監獄法施行規則接見制限事件
控訴審判決

面会不許可処分取消等請求控訴、同附帯控訴事件
東京高等裁判所 昭和61年(行コ)71号、昭和62年(行コ)4号
昭和62年11月25日 民事第3部 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 国
      右代表者法務大臣 林田悠紀夫
      右指定代理人   山口晴夫 外6名

被控訴人・附帯控訴人(原告) 甲野太郎(仮名)
     右訴訟代理人弁護士 渡辺務 海渡雄一

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


一 本件控訴を棄却する。
二 本件附帯控訴に基づき、附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)に対し金1万円を支払え。
三 附帯控訴人(被控訴人)のその余の請求を棄却する。
四 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用はこれを10分し、その1を附帯被控訴人(控訴人)の負担とし、その余を附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。


一1 控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)は、
「原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、附帯控訴につき、
「本件附帯控訴を棄却する。
 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。

 被控訴人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき、
「原判決を次のとおり変更する。
 控訴人は被控訴人に対し金110万円及び内金50万円に対する昭和59年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。

[1] 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加する外は原判決事実摘示(但し、原判決4枚目表4行目の「違憲法」を「違憲性」と訂正する。)並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
[2] 監獄の長は、監獄の外にいる人間についての情報を十分に把握することができる立場になく、個々の事案に応じて、その都度、幼年者と在監者との面接が当該幼年者の心情を害する具体的危険を有するかどうかを判断することは、不可能又は極めて困難である。他方、幼年者の心情の保護の要請は、それ自体として十分に尊重されなければならないのであり、仮にもそれを害する具体的危険が判明していないからといって在監者との接見を認め、結果としてかかる重要な保護の要請を没却せしめるような事態(幼年者の心情を害する危険)を発生させることは避けなければならない。そこで監獄法は、幼年者の心情の保護の要請を考慮しつつ、監獄の長において右心情を害する具体的危険の把握が実際には極めて困難であることに鑑み、「14歳未満」という一定の年齢をもって右心情を害する危険がある場合を擬制し、右客観的基準によってこれを判断することを許容したものというべきである。ちなみに、個々の具体的な事案に応じて若年者に対する具体的危険の有無、責任能力の存否等を判断することが困難なことから一定の年齢で行為の制限、免責等を規定している法令は、刑法41条、176条、177条、未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法、児童福祉法34条等、枚挙にいとまがなく、かかる法令はいずれも合憲であることはいうまでもない。したがって、監獄法施行規則124条の規定によって監獄の長が裁量権を行使し得るのは、幼年者の心情を害する危険性が擬制されているとしてもなおかつ行刑施設において在監者(受刑者のみならず被拘禁者を含む。)の処遇(被拘禁者の取扱い全般を含む。)を行っていくうえで面会を認めることが相当であると判断し得る積極的な理由がある場合又は乳児との面会のごとく幼年者の心情を全く害さないことが一見して明白である場合に限られると解するのが相当である。右の面会を認めることが相当であると判断するに際しては、幼年者の心情を害するかどうかについても、考慮することが可能な場合には考慮することになる。この場合、監獄の長が知り得た当該幼年者の生育歴、家族構成、現在の生活・教育環境、在監者との関係、過去及び現在の交流状況や内容等、およそ幼年者の心情に影響を与えるであろうと考えられる様々な要因が考慮の対象となり得るのである。
[2] これに対し、幼年者の心情を害する具体的危険が判明していない限りは接見を認めなければならないというように制限的に解するならば、規則120条は、殆どの場合同124条によって解除されなければならない結果となろう。在監者と幼年者の親権者とが面会を望んでいる場合には幼年者の心情に具体的な危険があるとはいえないという解釈もまた同様である。かかる法令の適用は同規則の法意を全く無視したものであり、ひいては幼年者の心情保護という法本来の目的までも没却せしめる極めて不当なものといわざるを得ない。

[3] 本件においては、被控訴人が養子縁組を結んだ直接の相手は春子であって、被控訴人と秋子との関係は義理の叔父・姪の関係にあるにすぎず、その関係が生じたのも本件不許可処分当時で僅か1年ばかりのことである。もとより両者は実社会において生活を共にしてきた事実もなく、かえって秋子においては本件面会申請の前後を通じて実の母親である夏子のほか春子ら親族の庇護のもとに平穏に暮らしてきており、右申請当時に至ってとりたてて被控訴人と直接面会しなければ解決し難いような成育上ないし教育上の特段の支障が生じたとの事実は認められない。他方、被控訴人においては、本件養子縁組は同人の判決確定後の外部交通の確保を目的としてなされたものと認められる。以上の事実に照らせば、本件面会申請の当時、これを認めることは、秋子にとって少なくともその心情を全く害さないことが一見して明白であるとは到底いえない場合であり、被控訴人にとってもその処遇上必要な積極的理由があるとも認められない場合であるから、規則120条及び124条の法意を忠実に反映させてこれを適用する限り、本件不許可処分が適法であることは明らかというべきである。

[4] 東京拘置所長が規則124条を幼年者との面会に適用する際の基準として「実子であること」を要件の1つとした理由は、幼年者の心情を害する虞があるかないかは、もともと監獄の長が把握している情報等からでは十分な判断が不可能であるから、そのような危険の可能性は一定程度あるにしても、なお面会を認めなければならない在監者の処遇上等の必要性というものを考えた場合に、単に当事者が心情の交流を望んでいるというだけでは面会許否の判断基準として十分とはいえず、更に進んで成人と幼年者が直接会って話をすることが両者の健全な関係を維持していくうえで必要不可欠であると考えられるような場合でなければ面会を認めないとするのが規則120条の趣旨にかなっていると考えるからである。そして、このような必要性が認められる場合を更に考察すると、両者が社会において生活を共にし、幼年者の養育について責任を負っている親権者あるいはこれに代わる者とその保護を受けて養育されていたものという、いわゆる「家族」の関係にあり、比較的長期間会えないでおり、幼年者を養育していく者として面会するというような場合がこれに該当するといえる。
[5] 東京拘置所の基準である、勾留が長期にわたっている者であること、面会の相手がその者の実子であること及び教育上・成育上の理由など特に事情があると認められることという3要件の背景にも、このような考え方が存在しているのであり、具体的な事案の判断に際して生まれた基準であることから「実子」という表現を用いているものの、この要件は必ずしも生物学的な意味での血縁関係を問題としているわけではなく、その実質は、幼年者を養育し、父性愛・母性愛をもって幼年者と日常生活のなかで交流していたことが推測される「親子関係」を表現したものである。したがって、右の意味での親子関係が認められる場合には、必ずしも生物学的な意味での実子でなくても、その余の一定の要件を具備していることを前提に面会を認めることがあるが、その一方で、それを狭い意味での「家族」の範疇からはみ出る、いわゆる「おい」「めい」にまで拡大することは、多かれ少なかれ幼年者の心情を害するという危険を侵すことを考慮して、認めないとの運用を図っているものである。「家族」の概念を狭く捉えた場合に「おい」「めい」といった関係が原則として含まれないことは、たとえば民法において互助義務を負う者を直系血族及び同居の親族に限定(民法730条)し、扶養義務を負うものを原則として直系血族と兄弟姉妹に限定(民法877条)していることからも容易に推認できるところである。しかるに、被控訴人と秋子とは、義理の「おじ」「めい」の関係にあるに過ぎず、実社会において生活を共にしてきた事実もないのであるから、本件は、右に述べた3要件に該当する東京拘置所での他の許可事例とは本質的に異なるものである。

[6] 本件不許可処分当時、法50条及び規則120条、124条について、原判決のような制限的解釈をした裁判例や上級行政庁の例規は存在せず、監獄法令に関する学説においても原判決のような解釈を明言したものは見当たらない。東京拘置所で行ってきた子供面会に関する措置は、学説の対立すらないほど当然視されてきたものであり、もとより各監獄の長も同様の見地から行刑実務を遂行してきたのである。
[7] 例えば監獄法令に関する代表的註釈書である「改訂監獄法」(小野清一郎ほか)は、
「14歳未満の者に接見が許されないのは、事物を弁別する能力の未発達な幼年の接見者の心情を害さないという趣旨からである。したがって、在監などといった意味を全く知覚しない乳児の場合を除いては、施行規則124条により処遇上の必要性を認めて親子の対面をさせることなども、在監者本人に良い影響を与えるとしても、接見者のためによほど慎重を要するのである。」
とし、また、実務家によって書かれた代表的な執務に関する手引書である「未決拘禁実務提要」(玉井策郎ほか)にも、
「拘禁施設という建物そのものから受ける影響等を考慮し、14歳未満の子供には教化上、不適当として接見することを許していない。」
と記載されているところである。
[8] ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることは相当でないと解されている。これを本件についてみるに、本件不許可処分にあたり東京拘置所長がとった前記各法令の解釈適用に十分な合理的根拠が存したことは前述のとおりであるから、仮に百歩譲って、後に右解釈適用に誤りが存したと評価される場合であったとしても、そのことから直ちに同所長に国家賠償法1条1項にいう過失があったと認めることができないことは明らかである。

[9] 被控訴人とその訴訟代理人弁護士らとの間における弁護士費用の支払に関する約定は、知らない。
[10] 規則120条が、その制定当初に比して、著しくその合理性を欠く規定となっている理由を、次のとおり補足する。
[11](一) 東京拘置所長自身が、昭和53年8月ないし10月ころまでは相当広範に幼年者との面会を認めていた事実がある。
[12](二) 小倉拘置所においては、今日においても、2年間に24件の幼年者との面会が許可された事例があり、近時の行刑実務の実情は相当広範に幼年者との面会を認めている。
[13](三) 政府が昭和57年4月28日国会に上程したが昭和58年11月に一旦廃案となり、昭和62年4月30日通常国会に再上程された刑事施設法案は、被拘禁者の一般面会について年齢による制限をしていない。右法案は、現在のわが国の有力な法律学者の一般的な見解を反映していると考えられる法制審議会の審議経過を受けて策定されているが、同審議会の「監獄法改正の骨子となる要綱」(昭和55年11月)においても、規則120条のような面会の相手方の年齢による制限は意図されていないのである。

[14] 規則120条の妥当性は、行刑の国際的水準に照らしても正当化し得ない。すなわち、被控訴人訴訟代理人らが世界の50か国の法務担当部局に問い合せたのに対し18か国から回答があったが、それによれば、幼年者とその家族である在監者との面会は、原則として自由とされる傾向にあり、制限するとしても成年者の同伴を要件とするにとどまる国が殆どである。一定の具体的危険がある場合に制限するという原判決の立場自体が世界的傾向から見ればむしろ少数派であるが、それにもまして東京拘置所のような実務運用を行っているところは調査範囲内では発見できず、同所の運用は極めて特異な立場であるといわざるを得ない。なお、一定の国において、子供の面会についてこれにふさわしい環境の準備をすべき旨を定めていることは注目すべきである。

[15] 以上のように、今日のわが国及び世界の行刑の実情からして未成年者の保護者の同意ないし同伴のある場合には、その面会が幼年者の心情を害するような危険性は考えられず、幼年者と在監者との面会を原則として禁止する必要性・合理性は全くない。

[16] 控訴人は、一定の年齢層について心情の危険等を擬制することは他の法令でも行われていると主張するが、その例示にかかる刑法41条、176条、177条、児童福祉法34条は、もっぱら少年の利益保護だけを目的としており、権利制限の側面は殆どないものである。未成年者飲酒禁止法と未成年者喫煙禁止法は、未成年者の権利制限の側面を持つが、未成年者自身を罰する規定はなく、未成年者に対する強制力は間接的なものにとどまる。そして何よりも、これらはすべて法律であることに注目しなければならない。かかる擬制を命令で規定することは、そのような年齢制限を行うべきことを明文で規定した法律の委任がない限り許されないのである。

[17] 東京拘置所長に過失がないとの控訴人の主張は争う。
[18](一) 憲法上も、監獄法上も、監獄が外部の幼年者を教化の対象とすることは認められていないことが明白であるから、実務家の手引書にこれを肯定するような記載があるとしても、東京拘置所長がこれにそのまま依拠したとすれば、そのこと自体に過失があったというべきである。
[19](二) 被控訴人が前記1及び2で主張した諸事実について、東京拘置所長はこれを知り又は知り得べき立場にあった。
[20](三) 従前、規則120条の問題が学説上争点化されなかったのは、同条がいわば建前の規定であって、実際には、在監者と幼年者の双方が積極的に面会を希望するような事例では、当局が事実上面会を許可してきたためである。したがって、同条の解釈適用について判例や学説の対立が見られなかったからといって、東京拘置所長の措置が是認されることにはならないのである。むしろ、原判決後の学説においては、原判決の法令解釈を支持しているところである。
[21](四) 本件不許可処分は、精神的自由及び人身の自由に関わる重大な問題であり、これによる精神的損害も軽微ではないのであるから、東京拘置所長は、法令の解釈適用について厳しい注意義務を要求されるといわねばならない。そして、規則120条が憲法の文言に一義的に反しているとまでは言えなくても、健全な常識を有する一般人であれば幼年者との面会を一律に禁止することの必要性・合理性について疑問を抱くことは容易であり、まして刑政の専門家として、子供の心理についての通常の知識と未決囚の人権保護の重要性の認識とを有している者が通常の注意を払っていれば、規則120条について少なくとも原判決が示したような限定解釈を行うことによって、本件のような違法な処分を回避することは十分に可能であった。

[22] 原判決は、本件不許可処分が違法であると判断しながら、被控訴人の被った精神的損害に対する慰謝料として5万円を認めたにとどまったが、獄中に10年余にわたり身柄を拘束され親族と直接面会して心情の交流を計りたい気持ちを抱き続けながらそれを果たし得ていない者の苦痛を余りにも低くしか評価していない。原審以来の請求額である50万円を全額認容すべきである。

[23] 被控訴人は、本訴の訴状を提出した後、弁護士渡辺務、同海渡雄一の両名に原審の訴訟代理人を依頼し、右両名はその依頼を受けて昭和59年9月6日の第1回口頭弁論期日から同61年9月25日の原判決言渡しまでの間、訴訟行為を追行した。本件控訴審についても、被控訴人は昭和62年1月28日右両名に訴訟代理人としての訴訟行為の追行を依頼し、右両名もこれを了承した。その際、被控訴人と右両名とは、口頭で、本件第一、二審を通じての弁護士費用を、1名につき30万円、合計60万円とすることを約した。被控訴人は、当審において、控訴人に対し右弁護士費用の支払の請求を追加する。


[1] 当裁判所は、原審と同様に、規則120条が法50条の委任を超えたものということはできず、被控訴人の違憲の主張は失当であるが、本件不許可処分には東京拘置所長において規則120条及び124条の解釈並びにその適用についての裁量権の行使を誤った違法があり、これにつき同所長には国家賠償法1条1項にいう過失があると認定判断するが、その理由は、次のとおり附加し訂正する外は、原判決理由一ないし四及び六に説示してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。

[2]1(一) 原判決25枚目裏8行目の「同条の趣旨とするところは」の次に
「事理の弁別能力が未熟で、監獄職員の指示を理解して秩序ある行動をとることの期待し難い幼年者が、在監者との面接を求めて単独で施設内を往来するような事態は避けるべきであるというような監獄の管理運営保持の目的の外、」
と、(二) 同26枚目表2行目の「解されるが」の次に
「(犯罪者をどのような施設でどのように処遇するかは一国の政策問題であり、また、犯罪ないし犯罪者あるいはその処遇施設について人々がどのような受け止め方をするかは、その国その時代における国民感情に関わる問題でもあるが、わが国における行刑施設の現状からすれば、在監者との接見について幼年者の心情を害すべき危険がなお存在し得ることは否定することができない。そして、幼年者をこのような危険から保護することは、親権者ないしこれに準ずる保護者の責任であるが、親権の行使が必ずしも常に適切になされているとは限らないことは暫らく措くとしても、監獄を設置管理する国が、その現状に通暁する立場から、直接幼年者の心情の保護の役割を担うべきものとすることは、必要な事柄であると言わざるを得ない。)」
と、(三) 同4行目の「考えられるところである」の次に
「(例えば、実子ないしこれに準ずる者に対する教育上・成育上の必要が肯定される場合も多いであろう。)」
と、(四) 同7行目の「解釈されるべきものである」の次に
「(控訴人が主張するように、幼年者の心情を害すべき抽象的・一般的な危険があるから原則的に接見を禁ずることができるものと解釈することは、前記の法の趣旨に反することとなるのである。)」
と、それぞれ附加する。

[3]2(一) 原判決27枚目表9行目の「認められる。」の次に
「なお、《証拠略》によれば、右養子縁組は、死刑廃止運動に協賛している春子が、死刑の宣告を受けて上訴中の被控訴人と知り合い、自己の養子にしたいと決意し夏子を介して被控訴人にその旨を申入れたものであり、他方、実方の親族との交流が希薄となっていた被控訴人も死刑確定後の外部との接見・文通の確保を図ろうとしていた折から右申入れを受けて春子及び夏子と文通や面会を重ねて相談したうえ、家族として一緒にやっていけるとの気持になって、縁組の届出をしたものであると認められ、被控訴人と甲野一家とは従前生活を共にしたことはなく、被控訴人の刑が確定すれば将来も家族として実社会での生活を共にする機会は来ないこととなるが、それぞれの境遇の下で可能な範囲・方法での接触を保つように尽力しているという実態に照らしても、右養子縁組を俄に無効視することはできない。)」
と附加し、(二)《証拠訂正略》、
(三) 同裏初行の「広く認めていた」の次に
「(なお,控訴人は原審以来、東京拘置所において、現在に比べて広く幼年者との接見を認めていた時期があることを自認しているところである。)」
と附加し、(四) 同4行目の「排険する」を「排除する」と、同4行目の「危険が生じた」から同5行目の「12月11日から」までを「危険が生じたことがあり、そのころから」と、それぞれ訂正し、(五) 同28枚目裏初行の「認められる。」の次に
「また、《証拠略》によれば、被控訴人は昭和58年4月上旬ころ、東京拘置所長に対し、本件の養子縁組届けに使用するためであることを示して自己の印の使用許可を申請し、その許可を得て縁組の届出書に署名捺印をして発送し、その届け出が完了した後である同年4月27日に同所長に対し、秋子との身分関係を記載した面会許可申請書を提出したが、不許可の告知を受けたので、同年5月30日に不許可の取消しを求めて法務大臣に情願書を提出したりなどした外、春子、夏子及び秋子が東京拘置所長宛てに上申書を提出したりなどしたことがあつた。したがって、被控訴人が同所長に対し戸籍謄本を提出して正式に養子縁組をした旨の報告をしたのは後日のことになるが、同所長は、本件不許可処分の当時には、被控訴人と秋子との身分関係や、秋子に面会したい理由等を知っていたか、少なくとも若干の補充的な調査さえすればこれを知り得たものであると認められる。」
と附加する。

[4]3(一) 原判決29枚目表6行目の「いうまでもない。」を
「いうまでもないし、幼年者の心情を害する具体的な危険の有無の判断においても、監獄の長がすべての在監刑事被告人の身上等を把握しているわけでない以上は、実際問題として、必要な資料に基づき必要な範囲の調査をしたうえでこれを決することとする外はないが、そのような具体的危険の存在しないことが判明しているときや、僅かな調査によってそれが判明する場合であるのに敢えてこれをしないで、幼年者との接見を拒否するのは、同条の解釈適用における裁量判断を誤ったこととならざるを得ない。」
と、(二) 同30枚目表5行目の括弧内の「右事情を」の前に
「被控訴人と秋子とが義理の叔父と姪の関係に過ぎないことや両者が家族としての実生活を送った経験のないことなどの前認定の事実も、本件の事実関係の下においては右の具体的危険の存在を窺わせるものとはいえないし、他に」
と、それぞれ附加し、(三) 同8行目の「のみならず」から同10行目の「拒否しているものであるが」までを
「そうすると、本件では東京拘置所長は、前認定の幼年者面会許可の諸条件のうち秋子が被控訴人の実子でないことをいわば唯一の理由として面会を不許可としていることになるが」
と訂正し、(四) 同裏2行目の「面会を認めている」の次に「(《証拠略》によりその事実が認められる。)」と附加する。

[5] 原判決31枚目裏8行目の「いうべきであり、」から同32枚目表2行目までを
「いうべきである。そして、同所長は、在監の刑事被告人から幼年者との接見につき申請があった場合に前記三、2に説示した制限条項に該当する事由があると認められたときには、これを許さないことができ、その許否判断に当たり一定の裁量の余地があることも前記説示のとおりである。しかしながら、被控訴人と秋子とが接見をすることについては、何ら右の制限条項に該当する事由も認められず、却って右両者が実親子ではないとの点を除けば従来東京拘置所において幼年者との面会を許可する場合の諸条件を充たしており、その身分関係の点も、やや特殊なものがあるとはいえ、これのみを捉えて接見を拒否するに足る実質的な問題も見当たらない本件の事実関係の下において、東京拘置所長が右の事実関係を事前に把握しており又は容易に把握し得たとの前認定の事情を前提とする限り、同所長が本件不許可処分をしたことについては、その職務の執行上に過失があったものといわざるを得ない。従前、法及び規則の解釈適用に関して原判決及び本判決のような立場を明らかにした判例・学説等がなく、また、刑事被告人と14歳未満の幼年者との接見の原則的禁止を当然とするような風潮があったからといって、右の過失の存在が左右されるものではない。」
と改める。

[6] 被控訴人につき生じた損害について考えるに、当裁判所も、慰謝料としては、諸般の事情を総合して金5万円が相当であると判断するが、その理由は、原判決理由五のとおりである。また、被控訴人が原審及び当審において弁護士渡辺務及び同海渡雄一の両名に訴訟代理人を依頼して訴訟行為を追行していることは、当裁判所に顕著であり、被控訴人と右両弁護士との間において相当額の弁護士費用の支払い約束が成立していることは、弁論の全趣旨により推認することができる。そして、本件の事案の性質及び被控訴人の境遇に照らすと、本件不許可処分と右弁護士費用の一部は相当因果関係があるというべきであり、その額は金1万円が相当である。

[7] 以上のとおりで、本訴請求中、慰謝料金5万円及びこれに対する昭和59年5月4日から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求を認めた原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、本件附帯控訴に基づき弁護士費用中金1万円の請求を認容し,その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法95条、89条、92条を適用して、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 森綱郎  裁判官 友納治夫 清水信之)

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