ヒッグス・アラン事件
上告審判決

損害賠償請求事件
最高裁判所 平成4年(オ)第1928号
平成5年2月26日 第二小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) ヒッグス・アラン
    右訴訟代理人弁護士 美並昌雄 後藤貞人 氏家都子

被上告人(被控訴人 被告) 国
    右代表者法務大臣  後藤田正晴
    右指定代理人    吉川隆

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人美並昌雄、同後藤貞人、同氏家都子の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法9条1項の規定が憲法15条、14条の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1233頁の趣旨に徴して明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。その余の違憲の主張は、原判決の結論に影響を及ぼさない点につき原判決を論難するものであって、失当である。論旨は、いずれも採用することができない。

[2] よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭  裁判官 中島敏次郎  裁判官 木崎良平  裁判官 大西勝也)
[1]、国会議員の選挙権を有する者を日本国民すなわち日本国籍を有する者に限り、日本国籍を有しない者には選挙権を認めない公職選挙法第9条1項は憲法第15条、第14条に違反しないとした原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、破棄を免れない。
[2] 更に、本件訴訟は「外国人の選挙権」を問題とし、国民主権、選挙権といった憲法の民主主義の根本原理、基本的人権が争点となっているのであるから、より実質的で慎重な審理、判断をすることが裁判所の任務として要求される。しかるに、原判決は、国民主権等の本質に踏み込むことなく、上告人の主張立証について何ら実質的な判断をせずに短絡的に公職選挙法第9条1項は憲法第15条、第14条に違反しない旨の結論を導き出している。
[3] このことは、事実の認定及び法的判断をし直すべきである原審としての性格からみても、理由不備、審理不尽の違法があることは明らかであり破棄は免れない。

[4]、原判決は、まず「国民主権」における国民は「国籍保持者」に限定されないとの上告人の主張に対し
「……公務員の選定罷免権は、国民主権原理に照らし、その権利の性質上、日本国民のみをその対象としていることは明らかであるから、右の権利の保障は外国人には及ばないものと解する」
とし、更に
「参政権は、国の政治に参加し、国家意思の形式に参画する国民固有の権利であるから、その性質上、日本国民のみに与えられるものといわざるをえず、……定住外国人であるからといって参政権を付与すべきことが憲法上の要請であると解する余地はない」
旨判示している。
[5] しかし、右原判決は憲法15条における「国民」及び「国民主権原理」における国民の解釈を誤ったものであり、更に、右判断を根拠づける説得力ある理由を何ら示さないまま、「国民主権の原理から日本国籍のない外国人に選挙権が保障されないのは自明の理」である旨結論づけており、理由不備、審理不尽の違法がある。

[6]、更に、原判決は
「仮に憲法第15条にいう「国民」に外国人が含まれる余地があるとしても、……憲法第44条は国会議員の選挙については選挙権を行使しうる者の資格を公職選挙法に委任しており、同法は、日本国民(日本国籍を有する者)に限定している。そして、この限定は、外国人が帰化の要件を充たさず、あるいは充たしても帰化を望まず他国に国籍を有しその国の対人高権に服している以上不合理な区別とはいえないから、右法律が憲法第15条に違反しているとはいえない」
旨判示している。
[7] しかしながら、憲法第15条の「国民」に外国人も含まれうる(外国人にも選挙権が認められうる)ことを前提としながら、その下位法である公職選挙法で選挙人の資格を日本国籍を有する者に限定し、すべての外国人を一律に排斥することは、何ら合理的な根拠はなく憲法第15条に違反するものである。しかるに原判決は「外国人には帰化する方法があるから、選挙権が欲しければ帰化すればよいのであって、何ら不合理な区別とはいえない」旨判示しているが、右見解は不当である。
[8] 憲法第15条で「外国人」に選挙権を保障したということは正に「日本において外国人として生活する自由」を保障した上で選挙権をも保障したものと解すべきである。外国人として生活する自由を放棄しなければ選挙権も与えられないとすれば、憲法第15条で選挙権を保障した趣旨を没却し、ひいては外国人の幸福追求権(憲法第13条)をも侵害するものである。原判決は憲法第15条、第44条の解釈を誤ったものと言わざるを得ない。
[9] 上告人は原審において国会議員の選挙権を有する者を日本国民すなわち日本国籍を有する者に限り、日本国籍を有しない者には選挙権を認めない公職選挙法第9条1項は、憲法第15条1項、第14条1項に違反する旨主張してきたが、右主張を左記の通り整理する。
(1)、外国人の人権
[10] 憲法上の基本的人権の保障が外国人にも及ぶかについては、憲法の保障する権利の性質によって外国人にも適用されるか否かを区別するとする権利性質説が通説・判例である。しかし、自然権思想に立脚して人権を厚く保障し、国際主義を強く謳う憲法の精神及び国家という枠を乗り越えて特に強く外国人の人権、内外人平等の思想が主張されている現代社会においては、むしろ基本的人権の保障は等しく外国人にも及ぶとするのが原則とすべきである。更に外国人にも様々な類型(日本社会における生活実態)があるということを考慮に入れた上で、もしある人権が日本人とは区別して外国人には制約されるとするならば、如何なる合理的理由により如何なる程度制約されるのか個別具体的に検討することが必要である。

(2)、(省略)

(3)、民主主義社会における選挙権の意義について(省略)

(4)、外国人と参政権について
1(外国人と基本的人権)
[11] 「外国人」と基本的人権については、前に略述したごとくその権利の性質によって「外国人」に適用されるものと、そうでないものを区別し、人権の保障を外国人に及ぼすべきであるとするいわゆる権利性質説が通説判例といわれている。右権利性質説は、「外国人」の人権を保障する一方、「外国人」であることに基づいて日本国民と異なった制約を受ける場合があることを認めるものである。このことは抽象論としてはそれ自体誤りとはいえない。しかし、権利性質説は、いわば権利のその性質から外国人一般に権利保障を論じるものであり、個々の外国人については何らの考慮もされていない。在住外国人にも様々な類型があり、現在は、外国人にも憲法の人権保障条項が適用されるか否か問われる時代から、いかなる人権がどの程度保障されるかを具体的に明らかにすることが問われている時代に移行したと言われている。
[12] 「外国人」といっても一律に考えてはならず、後述する「定住外国人」、「一時滞在者」、「難民」等、その権利の享有主体である外国人の多様性を考慮に入れず一律に「外国人」であるということのみで権利の制限をすることは許されないのであり、もっときめこまやかに「外国人」の基本的人権を保障すべきである。
[13] そしてその場合当該外国人に人権を保障すべきかどうかの判断の決め手は、日本の社会における生活実態が基本的人権を保障されるべき生活実態を持っているかどうかによる。
[14] このことは、基本的人権は、人間が人間であることにのみ基づいて持つ権利であり、いわば人間の自然的属性に基づいているものであり、一方国籍は、人間の自然的属性ではなく、人為的に決められるものであり、人間の自然的属性に基づいて有する人権が、国籍という人為的な制度により左右されることの背理であることを考えれば、当然な考え方といわなければならない。
2(定住外国人)
[15] 日本に在留する外国人の類型には、一時的に観光旅行のために滞在する者(一時滞在者)、仕事のため一定期間在留する者(短期滞在者)、日本に本拠をおく者、日本に本拠をおき永住する意思のない者、日本に本拠をおき永住する意思のある者、永住許可を受けた者等がある。
[16] ところで「定住外国人」の内容は法令上定まっているものではなく、一般的な理解では「日本の社会に生活の本拠をもち、その生活実態において自己の国籍をも含む他のいかなる国にもまして日本と深く結びついており、その点では日本に居住する日本国民と同等の立場にあるが、日本国籍を有しない者」と考えられている。
[17] 上告人が主張する「定住外国人」も右一般的理解とほぼ同様であり端的に「その生活実態が日本国民と同一の外国人」を以後本件での「定住外国人」と称する。もちろん、「定住外国人」には上告人のごとき永住許可を受けたものは当然含まれるが、それ以外日本に常居所を有する外国人も含む広い範囲の外国人である。
3(定住外国人と参政権)
[18] 前述したごとく、社会の構成員として日本の政治社会における政治決定に従わざるを得ない者は、民主主義の原則により自己決定権、その手段としての参政権を有する。「定住外国人」が日本の政治社会における政治決定に従わざるを得ない者であることは、その生活実態が日本国民と同一である以上自明のことであり、よって、参政権を有する。
[19] そして、上告人が「定住外国人」に該当することは永住許可を受けていることから明白であり、上告人は、憲法第15条の選挙権を有するのである。

(5)、定住外国人の参政権保障の国際的広がり(省略)

(6)、在日韓国朝鮮人等と選挙権(省略)
[20] 公職選挙法は、その選挙権の行使の主体を「日本国民」に限定している。すなわち、一律に「外国人」について選挙権を認めない。
[21] しかしながら、前述したごとく、権利の享有主体たる外国人の多様性を無視し、一律に「外国人」であることのみによって権利を制限することは許されない。
[22] 従って、公職選挙法がいわゆる国籍要件を設けていることはそれ自体憲法第14条、第15条違反であることは明白であり、同違憲状態はすみやかに解消されなければならないことは自明である。

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