富山大学単位不認定事件
第一審判決

単位不認定等違法確認請求事件
富山地方裁判所 昭和42年(行ウ)第9号
昭和45年6月6日 民事部 判決

原告 藤田勝秀 外6名
被告 富山大学経済学部長、富山大学学長

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原告らの第1ないし第4次的請求をいずれも却下する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。

一、(原告ら)
(1) 原告針原を除くその余の原告ら6名の第1次的請求として、
 被告富山大学経済学部長(以下被告経済学部長という)が原告藤田、同小池、同木方、同今泉、同園田、同荻田から同被告宛に提出された富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当経済原論4単位の各履修票ならびに原告藤田から、同被告宛に提出された同学部同年度同教授担当演習2単位の履修票について、単位授与、不授与の決定をしないのは違法であることを確認する。
 原告針原の第1次的請求として、
 被告経済学部長が原告針原から同被告宛に提出された富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当同学部専攻科演習および研究報告10単位の履修票について、単位授与、不授与の決定をしないのは違法であることを確認する。
 被告富山大学学長(以下被告学長という)が原告針原から同被告宛に提出された富山大学経済学部専攻科履修届について、修了、未修了の決定をしないのは違法であることを確認する。
との判決を求め、
(2) 原告針原を除くその余の原告ら6名の第2次的請求として、
 被告学長が原告藤田、同小池、同木方、同今泉、同園田、同荻田から同被告宛に提出された富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当経済原論4単位の各履修票ならびに原告藤田から、同被告宛に提出された同学部同年度同教授担当演習2単位の履修票について、単位授与、不授与の決定をしないのは違法であることを確認する。
 原告針原の第2次的請求として、
 被告学長が原告針原から同被告宛に提出された富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当同学部専攻科演習および研究報告10単位の履修票について、単位授与、不授与の決定をしないのは違法であることを確認する。
との判決を求め、
(3) 原告針原を除くその余の原告ら6名の第3次的請求として、
 被告経済学部長に、原告藤田、同小池、同木方、同今泉、同園田、同荻田が富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当の経済原論4単位を取得したことならびに同藤田が同学部同年度同教授担当の演習2単位を取得したことをそれぞれ認定する義務があることを確認する。
 原告針原の第3次的請求として、
 被告経済学部長に、原告針原が富山大学経済学部専攻科昭和41年度内田穣吉教授担当の演習および研究報告10単位を取得したことを認定する義務があることを確認する。
 被告学長に、原告針原が富山大学経済学部専攻科を修了したことを認定する義務があることを確認する。
との判決を求め、
(4) 原告針原を除くその余の原告ら6名の第4次的請求として、
 被告学長に、原告藤田、同小池、同木方、同今泉、同園田、同荻田が富山大学経済学部昭和41年度内田穣吉教授担当の経済原論4単位を取得したことならびに同藤田が同学部同年度同教授担当の演習2単位を取得したことをそれぞれ認定する義務があることを確認する。
 原告針原の第4次的請求として、
 被告学長に、原告針原が富山大学経済学部専攻科昭和41年度内田穣吉教授担当の演習および研究報告10単位を取得したことを確定する義務があることを確認する。
(5) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求めた。

二、(被告ら)
(1) 本案前の裁判として、
 主文同旨
の判決を求め、
(2) 本案の裁判として、
 原告らの第1ないし第4次的請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求めた。
[1](1) 原告針原は昭和41年度当時富山大学経済学部専攻科の、同人を除くその余の原告ら6名は同年度当時同大学同学部の各学生であつた。

[2](2) 富山大学経済学部における授業科目などの単位取得の方式は次のとおりである。すなわち、同大学学則12条1項によつて「専門教育科目の履修方法は、大学設置基準に定める原則による。ただし、その細目については学部規程に定める」ものとされているのであるが、同大学経済学部においては、過去からの取扱い例や同大学の他の学部規程(教育学部規程8条、10条、文理学部規程10条、11条)に照して、先ず授業科目などが定められ、学生は履修しようとする授業科目などについて履修票を提出したうえ、その授業に出席し、試験を受け、その成績を担当教授が判定し、合格した授業科目などについて被告経済学部長が所定の単位取得を認定する制度になつている。
[3] 仮に、同被告に単位取得を認定する最終的な権限がないとすれば、その認定権者は被告学長である。

[4](3) 富山大学経済学部専攻科の修了については学校教育法施行規則67条に基づき、同学部教授会の議を経て、被告学長がこれを認定する制度になつている。

[5](4) 原告針原を除くその余の原告ら6名は富山大学経済学部の昭和41年度内田穣吉教授担当にかかる経済原論4単位を、原告藤田は右単位のほか、演習2単位をそれぞれ取得するため、いずれも同年4月15日頃被告経済学部長宛に右各科目の履修票を提出してその授業に出席し、同教授の実施した試験を受け、同教授から合格の判定を受け、同教授は同42年3月20日被告経済学部長に右原告らの右各科目の成績票を提出したにもかかわらず、すでに相当の期間を経過した現在に至つても、被告経済学部長もしくは同学長は原告らが提出した右各履修票について単位授与、不授与の決定はもちろん、原告らが右各単位を取得したことの認定をなさない。

[6](5) 原告針原は昭和41年4月富山大学経済学部専攻科に入学し、同月15日頃被告学長宛に右専攻科履修届を提出のうえ、同学部の同年度内田教授担当にかかる演習および研究報告10単位を取得すべく、同日頃被告経済学部長宛に右各科目の履修票を提出してその授業に出席し、同教授の実施した試験を受け、同教授から合格の判定を受け、同教授は同42年2月27日被告経済学部長に同原告の右各科目の成績票を提出したにもかかわらず、すでに相当の期間を経過した現在に至つても、被告経済学部長もしくは同学長は原告針原が提出した右専攻科履修届について修了、未修了の決定も、同原告が右専攻科を修了したことの認定をもなさない。

[7](6) 被告経済学部長が原告らの前記各科目の単位取得を認定しない理由は次のとおりである。すなわち、内田教授が昭和36年度および同37年度卒業生の一部についてその成績証明書の偽造をなしたことおよび被告経済学部長が同41年9月5日同教授に対して同学部教授会ならびに人事教授会への出席停止の措置をなし、さらに同被告は同教授が右措置に従わなかつたことを理由に同年12月26日同学部教授会の議を経て同教授の授業科目および演習などの各授業の担当を停止する措置をなしたうえ、学生に対しては代替の授業科目および演習などを履修するように指示をなしたが、原告らはこれに従わず従来通り同教授の授業科目および演習などの各授業に出席し、同教授の実施した試験を受けたのであるから、被告経済学部長は原告らの単位取得を認定できないというにある。しかし、被告経済学部長がなした右の各措置は違法である。すなわち、元来、大学教授は「学問の自由」の原則により研究の自由と授業の自由とを有し、これらの自由は教授の身分と不可分一体のもので何人といえども軽々しく奪うことはできず、大学教授の教授会出席の停止や授業科目および演習などの授業の各担当の停止の措置をなすには評議会で審査し、当該教授を罷免するなどの手続を経ることが必要である。ところで、被告経済学部長は右手続を経ることなく、単に経済学部教授会の多数決をもつて学年度始めに決定した内田教授の授業科目および演習などの授業の各担当の停止の措置をなしたのであるから、右措置は無効であり、この措置に基づいてなされた学生に対する前記指示も違法であつて同教授および学生を拘束するものではない。
[8] そこで同教授は従来通り昭和41年度経済原論の授業科目および演習などの各授業を続行し、原告らは前記第(4)項および第(5)項記載のとおり右各授業に出席し、同教授の実施した試験を受けたものである。
[9] なお、被告学長は同42年1月10日同経済学部長に対し、同経済学部長が内田教授に対してなした前記各措置を違法であるとして直ちにこれを撤回すべき旨の業務命令を発したが、同経済学部長はこれに従わなかつたものである。

[10](7) よつて、第1次的請求として、原告針原を除くその余の原告藤田、同小池、同木方、同今泉、同園田、同荻田ら6名は、被告経済学部長が右原告ら6名からそれぞれ同被告宛に提出された富山大学経済学部昭和41年度内田教授担当経済原論4単位の各履修票ならびに原告藤田から同被告宛に提出された同年度同教授担当演習2単位の履修票について単位授与、不授与の決定をしないこと、原告針原は、(イ)、同被告が右原告から同被告宛に提出した同年度同教授担当同学部専攻科演習および研究報告10単位の履修票について単位授与、不授与の決定をしないこと、および(ロ)、被告学長が右原告から同被告宛に提出された同大学同学部専攻科履修届について修了、未修了の決定をしないことの各違法確認を求め、仮に、原告針原の右(ロ)の請求を除くその余の請求の被告が被告経済学部長でないとすれば、第2次的請求として、原告らは被告学長に対し右と同一の請求をする。仮に以上の請求が理由がない場合は、第3次的請求として、原告針原を除くその余の前記原告ら6名は被告経済学部長に対し、右原告ら6名が同大学同学部同年度同教授担当の経済原論4単位を、原告藤田が同じく演習2単位を各取得したこと、原告針原は、(イ)、同被告に対し右原告が同大学経済学部専攻科同年度同教授担当の演習および研究報告10単位を取得したこと、(ロ)、被告学長に対し右原告が同大学同学部専攻科を修了したことの各認定義務のあることの確認を求め、仮に原告針原の右(ロ)の請求を除くその余の請求の被告が被告経済学部長でないとすれば、第4次的請求として、原告らは被告学長に対し右と同一の請求をする。
[11](1) 被告経済学部長は富山大学内部の機関にすぎず、行政庁ではないから当事者能力を有しない。したがつて、被告を経済学部長とする原告らの訴はいずれも不適法である。

[12](2) 富山大学経済学部における授業科目などの単位取得の手続は次のとおりであり、被告らが単位取得を認定するという行為は存しない。したがつて、被告らにはなすべき処分又は裁決(行政事件訴訟法3条5項)というものが存せず、原告らの訴はいずれも不適法である。
(演習を除く授業科目の単位取得の手続)
(あ) 「講義時間割」の作成および公示
 学部教授会は教務委員会が立案した「講義時間割」(授業科目、担当教授、単位数および時間割を定めたもの)の原案を審議し、これを決定する。学部教授会の決定した「講義時間割」は学務係より、所定の方式で所定の場所に公示される(この「講義時間割」は通常「前期」のものと「後期」のものと年2回作成される)。
(い) 履修届の提出
 学生は公示された「講義時間割」に従いその単位を取得しようとする授業科目を履修届用紙に記入し、講義開始後2週間以内に学務係へ提出する。履修届を提出しない授業科目については受験資格はない。
(う) 授業の出席
(え) 期末試験時間割の作成および公示
 学部教授会は教務委員会が立案した期末(毎年9月および2月)試験時間割を審議し、これを決定する。大学設置基準31条に定める試験は原則としてすべてこの期末試験時間割に基づいて実施される。もし、これ以外の時間および方法で試験ないし評価をしようとする教授があれば、学部教授会にその旨申し出、同教授会がこれを承認することによつてその措置が認められる。
 学部教授会が決定した期末試験時間割は学務係より所定の方式で所定の場所に公示される。
(お) 受験票の提出
 学生は試験時間割発表後1時間以内に前に履修届を提出した授業科目の中から実際に試験を受けようとする授業科目について受験票を提出する。受験票を提出しない者は受験資格がない。
(か) 受験
 単位取得の意思を有する学生は試験当日実際に学部所定の試験場に入室して試験を受け、所定の答案用紙に解答してこれを提出する。
(き) 担当教授の採点評価=採点票の提出
 担当教授は提出された答案を審査評価のうえ、その評価を採点票に記入して学務係に提出し、学務係は成績簿にこれを記入したのち学生にカードを渡して採点の結果を知らせるが、この場合に点数50点以上の場合は単位取得が認められ50点未満の場合は単位取得は認められない。
(演習の単位取得の手続)
 演習については前記(あ)、(い)、(う)の手続のあと(え)、(お)、(か)のような一斉試験は通常行なわれず、各担当教授が自主的に決定する方法で評価をなし、(き)の手続をとる。
 なお、演習の開設、担当教授、学生の所属などはすべて学部教授会において決定される。
[13] 以上のように、授業科目などの単位取得はあらかじめ富山大学において決定した手続によつてなされ、右手続による以上、被告経済学部長又は同学長の特別の意思表示もしくは確認、公証などの行為を要しないのである。したがつて、単位取得の手続に関して被告経済学部長又は同学長にはなすべき処分又は裁決というものは存しないのである。

[14](3) 仮に、授業科目などの単位取得あるいは専攻科修了に関して被告経済学部長もしくは同学長の認定行為が存するとしても、国立大学における被告らの右各行為は特別権力関係における行為であつて、司法裁判所の審判の対象から除外されるべきものであり、行政庁がなすべき処分又は裁決には該当しないというべきである。すなわち、右各行為は大学に内部の問題として自主、自律の措置に委ねるべきであり、学校の利用関係を一般権力関係と同視して、入学、進級、修了、卒業の判定あるいは授業科目などの単位取得の認定などの関係を大学と学生との間における対立的な法律関係として捉え、逐一それらの判定、認定などについて司法裁判所の審判を求め得るとするならば、教育、研究という特殊の目的を達成するため最大限にその自律的、創造的活動が要請される学校の運営にとつて大きな制約となるのであり、司法裁判所もこれらの争訟に十分対応出来るかどうか疑問である。
[15] そして、行政庁がなすべき処分又は裁決とは一般権力関係において行政権の主体が人民に対する関係においてなす行為であり、この意味において特別権力関係においてその権力の主体が権力に服する者に対してなす行為と区別されるのである。したがつて、原告らが主張する授業科目などの単位取得の認定あるいは専攻修了の認定は特別権力関係における行為として行政庁がなすべき処分又は裁決には該当しないから、原告らの訴はいずれも不適法である。

[16](4) 原告らには授業科目などの単位取得あるいは専攻科修了について認定申請権が認められないから、第1次および第2次的請求に関する原告らの訴は不適法である。

[17](5) 行政庁に行政上の作為義務があることの確認を求める原告らの第3次および第4次的請求に関する訴はいわゆる義務付け訴訟として不適法である。すなわち、行政処分その他の公権力の行使は先ずその行為について行政的、政治的に責任をもつ行政権の判断に服せしめるのが妥当であつて、その行為について行政的、政治的に責任を有しない司法裁判所が訴訟手続という制約をもつた手続の中で行政権に代つて行政処分をするにひとしい判断をするのは妥当でなく、いわゆる義務付け訴訟は許されない。もちろん行政処分のなかには処分の根拠法令の解釈、事実の認定、事実に対する法令の適用の各側面において一義的に明白なものも存在し、この場合には作為義務があることの確認を求める訴訟は許されるとしても本件のごとき性質の行為については原告らが主張する義務確認訴訟は許されない。

[18](6) 原告針原を除くその余の原告ら6名は昭和42年9月富山大学経済学部の卒業に必要な経済原論4単位を、原告藤田は同43年3月演習4単位をそれぞれ取得し、右原告ら6名のうち卒業論文を提出せずに留年している原告荻田を除くその余の原告ら5名は同月同大学を卒業した。
[19] このように、原告針原を除くその余の原告ら6名が卒業に必要な経済原論4単位、演習4単位を履修してこれらの単位取得を認定されている以上、重ねて同一単位取得の認定を求める法律上の利益を有しないものといわねばならない。すなわち、
[20](あ) わが国の新制大学においては今日まで学部教授会の決定した担当教授の授業科目などにつき学生がある意味では受動的に授業を受け、その単位を取得して卒業するという仕組になつていて、開設される講義の科目、時期や担当教授はそれぞれの大学の各学部の事情によつておのずから限定され、しかも例えば担当教授の長期の病欠、留学、他大学への転出など大学側の都合によつて学期の途中から他の教授に担当が変更されることも稀ではない。要するに、担当教授の個人的要素というよりは授業科目を中心としたカリキユラム編成になつており、それを反映して富山大学経済学部においても成績証明書には単位を取得した授業科目ないし学科目のみを記載し、担当教授名を記載していないのである。
[21] このように、学生が特定の教授の特定の講義を選んで授業を受け、その単位を取得することを今日の大学の特質であるとはなし得ず、原告針原を除くその余の原告ら6名が、卒業に必要な経済原論4単位、演習4単位を履修してこれらの単位取得を認定されている以上、特定の教授の特定の講義の単位取得の認定を求める原告らの訴は法律上の利益がなくいずれも不適法である。
[22](い) 就職や進学においては採用ないし選抜をする機関(会社、官庁、大学など)がそれぞれ独自の試験方法でこれを決定していること、単位認定書や成績証明書などには担当教授名を記載していないことなどを考慮するならば、如何なる教授の担当科目の単位取得が認定されたかということが、就職などに対し影響を及ぼすことは絶無といつてもよく、したがつて、このような認定を求める原告らの訴は法律上の利益がなくいずれも不適法である。

[23](7) 大学設置基準32条は大学卒業の要件として124単位以上修得することを規定し、したがつて、大学においては124単位以上の単位取得を妨げるものではなく、また聴講生や中途退学者に対して大学が単位取得の証明書を出すこともある。このような意味で仮に個々の単位取得の認定を求める利益が存するとしても、それは、学部教授会が決定した講義時間割および試験時間割に従つて授業に出席し、試験を受け、担当教授から合格の判定を受けることを前提とする単位取得についてのことであり、本件のように学部教授会が決定した方法と手続によらないいわば私的な授業に出席し、試験を受ける場合を含まず、したがつて、原告らの訴は法律上の利益がなくいずれも不適法である。
[24](1) 請求原因第(1)項の事実は認める。

[25](2) 同第(2)項中、被告経済学部長が所定の単位取得を認定する制度となつているとの点および同被告に単位取得を認定する最終的な権限がないとすればその認定権者は被告学長であるとの点を争い、その余は認める。富山大学経済学部における授業科目などの単位取得の手続について、原告らのいうような被告経済学部長又は同学長の単位授与、不授与の決定というものは存在しないことは二の(2)に詳述したとおりである。

[26](3) 同第(3)項の事実は認める。

[27](4) 同第(4)項中、原告針原を除くその余の原告ら6名がその主張のように各履修票を提出したことは認めるが、右原告らが昭和41年12月26日以降内田教授の授業に出席し、同教授の実施した試験を受け、同教授から合格の判定を受けたことは知らないし、同教授が同42年3月20日被告経済学部長に右原告ら主張の成績票を提出したことは否認する。
[28] なお、被告経済学部長は同41年12月26日同学部教授会の議を経て、同教授の授業科目および演習などの授業の各担当を停止する措置をなしていたのであるから、同教授がこの措置に反して右各科目の授業をなし、試験を実施したとしてもそれは私的なそれにとどまり、同学部の正式の授業科目および演習などとしての性質をもたないものであるから被告経済学部長は右各科目の単位取得を認定することはできない。

[29](5) 同第(5)項中、原告針原がその主張のように富山大学経済学部専攻科に入学し、被告学長宛に右専攻科履修届を、被告経済学部長宛に昭和41年度内田教授担当にかかる演習および研究報告10単位の履修票をそれぞれ提出したことは認めるが、同41年12月26日以降同教授の授業に出席し、同教授の実施した試験を受け、同教授から合格の判定を受けたことは知らないし、同教授が同42年2月27日被告経済学部長に右原告主張の成績票を提出したことは否認する。

[30](6) 同第(6)項中、被告経済学部長が昭和41年9月5日内田教授に対し、同学部教授会ならびに人事教授会への出席停止の措置をなしたこと、同被告が同年12月26日同教授の授業科目および演習などの授業の各担当を停止する措置をなしたことおよび学生に対して代替の授業科目および演習などを履修するように指示をなし、原告らがこれに従わなかつたことはいずれも認めるが、同教授が右の日以降引き続き授業科目および演習などの各授業を続行し、原告らが右各授業に出席し、同教授の実施した試験を受けたことは知らないし、その余の点は争う。
[31] なお、被告学長はいつたん同42年1月10日同経済学部長に対し、富山大学経済学部教授会には内田教授の職務執行を停止する権限はないから即時これを撤回し正常な方法により解決するよう通知したが、その後同教授会のなした措置を諒解したものである。
[32](1) 被告経済学部長は同被告には当事者能力がないと主張するが、授業科目などの単位取得の認定権は同被告にあるからその限りにおいて同被告も行政処分をなす主体であり、したがつて行政庁というべく当事者能力を有する。

[33](2) 被告経済学部長又は同学長がなす単位取得を認定する行為が単位取得の手続中に存することは一の(2)において詳述したとおりである。

[34](3) 被告らは国立大学における授業科目などの単位の取得あるいは専攻科修了の認定は特別権力関係における行為であつて、司法裁判所の審判の対象から除外されるべきものであり、行政庁がなすべき処分又は裁決には該当しないと主張する。
[35](あ) しかし、特別の従属関係においても人権の制限には法の根拠が必要であつてこの点では一般の従属関係との間に差異がない。すなわち、特別権力関係は国公立学校の在学関係を説明するには十分でなく、この在学関係は国立、私立を問わずその性質は基本的には同一であり、いずれも教育企業ないしその利用関係として把握し、国公立学校の在学関係も私立のそれも同様に在学契約関係として構成すべきである。そして教育企業の条理として学校管理主体は学生に対しある程度の包括的権利が認められるが、このような権利にも条理上の範囲制限があり、学校ないし教員と学生との間に具体的な権利の対抗関係が存する場合において学生個人に具体的な権利侵害を与える教育措置に対しては、すべて出訴可能なのである。したがつて、本件も司法裁判所の審判の対象となるのである。
[36](い) 仮に、国立大学である富山大学における在学関係が特別権力関係であるとしても、教育措置のすべてが司法裁判所の審判の対象とならないわけではなく、一定の場合すなわち、社会観念や客観的妥当性などにより裁量権の濫用又はゆ越があるときは違法となり、その場合の教育措置は司法裁判所の審判の対象となるのである。
[37] ところで、学校教育については専門的、技術的、学問的判断が前提となつており、これらの前提に関する限り司法裁判所は教育者以上の能力を有しているとはいえないから教育者の判断に立入ることは出来ずそれは教育者の経験と知識と能力に委ねられたものである。したがつて、司法裁判所はその能力上法外の基準に拘束される教育的価値判断や決定それ自体を審査することはできない。しかし、司法裁判所は裁判の性質上右判断や決定の外的要件すなわち、教育者が判断や決定にあたりその決定権又は判断権を適法に有していたかどうか、事実の存在を誤認しなかつたかどうか、所定手続を遵守したかどうかなどについて判断することはできるのである。
[38] 本件についてみるに、教育者として内田教授は原告らの成績の評価を同教授の専門的、技術的、学問的見地からなし、司法裁判所は右評価に対し法的判断を下す余地はなく、内田教授がなした右評価は司法裁判所の審判の対象とはならないが、同教授が原告らの成績を合格と判定し、学部教授会が右判定を確認し、これに基づいて被告経済学部長が単位取得を認定し、被告学長が卒業又は修了を決定する際、右教授会や被告らはそれぞれ外部的な手続についてのみ判断して決定するのであり、これらは司法裁判所の審判の対象となるのである。ところで、被告経済学部長は内田教授の授業科目および演習などの授業の各担当の停止の措置をなし、原告らが右各授業に出席し、同教授の実施した試験を受け、同教授から合格の判定を受けた原告らの単位取得を認定しないのであるが、これらは学校という教育行政目的を逸脱し裁量権の濫用又はゆ越したものであり、原告らは司法裁判所によつて救済されるべきであり、結局授業科目などの単位取得の認定あるいは専攻科修了の認定は行政庁がなすべき処分又は裁決に該当するというべきである。

[39](4) 不作為の違法確認の訴の原告適格は法令に基づく申請権者でなければならないが、この法令は必ずしも明文のある場合だけでなく解釈上申請権がある場合も含むのであり、本件の場合明文はないが解釈上原告らに申請権があるとみるべきである。なんとなれば学校における行政目的は学校側からみれば学生を教育するということであり、学生側からみれば入学して講義を受け、単位を取得し、卒業することであり、したがつて、法令上大学が設置されその大学に学生が入学するということは、単位取得および卒業を認定されたいという意思表示とみるべきであつて、明文はないが解釈上学生に単位認定請求権および卒業認定請求権があるといえる。よつて、第1次および第2次的請求に関する原告らの訴は適法である。

[40](5) 原告らの第3次および第4次的請求に関する訴について、いわゆる義務付け訴訟であるから許されないとすべきでなく、義務付け訴訟も一定の限界のもとに許される場合があり本件はそれに該当する。すなわち、行政庁のなすべき行為が一義的に確定され権利保護の利益が肯定される場合には行政庁が自己の責任において右行為をなすべき余地はなく法の覊束するところにのみ従うべきであり、この場合司法裁判所が右行為をなすべきまたはなすべからざる義務が行政庁に存することを確認しても行政庁の権限を侵害するものでなく、この場合義務付け訴訟が許されることは当然である。本件において原告らが主張する授業科目などの担当教授である内田教授がなした原告らが試験に合格したとの判定は同教授の裁量権の範囲内であるとしても同教授が合格と判定した以上、その判定手続に瑕疵のない限り大学設置基準31条によつて大学は当然単位を与えねばならず、同教授が右判定をなした後に学部教授会が右判定を確認し、これに基づいて被告経済学部長が単位の取得を認定し、同学長が卒業又は修了を決定する行為は、手続的外部的行為にすぎず、右各行為に裁量の入る余地はなく一義的に決定し得る行為であつて、これを司法裁判所がなしたとしても行政庁の権限を侵害するものでなく、大学の自治を侵害することもない。また、学生の単位取得を認定しないということは、学生の就職などにつき学生や親に多大の負担をかけ、その利益に重大な影響を与え、回復しがたい損害を被らせることは明白であり、司法裁判所によつて救済されなければこれを救う途がないのであつて、本件義務確認訴訟は許されるべきである。

[41](6) 原告針原を除くその余の原告ら6名は昭和42年9月富山大学経済学部の卒業に必要な経済原論4単位を、原告藤田は同43年3月演習4単位をそれぞれ取得し、右原告ら6名のうち原告荻田を除くその余の原告ら5名は同月同学部を卒業したことは認めるが、右卒業後もなお、次の理由により原告らの本件各訴は法律上の利益が存する。
[42](あ) 憲法の定める教育を受ける権利は大学においては単位取得という形に具体化され、細分化されており、学生が個々の単位を取得する権利については大学設置基準31条が法的保障を与えているのである。そもそも大学の本質は歴史的にみても、学生が特定の教授の特定の講義を受けることにより教授と学生との特殊な人間関係を媒介として、学生の有する教育を受ける権利が充足されるところにあつたのである。このように、特定の講義を受けることが大学の本質であるから、この特質は当然法制度に反映されなければならないし、このような教育関係そのものが法によつて保護されねばならないのである。それが大学設置基準31条であり、単位取得は卒業の要件でもあるが、卒業と切り離して単位取得それ自体が重要な意味をもつのである。卒業と関係なく聴講生に対して試験の結果により単位取得を認定し、中途退学者に対して、単位取得の証明書を発行するなどは、その具体例である。
[43] 本件についてみるに、富山大学経済学部規程によれば、経済原論は合計8単位あり、そのうち4単位が必須科目で残り4単位が選択科目とされ、学生は必須科目4単位のほかさらに選択科目4単位を履修する権利を有し、経済原論4単位を取得しても内容の異なる経済原論4単位を取得する利益がある。大学設置基準32条は卒業の要件として124単位以上を要求しているが、単に124単位ではなく124単位以上と規定しているのであるから124単位を越える単位についても大学の恣意に委ねられているのではなく大学は卒業に関係ないものとして単位を認定することを拒むことはできず、大学がこの単位取得を認定しないときは学生の法的利益の侵害となるわけである。したがつて、この法的利益を侵害されている原告の本件各訴は法律上の利益が存するのである。
[44](い) 学生が如何なる講義を受け如何なる単位を取得したかということは、その学生の学問の自由の本質にかかわる問題でありまた就職試験などに対し影響を及ぼすことがあり、例えば成績証明書ないしは単位認定書は卒業証明書とは機能を異にした独立別個の公文書として通用しているのである。したがつて、単位取得は法的に保護されねばならず、原告らの本件各訴は法律上の利益が存するのである。

[1]、よつて、まず本件各訴の適否について検討する。
[2] 原告針原が昭和41年度当時富山大学経済学部専攻科の、同人を除くその余の原告ら6名が同年度当時同大学同学部の各学生であつたことは当事者間に争いがなく、富山大学が大学教育、研究を目的とする所として、国が設置し(国立学校設置法1条、3条)、必要な人的、物的施設を有する総合体であり、国の意思によつて支配し運営される営造物であるから、右営造物の主体である国と原告ら学生の間には該営造物の利用関係が生じ、そしてこの国立大学という営造物の主体は、学校設置の目的達成に必要な範囲と限度において、原告ら学生を包括的に支配し、原告ら学生はこれに包括的に服従すべきことを内容とする関係、いわゆる公法上の特別権力関係が成立することは多言を要しないであろう。
[3] 思うに、一般に公法上の特別権力関係は、一般権力関係に対し、特別の法律原因に基づき公法上の特定の目的のために必要な限度において、法治主義の原理の適用が排除され、具体的な法律の根拠に基づかないで包括的な支配権の発動として命令強制がなされうる。すなわち、特別権力関係においては、その関係を律するための紀律、命令権が与えられているのであつて、法律によつて特に禁止されている場合を除き、特別権力関係を設定する目的を達成するために必要な限度において特別の定めをなしてこれを実施したり、あるいは具体的に個々の指示、命令、処分をなすことができ、そしてそれが右の限度をこえるものでない以上、司法裁判所の審判の対象から除外されるべきものといわねばならない。なんとなれば、司法裁判権は、もともと市民法秩序の維持をその使命とするものであり、憲法に特別の定めのある場合を除いて、一切の法律上の争訟に及ぶ(裁判所法3条)といつても、すべての法律関係に当然に介入しうるように考えてはならないのであつて、いわゆる特別権力関係における命令、強制や秩序維持のための紀律のごときも、それが一般市民としての権利義務に関するものでない限り、その関係内部の問題として自主、自律の措置に委ねるべきで、司法裁判所がこれに介入するを相当としないものがあるからである。そしてこの理は本件におけるような国立大学の利用関係にまさしく妥当するものと解するのを相当とする。したがつて、国立大学の学部や専攻科の課程における授業科目、担当教授、単位数および時間割等の定めやこれが履修届の提出から授業、試験、成績の評価、単位の授与、ひいては右課程修了の判定に至る教育実施上の諸事項は、大学がその学校設置の目的を達成するための必要がある限り、一方的に学則を制定、実施し、学生に対し具体的に指示、命令、処分をなすことにより、自主的に律することができるのはもちろん、これら学校利用関係における内部事項に属する事柄は、その限りにおいては一般市民の権利義務に関するものでないから、このような内部事項について大学のなす行為、不行為は、司法裁判所の審判の対象から除外されるものと解すべきものといわねばならない。
[4] しかして、いま、これを本件についてみるに、富山大学経済学部における授業課目、演習、および研究報告などの単位取得の方式は、同大学学則12条1項によつて「専門教育科目の履修方法は、大学設置基準に定める原則による。ただし、その細目については学部規程に定める」ものとされているのであるが、同大学経済学部においては、過去からの取扱い例や同大学の他の学部規程(教育学部規程8条、10条、文理学部規程10条、11条)に照して、先ず授業科目などが定められ、学生は履修しようとする授業科目などについて履修票を提出したうえ、その授業に出席し、試験を受け、その成績を担当教授が判定し、合格した授業科目などについて所定の単位が認定され、また同大学経済学部専攻科の修了については学校教育法施行規則67条に基づき、同学部教授会の議を経て被告学長がこれを認定する制度になつていること、原告針原を除くその余の原告ら6名は同大学経済学部の昭和41年度内田穣吉教授担当にかかる経済原論4単位を、原告藤田は右単位のほか、演習2単位をそれぞれ取得するため、いずれも同年4月15日頃被告経済学部長宛に右各科目の履修票を提出し、原告針原は同年4月同大学経済学部専攻科に入学し、同月15日頃被告学長宛に右専攻科履修届を提出のうえ、同学部の同年度内田教授担当にかかる演習および研究報告10単位を取得すべく、同日頃被告経済学部長宛に右各科目の履修票を提出したこと、ところが被告経済学部長は、同年9月5日内田教授に対して同学部教授会ならびに人事教授会への出席停止の措置をなし、さらに同年12月26日同教授の授業科目および演習などの授業の各担当を停止する措置をなしたうえ、学生に対しては代替の授業科目および演習などを履修するように指示をなしたが、原告らはこれに従わなかつたというのであつて、これらのことはいずれも当事者間に争いのないところである。
[5] そこで、原告らが本訴において問題とするのは、原告らは、被告経済学部長から右のような指示があつたけれども、これに従わないで、原告針原を除くその余の原告ら6名は、これより先きに前記のとおり履修票を提出した昭和41年度内田教授担当にかかる経済原論4単位の、原告藤田のみは右単位のほかに演習2単位の各授業に、原告針原は先きに前記のとおり履修票を提出した同年度同教授担当にかかる演習および研究報告10単位の授業にそれぞれ出席のうえ、原告らはいずれも同教授の実施した試験を受け、同教授からいずれも合格の判定を受け、同教授は昭和42年2、3月ごろ被告経済学部長に右各科目の成績票を提出したにもかかわらず、すでに相当の期間を経過した現在に至つても、被告経済学部長もしくは同学長は原告らが提出した右各履修票について単位授与、不授与の決定はもちろん、原告らが右各単位を取得したことの認定をなさないばかりでなく、原告針原の右専攻科履修届について修了、未修了の決定も、同原告が右専攻科を修了したことの認定をもなさないから、被告経済学部長であれ、あるいは同学長であれ、要するに、このように右単位の授与、不授与、専攻科履修届の修了、未修了の各決定をしないことが違法であることの確認か、そうでないとすれば、右単位取得、専攻科修了の各認定義務のあることの確認を求めるというに帰するが、原告らが国立富山大学の学生たる立場で右に問題とするような或る授業科目について単位を授与すべきかどうかということや専攻科ないしその履修届を修了したとすべきかどうかの事柄は、同大学が学校設置の目的を遂行する必要上、学生に対し一方的に定めることができる特別権力関係の内部事項に属し、決して一般市民としての権利義務に関係するものでないことは疑問の余地がないから、このような事項については司法裁判所の審判の対象から除外すべきものであることは、さきに述べたところから自ら明らかといわねばならない。

[6]、ちなみに、これと立場を異にし、右のような特別権力関係における内部事項に属する問題も必ずしもすべて司法裁判所の審判の対象から除外される訳ではないとの観点に立脚したうえで、本件各訴の適否、就中法律上の利益の有無について考えてみるに、この点に関し、原告らは、憲法の定める教育をうける権利は大学においては単位取得という形に具体化され、細分化されており、学生が個々の単位を取得する権利については大学設置基準31条が法的保障を与えているのである。そもそも大学の本質は歴史的にみても、学生が特定の教授から特定の講義をうけることにより教授と学生との特殊な人間関係を媒介として、学生の有する教育を受ける権利が充足されるところにあるから、学生が大学に対して特定の教授担当の特定の科目の単位を取得したことの認定を求めることには、一定の単位数の取得が大学卒業の要件であることなどに関係なく、それ自体に法律上の利益が存する、というのである。
[7] なるほど、学生が特定の教授から特定の講義をうけることにより、その教授と学生との間の人間関係を媒介として、学生が教育の成果を十分に享受すべきことは、今日の大学教育にとつて誠に望ましく、大いに期待されるべき事柄の一であるに相違ないであろうから、本件で原告らが主張するように、単位を取得するために原告ら学生が履修票を提出した授業科目について、大学側が後に至つて右科目担当の内田教授の当該科目担当を停止する措置を採つたうえ、原告ら学生に対しては代替の授業科目を履修するように指示したけれども、原告らは引き続き内田教授の授業に出席し、試験を受けて合格と判定され、その成績票はすでに大学当局へ提出ずみであるということであれば、原告らが、内田教授から授業をうけたことにより培われた人間関係を媒介として、その教育の成果が挙がれば挙がるほど、いよいよ内田教授の授業を受けたことを喜びとも、また誇りともして、是非とも右授業科目について単位を取得したいと望み、もし単位が授与されなければ残念な思いがするであろうことは想像するに難くなく、この点で原告らがなんらかの不利益を被ることが考えられない訳ではない。しかしながら、このような不利益は、単に事実上の不利益に過ぎないのであつて、いまだ権利または法律上の利益を害するものということができない。
[8] すなわち、大学設置基準(昭和31年文部省令28号)31条には「大学は、一の授業科目を履修した者に対しては、試験の上単位を与えるものとする。」と規定されているけれども、右設置基準なるものは、そもそも学校教育法1条に定める学校は、国、地方公共団体および私立学校法3条に規定する学校法人であれば自由に設置できるのである(同法2条)が、それには学校の種類に応じて、設備、編成その他について一定の基準が保たれていなければ、その教育水準にしたがつて教育効果の保障を期し難く、各種類に応ずる細部にわたつた学校基準の設定が必要であることから、これを監督庁(当分の間は文部大臣、同法106条1項)の定めるところに譲ることとされ(同法3条)ているので、設備、編成、学部および学科の種類、学士に関する事項、教員の資格に関する事項その他大学の設置に関する事項の細部にわたる基準として定められたものであつて(学校教育法施行規則66条)、もちろん、それは、右に掲げられた大学の設置に関する諸条件を教育効果が期待できる一定の水準に維持させるに必要な基準として、学校設置者に対し遵守すべき義務を課したものであり、したがつて、大学がこの設置基準より低下した状態にならないようにすることはもとより、この水準の向上を図ることに努力を怠らなければ、その結果挙げうべき教育上の成果はすべて学生に均てんすることになる訳ではあるが、そうだからといつて、大学設置基準が個々の学生の個人的利益を擁護するために学校設置者に課された法的制約たるの性質をもつものということはできない。加うるに、大学設置基準によれば、大学は大学設置基準の定める基準にしたがつて授業科目を開設し(同基準18条)、それは、その内容により、一般教育科目、外国語科目、保健体育科目、専門教育科目に分れる(同基準19条)が、各授業科目の単位数として、一般教育科目は原則的に4単位、外国語科目は8単位、保健体育科目は4単位(講義および実技各2単位)、専門教育科目および基礎教育科目は4単位以上とされ(同基準25条)、1単位の履修時間は、教室内および教室外を合せて45時間とし、講義については、教室内の1時間の講義に対し教室外の2時間の準備のための学修を必要とするものとして、毎週1時間15週の講義をもつて1単位とし、演習については、教室内の2時間の演習に対し教室外の1時間の準備のための学修を必要とするものとして、毎週2時間15週の演習をもつて1単位とするなどと定められている(同基準26条)。そして大学は、授業科目の種類にかかわらず、これら一の授業科目を履修した学生に対しては、試験のうえ単位を与え、4年以上在学し、大学の定めるところにしたがつて124単位以上を修得したときに卒業を認め、学士の称号を与える(学校教育法63条、大学設置基準32条、34条)こととして、単位の授与を卒業の前提要件としているのであつて、単位の取得それ自体を卒業と関係なく、原告主張のような意義のものと考える余地のある建前になつていないのである(そのような建前にするためには、大学の教育の内容を自由化の方向に徹底して進めるほかないと思われる)。されば、日本国憲法は基本的人権たる国民の教育を受ける権利を保障しているが、それがただちに出訴しうる具体的な請求権でないことはとも角として、大学設置基準に「大学は、一の授業科目を履修した者に対しては、試験の上単位を与えるものとする。」と規定されていることのみを根拠として、原告らがその主張の授業科目などについて単位を授与されないことによつてなんら権利または法律上の利益を侵害されたものということができないのであつて、原告らが被つたと思われる前記のとおりの不利益は、単なる事実上の不利益といわざるを得ないのである。

[9] 、そうだとすると、原告らは、以上いずれの点よりするも、被告経済学部長または同学長に対し、前記単位の授与、不授与、専攻科履修届の修了、未修了の各決定をしないことの違法確認、もしくは右単位取得、専攻科修了の各認定義務のあることの確認を求める本件各訴は、爾余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

  (裁判官 岡村利男 庵前重和 佐野正幸)

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