(Written in Japanese)

研究内容の概略

 物質は原子の組み合わせにより様々な性質を示します。このような物質の多様な性質を統一的に理解するためには、微視的な視点からその起源を明らかにする必要があります。我々は、結晶構造の観点から物質の性質を理解することを目的として研究をおこなっています。このような構造物性研究には、結晶構造やその乱れに関する情報を与えるX線回折・散乱は不可欠な実験手段といえます。我々は、通常のX線発生装置のほかに放射光を用いて、温度・圧力・磁場といった様々な環境下における物質の性質を調べ、物性の発現機構に関する知見を得たり、新しい現象を探索したりしています。最近は、物質の動的性質やX線のコヒーレンスを生かした実験手法の開発にも興味を持っています。

1.実験手法

・X線回折・散漫散乱

 X線回折実験によって、原子の並び(結晶構造)に関する情報を得ることができます。また、X線散漫散乱の測定によって、格子振動や構造不均一性といった平均構造からの乱れについての知見を得ることができます。

・放射光を用いた実験

 放射光には、高輝度・高分解能・偏光特性・波長可変性などの優れた性質があります。これらの性質を利用すると、通常の実験室系のX線では検出できない弱い散乱を高分解能で観測できるばかりでなく、物質の磁気的性質や電荷・軌道の秩序に関する情報を得たりすることも可能となります。 

・極端条件下における物性研究

 低温や高温、高圧力や強磁場といった極端条件下における物質の振る舞いを、X線回折や電気抵抗といった物性測定により調べています。通常の環境では隠れていた性質を明らかにすることにより、物性へのより深い理解が得られます。


2.研究例

 相転移点では電気的・磁気的・誘電的性質などが大きく変化します。そのため、相転移は基礎科学のみならず応用においても重要な現象であると言えます。我々は、様々な物質の興味ある相転移の微視的な機構の解明をめざして、主にX線回折・散乱を用いた実験的研究をおこなっています。 以下に、これまでの研究テーマとして主なものを3つあげて簡単に説明します。

RNiC2 における格子変調・電気伝導・磁性の相関関係

 希土類金属間化合物SmNiC2において、電気伝導が特異な振る舞いをすること、さらにその振る舞いが電荷密度波(CDW)と磁性の強い相関関係に起因していることを明らかにしました。右図に、SmNiC2a, b, c軸方向の電気抵抗率の温度依存性を示します。この物質の電気抵抗率は、T1 = 148 Kで明瞭な折れ曲がりを示し、さらに強磁性転移温度TC = 17.7 Kで約一桁にわたり減少します。放射光を用いたX線回折実験をおこなった結果、格子変調の存在を示す衛星反射がT1以下で発生し、TC以下で消失することが明らかとなりました。さらにT1以上の温度で、フォノンのソフト化を示唆するX線散漫散乱の存在を見いだしました。これらの結果は、T1以下の温度で形成されたCDWが強磁性転移に伴って消失するとして理解できます。以上のことから、SmNiC2はCDWと磁性が強く結合したこれまでにない系であるといえます。磁性の発現により電気伝導が大きく変わることから、今後の応用研究への発展が期待されます。
 反強磁性転移を示すGdNiC2とTbNiC2について同様の測定をおこない、ネール温度以下でCDW秩序の抑制や秩序の部分的崩壊が起こることを明らかにしました。RNiC2Rは希土類)におけるCDW転移の系統的性質を明らかにするとともに、CDW秩序においてフラストレーション効果が存在することを示唆する結果を得ました。
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. Lett. 102, 076404 (2009).
・下村晋 、放射光 23, 20-25 (2010).
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. B 93, 165108 (2016).

・ペロフスカイト型マンガン酸化物のX線散乱

 ペロフスカイト型マンガン酸化物は、巨大磁気抵抗効果(CMR)や電荷軌道整列転移(CO)を示します。CMRの起源となる電気抵抗率の異常な増大が定量的に理解できないことから、強い電子格子相互作用の存在が指摘されていました。
 我々は、CMRを示す物質について、散漫散乱強度が強磁性金属転移温度で突然消失することを明らかにし、電子がつくった局所格子歪みに自身が捕獲されるポーラロンの効果がCMRに重要な役割を果たしていることを明らかにしました。また、逆格子点周りでの散漫散乱強度分布を測定し(右図左)、計算結果(右図右)と比較することにより、ポーラロン歪みがJahn-Teller効果に起因していることを示しました。
 さらに、COを示す物質でも、同様の局所格子歪みとその相関が存在することを明らかしました。また、低温圧力下や磁場中でのX線回折実験を行い、電荷軌道無秩序相の誘起や新たなCO相の存在を見いだしました。
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. Lett. 83, 4389 (1999).
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. B 62, 3875 (2000).
・S. Shimomura et al., J. Phys. Soc. Jpn. 68, 1943 (1999).
・S. Shimomura et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76, 124603 (2007).

A2BX4 型誘電体における整合不整合相転移の“悪魔の花”的な振る舞い

 空間的に変調された構造が安定化する理由は、競合する相互作用を持つモデル、例えばANNNI (Axial Next-Nearest Neighbor Ising )モデルなどにより理論的に説明されています。これらのモデルでは、温度と相互作用のバランスの相図は無限数の整合相と不整合相からなる複雑な様相(悪魔の花)を呈することが知られています。
 本研究では、温度や圧力を高精度で制御して高分解の測定を行い、A2BX4の化学式をもつ誘電体[N(CH3)4]2MCl4 (M = Mn, Fe, Zn)において数多くの長周期整合相が現実に現れること、すなわち「悪魔の花」に相当する現象が現実に現れることを明らかにしました。例として、M = Mnについて得られた圧力温度相図を示します。観測された整合相の波数は簡単な数列を形成し、このことは現象の単純さと美しさを物語っています。
 さらに、M = Cuについて、同様の実験を行い圧力温度相図を作成した結果、整合相と二つの不整合領域が合流する特異な臨界点が存在することを見いだしました。
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. B 54, 6915-6920 (1996).
・S. Shimomura et al., Phys. Rev. B 53, 8975-8982 (1996).
・下村晋、浜谷望、藤井保彦、固体物理 31, 1-9 (1996).