ロッキード事件丸紅ルート
上告審判決

外国為替及び外国貿易管理法違反、贈賄、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反被告事件
最高裁判所 昭和62年(あ)第1351号
平成7年2月22日 大法廷 判決

上告申立人 被告人

被告人 榎本敏夫 外1名
弁護人 木村喜助 外2名

検察官 逢坂貞夫 東條伸一郎 堀川和男

■ 主 文
■ 理 由

■ 判示第一についての裁判官大野正男の補足意見
■ 判示第二の一についての裁判官園部逸夫、同大野正男、同千種秀夫、同河合伸一の補足意見
■ 判示第二の一についての裁判官可部恒雄、同大西勝也、同小野幹雄の補足意見
■ 判示第二の一についての裁判官尾崎行信の補足意見
■ 判示第二の一についての裁判官草場良八、同中島敏次郎、同三好達、同高橋久子の意見


 本件各上告を棄却する。

[1] 右各上告趣意は、アーチボルト・カール・コーチャン及びジョン・ウイリアム・クラッターに対する各嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決を論難するが、本件嘱託証人尋問調書を除いても、原判決の是認する第一審判決の挙示するその余の関係証拠によって、同判決の判示する本件各犯罪事実を優に認定することができるから、所論は、原判決の結論に影響を及ぼさない主張というべきである。
[2] しかしながら、所論の重要性にかんがみ、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力の有無について、以下判断を示すこととする。
[3] 本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決は、是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

[4] 本件嘱託証人尋問調書は、第一審裁判所において、刑訴法321条1項3号に該当する証拠能力を有する書面として取り調べられ、本件各犯罪事実を認定する証拠として挙示されているものであるところ、原判決及びその是認する第一審裁判所の昭和53年12月20日付け決定によれば、その作成の経緯は、次のとおりである。
[5] 東京地方検察庁検察官は、東京地方裁判所裁判官に対し、被告人檜山廣外2名に対する贈賄及び氏名不詳者数名に対する収賄等を被疑事実として、刑訴法226条に基づき、当時アメリカ合衆国に在住したコーチャン、クラッターらに対する証人尋問を、国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託してされたい旨請求した。右請求に際して、検事総長は、本件証人の証言内容等に仮に日本国法規に抵触するものがあるとしても、証言した事項について右証人らを刑訴法248条により起訴を猶予するよう東京地方検察庁検事正に指示した旨の宣明書を、また、東京地方検察庁検事正は、右指示内容と同じく証人らを同条により起訴を猶予する旨の宣明書を発しており、東京地方裁判所裁判官は、アメリカ合衆国の管轄司法機関に対し、右宣明の趣旨をコーチャンらに告げて証人尋問されたいとの検察官の要請を付記して、コーチャンらに対する証人尋問を嘱託した。これを受けた同国の管轄司法機関であるカリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所は、本件証人尋問を主宰する執行官(コミッショナー)を任命し、まず、コーチャンに対する証人尋問が開始されたが、その際、コーチャンが日本国において刑事訴追を受けるおそれがあることを理由に証言を拒否し、クラッターらも同様の意向を表明し、前記検事総長及びその指示に基づく東京地方検察庁検事正の各宣明によって日本国の法規上適法に刑事免責が付与されたか否かが争われたところから、右連邦地方裁判所ファーガソン判事が、コーチャンらに対する証人尋問を命じるとともに、日本国において公訴を提起されることがない旨を明確にした最高裁判所のオーダー又はルールが提出されるまで本件嘱託に基づく証人尋問調書の伝達をしてはならない旨裁定した。そこで、検事総長が改めてコーチャンらに対しては将来にわたり公訴を提起しないことを確約する旨の宣明をし、最高裁判所は検事総長の右確約が将来にわたり我が国の検察官によって遵守される旨の宣明をし、これらが右連邦地方裁判所に伝達された。これによって、以後コーチャンらに対する証人尋問が行われ、既に作成されていたものを含め、同人らの証人尋問調書が順次我が国に送付された。

[6] 右のような経緯にかんがみると、前記の検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明は、コーチャンらの証言を法律上強制する目的の下に、同人らに対し、我が国において、その証言内容等に関し、将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したものであって、これによって、いわゆる刑事免責が付与されたものとして、コーチャンらの証言が得られ、本件嘱託証人尋問調書が作成、送付されるに至ったものと解される。

[7] そこで考察するに、「事実の認定は、証拠による」(刑訴法317条)とされているところ、その証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法1条)刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならない。本件嘱託証人尋問調書についても、右の観点から検討する必要がある。

[8]1(一) 刑事免責の制度は、自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度であって、本件証人尋問が嘱託されたアメリカ合衆国においては、一定の許容範囲、手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能しているものである。
[9](二) 我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない。
[10](三) このことは、本件のように国際司法共助の過程で右制度を利用して獲得された証拠についても、全く同様であって、これを別異に解すべき理由はない。けだし、国際司法共助によって獲得された証拠であっても、それが我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるかどうかは、我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきものであって、我が国の刑訴法が刑事免責制度を採用していない前示のような趣旨にかんがみると、国際司法共助によって獲得された証拠であるからといって、これを事実認定の証拠とすることは許容されないものといわざるを得ないからである。

[11] 以上を要するに、我が国の刑訴法は、刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容していないものと解すべきである以上、本件嘱託証人尋問調書については、その証拠能力を否定すべきものと解するのが相当である。
[12] 所論は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反の主張であり、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
[13] 所論にかんがみ、職権により被告人檜山の贈賄罪の成否について判断する。

[14] 本件請託の対象とされた行為のうち、田中角榮が内閣総理大臣として運輸大臣に対し全日本空輸株式会社(以下「全日空」という。)にロッキード・エアクラフト・コーポレイションの大型航空旅客機L1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、田中の内閣総理大臣としての職務権限に属するとした原判決は、結論において正当として是認できる。その理由は、以下のとおりである。

[15] 賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。けだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。

[16] 田中が内閣総理大臣として運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、田中の内閣総理大臣としての職務権限に属する行為であるというためには、右行為が、田中が運輸大臣を介して全日空に働き掛けるいう間接的なものであることからすると、(1)運輸大臣が全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の職務権限に属し、かつ、(2)内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨をするよう働き掛けることが内閣総理大臣の職務権限に属することが必要であると解される。
[17](一) そこで、まず、運輸大臣の職務権限について検討する。
[18] 民間航空会社が運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。
[19] そして、運輸大臣がその長である運輸省の任務ないし所掌事務についてみると、運輸省設置法(昭和47年法律第105号による改正前のもの)は、運輸省の任務の一つとして「航空」に関する国の行政事務を一体的に遂行することを規定し(3条11号)、航空局の所掌事務として、「航空運送事業、利用航空運送事業及び航空機使用事業に関する免許、許可又は認可に関すること」(28条の2第1項13号)などを、運輸省の権限として、「航空運送事業、利用航空運送事業及び航空機使用事業を免許し、又は許可し、並びにこれらの事業の業務に関し、許可し、認可し、又は必要な命令をすること」(4条1項44号の9)などを定めている。
[20] また、航空法(昭和48年法律第113号による改正前のもの)は、運輸大臣に対し、定期航空運送事業を経営しようとする者に対する免許権限(100条1項)のほか、定期航空運送事業者の事業計画変更の認可権限(109条、101条)を付与しているところ、定期航空運送事業者である民間航空会社が新機種の航空機を選定購入して路線に就航させようとするときは、使用航空機の総数、型式、登録記号、運航回数、整備の施設等の変更を伴うため事業計画の変更が必要となり(航空法施行規則(昭和48年運輸省令第59号による改正前のもの)220条、210条1項参照)、運輸大臣の認可を受けなければならないこととなる。そして、運輸大臣は、事業計画変更申請に際し、「公衆の利用に適応するものであること、当該路線における航空輸送力が航空輸送需要に対し、著しく供給過剰にならないこと、事業計画が経営上及び航空保安上適切なものであること、申請者が当該事業を適確に遂行するに足る能力を有するものであること」などの認可基準(航空法109条2項、101条)に適合するかどうかを審査し、新機種の路線への就航の可否を決定しなければならないものとされている。
[21] このような運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可権限を付与した航空法の趣旨にかんがみ、特定機種を就航させることが前記認可基準に照らし適当であると認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許されるものと解される。したがって、特定機種の選定購入の勧奨は、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものというべきである。そうすると、本件において、運輸大臣が全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をするについて必要な行政目的があったかどうか、それを適法に行うことができたかどうかにかかわりなく、右のような勧奨は、運輸大臣の職務権限に属するものということができる。
[22](二) 次に、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
[23] 内閣総理大臣は、憲法上、行政権を行使する内閣の首長として(66条)、国務大臣の任免権(68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(72条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものである。そして、内閣法は、閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め(4条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し(6条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている(8条)。このように、内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の運輸大臣に対する前記働き掛けは、一般的には、内閣総理大臣の指示として、その職務権限に属することは否定できない。
[24](三) 以上検討したところによれば、運輸大臣が全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨する行為は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨行為をするよう働き掛ける行為は、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示という職務権限に属する行為ということができるから、田中が内閣総理大臣として運輸大臣に前記働き掛けをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。

[25] 以上のとおり、被告人檜山につき贈賄罪の成立を肯定した原判決の結論を是認できるから、本件請託の対象とされた行為のうち、田中が直接自ら全日空にL1011型機の選定購入を働き掛ける行為が、田中の内閣総理大臣としての職務権限に属するかどうかの点についての判断は示さないこととする。
[26] 被告人榎本敏夫の弁護人木村喜助のその余の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人檜山廣の弁護人宮原守男、同森本脩、同志村利昭のその余の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

[27] よって、同法414条、396条により、主文のとおり判決する。
[28] この判決は、判示第一につき、裁判官大野正男の補足意見、判示第二の一につき、裁判官園部逸夫、同大野正男、同千種秀夫、同河合伸一の補足意見、裁判官可部恒雄、同大西勝也、同小野幹雄の補足意見、裁判官尾崎行信の補足意見、裁判官草場良八、同中島敏次郎、同三好達、同高橋久子の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。


 判示第一についての裁判官大野正男の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定する法廷意見に同調するものであるが、その理由とするところについて、私の見解を補足しておきたい。

[2] 右嘱託証人尋問は、刑訴法226条、228条に基づき、国際司法共助として実施されたものであるが、法廷意見の指摘するとおり、我が国の法律においては、共犯者に刑事免責を与えることにより自己負罪拒否特権を消滅させて証言を強制することを認める規定は存しない。
[3] このように、刑事免責を与えて自己負罪拒否特権を消滅させた上証言を強制する手続は、アメリカ合衆国では合憲合法とされているが、我が国の刑訴法は、そのような規定を設けず、これを採用していないのであって、適法とすることはできない。しかしながら、嘱託を受けて証人尋問を行うのはアメリカ合衆国の裁判所であるから、嘱託証人尋問は、受託国である同国で認められた合法的手続で実施されることになるのは当然である。もっとも、受託国においてされる捜査資料収集手続が、嘱託国である我が国の憲法に違反し、あるいは法律の明文の規定に反するような重大な違法があると評価される場合には、そのような方法による捜査資料収集手続を嘱託することは許されず、そのような方法によって収集された資料は違法収集証拠としてその証拠能力を否定され(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)、それに基づいて収集された証拠も原則として証拠能力がないと解すべきである。
[4] そこで、本件嘱託証人尋問にそのような重大な違法が存するといえるかどうかを検討すると、刑事免責による証言強制の許否は、日米両国の法制度のずれから生じている問題であって、前記のとおり、我が国の刑訴法はこの制度を採用していないため、我が国内では行うことができないものの、憲法に違反するとまで解することはできず、我が国の裁判官による嘱託に基づきアメリカ合衆国の裁判官又はその命ずる者によって実施されている点において司法上の統制を受けているということができ、捜査機関が国際的犯罪の捜査資料を収集するために、アメリカ合衆国において合法として行われた強制捜査手続について、重大な違法があるものということはできない。

[5] しかしながら、捜査の端緒ないし捜査資料の収集として右のごとき嘱託証人尋問をし得るということと、その結果得られた資料を我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるということとは別個の問題であり、異なった観点からの考察が必要である。
[6] 手続の公正と証人に対する被告人の審問権を尊重すべき刑事裁判の本質的機能を考えるとき、本件嘱託証人尋問調書の証拠としての許容性は、以下の2点において否定されるべきである。
[7] 一は、刑事免責を与えることによって自己負罪拒否特権を消滅させて証言させるというような我が国において認められていない制度によって得られた資料を、我が国の裁判において事実認定の証拠として採用することは、明文の規定によらないで、我が国内においても刑事免責制度を認めるのと同様の結果を招来することになりかねず、公正の観念に反する。この点は法廷意見の述べるところであり、私も同意見である。
[8] 二は、本件嘱託証人尋問調書を事実認定の証拠とすることについては、被告人の反対尋問権及び対審権の保障という面から、問題があるといわざるを得ない。
[9] 本件嘱託証人尋問は、東京地方検察庁の検察官の申請に基づく東京地方裁判所裁判官の嘱託により、被疑者及び弁護人の立会いなしに、すなわち、その審問を受けることなしに、カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所において、東京地方検察庁の検察官が列席して行われている。また、本件において、証人とされたコーチャン、クラッターはいずれも、もともと来日の意思を有せず、我が国の裁判所に証人として出廷する意思のないことを明示していた。
[10] 嘱託証人尋問の根拠となる刑訴法228条2項は、第一回公判期日前の証人尋問に被告人、被疑者又は弁護人を立ち会わせるかどうかを裁判官の裁量にゆだねている。この規定が、反対尋問権を保障した憲法37条2項に反しないとされるのは、反対尋問権は受訴裁判所の訴訟手続における保障であって捜査手続における保障ではなく、刑訴法228条は検察官の強制捜査処分請求に関する規定であって、受訴裁判所の訴訟手続に関する規定ではなく、その供述調書はそれ自体では証拠能力を持つものではないからであるとされている(最高裁昭和25年(あ)第797号同27年6月18日大法廷判決・刑集6巻6号800頁)。
[11] しかし、前記両証人について、我が国の法廷において、被告人及び弁護人がこれに対質して反対尋問をする機会がないことは、嘱託した当時からあらかじめ明らかであったのである。もっとも、嘱託証人尋問に際しては、証人の依頼した弁護士である代理人が在廷していたが、これは証人の法的利益擁護のためであって、場合によっては共犯者たる証人と利害が対立することのある被告人の法的利益を擁護するためのものではないから、これをもって反対尋問権の保障に資するものであるとは到底いえない。
[12] このように、当初から我が国の法廷における被告人、弁護人の審問の機会を一切否定する結果となることが予測されていたにもかかわらず、その嘱託証人尋問手続によって得られた供述を我が国の裁判所が証拠として事実認定の用に供することは、伝聞証拠禁止の例外規定である刑訴法321条1項各号に該当するか否か以前の問題であり、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにすべきことを定めている刑訴法1条の精神に反するものといわなければならない。


 判示第二の一についての裁判官園部逸夫、同大野正男、同千種秀夫、同河合伸一の補足意見は、次のとおりである。

[1] 我々は、被告人檜山の行為は、田中に対し内閣総理大臣の職務権限の行使の対価として金員を供与したものとして、同被告人につき贈賄罪の成立を肯定すべきものとする多数意見に同調するものであるが、内閣総理大臣の職務権限、ことにこれと内閣法6条との関係について、我々の考え方を明らかにしておきたい。

[2] まず、本件における内閣総理大臣の職務に関する議論は、刑法の解釈と適用に必要な範囲で行われるべきものであって、行政法の解釈と適用という観点からの議論とは区別すべきものと考える。このことは、多数意見の冒頭に述べられているところから明らかであって、重ねてここに論ずる必要はないが、あえて付言すれば、次のとおりである。
[3] 賄賂罪における職務の範囲に関する刑法上の判断は、行政法上の観点からの職務権限の理論に直接影響を及ぼすものではない。本件の場合、右の判断に当たり、内閣総理大臣が現実に運輸大臣に働き掛け、その働き掛けによって運輸大臣が勧奨を行ったという事実があったことを前提としてその是非を論じているのではなく、請託の内容とされた将来の行為を想定して、刑法上、それがどの範囲でこれらの者の職務に関するものと解釈されるかを検討しているのであるから、既になされた具体的行為が適法といえるか、すなわち、実定行政法のいかなる規定によって法令上許容された範囲にあると解されるかという行政法上の問題とは区別しなければならない。

[4] 内閣総理大臣は、憲法72条に基づき、行政各部を指揮監督する権限を有するところ、この権限の行使方法は、内閣法6条の定めるところに限定されるものではない。
[5] 内閣総理大臣の右指揮監督権限は、行政権の主体たる内閣を代表して、内閣の統一を保持するため、行使されるものであり、その権限の範囲は行政の全般に及ぶのである。そして、行政の対象が、極めて多様、複雑、大量であり、かつ常に流動するものであることからすると、右指揮監督権限は、内閣総理大臣の自由な裁量により臨機に行使することができるものとされなければならない。したがって、その一般的な行使の態様は、主任の国務大臣に対する助言、依頼、指導、説得等、事案に即応した各種の働き掛けによって、臨機に行われるのが通常と考えられ、多数意見が「指示を与える権限」というのは、右指揮監督権限がこのような態様によって行使される場合を総称するものと理解することができる。

[6] 内閣総理大臣の指揮監督権限が右のような通常の態様で行使される場合、それは、強制的な法的効果を伴わず、国務大臣の任意の同意、協力を期待するものである。これに対し、内閣総理大臣が、内閣法6条の定めるところにより、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部の長たる主任大臣を指揮監督する場合には、主任大臣はその指揮監督に従う法的義務を負い、もしこれに従わない場合には、閣議決定に違反するものとして、行政上の責任を生ずることとなる。このように、内閣法6条は、内閣総理大臣が憲法72条に基づく指揮監督権限の行使について右のような法的効果を伴わせる場合の方法を定めるものであって、本来前項で述べたような性質を有する憲法上の指揮監督権限を制限するものではなく、もとより制限できるものでもない。

[7] そもそも、内閣法6条の規定は、基本的には、内閣の行政各部に対する統制権を内閣の首長(憲法66条1項)としての内閣総理大臣と他の国務大臣(主任の大臣)との関係に着目して定めたものであって、組織法としての意義が大きいものと考えられる。すなわち、憲法上、国の行政権は内閣に属するものとされているが、内閣が一体となって行政権を行使するために、内閣法は、内閣の職権行使は閣議によるとし(内閣法4条1項)、内閣総理大臣が閣議を主宰するものとし(同条2項)、行政各部は、行政について統合調整の責任を有する内閣総理大臣の指揮監督の下に置かれる(同法6条)としている。これは、国家行政組織法2条の規定とあいまって、内閣の統轄の下に、国の行政機関がすべて一体として行政機能を発揮すべきことを保障しているものである。
[8] しかしながら、内閣法6条には作用法としての側面があり、内閣総理大臣が行政各部を指揮監督する場合の要件として、閣議にかけて決定した方針の存在が必要であることを定めているのである。右規定の目的は、内閣と行政各部の一体性を保持するため、行政各部が閣議の決定した方針に従って行政を執行するよう、これを監視する権限を内閣総理大臣に付与したものと解することができる。閣議にかけて決定した方針は、本来、内閣総理大臣の個々の指揮監督権限の行使をまつまでもなく、当然に行政各部によって実施されるのであるから、右規定の実際的意義は、行政の統轄調整を図るため特に必要が生じたときに、内閣総理大臣が、右規定に基づき、内閣の首長として、行政各部の主任の大臣に対し強制的な法的効果を伴う指揮監督権限の行使をすることができる点にあるといえる。内閣法6条に基づく内閣総理大臣の職務権限の発動は、右のような性格のものと理解されるべきものである。

[9] 以上を要するに、内閣総理大臣の指揮監督権限は、本来憲法72条に基づくものであって、閣議決定によって発生するものではない。右指揮監督権限の行使に強制的な法的効果を伴わせるためには、内閣法6条により、閣議にかけて決定した方針の存在を必要とするが、右方針決定を欠く場合であっても、それは、内閣法6条による指揮監督権限の行使ができないというにとどまり、そのことによって内閣総理大臣の憲法上の指揮監督権限のすべてが失われるものではなく、多数意見のいわゆる「指示を与える権限」は、何らの影響を受けずに存続するものといえる。
[10] そして、この権限は、賄賂罪の適用に当たっては、その対象となる内閣総理大臣の一般的職務権限に該当するものというべきである。したがって、閣議にかけて決定した方針が存在するとはいえない場合であっても、内閣総理大臣に対し、主任大臣の権限に属する事項について、主任大臣に一定の働き掛けをするよう請託して金銭を供与すれば、そのような働き掛けをすることができる具体的条件の有無にかかわらず、内閣総理大臣の職務の公正とこれに対する社会の信頼を害することが明らかであるから、贈賄罪が成立すると解するのが相当である。

[11] 以上の前提に立って本件をみた場合、本件においては、内閣法6条にいう閣議にかけて決定した方針があったか否かにかかわらず、内閣総理大臣たる田中は、憲法72条に基づく指揮監督権限の行使方法として、L1011型機の選定購入を全日空に勧奨するよう運輸大臣に対し働き掛けをすることはできるのであって、その働き掛けが、賄賂罪の適用において、内閣総理大臣たる田中の一般的職務権限に属すること前述のとおりであるから、被告人檜山が田中に対し右のような働き掛けをしてくれるよう請託して賄賂を供与したことをもって贈賄罪に当たるとした原判決は、結局、正当として是認できる。原判決摘示の閣議にかけて決定した方針の存在は、右請託の内容、動機等を認定するための事情としては意義を有するけれども、これら閣議にかけて決定した方針が、右の機種選定購入に関し、内閣法6条による指揮監督権限行使のための根拠となるか否かは、本件における内閣総理大臣の職務権限を論ずるに当たっては、考慮する必要がないのである。

[12] なお、特定の機種の選定購入を勧奨することが、一般的には、運輸大臣の職務権限に属することは、多数意見の説示するとおりであるが、あえてこれに付言すると、運輸大臣がこのような勧奨を実行した場合に、それが適法な行政指導に当たると認められるかどうかは、具体的な事実関係の下において別個に判断すべき行政法上の問題である。本件で問題となっている勧奨は、前示贈賄罪成立の時点では、将来行われる可能性があるというにすぎず、その内容、方法及び関連する諸条件等は明らかでないのであるから、行政法上の観点からその適法性の判断をすることはできず、また判断すべきものでもない。刑法上の観点からは、右のような行為は、具体的場合において行政法上それを適法に行うことができるかどうかにかかわりなく、運輸大臣の一般的職務権限に属する行為とみるのが相当なのである。


 判示第二の一についての裁判官可部恒雄、同大西勝也、同小野幹雄の補足意見は、次のとおりである。

[1] 我々は、被告人檜山の贈賄罪の成立につき、本件請託の対象とされた行為のうち、田中が内閣総理大臣として運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、閣議決定の有無を問わず、内閣総理大臣の指示権という職務権限に属するとする多数意見に与するものであるが、本件においては、賄賂罪の成否に関する限り、憲法72条、内閣法6条に基づく指揮監督権限を根拠として内閣総理大臣の職務権限を肯定すべきものとした原判決の立論も是認し得るものと考える。これと所見を異にする個別意見にかんがみ、付言することとする。その理由の要点は、以下のとおりである。

[2] 内閣総理大臣の行政各部に対する指揮監督権限の行使は、「閣議にかけて決定した方針に基づいて」しなければならないが、その場合に必要とされる閣議決定は、指揮監督権限の行使の対象となる事項につき、逐一、個別的、具体的に決定されていることを要せず、一般的、基本的な大枠が決定されていれば足り、内閣総理大臣は、その大枠の方針を逸脱しない限り、右権限を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、内閣総理大臣の指揮監督権限は、行政の統轄調整を図る手段として、内閣の首長である内閣総理大臣にのみ付与された憲法上の権限であって、それが機能するためには、内閣の意思として閣議決定された方針を逸脱しない限り、いかなる場合に、どのような事項について右権限を行使するかは、内閣総理大臣の自由裁量に委ねられていると解すべきであるからである。そして、このことは、「閣議決定に基づいて」と規定することなく、「閣議にかけて決定した方針に基づいて」と規定する内閣法6条の文理にも合致する。
[3] したがって、内閣総理大臣は、閣議決定が一般的、基本的大枠を定めるものであるときは、それを具体的施策として策定し、実現する過程で生じる様々な方策、方途の選択等に関しても、閣議決定の方針を逸脱しない限り、適宜、所管の大臣に対し、指揮監督権限を行使することができるというべきであり、行使の対象となる具体的事項が閣議決定の内容として明示されているか否かは問うところではない。

[4] これを本件についてみると、原判決は、内閣総理大臣の指揮権行使の根拠となる閣議にかけて決定した方針として、(a)昭和45年11月20日の「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解、(b)昭和46年12月19日の「円の為替レートの切り上げにあたって」と題する政府声明についての閣議決定、(c)昭和47年7月18日の衆議院議員大野潔及び参議院議員中尾辰義の提出に係る質問主意書に対する答弁についての閣議決定を挙げているところ、(a)の閣議了解は、「航空機のジエット化、大型化を推進する」というもので、直接、機種等について触れるところはなく、また、(b)、(c)の閣議決定は、「8項目の対外経済政策及び7項目の緊急対策を積極的に推進する」というもので、直接、航空機について言及するものではない。
[5] しかしながら、原判決及び第一審判決の認定した事実によれば、(a)の閣議了解は、昭和45年10月の運輸政策審議会の「航空輸送需要の多い基幹路線について大型ジエット機の導入を促進する必要がある」ことなどを内容とする運輸大臣に対する答申を受け、当時における国内航空上の最大の課題である「増大する航空輸送の需要に対処し、利用者の利便増進を確保する」ことを踏まえた政府の基本方針として策定したものであり、運輸大臣は、右閣議了解による方針を具体化する施策として、昭和47年7月1日「国内幹線への大型ジエット機の投入は、同49年度以降(沖縄線は同47年以降)認める」旨決定し、日本航空、全日空等の各社に示達するなどした、また、(b)、(c)の閣議決定は、いずれも対外経済政策推進関係閣僚懇談会において決定された対外政策に基づくものであって、対外貿易収支不均衡是正のための対外輸入の促進等が政府の基本方針であることを確認し、これを積極的に推進することを明らかにしたものであり、右閣議決定後の昭和47年8月15日の運輸大臣を含む経済関係閣僚懇談会において、緊急輸入の品目、数額の取りまとめを急ぐこととし、運輸省においては、航空各社から外国航空機購入計画等を提出させるなどした上、「昭和47年及び48年度中にわが国民間航空企業が米国から購入予定の航空機の金額は約3億2000万ドルである」とし、これを同年8月末の鶴見外務審議官とインガソル駐日米国大使との間に行われた日米会談に提示した上、同年9月1日、田中とニクソン米国大統領との首脳会談の際に「日本の民間航空会社は、47及び48会計年度に、米国から約3億2000万ドル相当の大型機を含む民間航空機の購入を計画中であり、日本政府は、購入契約が締結され次第、これら航空機の購入を容易ならしめる意向である」旨発表した、そして、全日空等の我が国航空各社においては、導入する大型ジエット機の機種選定に入り、外国航空機製造会社の売り込みも激化したが、本件請託当時、全日空がアメリカ合衆国から輸入する大型ジエット機の機種は、本件L1011型機ほか2機種にほぼ絞られていた、というのである。

[6] 右事実にかんがみると、全日空がアメリカ合衆国からL1011型機ほか2機種のうち、いずれかの航空機を選定購入することは、前記(a)ないし(c)の閣議了解及び閣議決定によって決定された基本的政策が、具体的施策として策定、実現される過程で生じた問題ということができるから、右機種選定についての行政指導が運輸大臣の職務権限に属するものである限り、内閣総理大臣は、右閣議了解及び閣議決定の方針に基づくものとして、運輸大臣に対し、右行政指導をするよう指揮監督権限を行使することができるものというべきである。

[7] そして、運輸大臣の職務権限については、前記多数意見の説示するとおりであって、要するに、運輸大臣の民間航空会社に対する機種選定についての行政指導は、いやしくも運輸大臣において適法に行い得る場合がある以上、運輸大臣の職務権限に属するというに尽きる。

[8] 以上の次第であるから、本件においては、前記の閣議了解及び閣議決定は相まって、内閣総理大臣の指揮監督権限行使のために必要な閣議にかけて決定した方針に当たるというべきであり、これと同旨をいう原判決及び第一審判決の判断は是認することができる。


 判示第二の一についての裁判官尾崎行信の補足意見は、次のとおりである。

[1] 私は、多数意見に同調するものであるが、次の3点につき私の見解を補足し、その理由を明らかにしておきたい。
[2] 私は、内閣総理大臣の職務権限は各主任大臣の権限すべてに及ぶと解し、本件請託の対象とされた民間航空会社に対し特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行為が、運輸大臣の職務権限内にあるならば、そのような勧奨行為をするよう運輸大臣に指揮することは、同時に内閣総理大臣の職務権限内にあると考える。けだし、内閣総理大臣は内閣の首長として行政各部を指揮監督する(憲法72条)のであるから、その指揮監督権限は、各主任大臣の分担管理する(国家行政組織法5条1項)各々の行政事務全般に及ぶこととなるからである。本件においては、多数意見の説示するとおり、右のような勧奨行為も運輸大臣の職務権限に属すると解されるところから、運輸大臣に対してそのような勧奨行為を指揮することは、いわゆる職務密接関係行為の概念に依拠するまでもなく、内閣総理大臣の本来の職務行為として、その職務権限に属するものということができる。

[3] ところで、この指揮監督権限は憲法72条によって付与されたものであって、内閣総理大臣からこの権限自体を奪うことは憲法に違反して許されない。しかし、その権限行使の方法について合理的条件を付することは許される。この権限は内閣を代表して行使されるものであるから、内閣法6条のように内閣の統一された意思に沿って行使されるよう内閣総理大臣が自己の賛成を含む合意である閣議決定に従って行使することとするのは合理的であり、しかも、罷免権によって最終的には内閣総理大臣の意見を優先させる方途があるのであるから、かかる条件は憲法72条に反するものではない。内閣法6条は、指揮監督権限の行使方法を定めたにすぎず、権限そのものの範囲を消長させるものではない。この権限は、憲法に由来するのであって、閣議決定がある場合に初めて発生するものではない。

[4] 内閣総理大臣の指揮監督権限は、内閣法6条の定めに従ってこれを行使する場合には、強制力を伴うのであるが、これが唯一の行使方法ではない。一般の行政事務の実態をみれば明らかなように、規制的処分行為であっても、必ずしも当初から権力的な行政手法によって行政目的を遂行しようとはしない。むしろ勧告や指導によって任意の履行を求める方が円滑な行政の執行を容易にし利点も多いと認められ、この手法は行政指導として現に活発に利用されている。内閣総理大臣の指揮監督権限についても同様のことがいえよう。当初から内閣法6条に定める手続に従ってこれを行使し、権力的に強制するのではなく、それに先立つ代替的先行措置あるいは前置手続として、指導、要望、勧告等、これを「指示権(能)」というかどうかはともかく、これらによって内閣総理大臣の所期する方針を主任大臣に伝達し、任意の履行を求めるのが通例と認められる。そして、この指導等は、内閣総理大臣の指揮監督権限の行使の一態様であるが、内閣法6条に基づく場合とは異なり、強制力を有しない。したがって、内閣総理大臣は、その指導等に主任大臣が従わない場合には、内閣法6条に従って閣議決定を求めることになる。その結果、閣議において、内閣総理大臣の所期する方針が合意されれば、これによって強制的な指揮監督権限を行使するし、期待する閣議決定が得られない場合(閣議決定は全員一致によるのが慣行とされている。)に内閣総理大臣があくまで自らの方針を貫こうとすれば、罷免権(憲法68条2項)を行使してでも強行することとなる。このように、指導等は、右権限の強制的行使に至る道程として採られる先行的措置であり、この権限の内容の一部をなすものとみるべきで、憲法72条に定める指揮監督権限に包摂され、内閣総理大臣の職務権限に属するのである。

[5] 右の立場を採るとき留意すべきは、内閣法6条に従った指揮監督権限の行使には強制力を伴うというが、閣議決定にもかかわらず不服従が続くとき、直接的には強制の方法が法定されていない点である。代執行も間接強制もできない。内閣総理大臣が真実強制しようとすれば、罷免権に訴え、自己に同調する者を主任大臣に任命するか自己が兼務するか、更には内閣法10条の臨時代理権を駆使して、時には自ら事務処理を強行する外なかろう。同法6条に基づく指揮監督権行使は実効を得るのが難しく、むしろこれに先行する指導や要望などの意見交換により説得する方が内閣統轄の実を上げる現実的な道であり、実情もこうした運営がされ、ほとんど同法6条に基づく行使の例がないと認められる。そうであるにもかかわらずこの条文を設けた真の目的は、旧憲法下では、しばしば閣内不統一を理由に内閣総辞職を強いられていたところから、現行憲法下では、内閣総理大臣の優位性を制度化し、かかる事態を避けるためであると解せられる。したがって、内閣法6条に従う以外には、指揮監督権限を行使できないとか、権限自体がないとかいうことはできない。

[6] さらに、閣議決定なくして指揮監督権限の行使が許されることは、内閣法自体も予想するところである。すなわち、同法8条は、内閣総理大臣が行政各部の処分や命令を中止させた上で、内閣の処置を待つことができると定めている。これは、いまだ閣議にかけて決定した方針が存在しない時点で中止を命ずる権限を認めるもので、中止要求という指揮監督の一機能が閣議決定の有無を問わず、むしろそれに先行して発動される場合があることを示している。更にさかのぼり、この中止命令に先立ち内閣総理大臣が指導や説得を行って意見の相違を解消し得ることは前述のとおりであって、それが閣議決定の存在しない状態の下で行われるのも自明である。この意味で、同条を先行措置としての指導等を認める一根拠とすることができる。
[7] 既述のように、内閣総理大臣が指揮監督権限を指導等の形で行使したが、意見の相違が解消しない場合、閣内の調整が必要となる。あらかじめ閣議決定が存在していれば各大臣はこれに従う義務があるから、本来は内閣総理大臣が既存の方針を指摘さえすれば、主任大臣は任意に履行するであろう。内閣法6条が必要なのは、主任大臣が閣議方針の不存在ないし自己の立場の根拠となる閣議方針の存在を主張して、内閣総理大臣の指揮監督に服しない場合であろう。しかし、こうした事態においては、内閣総理大臣の指揮監督に法的拘束力を持たせるため所定の手続をふもうとしても、当該主任大臣の賛同がない以上、全員一致の閣議決定は得られず、同条に従った権限行使は不可能となる。
[8] 要するに、内閣の統轄に資するという目的を同法6条によって達成することは、極めて困難であるといわざるを得ない。主任大臣としても、自己の意見に固執し、内閣総理大臣の意向に反する閣議決定を得ようとしても、全員一致を要件とする以上不可能であり、結局自ら辞職するか罷免されて、閣内の統一が回復されるだけである。現実の意見の調整は、たとえ閣議を経る場合であっても、指導等の段階における相互の説得力や政治力によって、成し遂げざるを得ないのである。同法6条に基づく指揮監督権限の行使の実例をほとんどみないゆえんである。

[9] このように、閣議決定があった後に指揮監督権限を行使する事態は想定し難く、また行政実務においてもその例が乏しいにもかかわらず、この権限は閣議決定がない限り発生しないとする見解があるが、以下の理由によって、これにくみすることができない。
[10] そもそも、内閣総理大臣の指揮監督権限は、憲法72条の下に、確定的に発生、存続しており、閣議決定によって広まることも狭まることもないのは既述のとおりである。これに加えて、閣議の性質にかんがみると、閣議決定の存否、手続の適否、決定内容の意味、適用範囲など閣議の在り方は、原則として合議体たる内閣によって自律的に判断、決定されるべきものであって、これに関する疑義も合議体構成員たる国務大臣のみが提示し、閣議自体が決定し得るものと解すべきである。少なくともいわゆる任意的閣議事項については、議題の適否を始め公表の要否に至るまで何らの法的要件も定められておらず、しかも議事録も取られず、閣員に秘密保持義務が課されているところからすれば、閣議の存否・内容などの判断は、内閣自体の自律権にゆだねられているとせざるを得ない。この点を無視して、閣議決定がないときは内閣総理大臣の指揮監督権がないというと、結局判断不能の事実を前提に内閣総理大臣の指揮監督権限の存否を確定しようとする不合理に陥ることとなろう。
[11] 原判決は、賄賂罪成立の観点からみれば、賄賂と対価関係にあるとされる公務員の行為が一般的職務権限内で行われ得るものでさえあれば、具体的行為の「適法性ないし相当性の問題」があったとしても「抽象的一般的に職務行為としてかかる行為をなしうるか否かの問題とはかかわりのないもの」(597頁)とし、その是認する第一審判決も、「手続ないし行為方法が……違法というべき場合であっても、これが職務権限内の行為であることを否定されるものではない」(580頁)旨指摘している。
[12] そうであるとするならば、内閣総理大臣に対する本件贈賄罪は、その職務権限内の行為につき、請託と財物供与やその約束があればその時点で成立し、果たして内閣総理大臣がその行為をしたか否か、行為方法が法令に違反していないかどうかは問うまでもないはずである。原判決が、右の点を判示しながら、内閣総理大臣が運輸大臣を指揮監督して本件行政指導をさせる職務権限を有するかを論ずるに際し、(a)「運輸大臣の新機種選定に関する行政指導」の可否と、(b)「『閣議にかけて決定した方針』の存在」の2点を検討する必要があるとして、この2要件を並列的に論じているのは、いささか理解し難い。前者は権限の存否に関するが、後者は権限行使の要件にすぎないのであるから、その存否、関連する閣議決定がいかなる内容、範囲で存在したか否かを明らかにするのは、請託の趣旨、内容等を把握するために有用であるとしても、賄賂罪の成否の面では論ずる必要をみなかったといえるからである。
[13] 端的にいって、本件贈賄罪は、内閣総理大臣に対し賄賂の申込みや供与があった時点で成立している。第一に、その時点で、内閣総理大臣は指導等の形態による指揮監督権限を有していたのであるから、賄賂罪の成立に必要な職務権限において欠けるところはなかった。第二に、同じ時点で、いまだ行使要件は備えていないとしても、強制力のある指揮監督をする職務権限自体は有していたのであるから、同様に構成要件を満たしていた。いずれにしても、閣議にかけて決定した方針があったかどうかを問題とする必要はなかったのである。

[14] さらに、別の角度からみても、本件贈賄罪は閣議決定の存否を問うまでもなく成立すると考える。すなわち、本件請託のうち、特定機種の購入を勧奨するため運輸大臣を介して全日空に対し何らかの有効な働き掛けをするよう求めた行為についても、いかなる手段、方法によるかは内閣総理大臣にゆだねられていた。その働き掛けのため法的手続を経る必要があればそのように処置することも含むのは自明である。内閣の方針が未定の事項についても、内閣総理大臣は、独自の閣議主宰権を行使し、その構成員を説得、勧誘して自己の所期する方向に閣議を誘導することができ、その説得、誘導は国務大臣の罷免権を背景とし、更には臨時代理権まで保持することによって、極めて強力な影響力を有するのである。かかる法的地位にある内閣総理大臣に対し、請託の内容に沿うように閣議を誘導することをも期待して、その対価として財物が供与された場合には、贈賄罪が成立することは明らかである。この立場は、議会の議員の投票権や委員会の委員(長)の権限を対象とする賄賂罪を認める先例にも合致し、閣議決定とは全く無関係に、内閣総理大臣の職務権限を対象とする賄賂罪が即時に成立するとの結論を支持するものである。


 判示第二の一についての裁判官草場良八、同中島敏次郎、同三好達、同高橋久子の意見は、次のとおりである。

[1] 被告人檜山につき贈賄罪の成立を肯定すべきものとする多数意見の結論には同調するが、これを肯定する理由は、被告人檜山の行為は田中に対し内閣総理大臣の職務と密接な関係にある行為の対価として金員を供与したものと評価することができるということにある。以下、これを詳述する。

[2]一1 内閣総理大臣は、憲法72条に基づいて、主任大臣を指揮監督する権限(内閣法6条)を有するとともに、これと並んで、主任大臣に対し指示を与えるという権能を有している。すなわち、内閣総理大臣は、行政権を行使する内閣の首長として、内閣を統率し、内閣を代表して行政各部を統轄調整する地位にあるものであり、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督する職務権限を有するほか、国務大臣の任免権(憲法68条)や行政各部の処分の中止権(憲法72条、内閣法8条)を有している。憲法上このような地位にある内閣総理大臣は、内閣の方針を決定し、閣内の意思の統一を図り、流動的で多様な行政需要に対応して、具体的な施策を遅滞なく実施に移すため、内閣の明示の意思に反しない限り、主任大臣に対し、その所掌事務につき指導、勧告、助言等の働き掛けをする、すなわち指示を与える権能を有するというべきである。

[3]2 被告人檜山は、田中に対し、内閣総理大臣として運輸大臣に全日空がロッキード社のL1011型機を選定購入するように勧奨することを働き掛けることを期待して本件請託をし、田中もこれを承諾したものであるが、本件請託は、内閣総理大臣の前記のような指揮監督権限の行使によるか、又は指示権能の行使によるか、いずれかに限定したものとは解されない。そこで、内閣総理大臣が、右のような働き掛けをする指揮監督権限を有していたかどうか、及び指示としてそれをする権能を有していたかどうかについて、検討する必要がある。

[4] まず、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指揮監督する権限の有無について検討する。

[5] 内閣総理大臣が指揮監督権限を行使するには閣議にかけて決定した方針に基づく必要がある(内閣法6条)ところ、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にロッキード社のL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をするよう指揮をする根拠となる閣議にかけて決定した方針に係る閣議決定として主張されているのは、(a)昭和45年11月20日の「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解、(b)昭和46年12月19日の「円の為替レートの切り上げにあたって」と題する政府声明についての閣議決定、及び(c)昭和47年7月18日の衆議院議員大野潔及び参議院議員中尾辰義の提出に係る質問主意書に対する答弁についての閣議決定である。

[6] しかしながら、このうち、(a)の閣議了解は、当時の国内航空情勢を背景として、安全性に配慮しつつ、利用者の利便を増進する目的で、航空機のジェット化、大型化を推進することを決定したにとどまるものであって、右の航空機のジェット化、大型化という方針に合致する数種の機種が存在する場合に、民間航空会社にそのうちのどれを選定させるべきかという点についての方針を決定したものと認めることができないことは、明らかである。また、右(b)及び(c)の閣議決定は、いずれも、対外経済政策推進の方針を決定したものであって、航空機の問題について直接触れるものではなく、前記のような機種の選定に関する方針を決定したものとは認められない。そして、記録上、他に全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をすることの根拠となるような閣議の決定があった事実も認めることができない。
[7] そうであるとすると、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し、全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をするよう指揮をすることについて、その根拠となる閣議にかけて決定した方針があったとすることはできない。

[8] してみれば、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう働き掛けることは、内閣総理大臣の指揮監督権限という職務権限に属する行為であるということはできない。

[9] 次に、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指示を与える権能の有無について検討する。

[10] 前述したとおり、内閣総理大臣は、内閣の明示の意思に反しない限り、主任大臣に必要な指示を与える権能を有する。しかし、内閣総理大臣の主任大臣に対する指示が内閣総理大臣の職務権限に属するというためには、指示の対象となった事項が主任大臣の職務権限に属することが肯定される必要がある。

[11] そこで、本件において、全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の職務権限に属するものであるかどうかについて検討する。
[12](一) 民間航空会社が運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の航空機の選定購入を勧奨することができる根拠となる明文の規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきであるから、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することが、運輸大臣の行政指導という職務権限に属するものかどうかを検討する必要がある。
[13](二)(1) 運輸省設置法(昭和47年法律第105号による改正前のもの)は、運輸省の権限として、「航空運送事業、利用航空運送事業及び航空機使用事業を免許し、又は許可し、並びにこれらの事業の業務に関し、許可し、認可し、又は必要な命令をすること」(4条1項44号の9)を定め、航空法(昭和48年法律第113号による改正前のもの)は、運輸大臣に対し、定期航空運送事業を営もうとする者に対する免許権限(100条1項)のほか、定期航空運送事業者の事業計画変更の認可権限(109条、101条)を付与しており、定期航空運送事業者が新機種を選定購入して路線に就航させようとするときは、使用航空機の総数、型式、登録記号、運航回数、整備の施設等を申請書に記載し(航空法施行規則(昭和48年運輸省令第59号による改正前のもの)220条、210条1項参照)、運輸大臣の認可を受けなければならないのであって、運輸大臣は、事業計画変更申請に対し認可権限を行使するに際して、「公衆の利用に適応するものであること、当該路線における航空輸送力が航空輸送需要に対し、著しく供給過剰にならないこと、事業計画が経営上及び航空保安上適切なものであること、申請者が当該事業を適確に遂行するに足る能力を有するものであること」などの認可基準(航空法109条2項、101条)に照らし、新機種の路線への就航の可否を決定することができる。
[14](2) そこで、仮に民間航空会社が選定購入の対象として検討している複数の新機種のうち、例えば、他の機種については騒音量等に問題があるため特定空港の周辺では就航を許容できない事情があるなど、前記事業計画変更の認可基準を満たす機種が特定機種に限定されるというような事情が認められる場合には、運輸大臣は、右認可に係る行政事務の円滑な運営を図るため、行政指導として、民間航空会社に対し右認可基準を満たす特定機種の選定購入を勧奨することができるものと解される。また、民間航空会社が選定購入の対象として検討している複数の新機種のうち、右認可基準に照らして格段に優れた特定機種があるというような事情が認められる場合にも、同じく右認可に係る行政事務の円滑な運営を図るため、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し右特定機種の選定購入を勧奨することができるものと解される。
[15](三) しかし、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨する行政指導は、右のような特殊例外的な場合に限って許容されるのであるから、このような特殊例外的な事情の存在が肯定されない限り、運輸大臣の職務権限には属しないものと解すべきである。
[16](四) これを本件についてみると、L1011型機の選定購入を勧奨する行政指導が許容されるような例外的事情があったということは、原判決において認定されているところではないし、本件記録を検討しても、そのような事情の存在を裏付ける証拠を発見することはできない。そうだとすると、運輸大臣が全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨することはその職務権限外の行為というほかはない。

[17] 以上のとおりであるから、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指示を与えることも、内閣総理大臣の職務権限外の行為というべきである。

[18]四1 ところで、公務員が、自己の職務権限に基づく事実上の影響力を行使する行為の対価として賄賂を収受するときは、公務員の職務と密接な関係にある行為の対価として賄賂を収受したものとして職務の公正に対する社会の信頼を損なうものであるから、公務員が職務に関し賄賂を収受したものとして収賄罪が成立し、賄賂を供与した者については贈賄罪が成立するものと解される。
[19] 前述したように、内閣総理大臣が主任大臣に指示を与えることができるのは、当該主任大臣の職務権限内の行為についてのみに限られるが、その指示に係る主任大臣の行為が当該主任大臣の職務と密接な関係にある行為である場合には、前述のような内閣総理大臣の地位に照らせば、その指示は、当該主任大臣に対し内閣総理大臣がその職務権限の範囲内で行う指示と大きく異なるところはなく、それと同等の事実上の影響力を与えることは見やすいところであるから、これを内閣総理大臣の職務と密接な関係にある行為と評価することができる。したがって、そのような指示を与えることを請託して金員を供与すれば、贈賄罪が成立する。

[20] そこで、運輸大臣において全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨することが、運輸大臣の職務と密接な関係にある行為といえるかどうかについて検討することとする。
[21] 前述のように、特殊例外的な事情の存在が肯定されない限り、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨するよう行政指導を行うことは、運輸大臣の職務権限に属するものではない。しかしながら、運輸大臣は、定期航空運送事業を営もうとする者に対する免許権限を有し、かつ、右事業者の事業計画変更の認可権限を有すること前述のとおりであることからすると、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨した場合には、右のような特殊例外的な事情が存在しないときであっても、運輸大臣の右勧奨行為は、同大臣が職務権限の範囲内で行う行政指導と大きく異なるところはなく、民間航空会社に対しその職務権限の範囲内でされる行政指導と同等の事実上の影響力を与えることは見やすいところであるから、右勧奨行為は運輸大臣の職務と密接な関係にある行為といわなければならない。したがって、本件のような場合、運輸大臣が全日空に対しL1011型機の選定購入を勧奨するとするならば、それは運輸大臣の職務と密接な関係にある行為ということができる。

[22] そうしてみると、内閣総理大臣が運輸大臣に対し全日空にL1011型機の選定購入を勧奨するよう指示を与える行為は、内閣総理大臣がその指示権能に基づき本来有する職務と密接な関係にある行為であるということができる。そして、本件における被告人檜山の請託の内容は、前述のとおりであるから、被告人檜山は、田中に対し内閣総理大臣の職務と密接な関係にある行為の対価として金員を供与したものというべきであって、田中に対し内閣総理大臣としての職務に関して賄賂を供与したものとして、贈賄罪が成立する。

[23] 以上の見地からするならば、次に述べるとおり、多数意見には賛成できず、また、原判決に誤りがあるといわざるを得ない。

[24] 多数意見は、事業計画変更の認可基準に照らし、特定機種を就航させることが適当と認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許されるとし、このことから、特定機種の選定購入の勧奨も、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものとする。しかし、右多数意見は、必要な行政目的が肯定される場合を緩やかに解し、行政指導として民間航空会社に特定機種の選定購入を勧奨することを広く認めるものであって、法令に定める当該行政機関の任務及び所掌事務の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。また、前述のとおり、特定機種の選定購入を勧奨することにつき必要な行政目的が肯定される特段の事情の認められる場合は、極めて特殊例外的な場合に限られるのであり、そのような特殊例外的な場合があることを根拠にして、それ以外の場合になされる右のような勧奨行為まで一般的に運輸大臣の職務権限に属するものとすることはできない。

[25]2(一) 前述したところから明らかなように、原判決が、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し、全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をするよう指揮をすることについて、その根拠となる閣議にかけて決定した方針があったとする点は誤りであるといわざるを得ない。
[26](二) また、原判決は、運輸大臣は、企業が未成熟の段階にあり、経営基盤が安定していない企業がある場合には、企業の事業遂行能力に適合した航空機材を確保する上から、又は機種統一の政策理念のもとに過当競争を排し企業の調和ある発展を図る上から、企業に対し特定機種を選定購入すべく勧奨する必要があるとして、特定機種の選定購入の勧奨も、抽象的一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものとする。しかし、仮に原判決のいうような企業が未成熟の段階にある等の情況が認められるようなことがあったとしても、前示のような特殊例外的な事情が認められないのに、特定機種の選定購入までを勧奨することは、法令に定める当該行政機関の任務及び所掌事務の範囲を逸脱するものといわざるを得ないのであって、原判決の述べるところも、特定機種の選定購入の勧奨が運輸大臣の職務権限に属することの理由にはなり得ない。

[27] 以上のとおりであり、原判決は、本件において、内閣総理大臣が運輸大臣に対し、全日空にL1011型機の選定購入を勧奨する行政指導をするよう指揮をすることについて、その根拠となる閣議にかけて決定した方針があったとし、かつ、右勧奨行為が運輸大臣の職務権限に属するものとして、被告人檜山の本件請託が田中の内閣総理大臣の指揮監督権限という職務に関するものとした点において、田中の内閣総理大臣としての職務の内容に関する法令解釈の誤りがあるが、本件贈賄罪の成立を肯定した結論においては、これを正当として是認することができる。

(裁判長裁判官 草場良八  裁判官 園部逸夫  裁判官 中島敏次郎  裁判官 可部恒雄  裁判官 大西勝也  裁判官 小野幹雄  裁判官 三好達  裁判官 大野正男  裁判官 千種秀夫  裁判官 高橋久子  裁判官 尾崎行信  裁判官 河合伸一)

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