品川マンション事件
控訴審判決

損害賠償請求控訴事件
東京高等裁判所 昭和53年(ネ)第2086号
昭和54年12月24日 民事第15部 判決

控訴人 (原告) 合名会社中谷本店
         右代表者代表社員  中谷春枝
         右訴訟代理人弁護士 浅井和子

被控訴人(被告) 東京都
         右代表者知事    鈴木俊一
         右指定代理人    半田良樹 中村次良

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決を次のとおり変更する。
 被控訴人は、控訴人に対し、金213万9718円及びこれに対する昭和49年7月11日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
 控訴人のその余の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを10分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。


 控訴代理人は、
「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金3,000万円及びこれに対する昭和49年7月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、被控訴代理人は、
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。

 当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決2枚目裏10行目に「同二項」とあるのを「同三項」と、9枚目裏8行目に「行政指導」とあるのを「行政需要」と各訂正する)。
 控訴人は請求を減縮し、金3,000万円及びこれに対する本件不法行為時の後であり、かつ損害発生の日(金3,000万円の支出を余儀なくされた日)の後である昭和49年7月11日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

[1] 請求原因1ないし3の事実及び谷口主事が昭和48年1月5日の時点において、本件マンション建築計画の建築関係法令適合性の審査に関する限りその事務処理を終え、確認通知をすることが可能であったこと、それにも拘らず同主事が控訴人に対し本件確認通知を同年4月2日に至るまでなさなかったことは当事者間に争いがない。

[2] そこで、谷口主事が昭和48年1月5日以降同年4月2日に至るまでの間本件建築確認通知をなさなかったこと(以下「本件確認の留保」という)の適否について判断する。

[3](一)1 法6条3項により建築主事の確認の対象となるのは、当該建築計画の関係法令適合性の有無のみであり、建築主事は当該計画が関係法令に適合している以上は、法の定める場合(たとえば法29条、33条など)を除いて、確認するか否かの裁量を有するものではない。従って、関係法令適合性を認める以上、建築主事が確認を留保することは原則として違法である。
[4] 次に、法6条3、4項が建築主事において確認又は不適合の通知をなすべき期限を、確認申請を受理した日から21日(ただし同条1項4号の建築物については7日)と法定していることについて検討するに、法が右のような期間制限を設けた趣旨は、およそ建築物は国民の日常生活あるいは営業活動等の基盤をなすものであり、建築の自由は基本的人権に属しているから、建築確認の制度を設け、しかもこれに違反する者に対しては罰則(法99条1項2号)をもって臨み、右の自由を規制する以上、右手続に要する期間は確認の事務処理のため必要不可欠なものに限られるべきものとしてこれを法定し、建築主事が右期間内に確認申請についての応答を迅速にすべきことを求めているのであると解される。そして右応答期限を明文により画一的に定めているのは、建築時期の選択について、法はなんら規制をしていないから、国民は建築すべき時期を自由に決定して着工することができ、しかも建築するに当っては、建築資金の調達、建築工事期間中の代替住居、営業場所の確保等を事前に準備・計画する必要があり、そのためには工事開始時期が前もって目途がつかなければならない、という実際上の必要をも配慮したものと解される。そして、以上の期間制限を設けた趣旨は、単に前述の法6条3項、4項における確認又は不適合の通知をなすべき期限の定めにとどまらず、法94条2項に掲げる不服申立に対する裁決についても明文による期限の定めを設けていることにおいても現われている。
[5] 以上のところからすれば、法6条3項及び4項の期間制限の規定をもって単なる事務処理上の訓示規定と解することはできない。従って、右期限を超える建築主事の不作為は原則として違法である。
[6] しかしながら、法6条4項後段が所定の正当な理由ある場合についていわゆる中断通知をなすことにより、右期限の延長を許容している趣旨に徴すると、右期限はあらゆる場合に例外を許さない建築主事に対する絶対的な期限とまでは解すべきでなく、建築主事が法定の期限内に応答しないことについて、社会通念上合理的、かつ、正当と認められるような事情が存する場合においては、中断通知をした上で、その事情が存続している間、応答を留保することは、これを違法ということはできないと解される(従って、中断通知がなされたというだけで、右の事情の存否にかかわりなく、建築主事の不作為をもって違法とならないとすべきものではない)。もっとも法6条4項後段に定める正当の理由は関係法令適合性の審査それ自体に関するもののみを規定しているが、以上にとどまらず、形式的には応答することが可能であっても、建築主事が直ちに応答しないことがむしろ法の趣旨目的からも社会通念上からも相当であると認められるような事情の存する場合には、同項に準ずる正当な理由があるものとして違法ということはできないというべきである。本件に即していえば、当該建築計画をめぐって建築主と近隣住民との間にいわゆる建築紛争を生じ、これを解決するための関係地方公共団体又は行政庁の行政指導(法は、申請にかかる当該建築物が関係法令に適合していることを確認することを通じて、当該建築物のみならず同建築物を含む附近一帯の住環境の維持向上を図ることを、その趣旨・目的としていると解されるから、前記紛争につき地方公共団体又は行政庁が両者の間を調整し紛争を解決すべく当事者の任意の協力のもとに行政指導をすることは、むしろ行政機関としてその責務であるといえる。)が行なわれている場合であって、その行政指導について当該建築主において任意に協力、服従していると認められる限りにおいて、建築主事が形式的に確認することが可能であっても応答を留保することは法6条4項に準ずる正当な理由があると解するのが相当である。建築確認の際における行政指導において、当該建築主の行政指導に任意に従う意思の有無がかように重視されるのは、ひっきょう建築主事の応答期限についての定めの趣旨・目的がすでに判示したとおりである以上、右意思を欠く場合は法の趣旨・目的に沿うものということはできず、法6条4項に準ずる正当な理由ある場合にあたるとはいえないからである。
[5] 被控訴人は、日照等環境保全を目的とする行政指導は法1条に基づくものであるから適法であるとして、建築主の任意の服従の有無を問わないもののように主張するが、以上によりその理由がないこと明らかである。また被控訴人に、右のような行政指導は日照規制の如き適切な法律規制の欠如を補いつつ行政目標を達成する応急策として是認さるべきであると主張するが、法の不備を補うため行政指導の必要な場合があることは一般論として肯認し得るとしても、本件の場合は、行政指導に対する申請者の任意の協力、服従があってこそその間の確認の留保が違法とならないのであるから、この点を除外して、行政指導の是非をいうべきではない。
[6] 従って右のような正当な理由がない限り、建築主事の不作為(確認の留保)は違法である。

[7](二) そこで、以上のような見地から本件確認の留保について検討する。
[8] 控訴人が谷口主事に対し昭和47年10月28日本件マンション建築確認申請をした前後から谷口主事が同48年4月2日控訴人に対し確認通知をなすまでの間の経緯についてみると、被控訴人主張1(一)ないし(八)及び(一一)の事実(原判決5枚目裏5行目から8枚目表6行目までと8枚目裏8行目から10行目まで)並びに同48年3月30日、控訴人と附近住民との間で話し合いがつき同日開かれた都建築審査会において、控訴人の代理人である浅井和子弁護士は、「話し合いがついたので建築主事が確認処分をなすなら審査請求を取り下げる」旨、谷口主事において、「附近住民との話し合いがついたのなら確認する」旨それぞれ述べたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして、《証拠略》によると、控訴人は、本件マンションの建築予定地で以前よりその系列会社である丸中木材有限会社が営業をしていたこともあって、本件マンション建築については近隣住民との間に日照等をめぐって紛争を生じないよう当初から気を配り、建築確認申請をする前から附近住民にあいさつ回りをするなどしていたのであり、前記のように被控訴人の紛争調整担当職員による行政指導が昭和47年12月以降行われてからは、附近住民と十数回にわたり話し合いを行ない、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに被控訴人側の適切な仲介等を期待したこと、ところで、被控訴人は昭和48年2月15日に同年4月19日実施予定の各地域ごとに建物の高さを制限する「高度地区指定」の告示案(以下「新高度地区案」という。)を発表し、右2月15日以降の行政指導の方針として、いわゆる駆け込み申請等に対処するため、右時点で確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と附近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、被控訴人担当職員は前記のように同年2月23日被控訴人を訪ねた控訴人代表社員中谷健に対し右に沿う説明をなし,設計変更による協力を依頼するとともに、附近住民との話合いを更に進めることを勧告したこと、控訴人としては、前記のように附近住民との協調を図るべく望んでいたこところから、被控訴人側の行政指導に応じて住民との話し合いに努めて来たが、相当期間を費しても実質的な進捗を見るに至らなかった上、前記の新高度地区案が発表され、これを契機として被控訴人側から前記のような行政指導を受けたので、このまま住民との話し合いをすすめても新高度地区案の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなければ確認処分が得られないとすれば、新高度地区案の高度制度により本件建築について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を蒙る虞れがあるとの判断のもとに、もはや確認の留保を背景として附近住民との話し合いを勧める被控訴人側の行政指導には服さないこととし、よって前記のように同年3月1日受付をもって「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の本件審査請求を東京都建築審査会に提起したものであることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
[9] 以上の事実によれば、控訴人が本件審査請求をなす時点までは、控訴人は被控訴人側の行政指導に任意に協力、服従していたものと認めるを相当とするから、その間の谷口主事の確認の留保は正当な理由があって違法とならないと解されるけれども、右審査請求をなすことにより被控訴人側の行政指導に服さないとの控訴人の意思が明らかにされたと認められる以上、それ以降の谷口主事の確認の留保は正当な理由がなく違法なものといわねばならない。もっとも、前記のように控訴人は右審査請求後も住民との交渉を続け、その結果同年3月30日話し合いがついて右請求を取下げているのであるが、前記認定事実及び《証拠略》によれば、控訴人としては、本件審査請求をなしたものの、実際問題として、被控訴人の前記方針のように住民との紛争解決がなければ確認処分を得られないとすれば、審査請求に対する裁決を待つのみでは、結局新高度地区案実施前に本件建築に着工できず、従って新高度地区案による高度制限を受けざるを得なくなる虞れがあるため、やむなく住民との話し合いをすすめて金銭補償をなすことによる解決をしたものであることが認められるから、被控訴人側の行政指導に任意に協力、服従したというものではないこと明らかであって、谷口主事の前記不作為の違法性に何ら消長を来すものではない。
[10] 以上の説示から明らかなように、本件確認処分の遅れについて控訴人が承諾していたとの被控訴人の主張は、昭和48年3月1日以降の分については理由がない。

[11] 谷口主事が被控訴人の公権力の行使に当る公務員であることは弁論の全趣旨により明らかであり、前示のとおり昭和48年3月1日以後は違法に本件確認を留保したものと解すべきところ、右留保により控訴人の本件マンション建築の着工ひいては完成が遅延を余儀なくされることは当然認識しえたはずであるから、右遅延により控訴人の受けた損害にして通常生ずべき損害は被控訴人においてこれを賠償する義務がある。

[12] そこで次に、損害の点について判断する。

(一) 請負代金増加額について
[13] 控訴人は、控訴人は昭和47年12月初旬株式会社奥村組に本件マンション建設工事を代金3億3,100万円で請負わせたが、前記建築確認処分の遅滞により着工もそれに従って遅れ、折からの建築資材の急騰もあり右奥村組からの金2,450万円の請負代金の増額請求に応ぜざるを得なくなり、同49年7月10日右増額分を右奥村組に支払い、これと同額の損害を被ったと主張するが、《証拠略》によると、控訴人と株式会社奥村組との間で昭和47年12月初め頃代金3億3,100万円とする本件マンション建築請負契約が締結されたこと、奥村組では一般に工事着工と同時に資材の発注をしているが、本件においても建築確認処分がなされ工事に着工した昭和48年4月に右発注がなされたこと、本件建物の如き鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物の建築資材の価格は、昭和47年10月頃まではほぼ横這いの状態であったが、同年11月頃から急騰し、その上昇傾向は一貫して継続したので、奥村組は本件工事着工の昭和48年4月の段階では当初の請負契約締結時に比し資材価格の著しい上昇があるとして、控訴人に代金増額方を請求し、同年6月控訴人と奥村組との間で2,450万円の増額をなす旨契約したこと、もっとも右資材価格は昭和48年3月と4月との間で見ると右上昇傾向の線上にあるとはいえさしたる大差があるものともいえないことが認められるのであるから、本件確認の留保が違法として責めらるべきが前記のように昭和48年3月1日から4月1日までの間であることに鑑みると、仮りに3月1日に確認処分がなされたとしても、右のような増額を避け得たものかどうか、或る程度避け得たとしてどの程度の額を相当とするかを確認するに足る資料はない。従って、控訴人の増額及びその支出と本件確認の留保との間に因果関係があるものとは認められず、控訴人の前記損害の主張は採用できない。

(二) 金利相当損害金について
[14] 本件のような建物の建築に当りその資金を金融機関等から借受けることは通常あり得べきところであるが、《証拠略》によると、控訴人は本件マンション工事代金の資金として、昭和47年10月31日丸中木材有限会社から利息年8.3パーセントの約で金4億円を借り受け、最終的には本件建築代金として4億円を前記奥村組に支払ったこと(右会社は株式会社四国銀行の保証料年利0.3パーセントとする支払保証のもとに、年利8パーセントの約で第一生命相互保険会社から借り受けた金員を控訴人にそのまま転貸したものであること)が認められる。ところで、他からの借受金を建築資金として本件マンションのように賃貸を目的とする建物を建築しようとする場合、建築工事の完成が遅延するときは、建物の完成により得べかりし賃貸料その他の営業収益のうち右遅延期間に対応する収入はこれをあげることはできないため借受金に対する弁済が遅れ、したがって借受人はその間の金利支払いの負担は免れないところ、特段の事由のないかぎり、右金利負担増加分は工事遅延によって通常生じる損害ということができ、この場合、弁済期の延長を余儀なくされる期間の長さは工事遅延のそれと同じであると解される。本件において控訴人は、被控訴人の前記違法な確認処分の遅延に相当する期間工事完成の遅延を余儀なくされ、その間工事代金相当額に対する金利(借受けにかかる約定金利から昭和48年4月当時における銀行普通預金に預けることにより得られる年利2.2パーセントの金利相当分を控除したもの)の負担増加を余儀なくされたというべきであるから、結局において控訴人の被った損害は次のとおりとなる。
損害額=400,000,000(円)×(0.083−0.022(%))×32(日)÷365=2,139,178(円)(円未満切捨)
[15] よって控訴人の本訴請求は、右金213万9,178円とこれに対する本件不法行為後である昭和49年7月11日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法96条、92条を適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 田中永司  裁判官 宮崎啓一 岩井康倶

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