。仮にそのような趣旨でなく、ある程度の米軍基地の整理縮小、返還に係る合意を取り付けるという方法を取ることにより、被告は本件署名等代行に応じたであろうという趣旨であるとしても、どの程度、あるいはどのような内容の基地の整理縮小、返還に係る合意がされれば被告が本件署名等代行に応じるかは明らかにされておらず(弁論の全趣旨)、仮にそれが示されても米軍基地の整理縮小、返還は我が国と米国との外交交渉に係る事柄であり、被告が那覇防衛施設局長に対し本件署名等代行拒否の姿勢を示した平成7年8月ないし10月以降、被告が直ちに本件署名等代行に応じれば本件各土地の使用期限が終了するまでに本件各土地について新たな使用権を取得することが可能なその時期までに、我が国と米国との間で、被告が本件署名等代行に応じる余地のあるような基地の整理縮小、返還に係る合意がされる可能性は高いとはいえないのであって、被告の右主張を採用することはできない。

[288] 被告は、国が起業者としての立場から被告に対し本件署名等代行を求める給付訴訟等を提起する方法をとることができる旨主張するが、被告は、国の機関としての立場から国の事務を管理執行するのであるから、被告のいうところに従うと、国ないしその機関が国の機関に対し抗告訴訟、当事者訴訟、給付訴訟を提起することになるが、前記のとおり、右訴訟は国という法主体の内部の争いに係るものであって、裁判所法3条の法律上の争訟に当たらず、不適法というほかないのであって、被告の主張は採用できない。
[289] 公益とは、それ自体極めて抽象的で多様な内容を包摂する不確定概念であり、当該機関委任事務によって達成する公益が具体的にどのようなものか、当該機関委任事務が執行されないことによってどのような公益が害されるかは当該行政の責任者である主務大臣の合目的的な裁量に委ね、その第一次的判断を尊重するのでなければ行政の適正迅速な執行を期し難い。したがって、地方自治法151条の2第1項にいう公益に該当するかどうかの判断は、当該機関委任事務を指揮監督する主務大臣の広範な裁量に委ねられている。したがって、裁判所は、著しく公益を害することが明らかであるという原告の認定判断が政治的な裁量権の行使としてされたことを前提として、右認定判断が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があった場合に限り、違法であるとすることができるにすぎない。

[290] 土地調書は裁決申請書の添付書類であり(特措収用法40条1項3号)、物件調書は明渡裁決の申立の際の提出書類である(同法47条の3第1項2号)から、土地・物件調書について被告による署名等代行がされないと、那覇防衛施設局長は土地・物件調書を作成することができず、特措収用法39条1項に基づく使用裁決の申請を適式にすることができなくなり、その結果、国は本件各土地の使用権原を取得することができなくなる。しかし、本件各土地は、わが国が安保条約及び地位協定上の義務を履行するために、米国軍隊に対し、その施設及び区域として沖縄の本土復帰後20年以上も継続的に提供してきた土地であり、かつ、今後も引き続き提供する必要がある土地である。そこで、原告は、被告の本件署名等代行事務の管理執行の法令違反又はその怠りを放置することにより著しく公益を害することが明らかであると判断したものである。
[291] なお、沖縄の復帰に際し、従前から存在した米軍施設及び区域の復帰後の在り方について、日米両国で了解覚書が作成され、従前の各個の施設及び区域は、駐留軍用地として提供するもの(A表)、自衛隊や運輸省に引き継ぐもの(B表)及び沖縄の復帰の際又はその前に全部又は一部の使用が解除されるもの(C表)の3種に区分された。そして、右A表記載の施設及び区域については、日米両国が、別段の合意をしない限り、復帰の日から駐留軍の施設及び区域とすることを了解し、本件各土地を含む施設及び区域はいずれも右A表に組み入れられ、昭和47年5月15日、日米合同委員会において、地位協定2条に基づき米軍が沖縄県においてその使用を許されている施設及び区域の提供等について合意がされ、本件各土地を含む施設及び区域は米軍の用に供することとされたものである。
[292] 不確定概念である「公益」について原告主張のような広範な裁量を主務大臣に認めるならば、公益侵害の要件は本件命令の適法性の要件としての意義をほとんど失い、職務執行命令訴訟制度における地方公共団体の長本来の自主独立性の尊重の要請は甚だしく形骸化したものとなる。したがって、裁判所は、客観的に法令解釈の最終的判断機関として公益侵害の要件の有無、すわち、原告の主張する公益が法151条の2第1項の「公益」に該当するか否か、著しくその公益を害することが明らかといえるか否かを判断すべきである。原告は、主務大臣の広範な裁量とその裁量判断の尊重は、行政の適正迅速な執行のために必要である旨主張するが、右主張は、職務執行命令訴訟を採用し司法判断を介入させることによって法の保障を実現しようとする趣旨を没却させるものである。

[293] 地方自治法151条の2第1項にいう公益が何を意味するかは、広く憲法、地方自治法等の精神を踏まえて判断されるべきであり、安保条約及び地位協定上の義務履行の必要性という国の利益のみがこれに該当するものでないことは地方自治法の解釈として当然であり、地方自治の本旨を踏まえた地方自治体の公益をも含めて総合的に判断すべきものである。同条の規定が、機関委任事務の適正な執行の確保の要請と普通地方公共団体の長の本来の自主独立性の尊重の要請との調和を図った規定と解される以上、同条の公益については、当該地方公共団体の地域性や特殊性、歴史、住民意思、地域から見ての当該機関委任事務の執行の必要性などが十分に検討されなければならない。原告は、右にいう公益をもって当該機関委任事務に係る公益と主張するが、同条1項が、法令違反ないし職務懈怠を放置することにより著しく公益を害することが明らかであることを要件の一つとして定めていることからすると、右のような限定をすべきではない。もし、公益を原告主張のように解するならば、当該事務に係る職務懈怠は直ちに公益侵害の評価を受けることとなりかねず、職務懈怠とは別個に公益侵害の要件が設けられた意味がなくなるのであって、主務大臣による当該機関委任事務の代行についてはできるだけ慎重を期すべきであることから公益侵害の要件が設けられたという立法趣旨に反する。

[294] 原告が本件訴訟において主張する公益は、安保条約及び地位協定に基づいて米軍に基地用地として本件各土地を提供するというものであり、いわゆる軍事的公益を指している。しかし、憲法前文、9条に照らし、さらには軍事的公益を排している土地収用法、森林法等の諸立法にかんがみると、軍事的公益は、地方自治法151条の2第1項にいう公益と解することはできない。
[295] また、安保条約は日本国が米国に対し使用する施設及び区域を提供すると定めているが、米国が要求する施設及び区域を日本国が米国に対し必ず提供しなければならないという条約上の義務は存しない。国は、米国に提供する土地の使用権原を取得できない場合には、条約上、当該土地を提供する義務を負わないものであり、国としては当該土地の提供が不可能になったことを米国に説明し、代替施設を含めて再協議すればよい。したがって、特定の具体的な土地について基地として提供できなくなるからといって、そのことから公益侵害が顕著であり、明白であるとはいえない。
[296] 以上に加え、米軍基地は沖縄に過度に集中して県民の平和的生存権、財産権、人格権を侵害し、平等原則に違反する等の違憲状態をもたらしていること、米軍基地は沖縄県の振興開発を著しく阻害していること、米軍基地が違法に形成されてきた経過並びに戦前、沖縄戦及び戦後の沖縄の苦難の歴史的体験を通じて形成されてきた県民感情や県民世論は、米軍基地の固定化を望んでいないこと、米軍基地を早期に返還させ、その跡地を有効利用することが県勢発展にとって不可欠であること、本件使用認定の対象となった土地の所在位置、具体的使用状況等に照らすとそれが米軍用地として提供されなくとも基地機能にはほとんど影響のない土地が多数存在していることを併せ考えると、被告が本件署名等代行事務を執行しないことは公益に合致しこそすれ、これにより著しく公益を害することが明らかであるということはできない。
[297] 地方自治法151条の2第1項は、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務の管理執行に法令違反がある場合又は怠りがある場合において、それを放置することにより著しく公益を害することが明らかであることを同条項による主務大臣の勧告の要件としている。同条項は、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務が一定の公益を保護、実現するために管理執行されるものであり、右事務の管理執行に法令違反があり又は怠りがある場合に右公益が害されることを当然の前提として、都道府県知事の地位の自主独立性に配慮し、著しく右の公益を害することが明らかであるときに限って主務大臣による職務執行命令手続の発動を可能ならしめたものである。したがって、同条項にいう公益とは、当該国の事務の管理執行を都道府県知事に委任している当該法令が右事務の管理執行により保護、実現しようとしている公的な利益であると解される。そして、都道府県知事による当該事務の管理執行における法令違反又は怠りの具体的態様や影響等を考慮して、それを放置することが著しく右の公益を害することが明らかであるかを判断すべきである。

[298] そこで本件に係る公益について検討するのに、都道府県知事に対し署名等代行事務の管理執行を委任している特措収用法36条5項が保護、実現しようとしている公的な利益とは、前記のとおり、使用認定告示後における裁決申請の準備手続である同条による防衛施設局長の土地・物件調書作成に当たり土地所有者等及び市町村長の署名押印が得られない場合に、右調書の作成手続の適正を保障しつつ右調書を完成させて同局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせることである。そして、被告の義務違反の態様をみると、前記のとおり、被告は、法令上特措収用法36条5項により本件署名等代行事務を執行する義務を有しながら、右執行を全面的に拒否しているのである。そうすると、那覇防衛施設局長は、裁決を申請する際に必要な添付書類である土地調書(特措収用法40条1項3号)及び明渡裁決の申立をする際に必要な提出書類である物件調書(同法47条の3第1項2号)を作成することができず、既に原告により駐留軍の用に供するために必要であり駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるとの判断がされ、その使用認定を得ていながら、本件各土地について特措収用法39条1項に基づく使用裁決の申請及び同法47条の3に基づく明渡裁決の申立を適式にすることができなくなり、収用委員会における審理及び判断を待たずして、その前段階において本件各土地の使用権の取得の可能性を完全に奪われるものであって、既にそれだけで、特措収用法36条5項が保護、実現しようとしている公益を著しく害することが明らかというべきである。
[299] のみならず、本件各土地がどのような状況にあるかをみるに、前提事実のとおり、我が国は、安保条約6条に基づく地位協定2条に基づき、米軍に日本国内の施設及び区域の使用を許さなければならず、沖縄返還協定、前記了解覚書、施設及び区域の提供等に関する協定により、米国に対し、沖縄復帰の日以来、本件各土地を含む施設及び区域を米軍の用に供する義務を負担し、これに基づき、本件各土地を現在に至るまで米軍の用に供しており、所定の手続を経ないうちはこれをなお米軍の用に供することを義務づけられているのである。そして、安保条約6条が憲法9条及び前文の趣旨に反し違憲無効といえないことや右義務を履行するために土地等を使用収用する手続を定めた特措法が違憲無効でないことは前記のとおりである。他方、被告が主張するように、米軍基地の存在により沖縄県の振興開発が遅れ、種々の軍事訓練が自然環境や生活環境を破壊し、米軍人軍属による事件事故が多発するなど米軍基地に起因する被害や障害が認められるとしても、それらの被害及び障害は、本件署名等代行事務の執行を拒否することによってではなく、米軍基地の整理、縮小を推進すること等によって解決されるべきことは前記のとおりである。
[300] したがって、本件各土地が右のような状況にあるものであることをも併せ考慮すると、被告の本件署名等代行の管理執行における前記の法令違反は、このような状況にある本件各土地について、防衛施設局長による裁決申請の機会を失わせ、収用委員会における審理及び判断さえ経させることなく、その前段階において国による本件各土地の使用権の取得及び前記の条約上の義務の履行の可能性を完全に奪うものであって、公益侵害の要件の充足を否定することはできないというべきである。

[301] なお、被告は、本件署名等代行の執行により沖縄県及び沖縄県民の権利利益が著しく損なわれ、他方その執行がされなくとも米軍基地の機能にはほとんど影響がないものであるから、被告が本件署名等代行事務を執行しないことは公益に合致しこそすれ、これにより著しく公益を害することが明らかであるとはいえないと主張するが、本件署名等代行の効果は、前記のとおり、土地所有者等が土地・物件調書の記載事項について真実でないことを立証しない限り異議を述べることができないという推定的効力が発生すること(ただし、土地所有者等が異議を述べることによって右の効力を排除できたものである。)及び那覇防衛施設局長による裁決申請に必要な添付書類の一つが整うことにすぎないのであって、本件署名等代行事務の執行が直ちに被告主張のような不利益を招来するものではなく、他方、被告が本件署名等代行事務を執行しないことによる公益侵害性は前記のとおりであるから、被告により本件署名等代行事務が執行されない場合の公益侵害性とそれが執行された場合に生じる不利益とを比較衡量してみても、被告が本件署名等代行事務を執行しないことを放置することが著しく公益を害することは明らかと認められるのであって、被告の主張は失当といわざるを得ない。
[302] したがって、公益侵害の要件の有無についての主務大臣の裁量の有無について判断するまでもなく、公益侵害の要件が認められることは明らかである。
[303] よって、本件訴えは適法であり、原告の請求は理由があるから、地方自治法151条の2第6項により、被告に対し、主文一記載の事項を命ずる旨の裁判をすることとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 大塚一郎  裁判官 坂井満  裁判官 伊名波宏仁
昭47.5.15.現在
単位:千平方メートル
施   設   名面  積施   設   名面  積
(1) 北部訓練場86,914 (43)ホワイト・ビーチ地区1,884 
(2) 奥間レスト・センター490 (44)泡瀬倉庫地区130 
(3) 伊江島補助飛行場8,187 (45)久場崎学校地区122 
(4) 八重岳通信所198 (46)普天間飛行場4,945 
(5) 慶佐次通信所575 (47)キャンプ・マーシー364 
(6) キャンプ・シュワブ20,697 (48)キャンプ・ブーン146 
(7) 辺野古弾薬庫1,178 (49)牧港倉庫2 
(8) キャンプ・ハンセン51,998 (50)牧港サービス事務所建物のみ 
(9) 恩納通信所599 (51)牧港補給地区3,145 
(10)キャンプ・ハーディ267 (52)牧港補給地区補助施設1 
(11)恩納サイト267 (53)牧港調達事務所2 
(12)ギンバル訓練場490 (54)浦添倉庫6 
(13)屋嘉レスト・センター93 (55)工兵隊事務所52 
(14)金武レッド・ビーチ訓練場16 (56)牧港住宅地区1,968 
(15)金武ブルー・ビーチ訓練場369 (57)那覇冷凍倉庫建物のみ 
(16)ボロー・ポイント射撃場4,816 (58)ハーバービュークラブ15 
(17)嘉手納弾薬庫地区31,763 (59)那覇港湾施設899 
(18)知花サイト150 (60)那覇サービス・センター5 
(19)石川陸軍補助施設223 (61)那覇空軍海軍補助施設3,623 
(20)読谷陸軍補助施設121 (62)那覇サイト97 
(21)楚辺通信所514 (63)知念第一サイト113 
(22)読谷補助飛行場2,657 (64)知念第二サイト312 
(23)天願桟橋42 (65)新里通信所105 
(24)キャンプ・コートニー1,439 (66)知念補給地区1,761 
(25)天願通信所971 (67)与座岳航空通信施設182 
(26)キャンプ・マクトリアス380 (68)与座岳サイト121 
(27)キャンプ・シールズ791 (69)与座岳陸軍補助施設259 
(28)キャンプ・ヘーグ645 (70)南部弾薬庫1,263 
(29)平良川通信所971 (71)陸軍貯油施設916 
(30)波平陸軍補助施設41 (72)烏島射爆撃場39 
(31)トリイ通信施設3,282 (73)出砂島射爆撃場231 
(32)嘉手納飛行場20,497 (74)久米島航空通信施設231 
(33)嘉手納住宅地区101 (75)久米島射爆撃場2 
(34)砂辺倉庫3 (76)津堅島訓練場24 
(35)砂辺陸軍補助施設41 (77)黄尾嶼射爆撃場875 
(36)カシジ陸軍補助施設6 (78)赤尾嶼射爆撃場41 
(37)コザ通信所8 (79)宮古島ボルタック施設154 
(38)キャンプ桑江1,131 (80)宮古島航空通信施設101 
(39)キャンプ瑞慶覧7,960 (81)沖大東島射爆撃場1,036 
(40)瑞慶覧通信所117 (82)那覇海軍航空施設394 
(41)泡瀬通信施設2,436 (83)伊波城観光ホテル55 
(42)西原陸軍補助施設198 計(83施設)278,499 
注1:施設名前の番号は連番である。
注2:四捨五入によっているので,計数は符合しないことがある。
平成7年9月30日現在
単位:千平方メートル
年  度区    分
民  有公  有
昭・47 228 107 334 
48 3,424 630 4,054 
49 5,557 293 5,850 
50 2,037 94 2,131 
51 3,268 223 3,491 
52 2,236 470 2,706 
53 174 0 175 
54 991 50 1,042 
55 142 8 151 
56 2,659 74 2,733 
57 447 438 885 
58 296 7 304 
59 87 8 95 
60 98 52 150 
61 277 23 300 
62 1,998 33 2,031 
63 9 0 9 
平・元 13 4 17 
2 59 1 60 
3 4 22 26 
4 59 2 61 
5 32 0 32 
6 201 561 763 
7 0 1 1 
24,299 3,100 27,398 
注1:本表は,地位協定2条1項(a)に基づき米軍に提供している施設及び区域(いわゆる専用施設)について返還された民公有地を示す。
注2:計数は、四捨五入によっているので符合しないことがある。
平.8.1.1.現在
単位:千平方メートル
施   設   名面  積施   設   名面  積
(1) 北部訓練場75,133 (21)トリイ通信施設1,979 
(2) 奥間レスト・センター546 (22)嘉手納飛行場19,974 
(3) 伊江島補助飛行場8,016 (23)キャンプ桑江1,067 
(4) 八重岳通信所37 (24)キャンプ瑞慶覧6,480 
(5) 慶佐次通信所10 (25)泡瀬通信施設552 
(6) キャンプ・シュワブ20,776 (26)ホワイト・ビーチ地区1,579 
(7) 辺野古弾薬庫1,214 (27)普天間飛行場4,815 
(8) キャンプ・ハンセン51,440 (28)牧港補給地区2,750 
(9) ギンバル訓練場601 (29)工兵隊事務所45 
(10)金武レッド・ビーチ訓練場17 (30)那覇港湾施設568 
(11)金武ブルー・ビーチ訓練場386 (31)陸軍貯油施設1,269 
(12)瀬名波通信施設612 (32)鳥島射爆撃場39 
(13)嘉手納弾薬庫地区28,081 (33)出砂島射爆撃場245 
(14)知花サイト1 (34)久米島射爆撃場2 
(15)楚辺通信所535 (35)津堅島訓練場16 
(16)読谷補助飛行場1,906 (36)黄尾嶼射爆撃場874 
(17)キャンプ・コートニー1,350 (37)赤尾嶼射爆撃場41 
(18)天願桟橋31 (38)沖大東島射爆撃場1,147 
(19)キャンプ・マクトリアス384  
(20)キャンプ・シールズ701 計(38施設)235,218 
注1:施設名の前の番号は連番である。
注2:四捨五入によっているので、計数は符合しないことがある。
第148条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務及び法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。
 前項の規定により都道府県知事の権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務の中で法律又はこれに基く政令の定めるところにより都道府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、この法律又はこれに基く政令に規定のあるものの外、別表第3の通りである。
第151条の2 主務大臣は、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務の管理若しくは執行が法令の規定若しくは主務大臣の処分に違反するものがある場合又はその国の事務の管理若しくは執行を怠るものがある場合において、本項から第8項までに規定する措置以外の方法によってその是正を図ることが困難であり、かつ、それを放置することにより著しく公益を害することが明らかであるときは、文書により、当該都道府県知事に対して、その旨を指摘し、期限を定めて、当該違反を是正し、又は当該怠る事務の管理若しくは執行を改めるべきことを勧告することができる。
 主務大臣は、都道府県知事が前項の期限までに同項の規定による勧告に係る事項を行わないときは、文書により、当該都道府県知事に対し、期限を定めて当該事項を行うべきことを命令することができる。
 主務大臣は、都道府県知事が前項の期限までに当該事項を行わないときは、高等裁判所に対し、訴えをもって、当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判を請求することができる。
別表第3 一 都道府県知事が管理し、及び執行しなければならない事務
(108) 土地収用法(昭和26年法律第219号)の定めるどころにより、土地を収用し、又は使用することができる事業の準備のため他人の土地への立入等を許可し、事業の用に供するための土地等の取得に関する関係当事者間の合意が成立するに至らなかった場合のあっせんに関する事務を行ない、及び土地を収用し、又は使用することができる事業の認定に関する事務を行ない、起業者が収用又は使用の手続を保留した起業地についてその手続を開始する旨を告示し、並びに義務者が土地等の引渡等の義務を履行しない場合に代執行をする等の事務を行なうこと。
第4条 総理府の所掌事務は、次のとおりとする。
一四 前各号に掲げるもののほか、他の行政機関の所掌に属しない事務及び条約又は法律(法律に基づく命令を含む。)で総理府の所掌に属させられた事務
第6条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。
第2条 1(a) 合衆国は、相互協力及び安全保障条約第6条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第25条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。「施設及び区域」には、当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む。
 (b) 合衆国が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は、両政府が(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなす。
 日本国政府及び合衆国政府は、いずれか一方の要請があるときは、前記の取極を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。
 合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなつたときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する。
4(a) 合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは、日本国政府は、臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し、又は日本国民に使用させることができる。ただし、この使用が、合衆国軍隊による当該施設及び区域の正規の使用の目的にとって有害でないことが合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る。
 (b) 合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域に関しては、合同委員会は、当該施設及び区域に関する協定中に、適用があるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない。
第1条 この法律は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定を実施するため、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする。
第3条 駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる。
第5条 内閣総理大臣は、申請に係る土地等の使用又は収用が第3条に規定する要件に該当すると認めるときは、遅滞なく、土地等の使用又は収用の認定をしなければならない。
第14条 第3条の規定による土地等の使用又は収用に関しては、この法律に特別の定のある場合を除く外、「土地等の使用又は収用」を「土地収用法第3条各号の一に掲げる事業」と、「防衛施設局長」を「起業者」と、「土地等の使用又は収用の認定」を「事業の認定」と、「土地等の使用又は収用の認定の告示」を「事業の認定の告示」とみなして、土地収用法の規定(第1条から第3条まで、第5条から第7条まで、第8条第1項、第9条、第16条から第28条まで、第30条、第30条の2、第3章第2節、第5章第1節、第122条、第123条第6項、第125条第2号、第4号及び第5号、第139条並びに第143条第5号の規定を除く。)を適用する。
 前項の規定による土地収用法の適用に関し必要な技術的事項は、政令で定める。

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