サーベル登録拒否事件
上告審判決

刀剣登録拒否処分取消請求事件
最高裁判所 昭和63年(行ツ)第163号
平成2年2月1日 第一小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 西岡文博
          代理人 坂本誠一 外2名

被上告人(被控訴人 被告) 東京都教育委員会
          代理人 中川清秀

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 銃砲刀剣類所持等取締法(以下「法」という。)14条1項による登録を受けた刀剣類が、法3条1項6号により、刀剣類の同条本文による所持禁止の除外対象とされているのは、刀剣類には美術品として文化財的価値を有するものがあるから、このような刀剣類について登録の途を開くことによって所持を許し、文化財として保存活用を図ることは、文化財保護の観点からみて有益であり、また、このような美術品として文化財的価値を有する刀剣類に限って所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの趣旨によるものと解される。このことは、法4条による刀剣類の所持の許可の場合は、危害予防の観点から、これを所持する者が法5条1項各号に該当しない者でなければ許可を受けることができないものとされているのに対し、法14条1項による登録の場合は、登録を受けようとする者について右のような定めはなく、当該刀剣類それ自体が同項所定の「美術品として価値のある刀剣類」に該当すると認められるときは、その登録を受けることができ、登録を受ければ何人もこれを所持できるものとされており、しかもその登録事務は文化庁長官が所掌していることに照らしても明らかである(最高裁昭和59年(行ツ)第17号同62年11月20日第二小法廷判決・裁判集民事152号209頁参照)。
[2] そして、このような刀剣類の登録の手続に関しては、法14条3項が「第1項の登録は、登録審査委員の鑑定に基いてしなければならない。」と定めるほか、同条5項が「第1項の登録の方法、第3項の登録審査委員の任命及び職務、同項の鑑定の基準及び手続その他登録に関し必要な細目は、文部省令で定める。」としており、これらの規定を受けて銃砲刀剣類登録規則(昭和33年文化財保護委貝会規則第1号。なお、右規則は、昭和43年法律第99号附則5項により、文部省令としての効力を有するものとされている。以下「規則」という。)が制定されている。その趣旨は、どのような刀剣類を我が国において文化財的価値を有するものとして登録の対象とするのが相当であるかの判断には、専門技術的な検討を必要とすることから、登録に際しては、専門的知識経験を有する登録審査委員の鑑定に基づくことを要するものとするとともに、その鑑定の基準を設定すること自体も専門技術的な領域に属するものとしてこれを規則に委任したものというべきであり、したがって、規則においていかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められているものと解するのが相当である(前記最高裁判決参照)。
[3] そして、規則に定められた刀剣類の鑑定の基準をみるに、規則4条2項は、「刀剣類の鑑定は、日本刀であつて、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行なうものとする」とした上、同項1号に「姿、鍛え、刃文、彫り物等に美しさが認められ、又は各派の伝統的特色が明らかに示されているもの」を,同項2号に「銘文が資料として価値のあるもの」を、同項3号に「ゆい緒、伝来が史料的価値のあるもの」を、同項4号に「前各号に掲げるものに準ずる刀剣類で、その外装が工芸品として価値のあるもの」をそれぞれ掲げており、これによると、法14条1項の文言上は外国刀剣を除外してはいないものの、右鑑定の基準としては、日本刀であって、美術品として文化財的価値を有するものに限る旨の要件が定められていることが明らかである。
[4] そこで、右の要件が法の委任の趣旨を逸脱したものであるか否かをみるに、刀剣類の文化財的価値に着目してその登録の途を開いている前記法の趣旨を勘案すると、いかなる刀剣類が美術品として価値があり、その登録を認めるべきかを決する場合にも、その刀剣類が我が国において有する文化財的価値に対する考慮を欠かすことはできないものというべきである。そして、原審の適法に確定するところによると、
(1) 我が国がポツダム宣言を受諾して後、連合国占領軍(以下「占領軍」という。)は、日本政府に対し民間の武装解除の一環として昭和20年9月2日付け一般命令第1号11項により一般国民の所有する一切の武器の収集及び占領軍への引渡の準備をすべき旨を命じたが、これに対し、日本政府は愛刀家の鑑賞の対象である日本古来の刀剣類までもが一般の武器と同一視されて接収されることに強く抵抗し、占領軍の理解を求めて折衝した結果、美術品として価値のある刀剣類については、占領軍への引渡の対象から除外されることになり、昭和21年6月15日施行された銃砲等所持禁止令(昭和21年勅令第300号)により、地方長官の許可を得て所持できることとなった(これが本件登録制度の発端である。)、
(2) その後、文化財保護法の制定に伴い、昭和25年11月20日施行された銃砲刀剣類等所持取締令(昭和25年政令第334号。以下「旧取締令」という。)により、本件登録制度の前身である文化財保護委員会による登録制度が採用され、銃砲等所持禁止令は廃止されるに至ったが、右制度改正の趣旨は、従来、美術刀剣類をも凶器の一種とみて、治安上の取締りの観点から所持許可の対象としていたが、これを文化財に準ずるものとみて、その保存と活用を図るところにあった、
(3) 昭和33年4月1日から現行の法(ただし、当時は「銃砲刀剣類等所持取締法」といい、昭和40年法律第47号により現行の題名に改められた。)が施行され、旧取締令は廃止されたが、登録に関する規定の文言は、法と旧取締令とで差異はない(もっとも、その後の法改正により、登録事務は文化庁長官が所掌することとなった。)、
(4) 法施行後は、外国刀剣の登録例は1件もない(法施行前においては、第一審判決添付の別表記載のとおり、外国刀剣の登録例があるが、これは、旧取締令施行前の銃砲等所持禁止令の時代に許可基準の一部にあいまいな点があったために外国刀剣の所持許可がされたものを、旧取締令の施行に伴い、同令に基づく登録として引き継いだものがほとんどである。)、
(5) 日本刀は、原材料に玉鋼を主体としたものを用い、折返し鍛練を行い、土取りを施し、焼入れをすることによって製作されるものであり、我が国独自の製作方法と様式美を持った刀剣であるが、その製作方法は奈良時代以後に次第に発達してきたものであって、平安時代以降は刀身に作者名を切るようになり、各派の作風の特徴が刀剣自体に具現されるようになったが、このような様式美を有する日本刀については、古くから我が国において美術品としての鑑賞の対象とされてきた、
というのであり、これらの認定事実に照らすと、規則が文化財的価値のある刀剣類の鑑定基準として、前記のとおり美術品として文化財的価値を有する日本刀に限る旨を定め、この基準に合致するもののみを我が国において前記の価値を有するものとして登録の対象にすべきものとしたことは、法14条1項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、これをもって法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできない。そうすると、上告人の登録申請に係る本件サーベル2本は上告人がスペインで購入して日本に持ち帰った外国刀剣であって、規則4条2項所定の鑑定の基準に照らして、登録の対象となる刀剣類に該当しないことが明らかであるから、以上と同旨の見解に立って、上告人の右登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張は、その実質は原判決の単なる法令違背をいうものにすぎず、原判決に法令違背のないことは右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。

[5] よって、行政事件訴訟法7条、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官角田禮次郎、同大堀誠一の反対意見は、次のとおりである。

[1] 我々は、上告人の本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分に違法はないとした原判決を正当として、本件上告を棄却すべきものとする多数意見に賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

[2] 多数意見は、法14条1項にいう刀剣類は、文言上は外国刀剣を除外しておらず、更に同条5項に基づきいかなる鑑定の基準を定めるかについては、法の委任の趣旨を逸脱しない範囲内において、所管行政庁に専門技術的な観点からの一定の裁量権が認められていると解した上、同項の委任に基づき、規則4条2項において登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしているのは、法14条1項の趣旨に沿う合理性を有する鑑定基準を定めたものというべきであるから、規則4条2項は、法の委任の趣旨を逸脱する無効のものということはできないとするものである。我々は、多数意見のうち、法14条1項にいう刀剣類には外国刀剣が除外されていないという点には異論はないが、規則で登録の対象を美術品として文化財的価値を有する日本刀に限ることとしても、法の委任の趣旨を逸脱するものではなく、規則4条1項は無効ではないという点には賛成できない。すなわち、
[3](一) 法14条1項にいう刀剣類には、文理上、外国刀剣を含むものと解される(法2条2項参照)。そして、法14条1項に規定する登録制度の趣旨は、日本刀、外国刀剣を区別しないで、美術品として価値のある刀剣類で我が国に存するものを我が国の文化財として保存活用を図ることにあると解するのが相当である。そうだとすると、法の段階では、外国刀剣にも美術品として価値のあるものがあることを認めていることになるから、同条5項の委任に基づいて規則を定める場合にも、日本刀・外国刀剣の両者について、同項所定の事項を定めることこそ法の要請するところというべきであり、規則において外国刀剣を登録の対象から除外することを法が期待し、容認しているとは考えられない。換言すれば、登録の対象範囲というような登録制度の基本的事項については、本来、法で定めるべきものであって、登録の対象を日本刀に限るというような登録制度の基本的事項の変更に当たる事柄について、何らの指針を示すことなく規則に委任することが許されるとは考えられない。また、日本刀に限って登録の対象とし、外国刀剣は美術品として価値のあるものであっても登録の対象としないという判断は、政策的判断に属するというべきであり、法は、このような判断を規則に委任していると解すべきではないと考える。
[4](二) 鑑定の基準を定めるということと、登録の対象範囲を定めるということは、そもそも別の概念であって、鑑定基準を定めることのなかに、登録の対象範囲を定めることが当然に含まれるという解釈は、法文の用語の通常の解釈に反すると思う。更に、法14条の法文の構成という点からいっても、登録の対象となる刀剣類の範囲を定めたうえで、登録の対象とされた刀剣類が、美術品としての価値があるかどうかは専門家の鑑定によることとし、その鑑定の基準は所管行政庁の規則で定めるというのが、もっとも法理にかなった構成であり、同条の解釈も、そのような構成に即してなされるべきである。
[5](三) 多数意見は、規則をもって登録の対象を日本刀に限ることができるとする実質的な理由として、本件登録制度の制定経緯、運用の実際、更には日本刀が古くから我が国において美術品として鑑賞の対象とされてきたことを挙げている。しかしながら、右のような理由は、日本刀を登録の対象とすることの合理的な理由にはなり得るとしても、外国刀剣を登録の対象から排除する積極的、合理的な理由にはなり得ないものと考える。
[6] したがって、法14条1項により登録の対象となる刀剣類を日本刀に限るとしている規則4条2項は、法14条5項に基づく委任命令としては、委任の限度を超えた違法無効のものというべきであるから、本件サーベルが規則4条2項所定の日本刀に該当しないことを理由として本件登録申請を拒否した被上告人の本件処分は違法であって、取消しを免れないものというべきである。

[7] 前述したところと異なる見解の下に本件処分を適法とした原審の判断には、法14条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、上告人の本訴請求は理由があることが明らかであるから、これを棄却した第一審判決を取消し、上告人の本訴請求を認容すべきである。

(裁判長裁判官 大内恒夫  裁判官 角田禮次郎  裁判官 四ツ谷巖  裁判官 大堀誠一
 裁判官佐藤哲郎は、退官のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 大内恒夫)

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