産業廃棄物処分場設置不許可事件
第一審判決

産業廃棄物処理施設設置不許可処分取消請求事件
札幌地方裁判所 平成7年(行ウ)第11号
平成9年2月13日 民事第三部 判決

原告 有限会社愛康産業
   右代表者代表取締役 川村康博
   右訴訟代理人弁護士 松永辰男

被告 北海道知事     堀達也
   右訴訟代理人弁護士 山根喬
   右指定代理人    窪田敦明 外8名

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


一 原告の平成7年6月28日付け産業廃棄物処理施設設置許可申請について、被告が平成7年9月18日付けでした不許可処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

 主文と同旨。
[1]一 本件は、原告の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)15条1項に基づく平成7年6月28日付け産業廃棄物処理施設設置許可申請(本件許可申請)に対し、被告が平成7年9月18日付けで不許可処分をしたため、原告においてその不許可処分の取消しを求めた事案である。
[2] 原告は、平成6年3月10日、産業廃棄物の収集、運搬及び処理等を目的として設立された有限会社である。

[3] 原告は、別紙物件目録記載の土地に安定型の産業廃棄物処理施設を設置するため、平成7年6月28日、被告に対し、廃棄物処理法15条1項に基づき本件許可申請をした。

[4] 本件許可申請にかかる産業廃棄物処理施設(本件処理施設)は、廃棄物処理法15条2項各号に適合している。

[5] 被告は、平成7年9月18日、本件許可申請について、本件処理施設の設置計画場所(本件設置場所)が都市計画法8条1項1号に規定する第1種及び第2種の住居専用地域並びに学校教育法1条に規定する高等学校に近接しており、生活環境の保全上、不適当であること、本件処理施設の設置に関して、周辺住民の同意がないこと、また、地元釧路市との間で公害防止協定等が締結されていないことを理由として、不許可処分(本件不許可処分)をした。
[6] 本件の争点は本件不許可処分の適法性であり、この点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。

1 原告の主張
[7] 都道府県知事が廃棄物処理法15条1項の許可をしないことができるのは、許可申請にかかる産業廃棄物処理施設が同条2項各号に適合していない場合のみである。本件不許可処分は、本件処理施設が同条2項各号に適合しているのにもかかわらずなされたものであって、違法である。

2 被告の主張
(一) 産業廃棄物処理施設の設置許可に関する都道府県知事の裁量
[8] 都道府県知事には、許可申請にかかる産業廃棄物処理施設が廃棄物処理法15条2項各号に適合している場合であっても、生活環境の保全の観点から、当該処理施設の設置を不許可にする裁量が認められていると解すべきである。
[9] なぜなら、廃棄物処理法15条2項各号並びにこれに基づき定められた総理府令及び厚生省令は、廃棄物処理法の目的の一つである「公衆衛生の向上」の観点から、必要最小限の要件を全国一律に定めているものであるが、右要件のみでは、廃棄物処理法のもう一つの目的である「生活環境の保全」を達成することはできないからである。もっとも同法15条3項は、生活環境の保全上必要な条件を付することができる旨定めるが、同項によっても、申請者に事実上不可能なことを強いるような条件までも付し得るものではない。したがって、都道府県知事は、条件を付することによっては「生活環境の保全」という目的を達し得ない場合には、当該施設の設置を不許可にする裁量が認められていると解すべきである。
[10] また、都道府県は、地方自治法2条3項1号及び7号に例示されているとおり、普通地方公共団体自身の事務として、住民の安全、健康を保持し、公害防止その他の環境の整備保全を図るべき責務があるのであって、この観点からも都道府県の代表者たる知事に裁量が認められると解すべきである。
[11] さらに、産業廃棄物処理施設は、いわゆる迷惑施設と呼ばれているものであり、その設置に当たっては地域住民の理解が必要である。したがって、産業廃棄物処理施設の設置者と地域住民との利害の調整という観点においても、都道府県知事に裁量が認められていると考えるのが相当である。
(二) 本件不許可処分の適法性
[12] 本件設置場所は、都市計画法7条に規定する市街化調整区域内であるが、第1種及び第2種の住居専用地域に隣接しており、また、周辺500メートル以内には、高等学校、老人福祉センター、保育所など複数の文教・福祉施設が設置されている。このような場所に産業廃棄物処理施設を設置すれば、建設用重機の使用や廃棄物運搬車両の通行に伴い、周辺住民の生活環境や生徒の学習環境などに大きな影響を及ぼすことは必至であり、本件設置場所が産業廃棄物処理施設の設置場所として著しく不適当な場所であることは明らかである。
[13] 被告は、右の事情を考慮して、廃棄物処理法15条により都道府県知事に認められた合理的な裁量の範囲内で本件不許可処分を行ったのであり、本件不許可処分は適法である。
[14] 本件処理施設が廃棄物処理法15条2項各号に適合していることは、当事者間に争いがない。
[15] そこで、このような場合においても産業廃棄物処理施設の設置許可申請を受けた都道府県知事が不許可にできるか否か、すなわち同法15条1項の許可に関する都道府県知事の裁量について検討する。
[16] 廃棄物処理法は、15条1項において、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者は都道府県知事の許可を受けなければならないとし、また同条2項において、都道府県知事は、申請にかかる産業廃棄物処理施設が「厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合し」(同項1号)、かつ、「産業廃棄物の最終処分場である場合にあっては、厚生省令で定めるところにより、災害防止のための計画が定められているものであること」(同項2号)と認めるときでなければ、前項の許可をしてはならないと規定している。このような許可制は、従前の届出制から平成3年の法改正(平成3年法律第95号)によって改められたものであって、本来は自由であるはずの私権(財産権)の行使を、公共の福祉の観点から制限するものであるから、右許可に当たって都道府県知事に与えられた裁量は、申請にかかる産業廃棄物処理施設が法律に定める要件、すなわち、廃棄物処理法15条2項各号所定の要件に適合するかどうかの点に限られ、右各号の要件に適合すると認められるときは、必ず許可しなければならないのであって、この点に関する裁量は覊束されていると解すべきものである。
[17] 被告は,廃棄物処理法15条2項各号所定の要件は必要最小限の要件を全国一律に定めているもので、右要件のみでは生活環境の保全を達成することはできないし、同法15条3項により生活環境の保全上必要な条件を付することができるものの、申請者に事実上不可能なことを強いるような条件までも付し得るものではないから、条件を付することによっては生活環境の保全という目的を達し得ない場合には、当該施設の設置を不許可にする裁量が認められていると解すべきである旨主張する。

[18] 右のような被告の主張は、許可申請にかかる産業廃棄物処理施設の周辺の生活環境の保全について配慮しなければならない被告の立場においては、誠に理解できる内容であり、意見として傾聴に値するものといわなければならない。
[19] 殊に本件においては、証拠(検証の結果、山田和弘、乙2、11)及び弁論の全趣旨によれば、本件設置場所の周辺地域の状況として、次のような事実が認められるのである。
[20](一) 本件設置場所は、別紙「本件位置図」のとおりであり、都市計画法の第1種及び第2種の住居専用地域に近接し、周辺500メートル以内には、約1200戸の住宅があり、約3000人の住民が居住している。本件設置場所の境界線と最も近い民家までの距離は約10.5メートルである。
[21](二) 本件設置場所の周辺500メートル以内には、釧路星園高等学校、湖畔小学校、武佐児童館、武佐老人福祉センター、わかくさ保育園などの文教・福祉施設がある。本件設置場所の境界線と釧路星園高等学校の敷地までの距離は最も近い地点で約66.5メートルである。
[22] このように本件設置場所は住宅地に隣接し、またその近くには高校、老人福祉センター及び保育所等の複数の文教・福祉施設が存在するのであるから、ここに本件処理施設を設置すれば、建設用重機の使用や廃棄物運搬車両の道行に伴い、周辺住民の生活環境や生徒の学習環境などに大きな影響を及ぼすであろうことは十分に推認することができる。そして、このような状況において、単に条件を付すことのみによって生活環境を保全することができるかについては疑問が残ると言わざるを得ない。この点において、条件を付することによっては生活環境の保全という目的を達し得ない場合又は達し得ないおそれのある場合、当該施設の設置を不許可にする裁量が認められるべきである旨の被告主張は、十分に理解できるものである。

[23] しかしながら、前記一のとおり、廃棄物処理法15条1項の許可に当たって都道府県知事に与えられた裁量は、申請にかかる廃棄物処理施設が法律に定める要件に適合するかどうかの点に限られるのであって、右要件に適合すると認められるときは許可しなければならない性質のものなのである。
[24] このことは次の点からも明らかである。すなわち、産業廃棄物処理施設の設置については、前記のとおり平成3年法律第95号による改正によって届出制から許可制に変更されたものであるが、右改正前から存するとともに、その文言が「許可の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。」と、廃棄物処理法15条2項と全く同一である同法7条及び14条の許可の性質については、効果裁量がなく、所定要件に適合する場合は許可をしなければならないとの覊束裁量であるとするのが確立された解釈である(福岡高裁昭和59年5月16日判決・行裁集35巻5号600頁、名古屋地裁平成3年11月29日判決・判時1443号38頁、東京地裁昭和53年7月17日判決・判時908号62頁等)。そうだとすると、同一法律中の条文解釈としては、同法15条についても、所定要件に適合する場合は許可をしなければならないとの覊束裁量であると解するのが合理的である。

[25] 次に、被告は、都道府県は住民の安全、健康を保持し、公害防止その他の環境の整備保全を図るべき責務があるという観点から、また産業廃棄物処理施設の設置に当たっては地域住民の理解が必要であるので、産業廃棄物処理施設の設置者と地域住民との利害の調整という観点から、都道府県知事に効果裁量が認められていると考えるのが相当である旨主張する。しかしながら、被告の右主張は立法論としてはともかく、現行の廃棄物処理法の解釈としては前記のとおり採り得ないものであって、失当である。

[26] 次に、原告の行政指導不遵守と不許可処分の可否について検討する。

[27] 普通地方公共団体は、地方自治法2条3項1号及び7号に例示されているとおり、住民の安全、健康を保持し、公害防止その他の環境の整備保全を図るべき責務があるのであるから、廃棄物処理法の目的である生活環境の保全及び公衆衛生の向上をより一層確保する趣旨のもと、同法15条2項各号よりも厳格な指導指針等を定め、これに基づき産業廃棄物処理施設の設置者に対する行政指導を行うことまで否定されるものではない。また、産業廃棄物処理施設の設置者は、周辺地域の生活環境の保全及び増進に配慮する義務を負うのであるから(廃棄物処理法15条の4、9条の4)、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者においても、右のような行政指導に対して誠実に対応すべく、かかる指導の内容が法定要件でないからといって、これを軽視すべきでないのは当然である。
[28] このような点からすると現行法上、産業廃棄物処理施設の設置許可に関して、都道府県知事に与えられた裁量が許可申請にかかる産業廃棄物処理施設が廃棄物処理法15条2項各号に適合するかどうかの点に限られるにしても、行政指導に従わないまま許可申請することが権利の濫用と目されるような特別の事情がある場合は、不許可にすることも許されるとする考え方も十分にあり得る。そこで、このような特別の事情の有無について検討しておく。

[29] 証拠(甲2、4、12、13、17、乙1の1・2、10の1ないし3、加藤一夫、山田和弘)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
[30](一) 北海道は、廃棄物処理法15条2項が定める要件のみでは、生活環境の保全及び産業廃棄物の適正処理の推進を図るのに十分ではないとの観点から、産業廃棄物処理に係る指導指針及びその運用通知を策定し、産業廃棄物の最終処分場等を設置しようとする者に対し、同法による許可申請前に、関係市町村、関係住民及び北海道と事前協議を行うこと、関係市町村との間で公害防止協定等を締結すること、設置しようとする施設の所在地周辺概ね500メートル以内に居住する住民の同意を得ること、右施設の立地に関し、住宅地、文教施設、医療福祉施設などから概ね500メートル以上離れたところを選定すること、周辺地域の景観に配慮すること等を指導している。
[31](二) 原告代表者は、平成6年4月に釧路保健所を訪れた際、その職員から、本件処理施設の設置場所が第1種及び第2種の住居専用地域並びに高等学校から500メートル以上離れていないため、本件設置場所に産業廃棄物処理施設を設置しないよう指導を受けた。
[32](三) 原告代表者は、同月ころ、釧路保健所の職員等から、周辺住民の同意を各世帯毎に取得するようにとの指導を受け、住民同意の取得方法について、各世帯毎に回って取得するのが原則であるものの、説明会等の会場で各個人から取得する方法、あるいは町内会の総会等で住民の総意を得て代表者が同意する方法もあることの説明を受けた。
[33](四) 原告は、同年6月6日、住民の同意書を添付することなく、事前協議書を被告に提出した。
[34](五) 被告は、その後、原告に対し、指導通知書等により、釧路市と公害防止協定を締結すること、周辺住民との協議を行い、同意書の写しなど住民の理解を得たことを明らかにする書類等を提出すること、周辺住民と合意した搬入時間の制限や埋立方法等についての具体的対策を説明した書類を提出すること、その他施設構造の技術的事項等を指導した。これに対し、原告は、公害防止協定は釧路市に締結の意思がないのでできないこと、住民の同意書は添付できないこと、搬入時間制限等についての具体的対策の書類は住民からの返答がないのでできないこと、施設構造の技術的事項については指導のとおり修正すること等を答えた。
[35](六) 原告は、本件処理施設について住民の理解を得るための手段として、右設置場所付近の町内会長と数回交渉したほかは、平成7年2月19日に1回住民説明会を開いたのみであって、その他に説明会を開いたり、個々の家を回って説明したりすることはなかった。また原告は、1回開いた右説明会においても、本件処理施設について十分な説明をしなかった。
[36](七) 本件処理施設から概ね500メートル以内においては、世帯数は約1200世帯、住民数は約3000名であったが、その殆ど全員が本件処理施設の設置に反対の意見であった。また平成6年12月には右周辺住民の大多数を含む約3万2000名の本件処理施設反対の署名簿が被告に提出された。
[37](八) 原告は、平成7年6月28日、被告指導にかかる釧路市との公害防止協定の締結及び周辺住民からの同意の取得は困難であるとして、本件許可申請を行った。

[38] 右事実によると、本件許可申請に関する北海道の行政指導は、本件設置場所が前記二2(一)(二)のような場所であることからすれば、都道府県の行う行政指導として不適切なものではないということができるのに対し、原告の住民の理解を得るための努力は、町内会長と交渉するほかは、住民説明会を1回開催したに止まるものであって、北海道の行政指導に誠実に対応していたといえるかどうかかなり疑問であると言わざるを得ない。
[39] しかしながら、一方では、釧路市は原告と公害防止協定を締結する意思がなく、また本件処理施設から概ね500メートル以内の住民数約3000名はその殆ど全員が本件処理施設の設置に反対の意見であり、しかも平成6年12月には周辺住民の大多数を含む約3万2000名の本件処理施設反対の署名簿が提出されている状態であるから、原告としては被告の右の点に関する行政指導に従うことが客観的に不可能であるともいい得る状態であって、このような立場の原告としては、被告の行政指導に従わないまま許可申請することもやむを得ないところがあるということができる。そして、原告は、施設構造の技術的事項については行政指導に応じていることが認められ、これらを総合すると、本件許可申請においては、権利の濫用と目されるような特段の事情があるとまでは認められない。

[40] 廃棄物処理法15条1項の許可は、同条2項各号所定の要件に適合する限り許可しなければならない覊束裁量であり、しかも本件処理施設が廃棄物処理法15条2項各号に適合していることは当事者間に争いがなく、加えて被告の行政指導に従わないまま許可申請することにつき権利の濫用と目されるような特段の事情があるとまではいえないのであるから、本件許可申請を不許可とすることはできないものであって、被告の本件不許可処分は違法である。
[41] 思うに、確かに、被告主張のように、単に条件を付することのみによっては生活環境の保全という目的を達し得ない場合があることも十分あり得るものと言わなければならないし、本件においても、前記のような本件設置場所に設置される本件処理施設については廃棄物処理法15条3項の条件を付することだけでは生活環境の保全という目的を達し得なかったり、達し得ないおそれのあることが認められるものである。このようなことを考えると、生活環境の保全という重要な目的を、単に条件にかからせることによってのみ達成しようとしている廃棄物処理法15条は、立法当時はともかく、現在においては、法の不備と評価されてもやむを得ない面があるというべきである。したがって、このような法の不備を自らの措置で回避しようとした被告の努力はそれなりに評価されるべき意味合いを有している。しかしながら、廃棄物処理法15条2項所定の要件に適合する産業廃棄物処理施設の設置を不許可にすることは、同法の解釈上できないのであって、被告の本件不許可処分は、同法の解釈を誤った違法なものと言わざるを得ない。
[42] 以上によれば、本件不許可処分は違法であり取り消されるべきであって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

  (裁判長裁判官 一宮和夫  裁判官 伊藤雅人  裁判官 小原一人)

別紙 物件目録〈省略〉

別紙 本件位置図
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