博多駅フィルム提出命令事件
特別抗告審決定

提出命令に対する特別抗告事件
最高裁判所 昭和44年(し)第59号
昭和44年9月18日 第一小法廷 決定

抗告申立人 アール・ケー・ビー毎日放送株式会社 外3名

■ 主 文
■ 理 由

■ 申立人4名連名の抗告趣意


 本件抗告を棄却する。


[1] 本件記録によれば、福岡地方裁判所は、被疑者前田利明外870名に対する特別公務員暴行陵虐等付審判請求事件(刑訴法262条)について、昭和44年8月28日、申立人らに対しその所持する各フイルムの提出命令(同法99条2項)を発し、右各決定は同日申立人らに送達されたところ、申立人らは、同年9月2日右各決定に対し、本件特別抗告を当裁判所に申し立てた事実を認めることができる。
[2] しかし、刑訴法433条によれば、最高裁判所に特別抗告をすることが許されるのは、その対象である決定または命令に対し同法により不服を申し立てることができない場合に限られるのであつて、原決定または命令に対し、同法上抗告もしくは異議の申立をすることができる場合には、直接最高裁判所に特別抗告を申し立てることが許されないことは明らかである。そして、同法420条1項によれば「裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定」に対しては、特に即時抗告を許す旨の規定のある場合のほかは抗告をすることはできないのであるが、本件各提出命令は、判決を直接の目標とする訴訟手続においてなされたものではないが、付審判請求手続において、終局決定をするため、その前提として裁判所によつてなされた個々の決定の一つであるから、「訴訟手続に関し判決前にした決定」に準ずるものとして同条同項にいう「決定」には該当するものというべきである。しかしながら、提出命令は、命令を受けた者がこれに応じて、その対象となつた物件を提出し、裁判所が領置することにより押収の効力が生ずるのであるから、同条2項にいう押収に関する決定にあたるものと解するのが相当である。そうすると、同条1項による制限は解除され、しかもこのような裁判に対し、不服を許さないとする特別の規定も存しないから、本件各提出命令は、同法419条にいう「裁判所の決定」として、これを受けた者は同法352条により高等裁判所に通常の抗告をすることができるのである。しからば、本件各提出命令は、刑訴法により不服を申し立てることができる決定にあたるから、直接当裁判所に申し立てた本件特別抗告は、刑訴法433条の要件を備えない不適法なものであつて、棄却を免れない。
[3] よつて、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 入江俊郎  裁判官 長部謹吾  裁判官 松田二郎  裁判官 岩田誠  裁判官 大隅健一郎)
[1] 原決定(提出命令)は憲法第21条に違反するものであつて取消さるべきものである。

[2]一、表現の自由は憲法上基本的人権の最も重要なものの一つであるが、いわゆる報道の自由も表現の自由の一態様として、出版の自由等とともに憲法第21条により保障されていることは疑のないところである(最高裁大法廷昭和33年2月17日決定、刑集12巻2号253頁)。
[3] 報道は事実を正しく伝え知らせることであるが、報道の自由は、憲法が標榜する民主主義社会の基盤をなすものとして憲法上特に重要な地位にあるものといわねばならない。けだし国権のあらゆる発動はすべて国民に由来し、国民がこの権能を選挙その他の場において発動するためには、国家や社会に関するあらゆる正確な情報を持つていなければならないからである。従つて報道機関の有する報道の自由は、報道を受取る国民の側からすれば、国民がその諸々の権利の発動の基盤として自由な判断を形成するために不可欠な、いわば国民の「知る権利」としてとらえられている。このように報道機関のもつ報道の自由は国民の「知る権利」と表裏一体をなしているのであつて、報道機関が公器として体する責任は重大であり、民主主義を貫く立場からは報道の自由はこのような公器の持つ特権として最大限の尊重を受けなければならない。

[4]二、報道機関の活動は、取材、取材したもののニユース価値の判断と編集および報道の3つの段階に分けることができるが右に述べた報道の自由を確保するためにはこの3つの段階に応じてそれぞれその自由が保障されなければならない。とりわけ取材の自由、すなわちニユース源に接近し、素材を獲得する自由は、報道の自由を全うするには不可欠のものである。

[5]三、かりに本件のごとき裁判所による提出命令が適法になされ、これに報道機関が従う義務がありとすれば報道機関の取材の自由はこれにより大きくそこなわれることは火を見るより明らかであり、その結果真実を報道する自由は失われ、国民がその主権を行使するに際しての判断資料を失うという重大な結果を導くことになるのである。

[6]四、取材は真実を伝えるという、報道の目的の大前提であることは右にのべたとおりであるが、取材は広く国民一般、社会一般の協力を得なければその目的を達し得ないことは明らかである。そしてこれまで広く報道機関に取材の自由が確保されて来たのは、報道機関が取材に当りつねに報道のみを目的とし、取材した結果を報道以外の目的に供さないという確固たる信念と実績があり、国民の側にもこれに対する大きな信頼があつたからである。
[7] 万一、本件のような国家権力によるフイルムその他の提出命令が適法とされ、報道機関がこれに応ずる義務ありとされ、その結果これらが報道以外の目的、特に刑事事件の証拠に使われることになれば(捜査機関による捜索、差押許可状の発布請求の乱用の危険も予測できる。)、ニユース素材や情報の提供者は提供に消極的になり、報道機関に協力した結果がいつどこでどう利用されるか絶えず不安を持ち、取材に応じないか、応じても意図的な素材提供をすることなどが懸念されるのみならず取材する側の記者、カメラマン等も、取材の結果が報道以外の目的に利用されかねないことを念頭において取材にあたることとなろう。さらに取材者に対する積極的な妨害行為も容易に予想されるところである。
[8] そしてその結果は真相のはあく及びその公平かつ多角的な報道が不可能になり、わい曲された事実が報道されることは必定である。このことは本件提出命令の本案ともいうべき付審判請求事件の場合のみならず、集団行動の現場における取材に関して特に懸念されるところである。昨今国民の集団行動が多くみられ、それに関する報道は重要な意義を持つことにかんがみ、報道機関はその使命に照らし真実を報道するため、他から制肘されることのない取材の自由を保障されなければならないのである。

[9]五、抗告人も公正な裁判およびそのための真実発見という、公共の福祉のための司法権の発動の重要なことは容易に理解できるが、これと衝突する報道の自由が右にのべたほどの重大な意味をもつものである以上本件提出命令は、報道の自由に対し憲法により公共の福祉の名によつて許される制限のらちを越えたものといわなければならない。
[10] 以上の理由により原決定は報道機関の存立そのものを危くするものであり、報道の自由を保障した憲法第21条に違反したものと思料するのでその取消を求める次第である。

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