課税処分無効事件(昭和36年)
第一審判決

国税賦課処分無効確認請求事件
福島地方裁判所 昭和33年(行)第4号
昭和34年3月6日 民事部 判決

原告 甲野兼太郎(仮名)
右訴訟代理人弁護士 松崎憲司 山口嘉夫

被告 平税務署長  熊谷治郎
右指定代理人 検事 滝田薫
  同 法務事務官 遠藤消
  同 大蔵事務官 斎藤正男 成瀬格 鈴子貞冏 三浦吉光

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。


[1] 原告訴訟代理人は
「被告が昭和32年6月24日附(原告の陳述した訴状請求の趣旨中6月25日とあるのは6月24日の誤記と認める)をもって訴外甲野武雄に対してなした同人の昭和31年度分の山林所得金額を金4,810,000円とする決定および金415,870円の無申告加算税を賦課する旨の決定は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」
との判決を求め、その請求原因として、

[2] 被告は昭和32年6月24日附決定通知書をもって、原告の先代甲野武雄(以下武雄と略称する)に対する昭和31年度分山林所得金額を金4,810,000円、これが所得税額を金1,663,500円とする決定および金415,870円の無申告加算税の賦課処分をして、同日これを同人に通知したところ、武雄は同年7月12日死亡したので、子である原告はその相続人として、その権利義務一切を承継した。

[3] 右所得金額および所得税額の決定は、武雄には昭和31年度分の山林所得が全くないにもかかわらず、これありとしてなされたものであるし、無申告加算税処分は前示所得について確定申告がなかったことを前提としてなされたものであるからいずれも重大かつ明白な瑕疵があって無効である。すなわち、
[4] 武雄とその養子である訴外甲野貞美(以下貞美と略称する)は、昭和21年頃から武雄または原告の所有名義になっていた別紙第一目録記載の山林原野(以下たんに本件山林と略称する)および農地の各所有権の帰属をめぐって紛争を続けてきたが、昭和31年11月15日武雄および原告と貞美およびその子の訴外甲野武(以下武と略称する)との間に、
「原告および武雄は毛上を含む本件山林は勿論農地その他一切の財産を貞美に贈与すること(但し武雄の居住する隠居家屋およびその宅地は除外する)、貞美はその代償として金8,000,000円を武雄に贈ること」
等の趣旨を内容とする示談が成立し、爾来本件山林は貞美の所有に帰したものである。もっとも同月26日平簡易裁判所において、武雄および原告の代理人市井茂と貞美および武側の代理人大嶺庫との間に、右示談の内容とほぼ同一の趣旨を和解条項とする即決和解が成立し、その和解条項や前叙示談契約書には、本件山林に生立する立木を右贈与物件から除く趣旨になっているが、これは貞美をして金8,000,000円の示談金念出に当てるため、右山林上の立木を直ちに売却処分せしめることの便宜上、その所有名義を原告側に帰属させておいたにすぎない。
[5] 以上のようないきさつで貞美はその所有に帰した本件山林のうち別紙第二目録記載の山林・原野に生立する立木(以下本件立木と略称する)を、示談成立の同月同15日訴外滝口寅雄に売渡し、これが代金8,000,000円を受取ったものであるから、本件所得税の課税対象となった山林所得は貞美に帰属しているのであり、本件所得税および無申告加算税は同人に対して課されるべきものである。

[6] なお、所得税法第5条ノ2第1項は、相続人以外の者に対する無償による資産の移転(例えば遺贈または贈与)があった場合に適用される筋合いであって、本件のように示談により始めて資産の帰属が決定した場合に適用されないものであるから、同法第9条第7号または第8号に規定された山林譲渡による所得または資産譲渡による所得はありえない。
とこのように述べた。

[7] 被告指定代理人らは、主文と同趣旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のように述べた。

[8] 被告が昭和32年6月24日附をもって原告主張のような山林所得金額および所得税額を決定しその旨通知したこと、その後原告の先代武雄が死亡したこと、昭和31年11月原告らと武雄らの間に示談ならびに平簡易裁判所における和解が成立したことはいずれも認めるが、武雄と貞美が本件山林等の所有権の帰属をめぐって長年争ってきたことは知らない。その余の原告主張事実は争う。本件課税の決定処分は次の理由で適法であり、まして無効原因となるような重大かつ明白な瑕疵はない。
[9](1) 武雄は昭和31年11月15日その所有する本件立木を訴外滝口寅雄に代金8,000,000円で売渡し、同月26日右代金全額を受取った。よって被告は右代金額を所得税法(昭和32年法律第160号による改正前の法律)第9条第7号による武雄の同年度における総収入金額としてこれから同条同号及び昭和32年大蔵省告示第31号所定の金額を控除して本件課税対象である山林所得金4,810,000円を算定し決定したものである。
[10] かりに右立木の売渡代金が所得税法第9条第7号の総収入金額に該当しないとしても、同条第8号または第9号もしくは第10号の各総収入金額のいずれかに当るから、武雄が課税対象である所得を有していたことは明らかである。
[11] また、かりに武雄が本件立木を昭和31年11月15日貞美に贈与したものであるとしても、右は同法第5条の2第1項によって贈与の時の価格による資産の譲渡とみなされ、依然として本件課税処分と同様の納税義務を有することには変りがないのである。
[12](2) ところが、武雄において右のように昭和31年度の山林所得を有しながら、所得税法第26条第1項所定の確定申告書を提出しなかったから、被告は前示(1)記載の山林所得金4,810,000円を基礎に同法第12条、第13条所定の方法により武雄の所得税額を1,663,500円と算定して本件所得税の決定をするとともに同法第56条第3項に基き同項所定の算定方法に従って金415,870円の無申告加算税処分をしたものである。

[13] 証拠として、原告訴訟代理人は甲第1号証ないし第10号証(第10号証は1、2)を提出し、証人加藤清美、市井茂、滝口寅雄の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認める、と述べ、被告指定代理人は乙第1号証ないし第7号証を提出し、証人山野辺秀松、大嶺庫、甲野貞美、甲野武の各証言を援用し、甲第3号証、第10号証ノ1、2の各成立は知らない、その余の甲号各証の成立を認める、と述べた。


[1] 被告が昭和32年6月24日附決定通知書をもって武雄に対し、原告主張のような昭和31年度分所得金額および所得税額の決定ならびに無申告加算税処分をして、その旨通知したこと、その後武雄が死亡し、原告がその権利義務一切を相続承継したことは当事者に争がない。
[2] まず本件立木の譲渡による金8,000,000円が果して被告主張のように武雄の収入であったか、それとも貞美の収入に帰すべきものであったかどうかについて検討するに、成立に争のない甲第4、5号証、乙第1、2号証、証人滝口寅雄、大嶺庫、甲野貞美、甲野武の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、
(1) 貞美は大正5年頃から石城郡三和村大字上市萱字諏訪62番地の養家に居住し、農業を同人にまかせて東京市内で生活していた養父武雄所有の農地を耕作したり、本件山林等を管理したりしてきたが、戦時中郷里に疎開していた武雄は昭和21、2年頃その所有山林の一部を原告に贈与してこれが所有権移転登記の手続をすると共に、貞美を相手方として離縁の調停を申立てるにおよんだこと。
(2) このようないきさつから、貞美は昭和22、3年頃武雄を相手取り当裁判所平支部に右農地、山林等の所有権確認請求の訴を提起したが敗訴したので、さらに仙台高等裁判所に控訴して係争中、訴外加藤清美、山野辺秀松らが紛争の円満解決をすすめたこともあって、昭和31年11月15日武雄および原告の代理人市井茂と貞美およびその子武との間に、武雄および原告はその所有する農地、宅地(但し宅地の一部を除く)ならびに山林、原野を武に贈与するが、本件山林に生立する立木は武雄が所有するという趣旨を内容とする示談が成立したこと。
(3) 同日武雄は本件立木を、代理人市井茂を通じて訴外滝口寅雄に金8,000,000円で売渡しその頃右代金を受取ったこと。
(4) 同月28日平簡易裁判所において武雄および原告(両名代理人市井茂)と武(代理人大嶺庫)との間で、武雄および原告は武に対し、前記示談によって同人に贈与することにした農地、宅地、山林および原野等の所有権移転登記手続をするが、本件山林上の立木は武に贈与しない旨を和解条項とするいわゆる即決和解が成立したこと。
[3] 以上の各事実を認めることができる。証人市井茂、加藤清美および原告本人は、武雄および原告が本件山林上の立木を含むその所有財産一切(但し武雄の居住する隠居家屋およびその敷地を除く)を貞美に贈与し、貞美がその所有に帰した本件立木を訴外滝口に売却したものである旨の供述をしており、甲第3号証、第8号証にもこれと同趣旨の記載がなされているけれども、右証人加藤清美の証言および原告本人尋問の結果によれば甲第3号証は原告が本件課税処分に対して異議を申立てる為の資料に供することを目的として特に作成されたものであることが明らかであるのみならず、さらに証人山野辺秀松の証言および前記各証拠に対比するときは、同各証の記載内容は到底信用できないし、前示証人市井、加藤および原告本人の前記各供述部分ならびに甲第8号証の記載もまた、以上の事実および前記各証拠に照らしにわかに信用するわけにはゆかない。また、成立に争のない乙第3号証の受領書には、「甲野貞美氏と拙者等間の仙台高等裁判所民事部繋属中の事件の和解金として貞美氏から払込を受けるべき金額」との文言が記載されているが、前掲乙第2号証および証人大嶺庫の証言に、前記示談成立の際に作成ちれた甲第4号証(示談契約書)ならびに甲第5号証(和解調書)には何ら示談金もしくは和解金に関する記載がないこと等を総合して考察すると、各「和解金」という文言は、いわば示談ないし和解を前提にして所有権の帰属が確定した本件立木の売渡金という趣旨で記載されたものと認められるから、これをもって前記(3)の認定を左右する証拠とはなし難く、むしろ武雄の代理人市井が右売渡代金を受頗した事実を肯認させる以外には他意がないものといわねばならない。他に前記各認定をくつがえし、原告の主張事実を肯認せしめるに足りる証拠はない。
[4] しからば武雄は昭和31年度において、本件立木の売却により金8,000,000円の収入を得ているものというべきであるから、被告の本件所得金額及び所得税の決定処分は正当であって違法と認めらるべき事由はない。よってその余の点について判断するまでもなく原告の主張は理由がないというべきである。

[5] 次に無申告加算税処分の当否について判断するに、この点について原告の主張するところは、本件所得金額および所得税の決定処分には重大かつ明白な瑕疵があって無効であるということを前提として、申告義務のない武雄に右所得額の申告義務ありとして本件無申告加算税処分がなされたのであるから、当然無効であるというにあるのであるが、すでに右所得金額および所得税額の決定処分が正当であって何らの違法も認められない本件では、武雄は所得税法第26条第1項に基き昭和32年3月15日までに確定申告書を提出しなければならない義務があるのにこれを提出したことの認むべきもののない以上同法第56条第3項所定の無申告加算税処分を受けるのは当然であり、この点についても無効原因は勿論違法の点を認めることができない。

[6] 以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。

  福島地方裁判所民事部
  裁判長裁判官 檀崎喜作  裁判官 大和勇美  裁判官 逢坂修造
福島県石城郡沢渡村大字上市萱字町頭○○番原野4畝24歩
字辻道○○番原野1反7畝23歩
字町頭○○番ノ○山林6畝歩
字辻道○○番ノ○山林2反1畝歩
同字○○番ノ○山林2反4畝歩
同字○○番ノ○山林2反7畝歩
同字○○番ノ○山林2畝歩
字長沢○○番ノ○山林9畝歩
字町頭○○番原野6畝20歩
同字○○番原野1畝6歩
同字○○番原野5畝15歩
同字○○番原野1反3畝22歩
字辻道○○番ノ○原野2反1畝13歩
同字○○番山林2反4畝11歩
同字○○番山林2反1畝5歩
字町頭○○番原野2畝25歩
同字○○番ノ○山林1反4畝10歩
字諏試○○番ノ○山林4歩
同字○○番山林1反2畝歩
字町頭○○番山林1反11歩
同字○○番ノ○山林2弐反歩
同字○○番原野4畝24歩
同字○○番山林2反2畝歩
同字○○番山林1町8反3畝12歩
同字○○番ノ○山林2反歩
同字○○番ノ○山林3反歩
同字○○番山林5反歩
字辻本○○番原野1反7畝23歩
同字○○番ノ○山林3反歩
同字○○番ノ○山林2反歩
同字○○番ノ○山林3反6歩
以  上
福島県石城郡三和村大字上市萱字町頭○○番ノ○山林1反4畝10歩
字諏訪○○番ノ○山林四歩
同字○○番山林1反2畝歩
字町頭○○番山林1反11歩
同字○○番ノ○山林2反歩
同字○○番原野4畝24歩
同字○○番山林2反2畝歩
同字○○番山林1町8反3畝2歩
同字○○番ノ○山林2反歩
同字○○番ノ○山林3反歩
同字○○番山林5反歩
字辻道○○番原野1反7畝23歩
同字○○番ノ○山林3反歩
同字○○番ノ○山林2反歩
同字○○番ノ○山林3反6歩
以  上

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