ストロングライフ事件 | ||||
上告審判決(登録拒否処分取消請求) | ||||
輸入業登録拒否処分取消請求事件 最高裁判所 昭和52年(行ツ)第137号 昭和56年2月26日 第一小法廷 判決 上告人 (被控訴人 被告) 厚生大臣 指定代理人 柳川俊一 外10名 被上告人(控訴人 原告) 株式会社ストロングライフカプセルズ 代理人 木川統一郎 外4名 ■ 主 文 ■ 理 由 ■ 上告代理人貞家克己、同高橋正、同玉田勝也、同堀井善吉、同鎌田泰輝、同小沢義彦、同川満敏一、同新谷鉄郎、同代田久米雄、同大西孝夫、同中井一士、同辻宏二、同内山寿紀の上告理由 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 [1] 論旨は、毒物及び劇物取締法4条1項に規定する毒物又は劇物の輸入業の登録の申請があつた場合には、同法5条及び毒物及び劇物取締法施行規則4条の4所定の登録拒否事由がなくても、当該品目の輸入を許すことにより右登録拒否事由が存する場合と同程度あるいはそれ以上に国民の保健衛生上の危害を発生させることが予測されるときには、同法の目的、趣旨に照らし、右の各規定を類推適用して、当該品目につき輸入業の登録を拒否することができると解すべきであるから、本件につき、右の各規定は右拒否事由がある場合のほかは必ず登録を行わなければならないことを定めたものであるとの見解のもとに、本件登録拒否処分は法定の登録拒否事由以外の理由に基づき被上告人の輸入業の登録を許さなかつたものであるから違法であるとした原判決には、右法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。 [2] 本件拒否処分は、ストロングライフは、専ら、劇物であるブロムアセトンの有する催涙作用が人体に開眼不能等の機能障害を生じさせることをその用途とするものであり、保健衛生上の危険性が顕著であるからという理由により、毒物及び劇物取締法の解釈上設備に関する法定の登録拒否事由がなくてもその輸入業の登録を拒否することができるとの見解の下にされたものである。しかしながら、同法は、毒物及び劇物の製造業、輸入業、販売業の登録については、登録を受けようとする者が前に登録を取り消されたことを一定の要件のもとに欠格事由としているほかは、登録を拒否しうる場合をその者の設備が毒物及び劇物取締法施行規則4条の4で定める基準に適合しないと認めるときだけに限定しており(5条)、毒物及び劇物の具体的な用途については、同法2条3項にいう特定毒物につき、特定毒物研究者は特定毒物を学術研究以外の用途に供してはならない旨(3条の2第4項)、及び、特定毒物使用者は特定毒物を品目ごとに政令で定める用途以外の用途に供してはならない旨(3条の2第5項)を定めるほかには、特段の規制をしていないことが明らかであり、他方、人の身体に有害あるいは危険な作用を及ぼす物質が用いられた製品に対する危害防止の見地からの規制については、他の法律においてこれを定めたいくつかの例が存するのである(例えば、食品衛生法、薬事法、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律、消費生活用製品安全法、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律等においてその趣旨の規定が見られる。)。これらの点をあわせ考えると、毒物及び劇物取締法それ自体は、毒物及び劇物の輸入業等の営業に対する規制は、専ら設備の面から登録を制限することをもつて足りるものとし、毒物及び劇物がどのような目的でどのような用途の製品に使われるかについては、前記特定毒物の場合のほかは、直接規制の対象とせず、他の個々の法律がそれぞれの目的に応じて個別的に取上げて規制するのに委ねている趣旨であると解するのが相当である。そうすると、本件ストロングライフがその用途に従つて使用されることにより人体に対する危害が生ずるおそれがあることをもつてその輸入業の登録の拒否事由とすることは、毒物及び劇物の輸入業等の登録の許否を専ら設備に関する基準に適合するか否かにかからしめている同法の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。 [3] なお、ストロングライフのブロムアセトンを収納するカートリツジが同法5条にいう設備にあたると解することはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる。 [4] そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件拒否処分は違法であるから取り消すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 [5] よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎万里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝) [1] 原判決には、以下に述べるとおり、毒物及び劇物取締法5条、同法施行規則4条の4の解釈を誤つた違法があり、この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 [2]一、原判決は、毒物及び劇物取締法(以下「法」という。)4条1項に規定する毒物又は劇物の輸入業の登録の申請があつた場合には、法5条に該当する事由がある場合を除き必ず登録を行わなければならず、同条に該当しない事由に基づき被上告人の輸入業の登録を許さなかつた本件拒否処分は違法である旨判断している。 [3] しかしながら、法の趣旨・目的にかんがみると、法は毒物及び劇物の輸入業の登録拒否事由を必ずしも法5条の場合だけに限定しているものと解することはできず、登録を受けようとする品目の用途が専ら他人の身体に危害を加えるためのものであつて、その有害性が顕著であり、しかも他に社会的有用性が認められないような場合には、たとえ同条に定める拒否事由が存在しない場合であつても、当該登録の申請を拒否することができるものと解すべきであつて、その理由は以下に述べるとおりである。 [4]二、法5条は、 「厚生大臣……は、毒物又は劇物の……輸入業……の登録を受けようとする者の設備が、厚生省令で定める基準に適合しないと認めるとき、又はその者が第19条第2項若しくは第4項の規定により登録を取り消され、取消の日から起算して2年を経過していないものであるときは、第4条の登録をしてはならない。」として、毒物又は劇物の輸入業の登録申請を拒否しなければならない場合を規定しているのみであつて、逆に登録をしなければならない場合を定めた規定は存在しない。このように、法律が一定の場合には登録をしてはならないという消極的な形式によつてのみ処分の基準を定めている場合にあつては、そこにいう一定の場合に該当しないときに必ず登録をしなければならないかどうかは、一義的に決定することはできず、法律全体の趣旨・目的から考えて、その法律が申請者に対し登録処分が行われるべきことを要求する法律上の地位を認めた趣旨であるかどうかによつて決すべき事柄である(林修三、吉国一郎・全訂新版例解立法技術163ページ参照)。原判決のように実定法規の全体的、実質的な考察を離れて当該処分の性質を抽象的に観察し、それが講学上いかなる分類に属するかを問題解決の基準とすることは、余りにも古典的な思考方法であつて、現在の法解釈においてはもはや通用しないものというべきであろう。 [5]三、そこで、以下、法の趣旨ないし法が実現しようとする目的を法の諸規定から考察してみると、法5条及び同条の委任による毒物及び劇物取締法施行規則(以下「規則」という。)4条の4が営業所等の設備基準の面からこれを規制しているのをはじめとして、法及び規則は、随所に毒物又は劇物の飛散等による危害の発生を防止するための取締規定を置いている。 [6] すなわち、規則4条の4第1項は、毒物又は劇物の製造作業を行う場所の設備基準として、 「コンクリート、板張り又はこれに準ずる構造とする等その外に毒物又は劇物が飛散し、漏れ、しみ出若しくは流れ出、又は地下にしみ込むおそれのない構造であること」等を規定するとともに、貯蔵設備の基準として、 「毒物又は劇物を貯蔵するタンク、ドラムかん、その他の容器は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出すおそれのないものであること」等を規定し、また運搬用具の基準として、 「毒物又は劇物の運搬用具は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出るおそれがないものであること」を規定しており、右貯蔵設備及び運搬用具についての基準は、毒物又は劇物の輸入業の営業所及び販売業の店舗の設備に準用されている(規則4条の4第2項)。また、法16条の2第1項は、事故の際の措置として、 「毒物劇物営業者……は、その取扱いに係る毒物若しくは劇物又は第11条第2項に規定する政令で定める物が飛散し、漏れ、流れ出、しみ出、又は地下にしみ込んだ場合において、不特定又は多数の者について保健衛生上の危害が生ずるおそれがあるときは、直ちに、その旨を保健所、警察署又は消防機関に届け出るとともに、保健衛生上の危害を防止するために必要な措置を講じなければならない。」と規定し、更に、法15条の2は、 「毒物若しくは劇物又は第11条第2項に規定する政令で定める物は、廃棄の方法について政令で定める技術上の基準に従わなければ、廃棄してはならない。」と規定し、同条の委任による毒物及び劇物取締法施行令(以下「令」という。)40条は、毒物又は劇物の廃棄の方法に関する技術的基準として、 「一 中和、加水分解、酸化、還元、稀釈その他の方法により、毒物及び劇物並びに法第11条第2項に規定する政令で定める物のいずれにも該当しない物とすること。の4種の方法を定めている。そして、登録業者がこれらの規定に違反したときは、たとえ設備基準に適合していても、登録を取り消され、又は業務停止の処分を受けることとされているのである(法19条4項)。 [7] 右の各規定を通じてうかがわれることは、毒物又は劇物がその性質上直接人体に触れるときは保健衛生上有害な結果を生ずるところから、法は、様々な角度から規制を加えることによつて、毒物又は劇物が人体に触れることのないよう努めているということである。右の規則4条の4は営業者の設備を直接の対象とするものであるが、毒物又は劇物の飛散等による公衆衛生上の危害の発生を防止すべきことは、営業者の設備においてであろうと末端の消費者の下においてであろうと、何ら変わるところはないはずである。法が消費者の手もとにおける毒物又は劇物の飛散等に無関心でないことは、前記法15条の2及び令40条の毒物又は劇物の廃棄の方法に関する規定が営業者ばかりでなく何人にも適用されることに徴して明らかである。 [8] 以上のように、法は、種々の取締規定を置いて、毒物又は劇物が人体に触れることのないよう極力その防止に努めているのであつて、法の目的は実にこの一点に集約されているといつても過言ではない。 [9]四、しかるに、本件ストロングライフは、第一次世界大戦において催涙ガスとして使用されたことにより知られている劇物であるブロムアセトンの溶液をカートリツジに充てんしたものであつて、直接人間の眼に噴射し、その薬理作用により諸種の機能障害を生じさせ、開眼不能の状態に至らしめるという用途に供される目的をもつて調製されたものであり、そしてまた、一般の毒物又は劇物にあつては試薬、農薬、化学工業原料等として有益な目的に供されるのに反し、本件ブロムアセトンには催涙作用をもたらすという保健衛生上有害な作用があるだけで、国民生活にひ益するような積極的な用途は何ら存しないのである。 [10] もし、以上に述べたように保健衛生上の危険性が顕著である本件ストロングライフについて、なお輸入業の登録を行わなければならないとすれば,それは法の存在理由そのものを否定する結果にもなりかねず、かかる場合においては、法5条所定の絶対的拒否事由に当たらない場合であつても、登録の申請を拒否することができると解するのが合理的であつて、法の精神にも沿うものと考えられる。これをふえんすれば、法5条及び規則4条の4所定の輸入業の登録基準は、いずれも輸入業者の毒物及び劇物の貯蔵、陳列、運搬の設備に関するものであるが、これはこの要件に適合しない場合は、直ちに国民の保健衛生上の危害が発生するものと予想されるため、これをもつて絶対的登録拒否事由にしたものであつて、登録を拒否することができる場合を右の場合のみに限定する趣旨のものと解することはできない。 [11] 以上を要するに、前記三において述べたような法の目的、趣旨にかんがみると、登録を受けようとする品目の用途が、専ら他人の身体に危害を加えるためのものであつて、その有害性が顕著であり、しかも他に社会的有用性の認められないような場合においても、なおかつ当該品目の輸入業の登録が行われるべきことを要求する地位を法が申請者に対して認めている趣旨であるとは到底解することができず、法5条所定の登録拒否事由が存する場合と同程度あるいはそれ以上に国民の保健衛生上の危害発生の危険性が予測されるような場合には、法が毒物及び劇物の取締りを行う目的、趣旨に照らし、厚生大臣としては、法5条及び規則4条の4を類推適用して当該品目につき輸入業等の登録を拒否することができるものといわなければならない。 [12]五、しかるに、原判決は、法5条及び規則4条の4の登録拒否事由に該当しない限り登録を拒否することはできないと解したため、本件ストロングライフが前記のように有害性が顕著で他に社会的有用性の認められないものであるか否かについて全く認定判断を行わないまま、直ちに本件拒否処分を違法と断定したものであつて、原判決の右判断は、法5条及び規則4条の4の解釈を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないものと思料する。 | ||||
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