立川宿舎反戦ビラ配布事件
控訴審判決

住居侵入被告事件
東京高等裁判所 平成17年(う)第351号
平成17年12月9日 第3刑事部 判決

控訴申立人 検察官

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 被告人Aを罰金10万円に、被告人B及び被告人Cをそれぞれ罰金20万円に処する。
 被告人Aに対し、未決勾留日数のうち、その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を、その刑に算入し、被告人B及び被告人Cに対し、未決勾留日数中各20日を、その1日を金5000円に換算して、それぞれその刑に算入する。
 被告人B及び被告人Cにおいてその罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
 原審における訴訟費用は被告人3名の連帯負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、検察官宇井稔作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人栗山れい子、同小島啓達、同内田雅敏、同虎頭昭夫及び同山本志都名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

[2] 論旨は、要するに、原判決は、本件各公訴事実について、被告人らの防衛庁立川宿舎(以下「立川宿舎」という。)・敷地への立入り行為が住居侵入罪の構成要件に該当するものであるとしながら、被告人らが立川宿舎・敷地に立ち入った行為は、法秩序全体の見地からして、刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められないとして、被告人3名に無罪を言い渡したが、原判決は、本件について、違法性の有無について事実を誤認し、ひいては刑法130条の解釈、適用を誤ったものであり、それらの誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れない、というのである。
[3] そこで、原裁判所が取り調べた証拠を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決が、被告人らが立川宿舎の敷地及び各棟各階段1階出入口から4階の各室玄関前まで立ち入った行為は、住居侵入罪の構成要件に該当するが、法秩序全体の見地からして、刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められないとの理由により、被告人らに対し無罪を言い渡したのは、刑法130条の解釈、適用を誤ったものといわざるを得ず、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は全部破棄を免れない。以下、説明する。
(1) 本件各公訴事実の要旨
ア 平成16年3月19日付け起訴状分(同年6月25日付け訴因変更請求書により変更されたもの)
[4] 被告人A,被告人B及び被告人Cは,共謀の上,「自衛隊のイラク派兵反対!」などと記載したビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で,管理者及び居住者の承諾を得ないで,平成16年1月17日午前11時過ぎころから同日午後零時ころまでの間,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長Dらが管理し,Eらが居住する東京都立川市栄町1丁目6番地の1所在の立川宿舎の敷地に立ち入った上,同宿舎の3号棟東側階段,同棟中央階段,5号棟東側階段,6号棟東側階段及び7号棟西側階段の各階段1階出入口から4階の各室玄関前まで立ち入り,もって正当な理由なく人の住居に侵入したものである。
イ 平成16年3月31日付け追起訴状分(同年6月25日付け訴因変更請求書により変更されたもの)
[5] 被告人B及び被告人Cは,共謀の上,「ブッシュも小泉も戦場には行かない」などと記載したビラを立川宿舎各室玄関ドア新聞受けに投函する目的で,管理者及び居住者の承諾を得ないで,平成16年2月22日午前11時30分過ぎころから同日午後零時過ぎころまでの間,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長Dらが管理し,Eらが居住する上記所在の立川宿舎の敷地に立ち入った上,同宿舎の3号棟西側階段,5号棟西側階段及び7号棟西側階段の各階段1階出入口から4階の各室玄関前まで立ち入り,もって正当な理由なく人の住居に侵入したものである。

(3) 本件で被告人らが立ち入った場所が刑法130条にいう「住居」等に該当するか否かについて
[18] 以上の事実関係を基に、立川宿舎の敷地及び各集合住宅建物の各階段1階出入口から4階の各室玄関前までの階段等の通路(以下,「建物共用部分」という。)が刑法130条にいう「住居」等に当たるか否かについて,検討するに,1号棟ないし8号棟の敷地は,その周囲を,一般道路から出入りする通路のための各開口部(出入口)を除き,鉄製フェンス又は金網フェンス等で囲繞されており,上記各開口部には門扉等の設備はないが,出入口から入る通路は各集合住宅建物に関係のある者のみが通行の用に供することを許された通路であって,もちろん通り抜けのできる通路ではない。そうすると,上記敷地は,隣接の土地又は道路と明確に区画され,道路との開口部を除いてはフェンス等で囲繞されているから,住居である各号棟の各居室に付属し,主として居住者の利用に供されるために区画された場所というべきである。敷地のみならず建物共用部分についても,同様の場所であると解するのが相当である。そして,その敷地は,陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長が現に管理しており,建物共用部分については,各集合住宅建物の管理権者(1号棟から4号棟までは,航空自衛隊第1補給処立川支処長,5号棟から8号棟までは陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長)が現にこれを管理している。したがって,1号棟ないし8号棟の敷地及び建物共用部分は,集合住宅建物である1号棟ないし8号棟の囲繞地あるいは集合住宅建物の各居室に付属する共用の通路部分として,刑法130条にいう「人の看守する邸宅」に該当するものと解される。
[19] すなわち,各集合住宅建物のうち各居住者の居室については,現に人の起臥寝食の場所として日常使用されている建造物であるから,刑法130条の「住居」に該当することが明らかである。「邸宅」に関しては,大審院昭和7年4月21日判決(刑集11巻6号407号)において,邸宅とは,人の住居の用に供せられる家屋に付属し,主として住居者の利用に供せられるべき区画された場所をいうと定義されているところであるが,その法解釈を示す前提となった事案と併せてみてみると,少なくとも集合住宅建物に関しては,その囲繞地及び建物共用部分を「邸宅」と解するのが相当と考えられる(最高裁第1小法廷昭和32年4月4日判決・刑集11巻4号1327頁参照)。ただし,以上のうち,建物共用部分については,集合住宅建物の建造物の一部であり,住居の一部に当たるとする解釈もないではないが(広島高等裁判所昭和51年4月1日判決・高刑集29巻2号240頁,名古屋地方裁判所平成7年10月31日判決・判例時報1552号153頁),やはり集合住宅建物の共用部分であることなどにかんがみると,敷地と同様に解することが相当と考えられる(広島高等裁判所昭和63年12月15日判決・判例タイムズ709号269頁参照)。

(4) 被告人らの各行為が刑法130条前段にいう「侵入」に該当するか否かについて
[37](1) 原判決は,被告人らの各行為について構成要件該当性を認めながら,その各行為は,刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められないと判断しており,これはいわゆる可罰的違法性がないとの判断を示したものというべきところ,検察官の論旨はこの点の原判断を論難するものである。当裁判所は,被告人らの各立入り行為はいわゆる可罰的違法性を欠くものではなく,原判断を是認することができないと考えるので,以下,説明する。

[38](2) 検察官の論旨は,原判決がいわゆる可罰的違法性を否定する根拠として掲げたいくつかの考慮要素についての判断を論難しているので,順次これをみることとする。
ア 動機を正当なものとしこれを本件各犯行の違法性を否定する根拠とした原判決の判断が誤りであるとする点について
[39] 原判決は,被告人らが立川宿舎に立ち入った動機について,「立入り行為という手段の是非は別に論ずるとしても,ビラを届けることで自衛隊のイラク派遣に関するテント村の見解を自衛官らに直接伝えるという動機自体は,テント村の政治的意見の表明という正当なものである」旨判示し,さらに,結論部分において,「被告人らが立川宿舎に立ち入った動機は正当なものといえ」とし,これに加えて,「被告人らによるビラの投函自体は,憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一態様であり,民主主義社会の根幹を成すものとして,同法22条1項により保障されると解される営業活動の一類型である商業的宣伝ビラの投函に比して,いわゆる優越的地位が認められている」とも述べている。
[40] しかしながら,表現の自由が尊重されるべきことはそのとおりであるにしても,そのために直ちに他人の権利を侵害してよいことにはならないことはもとよりである。本件のビラの投函行為は,自衛官に対しイラク派遣命令を拒否するよう促す,いわゆる自衛官工作の意味を持つものであることは,ビラの文面からも明らかであるが,ビラによる政治的意見の表明が言論の自由により保障されるとしても,これを投函するために,管理権者の意思に反して邸宅,建造物等に立ち入ってよいということにはならないのである。つまり,検察官の所論が主張するように,何人も,他人が管理する場所に無断で侵入して勝手に自己の政治的意見等を発表する権利はないというべきである。したがって,本件各立入り行為について刑法130条を適用してこれを処罰しても憲法21条に違反するということにもならないと解される。
イ 被告人らの各立入り行為の態様が相当性の範囲を逸脱していないとした原判決の判断が誤りであるとする点について
[41] 原判決は,要するに,(a)被告人らの各立入り行為の態様自体は,立川宿舎の正常な管理及びその居住者の日常生活にほとんど実害をもたらさない,穏当なものといえる,(b)被告人らの本件各立入り行為が居住者のプライバシーを侵害する程度は相当に低いものとみるべきである,(c)被告人らがことさらに居住者,管理者からの反対を無視して各立入り行為に及んだとはいえない,との理由を挙げて,本件各立入り行為の態様について,相当性の範囲を逸脱したものとはいえない,と述べる。
[42] しかしながら,平成15年12月の自衛隊イラク派遣の閣議決定以降,さらには,同年12月13日ころになされたテント村関係者による立川宿舎へのビラの投函を受けて,これを防止するためなどに防衛庁の宿舎管理者らが様々の対策を取り,禁止事項表示板・表示物を設置・掲示し,居住者にも注意を喚起したことは,前述のとおりであること,いずれの場合にあっても,被告人らは,立川宿舎の敷地に立ち入った上,各号棟の階段を1階出入口から4階の各室玄関前まで立ち入って,各室玄関ドア新聞受けにビラを投函したこと,また,平成16年1月17日においては,被告人らが,居住者らからのビラ回収の指示及びビラ投函が禁止されていることの抗議等を受けながら,その日,その居住者の目の届かないところで,引き続きビラの投函を続行し,居住者からこのような抗議等を受けた事実を被告人3名とも認識するに至っていたのに,さらに,同年2月22日にも,同じ行為を繰り返していることなどに照らすと,上記(a)ないし(c)の判断は是認できない。
[43] なお、原判決は、(c)の点につき、投函したビラにテント村の連絡先が明記されているにもかかわらず、平成16年1月17日に至るまで、それらの配布につき、テント村やその構成員に対して、自衛隊ないし防衛庁関係者や警察からの連絡、接触が一切なかったから、被告人らがビラ投函のための立入り行為が許されないとの認識を持ちがたい状況であったとしているが、この点は先に述べたとおり、前期禁止事項表示板・表示物によって立川宿舎への関係者以外の立入禁止の意思は明確に示されており、ビラに記載された連絡先に直接連絡して禁止の意思を告知すべきものであったとまではいえない。
ウ 被告人らが立川宿舎に立ち入ったことにより生じた法益の侵害は極めて軽微なものというべきであるとした原判決の判断が誤りであるとする点について
[44] 原判決は,立川宿舎関係者の被害感情が強いことを考慮しても,被告人らが同宿舎に立ち入ったことにより生じた居住者及び管理者の法益の侵害は極めて軽微なものであると述べているが,この点も是認できない。
[45] すなわち,原判決は,被告人らが居住者及び管理者の意思に反して立川宿舎に立ち入った結果、「居住者,管理者ら立川宿舎関係者のうち,少なからぬ者が,ビラの内容が自衛官らに不安を与えるなどとして,ビラの投函に不快感を抱くに至ったと思料される。」などとした上で,法益の侵害は極めて軽微なものであるとするものであるが,この点は,必ずしも首尾一貫しない判断と思われる。被告人らの本件各立入り行為の目的・態様,これに対して居住者らがとった対応及び受けた不快感が上記のとおりであったことのほか,テント村関係者によるビラ投函のための立川宿舎敷地等への立入りが本件に先立つ平成15年10月から月1回のペースで反復して行われていて,これに対して管理権者らが上記のとおりの措置をとっていたことなどの事情にも照らすと,被告人らの本件各立入り行為によって生じた管理権者らの法益侵害の程度が極めて軽微なものであったということはできない。
[46] 以上によれば,検察官の所論は,いずれの点でも理由があり,前記のとおり邸宅侵入罪の構成要件に該当する被告人らの各立入り行為が,いわゆる可罰的違法性を欠くとして違法性が阻却されるとはいえない。
[47] してみると、本件各行為がいわゆる可罰的違法性を欠くとして各被告人に対し無罪を言い渡した原判断には、刑法130条の解釈、適用の誤りがあるといわざるを得ず、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、全部破棄を免れない。
[48] 論旨は上記の限度で理由がある。
[49] よって、刑訴法397条1項、380条により、原判決を破棄し、同法400条ただし書を適用して、各被告事件について更に判決する。
[50] 弁護人は、(a)本件各起訴状において被告人らが侵入したとされる「防衛庁宿舎の敷地」及び「防衛庁宿舎の通路部分」は、「住居」ではなく、「邸宅」及び「建造物」に該当するものであり、これらの「邸宅」及び「建造物」が刑法130条前段の構成要件に該当するためには、「人の看守する」ことがひつようであるが、本件各起訴状には、看守者の記載が欠落しているので、各起訴状記載の公訴事実では、刑法130条前段の構成要件に該当しない、よって、刑訴法339条1項2号に従い、裁判所は公訴棄却の決定をすべきである(公訴事実に対する弁護人意見2(1)。もっとも、この主張は、弁護人の冒頭陳述書及び弁論要旨では主張されていないので、事実上撤回されたものとも解されるが、念のため判断する。)、(b)本件各公訴提起は、表現の自由を極めて強度かつ広汎に侵害するだけでなく、テント村に対する弾圧を目的とするものであるから、憲法21条に違反して違憲かつ違法といわざるをえず、公訴提起における検察官の裁量の枠を逸脱したものとして、公訴権の濫用に当たる、よって、裁判所は、刑訴法338条4号により、公訴棄却の判決を下すべきである、と主張する。
[51] しかし、(a)については、検察官は、侵入の対象となる場所を「住居」であるとの主張に基づき事実記載しているものであり、それを前提にした場合、構成要件の要素を欠落していることにはならないから、刑訴法339条1項2号にいう「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に該当するものではないことが明らかである。ちなみに、検察官は平成16年6月25日付け各訴因変更請求書において、「陸上自衛隊東立川駐屯地業務隊長Dらが管理」する立川宿舎の敷地、階段などと記載して、それらにつき管理権者が管理していることを具体的に主張したところである。(b)については、被告人らの本件各立入り行為の違法性が阻却されるものでないことは既に述べたとおりであり、また、証拠を検討しても、本件各公訴の提起が、被告人らの表現活動の抑圧あるいは被告人らの所属団体の活動を抑制もしくは停止させるようなことを目的とするものとは認められないところであり、それが憲法21条に違反するものとはいえず、もちろん、本件各公訴提起につき検察官の職務犯罪を構成するような極限的な訴追裁量権の逸脱があるとは認められない。よって、弁護人の公訴権濫用の主張は採用できない。以上のとおりであって、本件各公訴提起について、公訴棄却の決定、判決をすべきものとは認められない。
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