戸別訪問禁止合憲判決
差戻後控訴審判決

公職選挙法違反被告事件
広島高等裁判所
昭和57年10月26日 第1部 判決

■ 主 文
■ 理 由


 原判決を破棄する。
 被告人両名をそれぞれ罰金1万円に処する。
 被告人両名においてその罰金を完納することができないときは、金2000円を1日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
 被告人両名に対し、公職選挙法252条1項所定の5年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。
 訴訟費用中、差し戻し後の控訴審証人赤木米子、同福間六子、同名越澄子に支給した分は被告人甲田の、同証人浅津熊市、同伊藤春恵に支給した分は被告人乙山の各負担とし、第一審証人奥平康弘、同山田善二郎、差し昃し前の控訴審証人相見昌吾、同勝田洋に支給した分は、被告人両名の連帯負担とする。


[1] 本件控訴の趣意は、検察官甲田宗彦提出(同平山勝信作成)の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人君野駿平、同石川元也、同高野孝治、同妻波俊一郎、同岡崎由美子、同大賀良一連名作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

[2] 論旨は要するに、
公職選挙法138条1項、239条3号の規定が憲法21条1項の規定に違反して無効であるとして、被告人両名に対し無罪を言い渡した原判決は、法令の解釈、適用に誤りがあって、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない、
というのである。

[3] まず、一件記録によって、本件訴訟の審理の経過をみると、被告人両名に対する公訴事実(訴因変更後のもの)は、後記「罪となるべき事実」として記載するとおり、被告人両名がそれぞれ戸別訪問をしたというものであるところ、第一審である松江地方裁判所出雲支部は、被告人両名が戸別訪問をした事実を認めることができるとしながら、戸別訪問の禁止は人権制約基準たる「合理性の認められる最少必要限度」の規制をはるかに越えるものであることが明らかであって、戸別訪問を殊更処罰しなければならない合理的理由は到底見出すことができないので、戸別訪問の全面的禁止を規定した公職選挙法138条1項、239条3号は言論の自由を保障した憲法21条1項の規定に違反し無効といわざるを得ないとして、被告人両名に無罪を言い渡したので、これに対し、検察官から前記控訴趣意を理由とする控訴の申立がなされ、控訴審である広島高等裁判所松江支部は、原判決同様被告人両名が戸別訪問をした事実は認められるとしながら、戸別訪問の禁止が憲法上許される合理的で必要やむを得ない限度の規制であると考えることはできないから、これを一律に禁止した公職選挙法138条1項の規定は憲法21条に違反するとし、同じ結論をとって被告人両名を無罪としていた第一審判決を維持して検察官の控訴を棄却した。そこで、検察官は、右控訴審判決には憲法21条の解釈の誤りと判例違反があるとの理由により上告を申し立てたところ、最高裁判所は、
「戸別訪問の禁止は、意見表明そのものの制約を目的とするものではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害を防止し、もって選挙の自由と公正を確保することを目的とするもので、その目的は正当であり、弊害を総体としてみるときには戸別訪問を一律に禁止することと禁止目的との間には合理的な関連性があり、戸別訪問禁止によって失なわれる利益より、それによって得られる利益がはるかに大きいから、戸別訪問を一律に禁止している公職選挙法138条1項の規定は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものではない」
旨判断して、右控訴審判決が憲法21条の解釈を誤るとともに最高裁判所の判例と相反する判断をしたとの理由でこれを破棄したうえ、事件を当裁判所に差し戻した(以下、差戻判決という。)ことが明らかである。
[4] ところで、最高裁判所が本件についてなした裁判における判断は、差し戻しを受けた当裁判所を拘束するものであり、裁判における判断とは、原判決を破棄する場合における裁判の主文及びこれを基礎づける直接の理由で、原判決を違法ならしめる事項についての法律点及び事実認定に関する判断であるから、差戻判決が公職選挙法138条1項が憲法21条に違反するものではないとした判断は、当裁判所を拘束するので、当裁判所もこれと同様の判断をなすべきところ、第一審判決が公職選挙法138条1項が憲法21条の規定に違反して無効であるとして同法239条3号を適用しなかったのは、憲法21条の解釈を誤ったもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。
[5] よって、刑事訴訟法397条1項、380条により第一審判決を破棄したうえ、同法400条但書に従って、当裁判所において更に判決する。
[6] 被告人両名は、いずれも昭和51年12月5日施行の衆議院議員総選挙に際し、島根県選挙区から立候補した中林よし子に投票を得させる目的をもって、
、被告人甲野ハルミは、同年12月3日ころ、別紙一覧表(一)記載のとおり、同選挙区の選挙人である出雲市○○町×××の×島根松子方ほか4戸を戸々に訪問して同人らに対して右候補者に投票するよう依頼し、
、被告人乙山秋子は、同年12月1日ころから同月4日ころまでの間、別紙一覧表(二)記載のとおり、同選挙区の選挙人である出雲市○○町×××松江梅子方ほか6戸を戸々に訪問して同人らに対して右候補者に投票するよう依頼し、
もって、戸別訪問したものである。
[7] 弁護人は、戸別訪問罪は、憲法21条に違反するのみならず、形式犯、抽象的危険犯であるから戸別訪問行為と選挙の自由、公正という保護法益との間に強固な合理的、客観的な関連性を必要とするところ、このような関連性がないのに、一律全面的に戸別訪問行為を禁止している点において、罪刑法定主義ひいては憲法31条にも違反する旨主張する。
[8] しかし、公職選挙法138条1項の規定が憲法21条に違反するものでないことは前記判断のとおりである。次に、意見表明の手段としての戸別訪問行為が、買収、利益誘導等の温床になり易いなどの弊害をもたらすことは、差昃判決が説示するとおりであるから、これを一律に禁止することと保護法益である選挙の自由と公正を確保することとの間には客観的、合理的な関連性があると認められるから、このような危険性に着目して戸別訪問行為を違法性のある行為として一律に禁止することが罪刑法定主義に違反するものではなく、また、戸別訪問罪の規定が刑罰法規としての明確性を欠くものでもないから、公職選挙法138条1項が憲法31条に違反するとは認められない。弁護人の主張は採用し難い。
[9] 次に、弁護人は、被告人両名の本件各行為は、いずれもアカハタ日曜版新聞の配布、集金、選挙用法定ビラの配布の目的のために被訪問者宅におもむいたもので、その際、偶々選挙の話が出たにすぎないから、得票目的のための訪問とは云えず、戸別訪問罪に該当しない旨主張する。
[10] しかし、証拠の標目欄掲記の証拠ことに被訪問者の各尋問調書、検察官に対する各供述調書によれば、被告人両名は、いずれも中林侯補に対する投票の依頼を中心として各被訪間者と会話をしていることが認められ、右訪問に際して、被訪問者の 一部にアカハタ日曜版の配布又は集金をしたり(被告人乙山の伊藤春恵及び浅津熊市に対する行為)また、選挙用と思われるビラを交付したり(被告人甲野の持田静枝、周藤奈津子、福間六子に対する行為、被告人乙山の木太敏子、中尾洋子、尾添栄子、松原三枝子に対する行為)していることは認められるけれども、これらの行為は前記投票依頼に際しての副次的なものに過ぎないと認められるから、本件の訪問の目的が投票依頼にあったことは否定し難い。証人伊藤春恵に対する当裁判所の尋問調書中所論にそう供述記載部分は同人の検察官に対する供述調書に比照してにわかに措信し難い。そして、前掲各証拠によって認められる被告人両名の一連の言動に徴すれば、連続して各被訪問先を訪問したことも明らかである。弁護人の主張は採るを得ない。
[11] 被告人両名の各判示所為はいずれも公職選挙法239条3号、138条1項に該当するので、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人両名を各罰金1万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法18条により金2000円を1日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、情状により公職選挙法252条4項により、被告人両名に対して同条1項所定の5年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととし、刑事訴訟法181条1項本文、182条により、訴訟費用中差し戻し後の控訴審証人赤木米子、同福間六子、同名越澄子に支給した分は被告人甲野の、同証人浅津熊市、同伊藤春恵に支給した分は被告人乙山の各負担とし、第一審証人奥平康弘、同山田善二郎、差し戻し前の控訴審証人相見昌吾、同勝田洋に支給した分は被告人両名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

一覧表(一)・一覧表(二) (省略)

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