久米孔子廟訴訟
第一審判決

平成26年(行ウ)第17号 固定資産税等課税免除措置取消(住民訴訟)請求事件(以下「17号事件」という。)
平成27年(行ウ)第13号 那覇市公園使用料賦課徴収を怠る事実の違法確認(住民訴訟)請求事件(以下「13号事件」という。)
那覇地方裁判所
平成28年11月29日 民事第2部 判決

口頭弁論終結日 平成28年9月6日

原告(両事件)   A
同訴訟代理人弁護士 徳永信一 照屋一人 上原千可子

被告(17号事件)  那覇市
          同代表者市長 B
被告(両事件)   那覇市長 B
被告ら訴訟代理人  〔省略〕

参加人(17号事件)兼 被告那覇市長補助参加人(両事件)
          一般社団法人久米崇聖会(以下「参加人」という。)
          同代表者代表理事 C
同訴訟代理人    〔省略〕

■ 主 文
■ 事 実 及び 理 由


1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は,参加及び補助参加によって生じたものを含めて原告の負担とする。

(17号事件)
(1) 被告那覇市が,その行政財産である松山公園内に建設された参加人所有の久米至聖廟に係る平成26年3月に更新した設置許可を取り消す。
(2) 被告那覇市長が,参加人から,久米至聖廟について,平成26年4月1日から同年7月24日までの間の松山公園の使用料181万7063円を徴収することを怠っていることが違法であることを確認する。
(3) 被告那覇市長は,参加人及びDに対し,181万7063円を被告那覇市に対して連帯して支払うよう請求せよ。

(13号事件)
(4) 被告那覇市長が,久米至聖廟について平成26年7月25日から平成27年4月24日までの間の松山公園の使用料を賦課徴収することを怠っている事実が違法であることを確認する。
(5) 被告那覇市長は,参加人及びDに対し,156万4255円を那覇市に対して支払うよう請求せよ。
(6) 被告那覇市長は,参加人及びBに対し,276万5095円を那覇市に対して支払うよう請求せよ。
(1) 本案前の答弁
 本件訴えをいずれも却下する。
(2) 本案に対する答弁
 原告の請求をいずれも棄却する。
[1] 本件は,当時の那覇市長が,平成26年3月28日,参加人に対し,都市公園である松山公園の敷地内に久米至聖廟(以下「本件施設」という。)を設置することを許可し(以下「本件設置許可」という。),その使用料を全額免除したこと(以下「本件免除」といい,本件設置許可と併せて「本件設置許可等」という。)は政教分離原則(憲法20条3項,89条)に違反し,本件設置許可は都市公園法4条1項に違反するとして,①被告那覇市に対し,地方自治法242条の2第1項2号に基づく本件設置許可の取消し,②被告那覇市長に対し,同条1項3号に基づく平成26年4月1日から同年7月24日までの間の松山公園の使用料の徴収を怠る事実の違法確認,③被告那覇市長に対し,同条1項4号本文に基づく上記使用料相当額の当時の那覇市長であるDに対する損害賠償請求及び参加人に対する不当利得返還請求又は損害賠償請求の各請求の請求(以上につき17号事件),④被告那覇市長に対し,地方自治法242条の2第1項3号に基づく平成26年7月25日から平成27年4月24日までの間の松山公園の使用料の徴収を怠る事実の違法確認,⑤被告那覇市長に対し,同条1項4号本文に基づく上記使用料相当額の当時の那覇市長であるD及びBに対する損害賠償請求及び参加人に対する不当利得返還請求の各請求の請求をそれぞれ求める(以上につき13号事件)事案である。参加人は,17号事件の請求①につき被告那覇市に第三者の訴訟参加をし(地方自治法242条の2第11項,行政事件訴訟法43条1項,22条),17号事件のその余の請求(②及び③)及び13号事件の請求(④及び⑤)につき被告那覇市長に補助参加をしている(行政事件訴訟法7条,民事訴訟法42条)。
[2](1) 都市公園法は,都市公園の設置及び管理に関する基準等を定めて,都市公園の健全な発達を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする法律である(都市公園法1条)。都市公園とは,都市計画に沿って設置される公園又は緑地であるが,地方公共団体が設置するものと国が設置するものとに分類されている(同法2条1項1号及び2号)。そのうち,地方公共団体が設置する都市公園(同法2条1項1号,3項)は,当該地方公共団体が公園管理者として管理するものとされているところ,公園管理者以外の者であっても,条例で定める事項を記載した申請書を公園管理者に提出してその許可を受けることにより,都市公園内に公園施設を設けることができる(同法2条の3,5条1項)。公園施設とは,都市公園の効用を全うするために当該都市公園に設けられる施設であり(同法2条2項各号),園路及び広場(同項1号),植栽,花壇,噴水その他の修景施設(同項2号),休憩所等の休養施設(同項3号),ぶらんこ等の遊戯施設(同項4号),野球場等の運動施設(同項5号),植物園,動物園,野外劇場その他の教養施設(同項6号)等が列挙されている。
[3] 上記の申請を受けた公園管理者は,公園管理者以外の者が設ける公園施設が,当該公園管理者が自ら設け,又は管理することが不適当又は困難であると認められるもの,あるいは,当該公園管理者以外の者が設け,又は管理することが当該都市公園の機能の増進に資すると認められるもののいずれかに該当する場合に限り,上記の許可をすることができる(同法5条2項)。

[4](2) 那覇市において,一つの都市公園に公園施設として設けられる建築物の建築面積の総計の当該都市公園の敷地面積に対する割合は,原則として100分の2を超えてはならない(都市公園法4条1項本文,那覇市公園条例〔乙28〕2条の4第1項)。ただし,体験学習施設等の教養施設を設ける場合には,都市公園の敷地面積に対する割合が100分の10を超えない限度で上記限度を超えることができる(都市公園法4条1項ただし書,都市公園法施行令6条1項1号,5条5項1号,那覇市公園条例2条の4第2項,那覇市公園施設等の設置基準を定める規則〔乙29〕2条1号)。

[5](3) 那覇市において,都市公園に施設を設けて都市公園を占有する許可を受けた者は,那覇市に対し,占有面積1平方メートルにつき1か月360円の使用料を納付しなければならないが(那覇市公園条例11条1項,別表第1),那覇市長は,公共的団体が公益の目的で当該施設を利用する場合には,その全額を免除することができる(那覇市公園条例11条の2第4号,那覇市公園条例施行規則〔乙27〕15条1項2号)。
[6] 当事者間に争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1) 当事者
[7] 原告は,那覇市に居住する住民である(争いなし)。
[8] 被告那覇市は,都市公園法上の都市公園である松山公園を管理する地方公共団体である(弁論の全趣旨)。
[9] 参加人は,松山公園内に所在する本件施設を所有する一般社団法人である(乙20,弁論の全趣旨)。

(2) 本件施設について
[10] 本件施設は,儒学の祖である孔子を祀る廟であり,大成殿(63.76平方メートル),啓聖祠(20.61平方メートル),明倫堂・図書館(372.59平方メートル),至聖門及び御庭空間等によって構成される(甲3,16。括弧内は床面積。)。

(3) 本件施設の設置許可等
[11] 参加人は,那覇市長に対し,平成22年11月15日付けで本件施設に係る公園施設設置許可申請及び使用料減免申請をし(乙11,12),那覇市長は,平成23年3月31日付けで設置の許可をするとともに,使用料を全額免除した(甲10〔6,7頁〕)。
[12] 参加人は,平成24年3月20日,本件施設の工事に着手し(乙14),平成25年4月30日に工事完了届を提出した(乙15)。
[13] 参加人は,平成26年3月18日付けで本件施設に係る公園施設設置許可の更新申請及び使用料の減免申請をし(乙16,17),被告那覇市長は,同月28日付けで,本件施設が都市公園法2条2項6号の教養施設(植物園,動物園,野外劇場その他の共用施設で政令の定めるもの)のうち都市公園法施行令5条5項1号の体験学習施設に当たるとして,同法5条2項に基づく本件設置許可(設置の期間を平成26年4月1日から平成29年3月31日までとする。)及び那覇市公園条例11条の2第4号,那覇市公園条例施行規則15条1項2号に基づく本件免除(占有面積1335平方メートル×月額360円×12か月=年額567万7200円。これを全額免除する。)をした(乙18,19。本件設置許可等)。

(4) 監査請求
[14] 原告は,平成26年7月24日,那覇市監査委員に対し,本件設置許可は都市公園法及び那覇市都市公園条例に違反する違法な財務会計行為であるとして,本件設置許可を取消し,本件施設敷地について本来徴収すべき地代相当額の支払を那覇市長及び参加人に請求するよう求める住民監査請求を行った(甲1,弁論の全趣旨。以下「本件監査請求①」という。)。ただし,本件監査請求①は,本件免除及び17号事件の請求の趣旨第2項に係る怠る事実のいずれも対象としていなかった(平成27年6月16日の本件第6回口頭弁論において陳述された17号事件準備書面4(原告))。
[15] 那覇市監査委員は,平成26年8月28日,本件設置許可は,非財産的な目的のための行為であり,地方自治法242条1項に規定されている財務会計上の財産管理行為に当たらないことを理由に本件監査請求①を却下し(甲2),同年9月2日,その旨原告に通知された(争いなし)。
[16] 原告は,平成27年4月24日,那覇市監査委員に対し,本件免除は政教分離原則に違反する違法な財務会計行為であるとして,本件施設敷地について本来徴収すべき地代相当額の支払を那覇市と那覇市長に求めるなどの職員措置請求を行った(甲25。以下「本件監査請求②」という。)。
[17] 那覇市監査委員会は、平成27年6月5日,本件監査請求②が,本件免除から1年を経過した後になされたことなどを理由に,これを却下し,同日頃,その旨原告に通知された(甲25)。

(5) 訴えの提起(顕著な事実)
[18] 原告は,平成26年9月30日,17号事件を提起した。
[19] 原告は,平成27年6月15日,13号事件を提起した。
(1) 本案前の争点
 17号事件に係る訴えの適法性(争点①)
 13号事件に係る訴えの適法性(争点②)

(2) 本案に関する争点
 本件設置許可が都市公園法4条に違反するか(争点③)
 本件設置許可等が政教分離原則に違反するか(争点④)
(原告の主張)
[20] 住民監査請求制度の趣旨が,地方公共団体の財務の適正を確保し,住民全体の利益の確保することにあることに照らすと,公有財産の財産的価値に係る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は怠る事実(以下「財務会計行為」という。)ではなくても,当該行為が,公有財産の財産的価値の維持・保全・管理の在り方等と密接に関わる場合は,住民監査請求の対象となる財務会計行為に該当すると解すべきである。
[21] 本件設置許可によって,多数の市民は,松山公園における散歩,観察,休憩といった公園本来の利用から排除されたのであり,公園としての価値が損なわれたことに照らせば,本件設置許可は,住民訴訟の対象となる財務会計行為に該当する。
[22] 本件設置許可が財務会計行為に該当する以上,17号事件に係る訴えはいずれも適法である。

(被告ら及び参加人の主張)
[23] 住民監査請求の対象は財務会計行為に限られるところ,本件設置許可は,非財産的な目的のための行為であるから,財務会計行為に該当せず,住民監査請求の対象にならない。また,原告は,本件監査請求①において,本件免除を住民監査請求の対象としていなかった。
[24] したがって,17号事件に係る訴えは,適法な監査請求を経ていないから不適法である。
[25] 本件設置許可は住民訴訟の対象となる財務会計行為に該当しないから,17号事件に係る訴え(本件設置許可の取消しを求める訴え,本件設置許可が違法であることを根拠とする怠る事実の違法確認を求める訴え並びに本件設置許可が違法であることを根拠とする損害賠償請求及び不当利得返還請求を求める各訴え)はいずれも不適法である。
(原告の主張)
[26] 被告那覇市長の主張は争う。

(被告那覇市長の主張)
[27] 普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求については,当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として地方自治法242条2項を適用すべきである。
[28] 本件監査請求②は,本件免除が憲法上の政教分離原則に違反しているとして,本件免除が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするものであるから,当該怠る事実に係る本件監査請求②については,本件免除があった日を基準として地方自治法242条2項の規定を適用すべきであり,本件免除がなされた平成26年3月28日から1年を経過してなされた原告の本件監査請求②は,地方自治法242条2項の監査請求期間を経過してなされたものであって,不適法である。
[29] したがって,原告の13号事件に係る訴えは,適法な住民監査請求を経ておらず,不適法である。
(原告の主張)
[30] 本件施設は宗教施設であり,教養施設には該当しないから,原則どおり,松山公園の敷地内にある公園施設の建築面積の総計の,松山公園の敷地面積に対する割合は,100分の2を超えてはならない。
[31] 本件施設は,平成4年に松山公園の一角に設置された福州園(敷地面積8500平方メートル)と一体の施設である。本件施設と福州園の連携施設は,松山公園の総面積の21%を超えている。仮に本件施設と福州園が一体の施設とはいえないとしても,本件施設の総建築面積は1335平方メートルであり,松山公園の総面積の2.9%に該当する。
[32] したがって,本件設置許可は都市公園法4条に反し,違法である。

(被告ら及び参加人の主張)
[33] 本件施設は,教養施設の内の体験学習施設(公園利用者が,運動,文化,自然等に関する実験,体験,実技,講義等を行うことができる施設)に該当するから,既存の施設及び本件施設の総建築面積が松山公園の敷地面積の100分の10を超えない限り,都市公園法に反しない。
[34] 本件施設の建築面積は456.96平方メートル,松山公園内の既存の特例施設の建築面積は566.1平方メートル,松山公園の敷地面積は4万6000平方メートルであり,本件施設を含めた施設の建築面積合計は1023.06平方メートルであるから,松山公園の敷地面積の100分の10を超えるものではない。
[35] したがって,本件設置許可は都市公園法に反しない。
(原告の主張)
ア 儒教が宗教であること
[36] 憲法20条3項,89条にいう「宗教」とは,「超自然的,超人間的本質(すなわち絶対者,造物主,至高の存在等,なかんずく神,仏,霊等)という存在を確信し,畏敬崇拝する心情と行為」をいうところ,儒教は,祖先の霊や魂はもとより,絶対者としての天といった超自然的存在ないし超自然的本質に対する信仰に基づくものであり,宗教に該当することは明らかである。これは,儒教が学問や道徳としての側面を有していることによって否定されるものではない。
イ 本件施設が宗教的施設であること
[37](ア) 本件施設は至聖門,大成殿及び啓聖祠からなるところ,至聖門の中央の正門は孔子の霊のための扉とされており,孔子の霊を迎えるために1年に1度,釋奠祭禮(孔子や下記の四配を祀る行事)の日に開かれる。
[38] 本件施設の本殿である大成殿は,孔子を祀る霊廟であり,その中央には孔子像と神位(神霊の座としてしつらえられた場所)が,その左右には四配(孔子の弟子である顔子,曾子,子思子及び孟子)の神位がそれぞれ置かれている。
[39] 啓聖祠は,孔子の父である啓聖公と四配の祖先が祀られた祖廟(祖先の霊を祀る建物)であるが,釋奠祭禮の一部が行われるほかは,参加人関係者によって拝所(神霊がよりつく聖域)として使用されているのみであり,一般公開されていない。
[40](イ) 本件施設の前身である旧至聖廟から孔子像や各神位を本件施設に移転する遷座式という儀式に先立ち,旧至聖廟において,遷座御願という儀式が執り行われた。遷座御願においては,ユタ(神霊や死霊などの超自然的存在と直接に接触・交流する呪術・宗教的職能者)による祈祷が行われた。
[41](ウ) 儒教の信者たちは,本件施設において礼拝を行っている上,以前は本件施設において,大成殿の香炉灰が封入された学業成就(祈願)カードが販売されていた。
[42](エ) これらの事実に照らせば,本件施設は,その利用態様からみても,宗教的儀式を行うための宗教的施設に当たることが明らかである。
ウ 釋奠祭禮が宗教上の行為であること
[43] 本件施設では,平成25年の移設以来,毎年孔子の誕生日とされる9月28日に釋奠祭禮が行われているところ,これは,孔子の霊を至聖門正門から迎え入れ,その魂魄を現世に呼び戻し,供物を饗応した後,再び至聖門正門から送り返すというものであり,超自然的存在である孔子の霊を招魂再生して饗応するという儒教的死生観に基づく儀式であるから,宗教上の行為に当たることは明らかである。
エ 参加人が宗教団体であること
[44] 参加人は,本件施設という宗教的施設を所有し,釋奠祭禮等の宗教上の行為を行い,もって特定の宗教である儒教ないし道教の信仰,礼拝又は普及の宗教的活動を事業の核とする団体であり,宗教団体に当たることは明らかである。
オ その他の孔子廟について
[45] 被告ら及び参加人は,多久聖廟,足利学校,湯島聖堂等の国内に存在するその他の孔子廟(以下「その他孔子廟」という。)と同様,本件施設も歴史・文化の保全のための施設である旨主張する。
[46] しかし,その他孔子廟は,いずれも学問所として創建された歴史を有し,創建当時から宗教的性格が希薄であったのに対し,本件施設は,福建省出身の渡来人である久米三十六姓と呼ばれる一族の宗旨として持ち込まれ,専ら祖先崇拝の祭祀と一族のアイデンティティーの確保を目的とするものであり,歴史的背景を異にする。この点に加え,その他孔子廟の管理運営主体が公益財団法人又は市の教育委員会であるのに対し,本件施設の管理運営主体である参加人は一般社団法人であること,多久聖廟や足利学校で行われる釋奠は,県又は市の重要無形文化財に指定され,足利学校は国の史跡重要文化財であるのに対し,本件施設及び釋奠祭禮は文化財に指定されていないことも踏まえると,その他孔子廟と本件施設とは質的に異なる。
カ 小括
[47] 以上によれば,本件設置許可等は,その直接の効果として,参加人が本件施設を利用した礼拝及び釋奠祭禮等の宗教上の行為を行うことを容易にしているものといえ,一般人の目から見て,被告那覇市は特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されてもやむを得ないものであるから,憲法20条3項,89条に違反する。

(被告ら及び参加人の主張)
ア 儒教が宗教ではないこと
[48] 儒教は,江戸時代に,孔子の唱える倫理政治規範を体系化した学問として日本国内に受容されたものであり,宗教には該当しないところ,久米村に持ち込まれた儒教も同様である。
イ 本件施設は宗教的施設ではないこと
[49] 本件施設は,孔子の教えを学問的に研究し,沖縄に約570年前に渡来して中国文化を伝承した久米三十六姓の先人たちの功績を含む久米地域の歴史,文化を知らしめる施設であり,都市公園法2条に規定する公園施設のうち教養施設(体験学習施設)に該当する。
[50] 日本における孔子廟は,江戸幕府の文教施策によって,藩校などの教育機関として建設されているところ,本件施設も,歴史文化に関する教養講座が開催されていることなどから明らかなとおり,宗教的活動を目的とする施設ではない。
ウ 釋奠祭禮が宗教上の行為ではないこと
[51] 釋奠祭禮は,久米村の蔡堅が,中国から孔子及び四配の絵像を持ち帰って祭典を行ったことで始まったもので,琉球王国と中国との外交関係を深めるとともに,孔子の実践的な教えを広めるために行われたものである。現在の釋奠祭禮も,孔子の教えを広めるためだけではなく,久米三十六姓の歴史や,久米村と中国との外交交流の歴史を保存することで,沖縄独特の文化・歴史を守り,沖縄を含む東洋文化を伝えることを目的としており,宗教上の行為には当たらない。
[52] 釋奠祭禮においては,式次第において「送神」「迎神」などの言葉が使われ,供物や上香が行われていることは認めるが,これは,沖縄独特の歴史・文化や学問等を伝え,本件施設の観光資源としての価値も高めるため,過去の行事の再現を行っているが故の形式的な表現にすぎない。
エ 参加人は宗教団体ではないこと
[53] 参加人は,本件施設を広く一般に公開し,かつての琉球王朝の発展に多大な功績を築いた久米三十六姓の歴史研究,論語を中心とする東洋文化の普及並びに人材育成を図り,もって地域社会への貢献,世界平和に寄与することを目的とする一般社団法人であって,宗教法人ではない。
[54] また,参加人は,中国から那覇市の久米地区に移住した外交文書の作成,通訳,航海技術指南に尽力した技術的職能集団である久米三十六姓の子孫が,至聖廟の維持管理や釋奠祭禮の執行,儒学の普及のために結成したものであり,実際の活動内容に照らしても,宗教団体に当たるとはいえない。
オ その他の孔子廟について
[55] 国内に存在するその他孔子廟においては,本件施設と類似した孔子廟が存在し,釋奠祭禮と同様の行事が行われているが,これらの孔子廟の中には,公共団体自身が孔子廟やその敷地を所有して自ら管理運営したり,管理運営を委託して公金や補助金を支出したりしているところがあるほか,釋奠祭禮と同様の行事に公共団体の長が積極的に関わり,用具の購入等に公金を支出している例もある。その他孔子廟においてこのような扱いが見られるのは,一般に,孔子廟は,儒学を始めとする学問の振興のために建設され,その歴史・文化の保全や観光振興に寄与してきた施設であり,また,孔子廟で行われる行事は各地の歴史・文化の保全のために行われているためである。
[56] 本件施設も,その他孔子廟と同様,歴史・文化の保全のための施設である。
カ 小括
[57] 以上によれば,本件設置許可等は,憲法20条3項,89条に反しない。
(1) 本件設置許可の取消しを求める訴え(請求の趣旨第1項)について
[58] 住民訴訟の目的が,住民に違法な財務会計上の行為又は怠る事実につき予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することにあることに照らすと,住民訴訟の対象は,地方自治法242条1項の行為又は怠る事実に該当するもののうち,財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は怠る事実に限定され,それ以外の一般行政上の行為又は怠る事実は,住民訴訟の対象とはなり得ないものと解すべきである(最高裁昭和51年3月30日第3小法廷判決・集民117号337頁,最高裁昭和53年3月30日第1小法廷判決・民集32巻2号485頁,最高裁平成2年4月12日第1小法廷判決・民集44巻3号431頁参照)。
[59] 前記のとおり,本件設置許可は,都市公園法及びこれに基づく那覇市公園条例に根拠を有するものである。都市公園法は,都市公園の健全な発達を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする法律であり(同法1条),都市公園に設置される公園施設は,植栽等の修景施設,休憩所等の休養施設,ぶらんこ等の遊戯施設,野球場等の運動施設,植物園等の教養施設など,都市公園の効用を全うするために設けられる施設である(同法2条2項各号)。地方公共団体が設置する都市公園は,当該地方公共団体が公園管理者として管理するものとされているところ(同法2条の3),当該公園管理者以外の者は,当該公園管理者が自ら設置,管理することが困難である場合又は当該公園管理者以外の者が設置,管理することが当該都市公園の機能の増進に資する場合に限り,公園管理者の許可の下で,都市公園内に公園施設を設けることができる(同法5条1項)。
[60] これらの都市公園法の定めに鑑みると,都市公園の公園管理者たる地方公共団体が,公園管理者以外の者に対して都市公園に公園施設を設置することを許可するに当たって判断すべき事項は上記要件の充足性であり,具体的には,設置を予定する公園施設が当該公園管理者により設置,管理されることが困難であるか,又は当該公園管理者以外の者によって設置,管理されることが当該都市公園の機能の増進に資するか否かである。そして,当該都市公園の機能の増進に資するか否かは,設置,管理される公園施設の性質や,都市公園の目的たる機能,効用に沿って判断すべきである。上記のとおり,公園施設は,修景施設,休養施設,遊戯施設,運動施設,教養施設等に分類されているところ,その施設名称からも明らかなとおり,公園施設は利用者たる住民等の心身の健康や良好な生活環境に寄与することが期待されるものである。そして,都市公園法は,都市公園の健全な発達を図り,公共の福祉の増進に資することを目的とするから,上記許可は,公園施設を都市公園に設置することによって住民等の心身の健康や良好な生活環境に寄与し,公共の福祉の増進に資することとなるか否かという観点から判断されるものであるということができる。他方で,上記許可の要件として,都市公園の敷地たる土地や公園施設の一部をなす建物等の財産価値に関するものは見当たらないので,上記許可は都市公園又は公園施設の一部をなす不動産の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とした財務会計上の財産管理行為には該当しないと解するのが相当である。
[61] そうすると,本件設置許可は,参加人に対し,松山公園内に本件施設を設置することを許可するものにすぎず,財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為には該当しないから,17号事件に係る訴えのうち,地方自治法242条の2第1項2号に基づき本件設置許可の取消しを求める訴えは不適法である。
[62] この点,原告は,当該財産管理行為が,その財産的価値の維持・保全・管理の在り方等と密接に関わる場合は,財務会計行為に該当すると解すべきである旨主張するが,上記のとおりの住民訴訟の目的に照らすと,住民訴訟の対象を財務会計行為以外の行為に拡大すべき理由はなく,原告の主張は採用することができない。

(2) 17号事件に係るその余の訴え(請求の趣旨第2項、第3項)について
[63] 17号事件の訴えに係る本件監査請求①は,前記のとおり,本件設置許可をもって都市公園法及び那覇市都市公園条例に違反する違法な財務会計行為であるとして,本件設置許可を取消し,本件施設敷地について本来徴収すべき地代相当額の支払を那覇市長及び参加人に請求するよう求めるものである。そして,本件設置許可がそもそも住民監査請求の対象となる財務会計行為とはいえないことは,前記のとおりである。そうすると,本件監査請求①は地方自治法の定める類型に適合しない不適法なものであったというほかなく,その余の点について判断するまでもなく,本件監査請求①に基づく17号事件の訴えは,請求の趣旨第2項及び第3項に係る部分についても不適法というほかない。
[64] この点を,原告の主張を踏まえて敷衍するに,17号事件の請求の趣旨第2項は,平成26年4月1日から同年7月24日までの間の松山公園の使用料の徴収を怠る事実の違法確認であるところ,前記前提事実のとおり,原告は,上記怠る事実を本件監査請求①の対象としていなかったことを認めているから,請求の趣旨第2項に係る訴えは,適法な監査請求を経ていないものとして不適法であることが明らかである。
[65] また,17号事件の請求の趣旨第3項は,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,本件免除及び本件設置許可が違法であるとして,上記使用料相当額について,当時の那覇市長に対しては損害賠償請求,参加人に対しては損害賠償請求又は不当利得返還請求をすることを被告那覇市長に対して求める請求であるところ,前記前提事実のとおり,原告は,本件免除及び17号事件の請求の趣旨第2項に係る怠る事実のいずれも本件監査請求①の対象としていなかったことを認めており,前記(1)のとおり,本件設置許可はそもそも財務会計行為に当たらないのであるから,請求の趣旨第3項に係る訴えも,適法な監査請求を経ていないものとして不適法であることが明らかである。
[66] したがって,17号事件に係るその余の訴え(請求の趣旨第2項,第3項)は,いずれも適法な監査請求を経ていない不適法な訴えである(地方自治法242条の2第1項,2項)。

(3) 以上によれば,17号事件に係る訴えはいずれも不適法である。
[67] 普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして地方自治法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,当該監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,当該怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決・民集41巻1号122頁)。
[68] これを本件についてみると,本件監査請求②は,本件免除が憲法上の政教分離原則に違反しているとして,本件免除が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするものである。そして,本件免除は,那覇市公園条例11条及び別表第1所定の基準(占有面積1平方メートル当たり月額360円)から年額(576万7200円)を算定し,これを全額免除するものであるから,将来にわたる使用料をあらかじめ免除する趣旨のものと理解されるのであって,将来の使用料についても本件免除の時点で免除の効果が生ずるものと解される。したがって,当該怠る事実に係る本件監査請求②については,本件免除がなされた日を基準として地方自治法242条2項を適用すべきである。しかし,本件免除がされたのは,前記前提事実のとおり,平成26年3月28日であり,本件監査請求②がされたのは平成27年4月24日であるから,本件監査請求②が,本件免除から1年を経過してなされたことは明らかであり,本件において監査請求期間を徒過したことに正当な理由(地方自治法242条2項ただし書)があるとも認められないから,本件監査請求②は,不適法であるといわざるを得ない。
[69] したがって,13号事件に係る訴えは,適法な監査請求を経ていないから,いずれも不適法である(地方自治法242条の2第1項,2項)。
[70] 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えはいずれも不適法であるから,これを却下することとして,主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 森鍵一  裁判官 中町翔  裁判官 此上恭平

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