福岡市学資保険訴訟
上告審判決

保護変更決定処分取消,損害賠償請求事件
最高裁判所 平成11年(行ツ)第38号
平成16年3月16日 第3小法廷 判決

上告人(被控訴人・被告) 福岡市東福祉事務所長
        代理人  都築弘 ほか

被上告人(控訴人・原告) 甲野春子〔仮名〕 ほか1名
        代理人  林健一郎 ほか

■ 主 文
■ 理 由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

[1] 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって,採用することができない。
[2] 本件は,生活保護を受けながら積み立てた学資保険の満期保険金の一部を収入として認定され,上告人から生活保護法(平成9年法律第124号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき金銭給付を減額する内容の保護変更決定処分を受けた被保護世帯に属する被上告人らが,上告人に対し,同処分の取消しを求めた事案である。

[3] 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
[4](1) 甲野太郎(昭和6年2月24日生まれ,平成5年1月21日死亡,以下「太郎」という。)は,コンクリートのはつりを主な仕事とする日雇職人であったが,聴力障害があって,収入は少なく,糖尿病や肝臓病の持病により入退院を繰り返していた。また,妻の花子(昭和17年2月13日生まれ,平成3年3月10日死亡,以下「花子」という。)も貧血,神経性胃炎,慢性気管支炎等の持病があり,病気がちで就労には支障があった。太郎は,交通事故とその後遺症,不況による失職等をきっかけに,収入を得ることができなくなったため,昭和50年8月6日,その世帯について生活保護の申請をした。これに対し,上告人は,同年9月23日,上記申請日にさかのぼって生活扶助等を行う旨の保護開始の決定をした。当時の太郎の世帯には,妻の花子のほか,長男の一郎(同44年8月14日生まれ)及び長女の被上告人春子(同47年11月21日生まれ)がおり,その後,同51年12月27日に二女の被上告人夏子が出生した。上記保護開始の決定後,太郎及び花子は,それぞれ就労して得た金員については所定の手続に従って申告をして収入としての認定(以下「収入認定」という。)を受け,同人らの世帯は,給付される保護金品及び収入認定を受けた収入(以下「給付金等」という。)によって生活していた。
[5](2) 太郎は,昭和51年6月17日,当時3歳の長女を被保険者として,郵政省の保険全期間払込18歳満期学資保険(満期平成2年6月16日,保険料月額3000円,満期保険金50万円。以下「本件学資保険」という。)に加入した。太郎が本件学資保険に加入した目的は,被保険者である長女にとどまらず,約半年後に出生の予定であった二女の高等学校修学の費用に充てることにもあった。この保険料の原資は,給付金等であった。
[6](3) 学資保険は,郵政省を事業主体とし,子を被保険者,親を契約者とする養老保険の一種であって,加入年齢は,子が0歳から12歳まで,親が20歳から50歳まで,保険金額は50万円から700万円までであり,種類として15歳満期コースと18歳満期コースに分かれ,18歳満期コースでは被保険者が高等学校に入学する15歳の時に,保険金の1割に当たる生存保険金(お祝い金)が支払われる仕組みになっていた。被保険者の死亡や第1級後遺障害に対しては,それぞれ死亡保険金や重度障害保険金が支払われ,契約者の死亡等に対してはその後の保険料の支払が免除され,満期には満期保険金等が支払われることになっていた。
[7](4) 生活保護の実務においては,当初は,子弟の高等学校修学について,当該子弟の生計を被保護世帯から分離するいわゆる世帯分離によってこれを容認する方法が採られたため,高等学校修学の費用だけでなく修学者の生活費も保護の対象とならず,高等学校に修学するためには,自ら又は他からの援助によってこれらの費用を賄うことが必要であった。しかし,高等学校修学が被保護世帯の自立助長に資するとの観点から,昭和36年以降,世帯内修学,すなわち,子弟が被保護世帯と生計を共にし,生活費等について保護を受けながら高等学校修学をすることを認める運用がされるようになり,その対象となる学校の範囲も順次拡大されていった結果,同45年にはすべての高等学校について,さらに同51年には高等学校に準ずる各種学校についてそれぞれ世帯内修学が一般的に認められるようになった。
[8](5) 太郎の長男は,昭和60年4月に福岡市内にある私立高等学校に入学し,平成2年4月に同校卒業を契機に独立して本件世帯から離れた。長女は昭和63年4月に同市内にある私立高等学校に入学し,平成3年3月に同校を卒業した。また,二女は,同4年4月に同市内にある私立高等学校に入学したものの,同5年6月に中途退学した。
[9](6) 太郎は,長女の高等学校進学費用に充てるため,本件学資保険を担保に貸付けを受ける一方,その返済をしていたが,平成2年6月19日,本件学資保険の満期保険金のうち,上記貸付けに対する弁済金等を控除した残金44万9807円(以下「本件返戻金」という。)を受領した。
[10](7) 太郎は,平成2年6月分の保護として合計18万円余を受給していたところ、上告人は,同月28日,生活保護法4条1項及び8条1項に基づき,本件返戻金のうち44万5807円を収入認定した上,同年7月分から同年12月分までの保護の月額を9万5175円(ただし,同年7月分は9万5168円)に減額する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

[11] 生活保護法による保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われるものであり,最低限度の生活の需要を満たすのに十分であって,かつ,これを超えないものでなければならない(同法4条1項,8条)。また,保護の種類は,生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療扶助,出産扶助,生業扶助及び葬祭扶助の7種類と定められており(同法11条1項),各類型ごとに保護の行われる範囲が定められている。そうすると,保護金品又は被保護者の金銭若しくは物品を貯蓄等に充てることは本来同法の予定するところではないというべきである。
[12] しかし,保護は,厚生大臣の定める基準により要保護者の需要を測定し,これを基として行われる(同法8条1項)のであり,生活扶助は,原則として金銭給付により(同法31条1項),1月分以内を限度として前渡しの方法により行われ(同条2項),居宅において生活扶助を行う場合の保護金品は,世帯単位に計算し,世帯主又はこれに準ずる者に対して交付するものとされている(同条3項)。このようにして給付される保護金品並びに被保護者の金銭及び物品(以下「保護金品等」という。)を要保護者の需要に完全に合致させることは,事柄の性質上困難であり,同法は,世帯主等に当該世帯の家計の合理的な運営をゆだねているものと解するのが相当である。そうすると,被保護者が保護金品等によって生活していく中で,支出の節約の努力(同法60条参照)等によって貯蓄等に回すことの可能な金員が生ずることも考えられないではなく,同法も,保護金品等を一定の期間内に使い切ることまでは要求していないものというべきである。同法4条1項,8条1項の各規定も,要保護者の保有するすべての資産等を最低限度の生活のために使い切った上でなければ保護が許されないとするものではない。
[13] このように考えると,生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象とすべき資産には当たらないというべきである。生活保護法上,被保護世帯の子弟の義務教育に伴う費用は,教育扶助として保護の対象とされているが(同法11条1項2号,13条),高等学校修学に要する費用は保護の対象とはされていない。しかし,近時においては,ほとんどの者が高等学校に進学する状況であり,高等学校に進学することが自立のために有用であるとも考えられるところであって,生活保護の実務においても,前記のとおり,世帯内修学を認める運用がされるようになってきているというのであるから,被保護世帯において,最低限度の生活を維持しつつ,子弟の高等学校修学のための費用を蓄える努力をすることは,同法の趣旨目的に反するものではないというべきである。
[14] そうすると,太郎が同一世帯の構成員である子の高等学校修学の費用に充てることを目的として満期保険金50万円の本件学資保険に加入し,給付金等を原資として保険料月額3000円を支払っていたことは,生活保護法の趣旨目的にかなったものであるということができるから,本件返戻金は,それが同法の趣旨目的に反する使われ方をしたなどの事情がうかがわれない本件においては,同法4条1項にいう資産等又は同法8条1項にいう金銭等には当たらず,収入認定すべき資産に当たらないというべきである。したがって,本件返戻金の一部について収入認定をし,保護の額を減じた本件処分は,同法の解釈適用を誤ったものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

[15] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田宙靖  裁判官 金谷利廣  裁判官 濱田邦夫  裁判官 上田豊三)

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