八幡製鉄政治献金事件
第一審判決

取締役の責任追及事件
東京地方裁判所 昭和36年(ワ)第2825号
昭和38年4日5日 民事第8部 判決

原告 有田勉三郎
被告 小島新一  外1名

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由

■ 参照条文


一、被告両名は八幡製鉄株式会社に対し、連帯して、金350万円及び右金員に対する昭和35年3月14日より支払済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
二、被告両名は、連帯して、訴訟費用を支払え。

 主文同旨
 請求棄却
[1] 被告両名は、昭和35年3月14日当時、訴外八幡製鉄株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役であつた。

[2] 被告両名は、前同日、訴外会社の名において、自由民主党に対し、政治資金として金350万円を寄附した。

[3] 被告両名の右行為(以下本件行為という)は、商法第266条第1項第5号にいう「法令又ハ定款ニ違反スル行為」に当る。
[4] 即ち、本件行為は、訴外会社の定款所定の事業目的(同定款第2条――本会社は鉄鋼の製造及び販売並びにこれに附帯する事業を営むことを目的とする)の範囲外の行為であるから定款に違反する行為であり、同時に商法第254条の2所定の取締役の忠実義務に違反しているから法令に違反する行為である。従つて、訴外会社は、本件行為により、金350万円及び遅延損害金として右金員に対する行為当日以後支払済に至るまで民事法定利率年5分の割合による金員の損害を蒙つていることになる。
[5] 請求原因第1項の事実を認める。

[6] 同第2項の事実を認める。

[7] 同第3項については、訴外会社の定款所定の事業目的が原告主張の通りであることは認めるが、本件行為が商法第266条第1項第5号に当る行為であり、従つて訴外会社がそれによつて原告主張の損害を蒙つている旨の原告の見解は争う。
1 原告の主張事実
[8] 原告は、昭和35年12月17日の6ケ月前より引続き訴外会社の株主であるが、同会社に対し、右同日同会社に到達した書面を以て、本件行為について被告両名に対して取締役としての責任を追及する訴を提起すべきことを請求した。しかし、訴外会社は右の請求の日より30日内に右の訴を提起しなかつた。

2 被告の認否
[9] 右事実を認める。


[1] 一、請求原因第1、2項及び同第3項中訴外会社の定款所定の事業目的に関する各事実については当事者間に争いがない。しかし、本件行為が商法第266条第1項第5号の行為に当るか否かについて、当事者間に見解の相違があるので、この点に関する当裁判所の判断を左に示す。

A 定款違反について
[2] 取締役が定款所定の事業目的の範囲外の行為をなしたときは、その行為は定款に違反する行為と認めるべきことは明らかである。従つて、本件では、本件のような政治献金行為が果して訴外会社の所謂鉄鋼業という事業目的の範囲内であるか否かが決定されなければならないことになる。
[3] そこで、特定の行為が特定の事業目的の範囲内であるか否かを判定する一般的な認定基準が樹てられなければならない。ところで、凡ての行為は、取引行為乃至営利行為と非取引行為乃至非営利行為とに二大別されるから、そのそれぞれについて右の認定基準が考察されなければならない。
[4] 特定の行為が取引行為である場合の認定基準については、既に多くの判例、殆んど一致した見解、即ち、事業目的の範囲内の行為とは、目的を直接に遂行する行為及び定款の記載自体から観察して客観的抽象的に目的遂行上必要であり得る行為をいう、とする見解をとつている。
[5] この見解を表明する判例は、通常その認定基準を取引行為の場合に限ることを明言していないけれども、この基礎が凡て何らかの取引行為が問題となつた際に判示されたものであり、且つ会社乃至株主の利益と取引の相手方の利益即ち取引の安全との調節をはかつた結果であることを考え合せると、取引行為に関する場合の認定基準として妥当なものと云うべきである。
[6] 又、右の基準は、会社は定款所定の事業目的の範囲内の行為のみをなす権利能力を有するとする前提の下に、特定の行為が特定の事業目的を有する会社の権利能力に属するか否か、従つてその会社の行為として有効か無効かを決定するに際して、示されてきたものであるが、本件のような取締役の責任発生原因としての定款違反行為の有無を決するに際しても採用されるべきものであり、後者の場合に前者の場合と異る認定基準をとるべき特別の理由はないものと考える。
[7] 特定の行為が非取引行為(こゝに非取引行為とは会社が無償で財産を出捐し又は債務を負担する行為をいう。但し、法形式上右のような行為であつても、それが一連の取引活動の過程における一如としてこれに対する経済的対価が期待されている場合は、当然取引行為の範疇に属するものと認めるべきである。)である場合の認定基準については、従来殆んど論じられることがなかつた。
[8] まづ、商法第52条によれば、会社は営利の追求を目的とする社団である。即ち会社の定款所定の事業目的は凡て営利性を有すべきものであり、いわば、凡ての会社は個々の事業目的を有する以前にその前提として営利という一般的大目的を有し個々の事業目的はこの営利の目的を実現するための手段に過ぎないというべきである。従つて、営利の目的に反する行為は、個々の事業目的が何であるかを問うまでもなく、当然に凡ての事業目的の範囲外の行為と云わなければならない。
[9] 次に、非取引行為においては、会社乃至株主は端的に会社財産を失うだけであり、その対価として得るものは何もない。取引行為においても、結果的に経済的対価の得られない場合も生じ得るけれども、それは取締役が経営者としての判断を誤つたこと等に起因するのであつて、本来は対価乃至利益を予想している。これに反して、非取引行為の場合は、本来対価を予想していないのであるから、それは常に営利の目的に反する行為と云うべきである。
[10] 従つて、非取引行為の場合は、取引行為の場合と異り、何等かの認定基準を樹てる必要がないことになる。即ち特定の事業目的が何であるか、又は当該非取引行為がその事業目的を遂行し又は遂行するのに必要な行為であるかなどについて検討するまでもなく、凡ての非取引行為は、営利の目的に反することによつて、凡ゆる種類の事業目的の範囲外にあると云わなければならない。

B 忠実義務違反について
[11] 取締役が凡そ定款違反の行為をなすときは、それだけで直ちに忠実義務に違反しているものと云うべきであるが、更に取締役の会社に対する忠実義務の具体内容の重要な一として、会社の資本を維持し充実させるべき義務がある。従つて、取締役が会社の財産を事業目的の範囲外の行為、殊に営利の目的に反する行為によつて使用することは許されない。それ故取締役は、凡そ非取引行為をなすときは、忠実義務に違反するものと云うべきである。

[12]二、右に述べたように、取締役のなした凡ての非取引行為は、定款違反且つ忠実義務違反の行為として、取締役の損害賠償責任の発生原因となるのであるが、例外的に、取締役がその責任を問われない場合が考えられる。
[13] それは、取締役が当該非取引行為をなすことに対して、総株主の同意が期待される場合である。商法第266条第4項は、同条第1項の責任を総株主の同意のある場合に限つて免除することを規定しているが、その趣旨は、会社への出資者である株主の全員が財産的損害を受けることを甘受する以上、その限度において営利の目的は排除されたものとして、取締役の責任を追及する必要はないことにあるものと解することができる。右の法意に従えば、現実に総株主の同意が得られるか否かに拘りなく、総株主の一般社会人としての合理的意思によれば当然その同意を得られることが期待できるような行為は、たとえ非取引行為であつても、取締役の責任発生原因とならないものと解すべきである。それらの非取引行為とは、例えば、天災地変に際しての救援資金、戦災孤児に対する慈善のための寄附、育英事業への寄附、純粋な科学上の研究に対する補助等々である。これらの行為は、一言にして言えば、一般社会人であれば何人も、他人がその行為をなすことに対して反対しないのみならず、自らも資力に余裕のある限り、そのための多少の財産的支出を忍んでも、それをしたい又はすべきだと感ずるような性質の行為、いわば社会的義務行為である。
[14] なお、附言すれば、たとえ右のような社会的義務行為であつても、一般社会人のそのためになしうる財産的支出には、それぞれの具体的場合について、合理的な限度が考えられる。同様に会社の場合においても、総株主の合理的意思が許容し得る支出の限度がなければならない。従つて、取締役が右の限度額以上の支出をなした時は、総株主の同意は期待できない訳であるから、その取締役は責任を問われなければならないことになる。

[15]三、そこで、本件のような特定政党に対する政治資金の寄附という行為の性質を検討すると、それはまず取引行為ではなく非取引行為であることは明らかであり、しかも、非取引行為のうちの右に述べた例外の場合には当らないものと考えるべきである。
[16] 即ち、本件行為は、自由民主党という特定の政党に対する政治的活動のための援助資金であるから、特定の宗教に対する寄附行為と同様に、到底右に掲げたような一般社会人が社会的義務と感ずる性質の行為に属するとは認めることができない。政党は、民主政治においては、常に反対党の存在を前提とするものであるから、凡ての人が或る特定政党に政治資金を寄附することを社会的義務と感ずるなどということは決して起り得ない筈である。しかも、このことは寄附額の多少によつて変ることはない。従つて、本件行為は、右の例外的場合に属しないものと言わなければならない。
[17] 以上の判示によつて明らかな通り、被告両名の本件行為は定款違反且つ忠実義務違反の行為として商法第266条第1項第5号に当るものと認めるべきである。

[18]四、被告は、会社は法人という社会の一人格者として実在し、企業活動以外の営利の目的を離れた一般社会人としての生活領域を有し、会社も社会人としてなすことを必要とする行為はすることができる旨を主張し、本件行為のような政治献金は、一般個人のほか法人その他の各種団体において長年の慣行となつていること、法律(政治資金規正法第22条、公職選挙法第199条以下、殊に第199条の3、法人税法第9条第3項等)も右慣行を是認していること、政治資金の寄附は公益に奉仕する行為であること等を理由として挙げて、会社が社会人としてなす必要のある行為であると主張している。
[19] しかし、会社が一人格者として社会に実在することは認められるけれども、それ故に直ちに会社が自然人である一般社会人と同様の生活領域と権利能力を有すると結論することはできないし(会社の権利能力の範囲を論ずるに当つては、既に社会に実在する会社という人格者に対してどの程度の権利能力を与えるべきかが問題となるのであり、それは各国の立法政策の問題であつて、実在するから当然権利能力があるということにはならない。)、又、たとえ被告の主張するように、会社が営利の目的を離れた生活領域を有するとしても、それは権利能力の面でその生活領域での行為も会社の行為として有効となるというだけのことであつて、その行為をなした取締役の定款違反乃至忠実義務違反の責任を免除する理由とはなり得ないものである。
[20] 又、政治献金が一部の会社にとつて長年の慣行となつていることは認められるけれども、その数は会社全体の数からみればごく少数であり、未だ一般の慣行と認めるに至つていないことは顕著な事実であり、又慣行となつていたとしても、そのこと自体は取締役の責任を免除する理由となるものではない。
[21] 更に、特定政党に対する政治献金が常に反対者のあることが予想される行為であり、従つて公益に奉仕する行為であるとは言い難いことは、既に述べた通りである。
[22] なお、前記の法律中には、会社が政治献金をなす場合を予想した規定があることは、被告の主張の通りであるが、これらの法律は、例えば、選挙の公正のために政党への献金を規正することを目的とし、又は寄附金一般の税法上の取扱を定めることを目的としたものに過ぎず、これらの規定が存在することをもつて、取締役の前記責任が免除されるものと解することはできない。それは当然商法上の見地から決すべき事柄である。

[23]五、被告両名の本件行為が商法第266条第1項第5号に当る行為である以上、被告両名は、訴外会社に対し、その蒙つた損害を賠償する義務がある。本件において、右の損害額は、本件行為により訴外会社より現実に支出された金350万円及び右金員に対する支出の日以後支払済に至るまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の合計額と認めるべきである。
[24] なお、この点について、被告は、本件行為が、原告主張のように、定款所定の事業目的の範囲外の行為であるとすれば、それは会社の権利能力外の行為として無効であるから、訴外会社は自由民主党に対して原告主張の損害額と同額の不当利得返還請求権を有することになり、結局同会社は何等の損害を蒙つていない筈である、と主張している。しかし、たとえ、被告主張のように、訴外会社が自由民主党に対して不当利得返還請求権を有するとしても、現実に会社が金員を支出し未だその返還を受けていない以上、会社は損害を蒙つたものと認めるべきである。勿論、訴外会社が自由民主党より金員の返還を受ければ、返還された額の限度において会社の損害額は減少することになるが、この点については被告の主張はなされていない。

[25]六、原告の当事者適格については、原告主張の事実によれば、これを認めることができるが、右事実については当事者間に争いがない。

[26]七、訴訟費用の負担について民訴法第89条、第93条適用。

  裁判官 伊東秀郎 武藤春光 宍戸達徳
第43条 法人ハ法令ノ規定ニ従ヒ定款又ハ寄附行為ニ因リテ定マリタル目的ノ範囲内ニ於テ権利ヲ有シ義務ヲ負フ
第644条 受任者ハ委任ノ本旨ニ従ヒ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ委任事務ヲ処理スル義務ヲ負フ
第166条第1項 発起人ハ定款ヲ作リ之ニ左ノ事項ヲ記載シテ署名スルコトヲ要ス
 一 目的
第254条第3項 会社ト取締役トノ間ノ関係ハ委任ニ関スル規定ニ従フ
第254条ノ2 取締役ハ法令及定款ノ定並ニ総会ノ決議ヲ遵守シ会社ノ為忠実ニ其ノ職務ヲ遂行スル義務ヲ負フ
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