幼児教室事件
上告審判決

公金支出差止等請求上告事件
最高裁判所 平成2年(行ツ)第69号
平成5年5月27日 第一小法廷 判決

上告人 (控訴人 ・原告) X ほか4名
右5名訴訟代理人弁護士    山田幸男 井上勝義

被上告人(被控訴人・被告) 吉川町長 深井誠 ほか1名
右両名訴訟代理人弁護士   真木吉夫

 右当事者間の東京高等裁判所昭和61年(行コ)第51号公金支出差止等請求事件について,同裁判所が平成2年1月29日言い渡した判決に対し,上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって,当裁判所は次のとおり判決する。

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人山田幸男,同井上勝義の上告理由


 本件上告を破棄する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

 所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。原審の適法に確定した事実関係の下では, 本件教室が吉川町の具体的な監督に服しているものとはいえないとして本件教室に対する公費助成等が憲法89条に違反するとする所論の違憲主張は失当である。論旨はいずれも採用することができない。

 よって, 行政事件訴訟法7条,民訴法401条,95条,89条,93条に従い, 裁判官全員一致の意見で, 主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達  裁判官 大堀誠一  裁判官 味村治  裁判官 小野幹雄)
[1] 原判決は,「公の支配」に属しない本件教室に対して町が助成をすることは憲法89条後段に違反するとの上告人らの主張を,以下の理由により採用し得ないとする。

[2] 原判決は憲法89条後段の教育の事業に対する公の財産の支出,利用の規制の趣旨を,公の支配に属しない教育事業に公の財産が支出又は利用された場合には,教育の事業はそれを営む者の教育についての信念,主義,思想の実現であるから,教育の名の下に, 公教育の趣旨,目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり, 利用されたりする虞れがあり,ひいては公の財産が濫費される可能性があることに基づくものと解し,

[3] かかる憲法89条後段の趣旨より, 同条後段に規定する「公の支配」について,その程度は,国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営,存立に影響を及ぼすことにより,右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され, 公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足り,支配の具体的方法については必ずしも,当骸事業の人事,予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではないとし,

[4] 原審認定事実をもとに,本件教室の予算,人事等については,本件教室に委ねられ,これについて町が直接関与することがないことを認めつつ,それは,本件教室の目的が幼児の健全な保育という町の方針に一致し,特定の教育思想に偏するものでなく,その意思決定について保護者による民主的な意思決定の方法が確保されているため,これに直接関与する必要がないためであり,本件教室と町との関係を考慮すれば,本件教室の運営が町の助成の趣旨に沿って行われるべきことは,町の本件教室との個別的な協議,指導によって確保されているとし,前記2記載の意味において本件教室は「公の支配」に服するとしている。

[5] しかしながら,以下に述べるとおり,原判決の右論理は憲法89条後段の解釈適用を誤つたものであり,破棄を免れないものである。

1 憲法89条後段の趣旨について
[6] 原判決は,憲法89条後段の「公の支配」の意義を解釈する前提として.同条の趣旨につき前記のとおり判断するが,これは以下のとおりその解釈を誤るものである。
[7](1) 同条後段は,慈善,博愛,教育の事業を私人が行なう場合,私人の自由に基づいて自主的に運営されるべきであり,公私の別を明らかにすることなく公の財政援助を受けると,公権力がこれを通じて当該事業をコント口ールする危険性が生じ,事業の独立性が害される可能性があるためこれを排除する趣旨に基づくものである。
[8](2) 原判決は,公の支配に属しない教育事業に公の財産が支出又は利用された場合には,教育の名の下に,公教育の趣旨,目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり,利用されたりする虞れがあり,ひいては公の財産が濫費される可能性があるとするが,公の利益に沿わない事業に公の財産が支出されることを防止したり,公の財産の濫費を防止すべきことは,財政上一般に要請されることであって,憲法89条後段に規定する三事業の場合に限られるものではない。
[9](3) 憲法89条後段は「公の支配」に属しない慈善,教育,博愛の三事業について,特に公金の支出を禁じているのであって,従ってその趣旨も財政上の一般原則を繰り返したものと考えるべきでなく,憲法89条後段に,原判決のいう趣旨が含まれるものであるとしてもそれはあくまでも二次的、副次的なものである。

2 「公の支配」の意義について
[10](1) 原判決は,憲法89条後段の「公の支配」の意義につき,前期のとおり解釈した同条後段の趣旨により演繹し,その程度は,国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営,存立に影響を及ぼすことにより,右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され,公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足り,支配の具体的方法についても必ずしも,当該事業の人事,予算等に公権力が直接に関与することを要するものではないとしている。
[11] しかしながら,既述のとおり,同条89条後段の趣旨は少なくとも第一義的には私的な主体による教育等の事業の自主性を保障することにあると考えるべきである。かかる趣旨よりするならば,事業に私的主体性がない場合にのみ公金等の支出が許されることになるから,「公の支配」とは,私的な主体による教育等の事業の自主性を侵すような特別の規制支配を及ぼすことであり,具体的にはその事業の予算を定め,その執行を監督し,その人事に関与する等その事業の根本的な方向に重大な影響を及ぼすことのできる権力を有することをいうと解されねばならないはずである。従って, 原判決は「公の支配」の意義につき解釈を誤るものである。
[12](2) 以上の解釈に対しては,特に教育の事業について立法論的に問題があるという指摘がなされており,さらに立法論を超え,目的論的解釈により「公の支配」の意義を緩和して解釈しようという考え方がある。かかる考えは,わが国において私的な主体による教育の事業に対する公的助成が実際上広く必要とされている社会情勢に鑑み,「公の支配」の意義について,国又は地方公共団体が人事,予算等について根本的に支配していることまで必要とする趣旨ではなく,それよりも軽度の法的規制を受けていることをもって足りるとする。かかる解釈が憲法89条後段の文言,その立法趣旨に照らし採り得ないことは既に述べたとおりであるが,仮に右目的論的解釈によるとしても,原判決の「公の支配」の解釈はあまりにも無限定であり採用し得ないものである。
[13] すなわち,原判決は「公の支配」の意義につきその程度は公の権力が当該教育事業の運営,存立に「影響を及ぼすこと」により,右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを「是正しうる途が確保され」ていればよいというような極めて一般的かつ抽象的な解釈をし,例えば私立学校振興助成法に定めるような法による個別的具体的な一定の監督さえ必ずしも必要としていない。
[14] また,右の教育事業に対して「影響を及ぼすこと」の具体的意義についても法的に影響を及ぼすことに限らず,事実上影響を及ぼすことまでを含むかのように解している。さらに,支配の具体的方法についても,必ずしも当該事業の人事,予算等に公権力が直接的に関与する必要はないとし,極めて無限定な解釈をしているのであって,以上の解釈は憲法89条後段の解釈としては到底採り得ないものである。
[15] 原判決の言うように「公の支配」の意義を一般的抽象的に解し無限定に広げるならば,教育等の事業に対して多かれ少なかれ法的規制が及んでいる現代社会においては,憲法89条後段は事実上全く意味をなさない規定になってしまい,もはや解釈論としての限界を超えてしまうことになる。
[16] さらに,仮に,原判決が「公の支配」の意義を,公の権力の教育事業に対する事実上の影響力の存否まで射程に入れて解釈しているとするならば,かかる解釈は憲法89条後段の存在自体を無視しているものと言わざるを得ない。

3 結論
[17](1) 以上述べたとおり,憲法89条後段にいう「公の支配」とは,「私的な主体による教育等の事業の自主性を侵すような特別な規制支配を及ぼすことをいう」と解するが,原審自ら認定するとおり,本件教室の予算,人事等については本件教室に委ねられ,これについて町が直接関与することはないのであって,本件教室は「公の支配」に服しているとは到底いえず,これを以て「公の支配」に服するものとする原判決は憲法89条後段の解釈適用を誤った違法がある。
[18](2) また仮に,「公の支配」の意義を「国又は地方公共団体が人事,予算等について根本的に支配していることまでを必要とする趣旨ではなく,それよりも軽度の法的規制を受けていることをもって足りる」と解したとしても,原審の認定によれば,本件教室に対する町の規制は①「補助金についての一般の規制」,②「本件教室に対する個別の指導」のみであり,何ら具体的監督を伴なうものではなく,一般的,抽象的なものに止まるものである。
[19] 前記のとおり,この程度の規制のみでは本件教室が「公の支配」に服さないものであることは明らかである。
[20] すなわち, 右の①「補助金についての一般の規制」も,昭和53年に定められたとする「補助金などの交付手続等に関する規則」は,町が交付する補助金等を給付する場合一般についての規制であり,地方自治法199条6項,7項の規定と同様に普通地方公共団体が補助金等の財政的援助を与える場合一般についての規制であって,その内容も包括的,一般的な規制に止まり,教育の事業に対する公金支出であるということに着目し,この点を配慮して特別な規制をしたものではない。
[21] また,右②「本件教室に対する個別の指導」についても,そもそも右指導は事実上のものであって,法的な規制とは言えず,右に述べたとおりかかる事実上の指導がたまたまなされているからといって,「公の支配」に服するものとは到底解されない。
[22] 原判決は,上告人らの「私立学校法59条,私立学校振興助成法10条,同法附則2条5項の規定は,憲法89条の規定を受けて定められたものであるから,国又は地方公共団体自ら教育事業を行う場合を除いては,右の私立学校振興助成法等の規定に従ってしか教育事業に対する公費助成は出来ないと解すべきである」との主張を採用し得ないとする。すなわち,原判決は,右各規定は私立学校法による学校法人という形態を採る場合の教育事業に対する規定であって,教育事業に対する助成が右の各法による以外には許されないと解すべきものでないとするのである。

[23] しかしながら, 右各規定は憲法上原則として禁止されている教育の事業に対する公費助成につき,例外として,学校法人が私立学校振興助成法12条に定める所轄庁の監督に服する場合に限りこれをなしうることを定めたものである。
[24] 従って,他に規定がない以上,右各規定以外による国又は地方公共団体の行う教青事業に対する助成は,私立学校法,私立学校振興助成法により禁止されているものと考えるべきである。このことは同法附則2条1項ないし5項が厳格な要件のもと限定的に学校法人以外の私立の学校に公費助成を認めているところからも明らかである。

[25] 仮に, 私立学校法,私立学校振興助成法が,同法に従った助成以外の公費助成を全面禁止したものではないとしても,同法が憲法89条後段の教育の事業に対する公費助成の原則禁止を受け,同条後段との抵触を避けるため私立学校振興助成法12条を設けた経緯に照らせば,学校法人以外の教育事業に対しての助成は,私立学校振興助成法12条に準ずる監督に服する場合に限り許されるものと解すべきである。

[26] 本件教室に対する公費助成は,私立学校法及び私立学校振興助成法に基づくものではなく,本件教室が同法12条に準ずるような監督を町から受けていないことも原審の認定した事実より明らかである。
[27] 従って,本件教室に対する公費助成を合法とした原判決には,私立学校法59条,私立学校振興助成法10条,同法附則2条5項の解釈適用を誤った違法がある。

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