電話傍受合憲決定
控訴審判決

覚せい剤取締法違反、詐欺、同未遂被告事件
札幌高等裁判所 平成7年(う)135号
平成9年5月15日 刑事部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 本件控訴を棄却する。
 当審における未決勾留日数中400日を原判決の懲役刑に算入する。
 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、解任前の弁護人金子利治作成の控訴趣意書及び補充・訂正書並びに主任弁護人佐藤義雄及び弁護人川上有連名作成の証拠に対する意見書に、これに対する答弁は検察官永田俊明作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
[2] 当審における事実取調べの結果に基づき弁護人がなした弁論も併せて要約する(控訴趣意書第一点に「法令の適用の誤り」とあるのは「訴訟手続の法令違反」の誤記と認める)と、
原判示第二の事実は、検証許可状に基づき強制処分として行われた電話の通話内容の傍受・録音(以下「電話傍受等」という)によって得られた証拠、すなわち、検証調書(原審甲1)、覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告(同甲2)、任意提出書(同甲3)、領置調書(同甲4)、カセットテープ1本(当庁平成7年押第14号の3、同甲7)、デジタルオーディオテープ1本(同押号の4、同甲8)及び覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告(同甲9)並びにこれに関連して収集された証拠、すなわち、覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告書(同甲18)、Fの検察官調書(同甲48)、捜査差押調書謄本(同甲49)、鑑定嘱託書謄本(同甲50)、鑑定書謄本(同甲51)、捜査報告書謄本(同甲56)、覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告書(同甲82)、捜索差押調書(同甲83)、事務所当番表2枚(同押号の5、同甲84)ポケットベル及び携帯電話等の番号表1枚(同押号の6、同甲85)、Cの司法警察員調書(同乙5ないし9)及び検察官調書(同乙10)によって認定されているが、
(イ) 電話傍受等の強制処分は、検証許可状により行なわれようとも、憲法13条・21条2項・31条・35条及び刑訴法197条1項・222条1項・110条に違反する違憲・違法なものであり、しかも、
(ロ) 本件検証許可状は発付の必要性や相当性がないのに発付されたものであり、かつ、検証に当たっては発付の際に付された条件が遵守されなかったから、
いずれにしても右各証拠は、違憲・違法な電話傍受等により発覚した事犯につき、違法に収集されたものであって、違法収集証拠として、いずれも証拠能力を欠き、証拠から排除されるべきであった。以上の点で原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、
というのである。
[3] 現代の社会生活において、電話は必要かつ不可欠な通信手段であるところ、電話の当事者双方の同意なく電話傍受等をすることは、憲法21条2項の通信の秘密を侵害し、憲法13条等が保障する個人のプライバシーを侵害する行為であり、たとえ犯罪捜査のためであっても、原則として許されないものである。しかし、通信の秘密や個人のプライバシー尊重といってもそれらは自由権の一つとして自ずと内在的制約があるというべく、電話傍受等が犯罪捜査を進める上での強制処分として絶対に許されないとすべき理由はない。通信の秘密や個人のプライバシーが侵害されるおそれの程度を考慮しつつ、犯罪の重大性、嫌疑の明白性、証拠方法としての重要性及び必要性、他の手段を用いることの困難性等の状況に照らして、真にやむを得ないと認められる場合、すなわち、必要性・相当性が認められる場合には、強制処分として電話傍受等を行うことは、その実施に当たって、憲法13条・21条2項・31条・35条及び刑訴法197条1項・222条1項・110条の法意に従った手続の要件(以下「適正手続要件」という)を充たして行う限り、憲法上も法律上も許されてよいと考える。そして、右電話傍受等の際、過去に行われた犯罪のみならず、現に行われており、将来も行われようとしている犯罪についての通話がなされていることが判明したときでも、右犯罪が過去に行われた犯罪と関連があり、かつ、過去に行われた犯罪につき前記の必要性・相当性がなお存在する限り、傍受等を中止することなく継続でき、傍受等によって収集した証拠を犯罪の捜査及び立証に使用できるというべきである。

[4] そこで、右適正手続要件について考えるに、
(1) 先ず、電話傍受等の必要性・相当性の判断や電話傍受等の実行における捜査官の恣意を排するためにも、裁判官の発する令状によること
(2) 次に、電話傍受等につき、令状裁判官の必要性・相当性の判断、捜査官の傍受等実行における捜査活動の及ぶ範囲を限定・明示し、併せて傍受等実行における捜査官の恣意を排し、誤りや逸脱を防止するためにも、傍受等をする通信設備(電話器・回線等)や通話の内容、傍受等が許される期間が、少なくとも、右目的を果たせる程度に特定されていること
(3) 強制処分としての電話傍受等が認められるためには、刑訴法中にその根拠規定が存在することを要するところ、電話傍受等は通話に含まれた情報を五感の一つである聴覚等により認識し、記録するということを中心的な内容とするものであることからすると、性質上「検証」に該当もしくは類するというべきであり、したがって、刑訴法上の検証許可状の請求・発付・執行の手続を践むこと
の要件が最小限必要である。

[5] 所論は、右(3)につき、刑訴法の検証許可状の請求・発付・執行の手続を践むといっても、電話傍受等の場合は令状呈示が始めから考えられず、これでは被傍受者に対する令状呈示の要請を充たさず、令状執行の一回性の原則に反するし、司法が事後的に確認する手続や被傍受者が事後的に救済を求める手続の保障もなく、刑訴法430条によれば、準抗告の対象にもならないなど、適正手続の保障を欠き、強制処分法定主義に反する旨主張する。
[6] しかし、令状の事前呈示そのものは、もともと憲法の令状主義自体の要請ではない上、検証許可状につき執行の際の事前呈示(刑訴法110条)の準用を定めた刑訴法222条1項は、検証許可状の執行手続の公正を担保しようとの趣旨に出たものであって、公正の確保に優越する正当な利益があるときや他の方法によって公正が確保できるとき、例外を許さない規定であるとは解されない。例えば、電話を利用した覚せい剤の組織的密売の事犯においては、その速やかな防遏は社会的要請であるところ、通話の一方の当事者は不特定多数の客であって事前呈示はまず不可能であり、他方の当事者は密売組織の構成員である受付担当者であって、これに事前呈示をすれば検証が不能になることが明らかである上、人の看守する建造物での検証においては看守者又はこれに代わるべき者が立ち会うこととされており(刑訴法222条1項、114条2項)、この者が立ち会うことにより一応手続の公正の担保が図られているから、検証許可状が通話当事者に事前に示されないからといって、電話傍受等が違法になるとまではいえない。また、令状の執行が1回しかできないとしても、一定期間にわたる検証が許されないわけではないのみならず、覚せい剤の密売にほぼ専用されている可能性が高い電話について、傍受等の期間及び時間を厳しく制限し、立会人に検証対象外の通話を排除させるなどの条件を付した上で検証許可状を発付することができるのであるから、令状執行の一回性の原則に反するとはいえない。
[7] 更に、電話傍受等について、司法が事後的に確認する手続や被傍受者が事後的に救済を求める手続の保障がなく、刑訴法430条の準抗告の対象にもならないことが、所論指摘のとおりであるとしても、これらの手続的保障がないからといって、直ちに電話傍受等が違法になるとまではいえない。

[8] 所論は、電話の通話を傍受・録音する場合にこの録音体につき編集改竄の可能性があるから、電話傍受等は違憲・違法である旨主張するが、捜査官において録音体を編集改竄する危険性があり、これを完全に防止する有効な対策が見当たらないからといって、必要性・相当性の認められる事案につき前記の適正手続要件を充足する電話傍受等の検証許可状を発付することが違憲・違法と決め付けるのは早計である。具体的事案において、録音体に電話傍受等を違憲・違法とするような編集改竄があったか否かを検討すれば足りるから、所論は採用できない。

[9] 所論は、電話傍受等は我が国が批准し、国内法として法律に優先する効力を有する国際人権規約(自由権)17条に違反する旨主張する。
[10] しかし、右規約が国内法としての効力を有するとの立場に立っても、何人も通信等に対する恣意的又は不法な干渉や名誉等に対する不法な功撃から法律上保護される旨を規定した同17条が、組織的な重大犯罪についての捜査上の必要に基づく、前記の要件の下でなされる電話傍受等の場合にまで、被疑者を法律上保護する旨を唱ったものとは解されない上、所論国連の規約人権委員会の解釈は、公式なものとはいえ規約本文とは別であり、条約として批准されたものでもないから、その解釈の如何にかかわらず、右電話傍受等が同条に違反するとの主張は採用できない。

[11] 以上によれば、電話傍受等の強制処分が、憲法13条・21条2項・31条・35条及び刑訴法197条1項・222条1項・110条に違反するとはいえず、(イ)の主張は理由がない。

[12] なお、所論は、法務省刑事局の組織的犯罪対策立法の制定準備作業においてさえ、発付権限の地方裁判所裁判官への限定、傍受記録の立会人による封印、封印記録原本の発付裁判官による保管、発付裁判官の捜査機関に対する通信監視状況の報告の請求等の要件加重を検討中であるから、右立法がない以上、前記(1)ないし(3)の適正手続要件のみで電話傍受等の令状を発付することはできない旨主張する。
[13] 確かに、組織的に犯罪に対処するための刑事法整備に関して、平成8年10月、法務大臣から法制審議会に対し、必要な法整備を図るための整備要綱の骨子を示すことを求める諮問がなされたこと、諮問事項の一つに令状による通信の傍受があること、同時に右のたたき台とするため法務省刑事局刑事法制課から提出された組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子に関する事務局参考試案の中に、令状による通信の傍受に関して所論指摘のような試案が含まれていることは公知の事実ではある。しかし、右諮問は、令状による通信の傍受に関し、電話傍受等がプライバシーを侵害するおそれが大きいことにかんがみ、被傍受者の事後的救済を図るなど人権の面や濫用防止の面で特段の配慮をする必要があること、令状発付裁判官の裁量の範囲が大きいと、見解の違いから令状の種類・方式・内容が不統一となり、令状の請求・執行等の面で不都合が生じかねないため、そのようなことがないよう傍受令状の名称の下に、令状請求の要件・方式及び発付する令状の方式・内容の定型化を図る必要性があることなども考慮に入れて整備要綱の骨子を示して欲しいとの意図を試案の形で明確にしてなされたものであり、検証許可状による電話傍受等が違憲・違法であることを前提になされたものではないと考えられる。したがって、右諮問や法整備の点は前記の判断を左右しない。
[14] 所論は、捜査官において、被疑事実の被疑者、少なくとも暴力団側の電話の当事者がU某であること、覚せい剤は路上で対面して譲受人Nに渡されたこと、電話傍受等を求める当の平成6年7月23日の当番者が被告人であることなどを知悉した上で、容易にできる被疑事実の捜査を敢えてせずに、被告人を新しい(将来の)犯罪で検挙するために、ことさら被疑者を氏名不詳者として検証許可状を請求してその発付を受けたものであり、当時、検証許可状の発付につき必要性・相当性が認められる場合ではなかったから、本件電話傍受等は違憲・違法である旨主張する。
[15] そこで検討するに、記録及び原審で取り調べた関係証拠によれば、旭川簡易裁判所の裁判官は、平成6年7月20日、同日なされた
「被疑者不詳等は、営利の目的をもって、平成3年2月ころからこれまでの間、Rほか不特定多数の客に対し、覚せい剤を密売していたものであるが、さらに平成6年6月4日午後7時30分ころ、旭川市《所在地略》S方前路上において、N(当25歳)に対し、みだりにビニール袋入り覚せい剤1袋を代金15,000円で譲り渡したものである」
との被疑事実に関する検証許可状の請求を受けて、検証すべき場所、物を
「旭川市6条通8丁目36番地の7 日本電信電話株式会社旭川支店113サービス担当試験室及び同支店保守管理にかかる同室内の機器」、
検証すべき内容を
「0166―〇〇局〇〇〇〇番及び0166―〇〇局〇〇〇〇番に発着信される通話内容及び同室内の機器の状況(ただし、覚せい剤取引に関する通話に限定する)」、
検証の期間を
「平成6年7月22日から同月23日までの間(ただし、各日とも午後5時00分から午後11時00分までの間に限る)」、
検証の方法を
「地方公務員2名を立ち会わせて通話内容を分配器のスピーカーで拡声して聴取するとともに録音する。その際、対象外と思料される通話内容については、スピーカーの音声遮断及び録音中止のため、立会人をして直ちに分配器の電源スイッチを切断させる」
とする検証許可状を発付したこと、右被疑事実の犯行は、暴力団構成員によって電話による通話を利用して組織的・継続的に実行された覚せい剤密売の一環として敢行されたものであり、Nの電話による注文を受けた後、氏名不詳の構成員(譲渡担当者)が受付担当者によって指示された路上で待っているNと対面して覚せい剤を渡したことなど、嫌疑は明白であったものの、プロジェクトチームを編成して平成6年6月ころから過去3年余に遡って関係書類を収集するなど精力的に捜査を行っても、その背景となった覚せい剤密売の実態を解明し、右譲渡に関与した被疑者(複数)を特定するに足りる証拠を収集することができなかったこと、右0166―〇〇局〇〇〇〇番の電話(以下「第一電話」という)は、覚せい剤の買受け申込みに使われる専用電話である可能性が極めて高く、右0166―〇〇局〇〇〇〇番の電話(以下「第二電話」という)は、覚せい剤の密売に関する受付担当者と譲渡担当者との連絡用電話である可能性があり、覚せい剤の密売と関係のない会話が傍受されるおそれは小さかったことが認められる。
[16] そして、右の事実関係の下では、通信の秘密や個人のプライバシーが侵害されるおそれの程度を考慮しても、覚せい剤の密売(営利目的譲渡)という犯罪の重大性、嫌疑の明白性、複数被疑者の特定や密売の実態の解明のための証拠方法としての重要性及び必要性、電話の利用による暴力団構成員の組織的犯罪であるが故に他の手段を用いることの困難性等の状況に照らして、電話傍受等が真にやむを得ないと認められる場合、すなわち必要性・相当性が認められる場合に当たることが明らかであり、かつ、前記検証許可状が、第一電話及び第二電話に予想される通話内容や本件検証許可状請求の被疑事実とされた犯罪や記録から窺われる覚せい剤密売の方法と相まち、少なくとも、文書の捜索・差押などの場合と比べて遜色のない程度に通話内容の特定性の要件を充足しているのを始め、ほかの(1)ないし(3)の前記適正手続要件を充たしていることも明白である。
[17] 将来の犯罪を検挙するため被告人を狙い打ちしたという点も、なるほど被告人が検挙され、起訴された犯罪は、原判示第二のとおり、本件電話傍受等の際に敢行されたものであり、本件検証許可状請求の被疑事実とされた犯罪とは異なるけれども、右被疑事実と関連があり、かつ、右被疑事実につき必要性・相当性が存在している限り、過去の犯罪のみならず、現在から将来にわたる犯罪についても電話傍受等が許されることは前記のとおりであるところ、本件で検挙、起訴された犯罪は、右被疑事実と同様、組織的・継続的な覚せい剤密売の一環として敢行されたものであり、かつ、本件の事実関係の下では、本件電話傍受等の際にも、本件検証許可状請求の被疑事実につき、なお右の必要性・相当性が存在していたものというべきであるから、本件電話傍受等が許されることは明らかである。その上、Tの当審証言並びに被告人の原審及び当審公判供述を含む関係証拠を総合すると、北海道警察旭川方面本部のTは、平成6年4月初旬ころから、旭川市内の飲み屋街における暴力団によるみかじめ料封圧のためのプロジェクトチームに加わり、その関係で、暴力団の各事務所の動きや各組員の動向等を視察する必要上、一般的な情報収集のため、十数年前士別警察署に在勤中事件を通じて知って以来接触のあった被告人に、その所属暴力団である丙山組の書状(組織表)及び事務所当番表の提供を求め、同年6月中旬ころ、被告人の妻を介して被告人から、同月分の事務所当番表を入手したことが認められるが、同月末ないし同年7月1日に同年7月分の事務所当番表を入手したことや、本件電話傍受等を目的としてこれを入手したことまでは認められない。また、仮に捜査官が他の何らかの方法で同年7月分の事務所当番表の内容を本件電話傍受等の前に知ったとしても、被告人が当審公判廷において供述するように、丙山組の事務所当番は、1か月に1、2度突発的な事由により、当番表自体の訂正を経ることなく交替されるというのであるから、捜査官がこのような事務所当番表を頼りに被告人に狙いをつけて本件電話傍受等をしたとはにわかに考え難い。更に、捜査官が被疑者を氏名不詳者として検証許可状を請求したという点についても、確かに右請求がなされた同年7月20日には、捜査官において既に同年6月分の事務所当番表を入手しており,かつ、被疑事実の譲受人Nに対する覚せい剤の営利目的譲渡がなされた同月4日の事務所当番者が、同表上、Uとなっていたことは明らかであるが、路上で対面して覚せい剤を譲り受けたNの供述によっても覚せい剤申込みの受付担当者の本名は判明せず、また、前述のように、実際の当番者が事務所当番表のとおりではない可能性もあったのであるから、捜査官が被疑者不詳として検証許可状を請求したことは、何ら異とするに足りない。所論指摘の事実のうち関係証拠によって認められる事実を考慮しても前記必要性・相当性に関する判断は揺るがない。

[18] 所論は、本件電話傍受等は、その回線接続工事が日本電信電話株式会社(以下「NTT」という)の回線接続工事を担当する資格を有しない警察技官によってなされている点においても違法である旨主張する。
[19] しかし、NTTの事業用電気通信設備工事が一定の資格を有する技術者にしか許されていないのは、NTTによる電気通信事業の適正かつ合理的な運営により、電気通信投務の円滑な提供を確保するために、一定の技術水準を保持する者のみに右工事を行う資格を与えたものと考えられるから、本件のように、捜査機関が、犯罪捜査の目的で、裁判官による令状の発付を得て、強制処分として、特定の電話回線に、特定の期間及び時間、特定の接続工事を施す場合には、必ずしもNTTの事業用電気通信設備工事を担当する資格を有する者がこれをする必要はないものと解すべきである。そうすると、所論の工事を右資格を有しない警察技官が行ったとしても、違法であるとはいえないから、所論は採用できない。

[20] 所論は、本件電話傍受等の際に録音されたカセットテープ2本(当庁平成7年押第14号の1・原審甲5、同押号の3・同甲7)及び右テープのバックアップとして通話状況等を録画したビデオテープ4本(当審検2ないし5)は、検証調書(原審甲1)に記載のある通話(「上の当番今日どうですか」「あまり出ていません。二つで、一つ向かっています」)及び覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告(同甲9)に記載のある通話の一部(「うん。何したのよ、鍵取り替えられたのよ? おっかない、もう」)が欠落しており、これは立会人による録音遮断があたかも行われたかのように作為するために、カセットテープ及びビデオテープが編集改竄されたことを示すもので、本件検証許可状が立会人の録音遮断を許可条件とした趣旨に反するから、本件電話傍受等が違法に帰し、また編集改竄されたカセットテープ及びビデオテープには証拠能力がない、旨主張する。
[21] しかし、原審で取り調べた証拠や当審証人Vの供述によれば、捜査当局において、所論がいうほど、録音遮断が行われたかのように作為する必要性を感じていたとは窺えないのみならず、所論の欠落部分(指摘の関係証拠によれば、後者の会話は、カセットテープでは欠落していない)はごく僅かである上、公訴事実の立証との関係でも関連性が希薄であるから、右欠落部分の存在が意図的な編集改竄の事実を示すか否かにつき判断するまでもなく、所論は失当であり。

[22] 以上によれば、本件具体的な電話傍受等にも違憲・違法のかどはなく、(ロ)の主張は理由がない。
[23] 所論が違法収集証拠であると指摘する証拠の中に、被告人との関係で原判決に挙示されていない証拠(覚せい剤取締法違反被疑事件捜査報告・原審甲2、任意提出書・同甲3、領置調書・同甲4、捜索差押調書謄本・同甲49、捜索差押調書・同甲83、事務所当番表2枚・同押号の5・同甲84)があることは暫くおくとして、以上検討したところによれば、本件において検証許可状に基づいて行われた本件電話傍受等は、違憲・違法なものとはいえないから、所論指摘の証拠を排除すべきであったとの主張は前提を欠き、以上と同旨に出て実体審理を進め、判決をなした原審の訴訟手続には所論のような訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。
[24] 論旨は、要するに、被告人は、原判示第二の当日の電話当番に際し、不慣れの中で指示されたとおり、機械的に電話をAに取り次いだものであり、Aの言う「モノ」が覚せい剤であるという認識がなかったから、覚せい剤の営利目的譲渡の故意もAとの共謀の事実もなく、また、原判示第三ないし第六の各事実については、自己が他人名義の各クレジットカードを利用することを各名義人が承諾しているものと信じていたもので、詐欺の故意はなかったのに、原判決は、いずれもこれがあるものと認定した点において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

[25] そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第二ないし第六の各事実を合理的な疑いを容れる余地なく認めることができ、原判決が「争点に対する判断」第二の二及び三で認定・説示するところは、いずれも正当として是認することができる。以下、所論にかんがみ、更に補足して説明する。

[26] まず、原判示第二の事実については、関係証拠に照らして被告人の本件各電話における通話内容等を検討すると、被告人は、覚せい剤を扱っていることを端的に示す言葉こそ用いていないものの、覚せい剤の購入を希望して電話をかけてきたFらに対し、全く用件を問うことなく、手慣れた口調で、単に「何個ですか」、「車のナンバーは」などと問いかけて覚せい剤の個数や自動車の登録番号等を聞き取り、Aのポケットベルに送信した上、「モノ」などという言葉を用いて、Aが警察の追及を受けるおそれのある違法な物品を所持していることを前提に、警察の捜査をやり過ごすようAに指示するなどしていたことが認められ、被告人の右の応対は、覚せい剤の取引に直接加担していなければなし得ないものというべきである。
[27] 被告人は、前記応対に関し、捜査段階及び原審公判廷においては、Aがテレクラのようなことをしていて、その顧客からの申込みの電話ではないか、という程度の認識で、これをそのままAに伝えたに過ぎない旨供述していたが、当審公判廷において「モノ」という言葉の意味を詳しく尋ねられるや、Aの扱っているものとして、覚せい剤、睡眠薬、大麻など数個の可能性を考えたものの、覚せい剤のことなら取り次がない旨をAに告げることなく、申込み客からの電話内容をそのままAに伝えた旨供述し、自己が取引に関与したものが覚せい剤であることを未必的に認識・認容していたかのような供述に転じており、被告人の供述は、全体としてたやすく信用できず、とりわけ捜査段階及び原審公判廷におけるそれは、極めて不自然・不合理であり、到底原判決の認定に合理的な疑いを抱かせるようなものではない。
[28] 以上の事実に照らすと、被告人が、Aと共謀の上、営利の目的で、Fに対し、覚せい剤をみだりに譲り渡したことを合理的な疑いを容れる余地なく認めることができるから、原判決に所論の事実誤認はない。

[29] 次に、原判示第三ないし第六の各事実については、関係各証拠に照らして被告人の行動を検討すると、被告人は、本件クレジットカード3枚の各名義人と接触がなく、かつ、行動を供にしたQを介して各名義人から許諾を得たこともないのに、いずれも根室市内にある店舗等で本件各カードを呈示し、短期間に、次々と比較的高額の商品を購入したり、サービスの提供を受けたりし、特に原判示第三の時計店においては、本件3枚のカード全部を呈示し、Qに指示して21枚の売上票に各名義人名の署名をさせて、代金90万円近い高級腕時計を購入し、また、原判示第四及び第五のサービスステーションにおいては、金額が大きくなることから、複数のカードを使用して、その承認限度額である5万円以下の売上票になるよう店員等に指示していたほか、いずれの店舗等においても、商品の選択、支払方法についての指示交渉やカードの説明等を自ら行っていたことが認められ、以上によれば、被告人は、何らかの方法で入手した本件各カードについて、自己に正当な利用権限がないことを認識しており、かつ、各カードシステムの定める方法に従って利用代金を支払う意思がなかったものとみるべきであるから、被告人に詐欺の故意があったことは明らかである。
[30] 以上のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。
[31] 論旨は、要するに、被告人を検察官の求刑どおり懲役5年(未決勾留日数100日算入)及び罰金20万円(労役場留置の換算1日5000円)に処した原判決の量刑は、本件審理の経過、覚せい剤譲受人との刑の権衡、被告人の前科、詐欺の被害弁償の事実等に照らすと、刑期が余りに長く、未決勾留日数の算入が余りに少ない点において、重過ぎて不当である、というのである。
[32] そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
[33] 原判示第二の犯行は、暴力団幹部である被告人が、配下の構成員Aと共謀の上、電話やポケットベルを悪用して、組織的・反復的に行った覚せい剤密売の一環としてなされたものであるところ、被告人は、長く暴力団組織に身を置き、人の精神・身体に重大な害悪を及ぼす覚せい剤を社会に蔓延させ、これによって不法な利益を得るという悪質な行為に加担し、しかも電話による密売組織の要というべき役割を担い、Aに指示を与える立場にあったもので、被告人に覚せい剤取締法違反の前科2犯を含む懲役刑の前科4犯があることを併せ考えると、その刑事責任は重い。
[34] また、原判示第三ないし第六の各犯行は、被告人が、配下の構成員Qを手足とし、不法に入手した他人名義のクレジットカード3枚を悪用して、根室市内の店舗等において、次々と比較的高額の商品を騙取し、あるいはサービスの提供を受けるなどしたもので、動機・態様において酌量の余地がなく、既遂被害額も92万円近くに上っており、その刑事責任は決して軽くない。
[35] そうすると、本件営利目的譲渡にかかる覚せい剤の量が0.085グラム、その代金額が1万円にとどまること、本件詐欺及及び詐欺未遂については、起訴既逐分の被害が弁償されていること等、所論が指摘し、認めることのできる諸事情を考慮に入れても、なお原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
[36] 所論は、前記被害弁償にもかかわらず、原判決の主刑が検察官の求刑と同じであるのは不当である旨主張するが、一般に検察官の求刑は、公益を代表する公訴官としての立場から、裁判所に対して量刑に関する意見を述べるにとどまるものであって,裁判所の量刑がこれを下回らなければならない必然性はないのであるから、所論指摘の点は、何ら量刑不当の根拠となるものではない。
[37] また、所論は、原判決の未決勾留日数の本刑への算入が少な過ぎる旨主張するけれども、関係記録によれば、被告人は、平成6年9月16日原判示第二の事実について公訴を提起された後、同年11月1日と平成7年3月7日の2回に分けて原判示第三ないし第六の各事実について釧路地方裁判所に公訴を提起され、これらの事件を順次併合されて原審で審理を受けたが、第1回公判期日以来、本件覚せい剤の営利目的譲渡の故意及び共謀を全面的に争い、また、釧路地方裁判所における第1回公判期日以来、本件詐欺及び詐欺未遂の故意をも否認したため、原審において多数の人証の取調べを要したことが明らかであるから、原審が、起訴後の未決勾留日数269日に対し100日を原判決の懲役刑に算入したことは、右審理経過に照らし、不当に少な過ぎるとはいえない。
[38] 以上のとおりであるから、論旨は理由がない。

[39] よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき平成7年法律第91号による改正前の刑法21条を、当審における訴訟費用の負担につき刑訴法181条1項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

  裁判長裁判官 油田弘佑  裁判官 渡邊壯
  裁判官高麗邦彦は、転補のため、署名押印することができない。
  裁判長裁判官 油田弘佑

■第一審判決 ■控訴審判決 ■上告審判決   ■判決一覧