強姦罪規定合憲判決
上告審判決

暴行、強姦致傷被告事件
最高裁判所 昭和25年(あ)第3269号
昭和28年6月24日 大法廷 判決

上告人 被告人

被告人 (匿名)
弁護人 小脇芳一

■ 主 文
■ 理 由

■ 裁判官栗山茂の少数意見

■ 弁護人小脇芳一の上告趣意


 本件上告を棄却する。

[1] 所論は、原判決は、強姦罪の暴行の程度並びに姦淫の承諾を得たとの錯誤の有無につき判断を遺脱し、従つて、刑法強姦罪の法律上の解釈を誤り適用した違法があるというのであつて、刑訴405条の上告理由に当らない。そして、被告人並びに弁護人は、原控訴審で暴行の程度につき所論のような主張をした形跡がないばかりでなく、かゝる主張は、強姦罪の一構成要件の否認であつて、刑訴335条2項の主張に当らないから、仮りに、かゝる主張があつたとしても、本件のように証拠に基き適法に強姦の事実を認定した以上かゝる主張に対し特に判断を示さなければならぬものではない。また、所論承諾のなかつたこと又は承諾を得たと信じたことのなかつたことについては、原判決はその判断を示している。従つて、所論判断遺脱の主張並びにこれを前提とする法令解釈の誤りありとの主張は、刑訴411条の職権発動事由としても採用し難い。
[2] 刑法177条は、「暴行又ハ脅迫ヲ以テ13歳以上ノ婦女ヲ姦淫シタル者ハ強姦ノ罪ト為シ2年以上ノ有期懲役ニ処ス13歳ニ満タサル婦女ヲ姦淫シタル者亦同シ」と規定し、強姦罪の成立には刑法上その客体を婦女のみに限つていること並びに憲法14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定していることは、所論のとおりである。しかし、右憲法14条1項の規定が、国民を政治的、経済的又は社会的関係において原則として平等に取り扱うべきことを規定したのは、基本的権利義務に関し国民の地位を主体の立場から観念したもので、国民がその関係する各個の法律関係においてそれぞれの対象の差に従い異る取扱を受けることまで禁ずる趣旨を包含するものでないこと、並びに、国民の各人には経済的、社会的その他種々な事実的差異が現存するのであるから、一般法規の制定又はその適用においてその事実的差異から生ずる不均等があることは免れ難いところであり、従つて、その不均等が一般社会観念上合理的な根拠のある場合には平等の原則に違反するものといえないことは、夙に当法廷の判例とするところである。(前者につき判例集4巻10号2040頁後者につき同巻6号961頁参照)。
[3] そして、刑法が前記規定を設けたのは、男女両性の体質、構造、機能などの生理的、肉体的等の事実的差異に基き且つ実際上強姦が男性により行われることを普通とする事態に鑑み、社会的、道徳的見地から被害者たる「婦女」を特に保護せんがためであつて、これがため「婦女」に対し法律上の特権を与え又は犯罪主体を男性に限定し男性たるの故を以て刑法上男性を不利益に待遇せんとしたものでないことはいうまでもないところであり、しかも、かかる事実的差異に基く婦女のみの不均等な保護が一般社会的、道徳的観念上合理的なものであることも多言を要しないところである。されば、刑法177条の規定は、憲法14条に反するものとはいえない。それ故、本論旨も採用できない。

[4] よつて、刑訴408条に従い、主文のとおり判決する。
[5] この判決は、裁判官栗山茂の前記第二点に対する少数意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。


 裁判官栗山茂の少数意見は次のとおりである。

 刑法177条は憲法14条に違反するという所論違憲の主張は、原審で主張されず、従つて原判決の判断を経ていないことは、原判文自体で明白であるから、所論は刑訴405条1号にいう高等裁判所がした第2審判決に対し、憲法の解釈に誤があることを理由とする上告の申立にあたらないこと明である。よつて上告趣意は不適法として棄却さるべきものである。その理由については、さきに昭和26年(あ)第4629号同28年3月18日言渡大法廷判決において述べたところに変りがないから、ここに引用する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎  裁判官 霜山精一  裁判官 井上登  裁判官 栗山茂  裁判官 真野毅  裁判官 小谷勝重  裁判官 島保  裁判官 斎藤悠輔  裁判官 藤田八郎  裁判官 岩松三郎  裁判官 河村又介  裁判官 谷村唯一郎  裁判官 小林俊三  裁判官 本村善太郎  裁判官 入江俊郎)
[1] 控訴趣意書第一点(一)に於て
甲野春子(仮名)に対する司法警察員の第2回供述調書中「(中略)」の供述記載あり。之は勿論被告人の強要が甲野の承諾となつたものであろう。併し被告人が原審公判で甲野の承諾を得た様な供述をしたのは、右の様な甲野の態度なり言葉が被告人として其承諾があつた様に考えさせた事が肯かれる。即ち被告人の主観はさう烈しいものではなかつたことが看取されます。更に詳言すれば被害者の甲野は或は被告人に殺されるかも判らん程恐怖の念を起して姦淫されたかも判らんが、被告人からすれば自分のやり方が成程強引ではあつたろうが、結局承諾の下に其目的を遂げたものと思い込んでいると思う。
との趣旨に対して原判決は
「弁護人主張の如く和姦であるかどうかの点を検討して見るに、被告人は甲野春子の承諾があり合意の上で性交したものであると弁疏するが、犯行当時の自分の行動について「被害者は多少恐怖心をいだいたかもわからぬ」と述べて居り、被害者の本当の自由意思に出た同意でないことは被告人の自認するところであり、弁護人も控訴趣意書に於て被告人の強要が被害者甲野春子の承諾となつたものであろう」と論じて居る。「甲野春子の供述に依れば、其の日学校の帰途突然後から被告人に捕えられて路傍の叢の中に引き倒され更に手を掴まえられ引摺るようにして山の上に連れ行かれ、叢の中に胸の辺を押して仰向けに押倒され上に乗りかかつて無理矢理に姦淫された。その現場は人里離れた淋しい槙の峠で当時人通りもなく恐ろしくて逃げることも声を立てることも出来ず恐ろしさのため手向いもしなかつた。被告人とは同人が居る部落へ古着類を売りに来るので単に顔を知つて居るという程度で今迄ろくにものも云うたことのない間柄であることを確認出来るので、決して弁護人主張の如き和姦でなくこれは暴力による姦淫であることを肯定するに十分である」
と論じて居る。
[2] 乍併姦淫罪に云う暴行は云う迄もなく被害者の意思の自由を抑圧する程度の強力のものでなくてはならん。原審弁護人の控訴趣旨中「被告人の主観はそう烈しいものではなかつた――結局甲野の承諾の下に其の目的を遂げた」と云つて居るのは、強姦罪の暴行の程度ではなかつたと同時に、仮に然りとするも被告人自身は甲野の承諾の下に目的を遂げたという一個の錯誤のあつたことを意味しているのである。原判決は被告人の此の錯誤の有無に付全く判断を遺脱して居る許りでなく其の理由を見るに強姦罪には単に暴行あれば足れりとし其の程度の如何に付て判断をして居らない憾みがある。果して然らば原判決は刑法強姦罪の法律上の解釈を誤りて適用したる違法ありと思料します。
[3] 本件は強姦致傷の罪として刑法第177条同第181条を適用処断したものである。刑法第177条には、暴行又は脅迫を以て13才以上の婦女を姦淫したる者は強姦の罪と為し云々と規定されて居る。即ち本条に於て保護されるものは婦女の貞操であり結局婦女が其の対象となるのである。そうすると憲法第14条のすべての国民は法の下に平等であつて人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的経済的又は社会的関係において差別されない。という規定と如何にして調和するか。
[4] 性別によつて差別されないという憲法の規定は、正面からすれば刑法第177条は正に憲法第14条に牴触する無効の規定なりと断ぜざるを得ないだろう。
[5] 強姦罪の対象が婦女という自然的実体其のものである限り、憲法第14条との矛盾を国民は如何に解釈するかは重大な問題である。婦女の貞操保護という既成観念や感情が支配することにとらわれて刑法の右の規定を生かそうということは必ずしも理論的ではない。天皇というものが名実共にあれ程国民と差別され然も之を当然として居たものが、新憲法の下に不敬罪等を抹消されて何とも思わない現状からすれば、右刑法177条を憲法違反とすることは一茶飯事とも考えられる。
[6] 兎もあれ原判決が此の重大な点に付何等の判断をしなかつたことは大きな憲法上の判断の瑕疵と謂わねばならぬ。

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