浦安ヨット係留杭撤去事件
第一審判決

損害賠償請求事件
千葉地方裁判所 昭和56年(行ウ)第9号
昭和62年3月25日 民事第1部 判決

原告 宇田川功
被告 熊川好生

■ 主 文
■ 事 実

■ 参照条文


一 被告は浦安市に対し金134万8274円及び内金4万8274円については昭和55年7月21日から、内金130万円については昭和55年12月26日から各完済まで年5分の金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

1 主文一、二項と同旨
2 仮執行の宣言
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
[1] 原告は、浦安市の住民である。

[2] 被告は、昭和44年9月8日浦安町町長に就任し、同56年4月1日浦安町が市制を施行したことにより浦安市市長に就任した。

[3] Aを代表者とする権利能力なき社団サンライズクラブ(以下「サンライズクラブ」といい、その代表者を「A」という。)は、昭和55年6月2日ころ、浦安町第二期埋立地高洲地先の一級河川である境川の水域内に、その河口から上流にかけて約700メートルにわたり、ヨット係船用鉄レール杭約100本(以下「本件鉄杭」という。)を打ち込み設置した。

[4] 被告は、前項の事態に対し、浦安町町長として、次の各行為をした。
[5](一) 被告は、行政代執行として、昭和55年6月5日、三井不動産建設株式会社(以下「三井建設」という。)との間で本件鉄杭撤去工事の請負契約を締結し、同年同月6日午前9時から同月7日午前零時40分までの間に、多数の浦安町職員を動員し、所轄消防署から数台の消防車の出動を得たうえ、三井建設の従業員をして本件鉄杭の撤去を行わせた。
[6](二) 被告は、支出命令を発し、右行政代執行に要した左の費用合計金134万8274円を、浦安町の公金から支出させた(この支出を、以下「本件公金支出」という。)。
(1) 本件鉄杭撤去作業に従事した浦安町職員6名に対する時間外勤務手当として、合計金4万8274円を、同年7月21日に支出。
(2) 三井建設に対する約定の請負代金として、金130万円を、同年12月26日に支出。

[7] 本件鉄杭の撤去は、行政上の義務の履行確保として行われたもので、行政代執行法に基づくべきものであるところ、浦安町には本件鉄杭の撤去を命ずる法令上の権限がなく、代執行によって撤去しなければならない必要性も公益性もなかったうえ、サンライズクラブに対する文書による戒告及び代執行令書に基づく通知が行われていないのであって、同法に定める実体要件及び手続要件のいずれをも欠いているから、被告が浦安町町長として行った行政代執行は違法・無効であり、これを前提として被告が行った本件公金支出は、地方自治法242条1項にいう「普通地方公共団体の長についての違法な公金の支出」に当たる。

[8] 原告は、昭和56年4月4日、浦安市監査委員に対し、本件公金支出によって浦安市が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべき旨の請求をしたところ、同監査委員は、同年6月3日、原告に対し、「本件監査請求は棄却する。」旨の書面による通知をしたが、原告は右監査結果に不服がある。

[9] よって、原告は、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、浦安市に代位して、被告に対し、4(二)の(1)及び(2)の支出金合計金134万8274円及び右各支出金に対する各支出の日から完済までの民法所定年5分の遅延損害金を浦安市に支払うべきことを請求する。
[10] 請求原因1ないし4及び6の各事実は認める。同5のうち、本件鉄杭の撤去につき行政代執行法3条1、2項の手続(文書による戒告及び代執行令書に基づく通知)が履践されなかったことは認めるが、その余の主張は争う。住民訴訟は、地方公共団体の財政上の腐敗行為を防止し匡正する制度であるから、その対象となる行為は財産的処理を直接の目的とするものに限られ、公金支出の前提となる非財務事項は、その対象とはならない。本件において原告が違法行為と主張するのは、本件公金支出の前提となった処分に関するものであり、本件公金支出そのものは、公金の支出に関する財務会計上の法令に違反していない。

2(一) 境川水域に対する浦安町の権限
[11](1) 境川は、河川法の適用を受ける一級河川であり、建設大臣の指定区間として,千葉県知事がその管理権を有し、その現実の執行は、出先機関である千葉県葛南土木事務所長(以下「葛南土木」という。)を通じて行っている。
[12](2) 浦安町所在の浦安漁港は、昭和27年6月23日農林省告示第271号により漁港法の適用を受ける第二種漁港に指定され、その水域として、「大字猫実地先船溜防波堤南端を中心として半径650メートルの円内の海面及び境川取入口中心部を中心として半径150メートルの円内の江戸川河川水面のうち千葉県地先分並びに境川河川水面」が指定されている(漁港の区域としては、他に、陸域及び航路が指定された。)。したがって、境川河川水面は、その全域が浦安漁港の水域に含まれている。
[13] そして、漁港法25条1項、昭和31年1月20日千葉県告示第20号により、浦安漁港につき、その所在地の地方公共団体である浦安町が漁港管理者に指定され、以来、浦安町が浦安漁港の維持管理の責に任じてきたもので、被告はその町長として、右管理権を行使する地位にあった。但し、浦安町においては、同法26条にいう漁港管理規程は制定されておらず、また、同法39条6項に基づく命令権限は浦安町町長には与えられていない。
[14](3) 右のとおり、境川水面は、千葉県知事(葛南土木)が管理する一級河川であると同時に、浦安町が管理する浦安漁港の水域であり、従来、両管理者が相互に協議して管理の執行に当たってきたもので、同水域の占用許可は両管理者とも認めない方針をとってきた。
[15] もっとも、浦安町にとっては千葉県は上級地方公共団体であり、また、昭和47年7月31日付47水港5983号知事宛水産庁長官通達により、河川法及び漁港法の双方の指定が重複している区域の河川の占用料は、河川管理者のみが徴収し、漁港管理者は二重に徴収しないこととしている趣旨などから、境川の管理は、表向きは、河川管理者が主として執行する形がとられてきた。
[16](4) また、浦安町は、境川及び周辺地域住民と最も密接な関係にある地方公共団体であり、地方自治法2条に規定されているとおり、当該地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持する行政事務処理の職責と権能を有している。
[17](5) したがって、浦安町は、漁業法36条及び地方自治法2条に基づき、浦安漁港水域である境川水域に設置された本件鉄杭の撤去を命ずる権限を有する。
(二) 本件鉄杭撤去の経緯
[18](1) 浦安町においては、近年、境川筋にヨット・ボートの不法係留や係留施設の不法設置が急増して目に余る状態となり、船舶の接触破損事故が発生したり浮遊物が滞留する等、環境悪化が顕著となって、町民から河川管理につき積極的施策を要望されていたので、浦安町は、地元関係者に警告を発したり、千葉県知事に対し強力な措置を要請するなどしてきたけれども、一向に改善されなかった。
[19](2) 浦安町は、昭和55年6月4日午前10時40分ころ、浦安町民で漁業者である高津和夫から、境川河心に鉄杭が打ち込まれていて漁船の航行に危険があるとの通報を受けたので、同日午前11時ころ、秋元管理課長ら3名の職員を現地に派遣して調査したところ、浦安町第二期埋立地高洲地先の川幅42メートルの境川の河心(護岸から約21.5メートル)及び右岸側(護岸から約1.5メートル)に、長さ10メートル強の鉄道レールが、約15メートル間隔で、千鳥掛に約100本、約700ないし750メートルの範囲にわたって打ち込まれていて、船舶の航行可能な水路範囲が左岸側だけとなっており、しかも、その左岸側は充分浚渫されていないため危険であり、特に夜間及び干潮時に航行する船舶にとっては甚だ危険な状況であることが判明した。
[20](3) 浦安町は、右の状況からして、航行船舶が接触衝突等の事故を惹起しかねないと判断し、漁港の維持及び地域漁民の安全確保のため、直ちに本件鉄杭を撤去させるべきであるとの意向を固め、その設置者の捜索に当たる一方、葛南土木に対し右意向を伝え、従前の境川の管理執行方式に従って葛南土木が河川管理者として本件鉄杭を直ちに撤去する措置を講ずるよう要請した(なお、浦安町の埋立工事を所管する千葉県企業庁葛南建設事務所も、本件鉄杭設置の事実を知り、葛南土木に対し、その早急な撤去方を要請した。)。
[21](4) 葛南土木は、同月4日午後、本件鉄杭を設置したサンライズクラブのAに対し、翌5日中にこれを撤去するよう指示したところ、同人はこれを承諾した。
[22](5) 浦安町は、同月5日午前、職員を現地に派遣して撤去作業開始の有無を調査させたが、右作業が実施される気配が全くなく、午前10時ころ帰庁した右職員がその旨を被告に報告した。
[23] 葛南土木も現地を視察したうえ、同日午前11時30分ころ浦安町を訪れ、被告と善後策について協議を行った。
[24] 被告はじめ浦安町当局者は、葛南土木に対し、境川のヨット・ボートの不法係留等について、従来、町が県知事の強力な措置を要望してきたのに、何ら抜本的な方策がとられないまま経過していることに不満の意を表明し、かつ、本件鉄杭の設置は県及び町の行政指導に対する挑戦であって、浦安町がこれを看過するのは、漁港の維持保全及び町民の生命財産を守る義務を甚だしく怠ることになるから、設置者をして直ちに撤去させるべきであるとの意向を伝えた。また、右の協議中葛南建設事務所から、サンライズクラブが境川上流に不法係留している多数のヨット・ボートを同月7日及び8日の両日に一斉に移動して本件鉄杭に係留する手筈となっているとの情報が入ったので、浦安町は、これを認めるならば極めて危険な状態が既成事実として定着し、手の施しようもなくなる旨を葛南土木に対して指摘し、もし県当局が本件鉄杭の撤去措置をとらないのであれば、浦安町独自の権限で撤去するとの強硬な態度を示した。
[25] 浦安町の右の意向を受けて、葛南土木は、河川管理者及び漁港管理者双方の立場から、同日(6月5日)付けでAに対し、同月6日中に本件鉄杭を撤去せよとの義務下命の公文書を発することを約した。
[26](6) そして、葛南土木は、6月5日午後、Aに対し、同月6日中の期限を定めた本件鉄杭撤去の履行命令を発し、その旨を記載した撤去命令書を同人に交付したが、その際、葛南土木は、浦安町も同旨の撤去命令を発している旨を口頭で同人に告知した(浦安町又は同町長名義の撤去命令文書は発せられていない。)。
[27] 浦安町は、同月5日午後3時30分ころ、葛南土木から右事実の連絡を受けたが、本件鉄杭による船舶航行の危険性が大であり、同月7日になれば本件鉄杭に多数のヨット・ボートが不法係留されることが確実であること等からして、同月6日中に撤去作業が完了しない場合は混乱が生ずるのが必至で、行政代執行法による手続を履践していたのでは、その間に新たな不法状態が作出され、事後においては原状回復が至難であると判断するに至った。そこで、浦安町町長である被告は、急迫した不法な事態の発生を未然に防止するためには、不法係留施設を速やかに強制撤去する以外に適当な手段はないと決断し、町職員に命じて撤去作業業者を選定し、本件鉄杭撤去の準備にかかった。
[28](7) 6月6日朝、浦安町職員らが現場に赴いたところ、Aには撤去作業履行の気配がなく、「サンライズ・田島屋号」外3隻のモーターボートが町職員の警告を無視して本件鉄杭に係留するなどした。そこで、町職員らは、右モーターボートを退去させたうえ、これ以上時を費すと不測の事態が発生することを懸念して、午前9時に撤去作業を開始したのである。
(三) 行政代執行の適法性
[29](1) 浦安町は、境川を含む浦安漁港の漁港管理者として及び地方自治法2条所定の行政主体として、境川水域に設置された本件鉄杭の撤去を命ずる権限を有するところ、昭和55年6月5日、本件鉄杭の設置者であるサンライズクラブのAに対し、葛南土木を使者として、口頭により、同月6日中に右撤去を履行するよう下命した。
[30](2) 本件鉄杭の危険性が高度で、これを放置することが著しく公益に反すると認められ、かつ、その撤去のための行政代執行法3条1項、2項所定の手続をとる暇のない緊急の必要があったので、浦安町は、かかる非常事態に対処するため、撤去義務者であるサンライズクラブのAに対し文書による戒告及び代執行令書による通知をすることなく、同法3条3項に基づく緊急執行を行ったものであるから、その権限の行使は適法である。
[31](3) なお、本件鉄杭は、単体の鉄杭を公共用物たる河川の水域に打ち込んだもので、それ自体独立の所有物たりえないから、公共用物の管理者は、その危険又は障害となる場合は、行政代執行法の手続を履践しなくとも、これを除去しうると解すべきである。したがって、本件鉄杭の除去については緊急の公益上の必要があり、浦安町が浦安漁港管理者としてこれを除去し、その費用を町の一般財産から支出することは、違法ではない。
[32]1(一) 被告の主張(二、2)の(一)(1)は認める。
[33](二) 同(一)(2)は、境川河川水面の全域が浦安漁港の水域であることを争い、その余は認める。千葉県告示第20号により漁港の区域として指定された境川河川水面は、境川取入口中心部を中心とした半径150メートルの円内に限られるのであり、本件鉄杭が設置された水域は右の範囲外である。仮に、本件鉄杭の設置場所が浦安漁港の水域内であるとしても、浦安町にはその撤去(除却)命令権は与えられていない。
[34](三) 同(一)(3)のうち、境川水面中、漁港の区域に指定された水域につき、千葉県知事の河川管理権と浦安町による漁港管理権が重複することは認めるが、その余は争う。従来、境川水面全域について、河川管理者である千葉県知事が、漁港管理者である浦安町の管理を排して管理を行ってきたものである。
[35](四) 同(一)(4)は認め、同(一)(5)は争う。

[36]2(一) 被告の主張(二、2)の(二)(1)は知らない。
[37](二) 同(二)(2)、(3)のうち、境川水域に本件鉄杭が設置されたことは認めるが、その余は争う。サンライズクラブが本件鉄杭を設置するについては、河川法上の占用許可を受けていないため違法な設置であるが、予め葛南土木及び葛南建設事務所と交渉して確認を得ており、被告主張のような危険性はなかった。また、漁港法との関係では、漁港の区域外における設置であるから、何らの違法もない。
[38](三) 同(二)(4)のうち、6月4日に葛南土木からサンライズクラブに対し本件鉄杭撤去の要請があり、サンライズクラブがこれを承諾したことは認めるが、その余は争う。葛南土木の要請は、可及的速やかに撤去せよというものであり、サンライズクラブが同月5日中に撤去することを承諾したことはない。
[39](四) 同(二)(5)のうち、6月5日午前中にサンライズクラブが撤去作業を開始しなかったことは認めるが、その余は知らない。
[40](五) 同(二)(6)のうち、葛南土木が、6月5日夕方、サンライズクラブを訪れ、本件鉄杭を6月6日中に撤去するよう記載した「不法設置工作物の撤去について」と題する文書を交付したこと及び浦安町又は同町長名義の撤去命令文書が発せられていないことは認めるが、その余は争う。葛南土木はサンライズクラブに対し単なる行政指導を行ったにすぎないのであり、サンライズクラブが葛南土木の職員に対し「6月6日中の撤去は難しいから、6月7日中に撤去する。」と申入れたところ、同職員は口頭でこれを了解した。また、葛南土木からは浦安町の履行命令の伝達はなかった。
[41](六) 同(二)(7)のうち、6月6日午前9時に浦安町が本件鉄杭撤去作業を開始したことは認めるが、その余は知らない。

[42] 被告の主張(二、2)の(三)(1)ないし(3)のうち、浦安町が浦安漁港の管理者であり、地方自治法2条にいう普通地方公共団体であること、浦安町が行政代執行法3条1項、2項所定の手続を履践することなく本件鉄杭撤去の代執行をしたことは、いずれも認めるが、その余は争う。
[43] 本件鉄杭設置が判明したのが昭和55年6月4日午前中であるというのであるから、その撤去開始までには約2日間の余裕があったのであり、浦安町がその間に行政代執行法所定の手続を履践することは可能であったはずである。また、サンライズクラブは葛南土木から、本件鉄杭を6月6日中に撤去するよう指示され、更に、口頭により、同月7日中に撤去すればよいとの了解を得ていたのであるから、その期限到来前に浦安町が撤去の代執行をする理由はなく、いずれにせよ、本件においては緊急執行の要件が欠けている。

(入手不能) 第26条 漁港管理者は、漁港管理規程を定め、これに従い、適正に、漁港の維持、保全及び運営その他漁港の維持管理をする責めに任ずるほか、漁港の発展のために必要な調査研究及び統計資料の作成を行うものとする。

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