教育施設負担金事件
上告審判決

教育施設負担金返還請求事件
最高裁判所 昭和63年(オ)第890号
平成5年2月18日 第一小法廷判決

上告人 (控訴人  原告) 高橋喜久枝 外11名
          代理人 岸巌 外1名
被上告人(被控訴人 被告) 武蔵野市
          代理人 中村護 外5名

■ 主 文
■ 理 由


 原判決中予備的請求に関する部分を破棄する。
 右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
 その余の本件上告を棄却する。
 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

[1] 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
[2] 原審の認定した事実関係の概要は、次のとおりである。
[3](一) 武蔵野市においては、昭和44年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」という。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和46年10月1日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。
[4](二) 指導要綱は、1000平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ10メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1) 事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2) 事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3) 事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4) 開発面積が3000平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5) 上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6) 建設計画が15戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が15戸ないし113戸の場合には、1戸につき54万4000円とされていた。)、(7) 市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8) 指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。
[5](三) 被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。
[6] 事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後20日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。
[7](四) 指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。
[8](五) 武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和49年6月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年12月7日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和50年5月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年12月8日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月20日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として350万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。
[9](六) 山基建設は、昭和52年2月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和53年12月5日、水道法15条1項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。
[10](七) 山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。
[11](八) 亡高橋米久(以下単に「米久」という。)は、昭和52年5月ころ、武蔵野市内の本件土地に米久、その妻の上告人高橋喜久枝、二男の上告人高橋良治及び三男の上告人高橋伸公の4名名義で3階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者倉内成彬に委託した。米久は、倉内から、指導要綱に従って教育施設負担金1523万2000円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。
[12](九) その後、米久は、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していた倉内から、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和52年8月5日、指導要綱に従って1522万2000円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると1523万2000円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月25日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年10月25日建築確認がされた。
[13](一〇) 米久は、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年11月2日、1523万2000円を被上告人に納付した。

[14] 原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人が米久に教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争が米久の意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員の米久に対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

[15] しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
[16] 前記1(一)の指導要綱制度に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない。
[17] しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法15条1項、最高裁昭和60年(あ)第1265号平成元年11月8日第二小法廷決定・裁判集刑事253号399頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人が米久に対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、米久が被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない。
[18] 右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人が米久に対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、米久に対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、米久に教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない。
[19] これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。

[20] よって、民訴法407条、396条、384条、95条、89条、93条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋元四郎平  裁判官 大堀誠一  裁判官 味村治  裁判官 小野幹雄  裁判官 三好達)

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