薬事法違憲判決
控訴審判決

行政処分取消請求控訴事件
広島高等裁判所 昭和42年(行コ)第10号
昭和43年7月30日 判決

控訴人(被告)  広島県知事
被控訴人(原告) 株式会社角吉

■ 主 文
■ 事 実
■ 理 由


 原判決を取消す。
 被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。


 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

 当事者双方の事実上の主張、証拠の関係は、次の一、二を附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
、控訴代理人は「控訴人は原審において、昭和38年法律第135号による改正後の薬事法第6条第2項は自足完結的な内容を持つものと主張したが、これを撤回する。この点について次のように述べる。すなわち、右第6条は薬局開設の許可不許可などについて行政庁に広い裁量権を与えることをせず、その裁量について地方住民の総意を反映した条例で許可基準を定立することにし、その条例によつて定立した許可基準によつて行政庁の裁量を枠づけようとする民主的な建前を採用しているのであつて、このような場合には、条例が制定されるまでは、行政庁として許可不許可の処分をなし得ないものである。本件の場合、すみやかに条例が制定され、これによつて処分がなされたものである。」と述べた。
、(証拠省略)


[1] 被控訴人は福山市に本店をおき、広島市や岡山市などに支店をおいて、化粧品・婦人雑貨の販売業、スーパーマーケツトの経営、医薬品の販売業などをしている株式会社であること、被控訴人は昭和38年6月25日付の書面をもつて、控訴人の出先機関である福山市保健所を経由して、控訴人に対し、別紙目録記載の店舗での医薬品の一般販売業の許可を申請し、その申請は同年7月11日右保健所で受理されたこと、控訴人は右許可申請につき、昭和39年1月27日付で「薬事法第26条において準用する同法第6条第2項および薬局等の基準を定める条例第3条の薬局等の配置の基準に適合しない。」との理由をもつて、不許可の処分をなし、右処分通知は同年2月1日頃被控訴人方に到達したことは当事者間に争いがない。
[2] そこで、本件不許可処分が適法であるかどうかについて検討する。

[3]、被控訴人は「控訴人においては、本件申請に対し、受理当時施行せられていた薬事法を適用して処理すべきであつたのに、許可基準が厳格になつたその後の改正法により処理することにより不許可処分としたが、右は法律不遡及の原則に反する違法の処分である。」と主張する。
[4] 昭和38年法律第135号による薬事法の一部改正により、薬局の開設許可や本件で問題になつている医薬品の一般販売業の許可などの基準が一段と厳格になつた(第26条により、一般販売業の許可については薬局についての第6条が準用される。)。すなわち、改正前には、第6条(改正後の第6条第1項と同じ。ただし第1号の2を除く。)に定める事由に該当しないかぎり許可されたものであるが、改正後においてはその外に、薬局などの設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合は許可されないこととなり(第6条第2項)、また、右配置の基準については、都道府県が、調剤の確保と医薬品の適正な供給ができるよう、人口、交通事情その他これらの点に影響を与える各般の事情を考慮して、これを条例で定めることとされた(第6条第4項)。右法条の委任に基き、昭和38年広島県条例第29号「薬局等の配置の基準を定める条例」が制定公布され、その第3条には、右配置基準として、既設の薬局などの設置場所からおおむね100メートルの距離が保たれていることを要するとし、右距離は相互の薬局などの所在する建築物のもよりの出入口間の水平距離による最短距離とすることとし、なお、これについては調剤の確保や医薬品の適正な供給に影響を与える人口や交通事情などを考慮すべきこととしている。改正薬事法は昭和38年7月12日公布即日施行となり、右広島県条例は同年10月1日公布即日施行となつている(成立に争いのない乙第4号証の1、2参照)。
[5] 行政処分は処分時の法律に準拠してなさるべきが原則である。本件の如く、警察許可の申請受理後処分時までに、許可の基準を定める法規がより厳格に改正された場合であつても、この原則に変りはなく、行政庁は、旧法によれば許可基準に適合していたものを、新法によれば適合しないものとして不許可処分をなし得る。なるほど、申請者は受理当時の法律に準拠して申請が処理されることを期待しているけれども、受理という行政行為によつて、当然に受理当時の法律に準拠して処理さるべき法的地位が生ずるものではない。法律不遡及の原則とは、過去に完結した事実に新法を適用しないということであるが、行政処分そのものは現在の事実なのであるから、これが新法に準拠すべきは当然である(かりに旧法によつて受理された、受理の効力そのものが、法改正により奪われるときは、まさに法律不遡及の原則に反することとなる。)。ただし、右のような場合において、法自身が、改正による新たな規制実現の必要性よりも、申請者の受理当時の法により処理されることえの期待を尊重するのが適当であると考え、旧法により処理する旨の経過規定を設けたときは、これにより格別の扱いができるけれども(たとえば、昭和37年法律第72号銃砲刀剣類等所持取締法の一部を改正する法律附則第3項参照)、右改正薬事法にはかような経過規定は存しない。なお、成立に争いのない乙第11号証によると、厚生事務次官は各都道府県知事に対する昭和38年7月12日付厚生省発第92号「薬事法の一部を改正する法律の施行について」と称する通達において、「都道府県の条例が施行されるまでの間は、薬局等の適正配置に関する法の規定は適用されることがないものである。」としており、右は、本件の場合でいうと、昭和38年10月1日前記広島県条例が施行されるまでの間は、改正前の薬事法に準拠して処分できる趣旨と解せられなくもないが、これは、厚生事務次官の単なる意見に過ぎないもので、前記の見解を否定するに足るものではない。
[6] もつとも、行政庁が警察許可の申請を受理したときは、相当の期間内に許可、不許可の処分をなすべき義務を負い、申請者はこれを求める法的地位を有するということができる(警察許可は必ずしも申請を要件とするものではないが、行政庁が一旦これを受理するとかような法的地位を生ずる。)。したがつて、相当の期間内に処理すれば旧法によつて許可をなし得たものを、徒らに処分を伸ばし、その間許可基準が変更になつたため、これを理由に不許可処分をしたような特別な場合は、右不許可処分が違法となる場合があり得ると考える。しかし、本件の場合は、前記の如く申請は昭和38年7月11日受理されたが、翌12日には既に改正法が施行されているのであるから、速やかに申請を処理しても、改正前の法律に準拠し得ない実情にあつたものであり、不許可処分を違法たらしめる特別の場合ではないということができる。

[7]、被控訴人は「右広島県条例第3条は改正薬事法第6条の趣旨とするところに違反して無効であり、また、これらの法令は憲法第22条に違反して無効である。」と主張する。
[8] 前記の如く、広島県条例第3条は、薬局などの配置の基準につき、相互の建物の出入口間の水平距離による最短距離により、おおむね100メートル保たれることを要するとしているが、右条例はその第2条によつて明らかな如く、市内もしくは市内に準ずる市街地における薬局などの開設についてのみ適用され、かつ、人口、交通事情その他各般の事情が距離制限につき参酌されるし、薬局などの濫立が国民の保健生活に及ぼす後記の如き重要な影響を考えると、右第3条は改正薬事法第6条の趣旨とするところに十分則るものということができ、これが無効であるなどとはいえない。
[9] 医薬品は国民の保健衛生に極めて重要な影響を与えるものであることはいうまでもない。したがつて、医薬品を調剤し供給することにより、これを直接国民に結びつける役割をしている薬局や販売業の店舗なども、多分に公共性を有する施設ということができる。もしその開設を業者の自由に委せて、何らその偏在および濫立を防止するなど配置の適正を保つために必要な措置を講じないときは、その偏在により、調剤の確保と医薬品の適正な供給は期し難いことになり、また、その濫立により、濫売、廉売等の過当競争を生じてその経営を不安定ならしめ、ひいては、その施設に不備欠陥を生じ、品質の低下した医薬品の調剤供給等好ましからざる影響をきたす慮れがないでもない。なるほど、薬局などは医薬品の生産そのものを担当するものではないが、医薬品は管理が十分でなければ品質を低下するのみならず、却つて人体に有毒になることもあるのであつて、流通部門のみを担当するから右のように論結できぬとはいえない。このような事態は、医薬品の国民生活の上に果たす役割にかんがみ、できる限り防止することが望ましい。したがつて、薬局などの設置の場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立をきたすに至るが如きは、公共の福祉に反するものであつて、このような理由から、薬局の開設などに許可を与えないことができる旨の右改正薬事法およびこれに基く右広島県条例は、憲法第22条に違反するものではないということができる。

[10]、被控訴人は「かりに、改正薬事法第6条および右広島県条例により本件申請が処理さるべきものとしても、本件申請は配置基準上も許可されるような事情にある。」と主張する。
[11] 成立に争いのない乙第9号証の1、2、第12号証の1ないし3、原審証人岡英彦同溝口久次の各証言を総合すると、被控訴人が設置しようとする一般販売業の店舗予定地から、最も近いものは水平距離による最短距離55メートルの所に2個の既設薬局が存し、同100メートルの範囲内には既設薬局が計6個存し、さらに同200メートルの範囲内をみると、既設薬局が計13個存し、既に薬局などの密集地帯であるということが明らかであつて、これに反する証拠はない。そうすると、更に本件申請にかかる一般販売業の店舗を設置することは、右広島県条例の100メートルの水平距離を保つという原則から距たること甚しく、適正配置という法の趣旨にもとるものということができる(薬局、販売業店舗は、区別することなく相互に100メートルの距離制限の対象となると解す。)。なるほど、右各証拠、原審証人小迫満の証言および弁論の全趣旨を総合すると、右店舗予定地は国鉄福山駅の近辺で、福山市繁華街のうちにあることが明らかであり、福山駅で乗降する人々を始め、多数の人が店舗予定地附近を往来することは否めないけれども、それだからといつて、前記の如く既設の薬局などが密集している以上、適正配置という法の趣旨にもとるものといわざるを得ない。

[12] 以上の次第で、本件申請を不許可処分にした本件行政処分には、違法とすべき事由がないということができる。
[13] そうすると、本件行政処分の取消しを求める被控訴人の請求は理由がなく棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決は取消しを免かれない。
[14] よつて、民訴法第386条第96条第89条に則り、主文のとおり判決する。

  (裁判官 柚木淳 浜田治 竹村寿)

(別紙目録省略)

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