菊田医師優生保護法指定医師指定取消処分事件
控訴審判決

優正保護法指定医の指定取消処分取消等請求控訴事件
仙台高等裁判所 昭和57年(行コ)第2号
昭和60年3月29日 判決

控訴人 (原告) 菊田昇
被控訴人(被告) 社団法人宮城県医師会
         国

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。


 控訴人は、
「原判決を取消す。
 被控訴人社団法人宮城県医師会(以下「被控訴人医師会」という。)が昭和53年5月24日付をもつて控訴人に対してなした優正保護法14条に基づく指定医師の指定を取消す旨の処分(以下「本件取消処分」という。)を取消す。
 被控訴人医師会が同年10月30日付をもつて控訴人に対してなした同法14条に基づく指定医師の指定申請を却下する旨の処分(以下「本件却下処分」という。)を取消す。
 被控訴人らは控訴人に対し各自金3000万円及びこれに対する同年11月1日から支払済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」
との判決を求め、

被控訴人らは、いずれも主文同旨の判決を求めた。

[1] 当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付け加えるほか原判決事実摘示及び当審訴訟記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
[2] 指定医師の指定は、授益的行政行為である。すなわち、右指定は医師の申請をまつて行われ、医師は右指定を受けることにより適法に妊娠中絶をなしうる法律上の地位、権能を取得し(単なる反射的利益の享受にとどまらない。)、医業経営上の信用と収入も増大するからである。したがつて、指定の撤回についても、授益的行政行為の撤回制限の法理が適用され、相手方の同意や附款付の場合を除いて、法規上の根拠を必要とし、単に行政庁の公益判断だけを根拠とすることはできない。行政行為の撤回につき法律の根拠を必要としないとする説があるが、それでも、授益的行政行為の場合にはその撤回により相手方のこうむる打撃を考慮すべきものとしており、これが容認されるためには義務違反、要件事実の一部消滅という事由の発生のみならず、さらに国民の権利、利益を尊重する見地に立つて撤回の必要性(公益)との比較考量を要するとしているほどである。
[3] しかるところ控訴人は、本件取消処分に同意していないことはもとより、指定医師の指定を受けるに際し何らの附款も付せられていなかつたし、また優生保護法及び同法に基づく命令により指定医師について定められた義務に違反したこともない。なお被控訴人らは、控訴人が指定医師につき定められた人格要件に対し重大な違反行為をした旨主張するようであるが、そもそもは同法は人格上の品位保持をもつて指定医師の要件として定めていないから、仮に医師の品位を毀損する行為があつたとしても、医師法に基づく処分をすれば足りるはずであり(厚生大臣は、昭和54年6月8日控訴人に対し本件取消処分事由と同じ事由により医業停止6ケ月の処分にした。)、重ねて指定医師の指定を取消す処分まですることは許されない。その上、控訴人の行為は優生保護法の目的や規定に違反するところはなく、たとえ他の法律に違反しているとしても、それは生命を奪われるおそれのある胎児を救済する大きな法益を守るために小さな法益を犠牲とせざるをえなかつたという特殊事情が介在するのであり、本件以外の場面では控訴人は法を遵守しており、人格面について不適格であるとの判定を受けるいわれはない。また優生保護法の予定する公益とは、関係者が希望し法規が定める要件を充たす限度において不良な子孫の発生を防止すること及び母性の健康を保護することに限られると解すべきであるところ、控訴人のなした実子あつせん行為はもつぱら胎児の生命と幸福を守る目的から出たもので、その手段につき医師法等の定めに違反する点があつたにせよ、優生保護法における目的や規定に違反していない以上そこで予定される公益に反することもないのである。

[4] 被控訴人医師会の本件取消処分と本件却下処分が重きに失し裁量権の範囲を逸脱してなされたものであることは、以下の事情に照らしても明らかである。
[5] 被控訴人医師会においては指定医師に対する指定取消処分をした事例はこれまで皆無であり、本件取消処分、本件却下処分により控訴人は半永久的に指定医師となる資格を奪われるのに等しい状態に陥るものであり、右各処分は、いわば極刑であつて、厚生大臣による医師法上の処分が医業停止6ケ月であつたことに対比しても,著しく重く且つ報復的な措置であり、比例原則に反する。しかも控訴人の実子あつせん行為は、指定医師としての立場をおいてなされたものではなく、医師としての立場においてなされたものであつて、人道的動機と善意に基づくもので、人道的立場からみて国民の一般的な感情も極めて同情的である。刑事処分も控訴人のなした複数の行為のうち1事例についてだけ略式命令による罰金刑を受けたにすぎず、法制審議会で特別養子制度立法化の検討を開始したことも主として控訴人の右行為による訴がそのきつかけとなつたものである。
[5] 優生保護法の立法経緯に徴すると、同法は高度の政策的配慮をもつて民主的団体としての公益法人都道府県医師会に対し指定医師の指定に関する権限(指定取消権をも含めて)を無条件且つ全面的に付与し、これに基づいて右医師会は他からのいかなる干渉も受けないで自己の責任において自主的に右権限を行使するものであり、自律権の作用として定款と規則を定め、これに準拠して適正妥当に右指定等を行つているのである。


[1] 当裁判所も控訴人の請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は次に付加訂正するほか原判決の理由説示と同じであるからこれを引用する。

[2] 原判決42枚目表4行目の「指定は」から同8行目の「場合には、」までを、
「指定は、医師であつても一般には禁じられている人工妊娠中絶手術を一定の要件のもとに行うことができる資格ないし地位を被指定者に付与するものであつて、この意味において授益的行政処分たる性質を帯有していることは否定し難いところである。しかし、被指定者の責に帰すべき事由によつて撤回の必要性、すなわち公益に適合しない事情が発生した場合には、医師会は、」
と改める。

[3] 同丁裏末行の「格段の」を「かかる違法性阻却事由ともいうべき要件の存否判断をするのにふさわしいだけの」と、同43枚目表1行目の「要求されようし」を「要求されているのは同法の趣旨に徴して当然のことであり」と各補正する。

[4] 同45枚目表2~8行目の挙示証拠中に、
「成立に争いのない甲第17号証、第21号証、第103号証の1ないし3、第104号証、第108号証、第111号証、第113ないし第116号証」
を加え、同46枚目裏7行目末尾に続いて、
「控訴人は、同年5月10日、同年9月1日、昭和49年4月7日に社団法人日本母性保護協会宮城県支部の役員、会員らと、同年3月24日に同協会本部役員との間で意見を交換したり、著書(「私には殺せない」昭和48年10月30日刊)を出したり、雑誌(「日本医事新報」昭和50年10月4日号、「ウーマン」昭和52年11月号、「政界往来」同年12月号ないし昭和53年2月号等)や新聞(朝日新聞昭和49年5月16日号、同年6月6日号、毎日新聞昭和50年10月10日号など)に投稿して、実子あつせん行為の支持及び実子特例法の制定を求めて広汎に実情や意見を発表した。また、控訴人からの取材に基づき、実子あつせん行為の実情や控訴人の意見を詳細に紹介する記事が雑誌(週刊文春、週刊女性、「私の赤ちやん」昭和49年11月号など)、新聞(朝日新聞昭和50年8月22日号、河北新報昭和52年10月24日ないし28日号など)に掲載された。」
を加える。

[5] 同53枚目表5行目末尾の「ない。」に続いて「また、右の公益背馳が控訴人の責に帰すべき事由に基づくものであることは明らかである。」を加える。

[6] 同53枚目裏7行目の「どのような手続を採用するかは、」の次に、「公正手続保障の原則に適合する範囲で」を加え、同面8行目の「もとより」から同10行目末尾までを削除する。

[7] 同54枚目表8行目の「先立つて」の次に「その審議の場では」を、同行の「ものの、」の次に
「前認定のとおり、控訴人は国会や日本母性保護協会で直接実子あつせん行為に関する実情や意見を開陳したほか、著書・新聞・雑誌等によりその考え方を公表するとともにこれが問責に対する弁明をなして来たのであるから、被控訴人医師会(右審議会)の構成員は控訴人の意見や弁明については十分これを了知し検討した上で本件取消処分をしたのは明らかである。したがつて、本件の場合は、控訴人が被控訴人医師会に対し直接弁明する機会を与えられなかつたとはいえ、公正手続の原則に反していないと解される。なお、控訴人は、」
をそれぞれ加える。

[8] 同56枚目表4行目の次に行を改めて次の説示を加える。
 以上を総括するに、当裁判所は胎児ないしは生まれ来る嬰児の生命を救おうという人道的動機と善意から本件の実子あつせん行為に出たのであるとの控訴人の弁明はそのとおりに受取つてよいと考える。しかし人工妊娠中絶の適期徒過後に控訴人を訪れる妊婦の多くが、控訴人から施術を断わられれば、自ら又は他の産科医のもとで胎児の生命を絶ち、或いは嬰児を殺害するに相違ないとする控訴人の判断は、それが何らかの経験とか伝聞に基づくものであるとしても、客観性のある裏付けや信頼するに足りる根拠を有するものとは言いがたいので、短絡的な思い込み、ないしは速断であると評さざるを得ない。仮に控訴人の判断に誤りがなく、実際殺害に至ることが憂慮される場合には、全力をあげて飜意するように説得すべきである。控訴人は、説得には力の限界がある、実子あつせんのような対策を示さない限り殺害に至るのを阻止することはできないというが、これも結局のところ同じく短絡的な手段選択と安易な事態収束であるといわなければならない。自分の戸籍を汚したくないとする妊婦の希望が全くの得手勝手であり、養親子関係を知られたくないとの貰い親の意向もさして理由のあるものではないのは明らかであるから、双方に対してその不心得と非を悟らせる努力を傾注し継続すべきである。控訴人の医師法違反、公正証書原本不実記載の所為は、その実体はこのような身勝手との安易な妥協の産物であるにすぎない。目的や心情に酌むべきものがあるにしても、そのための手段は違法なものであつてもよいということにならないのはいうまでもないところであるが、目的と手段の点を云々するのであれば、方便として妊婦を騙してでも出産までに至らせることも許されるのではないか。望まなかつた子でも、産んだ後は、何故あのように思つたのかと後悔する例が多いのはよく見聞きすることである。
 のみならず、原審における第1回控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は実親側に対しては貰い親の身許や子の所在を秘匿するとともに、貰い親に対しても実親の身許を秘匿し、しかも控訴人の手許にも実親子関係を証する記録を残していないというのである。その結果、将来その子が成長した暁において、実親を知りたいと望んでもこれを探知する手掛かりが全く得られなくなるわけであり、そのことが必ずや大きな精神的苦痛となるのは明らかであり、加えて血統を隠蔽し擬装することにより近親婚を生ぜしめ、悪性遺伝子の発現を助長する可能性もあり、この最後の点は優生上の見地から不良な子孫の出生を防止すると定める優生保護法上の目的にも背馳するのである。控訴人は、現状のもとでも実際上の近親婚を完全に防止することはできないと主張するが、たとえそうであるからといつて、控訴人の行為が是認される理由とならないのは自明である。また、貰い親の実子として戸籍上記載されても、後にこれが虚偽であると判明した場合、子供が法律上極めて不安定な地位におかれることは、前示参議院法務委員会で指摘のあつたとおりである。
 “生命を救うため”という言葉にのみ耽溺することはできないのである。
 このように、控訴人の下した判断と採つた手段には多くの疑問や誤りがあり、控訴人の行為が将来に対して大きな禍根を残すことになる公算多大であるというべきである。」
[9] 同56枚目表5行目の見出し番号「五」を「六」に、同面8行目の見出し番号「六」を「七」に各改める。

[10] よつて、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担については行政事件訴訟法7条、民事訴訟法95条、89条に従い主文のとおり判決する。

  (裁判官  輪湖公寛  小林啓二  木原幹郎)

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