課税処分無効事件(昭和36年)
上告審判決

国税賦課処分無効確認請求事件
最高裁判所 昭和35年(オ)第759号
昭和36年3月7日 第三小法廷 判決

上告人 (控訴人  原告) 甲野兼太郎(仮名)
    右訴訟代理人弁護士 松崎憲司 山口嘉夫

被上告人(被控訴人 被告) 平税務署長 木須義晴

■ 主 文
■ 理 由

■ 上告代理人松崎憲司、同山口嘉夫の上告理由


 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

 行政処分が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならず、ここに重大かつ明白な瑕疵というのは、「処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大明白な瑕疵がある場合」を指すものと解すべきことは、当裁判所の判例である(昭和32年(オ)252号同34・9・22第三小法廷判決、集13巻11号1426頁)。右判例の趣旨からすれば、瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指すものと解すべきである。もとより、処分成立の初めから重大かつ明白な瑕疵があつたかどうかということ自体は、原審の口頭弁論終結時までにあらわれた証拠資料により判断すべきものであるが、所論のように、重大かつ明白な瑕疵があるかどうかを口頭弁論終結時までに現われた証拠及びこれにより認められる事実を基礎として判断すべきものであるということはできない。また、瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上、客観的に、誤認が一見看取し得るものであるかどうかにより決すべきものであつて、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではなく、行政庁がその怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかにかかわらず、外形上、客観的に誤認が明白であると認められる場合には、明白な瑕疵があるというを妨げない。原審も、右と同旨の見解に出たものと解すべきであつて、所論は、右に反する独自の見解を前提とするものであり,すべて採用のかぎりでない。

 よつて、民訴401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介  裁判官 島保  裁判官 高橋潔  裁判官 石坂修一)
 原判決は本件立木の売却によつて8百万円の収入を得たのは甲野貞美であつて甲野武雄ではないといわなければならないから、昭和31年度に於て武雄には山林所得がなかつたのに右8百万円の山林所得があつたと誤認してなされた被上告人の本件所得金額及び所得税額決定処分は右誤認の点において重大な瑕疵があるというべきであると判示し乍ら、右誤認は次の様な理由により明白な瑕疵でないと認定したものである。
 即ち本件口頭弁論の全趣旨から右決定処分を為すにつき被上告人が当然その参考資料にしたものと認められる前出甲第4、5号証、乙第1ないし3号証の記載を素読するならば、前記示談契約成立の経緯として認定した事実からも明らかなごとく、本件立木は一見被上告人主張のように右示談契約においては贈与の対象からはずされ、その所有権が武雄に留保され且つ武雄が滝口寅雄に金8百万円で売却したかのように受取れる。このことは前示のように甲第4、5号証の示談契約書及び和解調書の作成につき、本件立木の処分による山林所得税の賦課をおそれて真実の表現をとらなかつたことからも裏書きされる。しかも前記決定処分に前示のような重大瑕疵があることは、その後の本件訴訟において証人その他の証拠調をすることによつてようやく明らかとなつたことも本件訴訟の審理経過から認められるところである。それなら前示重大な瑕疵は右決定処分の行なわれる当時においてとくに外観上明白でなかつたといわなければならないと判決している。
 しかし乍ら行政行為の瑕疵が明白且つ重大であるかどうかは客観的に認定せられた事実に基づきそれが行政行為の明白且つ重大な瑕疵に該当するか否かによつて決定せらるべきものであつて、単に行政行為当時の証拠資料によつては行政行為の明白且つ重大なる瑕疵と認めることができないと考えるべきものではない。もし、しかく解するのでなければ行政庁の怠慢により調査すべき資料を見落した場合には常に行政行為には明白な瑕疵がないということになる。しからば行政訴訟に於て口頭弁論終結までに現われた証拠資料を調査することは意味をなさない。
 思うに行政行為が明白且つ重大な瑕疵であるか否かは事実審の最終口頭弁論期日迄に現われた証拠資料により客観的に確定せられた事実が行政行為の明白且つ重大なる瑕疵に該当するや否やによつて判断すべきである。
 しからざれば、第三者の所有物に対する滞納処分、私人の山林、土地を公物として払下処分をするとか、いずれも処分当時には同一家屋内に存在しているとか、私人の山林と認められない様な状況の下において行政行為がなされたものであり行政訴訟の結果それが第三者の物であるとか、私人の所有であるということが事実審の最終口頭弁論の結果判明したものであつて、これを行政行為当時明らかな瑕疵ではないという理由で行政行為の無効を認定することができないこととなる。
 本件の場合上告人先代甲野武雄は、行政行為当時本件山林立木を所有してもおらなければこれを売却処分した事実もなく、従つて山林所得も全然存在しないことは原審判決の確定したところである。しからば右事実が客観的に見て行政行為の明白且つ重大なる瑕疵に該当するか否かを判断すべきであつて右事実が行政行為の明白且つ重大なる瑕疵に該当することは明かである。
 被上告人が本件賦課処分をするにあたり単に甲第4、5号証乙第1ないし7号証の記載からのみ判断し甲第3号証確認書甲第4号証の関係者中上告人側の市井弁護士、上告人本人加藤清美、乙第3号証等の調査を怠つたためにかかる重大なる誤認をなすにいたつたものであるから単に被上告人が一方的に採用した資料によれば本件事実が明白でなかつたという理由で本件瑕疵が明白でないとし本件行政行為は無効でないと判断したことは法律の適用を誤つたものである。
 仍て原判決を破毀してしかるべき御判決をお願いする次第である。

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