石井記者証言拒否事件
控訴審判決

刑事訴訟法第161条違反被告事件
東京高等裁判所
昭和25年7月19日 第5刑事部 判決

被告人 石井清

■ 主 文
■ 理 由

■ 弁護人海野普吉、同森川金寿の控訴趣意
■ 弁護人岩田宙造の控訴趣意
■ 弁護人芦苅直己の控訴趣意
■ 弁護人森川金寿の控訴趣意


 本件控訴は之を棄却する。


[1] 弁護人岩田宙造、海野普吉、森川金寿、芦苅直己の控訴趣意は末尾添附の各前同人又は連名作成名義の控訴趣意書と題する各書面記載のとおりである。
[2] 当裁判所は職権による調査の結果と右控訴趣意に対し次のように判断する。

[3] 先ず職権によつて記録を調査するに原審第1回公判調書には審理開始裁判官が被告人に対し刑事訴訟法第291条第2項刑事訴訟規則第197条第1項所定の事項を告げる前に「検察官が起訴状を朗読した」旨の記載がない。而して起訴状の朗読は審理の基礎をなす重要な訴訟手続の一部であるから若し之を欠くにおいては右は判決に影響を及ぼすべき、訴訟手続の法令違反があるものと謂わねばならぬ。刑事訴訟規則もその第14条第1項第5号において「検察官が起訴状を朗読したこと」を公判調書の記載要件の一つとしているのである。しかし刑事訴訟法第52条には「公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによつてこれを証明することができる」と規定している法意から考えると公判調書に記載のない事項についてはその記載要件であると否とに拘らず公判調書以外の自由な証明が許されるものと解しなければならぬ。而して本件につき当審において取調べた法務府検務局発行にかかる本被告事件の原審公判速記録の記載によると右検察官の起訴状の朗読が適法に履践せられていることが明らかであるから、この点について原審の訴訟手続には何等の瑕疵なく、単に公判調書に之が記載を欠くとの一事を以て原判決を破棄すべき筋合でないと信ずる。

[4] よつて進んで各弁護人の控訴趣意について判断する。
[5] 各所論はその立論の根拠とする諸点に至つては必ずしも軌を一にしないがその骨子とするところを要約すると大体左の如く大別することができる。
第一、本件における刑事訴訟法第226条による証人尋問に当り(一)本案たる被疑事実実在せず(二)被疑者特定せず(三)被告人石井に証人たる資格なく、従つて同条による証人尋問手続は違法無効であつて、かゝる手続の下においては証言又は宣誓拒否罪は成立の余地なしとし、この見地に立つて原判決を論難するもの(海野、森川第一点乃至第三点。岩田第四点。芦苅第二点及び第三点。森川第一点)
第二、憲法によつて保障せられた表現の自由を護るため新聞はその業務遂行上絶対的に取財源を秘匿すを必要あり且つ之が新聞倫理であつて新聞記者が之を理由として記事の出所につき証言ひいて宣誓を拒否することは刑事訴訟法第161条第1項に所謂「正当の理由」或は刑法第35条に所謂「正当業務による行為」に該当すべく、又之に該当せずと解することは憲法の表現の自由に関する条規に反するに拘らず、原判決がこの点に関し首肯すべき理由を示さず輙すく犯罪の成立を肯定したのは法令の解釈適用を誤り、或は必要な理由を示さなかつたものであり、又憲法にも違反する解釈であるとして原判決を論難するもの(海野、森川第四点。岩田第一点乃至第三点及び第五点。芦苅第一点。森川第二点)
第三、量刑不当論(荒苅第四点)
[6] そこで以上摘記の順序に従い各所論について逐次検討を加えることとする。
(A)、海野、森川第一点(刑事訴訟法第226条による証人尋問と本案被疑事実の存在)
[7]所論の要旨――所論はその前段において、「本件宣誓並びに証言拒否罪の成立するには当該尋問手続が訴訟法上適法且つ有効であることを前提とし、本件において之が適法且つ有効であるためにはその基礎をなす所謂被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件の秘密漏洩の被疑事実が実在したことを絶対の要件とするに拘らず原判決には右実在の有無にい〔ママ〕て事実理由に何等の判示をしていない」のは理由不備であるとし、その後段において「原審で取調べた凡ての証拠によつても右被疑事実の実在が認められず、又この点を明らかにするため弁護人のなした証人尋問の請求を却下し恰かも右実在の有無が本件犯罪の成否に関連性なきが如き見解の下に審理判決したのは審理不尽の結果ひいて判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある」と主張する。
[8]右前段に対する判断――思うに刑事訴訟法第161条の宣誓又は証言拒否罪の成立するためには当該証人尋問手続が刑事訴訟法上適法且つ有効であることを前提とすることは勿論であるから同罪に問擬するには少くとも刑事訴訟法の規定に基き宣誓乃至証言を求められる場合なることを判断し得る程度に判文に示すことを要すべきも証言を求められる当該被疑事件又は被告事件(以下本案事件と称する)の内容そのものまで逐一具体的に之を判文に明示することを要しないと解すべきである。この点につき原判決は「被告人は……刑事訴訟法第226条の規定に基く長野地方検察庁検察官の請求により被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について昭和24年5月16日証人として召喚せられて長野地方裁判所に出頭し同裁判所において係裁判官から前示被疑事件の犯罪事実の要旨を告げられた上証人として宣誓することを命ぜられたところ……」と判示して、その証拠現由を示しているのであるから右判文自体によつて所謂被疑者氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件があつて(その実在の意義如何については後に詳論する)検察官が捜査上の必要に基き長野地方裁判所の裁判官に対し刑事訴訟法第226条により被告人を証人として尋問することを請求し同裁判官は之を認容し、適法な権限に基き被告人を判示日時場所に召喚し、証人として宣誓を命じたものであること即ち右証人尋問手続が刑事訴訟法の規定に基く合法なものであることが十分に判断し得るのである。従つてたとえ本件の基礎をなす本案被疑事件の被疑事実の内容を具体的に判文に示さないからといつて原判決には罪となるべき事実の摘示について理由を示さず又は理由にくいちがいがあるとは言えない。
[9]右後段に対する判断――「所謂被疑事実の存在について」しかし原判決に前説のような理由の不備はないにしても所論に所謂「被疑事実の不存在」又は「被疑者不特定」の場合に刑事訴訟法第226条による証人尋問手続の違法無効を来たすとすれば結局被告人に対する本件犯罪の成立は之を否定されねばならないから更に之等の問題について検討の要を見るのであるが、所論第一点では主として前者の点に集中しているから先ずこの点につき判断する。
[10] 元来捜査とは公訴を提起遂行するために捜査機関が犯人及び証拠を集取する手続であつて捜査機関において「犯罪があると思料するとき」に開始せられる(刑事訴訟法第189条第2項)。捜査は捜査機関のかような主観的嫌疑に始まつて犯人及び証拠を捜査することによつて次第に客観性を帯びた嫌疑に高められ嫌疑十分となるに及んで公訴提起の段階に達するのであるから、少くとも捜査開始の要件としては捜査機関において犯罪ありと思料することが相当であると認めらるべき程度の被疑事実あれば足りるものと解しなければならぬ。元来捜査の開始につき捜査機関の主観的嫌疑に基礎を置いたのは、かの公訴提起につき嫌疑十分なること、有罪の言渡をなすにつき犯罪の証明あることを要することと対比して考えてみても捜査の本質上正に然るべきことであつて「被疑事実の存在」を前提とするというも唯だこの意義において理解すべく又かく解することについて少しも不合理は存しないのである。若し尓後の捜査の結果犯罪の嫌疑十分ならずとして不起訴処分をなし或は犯罪の証明なしとして無罪の判決があつても捜査の段階においてなされた手続は遡つて違法無効となることのないことは何人も異論はないであろう。
[11] そこで次に検察官が捜査上の必要に基きなす刑事訴訟法第226条の証人尋問の請求は捜査の如何なる段階において之をなし得るか、又之を請求するに当り、如何なる程度に所謂被疑事実の存在内容を明らかにし且立証を要するかが問題となる。一般に犯罪の捜査については任意捜査を原則とし強制捜査は刑事訴訟法典に特別の定ある場合に限られるが(第197条第1項但書)この特別の定ある場合に該当する同法第226条によれば「犯罪の捜査に欠くことのできない智識を有すると明らかに認められる者が、第223条第1項の規定による取調に対して出頭又は供述を拒んだ場合には第1回の公判期日前に限り検察官は裁判官にその者の証人尋問を請求することができる」と規定する外は捜査の如何なる段階においてのみ之が尋問を請求し得るかについては同条は勿論その他の規定にも之を限定する直接の定はないのである。寧ろ刑事訴訟法第197条第1項の規定の趣旨を探求すれば法律に特別の定ある右第226条の強制処分も同条の要件を具備するにおいては捜査の目的を達するため必要な限り、捜査の段階如何に拘らず之が請求をなし得るものと解するのが妥当である。蓋し強制捜査も任意捜査と同じく捜査の一手段であつて共に犯人及び証拠を集取するのが目的であるから、捜査の必要上事の緩急に応じその順序方法を適当に取捨選択し得るものと解すべく、若し所論の如く凡そあらゆる可能な捜査方法を尽した上本案事件の被疑事実の存在が明確に立証され始めて適法に本条による証人尋問の請求がなされるものと解するときはその段階を劃すること頗る困難であるのみならず、迅速を要すべき捜査は得てその目的を達成するに由なく刑事訴訟法が本条による強制捜査を認めた立法の趣旨は大半その意義が失われる結果となるであろう。
[12] 以上説示した所によつて検察官のなす本条による証人尋問請求を適法ならしむべき「被疑事実存在」の意義も前説示の捜査開始の要件としてのそれと区別して考うべき論拠はないとの結論に到達せざるを得ないのである。
[13] 唯だこの論に一歩を進めて苟くも尋問の請求を受けた裁判官において之を容れて証人尋問をする以上本案たる被疑事実存在の有無は上述の意義においても当該証人の尋問手続延いてその宣誓又は証言拒否罪の成否とは全然関連性なしとの極端論もありうるであろう。しかし捜査機関が犯罪ありと思料すべき何等の根拠もなく故意に事実を捏造して捜査を開始しかゝる証人尋問の請求をしたとすればそれは明らかに捜査に名を藉る職権の濫用であつて捜査権の行使が正義の原則に適わずこの場合にも猶且つ強制処分による裁判官の尋問であるとの形式的理由の下に当該証人について宣誓乃至証言拒否罪に問擬することは到底吾人の正義観の許さないところである。
[14] 以上の観点に立つて本件事案を見るに「松本市警察署司法警察員が昭和24年4月24日松本簡易裁判所裁判官に対し松本税務署員関伊太郎に対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し翌25日午前10時頃逮捕状の発付を得たが同日午後3時頃朝日新聞松本支局の記者被告人石井清が同署捜査課長会田武平に対し関伊太郎に対する逮捕令状が発付になつた旨を告げて事件が如何に進展したかを聞きに来たこと、同人は知らない旨を答えたが、右の如く逮捕状発付の事実が外部に洩れた気配があつたので予定を変更して同日午後9時之を執行したこと、所が翌26日附朝日新聞長野版に逮捕状請求の事実と逮捕状記載の被疑事実が掲載されその文面の順序等逮捕状記載と酷似していたことは原審でなされた証拠調の結果により明らかに認め得る事実である。思うに逮捕状の請求、発付の事実の如きは執行前外部に之を漏洩するときはその執行を困難ならしめ、延いて捜査に重大な障害を与えるものであるから当該逮捕状の請求、作成、発付の事務に関与する国家公務員たる職員については右は明らかに国家公務員法第100条に所謂職員の職務上知得した秘密に該当するものと謂わねばならぬ。然らば以上の事実とその他の証拠を綜合すると捜査機関において「松本簡易裁判所及び同区検察庁の職員中の何人かが、(被疑者特定の要否については後に詳論する)之等職務上知り得た秘密を第三者に漏洩した国家公務員法違反罪の嫌疑生じたものとして」捜査を開始するにつき相当と認められる十分の理由あるものと謂うべく、右捜査の段階において捜査上の必要のためなされた本件証人尋問手続も亦この点に関する限り前段説示の理由により適法且つ有効と断ぜざるを得ない。
[15] 同弁護人等は更に後段において「凡そ一つの社会現象があつた場合それが犯罪の結果であるかどうかにつき疑を持つたときは所謂内偵が行われその結果嫌疑をかくべき犯人が推定され場所日時も概ね推測がついたならば茲にはじめて正規の捜査権の発動が行われ、被疑事件としての立件手続を経て刑事訴訟法に規定する被疑事件となり凡そ可能な捜査方法を尽した上でなければ刑事訴訟法第226条に基く強制処分は許されない。と主張する。固より通常の場合には斯様な順序方法によつて捜査手続を展開してゆくことは望ましい態度であろう。しかし之は飽くまで当妥当の問題であり、捜査の必要上事の緩急に応じその順序方法を異にしたからと云つて之を以て直ちにその手続を違法無効と解し得ないこと前に説示したとおりであつて、その所謂「立件手続」もかの公訴提起の如く訴訟法上の意義を持つものではないのである。而して又以上のように解するこは憲法第31条に反するものとも考えられない。
[16] 之を要するに原判決には論旨摘記のような理由不備もなければ、審理不尽の結果ひいて判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認もないと謂わねばならぬ。

(B) 海野、森川第二点(刑事訴訟法第226条による証人尋問と本案被疑事件の被疑者の特定)
[17] 所論は要するに
「本件において本案たる国家公務員法違反被疑事件の被疑者特定せず従つて被疑事件は確定して居るとは言えずこの場合における刑事訴訟法第226条による証人尋問手続は違法無効であるに拘らず原判決が之を適法と解したのは刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の解釈を誤つたものであると主張し、その論拠としてこの場合に被疑者の特定を要せずとすれば(1)被疑者と証人との関係において証人たる資格があるかどうか、(2)証人として供述することによつて自己と一定の親族関係ある者(刑事訴訟法第147条)に刑事訴追が及ぶかどうか、判定できないから結局証人に対し証言拒否権を不当に奪う結果となり更に又(3)本件にあつては被疑者が職務上知得した秘密に属する事項であるかどうかを明らかにすることができないので公務員の秘密漏洩罪の嫌疑ありや否やを確定したことにならない」
と指摘する。
[18]判断――本件の場合に原判示の所謂「被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件」の被疑者は原審で取調べた証拠調の結果によるも松本簡易裁判所又は同区検察庁の職員の何人かであることが判明している丈けであり、且つ又その証人尋問の請求書には形式的に「被疑者の氏名、不詳」と記載しているもののその実被疑者の何人であるか特定していないことは所論のとおりである。しかし強制処分による証人尋問の場合に本案被疑事件の被疑者が何人であるかは必ずしも之を特定する要はないものと解するのが当裁判所の見解である。今左にその理由を述べる。
[19] この問題は前記第一点で説示した所とも関連するのであるが、元来捜査は犯人及び証拠を集取するのが目的であるから、一定の犯罪があると思料するにつき相当の理由ありと認められるべき事実がある以上未だ犯人の何人であるか判明しない場合でも、否かゝる場合にこそ捜査機関は適切迅速な捜査を開始し、若し捜査上の必要あるにおいては刑事訴訟法第226条による証人尋問と雖も捜査の段階如何に拘らず之が請求を為し得るものと解すべきこと既に第一点で説明したとおりである。所論は恰かも刑事訴訟法並びに刑事訴訟規則が強制処分による証人尋問の場合被疑者の特定していることを絶対の前提要件としているが如く主張するが果して然るであろうか。先ず刑事訴訟法第226条による証人尋問請求書の記載要件を定めた刑事訴訟規則第160条によるとその第1項第2号に「被疑者又は被告人の氏名」とあり、第2項に「前項の場合には第155条(差押等の令状請求書の記載要件を定めた規定)第3項を準用する」とあり、而して右規則第155条第3項には「被疑者又は被告人の氏名又は名称が明らかでないときはその旨を記載すれば足る」と定めている。成る程この文言だけを見れば「被疑者の氏名不詳」とあつて「被疑者不詳」と立言していないからこの場合被疑者は特定しているが、唯その氏名が分らない場合に限ると解することも一応首肯し得るようにも見えるのである。しかし捜査の段階における強制処分の請求例えば逮捕状及び勾留の請求書の記載要件を規定した同規則第42条及び第147条によるといずれも「被疑者の氏名、若し氏名明らかでないときは人相、体格その他被疑者を特定するに足る事項で之を指定しなければならない」と定めている。思うに逮捕状、勾留状の如き令状の執行を受ける者は被疑者それ自身であるから必ず特定することを要するのは当然であつてその氏名明らかでないときは特定するに足りる事項で指定しなければならぬとしたのである。之に反し証人尋問の請求又は差押、捜索、検証のための令状請求(刑事訴訟法第225条第1項による鑑定処分許可請求の場合も同じ同規則第159条第2項参照)の場合にあつては、その尋問を受ける当該証人又は差押えるべき物等の特定を要するは勿論であるが、被疑者自身は直接その強制処分を受けるものでないから、その氏名が明らかでないときは単にその旨を記載すれば足りるとし特に前者の如く特定するに足りる事項を記載要件としていない法意が窺われるのである。斯様に二つの場合の規定を対照してみるとそこに明らかに特定を要する場合と然らざる場合によつてその立言の仕方を異にしていることを看取し得るのであつて、前記規則第155条第3項に所謂「被疑者の氏名又は名称が明らかでないとき」とは被疑者が特定して居るがその氏名、名称の不明の場合だけでなく被疑者そのものが不明でその氏名を詳らかにすることができない場合をも含むと解しなければならぬ。斯く考えてくると前記刑事訴訟規則の規定は却つて本件の場合被疑者の特定を要せずと解する論拠にこそなれ「被疑者の氏名不詳」なる文言のみを捉えて必ず被疑者の特定を要するものとの見解は到底之を採用するを得ない。元来刑事訴訟法第226条による証人尋問にあつては被疑者は当然には尋問に立会う権利はないのであるから(刑事訴訟法第228条第2項、刑事訴訟規則第162条参照)被疑者の特定を要せずとするもその立会権を奪うことにもならないのである。
[20] そこで被疑者の特定を要せずと解することが果して所論のような不当の結果を生ずるや否やを検討してみよう。
[21] 本件の場合被疑者が特定していなくても証人として喚問を受けた被告人が証言をなすことによつて(1)被疑者との間に自己が共犯の関係ありとして訴追を受ける虞れがあるかどうか、(2)自己と一定の親族関係あるものが刑事訴追を受ける虞れがあるかどうかは、その求められている証言の内容如何によつて供述せんとする証人自身において判定し得べく、若し以上の場合に該当すると思えば証言を拒むことができるのであつて、被疑者不特定のため証言拒否権を奪うことにはならないのである。因みに証言拒否につき部分的拒否制度を採用した現行刑事訴訟法の下にあつては、旧刑事訴訟法第186条の如く被告人(被疑者に準用)と一定の親族関係ある者について常に全面的に証言を拒絶し得る場合と同一に論ずべきでないことを理解すべきである。尚お被疑者が特定しなければ被疑者との関係において証人たる資格があるかどうか判定できないとの疑点については後記第三点で説示するところによつて氷解されるであろう。更に又(3)被疑者が特定しなければその被疑者が職務上知り得た秘密に属する事項であるかを明らかにすることができないので公務員の秘密漏洩罪の嫌疑があるかどうか確定したことにならないとの論法は被疑者特定の要否の問題を遡つて第一点の被疑事実存在の要否に結びつけた循環論であつて特に被疑者の特定の要否を論定する別個独立の要因とならないのであるしその所謂「国家公務員の秘密漏洩罪の嫌疑があるかどうか確定したことにならない」との点については第一点で説示したところを更に反覆する要もないと信ずる。
[22] 之を要するに原判決には「被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件につき……」と判示しその被疑者が果して特定していたかどうか判文上明らかでないが、その特定していない場合でも本件証人尋問手続は適法且つ有効であると解すべく原判決には所論のような刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の解釈適用を誤つた違法はない。

(C) 海野、森川第三点(証人資格論)
[23] 所論は要するに
「本件記録中検察官の裁判官に対する被告人石井の証人尋問請求書の犯罪事実の要旨に記載した事実が存在することを前提としたならば被告人石井は右被疑者たる公務員の秘密漏洩罪の資格なきものの共犯として訴追を受ける虞れあることは謂うまでもない。斯かる明白な関係にあるのに拘らず刑事訴訟法第146条の規定を無視し証人として宣誓を命じ証言を求めることは法律の濫用であつてこの証人尋問手続が正義に反し根本より無効のものである。然るに原判決は前記刑事訴訟法第146条の規定を無視し被告人石井に対し証人の資格あるものとして強制処分による証人尋問をした違法の手続を正当なものと解し右尋問手続においてなされた被告人石井の宣誓並びに証言拒否に対し同法第161条を適用処断したのは結局理由不備たるを免れない。」
と謂うに在る。
[24] この問題を検討するに当つて注意すべきは証人適格の有無と証言拒絶権の有無とは区別して考えねばならぬことである。思うに刑事訴訟法第226条によつて証人として尋問を強制される適格者は同法第223条の適用を受ける者に限るから被疑者即ち犯罪の嫌疑を受けている者以外の者でなければならないことは正に然りである。しかし茲に「被疑者」とは之を実質的に観察して当該被疑事件の被害者のみならず多少でも之と共犯の疑ありと思料せられる者までも包含するとし最早之等の者を証人として尋問する適格を欠くと解すべきでなく之を形式的に観察して苟くも当該証人尋問請求において、捜査中の被疑事件の被疑者として認められていない限り「被疑者以外の者」として本条による証人適格を有すると解すべきである。何となれば証人尋問の請求を受けた裁判官が当該証人にその適格ありや否やを審査して許否を決するにはその請求書記載の被疑者並びに犯罪事実の記載自体を基礎として決するの外なく、又かの公訴提起後にあつては訴訟手続を分雖する限り共犯者でも証人として尋問できることと対比して考えるとき茲に「被疑者」と「被疑者以外の者」との限界を劃するに叙上の如く論結するを以て妥当な解釈と思われるからである。尤もかくの如く解釈するときは捜査機関たる検察官に本条による強制処分を濫用する余弊を生じ共犯者を含めた実質上の被疑者に故なく供述を強制する結果となるとの論もあり得るであろうが、この場合には後述するように供述者において刑事訴訟法第146条により証言を拒絶することもできるのであるから、決して不当の結果を招来する虞れはない。
[25] 今之を本件につき観るに本件証人尋問請求書には所論引用の如き犯罪事実の要旨の記載はあるが要するに国家公務員たる氏名不詳の被疑者がその職務上知り得た秘密を被告人に告知し以て之を漏洩した旨を摘示している丈けであつて、未だ被告人が右秘密漏洩罪の共犯の嫌疑あるものとして捜査中の者即ち当該被疑事件の被疑者であるとは謂えないのである。従つて右証人尋問に関する限り被告人は右に所謂「被疑者以外の者」に属し証人として尋問を受ける適格を有するものと断ぜざるを得ない。尤も被告人において若し証言をなすにおいては自己が共犯者として刑事訴追を受ける虞れありと思料すれば之を事由として証言を拒絶し得る場合もあることは刑事訴訟法第146条の規定上当然であるが、かゝる場合でもその証言拒絶権を行使しないこともあり得るから証人たる適格を有することには変りはない。換言すれば証人として尋問を受ける適格を有する以上証言拒絶権を有すると否とはその尋問手続の違法無効に関係はないと謂わねばならぬ。所論は被告人において共犯者として刑事訴追を受ける虞れある場合に該当するから証言拒絶権を有し之を無視してなされた尋問手続は違法無効であるとし延いて被告人に証人の資格なしと立論しているようであるがその当らないこと前記説示に照して明らかであつて原判決には所論のような理由のくいちがいはない。

(D) 岩田第四点
[26] 所論は要するに
「刑事訴訟法第226条による証人尋問が適法且つ有効なるためには本案被疑事件の被疑者の氏名が不詳であつても少くとも特定することを要するとの見解に立ちその論拠として(一)右尋問請求の手続を定めた刑事訴訟規則第160条、第155条第3項の規定並びに(二)刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の全部を通じ捜査のためにする強制処分に関する規定を援用し(三)若し特定を要せずとせば検察官において既に被疑者を内定しながら故意に之を表面に現さずその者との関係において証言の拒否権を有する者を強制的に証人として尋問し不当にその拒否権を奪う結果となるとの点を挙げ、本件において国家公務員法違反被疑事件の被疑者が氏名不詳であるばかりでなく被疑者自体が不詳で特定しないに拘らず、右証人尋問手続を適法と解し被告人に対し刑事訴訟法第161条を適用処断したのは違法である」
と主張するのであるが、右所論に対する判断としては前記海野、森川第二点及び第三点について説示した所に尽きるから茲に之を引用する。

(E) 芦苅第二点及び第三点
[27] 所論は多岐に亙るが、その趣旨とするところを捕捉要約すると
「(一)原判決は被告人に対する犯罪事実の摘示として『被告人は……被疑者氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について……即時宣誓をなすこと及び証言全部を拒んだものである』と判示しているが、その証拠として挙げている証人石井清に対する裁判官高津環の証人尋問調書には『被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件について……』との記載があり、又被告人石井が証言を拒否したのは記事の出所源秘匿以上の意図なく且つその宣誓を拒んだのは宣誓すれば証言は全部しなければならぬと思つて初めから宣誓を拒否したものであることは前記被告人石井に対する証人尋問調書の記載並びに原審第3回公判調書中被告人の供述記載によつてその趣旨が十分窺われるに拘らずその引用証拠によつて原判示の如く認定したのは理由の不備か、判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。(二)又刑事訴訟法第226条による被尋問者である証人の適格要件としては同法第223条所定の被疑者以外の者に限るが、この場合の被疑者には共犯者を含むと解するのが当然であるところ、被疑者が特定していない結果証人石井清との関係においてこの点明確にされて居らない。その他(三)被疑事件の不存在又は被疑者不特定の場合に刑事訴訟法第226条による証人尋問手続は違法無効であつて又憲法の人権保護の規定にも違反するに拘らず原審は犯罪成否の前提条件たるこの点につき審理を尽さなかつたのは正に審理不尽の結果ひいて判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある」
と謂うに帰する。(所論第三点冒頭において原判決が刑事訴訟法第335条第2項の判断を遺脱したかのような立言をしているが、この点は同弁護人により当審第1回公判期日に上記摘示の如く訂正補陳された。)
[28]判断――しかし(一)原判決摘示の犯罪事実はその挙示する証拠により十分之を認定することができる。被告人が証人として尋問を受けた本案被疑事件の表示につき被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件と謂い、或は被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件と称するもその事件の同一性には少しも変りはないこと明らかであるから原判決にはこの点につき理由のくいちがいはなく、又証言全部を拒否したことは前記尋問調書の記載によつて明瞭である。
[29] その他の諸点については前記海野、森川第一点乃至第三点、及び後記岩田第三点に対する判断において別に詳説しているから凡べて茲に之を引用する。

(F) 森川第一点
[30] 所論は要するに
「原判決は長野地方裁判所裁判官高津環の被告人に対する証人尋問手続が適法に行われていることを前提として被告人の宣誓並びに証言拒否について判断しているが、右証人尋問手続は根本において強制処分権の濫用であり違法な手続たるを免れない。即ち(一)右強制処分による証人尋問の基礎となる国家公務員の秘密漏洩被疑事件について捜査機関において「立件」の手続がなされず、被疑事件として存在しないというも過言でない。(二)仮りに右秘密漏洩被疑事件が存在しているとしても被疑者は特定していない。元来刑事訴訟法第226条の証人尋問請求書の記載要件を定めた刑事訴訟規則第160条第155条第3項に所謂被疑者の氏名不詳とは少くとも特定しているが単にその氏名が不詳である場合をいうものであつて若し特定を要せずとせば(イ)刑事訴訟法第228条第2項において被疑者の尋問立会を認めた趣旨を没却する。(ロ)尋問を受ける当該証人につき刑事訴訟法第146条、第147条による証言拒否権を不当に奪う結果となる。(ハ)裁判官の除斥を規定した刑事訴訟法第20条の規定の適用上、証人尋問の請求を受けた裁判官においてその被疑者との関係において自己が職務の執行から除斥されるや否やの判断がつかないこととなる。又(三)本件証人尋問手続において刑事訴訟規則第121条による証言拒否権の告知がなされたことについては原審で取調べた被告人石井に対する証人尋問調書にもその旨の記載がなく事実右告知はなされていない。而して少くとも証言拒否罪の成立するためにはかゝる告知がなされた適法な尋問手続であることを前提としなければならぬ。以上の如く(一)被疑事件存在せず、(二)被疑者特定せず、(三)証言拒否権の告知のなされない証人尋問手続なるに拘らず原審が之等の点につき審理を怠り之を適法なものと速断し輙すく犯罪の成立を認めたのは審理不尽の結果ひいて判決に影響を及ぼすべき事実の誤認あることが明らかである。」
と謂うに帰する。
[31]判断――所論の中刑事訴訟法第226条の証人尋問につき被疑者の特定を要する論拠として指摘する前掲(二)の(イ)及び(ハ)並びに証言拒否権の告知に関する前掲(三)の論点を除くその余の論旨は凡べて上記海野、森川第一点及び第二点並びに第三点の中に包含せられ、従つて之に対する判断も凡べて同項に説示したところを凡べて引用し、茲では右(二)の(イ)及び(ハ)並びに(三)の論点につき検討を加うるに止める。
[32](二)の(イ)について――前にも一言した如く刑事訴訟法第228条第2項はその文理上も明らかであるとおり被疑者には当然の尋問立会権は之を認めていないのである。刑事訴訟規則第162条にも同様の趣旨の規定があつて一般の場合に被告人又は弁護人に尋問立会権あることを前提とした同規則第108条、第126条の準用がないことを明らかにしている。従つて被疑者が不特定であつても不当にその立会権を奪うことにはならない。
[33](二)の(ハ)について――裁判官の除斥に関する刑事訴訟法第20条第2号には「裁判官が被告人又は被害者の親族であるとき、又はあつたとき」には除斥の原因あるものと規定されている。しかしこの規定は被告人又は被害者の何人であるか明らかである一般の場合を予想し裁判の公正を期するためのものであつて、若し事件が捜査中で被疑者又は被害者が不明であるためそれとの親族関係の有無が明らかでないときには除斥の原因ありと謂えず職務の執行は妨げない趣旨と解すべきである。之を逆に除斥の原因の有無が判定できないから強制処分の場合先ず被疑者が特定しなければならぬと立論するのは本末顛倒の議論である。若し所論を認容すれば、被疑者、又は被害者の何人であるか判明しない間は検察官は裁判官に対し強制処分に因る請求をしてその職務の執行を求めることができなくなり、極めて不合理な結果となること前に指摘したとおりである。
[34](三)について――所論引用の被告人石井に対する証人尋問調書によると所論の如く証人として尋問を受くべき被告人に対し刑事訴訟規則第121条所定の証言拒否権の告知がなされたことについてはその旨の記載はない。しかし同規則第115条以下の規定によると証人尋問の順序としては先ず人定尋問、宣誓、偽証の警告の後、証言拒絶権の告知、尋問という段階を経て之をなすべきこと明らかであるところ、前記証人尋問調書によると先ず人定尋問の後「裁判官は被疑事件の犯罪事実の要旨を告げ宣誓を命じたところ証人は末尾添附の別紙上申書及び参考文献を提出し宣誓並びに証言一切を拒否した」旨の記載があることによつても被告人石井は宣誓を命ぜられるや、右宣誓を拒絶すると共に同時に証言一切を拒絶したことは明瞭であるから更に進んで偽証の警告或は証言拒絶権の告知をなすことは無意義であると言わねばならぬ。元来証言拒絶権の告知は畢竟証言拒絶権を有する者に対しその権利行使を全からしめるためその注意を喚起する趣旨に出でたものであること疑なく、叙上の如くその事由は異なるにしても既に宣誓並びに証言一切を拒絶している者に対しては最早証言拒絶権の告知をなさなくとも、証言拒否罪に問擬する前提としての尋問手続に瑕疵あるものと謂うことはできないと解すべきである。所論は凡べて理由がない。
(A) 岩田第一点及び海野、森川第四点
[35]所論の要旨――所論は要するに
「(一)刑事訴訟法第161条に所謂「正当の理由」とは同法第144条乃至第149条その他法律に特別の定ある場合に限ると解すべきでない。(二)民主政治は民衆の判断によつて動かされる政治であつて新聞は実にかゝる判断の基礎となる材料を提供するものであるからこの意味において新聞は単に営利企業たるに止らず社会の公器たる性質を有する。而して一切の表現の自由は憲法第21条によつて保障されているところであり、この表現の自由を達成するためには新聞記事の取材の方法も自由でなければならず、取材の自由を維持するためには取材源を秘匿することが絶対に必要である。斯くの如く取材源を秘匿することは材料提供者に対する道義であるばかりでなく実に新聞そのものの表現の自由を護る上において絶対に必要な手段となるものであつて之が世界共通の新聞倫理であり、且つ社会の公器たる新聞の業務遂行上必要欠くべからざるものとして所謂業務上正当行為と謂うべく新聞記者が之を理由として証言を拒絶する場合は前記刑事訴訟法第161条に所謂「正当の理由」ある場合に該当し本条の犯罪は成立しない。(三)本件の場合宣誓拒否は単に証言拒否の一部の行為としてなされた結果に過ぎないのであるから之と独立して宣誓拒否罪の成立する謂れはない。換言すれば証言拒否につき正当の理由存する以上宣誓拒否罪の成立も之を否定されねばならない。
 然るに原判決は之等正当の理由の有無につき判断することなく法の明文なきことのみを理由として輙く宣誓及び証言拒否の正当な理由がないものと速断し有罪の判決をしたのは結局刑事訴訟法第161条第1項の「正当の理由ある場合」につきその解釈を誤り之を不当に適用したものであると同時に理由不備の違法がある。」
と謂うに帰する。
[36]判断(一) そこで先ず所論(一)につき考究する。
[37] 元来「正当の理由」の有無は非類型的なものであつて本質的には犯罪の一般的概念要素としての行為の違法性の問題(刑法第35条等)に帰着するとの観点から個々の刑罰法規にこの種の用語を使用してその構成要件を規定することあるも、かような語によつて示さるべき特別の要件が必要とされるのでなく、それは行為の違法性を指示する以外に特別構成要件としては何等の意義を持つものでないとの論も成立ち得る訳である。しかし「判決には罪となるべき事実(犯罪の特別構成要件を充足する事実)の外犯罪の成立を妨げる理由(違法性阻却の事由等)については之に関する事実上の主張があつた場合に之に対する判断を示すことを要する」とした刑事訴訟法の規定並びに違法性阻却に関する刑法の規定の趣旨から考えて、その実質的意義においては兎も角形式的意義においては矢張り刑罰本条の特別構成要件の一として取上げて考えるのが順序であると思う。所論も亦この論点においては結局一般違法性の有無の問題としてよりも先ず刑罰本条である刑事訴訟法第161条第1項の「正当の理由」の解釈適用に関する事項として問題を提起しているのであつてこの点に関する限り別に異論を見ないところである。そこで本条の所謂「正当の理由」は果して「法律に定めある場合」に限るものであろうか。先ずその立言の形式からみると広く「正当の理由なく……」とあつて刑事訴訟法の他の条文に散見する「法律に特別の定めある場合」などと特に限定する趣旨を明確にした文言とその用語を異にし少くとも文理上は之と同一語義に解することはできない。そればかりでなく証人尋問の場合でも例えば病気重症などのため到底供述に堪えられない等「法律に特別の定ある場合」以外に正当の理由ある場合も想定し得るのである。尤も刑事訴訟法第143条及び第154条に「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いて(一)何人でも証人として尋問することができ、(二)又証人には宣誓をさせなければならぬ」との規定があつて法律上当然又は証言又は宣誓を拒否し得るのは法の明文ある場合に限ることを明らかにしているが、右は後に詳論する如く当該具体的場合に「正当の理由」の有無を判定するについて極めて厳格に解釈すべきであるという有力な論拠を与えるものであるが、この規定の故に法律に特別の定ある場合以外に絶対に正当の理由を認むべき法解釈の余地が初から存しないと論結し去ることは行き過ぎた論理の展開であると謂わねばならぬ。
[38] 之を要するに当裁判所は所論(一)と同じく本条に所謂「正当の理由」とは「法律に特別の定ある場合」と同一語義に解すべきでないとの見解を支持するものである。
[39](二) してみると次に所論(二)の事由が果して右正当の理由ある場合の一に該当するや否やを判定すべき解釈上の余地が存する筋合であるから更に進んでこの点につき審究する要を見るのであるが、本件の場合この問題の正しい結論を得るためには第一に一般証言義務につき現行法上法が期待する国家的法秩序の目的精神を探究し、次に之と対立する所論の証言拒絶事由の社会規範的評価乃至之と憲法上の表現の自由との関係を究明し、両者を比較検討してその限界を決するのが順序であると思う。先ず本件は刑事訴訟法第226条に基く証人尋問の場合であるが、同法第228条第1項により同法総則中証人尋問に関する第143条乃至第164条の諸規定が準用されることは当然であると解すべきところ、前説示の如く同法第143条によれば「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いては何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定しその「特別の定」として第144条乃至第149条に夫々一種の相対的証人不適格或は証言拒絶権ある場合を列挙し、尚現行刑事訴訟法以後の立法としては犯罪者予防更正法第59条に同趣旨の規定を見るのである。
[40] 右の内憲法第38条第1項の要請に応えたとみるべき刑事訴訟法第146条第147条を除くその他の規定は公務上及び一定の業務上秘密の保護という超訴訟法的要請のため実体的真実発見乃至は犯罪捜査の必要という訴訟法的要請を或る程度明文を以て制限したものであると解せられるが、之等の場合にあつても各本条の但書乃至は他の項において極めて厳格な制限を設けているのである。(刑事訴訟法第144条但書、第145条第2項、第149条但書参照)之等法の精神から考えると現行法は一般国民の証言義務に要請するところ、極めて高度且つ厳格なるものあることが看取できるのであつて、少くとも之等公務上又は一定の業務上秘密の保護のために認められた諸規定は固より限定的列挙であつて、之を広く他の場合に類推適用すべきでないこと勿論である。而して右法律に定める以外の場合において証言拒否が所謂正当の理由に該るかどうかを判定するに当り、上来説示の法の所期する証言義務の高度且厳格性は先ず第一に留意せらるべき基本的な前提であると謂わねばならぬ。
[41] そこで飜つて他面之と対立する所論の証言拒絶事由について検討するに民主政治の下にあつては新聞は民衆に判断の基礎となる材料を提供するものとして社会の公器たる使命を荷担うものであること、新聞がその重要使命の一つである迅速な報道という任務を遂行する上において広く取材源に求める必要があり取材源を確保するためには取材源を秘匿する必要の生じてくること、更に之を秘匿することが新聞界の倫理として存在していることも亦十分之を首肯し得るところである。そして新聞が一面社会の公器であるとせられる以上その業務遂行のため必要とせられる取材源秘匿の問題も亦社会公益に関する事項として他の一般営利企業の場合のそれと同日に論じ得ないことも之を肯定せざるを得ないであろう。所論はこの取材源秘匿の必要性を更に敷衍して訴訟上若し新聞記者にかゝる秘密の保持を許さざるにおいては取材の自由ひいて憲法によつて保障せられた表現の自由を阻害するものであるとし、結局取材源の絶対的秘匿は新聞そのものの表現の自由を護り社会の公器としての業務遂行上必要欠くべからざるものと立論しているのである。然り。若し所論の如く記者に記事の出所につき法律上証言義務を認めることが、憲法第21条によつて保障せられた表現の自由を奪うものであれば、最早証言拒否の正当理由の判定に俟つまでもなく、之に関する限り法の明文如何に拘らず之を証人として喚問すること自体即ち証人適格そのものも否定されねばならないであろう。なるほど憲法は国民の権利自由を国家権力の侵害から守ることを第一義とし、その一つである表現の自由についても、法律を以てしても制限し得ない絶対的保障の形式を採つている。しかし憲法が国民に保障する自由及び権利も之を濫用してはならず常に公共の福祉のため之を利用する責任を負うものであること、及び個人の権利は公共の福祉に反しない限り尊重すべきことが第12条及び第13条にその前提として規定されているのである。従つて公共の福祉ということがこの憲法によつて保障せられた権利自由の適法な行使の制約であり限界であつて表現の自由というも決して絶対的無制限なものでないことは明らかである。かく考えると国家が公共の福祉のため必要なりとして定めた法律の規定がこの限界を超えた権利自由に制約を加うる結果となつても敢えて憲法の精神に反するものと謂うことはできない。尤も公共の福祉に名を藉りて法律等を以て之に制限を加うることは許されず、果してその制限が公共の福祉に適合するか否か、即ち合憲性の有無については究極において最高裁判所の判断に委せらるべきこと勿論であるから表現の自由の限界に関する叙上の解釈は決して国家権力の一方的な独断によつて公共の福祉の名の下に濫りに基本的人権乃至自由を侵害する危険を包蔵するものではないと謂い得ると思う。
[42] 而して之を本件の場合について観るに刑事訴訟法が一般国民に対し叙上説示のような厳格な証言義務を規定しているのは国家の最も重要な任務の一つである適正な司法権の行使として社会公共の福祉のため絶対に必要な制度であることは言を俟うたぬから、たとい之により新聞記者に対しその記事の出所につき証言を強制することがあり、且つそれが偶々新聞の取材の自由、ひいて表現の自由に障害を与える結果となつても右は既にその限界を超えた自由に対する制約であつて、之を以て憲法の条規に牴触する違憲の立法乃至解釈であると論断することは到底許されないと信ずる。
[43] しかし違憲でないからといつて直ちに所論の事由が所謂「正当の理由乃至正当業務に因る行為」に該当せずと論結するを得ないことは勿論であるから、茲に再び本論に立ちかえり問題を取材源秘匿に関する新聞倫理の社会規範的価値如何の点に移そう。之については既に前に詳細説示したように当裁判所も亦取材源の秘匿が新聞の業務遂行上必要であつて之に関する新聞倫理が社会的にも多年に亙り尊重維持せられて来た事実を敢えて否定するものではない。而してこの事実と証言義務に関する国法上の要請との矛盾衝突が、如何に調整解決せらるべきかは立法上将た又解釈上双方の面から深き批判と考慮が払わるべき問題たるを失わず、世界各国においても之に関する制度運用について彼此その軌を一にしない所以である。そこで以上説示し来つたところに従い、双方の要請をあらゆる角度から比較検討して判断するに少くとも我が国現行法上の解釈としては結局前示国家が国民に期待する証言義務の高度且つ厳格性は猶且つこの取材源秘匿の新聞倫理の上に優位せしめたものと解するの外はないのである。
[44] 尤もこの両者の関係も時代と文化の程度、一般新聞倫理の向上と相俟ち、社会関係に応じて推移変化すべきものであつて必ずしも恒定的不変の原則であると言うのではないことを附言する。
[45] 斯くて上来説示の見解に従えば所論(二)の事由は証言拒絶の正当理由に該当せず、又証言に関する国家的法秩序の精神目的にも反する以上業務上正当行為としてその違法性を阻却する事由にも該らないこと明白である。
[46](三) 証言拒否が正当の理由乃至正当業務に因る行為にも該らないとせられる以上之と一連の関係において宣誓拒否罪の成立することは当然である。
[47] 以上の観点に立つて原判決の当否を検討するに原判決は証言並びに宣誓拒否の正当な理由の有無等については特に詳細に判文に明示するところはないが、結局現行法の解釈として所論の事由は所謂正当理由乃至正当業務に因る行為に該当しないと判断し被告人に対し証言並びに宣誓拒否罪の成立を肯定したものであつて、原判決には所論のような法令の解釈適用の過誤乃至理由の不備なく所論は凡べて採用できない。

(B) 岩田第二点
[48]所論は要するに
「原判決が被告人の証言拒否は刑法第35条に所謂『正当の業務に因り為したる行為』であるから違法性がないという弁護人の主張を排斥するに当り(一)その前段において『新聞記者が記事を取材する行為はもとより正当な業務によつて為すものであるけれども記者が証人として宣誓又は証言を拒む行為を正当な業務に因つて為すものと認めることができない』と判示した点を捉えて、被告人が証人として証言を拒絶したのは新聞記者として記事の取材源秘匿という一般新聞倫理乃至その勤務する朝日新聞社の社規として励行しているところに従つて為したもの即ち業務に因つて為した行為であること極めて明白であるに拘らず原判決が何等の理由を示すことなく独断的に恰も業務行為に属せざるものの如く判示して之を排斥したのは判決に理由を附せざる違法があり且つ(二)その後段において証言拒絶が新聞記者の業務に因つて為されたとしても右は刑法第35条の正当業務に因る行為に該当せざるものの如く判示したのは、同条の適用を誤る違法あるものである」
と謂うに帰する。
[49]判断――原判決が弁護人の違法性阻却の原因たる事実上の主張を排斥するに当りその前段において所論(一)に引用指摘しているように証言拒絶行為そのもの丈けを切り離して恰かもその行為が業務に因るものでないかの如く立言していることはまことに当を得ない説明である。しかしその後段の説示において結局新聞記者たる業務上の行為として為されたとしても我が国法は新聞記者にも証言を期待し記者も亦これに従う義務があるとの判断の下に弁護人の右主張を排斥したのであつて右見解の正当であること先に海野、森川第四点に対する判断において説示したとおりであるから原判決には所論のような理由不備乃至法令の解釈適用を誤つた違法はない。

(C) 岩田第三点
[50] 所論の要旨とするところは
「原判決が『本件において被告人は単に記事の出所についての証言を拒んだだけでなく前記判示事実に摘示したように証人として宣誓すること及び証言全部を拒否し被告人提出の上申書は前示解釈に反して新聞記者に特別の拒否権があることを理由とするものであるから正当な理由によつて拒んだものと認め難く……』と説示している点を挙げて原判決は記事の出所につき証言を拒否する正当の理由なしとして之を排斥すると同時に、一般証人としての宣誓は勿論記事の出所以外の事項に亙つても之が証言を拒否したとして宣誓並びに証言全部を拒否したものであると判示しているのである。しかし本件検察官の証人尋問請求書中証すべき事実として記載されているところからみても被告人が証言を求められた事項は記事の出所に関するもののみであつて他はその附帯事項に過ぎなかつたこと極めて明白である。若し証言が全部拒否し得る事項であつて予めそれが知られて居り証人が之を拒否する意思を持つている場合には宣誓を為すことは啻に無意味であるばかりでなくその意思と良心に反するものであるから宣誓は之を拒絶することが法の精神にも又一般常識にも適合するものと謂わねばならぬ。然るに原判決がこの点を看過し、宣誓並びに証言全部を拒否したと認定したのは証拠に副わない事実の誤認あるか、又は宣誓に関する法律の趣旨を誤解しその結果刑事訴訟法第161条第1項を不当に適用した違法がある。」
と謂うのである。
[51]判断――しかし原判決挙示の被告人石井に対する裁判官高津環の証人尋問調書の記載によると被告人が右裁判官から宣誓を命ぜられるや宣誓並びに証言一切を拒絶したことは明白である。従つて原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認はない。尤も若し記事の取材源につき証言拒否の正当理由ありとせられる場合にあつては之と関連する一連の行為として為された宣誓並びに記事の出所以外の附随的な事項に関する証言拒否を捉えて別個独立の犯罪に問擬することの妥当性については所論の主張はまことに首肯すべきものあるも、本件の場合には取材源についても証言拒否の正当理由ありとせられないのであるから原判決が、包括的に宣誓並びに証言全部の拒否罪の成立を認めたからといつて所論のような違法はない。

(D) 岩田第五点
[52] 所論は要するに
「海野、森川第四点において主張せられた如く新聞記者たる被告人に記事の出所を証言する義務ありとすることは表現の自由を保障した憲法第21条に違反する」
と謂うのであるが、この点については前掲海野、森川第四点で説示したところを引用してこの判断に代える。

(E) 芦苅第一点
[53] 所論は多岐に亙るがその要旨とするところは、
「原判決は(イ)刑事訴訟法第161条第1項の正当の理由の解釈適用を誤つている。(ロ)又弁護人主張の違法性阻却事由(刑法第35条)並びに適法行為の期待可能性なく責任を阻却する場合に該当するとの主張に対する判断を誤つている」
とし、その所論の内容は前掲岩田第一点、第二点、第五点、海野、森川第四点に包含されているから、之に対する判断としては凡べて之等について説示したところを引用し、茲では単に責任阻却事由としての期待可能性論について言及するに止める。
[54] この点に関する所論の主張は要するに新聞記者の取材活動は憲法第21条によつて保障された正当な業務行為として何人も疑わぬところでありその取材活動の一環として之と密接不可分の関係において記事の出所秘匿ということが新聞記者に確信されている。従つて本件の場合新聞記者たる被告人石井に宣誓並びに証言拒否の所為に出でないことを期待することは不可能であると謂うに帰着すると思われるが、吾人と雖もこの期待不可能を理由とする責任阻却原因は単に刑法典の直接の明文ある場合だけに限られるのでなく、更に解釈上も所謂超法規的責任阻却原因として理論上之を肯定するにやぶさかなるものでない。しかし何が期待可能性の有無及び程度を判定する標準であるかが問題である。事実的、経験的類型としての平均人を期待可能性の標準にしようとする立場を採るときは或は上記の場合之に当てはまるが如くにも見えるのである。しかし茲に留意すべきは単に問題を期待される客体の面のみから考察すべきでなく期待する主体の側即ち国家の要請している法秩序の指導理念の面も亦顧慮されねばならぬということ、換言すれば法的評価の他の社会規範的評価に対する独自性を看過してはならぬことである。元来法は他の社会規範、社会観念を絶えず顧慮しつゝその規律ずけを行うもの、又行うべきものであるが、然し決してそれらの中に解消し自己を見失つて了うものではないのである。故に本件の場合通常新聞記者として取材源につき証言を求めることを期待し難い関係にあつたとしても、法が要請する証言義務が先に論定した如く極めて高度且つ厳格であつて斯くの如き場合にも猶且つ証言を期待すとされる以上この期待可能性論も結局否定されねばならぬ。原判決がこれと同じ見地に立つて弁護人の右主張を排斥したのは正当である。

(F) 森川第二点
[55] 所論の要旨とするところは
「憲法第21条の表現の自由の中には言論機関たる新聞記者のニユース、ソース秘匿の自由を含むとなし、被告人の本件証言拒否行為はこの憲法の規定による刑法第35条の所謂正当業務に因る行為に該当し、又刑事訴訟法第161条に所謂正当の理由ある場合にあたるに拘らず、原判決が之を有罪としたのは法令の解釈適用を誤つたものであると主張し、その後段において憲法上の表現の自由と雖も公共の福祉によつて制限を受ける場合のあることを是認するが、それは『明瞭にして現存する危険』ある場合に限るとし米国における所謂「クリヤー、アンド、プレゼント、デインジヤー」(Clear and present danger)の原則を引用し本件証言拒否についてはかゝる現存する危険はないと縷々指摘している」
のである。
[56]判断――しかしこの問題に対する当裁判所の見解は先に海野、森川第四点に対する判断において詳論したところであるから凡べて茲に之を引用する。彼のクリヤー、アンド、プレゼント、デインジヤーの原則は抽象的な公共の福祉に名を藉りて、基本的人権乃至自由を制限するという危険を避けて、具体的におかれている社会環境条件によつてその限界を決せんとする比較的健全な一個の法律理論たるを失わないが、彼におけると必ずしもその歴史的背景を同じくせず、又裁判規範を異にする我が国法の解釈として直ちに以て範とすべきやは別個の問題である。
[57] 当裁判所としては先に説示した法理論にしたがつて新聞記者にニユース、ソースについても証言義務ありとすることは憲法の表現の自由の規定に反するものでないとの見解を堅持する。のみならず右の「クリヤー、アンド、プレゼント、デインジヤー」の原則を本件の場合にあてはめて考えてみても所論が指摘するところの「(一)新聞記事の報道が真実に合致するとか、(二)被疑者不明で、被疑事実そのものが不確定であるとか、(三)本件新聞記事が出たため特に重大な捜査の支障を来したと認められない」とかの事由は本件証言拒否行為が右に所謂「明瞭にして且つ現存する危険」ある場合に該当せずとの直接の根拠にならないのである。却つて被告人が証人として証言を求められたのは被疑者不明の国家公務員法違反被疑事件の犯人捜査のため「必要欠くことのできない智識を有する者」として喚問せられたのであるから、若し之を拒否するにおいては右事件の捜査は之を遂行するに重大な障害を来すべく、之を目して右に所謂「明確にして且つ現存する危険」ある場合に該当するとも謂える筋合ではあるまいか。之を要するに所論は採用できない。
[58] 所論は原審の刑の量定が不当であると主張するものであるが、記録を精査し量刑の資料となるべき一切の情状を考察するも原審の科刑が不当であると考えられない。

[59] 仍て刑事訴訟法第396条に則り本件控訴は之を棄却すべく主文のとおり判決する。
[1] 原判決はその理由に於て、
被告人は朝日新聞記者として、同新聞社松本支局に勤務していたものであるが、刑事訴訟法第226条の規定に基く長野地方検察庁検察官の請求により、被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について、昭和24年5月16日証人として召喚せられて長野地方裁判所に出頭し、同裁判所に於て係裁判官から前示被疑事件の犯罪事実の要旨を告げられた上、証人として宣誓することを命ぜられたところ、正当な理由がなく即時宣誓をなすこと及証言全部を拒んだものである
と判示しておる。然るに起訴状を見ると、その第二項に、
二、公訴事実 松本市警察署司法警察員は、昭和24年4月24日松本簡易裁判所裁判官に対し、松本税務署員関太郎に対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し、翌25日逮捕状の発付を得て、同日午後9時之を執行した。処が同月26日付朝日新聞長野版に、該逮捕状請求の事実と、逮捕状記載の被疑事実が掲載されたので、同裁判所及び検察庁の職員に就て、之等の職務上の秘密を該逮捕状執行前に、当時朝日新聞社松本支局の記者であつた被告人に対して漏洩した罪(国家公務員法第100条第1項、第109条第12号)の嫌疑を生じた。
と記載し、次で
松本市警察署司法警察員は、右秘密漏洩の件に付、同月28日被告人に供述を求めたところ之を拒否したので長野地方検察庁検事は4月30日長野地方裁判所裁判官に対して、被告人につき刑事訴訟法第226条に基く証人尋問を請求した。
そこで、原判決判示の如く
被告人は同裁判所裁判官高津環の召喚に応じ同年5月16日同裁判所に出頭し、証人として宣誓を命ぜられたが、正当の事由がないのに宣誓並に証言を拒否したものである
と記述してある。
[2] 右を要約すると(一)昭和24年4月24日、松本市署は松本税務署員関太郎に対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し、翌25日右逮捕状が発付され、同日午後9時頃之を執行した。(二)処が同月26日附朝日新聞長野版に、右逮捕状請求の事実、逮捕状記載の被疑事実が掲載されたので、松本簡易裁判所及び検察庁の職員中、右逮捕状執行前に被告人石井に右逮捕状請求の事実、逮捕状記載の被疑事実を漏洩したこと即国家公務員法違反の疑が生じた。(三)そこで松本市署では同月28日被告人石井に右記事の出所に付供述を求めたが同人は之を拒絶した。(四)被告人石井が右の拒絶をしたので、長野地方検察庁検事は同年4月30日同地方裁判所に対し刑事訴訟法第226条に基いて被告人石井を右国家公務員法違反被疑事件の証人として尋問を求め、同裁判所は5月16日被告人石井を召喚し証人として尋問を求めたが同人は宣誓及び証言を拒否した。以上が被告人石井に対する公訴事実である。右に述べたところで明かな如く、被告人石井に対する刑事訴訟法第161条違反事件は、前記(二)に述べた、「松本簡易裁判所及び同検察庁の職員中、関太郎に対する逮捕状請求の事実、逮捕状記載の被疑事実を被告人石井に漏洩した国家公務員法の秘密漏洩罪が被疑事件として実在したことが前提をなしておることは論議の余地がないのである。若しこの秘密漏洩罪が被疑事件として実在しておらないならば、その事件の公判前の証拠保全手続を請求することが出来ないことも論のないところである。亦、右の如き場合に証人訊問の請求を受けた裁判官が証人訊問を行つても、それは違法の訊問であつて、本来無効の裁判手続である。従つてその証人訊問の際、宣誓並に証言を拒否しても、刑事訴訟法第161条の正当の理由がなく証言を拒んだ者には該当しないことが明かである。
[3] そこで弁護人は、原審に於て本件の基礎をなす国家公務員の秘密漏洩罪の被疑事件が、実在したか否かに付て検察官に対し詳細に具体的に内容を明かにせられたき旨の釈明を求めたのである(原審第1回公判調書参照)。尚右被疑事件について、検察庁に於て如何なる捜査を行つたか、立件手続が行はれたか等に付、釈明を求め、且弁論に於ても、この点に付て言及したのである。然るに原判決は、国家公務員法違反被疑事件の実在したるか否かに付ては事実理由に於ては全く論及していない。唯、証拠説明に於て、被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件に付て昭和24年5月16日長野地方裁判所に於て裁判官高津環は裁判所書記金田博を立ち会はせた上証人石井清に対し被疑事件の犯罪要旨を告げ刑事訴訟法第145条により宣誓を命じたところ、証人は別紙上申書及び参考文献を提出し宣誓並に証言を拒否した、旨の訊問調書、被告人の当公廷に於ける長野地方裁判所より証人として召喚を受け、その訊問のとき宣誓並に証言を拒否したことは間違いなき旨の供述、等を引用してあるに過ぎない。以上の事実理由及び証拠説明では「被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件」が実在したか否かに付ては何等の判示をして居らないものと謂はねばならぬ。
[4] 刑事訴訟法第226条による証人訊問は起訴前の強制処分の一つであることは言う迄もない。この手続を行うことによつて、証人は強制的に陳述を要求されるものである。吾々国民は憲法第31条に規定する法律に規定する手続によらなければ自由を奪はれることはないのである。元来吾々国民は、他人より質問を受け、之に応答するや否は自己の自由である。この応答の自由を奪ひ、強制的に回答を求められ、若し之に応じなければ刑罰を科せられる如きは法律の規定に依らなければならないことは前記憲法第31条に依つて保障されたところである。そこで本件について考へてみると、被告人石井に対し昭和24年5月16日に長野地方裁判所裁判官高津環の訊問手続が適法であるか怎うかが基礎的の問題となるのである。弁護人は、この点に関し本件第2回公判期日に於て国家公務員法違反被疑事件が果して存在したか怎うかを明かにするため証人として松本簡易裁判所事務官高木敬昭、同雇松田勇の取調を請求したところ、原審裁判所は証人の取調は本件と直接関連性のない証拠と認められるから弁護人申請の両証人は却下するとの決定を宣したのである。
[5] この決定に対しては異議のあるところであるが、暫くその問題は別として、原審は国家公務員法違反被疑事件の存否は本件と直接関連性のないものと考へて居ることは明かである。この考へ方が、本件審理を一貫して居るために、原審は被告人石井に対する刑事訴訟法第226条の強制訊問が適法に行はれたか怎うかに付て、何等の考慮を払うことがなく審理を進めたのである。又この考へ方を持つて居るために原判決の事実理由にも国家公務員法違反被疑事件の存否に付、少しも論及しなかつたのである。右は明かに審理不尽理由不備の甚しいものと謂はねばならぬ。
[6] 弁護人は国家公務員法被疑事件の存否に付ては、当初より消極説を抱いて居つたから、特にこの点に注意を払ひ、原告的立場に在る検察官に於て、右被疑事件の実在を立証されることを期待したのであるが、遺憾乍ら、此点に関する立証は殆ど出来なかつたばかりでなく、反対に存在しなかつたことが明かになつたと考へる。煩鎖になるのを厭はず、左にその理由を明かにする。
[7](1) 関太郎に対する逮捕状請求に関する経緯。本件証拠書類中、松本市警察署長和田柳平作成松本区検察庁検事野尻作次宛昭和24年4月27日附松警察第19号「新聞記事について」と題する書面を見るに先づ収賄関係より着手すべく、去る24日(日曜日)に被疑者である関太郎の逮捕状を請求した旨を記載し、第二項に
逮捕状請求は24日午後30分頃〔ママ〕経済係巡査部長原田武人をして松本区検察庁に書類を持参させ五十嵐事務官、小穴雇が日直にて在庁し一切の処理をされ裁判所側は事務官高木敬昭同多湖義忠が居り書類を検討し判事に提出したが約30分位して後、証拠十分ならざるにより逮捕状発付は許されない旨を告げられたので原田巡査部長は右の書類を持つて帰署し右の旨を主任玉井警部補に報告した。
と記載してある。次に第三項に、
玉井警部補は翌25日午前9時頃裁判所に出向き事情を話し午前10時頃逮捕状の発付を受けて帰署した。然るところ当日午後3時頃朝日新聞記者石井清が当署捜査課長会田武平に対し関太郎が令状発付となつた旨を告げて事件は何う進展して来たかを聞いて来た。会田警部補はこの事件に関係せず知らなかつたので「更に知らない」旨を告げて、その侭帰つたのであるが翌日の新聞に記事となつて詳細に発表された。
と記し、その第四項に於て
新聞記者に洩れたと思料せられる経路に付て当署員を厳重探査したのであるが、右書類は玉井警部補、原田部長以外は所持させず部外者に見られたやうなこともなく又署員の中からも外部に洩れたやうなものもない。
と記載してあつて、市警察署方面からは逮捕状請求の事実及び逮捕状記載の被疑事実が漏洩して居らないことを断言して居る。更に第六項に於て
本件逮捕状請求は当署では収賄の事実を先にし報償の事実を後にしたものを市原判事との話合ひによつて報償を先にし、収賄を後にしたものであつて市原判事及び玉井警部補以外誰も知らない事実である。然るに新聞に出た記事内容は逮捕状文面と殆ど同一の個所が多く当日玉井警部補は朝日新聞記者との誰とも会つていない関係からしてこの事件は検察庁側か又は裁判所側から洩れたものと推定する。
と結んでいる。この最後の文字は松本市警察署長和田柳平の推定であり主観であり想像であることは、本件第2回公判に於て、右和田柳平が証人として訊問を受けた際
問 その報告書はこれか、
このとき裁判官は証拠書類中松本市警察署より松本区検察庁検事野尻作次宛の書面を示した。
答 左様であります。
問 それは証人が起案したのか。
答 左様であります。
問 内容は証人が調べた経過をありの侭報告したのか。
答 左様であります。
問 証人の主観とか想像を書いた点はないか。
答 主観は若干あると思ひますが主として事実を報告したものです。
と陳述して居るのである。右の証拠書類となつた報告書及び和田証人の証言では警察側に於ては逮捕状請求及び逮捕状記載の被疑事実を漏洩した事実が存在しないことは明瞭である。
[8](2) そこで右報告書末尾の文字に現われて居る検察庁及び裁判所側に漏洩した事実があるかないかを検討して見ると、証人和田柳平の前記公判に於ける証言によれば、
問 検察庁と裁判所は誰が調べたか。
答 松本検察庁の細川庶務課長と連絡の上同課長が調べることになりました。
問 細川課長から調べた結果を聞いたか。
答 該当者は見当らないということでした。
以上の証拠によつて秘密漏洩の疑は存在しないことが明かであるが、更にこの点に関し同一の証拠があるから、その要旨を記載することにする。
[9](3) 検事に於て提出した松本区検察庁上席検察官検事野尻作次作成長野地方検察庁次席検事石合茂四郎宛昭和24年4月27日附「逮捕状請求事実漏洩調査報告」と題する書面を検討すると、
松本区検察庁側としては4月24日(日曜日)日直していた者は検察事務官五十嵐勅隆、同雇小穴安夫両名であつた。そして同日逮捕状請求書を五十嵐事務官が受取つたが内容を調査しないで松本簡易裁判所の令状発付当番の裁判所事務官高木敬昭に手交した。高木事務官は当日登庁して居つた市原忠厚判事に手渡した。その場に居合せた者は、前記五十嵐検察事務官、小穴雇、高木裁判所事務官、多湖同事務官、原田巡査部長だけであつた。当日は書類不備のため令状発付に到らずして、原田巡査部長は右書類を持帰つた。翌25日午前9時半頃、玉井警部補が令状請求書及び疎明資料を検察庁に持参し鶴田検事、細川庶務課長に打合せたところ同検事は直接判事に面接し捜査の実状を説明し令状請求を求めたら怎うかと勧告し、玉井警部補は市原判事に面会し、事情を具申した結果、市原判事は逮捕状の被疑事実の原稿を作成し、高木事務官に令状の作成を命し且、脱税通報者に対する報償金は何割なりや調査するよう命じた。尚、高木事務官は逮捕状を作成し押収捜索令状を松田雇に作成させ、之を市原判事に手渡し、原稿を小岩井庶務課長に渡し、逮捕状発付の事実及び報償金の調査を命ぜられた旨を知らせ、小岩井庶務課長は原稿を机の抽斗に収納して置いた。高木事務官等は報償金の調査をしなかつた。玉井警部補は令状を受取つた後、細川庶務課長にその旨を告げて帰署し、自己のカバンに収納し何人にも令状発付の事実を告げなかつた。この時間は午前10時過であつた。又、石井清に付ては同人は松本市宮渊町575番地に単身で居住し、同家に松本簡易裁判所事務官高木敬昭が間借をしているが高木事務官は24日前記令状の取扱を終了した後、窪田事務官と共に松本市大柳町新来軒に於て飲酒して午後11時頃帰宅した。翌25日朝寝過ぎたので石井記者の自転車を借用して出勤し午前9時半頃右自転車を役所に於て石井記者に返還し、その後、午前中前記令状発付の手続を行ひ、午後は平常に勤務して帰宅している。そこで26日午後、高木事務官に付て石井記者から関太郎の逮捕状に関し何か訊ねられたことがあるか、又不用意に逮捕状発付の事実を洩らしたことがないかと訊ねたところ、左様なことがないと否認しておる。裁判所側に於ても調査したが、左様なことがないと申して居る。検察庁の職員に付ても前同様調査したところ漏洩した事実が認められない。
以上の報告書の記載をみると、裁判所側検察庁側に於て詳細に調査したけれども秘密漏洩の疑はないことが明かになつたのである。
[10](4) 公判に於ける証人玉井喜代一の証言を検討しても、海野弁護人は裁判官の許可及び主任弁護人の同意を得て証人玉井喜代一に対し、
問 検察庁や裁判所から洩れたと思はなかつたか。
答 噂はありましたが疑う程度には到りませんでした。
問 証人は高木事務官に付て容疑はないと考へたのか。
答 当時検察庁の細川課長の話では24日に高木事務官は下宿に帰らず飲酒して午後11時頃帰り翌朝石井記者の自転車を借りて登庁し、午前9時30分頃石井記者はその自転車をとりに行つたことがあることを聞きましたが私としては夫れだけでは疑をかけることも出来ませんし、殊に裁判所関係は細川課長が調べることになつていたので、私は直接調べませんでした。
との陳述をして居る。結局、玉井証人の証言によれば、高木事務官が被告人石井に対し逮捕状請求並に逮捕状記載の被疑事実を洩らしたのではないかとの噂はあるが、それは単に噂に止まつて疑の程度には達しないものであるとの結論を述べているのである。
[11] 弁護人は本件証拠書類、証人の証言等に基づいて、起訴状記載及び原判決判示の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件の存在は立証されていないのみならず、却て存在せざることが立証されていると考へるのである。若し右被疑事件の不存在に関する証拠が不充分だとしたならば、前述の如く弁護人より申請した高木敬昭、小穴安夫を証人として訊問せねばならぬ筈である。ところが原審は、被疑事件の存否は本件に直接関連性がないものと考へたが為に、右両証人の喚問申請を却下したのである。之は明かに被告人石井に対する刑事訴訟法第161条違反の基礎となるべき同法第226条の証人訊問手続が適法であるか什うかを閑却し、有罪の判決を言渡したものであつて、審理不尽理由不備の典型的のものと謂はねばならない。
[12] 弁護人の以上の所論に対し、
関太郎に対する逮捕状の請求は4月24日になされたが同日は書類不備のため、その発付に到らず、翌25日再度その請求が為され、その際は係りの市原判事によつて被疑事実の訂正が行はれ、市署よりの請求書には収賄事実を先にし報償金に関する背任事実を後に書いておいたが、この二つの事実の記載順序を変更し背任を先にし収賄を後にした事実がある。被告人石井は、高木事務官と同居して居る。そして高木事務官は右令状発付に関与して居る。25日朝、高木事務官は、被告人石井の自転車を借りて登庁し午前9時半高木事務官は裁判所に於て被告人石井に右自転車を返還した。そして翌26日附朝日新聞長野版に前記関太郎に対する逮捕状請求がなされたこと、そして逮捕状請求の被疑事実が逮捕状記載の被疑事実と概ね同一であつて、殊に報償金に関する背任事件を第一に大きく取扱ひ、収賄事実を後に附加して居る事実があるから本件秘密漏洩の嫌疑は存在したものとみるべきである。しかのみならず松本市署に於て被告人石井も取調べた事実があり且、市署長和田柳平より松本区検察庁に対し、右漏洩に関する報告書が提出され、更に松本区検察庁上席検察官野尻検事から石合次席検事に宛てて調査報告書が出て居るから秘密漏洩に関する被疑事件は存在したものとみられるから、この点に関する弁護人の所論は当を得ない
との反駁論があるかも知れない。然し乍ら右反駁論の当らざることは、繰返す迄もなく、2つの報告書、証人の証言によつて、被疑事実の存在が否定されて居ることで明かである。又、秘密漏洩の事実があつたか什うかに付て、調査が行はれている事実があるから、之を以て被疑事実があつたと見るべきであるとの議論は、捜査権の行使に付、少しも考慮を払はない素朴極まる議論である。
[13] 凡そ一つの社会現象があつた際、それが犯罪の結果であるか什うかに付、疑を持つた場合には所謂、内偵が行はれるのが通常である。内偵の結果、犯罪の疑あることが濃厚となつたならば、更に犯人、犯行の場所、犯行の日時等に付、調査を進める段階に入るのである。この段階で内偵が行はれた結果、嫌疑をかくべき犯人が推定され、場所、日時等も概ね推測が附いたならば、茲にはじめて正規の捜査権の発動が行はれ、被疑事件としての立件手続がとられ、検察庁備付けの事件簿に記入され、検察庁に於ける事件番号が定めらるべきである。
[14] 以上の段階を経て立件手続が完了した後に於て、はじめて刑事訴訟法に規定する被疑事件となるのである。そして凡そ可能の捜査方法が行はれて尚且、刑事訴訟法第226条の犯罪の捜査に欠くことの出来ない知識を有すると明かに認められる者に対し第1回の公判期日前に限り、その者が取調べに応ぜざる場合に、はじめて強制訊問が許されるのである。斯くの如く厳重な条件の下に証人としての強制訊問を許したことは、前述の憲法第31条に保障された人類の基本的人権中、その根底をなす自由を制限するがためである。この点に関しては、司法の職にあるものは深く省みなければならない点と思はれる。殊に本件の推移を見るに、百歩を譲つて、仮に秘密漏洩の疑があつたとしても、夫れは本件被告人に対し訴追をした検察側、審理をなす裁判所側にあると噂された事件であつて、然も今日に至る迄、この件に関する被疑事件は何等の進展をして居らないのみならず、その後捜査すらして居らないのであつて、噂は全く雲散霧消してしまつたものである。弁護人は、秘密漏洩に付被告人石井以外に聴取書が一つも存在しない、秘密漏洩に付ては捜査が一つも行はれていない。それで被告人石井が如何して犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明かに認められる者に該当するかと主張したのに対し、立会検事石合氏は長野地方検察庁では、被疑者と思はれる者には拒否権があるから容易に取調べはしないことになつて居る。又聴取書は必ずしも必要としない。捜査にはフアイル式を採用して居るから秘密漏洩に関する聴取書の存在しないことは非難に価しないと弁解されたが、右秘密漏洩に関するフアイルの提出もされないのである。
[15] 凡そ自らの側に非があると噂された事件に付て、内部の捜査もなさず、立件手続もとらず、第三者に対し直に自由を拘束して口を開かせんとするが如きは、果して捜査権の妥当の行使と謂へるであろうか。権力至上主義、封建思想等の残滓の結果に他ならないとの批判を受けても弁解の余地がないものと信ずる。斯かる捜査権の行使が正義の原則に適つたものであろうか、疑なきを得ない。
[16] 以上の理由によつて原判決は審理不尽、理由不備の甚しきものとして破棄せらるべきものと信ずる。
[17] 第一点に於て述べた如く、刑事訴訟法第226条の規定に基いて被告人石井に対し強制訊問が許されるのは、当該被疑事件が刑事訴訟法上確定して居る場合に限るのである。
[18] そこで、該被疑事件が確定して居らない場合は、被告人石井に対し強制訊問は許さるべきものでなく亦、之を敢て行つても違法の強制訊問であつて、この場合宣誓拒否並に証言拒否罪は成立しないことは既に述べた通りである。或は右の点に関しては、本件公務員の秘密漏洩に付ては、被疑者は確定して居つて単に氏名が不詳であるに過ぎない。本件証拠書類中、被告人石井に対する証人訊問請求書を見るに被疑者氏名の欄に「氏名不詳」と記載してあり、又同請求書の犯罪事実の要旨の欄に「被疑者は公務員であるところの」との記載がある。然かのみならず本件起訴状には
「松本簡易裁判所及び同検察庁の職員に付て之等の職務上の秘密を該逮捕状執行前に当時松本支局員であつた被告人に対して漏洩した罪の嫌疑を生じた」
と記載してあるから、被疑者は確定して居り、被疑事件も確定しているものと主張し、被告人石井に対する強制訊問の手続は何等違法の手続でないと論をなす者があるかも知れない。
[19] 然しこの議論は、被疑者の氏名不詳と被疑者の不確定とを混同した議論である。起訴状記載の如く松本簡易裁判所又は同区検察庁の職員中、秘密漏洩をした者があつて、その者は職員中特定の者としたならば、その氏名は、長野検察庁に於ては当然判明すべきことは立証を要せざる顕著なる事実である。何となれば、松本区検察庁は、長野地方検察庁の監督の下にある下級官庁であつて、その職員の氏名は長野地方検察庁に於て全部判明して居ることは理の当然である。又松本簡易裁判所の職員は同裁判所の職員簿に記載されて居り、松本区検察庁は固より長野地方検察庁に於て直に調査し判明し得べきことは条理上一点疑の余地なきところである。処が被告人石井に対し、証人として訊問の請求をなすに当り、氏名不詳と記載し又、起訴状に於て松本簡易裁判所、同区検察庁の職員中、本件秘密を漏洩した者があるとだけ記載してあつて、氏名を明かにしてない。之は要するに、単に氏名が不詳であるのではなくして、本質的に被疑者が不詳であるのである。被疑者が不詳であるならば、被疑事件は確定して居るとは言ひかねる。右の如き理論上の理由ばかりでなく、現実の問題としても被疑者が特定して居ない場合に、強制処分による証人訊問の行はれることは甚だ不合理な結果となるのである。言う迄もなく、被疑者と証人との関係に於て、証人たるの資格があるか怎うか、又証人として陳述することによつて、自己の配偶者三親等内の血族若しくは二親等内の姻族に刑事上の訴追が及ぶ場合には、証言を拒否することが出来るのである。この法意から考へてみても、被疑者が、特定しなければならないことは言う迄もない。
[20] 更に亦、被疑者の特定がない場合は、被疑者が職務上知得した秘密に属する事項であるか怎うかを、明かにすることが出来ないので、公務員の秘密漏洩罪の嫌疑があるか怎うか確定したことにならないと謂はねばならぬ。然るに原判決は秘密漏洩の被疑事件に付、氏名不詳と被疑者不詳即ち不特定とを混同し、本件に於ては、松本簡易裁判所又は同区検察庁の職員中何人であるかは特定しないが、その範囲の誰かが被疑者であるとの主張を以て、被疑者は特定して居り、被疑事件は確定して居るものと解釈し、本件強制処分による被告人石井に対する証人訊問を、適法のものと解したのは、刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の解釈を誤つたものであつて、破棄を免れないものと信ずる。
[21] 本件記録中、被告人石井に対する証人訊問請求書の犯罪事実の要旨の欄を見るに、
被疑者は公務員であるところ昭和24年4月25日松本簡易裁判所裁判官市原忠厚が関太郎に対する収賄等被疑事件に関する逮捕状を発付したるをその職務上知るや同日中松本市内に於て朝日新聞記者石井清に対し前記逮捕状記載の被疑事実を告知し以て職務上知得したる秘密を洩らしたものである。
と記載してある。被疑者は公務員であつて被告人石井はその被疑者が公務員たることを認識し且逮捕状発付及び逮捕状記載の被疑事実が該公務員に於て職務上知得した秘密であることを認識していたことは、その記載自体によつて明かである。若し右犯罪事実の要旨に記載した事実が存在することを、前提としたならば、被告人石井は右公務員の秘密漏洩罪の資格なきものの共犯であつて、訴追を受くる虞のあることは謂う迄もない。斯かる明白な関係にあるのに拘らず刑事訴訟法第146条の規定を無視し、証人として宣誓を命じ証言を求めることは法律の濫用であつて、この証人訊問手続が正義に反し根本より無効のものであると謂はねばならぬ。斯かる場合に宣誓並に証言を拒否することは正当の事由あるものと謂はねばならぬ。従つて被告人石井の宣誓並に証言拒否は刑事訴訟法第161条に違反するものにあらずと信ずる。
[22] 被告人石井は、本件国家公務員法違反被疑事件の強制処分による証人として召喚せられた際、新聞記者が記事の出所を秘匿するは、新聞倫理を遵守するものであつて、この理念は新聞記者の共通に持つ理念である。そしてこのことは、世界共通の理念であつて、諸外国に於ては、概ね法文化されたものである。我国の刑事訴訟法に於ては、この点に関する明文はないが条理上極めて当然に認められた事柄であつて、宣誓並に証言拒否は正当の事由があるものと確信し之を拒否したものである。凡そ新聞は、一般の事業と同じく、私の企業であり、営利を目的とする事業ではあるが、その本質は公器性を持つものである。その理由は、民主政治は民衆の判断によつて動かされる政治であつて、従つて民衆の判断の基礎となる材料を提供する機関がなければならない。斯かる材料を提供する有力な機関の一つとして、新聞が存在するのであつて、新聞記者の活動もこの目的を遂行するものである。之が所謂憲法第21条の表現の自由として保障されたところである。この表現の自由を護るためには法律上許容される行為がなければならない。即ち表現の自由を護るためには新聞記者の取材方法も自由でなければならない。若し記事の取材を制約される如き事実があつたとしたならば、新聞本来の使命である表現の自由は喪はれる結果となるであろう。そこで取材の自由を維持するためには取材源を秘匿する必要が生じて来るのである。茲に取材源を秘匿することが、新聞記者の倫理であり、同時に権利であると考へられる理由があるのである。取材源を明かにすることが材料提供者に対する道義であるばかりでなく、新聞そのものの表現の自由を護る上に於て、必要欠くべからざる手段となる所以である。弁護人と云へども、取材源の秘匿権に付て、無制限であると主張するものではない。若し新聞記者が、公の秩序善良の風俗を害する目的を以て取材し、又は特に事実を歪曲して表現する目的を以て之を取材した場合、更に取材に関し詐欺窃盗その他不正の手段を用ひた場合等に於ては取材源秘匿の理由がないものと信ずる。何となれば、斯かる行動は新聞本来の性質である公器性に反するからである。又、個々の表現が公共の福祉に反するが如き観があつても、大局的にみて公共の福祉を維持する如き場合に於ては取材源の秘匿権を認めらるべきである。本件の場合に於て考へてみると、逮捕状請求、逮捕状記載の被疑事実等は、その取扱者である公務員等によつて秘密を保持せらるべきであると同時に、之を漏洩することは、公務員に課せられた秘密保持の義務違背であつて、之を訴追することによつて公務員の秩序が保たれることになるから取材源の秘匿は公益を害するものであるとの見解は、一応肯定さるべきである。然しその秘密を漏洩し、之を新聞記事として発表するも捜査に妨害なく、却て公務員の背任、収賄の事実を摘発し、脱税の不正事実を発表することによつて、犯罪事実の一般予防の目的を達する場合の如きは、新聞本来の公器性の範囲を逸脱しないものと謂ふべきで亦、表現の自由を遂行するために、取材源の秘匿をなすことは、新聞の業務遂行の上に、必要欠くべからざるものと謂はねばならぬ。
[23] 尚刑事訴訟法第144条乃至第149条は、証言を拒否する場合を規定して居るので、この規定に掲げられて居ない者は、如何なる者と云へども証言を拒否することが出来ないものと解するのは誤りである。この議論は刑法第35条の規定を無視したものである。
[24] そこで前段所論の如く、新聞本来の使命である公器として、表現の自由が保障され、この表現の自由を達する為に、必要欠くべからざる行為として、ニユース源を秘匿することは、業務上正当行為として犯罪の成立せざることは、言う迄もないところである。被告人石井の本件証言拒否に関し、犯罪は成立しないものと言ひ得るのである。唯この場合、宣誓を拒否することが独立して処罰の対象となるや否やに付ては、議論のあるところであるが、本件証拠として、検事提出の証人尋問調書の記載をみるに、
被告人石井に対し人定尋問を為したる後、裁判官は被疑事件の犯罪事実の要旨を告げ刑事訴訟法第154条により宣誓を命じたる処、
との記載によりて明かな如く、被告人は最初からニユース源に付て尋問されることが明瞭であつて、且その証言を拒むに付、正当の事由あるものと信じたので、その理由を上申書を以て明かになし、証言を拒否する意思を明かにしたのである。換言すれば、宣誓を為すも、為さざるも、証言拒否に変更のないものと考へ、単に証言拒否の一部の行為として宣誓を拒否した結果に過ぎないのであるから、宣誓拒否の犯意なきものと解するを相当と信ずる。この点からみるも、被告人石井に宣誓拒否罪が単独に成立しないものとみるべきである。
[1] 原判決は被告人が宣誓及び証言を拒んだことに付き刑事訴訟法第161条第1項の「正当な理由」が無かつたものと判断し「わが国の現行法上新聞記者に特別の証言拒否権は認められていない云々」と説明しているが、その意味は刑事訴訟法第149条が明文を以て医師弁護士等に証言の拒否権を与えておるが、新聞記者に付ては同様の明文がないということであるのは文理上明瞭である。
[2] 併し乍ら「正当な理由」という文句は一般法令上極めて広い意味に用いらるゝを例とし、決して明文上の規定を根拠とする場合のみに限定さるゝものではない、このような狭い意味の場合には、例へば同法第154条の「法律に特別の定のある場合」というような文句を用うるのを例とする「正当の理由」はこのような狭い意味に用いられたものでないことは、同法第150条、同第151条が召喚を受けた証人に付き「正当な理由がなく出頭しないとき」と規定する文句と比較すれば明かである。茲に所謂「正当な理由」は法律に明文ある事由に限らず病気等をも包含することは何人も争いない所であろう。
[3] 右述ぶるように刑事訴訟法第161条第1項の「正当な理由」を広義に解すべきものとするときは本件被告人が証言等を拒否したるに付き正当な理由がありしや否やを判断するに当りては、単に新聞記者に証言等の拒否権を与うる法の明文の有無のみに止まらず被告人の主張する新聞記者には記事の出所を秘匿する新聞倫理が存在するや否や又若し存在するとすればこの事実は本件被告人が証言等を拒否する正当な理由と認めらるゝや否やをも判断しなければ被告人の罪の有無は決定せられないことは言を俟たない。
[4] 然るに原判決は之等の判断を為すことなく法の明文なきことのみを理由として輙く証言拒否の正当な理由がないものと速断し有罪の判決をしたものであるから結局刑事訴訟法第161条第1項を誤解して不当に適用したるものであると同時にその結果判決に必要なる理由を欠くに至りたる違法あるものである。
[5] 原判決は又被告人の証言拒否は刑法第35条に所謂「正当ノ業務ニ因リ為シタル行為」であるから違法性がないという弁護人の主張を排斥して
「新聞記者が記事を取材する行為はもとより正当な業務に因つて為すものであるけれども記者が証人として宣誓又は証言を拒む行為を正当な業務に因つて為すものと認めることはできない」
と説明してをる。併し乍ら弁護人等は原審に於て何人に対しても記事の出所を秘匿することは新聞記者が厳守すべき新聞倫理であつて此の原則は独り我国ばかりでなく汎く民主諸国に於て世界的に行はれ、特に本件被告人の属する朝日新聞社に在りては社規として励行しておる事実を主張し且つ立証しておるのである。従て被告人は苟も新聞記者の職務に従事する限り業務上此の倫理則に違反することの出来ないのは当然であるから、被告人が証人として証言を拒絶したことは即業務に因つて為した行為であること極めて明白である。然るに原判決が何等の理由を示すことなく独断的にこれを否認したのは判決に理由を附せざる違法あるものと言はざるを得ない。
[6] 原判決は又右に関連して
「わが国法は新聞記者にも証言を期待し記者も亦これに従う義務があるものと解すべきである」
と云い証言拒絶が仮令新聞記者の業務に因つて為されたものとしてもその業務は之を刑法第35条の「正当ノ業務」と認むべきものでないような説明を為してをる。之は全く理由なく新聞記者の業務を右刑法規定の業務中より除外するものであつて同条の適用を誤るものである。
[7] 原判決は又
「本件に於て被告人は単に記事の出所についての証言を拒んだゞけでなく前記判示事実に摘示したように証人として宣誓すること及び証言全部を拒否し被告人提出の上申書は前示解釈に反して新聞記者に特別の拒否権があることを理由とするものであるから正当な理由によつて拒んだものとは認め難く」
と説明しておる。その趣旨は稍々明瞭でないが思うに被告人が、上申書にて主張する所の所謂新聞倫理が証言拒否の正当な理由とならないとして之を排斥すると同時にその新聞倫理なるものは記事の出所にのみ関するものであるから、証人としての宣誓は勿論証言に在りても記事の出所以外の事項は秘匿事項の範囲外である。従て仮令新聞記者の証言拒否権がありとしても被告人の宣誓及び証言全部の拒否を正当とする理由とは認められないと云う意味であろう。併し乍ら、証人としての宣誓は真実なる証言を為すことを誓うものであるから、証言が全部拒否し得る事項であつて予めそれが知られてをり証人は之を拒否する意志を持つて居る場合には、宣誓を為すことは啻に無意味であるばかりでなくその意思と良心に反するものであるから宣誓は之を拒絶することが法の精神にも又一般常識にも適合するものと言はねばならぬ。而して本件の場合原判決は被告人が「証言全部を拒否し」と云い恰も被告人が拒否権を有すると主張せる記事の出所に関する事項以外にも証言事項が存在せるものゝような説明をしてをるが、本件被告人が証人として召喚せらるゝに至つた昭和24年4月30日附長野地方検察庁検事石合茂四郎氏より長野地方裁判所に差出した証人訊問請求書には「証明すべき事実」として「証人は何人から右公務員の職務上の機密を知り得たか」と記載され被告人が証言を求めらるゝ事項は記事の出所に関する事項のみであつてその他はその附帯事項に過ぎなかつたことが明白である。即原判決は証拠に副はない誤りたる事実の認定を為し、又宣誓に関する法律の趣旨を誤解しその結果刑事訴訟法第161条第1項を不当に適用した違法を免れないものである。
[8] 原判決はその理由の部に
「被告人は云々刑事訴訟法第226条の規定に基く長野地方検察庁検察官の請求により被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について昭和24年5月16日証人として召喚せられて長野地方裁判所に出頭し云々」
と説明してをるが、右国家公務員法違反被疑事件にありては当時未だ被疑者の氏名のみならず被疑者自体が不詳にて特定せず刑事訴訟法第226条により証人を強制喚問することの出来ない段階にあつたのである、当時右被疑者が不特定であつたことは原審に於て争いの無かつた所で原判決にもその証拠説明の冒頭に於て「被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件」と記載してあるに依りても明かである。而して犯罪の捜査につき強制処分として証人を喚問することを得るのは被疑者の特定した後に限らるゝものであることは刑事訴訟法に基ずきて定められたる刑事訴訟規則第160条の規定によりても知ることが出来る。即ち同条は刑事訴訟法第226条による証人尋問の請求書には同規則に定むる事項を記載することを要するものとし被疑者の氏名をその事項の一としてをる。尤も同条第2項は此の場合に同規則第155条第3項の規定を準用し同準用規定には「被疑者又は被告人の氏名又は名称が明かでないときはその旨を記載すれば足りる」とあるが、それは被疑者又は被告人自体は既に知られて特定してをるが唯その特定被疑者又は特定被告人の氏名又は名称が不明である場合を指すもので被疑者又は被告人自体が不明である場合を云うものでないことは文理上明白である。この文理解釈は捜査の為めにする強制処分に関する刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の全部を通じ被疑者又は被告人自体が不明不特定であることを前提としたものと思はるゝ規定の存在しないことに依りて一層強めらるゝものである。加之若し被疑者不明の場合にもなほ強制的に証人尋問を為し得るものとするときは検察当局に於て既に被疑者を内定し居り乍ら故意に之を表面に現はさずその者との関係上証言の拒否権を有する者を強制的に証人として訊問しその拒否権を不当に奪うことを可能ならしむる結果となるであろう、此の如きは刑事訴訟法第1条に規定する「この法律は刑事々件につき……個人の基本的人権の保障を全うしつゝ事案の真相を明かにし云々」の根本則に反するものであつて右同法第226条の趣旨でないことは毫も疑を容れない。本件証人尋問請求書及び証人召喚状には「被疑者氏名」の下に「氏名不詳」と記載せられ「被疑者不詳」と記載してないのは前示訴訟規則等の規定に適合せしむる為めであつて事実に相違するものである。以上述ぶる所により本件証人の訊問は刑事訴訟法第226条により適法に行はれたものでないことは極めて明かである。従て之に対し同法第161条を適用し被告人を処罰した原判決は違法たるを免れないものである。
[9] 我憲法第21条は集会及び結社と共に言論及び出版の自由を保障しておる。之等の自由は民主国家を維持するに必要欠くことの出来ない支柱であるからである。その出版の中最も重要なるものは新聞である。蓋し民主政治は国民大衆が社会百般の事項につき健全なる知識を有することに依りて始めて行はれる。而してその知識を与うるものは主として新聞であるから民主国に於ける新聞の荷なう役割は極めて重大といはねばならぬ、この重大なる使命を達成するがためには新聞は常に真実にして豊富なる記事を掲載することを要し、その資料を獲得する所謂ニユース源なるものは実に新聞の生命である。この新聞の生命たるニユース源を維持するには之を秘匿することが絶対要件である。今日世界何れの民主国に於ても記事の出所を秘匿することを以て新聞倫理の一鉄則となすに至つたのはこれが為めに外ならない。従て新聞記事の出所を秘匿することを妨害するは即ち新聞の発行を妨害することであり、新聞の発行を妨害するは即ち出版の自由を妨害することであつて右憲法違反の行為である。原審に於て新聞記事の出所を秘匿することは世界的新聞倫理であり又多数の国に於ては直接に法律を以て新聞記者に証言の拒否権を認めてをることは原審に於て証人江尻進及び同山根真治郎の証言により充分立証せられて居るに拘らず原判決が全然之を無視して被告に記事の出所を証言する義務ありと為したるは憲法第21条に違反するものと言はざるを得ない。
[1] 原判決は
「被告人は……昭和24年5月16日証人として召喚せられて……証人として宣誓することを命ぜられたところ正当な理由がなく即時宣誓をなすこと及び証言全部を拒んだものである。」
と判示しておるが、「正当な事由」の判断を誤つておる。
[2](イ) 原判決は弁護人の主張に対する判断に於て
「弁護人は……刑事訴訟法第161条第1項の正当な理由がある場合に該当すると主張するけれども、わが国の現行法上新聞記者に特別の証言拒否権は認められていない」
と解しておるが、元来刑事訴訟法第161条第1項にいう正当理由は、常に具体的事例につき個々に判定されねばならぬものであるから、必ずしも新聞記者として法文に明記しあるを要しないのであつて、立法の趣旨に照し個々具体的にその当否を判定すべきである(病気等の場合も一般論としては当然正当理由に該るがその当否は病況の程度等に応じ個々に価値判断を下されねばならぬ。)。而して新聞記者として公共の福祉達成の目的の下に新聞倫理の実践に於て而も不当なる公権力の発動に対し記事の出所を秘匿すべく証言を拒否した(これと密接不可分の関係に於て宣誓をも拒否した)本件の場合に対し右の如くたやすく正当理由なしとして刑事訴訟法第161条を適用することは失当である。
[3](ロ) 原判決は更に
「また弁護人は……刑法第35条に所謂正当の業務に因り為した行為であるから違法性がない旨並びに……適法行為の期待可能性なく責任を阻却する場合に該当する旨の主張をするけれども……記者が証人として宣誓又は証言を拒む行為を正当な業務に因つて為すものと認めることはできないのみならず、わが国法は新聞記者にも証言を期待し……これに従う義務がある」
と判断しておるが、かゝる見解は誤れるも甚しいものである。即ち新聞記者の取材活動は憲法第21条によつて保障された正当な業務行為として何人も疑わぬところであり、その取材活動の一環として之と密接不可分の関係に於て記事の出所秘匿ということが新聞記者に確信されている。従つて新聞記者が記事の出所秘匿の為めに宣誓又は証言を拒否することは結局取材活動の一部に外ならず弁護人の主張もまたこの意味であつて、「記者が証人として宣誓又は証言を拒む行為」だけを採上げて刑法第35条に該当すると主張してはいないにも拘らず、前記の如くかゝる独立した一個の行為があるが如く判定して刑事訴訟法第161条を適用処断しているのは結局刑法第35条延いて憲法第21条の立法趣旨を誤つたものである。
[4] なお憲法第21条にいう言論等表現の自由は、少くとも新聞に関する限り真実の報道のみならず、之が前提としての取材の自由(之に伴い記事の出所秘匿の必要性を含む)をも意味するものと解すべきであり、新聞記者はかゝる憲法第21条の法意に基いて記事を秘匿することを確信し之を防衛する為めには証言を拒否することを期待し得る立場にある(原審証人江尻進同山根真治郎の各供述を援用する。)。
[5] 本件の場合もかゝる立場に於て宣誓並びに証言が拒否されたことは、原判決の証拠認定に引用された証人石井清に対する証人訊問調書中
「裁判官は被疑事件の犯罪事実の要旨を告げ刑事訴訟法第154条により宣誓を命じたる処証人は末尾添付の別紙上申書及び参考文献を提出し宣誓並に証言一切を拒否した」
との記載及びその添付するところの上申書中の「理由」によつて明かであるに拘らず、原判決が単に「わが国法は新聞記者にも証言を期待し云々」と判定するに止るのは憲法第21条の解釈を誤り責任阻却の適用をしなかつた失当がある。
[6] 以上の理由によつて原判決は法令の適用を誤り且つその誤が明かに判決に影響を及ぼすものとして破棄を免れない。
[7] 原判決は
「被告人は……刑事訴訟法第226条の規定に基く長野地方検察庁検察官の請求により被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件について昭和24年5月16日証人として召喚せられて長野地方裁判所に出頭し……即時宣誓をなすこと及び証言全部を拒んだものである。」
と事実を認定しておるが、この認定事実は起訴状記載の公訴事実乃至判決挙示の証拠との間に重大なる差異がある。即ち
[8](イ) 判示事実には「被疑者の氏名不詳の国家公務員法違反被疑事件」と摘示されるに拘らず、証拠として挙げるものには「被疑者不詳の国家公務員法違反被疑事件」と記載されておるし、公訴事実によれば
「裁判所及び検察庁の職員について之等の職務上の秘密を該逮捕状執行前に……被告人に対して漏洩した罪の嫌疑を生じた。」
と記載されておる。而して被告人が裁判官高津環によつて適法に告げられた被疑事実の要旨は
「被疑者は公務員であるところ……逮捕状を発布したるを其の職務上知るや……石井清に対し前記逮捕状記載の被疑事実を告知し……秘密を漏した」
ことゝなつておるのである。
[9] 刑事訴訟法第226条による被尋問者たる証人の適格要件としては同法第223条所定の被疑者以外の者でなければならぬが、この場合の非適格者には共犯者をも含むのは理の当然であるところ、前示被疑事実の要旨は証人石井清との関係に於てこの点を明確にしておらず僅かに被疑者が公務員であると摘示するのみであつて、結局何等かの形に於てさえも被疑者が特定されていない(原審証人和田柳平、同玉井喜代一、同細川彦太郎の各供述並びに検察官請求の松本市警察署長報告書、同細川庶務課長作成に係る逮捕状請求事実漏洩調査報告書を綜合するも本件国家公務員法違反事件の公務員が公訴事実摘示の「裁判所及び検察庁の職員」に限定され得ないし又以上の証言に加えて立件手続の採られていないことをも併せ考えるときは寧ろ被疑事実が不存在と認められる。)。
[10] 然るに原判決は前示の如く「被疑者の氏名不詳」乃至「被疑者不詳」と判示するのみで進んでその被疑事実が果して特定されておるや否やに及ばず審理不尽にして事実を確定せぬまゝに刑事訴訟法第161条違反と認定しておるのである。
[11](ロ) 次に原判決は
「即時宣誓をなすこと及び証言全部を拒んだ」
と判示しておるが、被告人の司法警察員に対する第1、2回供述調書によれば記事の出所のみを除き充分なる陳述があつたことが認められる外、前記証人尋問調書の記載に徴するも右同様のことが窺知される(特に同尋問調書添付の上申書には
「昭和24年4月26日付朝日新聞長野版に掲載された税務署員収賄背任被疑事件の記事の出所経路に関するものと思いますが若しそうだとすれば私は……本法廷における宣誓ないし証言を拒否します」
と明白にされている)のであつて決して記事の出所源秘匿以上の意図はなく且又その宣誓を拒んだのは
「私はあの時宣誓すれば証言は全部しなければならないと思いましたから初めから宣誓を拒否したのであります」(第3回公判調書)
と述べておる通りであり法律家でない被告人にこれ以上のことを求めるのは無理であるから、結局重大なる事実の誤認がある。
[12] よつて、原判決は破棄を免れない。
[13](イ) 本件の国家公務員法違反事件は不存在である(国家公務員法第100条の「職務上の秘密」には逮捕状に関するものは該当しないし、又既に述べた如く同法違反の事実自体が存しない)から、同事件の存在を前提とする刑事訴訟法第226条に基く本件証人訊問自体が無効であり、従つて原審認定の犯罪事実は成立しない。このことは本弁護人の証拠により主張すべき事実として陳述したものゝ該当部分、証人江尻進の供述中、新聞記事の材料が国家の秘密に関することの部分、海野弁護人の弁論中該当部分の各援用によつて明かである。(なお本弁論要旨参照。)
[14](ロ) 本件の如く被疑事件不存在の場合に刑事訴訟法第226条により証人を尋問することは憲法の人権保護の規定(従つて又刑事訴訟法第1条にも反する)に違反し無効のものであるから、原判決認定の犯罪事実は成立しない。このことは海野宮下両弁護人の弁論及本弁護人の弁論並びに弁論要旨を援用立証する。
[15] 原判決は既述の如き刑事訴訟法第161条違反事実を認定し、之に対し「被告人を罰金3千円に処する」と主文を言渡しておる。然しながら仮りに本件が有罪であるとするも、右は朝日新聞を始め全新聞の一貫した方針であるのみならず、被告人自身も新聞記者としての信念に基き所謂新聞倫理に則つて敢行したものであり、而もその証言を求められる一事項は諸般の事情から予め記事の出所の一点であることを充分承知しておつた関係上勢い宣誓をも拒否したものであつて、之に実刑を科することは著しく不当であると考える。
[16] なお逮捕状の内容等がその執行前に新聞に発表されることは日常散見されるのみならず本件は毫も捜査の妨害となつていないのであるから、この点もまた充分量刑の適否の判断につき考慮せられねばならぬ。
[17] 以上については被告人の供述、前述の被告人提出の上申書、原審証人江尻進、同山根真治郎、同山後健治のこの部分についての供述を援用する。
[1] 犯罪の捜査は固より公共の福祉に関するものではあるが、捜査を受ける者の側からすれば自由の束縛であり基本的人権の侵害であるから、強制処分については特に厳格な制限を設けることが、憲法及び刑事訴訟法の根本精神である。此点刑事訴訟法第1条に明記するところである。
[2] ところが前記証人尋問については
[3](一) いわゆる秘密漏洩被疑事件について捜査機関において「立件」の手続がなされていない。これは一見極めて形式的な手続のように見えるかも知れないが、捜査機関が単に頭の中で考えただけでは未だ被疑事件は存在せず、そこに立件という具体的手続によつて被疑事件の存在を確定するのであるから、立件さえもされていない被疑事件なるものは、被疑事件として存在しないと言うも誤りでないのである。
[4](二) 仮に秘密漏洩事件が存在するとして、刑事訴訟法第226条同第228条による証人尋問については、被疑者(又は被告人)が特定していなければならない。すなわち刑事訴訟規則第160条において、証人尋問請求書には、被疑者の氏名を記載し、氏名が明かでないときはその旨を記載すれば足りるとあるのは、被疑者が少くとも特定している場合であつて、単にその氏名が不詳である場合をいうものであることは、刑訴法第228条第2項において、被疑者の尋問立会を認めた趣旨からも明瞭である。のみならず同条第1項によると、証人尋問については裁判所又は裁判長による一般の証人尋問の規定によるのであるから、証人は自己又は第147条に規定する者が刑事訴追を受け、又は有罪の判決を受ける虞のある証言を拒むことができるに拘らず、本件においては被疑者が不特定であるため証人たる被告人石井は前記の権利を行使することができないのである。裁判官の除斥を規定した刑訴法第20条の規定は、被疑者の場合にも当然準用せられると解せられるのであるから、裁判官としては、被疑者が特定しなければ、証人尋問という職務執行について除斥されるべきか否の判断がつかないことになる。
[5](三) 尋問手続において、証言拒否権の告知がされていない。刑訴規則第121条によると証人に対しては尋問前に自己又は法第147条に規定する者が刑事訴追を受け、又は有罪の判決を受ける虞のある証言を拒むことができる旨を告げなければならないにもかかわらず、被告人石井に対する証人訊問に際してはその告知をなした旨の記載がない。原判決によれば、被告人は証人として宣誓すること及び証言全部を拒否したことを有罪の理由としているが、少くとも証言拒否というためには、適法な手続による証言の要求がなされなければならない。或は宣誓を命じたところ、宣誓並びに証言を拒否したから、証言拒否権の告知の必要がないというかも知れないが、この場合に宣誓拒否とは言えても、進んで証言拒否というためにはやはり証言拒否権の告知を要すると解すべきである。でなければ、宣誓拒否の場合は常に証言拒否を含むこととなり、法が両者を区別した理由を解することができない。
[6] 以上の諸点について原審が審理を怠つたことは審理不尽であり、その結果、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認のあることが明らかである。
[7] 憲法第21条の言論表現の自由の中に、新聞のニュースソースの秘匿の自由を含むか否かについて考えると、民主政治の根本は民衆の判断により、具体的には投票制度による政治であるから、この民衆の判断の基礎となる材料を提供する最も有力な機関が新聞であることは公知の事実である。従つて新聞の最も重要な機能は事件の真相を迅速に読者に知らせることにあり、これがためには「新聞の自由」が必要とされる。而して「新聞の自由」とは
「根本的には正常なニュースソースに自由に近ずく権利であり、更にいかなる外部からの圧迫によつて影響されることなく自由に紙上に発表する権利である」
とされる(1946年6月13日ニュー、ジェント中佐新任挨拶同年11月9日インポーデン少佐祝辞――昭和22年度日本新聞年鑑381頁、388頁)。新聞からニュースソースを奪つてしまえば新聞の機能は根本的に喪失される。新聞記事は広義の犯罪に関係のあることが多いから、情報提供者は自分の名が出れば圧迫を受けたり刑事訴追を受けたり各種の不利を蒙ることを恐れるのが通常である。従つて若し新聞記者がニユースソースを明らかにすることを強制せられるならば、誰も口をつぐんで情報を提供しないことになるのは当然である。よつて憲法第21条の言論表現の自由の中には、言論機関たる新聞記者のニユースソース秘匿の自由を含むものと断定せざるを得ないのであつて、この点において医師等の証言拒否権が一種の法律政策的なものであるのに比し、直接憲法の条項に基く、より強度な保障を与えられているものと断定せざるを得ないのである。而して憲法上の基本的人権と雖も無制限ではなく、公共の福祉による制限を受けるのであるが、何が公共の福祉であるかについては、憲法上最も議論のあるところである。身体の自由については、いわゆるヂユー・プロセス・オブ・ロウ(適法な手続)によらなければならないとし、言論出版集会等の自由については、クリアー・アンド・プレゼント・デインヂヤー(明瞭にして現存する危険)がある場合でなければ制限できないとする米国最高裁判所の態度は、問題を抽象的に考察することを避け、個々の具体的な事件について、具体的に判断せんとする賢明細心な態度であつて、日本においても当然しかあるべきものと信ずる。
[8] 飜つて言論表現の自由が問題となつている本件の場合において、被告人が証言を拒否したことについて果して明瞭な危険の現存が認められるであろうか。次の理由によりこのような危険の現存を認めることが絶対にできないと信ずる。
[9](一) 問題の朝日新聞の記事は忠実に事実を報道したものであつて、故意に事実をわい曲したものでも誤報でもない。新聞は事実を忠実に報道することを使命とするものであるから、この報道の過程は当然の使命遂行の過程であつて、何等の社会的危険性を認めることはできない。のみならず発表そのものについては、被告人は事前に会田捜査課長の承認を得ているのである。従つて斯る記事についてのニユースソースについて証言を拒むことも亦、何等危険性のないものと言わなければならない。
[10](二) 被疑事実の存在そのものが疑問であり、被疑者も不特定であることは前述の通りで、いわゆる秘密漏洩事件について、立件の手続さえもなされていないことに鑑み明瞭であるが、言論表現の自由を制限せんとする本件証人尋問手続において、斯る粗雑極まる方法は断じて許さるべきものではないのみならず、斯る不確定な事件について証言を拒否することは、決して明瞭な危際の現存を認めることができないのである。
[11](三) 本件新聞記事が出たため特に重大な捜査の支障を来したことが認められない。単に翌朝執行する予定の令状を繰上げて夜執行した程度であること証人和田柳平、玉井喜代一の証言に明瞭である。従つて被告人の取材行為による重大な危険の存在も亦認めることができない。固より犯人を逃亡させたり証拠をいんめつさせたりする行為があればその危険性を確認し得られるが、少くとも本件の場合に何等斯る危険の存在を認めることができず、従つて、斯る記事の出所についての証言を拒否することも、何等の危険性なきものであると信ずる。
[12] なお検察官は
「憲法第21条の表現の自由はどこまでも自由であるが、その場合ニユースソースを聴くことができるかどうかは刑訴法の問題で、憲法第21条とは直接関係しない。犯罪の検挙は公共の福祉に関するところであるから、この点から見ても拒否権は認められない」
と主張するが、なるほど犯罪の検挙が公共の福祉に関することは当然であるが、民主政治の基礎となる民衆の判断を形成する資料を提供する公器たる新聞も亦、公共の福祉に関するものであるから、其の間いずれを優位におくかについては具体的に判断すべく、一概には言えないのである。
[13] 刑事訴訟法第161条で「正当な理由がなく」と規定しているのも単に法令で直接宣誓証言拒否の権利を規定している場合に限るものとは思われない。例えば自己又は親族の急病のため証言の暇のない場合もある。
[14] 結局刑訴法における証言拒否の当なりや否の判断の基準となるものは、その証言拒否行為について前後の事情に照してみて明瞭な危険の現存することが認められるか否にかかつていると信ずる。単に形式的に裁判官から捜査上必要な証言を求められたに拘らず証言を拒絶したというだけで、社会的危険性を認めることは絶対にできないのであつて、言論の自由の一態様としてのニユスソース秘匿の自由のある場合は当然証言を拒否することができるのである。而して宣誓並びに証言を全部拒否したことについては、被告人としてはニユースソース秘匿のことに主たる関心があつたため、其他の事に顧慮するいとまがなかつたか、又は朝日新聞本社からの指示に従つたかのいずれかであつて、その犯意なきものと断ぜざるを得ない。強いて其点について固執しようとするならば、更に今一度宣誓並びに証言を求めればよいのであつて、特に刑罰を科する必要は毫も存しないものと信ずる。

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