砂川政教分離訴訟(空知太神社)
差戻後上告審判決

財産管理を怠る事実の違法確認請求事件
最高裁判所 平成23年(行ツ)第122号
平成24年2月16日 第一小法廷 判決

上告人 (被控訴人 原告) 谷内栄  ほか1名
          代理人 石田明義 ほか

被上告人(控訴人  被告) 砂川市長           代理人 新川生馬 ほか

■ 主 文
■ 理 由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 本件は,北海道砂川市(以下「市」という。)がその所有する土地を神社施設の敷地として無償で使用させていることは憲法の定める政教分離原則に違反する行為であって,敷地の使用貸借契約を解除し同施設の撤去及び土地明渡しを請求しないことが違法に財産の管理を怠るものであるとして,市の住民である上告人らが,被上告人に対し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,上記怠る事実の違法確認を求める事案である。

[2] 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

[3](1) 市は,原判決別紙第1不動産目録記載1ないし5の各土地(以下「本件各土地」といい,同目録記載の土地を個別に摘示するときは,その番号に従い「本件土地1」などという。)を所有している。
[4] 本件土地1上には,鳥居及び地神宮が設置されている。また,本件各土地上には,原判決別紙第2及び第3のとおり,地域の集会場等である空知太会館(以下「本件建物」という。)が建てられ,その一角に空知太神社(以下「本件神社」という。)の祠が設置されている。本件建物のうち会館入口とは別に鳥居の正面に当たる部分にある入口の上部には,「神社」との表示が設けられていたが,上記表示は後記(5)のとおり現在では撤去されている(以下,上記の鳥居等をそれぞれ「本件鳥居」,「本件地神宮」,「本件祠」及び「本件神社の表示」といい,これらの4物件を併せて「本件神社物件」という。)。
[5] 本件建物及び本件神社物件の所有者は,空知太連合町内会(以下「本件町内会」という。)であり,市は,本件町内会に対し,本件各土地を無償で本件建物,本件鳥居及び本件地神宮の敷地としての利用に供している(以下,市が本件各土地を上記のとおり無償で提供していることを「本件利用提供行為」という。)。

[6](2) 本件神社は,宗教法人法所定の宗教法人ではなく,神社付近の住民らで構成される氏子集団(以下「本件氏子集団」という。)によってその管理運営がされている。本件氏子集団は,組織についての規約等がなく,氏子の範囲を明確に特定することもできないため,これを権利能力なき社団と認めることはできないが,役員として氏子総代及び世話役が各10名おり,総代の中からその代表者である総代長を協議で選出している。本件町内会は,空知太地区の6つの町内会によって組織される地域団体で,本件氏子集団を包摂し,各町内会の会員によって組織される運営委員会が本件建物の管理運営を行っている。

[7](3) 昭和23年頃,現在の市立空知太小学校(当時の名称は公立空知郡南空知太尋常小学校)において校舎増設及び体育館新設の計画が立てられ,その敷地としてそれまで神社施設が所在していた隣地を使用することになったため,空知太地区の住民であるEは,その所有する本件土地1及び4を上記神社施設の移転先敷地として提供し,上記神社施設はその頃上記各土地上に移設された。Eは,昭和28年,本件土地1及び4に係る固定資産税の負担を解消するため,当時の砂川町(同33年7月の市制施行により市となる。以下「町」という。)に上記各土地の寄附願出をし,町は,同年3月の町議会において,上記各土地の採納の議決及び上記各土地を祠等の施設のために無償で使用させる旨の議決を経て,Eからの寄附に基づきそれらの所有権を取得した。
[8] 本件町内会は,昭和45年,市から補助金の交付を受けて,本件各土地上に本件建物を新築した。これに伴い,従来の鳥居等は取り壊され,本件祠及び本件鳥居が現在の位置に設置された。
[9] 現在,本件神社においては,初詣,春祭り及び秋祭りという年3回の祭事が行われており,春祭りと秋祭りの際には,砂川神社から宮司の派遣を受け,「空知太神社」,「地神宮」等と書かれたのぼりが本件鳥居の両脇に立てられる。また,秋祭りの際には,本件地神宮の両脇に「奉納 地神宮 氏子中」等と書かれたのぼりが立てられて神事が行われる。

[10](4) 当裁判所大法廷が,本件を原審に差し戻した判決(最高裁平成19年(行ツ)第260号同22年1月20日大法廷判決・民集64巻1号1頁)において,本件利用提供行為の現状は憲法89条及び20条1項後段に違反するものであるが,このような違憲状態の解消には神社施設を撤去して土地を明け渡す以外にも適切な手段があり得るから,他の合理的で現実的な手段が存在するか否かについて更に審理を尽くさせる必要がある旨を判示したことを受けて,市の担当者は,平成22年1月22日,氏子総代長であるFと面談し,当時のN町内会の会長であり本件町内会の会長も務めたことのある同人に対し,市としては上記判決によって示された方法により解決を図りたい旨を申し入れるとともに,地域としての意見の取りまとめを依頼した。Fは,本件氏子集団の役員らや本件町内会を組織する各町内会の会長らと協議を重ねた上,同年3月19日,市の担当者に対し,神社施設を存続させる方向でまとまりつつあること,本件神社の財政上本件各土地の買取りは不可能であり,賃借する場合でも極力面積が小さくなるように配慮してほしいこと,本件地神宮については「地神宮」の文字を削り「開拓記念碑」に彫り直す方針であることなどを述べた。これに対し,市の担当者は,本件祠を本件鳥居の北側に移設して敷地を縮小する場合には,例えば面積を20坪とすれば賃料を年4万6000円程度に抑えることができるとの見通しを伝えたところ,Fは,同月26日,市の担当者に対し,同月19日に市と協議した方法による本件神社の存続につき本件氏子集団の役員会において意思確認がされた旨を告げた。

[11](5) 上記(4)の協議を受けて,被上告人は,本件利用提供行為の前示の違憲状態を解消するために次のアないしオの手段(以下「本件手段」という。)を採る方針を策定し,平成22年7月9日の原審口頭弁論期日においてこれを表明した。
ア 本件建物につき,本件神社の表示を撤去する。
イ 本件地神宮につき,「地神宮」の文字を削り,宗教的色彩のない「開拓記念碑」等の文字を彫り直す。そのために必要な費用は約13万円である。
ウ 本件祠につき,本件建物内からこれを取り出し,本件鳥居の付近に設置し直す。そのために必要な費用は約51万円である。
エ 本件鳥居及び本件祠につき,その敷地として,本件土地1のうち本件鳥居が存して国道に面する部分52㎡(原判決別紙第6の図面斜線部分。以下「本件賃貸予定地」という。)を砂川市公有財産規則(平成4年砂川市規則第21号)に基づく適正な賃料(年額3万5000円程度)で本件氏子集団の氏子総代長に賃貸する。
オ 本件賃貸予定地については,ロープを張るなどその範囲を外見的にも明確にする措置を施す。
[12] Fは,同月16日,市の担当者に対し,本件祠の移設のために必要な費用及び本件地神宮の文字の彫り直し費用については本件神社側が負担することで了解済みである旨を述べた。G及び他の地域住民は,その後,本件神社の表示を撤去するとともに,本件建物内に保管されていた本件神社に関連する物品等を全て地域住民宅に移動した。
[13](1) 論旨は,本件手段の実施は,その直接の効果として本件氏子集団が本件祠及び本件鳥居を利用した宗教的活動を行うことを容易にするものであるから,その効果は本件利用提供行為と全く異ならないため,その違憲状態を解消することはできず,市が本件神社物件の撤去及び本件土地1の明渡しの方法を採らずに本件手段を実施することは,憲法89条,20条1項後段に違反する旨をいうのである。

[14](2) 本件手段は,市が,前掲平成22年1月20日大法廷判決の前記判示を踏まえ,本件利用提供行為の前示の違憲性を是正解消するために,これを採る方針を策定したものである。
[15] そして,本件手段が実施されると,それまで無償で利用に供されていた本件賃貸予定地につき,適正な賃料が利用の対価として市に支払われることとなり,また,本件祠と本件鳥居の敷地として利用される市有地の部分が大幅に縮小されるとともに,本件土地1のうち本件賃貸予定地の範囲を外見的にも明確にする措置が執られることにより,本件氏子集団の利用し得る部分が事実上拡大することの防止も確保される上,本件祠の移設,本件神社の表示の撤去,本件地神宮の文字の彫り直し等の措置が執られることにより,本件賃貸予定地以外の部分からは,本件神社の徴表となる物件や表示は除去されることとなる(なお,本件神社の表示及び本件建物内に保管されていた本件神社に関連する物品等は,前記第1の2(5)のとおり,既に撤去されている。)。加えて,前記事実関係等によれば,本件賃貸予定地が国道に面しており,本件建物内に保管されていた本件神社に関連する物品等が既に撤去されているため,本件手段の実施後に本件氏子集団が本件祠の移設された本件賃貸予定地において祭事等を行う場合に,本件各土地のうち本件賃貸予定地以外の部分や本件建物を使用する必要はないものということができる。これらの事情のほか,本件神社物件の前身である施設は本件土地1及び4が市制施行前の町有地となる前から上記各土地上に存在しており,上記各土地が町有地となったのも,小学校敷地の拡張に協力した用地提供者に報いるという世俗的,公共的な目的によるものであって,本件神社を特別に保護,援助するという目的によるものではなかったといえることも併せて総合考慮すると,本件手段が実施された場合に,本件氏子集団が市有地の一部である本件賃貸予定地において本件鳥居及び本件祠を維持し,年に数回程度の祭事等を今後も継続して行うことになるとしても,一般人の目から見て,市が本件神社ないし神道に対して特別の便益を提供し援助していると評価されるおそれがあるとはいえないというべきである。
[16] 他方,本件神社物件を全て直ちに撤去させるべきものとすることは,本件氏子集団がこれを利用してごく平穏な態様で行ってきた祭事等の宗教的活動の継続を著しく困難なものにし,その構成員の信教の自由に重大な不利益を及ぼすことが明らかである。これに対し,前記事実関係等によれば,本件氏子集団は,年額約3万5000円の賃料を負担することによって,本件賃貸予定地において従前と同様の祭事等を行うことが可能となり,本件祠の移設や本件地神宮の彫り直しについても費用負担の点を含めて了承しているというのであるから,本件手段の実施による本件氏子集団の構成員の宗教的活動に対する影響は相当程度限定されたものにとどまるということができる。
[17] そうすると,本件手段は,本件利用提供行為の前示の違憲性を解消する手段として合理性を有するものと解するのが相当である。

[18](3) そして,本件手段は,適正な対価による貸付けであるので,その実施には市議会による議決を要するものではなく(地方自治法96条1項6号,237条2項参照),また,前記事実関係等によれば,本件手段は,市の担当者が,氏子総代長であり本件町内会の元会長であったFと度々面談し,同人を介して本件氏子集団の役員らや本件町内会の会長らと協議を重ねてその意見を聴取し,本件氏子集団の役員会の了解を取り付けた上で策定したものであって,既に本件神社の表示の撤去が実施され,本件祠の移設や本件地神宮の彫り直しも費用負担の点を含めて本件氏子集団の了承が得られており,他方,本件賃貸予定地に係る年額約3万5000円の賃料の支払が将来滞る蓋然性があるとは考え難いことを併せ考えると,本件手段は確実に実施が可能なものということができ,その現実性を優に肯定することができる。

[19](4) したがって,本件手段は,本件利用提供行為の前示の違憲性を解消するための手段として合理的かつ現実的なものというべきであり,市が,本件神社物件の撤去及び本件土地1の明渡しの請求の方法を採らずに,本件手段を実施することは,憲法89条,20条1項後段に違反するものではないと解するのが相当である。このことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成19年(行ツ)第334号同22年1月20日大法廷判決・民集64巻1号128頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。論旨は採用することができない。
[20] 論旨は,違憲をいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

[21] よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白木勇  裁判官 宮川光治  裁判官 櫻井龍子  裁判官 金築誠志  裁判官 横田尤孝)

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