死刑合憲判決
控訴審判決

尊属殺殺人死体遺棄被告事件
広島高等裁判所
年月日不明 判決

被告人 甲野一郎(仮名)

■ 主 文
■ 理 由


 被告人を死刑に処する。
 訴訟費用は全部被告人の負担とする。


 被告人は尋常小学校4年の時父に死別し、家が貧しい為其の後は肩書居村の教龍寺に奉公に出され、更に荒物屋の丁稚、料理店の板場、自動車会社の助手等をしてゐたが、最後の自動車会社で会社の金を費消した為其処を辞めさせられ、昭和21年2月頃肩書地の生家に帰つて来たものであるが、生家では母春子(当時49歳)と妹妻夏子(当時16歳)が手内職、日稼等をして乏しい配給生活で糊口を凌いでゐたところである上、被告人は元来板場のような職業に興味を持ち田舎での労働を好まず、自分の力で一家を支へて行こうと言ふ意気込もない為、被告人方は被告人の帰宅により更に暮し難くなり、且、被告人の食慾が旺盛な為食生活もより一層逼迫し、母や妹はむしろ被告人の帰宅を喜ばず之を邪魔者扱にするので、兎角家庭は円満でなかつたところ、同年6月頃被告人は同人方が夫迄米の融通を受けてゐた近所の住田精米所から2斗程の米を盗み出し大部分を煙草等と交換したことが発覚して検挙せられ、事件は起訴猶予処分で済んだが、母の春子は其のこと以来之を苦にし口癖のように「お前があんなことをしたので世間に対し恥しい上、住田から米を借ることも出来なくなつた」と愚痴を言ひ、妹夏子と共に被告人を冷遇するので不快に堪えず、同年9月13、4日頃には母と妹とを殺して仕舞ほうかと言ふ気になつてゐた矢先、同月15日友人方に遊びに行き午後5時半頃帰つて見ると、母と妹は既に夕食を済ませてゐて、被告人も食事をしようとしたが食物は何一つも残つて居らず、且、妹の夏子は「仕事もせずに遊んでゐる者は飯を食べなくてもよい」と放言したので、非常に腹を立て再び家を出て、午後11時頃帰つたところ、平素と異り母や妹は被告人の床を敷いて呉れて居らず2人は既に寝てゐたので、一旦は自ら床を展べ横になつたが空腹と腹立の余り寝つかれず、其の日夕方の2人の仕打や日頃の冷たい態度を想ふ内、一時に鬱憤が昂じいよいよ今夜2人を殺して仕舞ほうと言ふ気になり、翌午前1時頃自宅納屋から重さ1貫匁余の藁打槌を取つて来て、熟睡してゐる母春子の枕元に立ち右槌を両手に握り春子の顔面目蒐けて力任せに2度打下し、之を其の場に即死せしめ、更に同様の方法で傍に寝てゐる妹夏子の顔面と頭部を2撃し、之亦其の場に即死せしめた上、其の2死体を自宅東南方数間の地点にある古井戸内に順次投込んで之を遺棄したものであつて、右の各殺人と死体遺棄とは夫々犯意継続に係かるものである。

 以上の事実は犯意継続の点を除き
一、被告人が田舎での労働を好まず自分の力で一家を支へて行こうと言ふ意気込もなかつた点から、其の母や妹が被告人を邪魔者扱にし家庭が円満でなかつた点迄の事実を除き、被告人の当公廷での判示と同旨の供述
二、原審第1回公判調書中、被告人の供述として、自分方は米麦は一切耕作して居らず配給生活であつたので、自分と妹の日稼による収入丈で生活してゐた、自分は板場を働き度いと思つて居り、日稼仕事其のものが面白くなかつたので、母や妹には私が横着のように見え、夫に加へ自分の食慾が旺盛なので不足勝の食糧は逼迫の度を加へ、母や妹の気嫌が悪く家内は円満でなかつた、自分が帰つてからは母や妹は自分を邪魔者扱にし、食物に付ても自分が居る為に不足するように言つてゐた、との記載
三、強制処分での予審判事の証人本田春人に対する訊問調書中、同証人の供述として、自分は被告人方の近所に住んでゐるので同人方に出入して交際してゐるが、被告人方は被告人と其の母及妹の3人家族であるが、昭和21年9月頃から其の母と妹が居らぬようになり、不思議に思つて被告人に訊ねると、2人共山県郡の親族の家へ行つて居るとのことであつたが、祭が来ても正月が来ても帰らず、其の内山県郡の方へは行つて居らぬことが判つたので、一体どうしたのかと思つてゐたが、昭和22年1月17日被告人方へ遊びに行つたとき、友人の寺本修も来たので、自分と寺本は被告人に母や妹を捜さずに居ては申訳ないではないかと言ふと、被告人は黙り込んでゐたが、帰るとき寺本が何の気もなしに被告人方の畠の中にある井戸の蓋を除けて見たところ、何か変なものがあると言ふので、自分も覗いて見ると、人の死骸らしいので之は大変だと思ひ、其処迄一緒に出て来て居た被告人の顔を見ると、顔色が悪くなり遂には泣き出したので、寺本と相談し、同人が駐在所へ届け自分は被告人の守をしてゐた、との記載
四、強制処分での予審判事の証人寺本修に対する訊問調書中、同人の供述として、自分は幼時から被告人を知つてゐる、同人は昭和20年頃働先から帰つて来て日稼をしてゐたが、余り仕事は好きでなく金遣も荒いように聞いてゐる、其の母や妹も他家に雇はれ日稼をしてゐたが、何れもおとなしく評判はよかつた、被告人は仕事に余り熱心でないので、母親の気嫌も悪く、時々喧嘩のあるような話を聞いたことがある、昨年9月頃から何時も自分方へ話に来てゐた其の母親がばつたり来なくなり、母も妹も被告人方から見えなくなつたので、不思議に思つてゐたが、昭和22年1月17日被告人方へ遊びに行くと本田春人も来てゐて、被告人の母と妹の話が出て色々問ひ糺したら、被告人は顔色を変へてゐたが、自分は兎に角被告人方前の井戸にでも落ちてゐるかも判らぬから一度井戸を見ようと言ふと、被告人はいよいよ青くなつて、今晩自分の家へ相談に行くからと言つたが、自分は何んだか井戸が是非見度い気になり本田を誘ひ井戸のところへ行つた、被告人も一緒に井戸のところへ来たが、井戸の蓋を自分がとり、本田を呼んで中を見て貰ふと、人間の手が見えると言ふので大騒になつた、との記載
五、鑑定人香川卓二作成の昭和22年2月15日附鑑定書中、甲野春子・同夏子の死体は死後数ケ月を経て居て死因は詳でないが、春子の前頭部前下方と右上顎骨部、夏子の右側頭骨鱗状部の前上部と右前頭顴骨連接部に夫々鈍体による打撲に基く骨折があり、若し右の損傷が生前に生じたものであつたならば、被害者等は何れも負傷後直ちに或は間もなく鬼界に入るべき程度のものである旨の記載
を綜合して之を認め、犯意継続の点は被告人が前記各同種の行為を引続いて行つたことに徴して之を認定する。

 法律に照すと、右の内春子を殺害した点は刑法第200条に、夏子を殺害した点は同法第199条に、其の2死体を遺棄した点は夫々同法第190条に該当し、以上は夫々犯意継続に係るものであるから、同法第55条・第10条により殺人罪に付ては法定刑の重い尊属殺の1罪として、死体遺棄に付ては犯情の重い春子に対する死体遺棄の1罪として処断すべきところ、右2罪は同法第45条前段の併合罪であつて、尊属殺人罪に付死刑を選択するを相当と認めるので、同法第46条第1項を適用し他の刑を科せず、被告人を死刑に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第237条第1項に従ひ全部被告人に負担せしむべきものである。

 仍て主文の通り判決する。

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